冬の街にて、人斬り異聞   作:はたけのなすび

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では。


巻の三十四

 

 

 

 

 

 

 

 

「髑髏のアサシンと、バーサーカーに襲われた?」

 

 冬木市市街、とある飲食店の個室で驚いたように言うのは繍だった。

 

「ああ。言峰のアサシンだよ。バーサーカーと一緒に襲い掛かって来たんだ。数十人はいた」

「そがあな数に襲われて、おまんらよう無事やったな」

「ライダーが、固有結界の宝具を使用したおかげだ」

 

 心象風景の具現化にして、魔術師界隈の最高峰の一つとされるのが固有結界である。

 それを魔術師でもないイスカンダルが使用し、マスターを狙って襲い来るアサシンを、一網打尽にして退けたのだと言う。

 その間、ランサーはバーサーカーの相手をしていた。掴んだものを、魔力で己の宝具と化すバーサーカーに対し、魔力を断つランサーの『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』は相性が良かったのだが、中途からバーサーカーが振るうようになったのは、なんと魔剣だったという。

 それでもランサーは善戦したが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と戦うことになり、互いに負傷しての引き分けになったという。ちなみに、バーサーカーに傷を与えたのは、残念なことに治癒不可能な傷を与える『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』ではなかったらしい。

 

 結論として、柳洞寺の調査はできなかったのだ。

 ランサーとライダーの消耗が予想より激しく、ソラウもいたがために、英雄王に強襲される危険を考えて、一度引くことになったからだ。

 

「で、オマエらはセイバーとは同盟関係には成功したけど、教会では璃正神父に出くわしたんだってことでいいのか?」

「うん。さっきテレビ見たら、ガス爆発としてニュースになってた。それから、璃正神父の令呪は言峰綺礼に取られた」

 

 繍がそういうと、向かいの席に座るウェイバーとケイネスは、揃って天を仰ぎ、額を押さえた。

 仲が険悪な割に、そっくりな動きをする師弟だと思う。

 

「では、あのバーサーカーの振る舞いに納得が行く。恐らく、一時的に狂気から解放するなどの意図で令呪を使用し、サー・ランスロット本来の剣技を取り戻した、というところだろう。十数画以上あるならば、一、ニ画は使えるさ」

「間桐雁夜が、言峰綺礼とギルガメッシュに手を貸したと?」

 

 教会で、アーチャーに立ちはだかったのを最後に、あれっきり行方不明になっていたのは、彼も同じである。

 それが、次に姿を見せたら彼のサーヴァントは山門に立ちはだかっていた。

 考えたくはないが、彼がアーチャーたちと手を組み、こちらと敵対した可能性もあるのだ。

 繍の隣に座っている桜が、きゅ、と袖を引っ張った。

 が、ケイネスはかぶりを振った。

 

「そうかもしれない。が、そうでない可能性もある。あれだけ多彩な宝具を持つ英雄王だ。マスターの意志を奪いつつ、魔力を搾取する道具くらい持っているだろう。あのアーチャーならば、己のマスターに使っているかもしれんがな」

 

 散々、マスターの時臣をつまらない、と称していたのがギルガメッシュなのだから。

 

「それに、あのバーサーカーは強いことは強いが、主を守って離脱する、というような行動は、令呪でも使わねば取れまい。マスター本人とて、世辞にも魔術に長けてはいないだろう。教会でそこをつかれたのならば、間桐雁夜は逃げ遅れたろうし、結果として彼らの手駒にされていても、おかしくはない」

「間桐雁夜は捕まって、バーサーカーを使役するためだけの触媒に使われていると?」

「可能性がある、というだけだ。何にせよ、あの狂戦士は撃破せねばならない。あの狂戦士はれっきとした剣の宝具を持ち出し、ランサーを不意討ちして来たのだ」

 

 彼の傍らのランサーは唇を噛みしめている。傷こそ見受けられないが、負傷しての撤退は彼には屈辱だったに違いない。

 ランサーには悪いが、雁夜が自らの意志でこちらを攻撃したのではないかもしれないと聞くと、少し気が楽になった。

 

「それで、肝心のアーチャーの所在はどうなったのかね?」

「まだです。狗神も使っていますが、もしも宝具を使って隠れられていた場合、ボクの術では不可能かと」

「当たり前だ。その歳の君に、宝具の隠蔽を退けられてたまるか」

 

 ケイネスは指の関節でテーブルを叩きながら言う。

 

「いや、恐らくアーチャーめはあちらから仕掛けて来るだろう。小娘、その使い魔とやらを四六時中放ち続けて消耗しても、無駄足になろう。引っ込ませておけ」

「そういうものですか?」

「応。あやつは正面切っての決戦を選んでくる。それまでは手出しはすまい。王とはそういうものだ」

 

 なるほどわからん、と繍は以蔵と顔を見合わせた。

 以蔵はある意味澄み切った瞳をして、不意討ち暗殺では駄目なのか、と問いたげである。

 駄目なんだろうなぁ、と繍は思う。

 

「ここから先は、ます連戦となろう。消耗はせんにこしたことはない。我らに己のマスター以外の魔力補給の手はないが、相手方に、魔力の補給源である令呪を奪われたことを、忘れてはならん」

 

 そういうわけだから、白犬は戻せ、という。

 目が本気であることに、繍は気づいた。

 確かに、サーヴァントの以蔵に加えて、黒、白、と三体もの高位な式神を出し続けにするのは、魔力を常に吸われ続けているのと同じだ。

 魔力消費量だけ見れば、下手すれば以蔵より魔力を食らうのが狗神たちだ。

 実を言えば、髪が完全に白になった後からずっと、魔力が少しばかり安定しないのだ。

 体内精製できる魔力が増えたのである。

 それだけならばいいのだが、増えた魔力を制御するのは、暴れ馬を常に抑え続けているようなものだ。

 気を抜いてはまずい、という警鐘が常に頭の中で鳴っている。

 出来うるならば、魔力をまったく使わず、体質に合った霊脈の上で惰眠を貪っていたいくらいだ。三日三晩か、七日七晩かそれくらいの期間。

 無い物ねだりしてもしょうがないが、本当にこの騒ぎが終わったら、本気でしばらく眠りたいのである。

 

「そういうことならば、戻します。……解」

 

 指で印を宙に描き、魔力を切る。

 符の中に白の気配が戻り、冬木市に点在させていた他の式神も符に戻す。

 残しているのは、セイバー陣営に張り付けた一体だけである。それだけならば、別にどうということはない。

 

「山門のバーサーカーは、何としても仕留めねばならぬ。その奥の大聖杯を何とかするのは、魔術師、お主らに任せる」

「任せるって……任せるって……ええええ!?何言ってんだ、オマエ!」

「応。王の相手は王が努めねばならぬのだ」

「アーチャーの相手は、あなたがする、と」

 

 ライダーの切り札、ランクEX(規格外)の宝具は、その名を『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』。

 かつてイスカンダルと轡を並べて戦った、数多の英雄たちを連続召喚する、という代物だったらしい。

 それなら確かに、宝具を大量に射出するアーチャーに対しての相性は、ランサーやアサシンよりは、物量戦ができるという点において、まだマシだろう。

 かと言って、一度突破し損ねている円卓最強の黒騎士が守る山門を、暗殺者と槍兵でどうにかしろと言うのも難題である。

 おまけに、その山には結界が敷かれていて、半霊体のサーヴァントが侵入するためには門を通る以外に道がないらしい。

 そのせいで、ランサーは再戦に息巻いているが、無理くり一騎討ちに持ち込まれた以蔵は、眉をひそめていた。

 

「髑髏のアサシンを固有結界で包んで全滅、とのことでしたが、敢えて尋ねますが、本当に全滅した、と考えて良いのでしょうか?」

「そう思いたい。が、数体ほど残していても不思議はないのう。あそこでアサシンを放った目的は、恐らく余の力量を測ろうとしたのだ」

 

 確かに、強力で派手なサーヴァントである割に、立ち回りが上手いために、これまで手札を一番晒していないのはライダーである。

 

「宝具の詳細を、把握したかったのだと思われるな。ときに刀のアサシン、お前の宝具はなんだ?」

「ああん?」

 

 ランサーの問いに、以蔵が唸った。

 繍はあちゃあ、と頭を抱えたくなる。共闘相手になったランサーが以蔵の宝具が気になったのはわかるが、言い方が直球過ぎた。

 

「同盟相手ちゅうても、必ず宝具を言う必要はなかろうが」

「それはそうだが……」

「わしはもう宝具なんぞ使っちゅう。見落としゆうがは、おんしらじゃ」

 

 バーサーカー、セイバー、ランサーの剣技や武技を見て盗むのが、以蔵の宝具『始末剣』なのだ。

 確かに、最初から使っている。だから、セイバーの剣戟や、バーサーカーの鉄骨とも渡り合えたのだ。

 単に、ランサーたちのようにわかりやすくないだけである。が、そんな事情まで以蔵はランサーに、言う気はさらさらなかろう。

 どうも、彼らは相性が悪いらしいから。

 繍は口を挟むことにした。

 

「アサシンはもう宝具を開帳し、あなた方の眼前で使っています。ランサー。ボクも、使用に制限をつけたりもしていません。ただ、派手に光ったり魔力を放たないものというだけ。アサシンが言わないと言うなら、ボクからは以上です」

 

 ふざけるつもりで腕で×印をつくって見せると、ウェイバーとケイネスが何とも微妙な顔になった。

 仕切り直しをするように、ケイネスが口を開いた。

 

「大聖杯を我々に調べさせる、と言うのかね、ライダー?」

「おお。キャスターがおらぬ今、魔術に最も詳しいのは貴様らであろう」

「調べられても、対策を行えるかはまた別なのですが。聖杯を壊すのも視野に入れなければ、なんとも」

「応さ。景気よく壊すならば構わぬ。どのみち、此度の戦では余の受肉は果たせそうにないからな」

 

 ウェイバーが怯んだ様子を見せる。その頭を、ライダーは大きな手でかき回した。

 

「しょぼくれた顔をするな、坊主。戦ならば、斯様な次第もあるだろう。此度の遠征を、余はなかなかに楽しんで来た。となれば、決戦の大一番でアーチャーを相手取って、派手にやり合うと決めたぞ。何せ、相手はかの英雄王ギルガメッシュ!これ以上心躍る戦は、そうはあるまい」

 

 豪快なライダーの笑いに、一瞬安堵仕掛けたウェイバーが、またも死にそうな顔になっていた。戦の大一番に、自分も駆り出されるのだから。

 頑張れマスター超頑張れ、彼について行ける相棒は君だけなんだから、と心の中だけで応援する。

 

「セイバーは?」

「わからんな。だがあやつらも、戦が動けば加わるであろうさ。英雄王の思考など、読もうと思って読める代物ではないわ」

 

 つまるところ、出たとこ勝負で状況を覆す、ということらしい。

 間違いなく、周囲に甚大な被害をまき散らす形で激戦が予想されるのは、英雄王と征服王だろうなと思う。それにしても、一体何処で戦うのか。

 固有結界内のみか、アインツベルンの森辺りでやってほしい。

 最も周辺を顧みないだろうアーチャーが、領土内での被害を最も気にするべき土地の管理者、遠坂家のサーヴァントなのは、なんとも皮肉な話である。

 

「ウェイバー、頑張れよー」

「オマエ、ちゃんとボクの目を見て励ませよ……」

「それだけ口が利けるなら、どうとでもなるだろう、ウェイバー・ベルベット。魔力を切らすなよ」

 

 破格の実力を持つのと同時に、ライダーは破格のソウルイーターでもある。

 全力戦闘となれば、失われる魔力やマスターにかかる負担は以蔵やランサーより、遥かに多く、重いだろう。宝具は言わずもがなである。

 が、ウェイバーの魔力量は繍やケイネスと比べて遥かに劣る。アーチボルト家や佐保家と比べて、ベルベット家の歴史が短いからだ。

 だが、足りないならば外から補えばいい。

 

「ウェイバー、魔力を込めた宝石とか持ってないのか?」

 

 宝石ならば、魔力を溜めることができるし、溜めた魔力は放出させるなりなんなりして、攻撃にも結界の構築にも使える。宝石魔術師とは、そういう類の術者である。

 繍は、精々宝石に魔力を溜めて、取っておくくらいしかろくにできないのだが、それでもやったことはある。

 以蔵たちサーヴァントならば、食べるなどして、魔力補給にできるだろう。

 

 話を振られたウェイバーは、腕組みをした。

 

「ないよ。オマエ、ボクの家にそんなもの満足に買う金あると思ってんのか」

「そんなところで胸を張るなと。いいよ、魔力貯蔵用の宝石なら、ボクが都合つける」

「どこから」

 

 ここから、と繍は足元に置いていた鞄から、とろりとした光沢を持つ翡翠を数個と、丸薬を取り出し、無造作にテーブルの上にばんと置いた。

 

「前につくった魔力入りの宝石と、魔力回復剤。使え」

「はぁっ!?」

「使え。君やライダーに、倒れられるわけにはいかない。貸しだと思うなら、ここを生き延びてボクに返せ」

 

 拒否権はないよ、とウェイバーの瞳を繍は正面から覗き込んだ。

 

「……わかったよ」

「ありがとう。ちなみにその薬、効果はあるが気絶したくなるほど苦いから」

「知ってた!オマエの出すもんには、そういうオチがあると思ってた!」

「ボクは漫才師じゃないぞ!?」

 

 ぶつぶつこぼしながらも、ウェイバーはそれを受け取り、懐に収めた。

 

「それでライダー、結局これからどうすんだ?」

「ん、そうさなぁ。何か動きがあるとしたら、日が暮れてからだろう。それまでは各自英気を養え」

「養えって……養う、んですか?」

 

 応、と豪快に笑うライダーであった。

 どうやって、と繍はつい首を傾げてしまうのだった。

 

 

 

 

 




作戦会議の話。

明日は更新できません。

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