冬の街にて、人斬り異聞   作:はたけのなすび

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では。


巻の三十一

 

 

 

 

 

 

 

 

「突撃アインツベルン城しかも三回目、になるかと思ったのに、場所を変えてたか」

「あん目立つ場所から移っただけじゃろ」

「そいつはご尤も。ボクらなんか、しょっちゅう寝場所変えてたもんね。ホテル何軒梯子したんだか」

 

 お天道様が中天を過ぎた時刻、つらつらと言い合いながら歩く繍と以蔵、それに桜は、冬木市住宅街の一角を訪れていた。

 

 アーチャーことギルガメッシュを倒すべし、となったはいい。

 が、味方は欲しい。特に、あの群体アサシンがあちらにいる以上、油断は禁物なのだから、とライダーは言った。

 群体アサシンがいる以上、冬木のどこも安全ではない。

 

 ということで貴様ら、ちょいとセイバーの陣営に行って来い。

 

 そのライダーが刀のアサシン主従に言った任務が、これであった。

 そして冬木に安全なところなどない、というので桜もやはり伴わなければならなくなった。だから黒狗の背に乗って、ぷらぷら小さな足を揺らしながらついてきている。

 

「なんでわしらが行くんじゃ」

「ロードと衛宮切嗣の相性は最悪だし、ウェイバーの場合王様問答が原因で、ライダーとセイバーの相性が悪くなっちゃったんだって」

「厄介ごとを押しつけられちょらんか」

「適材適所と言ってくれないかなぁ。ボクのやる気メーターがガン下がりするから」

 

 ちなみにそのライダーとランサー陣営は、ひとまず柳洞寺へと調査に赴いている。

 アーチャーに先回りされている可能性も考えての布陣なのだ。

 半ば流れだが、ライダー、ランサー、刀のアサシンの三陣営は共闘関係になっていた。

 マスターが三人とも、聖杯はぶっちゃけどうでもいいが、悪神の降臨と神秘の漏洩だけは許すまじ、と固い決意に満ち溢れているのだから、手を組むのは速かった。

 

「ライダーが、こうやる気に溢れているというか、燃えてるよねぇ。そう言えば、倉庫街で配下に加われとか言ってたっけ。曲がりなりにも、英霊と手を組めて戦えてるわけだから、嬉しいのかな」

「わしは言われちょらんし、なるつもりもないき」

「そりゃランサーも同じでしょうよ。彼は彼で、ロード以外に忠誠を誓うつもりはないみたいだしね」

 

 事態の急変に次ぐ急変が重なり、ケイネスもランサーを睨み続けるどころではなくなったためか、彼に対し細かく指示を出すようになった。

 主の下で働けている、役に立っている、という実感はランサーのやる気スイッチを入れたらしく、こちらも状況の不透明さに反して、意気軒高である。

 ソラウは、繍にはうろうろと迷っているようにも見えた。

 そこの冷徹そうな顔をした魔術師の男性は、あなたに魔術師らしからぬ一途さで惚れ倒していますよ、と当人たちの前で暴露したのは繍であるが、それに関し、罪悪感は欠片もなかった。

 戸惑っているということはつまり、ソラウはケイネスを捨てよう、などとは今のところ実行する気はないのだろう。

 当面はそれで十分だった。

 修羅場が回避できるなら、繍はもう何だっていいのである。

 比喩でなく、文字通りに体を資本に消費している。ここまで来れば、やけであった。

 

 ともかく、彼らを横目に視ながら、繍は冬木中に式神を飛ばし、探しに探した。その中には、遊ばずに働けと蹴り飛ばすようにして押し出した白狗神も含まれている。

 そうしてついに、住宅街に紛れ込んで佇む、アインツベルンの隠れ家を見つけたのだった。

 外見は廃屋寸前の武家屋敷、と言ったところだろうかと、件の建物前で繍は手庇をしながら考えた。

 

「おるな。サーヴァントの気配じゃ」

「何騎?」

「セイバーだけじゃ。どうするが、マスター?」

「こうする」

 

 言うなり、繍は閉じられた門扉をがんがんと素手で叩いた。

 桜がぴくっと肩を跳ねさせる。

 

「アインツベルン殿!火急の用でまかり越した!門を開けてもらいたい!」

「あんのう、そがあに正面からやって通れるわけが……」

 

 以蔵の小言は、途中で途切れた。

 門のほうが勝手に、軋みながら開いたからだ。

 

「ほうら開いた。行こうよ。危なくなったら令呪で撤退するし」

「……おん」

 

 釈然としていなさそうな以蔵に先に立ってもらい、中に入る。

 屋敷と門の間の空間には、金髪碧眼の少女騎士、それにアイリスフィールと衛宮切嗣がいた。

 

「アサシンの、マスター?」

「そうですよ。何か驚くことが?」

 

 数時間前、明らかに死ぬ怪我を負った相手が、サーヴァントを伴い、何食わぬ顔で現れたことに驚愕したのだろう。

 アイリスフィールは美しい顔に、ありありと驚きを浮かべていた。

 

「いや、何でもない。アサシンのマスター。この時間でここを突き止めたということは、手を組みに来たんだろう?」

 

 逆に相変わらず、澱んだ黒い瞳の衛宮切嗣は、淡々と言った。

 彼は、教会では絶望をありありと浮かべていたが、現在、少なくとも表面上は凪いでいるようだった。

 

「そうです。アーチャーは、少なくとも聖杯に魂を注ぐことに何の躊躇いもない。ですから、神秘の秘匿を願うボク以外の時計塔のマスターたちもアーチャー討伐に全力を注ぐ所存です。……ボクは、彼らの代理も兼ねて話していると考えて下さい」

「話が早くて助かるよ。僕らも、聖杯を完成させるわけにはいかなくなった。アインツベルン本家は、それでも第三魔法に手が届くならば続行しろと言うだろうが……こちらにその意志はない」

「あなたたちの本家に叛くのですか?」

「見ればわかるだろう。僕は元々、アインツベルンの人間ではない。僕が聖杯にかける悲願は、聞いての通りのものだったのさ」

 

 してみると、世界平和というアレは、本当に真実、彼の願いだったのだ。

 それはもう、根本から崩れたも同然だからか、衛宮切嗣の佇まいにはどこか空虚さが付きまとっていた。

 その願いの是非はともかく、多数の幸福を求める彼ならば、確かに聖杯降臨を阻止したいと考えるだろう。

 

「了解しました。それで、そちらのセイバーは?」

「私も同意見だ。刀のアサシンのマスター」

 

 男装に身を包んだ、繍よりも少しばかり背の低い少女は、凛として宣言した。

 

「この時代の無辜の民を犠牲にはできない。ただ、聖杯が如何ほどに汚染されているか、わからないのだが」

「そちらに関しては、ランサーとライダーのマスターが調査に向かっています。教会の璃正神父に関して、情報はありますか?」

「いや、何も。こちらもこの拠点に移ったところで、正直なところ何にも手を付けられていないのさ」

 

 彼らも知らないのか、と繍は以蔵と目を合わせた。

 聖杯戦争の中立者、璃正神父の行方不明はまずい。彼は、これまでの聖杯戦争で使われることなく終わった大量の令呪の管理者で、他者に譲渡するのも可能なのだ。

 令呪が一種の魔術刻印ならば、実の息子だという綺礼は、それを受け継げるだけの素質があるだろう。

 十画以上の令呪を得た群体アサシンとアーチャーなど、悪夢である。

 その動揺は面に出さず、繍は淡々と切嗣と言葉を交わした。

 互いに戦闘行為は行わず、各自アーチャーと髑髏のアサシン陣営の動きを探る。発見すれば通信機で連絡し、連携を取って倒す、というのだ。

 ただし拠点の合流はせず、各自に動くと切嗣は言った。

 

「そちらのケイネスは、随分僕を嫌って……というより恨んでいるようだからね。無理に歩幅を合わせることはない。互いのやり方でやればいいさ」

 

 その通り過ぎて、繍はなんだか居たたまれなくなった。

 

「では、話し合いはここまでにしよう」

「そうですね。では、御武運を」

 

 頭をひとつ下げて、屋敷を後にした。

 角を曲がり、屋敷が見えなくなってから、以蔵が口を開いた。

 

「尾行はされちょらん。が、あん屋敷にゃまだ人がおったき」

「伏兵くらいいただろうね。アインツベルン家ってのは、ホムンクルスの鋳造に秀でてるから、そこらへんの戦闘ホムンクルスかも」

「ほむん、くるす」

「ホムンクルス、ね。錬金術を扱う魔術師が造る、生命体さ。アインツベルンの産物は特に優れてて、人間と変わらないほどの情緒を持つ者もいるんだって。多分、あのアイリスフィール嬢がそういうタイプじゃないかな」

 

 そっちは専門外だけど、と言いつつ歩く。

 この間にも、白狗や鳥の式神は冬木でアーチャーたちを探している。

 彼らを見つけて、叩く。今はそれしかない。

 

「汚染聖杯の具合も調べなきゃなぁ。何とかできる魔術師クラスのサーヴァントがいたら、良かったんだけど」

 

 繍が七人目マスターから令呪を奪い、喚ばれかかっていたキャスターと思しいサーヴァントを叩き返して、以蔵を召喚したため、第四次聖杯戦争にキャスターはいない。

 歴史に存在を刻むほどの魔術師の英霊ならば、聖杯に関する適切な処置を行えたかも知れないが、所詮無い物ねだりである。

 現代に生きる魔術師たちの力で、何とかするしかない。

 そして間に合わなければ、最低で街一つが消える。

 

「悪かったのう。魔術師やのうて人斬りで」

「ん?なんでさ。君を喚んだのはボクだぞ。だからキャスターが消えたのも、ボクのせいだろう。悪いと思ってないけどね。だってあの召喚陣から出かかってたの、明らかに危ないモノだったし」

 

 キャスター召喚キャンセル然り、髪の色の変化然り、肉体の侵食度合い然り、過ぎたことは仕方ないのである。元には戻せまい。

 すっぱり、諦めた。

 そのほうが、この先生きるのに楽だから。

 

「増援でキャスターを喚ぶ……ってのは無理だしね。いよいよとなったら、誰かに大聖杯消し飛ばしてもらえばいいだろ」

「おまん、たまにまっこと雑になりゆうのう」

「なんだとぅ?」

 

 周囲に被害が及ぶかもしれないから、最終手段ではある。

 ちなみに、増援と言うならば、時計塔からの人員を要請する手を考えなくもなかったが、それをするとあちらの魔術師たちが我が物顔で乗り込んできて泥沼になるぞ、とケイネスが言ったためになくなった。

 時計塔の派閥争いをここに持ち込もうとするような魔術師は本気でお呼びでないし、そうでなくとも、ケイネス以外の時計塔降霊科の奴ばらに神霊が降りかけたことがばれたら、本気で追いかけまわされる羽目になる。

 そんな彼らの相手などしていられない。

 時計塔に巣食う謀略を目の当たりにするのは、もう勘弁なのである。

 とはいえ、仮に時計塔面子が生き残れたとしたら、少なくともケイネスは時計塔に遠坂の失態だと怒鳴り込むと想像できた。

 

「のう、マスター。教会を見に行くのは構わんが、入れるがか?野次馬がおるじゃろう」

「呪術師の、困ったときの、人払い」

「……ほに。いや、待ちぃ。どういて今、五七五を詠みよった」

「ふざけないと最早やってられないボクの心を察して」

 

 アインツベルンと別れたあとの向かい先は、元冬木教会の場所である。

 時間が惜しいので、生身二人を黒と以蔵にそれぞれ運んでもらうことにした。

 

「思った以上に廃墟だった」

 

 かくて着いた教会前で、以蔵の背中から滑り降り、繍は呟く。

 鉄の門は辛うじて無事だが、尖塔を頂く小綺麗な神の家だった建物は、外壁ばかりを残して粗方は吹き飛んでいた。

 迫撃砲に撃たれたと言われても、信じてしまいそうだ。

 

「あっちの……あの十字架はまだのこってます。繍さんが、最初にふきとばした……」

「桜の気遣いがボクに留めを刺しに来てる」

「え……え?あ、あの、ごめんなさい」

「謝らんでえいが。こいつに憑きよったおひいさんのせいじゃき。おまんらは何も悪くないぜよ」

「依代的には複雑なんだよ。慰めは貰っとくけど」

 

 言いながら、廃墟に踏み入る。

 これもガス爆発か何かで済ませるのだろうが、野次馬どころか報道関係者の影すらなかった。

 

「人払いの結界は張ってたか。これができたってことは、誰かはいるのかな」

「こっちじゃ。ほれ、人ん気配がするんがわからんがか?」

「わからないから。並みの人間、君ほど感覚鋭くないから」

 

 どや顔の以蔵に言い返しながら、先へ進む。

 以蔵が瓦礫を蹴り飛ばし、出て来たのは明らかに下へと続く階段だった。

 

「地下室か。吹き飛んでなかったんだ」

「わしが先に行くき」

「了解。桜は黒と待ってて」

「はい」

 

 不安そうな顔をしている桜に罪悪感を覚えながら、階段を下る。

 暗闇から、鼻に届く異臭があった。

 

「これ、血だ」

「ほうじゃの」

 

 以蔵が短いほうの刀を抜いた。

 繍も符を取り出し、魔術回路を起こす。どうも体を駆け巡る魔力量が、増えている気がした。

 

─────やっぱりか。

 

 体を『治され』た影響だろう。これまでより扱える魔力が増えていることが、いっそ嫌だった。

 先にある扉を、以蔵はやはり蹴り飛ばす。血の臭いが鼻をつき、転がされた長椅子の上に横たわる影があった。

 

「璃正神父?」

 

 ゆらゆら揺らめく灯に照らされた部屋の中、横たわっているのは言峰璃正神父だった。その片腕は切り落とされでもしたのか、無かった。

 以蔵が近寄り、脈を取る。

 

「生きちょるぜよ。どうするが、マスター?」

「一先ず、救急車。その前に聞くことはあるけれど」

 

 璃正神父の腕には、一応の手当が施されていた。腕を飛ばされても生きているのはそのためだろう。

 頭をかいて、繍は彼の傍らに膝をついて屈み込んだ。

 

「言峰神父。こちらの声は聞こえているか?」

「あ、アサシンの……」

「佐保繍だ。誰があなたを襲った?」

「……」

 

 神父は目を閉じた。

 

「答えろ。あなたが聖杯戦争の中立役の裏で何を考えていたかはどうでもいいし、誰に言うつもりもない。開きかけた災いの釜の蓋を閉じたいなら、情報を寄こせ」

 

 温度を消し去った声で、繍は告げた。

 怪我人に酷だとは思うし、襲撃犯の目串はつけられるのだが、確実さが欲しかった。

 巌のような神父は重々しく口を開いた。

 

「綺礼だ。ここを襲い、令呪を奪っていった。答えを……醜悪な解を導き出した式を得なければ、と言って」

「そうか。それ以外で何を見た?」

「何も。……私には、何も見えなかった」

 

 それは懺悔のようにも聞こえたが、繍は何も返さないことにした。

 気力がまた尽きてしまったのか、璃正神父は気絶するように眠りに落ちてしまう。

 揺さぶり起こそうとする以蔵を、繍は止めた。

 

「おい」

「起こしても無駄だと思うよ、岡田さん。この人、本当にこれ以上は知らないだろう」

「使えんやつじゃ。わしらを謀りよって」

 

 髑髏のアサシンのマスターを何食わぬ顔で教会に迎え入れ、中立と言っていたくせに裏切っていたことが、やはり以蔵には許せないらしかった。

 

「この人は息子に裏切られたんだ。それでもういいだろう」

「ふん」

「一発ぐらいは殴っても構わないけどね。君、自分が筋力Cな英霊なのは忘れないでよ。で、どうする?」

 

 以蔵は面倒そうに顔をしかめ、刀を鞘に戻した。

 

「わかったわかった。もうえいちゃ。こがあなとこにおっても、ぞうくそ悪いだけやき。はよう戻るぜよ、マスター」

「うん」

 

 人払いの結界を壊し、救急車だけは呼ぶことにした。

 結界は実に脆くなっており、時間が経てば壊れるようなものだった。

 手当をしていたことといい、襲撃者に璃正神父を殺す意図はなかったのだろう。すぐには、発見されてほしくなかっただけで。

 ただ、その腕の令呪だけを、言峰綺礼は奪っていったのだ。

 手遅れだったという虚脱感で、頭が痛い。

 実際、昨日から気絶以外でろくに眠っていないし、その間も気絶による眠りの間も、変質した体の調整で身体も脳も休められていないから、本当に頭痛と吐き気がしてきそうだった。

 手足に力を込めて、立ち上がる。

 

「先を越された」

「己ん父を裏切りよったんか、あん西洋坊主」

「釈尊だって真っ先に妻子を捨てたよ。高御座(たかみくら)を求める者は、往々にして身内にひどく酷なことをするものさ」

 

 砂を噛むような顔になった以蔵を促して、地上へと戻る。

 黒の背中で、桜は壊れた教会をぼんやりと眺めていた。教会で繍が首に巻いてやった、赤い毛糸の襟巻きに顔をうずめて、足を揺らしている。

 桜、と名を呼ぶとこちらを見つけて、ほっと微かに表情を緩ませる。

 

「あ、繍さん、岡田さん」

「お待たせ。戻ろうか、桜」

「はい」

 

 その前に、と繍は鞄から取り出した鏡を宙に放り投げた。

 青銅鏡は円を描いて宙を飛び回り、空気を打つ。

 ぱりん、と目に見えない膜が壊れる音がして、人払いの結界の破壊は、それだけで済んだ。

 これでこの廃墟が、人様の目に触れるようになり、また、冬木ガスの評判にあらぬ冤罪がかかることになるだろう。

 この街は本当に災いが多いのだなと、益体もないことを考えながら、帰途についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょいちょい減り気味誰かのSAN値。

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