冬の街にて、人斬り異聞   作:はたけのなすび

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では。


巻の三十五

 

 

 

 

 

 

 

 自由にしろ、とか、鋭気を養え、とか言われても、困るのである。

 肝が太いライダー・イスカンダル王は、戦の只中であろうがイリアスを楽しんだり、女を抱いたり色々とできたというが、そういう気分の切り替えは、英雄どころか王でも何でもないただの特殊霊媒体質者と、人斬りと、現在彼らが面倒を見ている幼女には難しかった。

 なので、セイバー陣営への報告をしようと、彼らに張り付けたままの式神を弄ることにした。

 場所は、また取り直したビジネスホテルである。

 

『了解した。そちらはアーチャーを征服王が相手取り、他は大聖杯に対処する腹というわけか』

「そうです。それから、バーサーカーに関して追加報告が。彼の真名は、サー・ランスロットでした。ご存知でしたか?」

 

 丸い青銅鏡に映った男、衛宮切嗣はほぼ表情を動かさなかったが、その背後に佇むアイリスフィールは、驚いたように眼を瞬いていた。

 

『初耳だな。こちらのセイバーもあれを視認しているが、気づかなかったのか』

「認識阻害系宝具の効果でしょう。こちらは、直接マスターの間桐雁夜から聞き出しただけです」

『……まあ、いい。それで、そちらはどうしてまた僕たちにコンタクトを?』

 

 切嗣の目の奥には、相変わらずの警戒心があって、繍はどうにも落ち着かない。

 あなたのことが怖いのは、こちらなのだけど、と言いたくなるのだ。

 正直なところ、マスターたちの中ではこの男が一番怖くて得体が知れなかった。今は言峰綺礼を一番警戒しているが、この男とて大概である。

 魔術師に特化した暗殺者だというから、それならば暗殺者が最も嫌がりそうなことは何かと考えて、以蔵を送ったのだ。

 極単純に、暗殺者が恐れるのは、自分自身が暗殺の標的になることだと思った。

 そして暗殺者が最も無防備になるのは、()()()()()()()()()()()()()()()()。だからあのときが最適と考えた。

 が、結果的には失敗した。

 所詮己は、誰かの暗殺など考えたことのなかった素人なのだなぁと、実感しただけだ。

 以蔵の相性的には、こちらの男と組んでいたほうがもっと斬れていたろうな、とも思う。

 魔術師の家を焼く手伝いをしたり、幼子を拾って共に連れ歩いたり、見ようによっては道草にしかならない行為など、衛宮切嗣は決してしなかったろうから。

 

「大聖杯を壊そうと考えているのですが、ランサーもうちのアサシンも対人特化です。アーサー王ならば、対軍、あるいは対城宝具がないかと思いまして」

『つまり、僕たちに大聖杯を破壊してほしいと言うのかい?』

「ということは、破壊できる手段があるのですか?」

 

 揚げ足をとったつもりはなかったのだが、繍の背後で以蔵が小さく吹き出すのが聞こえた。

 そこは笑うところじゃない、と意味合いを込めて視線をやれば、薄い無精髭をこすってにやつく顔が目に入った。

 その横には桜が無表情で座り、仔犬並みに小さくなった黒の肉球を無言でむにむにと押して遊んでいる。

 黒はといえば、その桜の薄い膝の上で、仔犬特有の薄桃色のお腹を見せてころころしているのだ。カミの使いの威厳は、一時的にログアウトらしい。

 ずっとそうしていてほしいなぁ、と思いながら、彼らから視線を剥がして鏡にまた向き直る。

 

『ああ。こう言えばランサーのマスターにはわかるだろう。セイバーの左手には対城宝具がある、とね』

「あの、まさかランサーの槍で腕を斬られたから、発動ができない、と?」

『そういうことさ』

 

 背後の二人のことはひとまず置いて、繍は目の前の男に集中することにした。

 色々ありすぎて忘れかけていたが、倉庫街での戦闘で、セイバーはランサーの宝具により腕を負傷していたのだった。

 確かあの黄色の槍には、その槍によって負った傷の治癒を不可能にする呪いがかかっていたはずである。

 浅い傷だろうが、腕の腱でも斬られていたら確かに戦うにはきついだろう。

 

「でも傷が治れば、大聖杯を屠れるだけの威力がある、と」

『むしろ星の聖剣による対城宝具の一撃で以てしても、大聖杯を破壊できないならば、もうお手上げと考えて然るべきだろう』

 

 身も蓋もなさすぎる言い方であった。

 そりゃその通りである。

 聖剣の力を以てしても破壊できないならば、いよいよ本気で神霊でも降ろさねばならなくなる。が、それをすると繍は死ぬから、結局詰みなのだ。

 エクスカリバーって星の聖剣だったのか、と現実逃避気味なことが頭に浮かんだ。

 

「ランサー陣営に、呪いの解呪法が無いかを尋ねます」

『頼んだ。精々、あのランサーが騎士道精神とやらを発揮してくれることを祈ろう』

 

 これは槍を破壊させる気満々であるなぁ、と繍は頬をかいた。

 槍の破壊が最も確実な解呪手段であることは事実だが、同時にあれはランサーの切り札たる宝具である。が、ケイネスが言えば、ランサーはあの槍だろうと折ってくれると思うのだ。

 問題は、ケイネスをどう引き込むかという話である。

 

『バーサーカーの正体を明かしてくれた対価に、一つ言っておこう。君たちは、言峰綺礼が元代行者ということを知っていたか?』

 

 知らなかった。が、予想出来ていなかった訳ではなく、繍は沈黙し、以蔵は鼻を鳴らした。

 

「代行者ちゅうとあれか、教会の殺し屋ておまんが言うちょったやつか」

「それだよ。……黒鍵の使い手なんて、そうそういないと思ってたけど」

『その口ぶりでは予想はしていたが、情報は得ていなかったと言ったところだな』

「はい。それであの、あなたと彼には何か因縁があったんですか?」

 

 城でセイバーと衛宮切嗣を庇ったり、教会で随分執心している様子を見せたり、言峰綺礼の行動は、あなたがたが絡むと異様だったと繍が言うと、アイリスフィールのほうが顔をしかめた。

 

『何も。あの男が切嗣を狙う理由に、心当たりなんてないわ。あなたこそ、どこかで出会ったことはないの?』

「ありません」

『そちらは神道系の古い家の出だろう。過去、教会と対立したことはなかったのか?』

「先代、先々代までは欧州どころか、冬木にろくに近寄ったこともありません。ボクの代になってから、教会と対立したことはあるにはありましたが、あんな強烈な代行者系神父がいたら覚えてます。言峰という名前自体、初耳でした」

 

 鏡の向こうとこちらで、ため息の二重奏である。

 どちらも知らないのだ。

 

『あれの考えは、最早わからない。だが、次に執心されるとしたら僕よりもそちらだろう。どうやら、僕は彼を酷く失望させたらしいからね。大聖杯を壊したいというこちらを、あれは必ず阻もうとするだろう。代行者と戦えるのか?』

「使い魔かサーヴァントがいれば。ボク単体では無理です。殺されます」

『こちらも、主武装を何処かのアサシンに壊されていてね。錬金術でなんとか修復できたが、十全とは言い難いな』

「げ」

 

 その節はすみませんでした、と言いそうになった。

 恐らく主武装とは、以蔵が破壊したあのやたらと口径の大きな銃のことだろう。

 だがあのときは、あれを壊さないとケイネスが殺されていたろうから、今更言っても仕方ない。

 連絡しておくべきはこんなところだろうか、と繍は以蔵の方をちらりと見る。こくり、と頷きが返ってきた。

 

「では、概ね伝えました。御武運を」

『ああ、そうだ……ん?』

 

 通信を切りかけた刹那、衛宮切嗣はふと視線を逸らす。アイリスフィールも同じ方向を向いていた。

 

『失礼します。アイリスフィール、マスター。そこにいるのは、刀のアサシンのマスターに相違ありませんか?』

 

 凛とした声が割り込む。

 顔は見えねど、その声は覚えがあった。

 

「マスター、ちっくと退きぃ」

「うわっ!?」

 

 筋力Cで襟首を捕まれて持ち上げられ、ぽい、と猫の子よろしく横にずらされた繍に代わって、以蔵が鏡の前に座った。

 

「何するんだっ……って、セイバー?」

 

 青銅鏡に映るのは、ダークスーツに身を包んだ、金髪の少女である。何故かやたらと殺気立っている騎士王に、繍は引いた。

 

『刀のアサシンとそのマスター、聞きたいことがある。そちらが刃を交えたバーサーカー、確かに円卓の騎士が一人、サー・ランスロットに間違いはないのだな?』

「そうじゃちわしのマスターが言うとろうが。おんし、疑う気ぃか」

 

 何でそんな喧嘩腰なの、と思いつつ、繍は以蔵の後ろからセイバーに話しかける。

 

「間違いありません、セイバー・アーサー王。バーサーカーは、サー・ランスロット。姿を隠蔽する宝具も、手にしたものを武器と化す宝具も、彼の伝説に則っています。それに彼はアロンダイトを抜き、ランサーを退けました。魔に落ちた聖剣の切れ味を、あなたはよくご存知のはずです」

 

 アーサー王の妃、グィネヴィアとの不貞を暴かれた際、抵抗したランスロットにより振るわれたアロンダイトは、剣すら帯びていなかった味方の騎士を切り裂き、以来魔剣となったと言われている。

 魔に落ちたアロンダイトを振るうのはただ一人、ランスロットだけだ。

 

『馬鹿な……ランスロットほどの騎士が、バーサーカーになったというのか?』

「騒ぎを起こして味方を斬ったちゅう話があるき、そがあに驚くことでもないちゃ」

『そうだろうな。ランスロットはかつて、不貞を暴かれた際に乱心し、非武装の味方を斬った。その逸話を汲み取られ、バーサーカーとなったのだろう』

 

 人斬りと暗殺者の言に、騎士王の顔色が僅かに白くなるのを繍は見咎めた。

 バーサーカーが、かつて己に仕えた最強の騎士であるという話を聞いていて、いても立ってもいられなくなったのだろう。

 その彼女に対し、マスターは冷徹に応じた。

 

()()()()、バーサーカーの相手はそこのアサシンとランサーの領分だ。お前の役目は、英雄王を倒し聖杯を破壊すること。アヴァロンを解禁したのも、そのためだ』

『だが、マスター……彼は、私の……!』

『かつてお前に捧げられた騎士道も、忠誠も、この場に置いて何の関係もない。バーサーカー相手には、 対人戦に優れたアサシンとランサーに勝機があり、物量戦で仕掛けてくる英雄王の相手には、お前とライダーに勝機がある』

 

 黒手袋を嵌めた手をきつく握りしめ、セイバーは碧眼を閉じて、しばし黙した。

 再び目を見開いたとき、その瞳には硬い決意が宿っていた。

 

『了解した、マスター。この時代、この地の無辜の民を犠牲にするのは、私とて本意ではない。バーサーカーを相手にしては、恐らく私の剣は鈍る。そうならない為にも、私は私の敵と戦おう』

『それでいい』

 

 切嗣はセイバーから目を逸らしながらも、頷いた。

 彼らの後ろではアイリスフィールが、胸をなでおろしている。

 剣の主従はもしかして、仲が悪かったのだろうかと、以蔵の肩越しに鏡を見ながら、繍は思った。

 セイバーの瞳が、 またこちらを向く 。

 今度は繍ではなく、以蔵だけを見据えていた。

 

『アサシン。貴殿に問いたい。そちらの刀は、ランスロットのアロンダイトと拮抗できるものか?』

「わしの刀は無銘じゃ。ほいてもこれで斬るしかないぜよ。おんしらのような神秘は知らんきのう」

『……』

 

 せせら笑うような以蔵の物言いに、セイバーが押し黙る。繍はもう遠い目をするしかない。

 どうにもこうにもこの人斬り、騎士を名乗るものと相性が悪くて叶わないのである。多分、生前の歴史的に彼らのようなタイプが嫌いなのだろう。

 彼女の様子を一向気にせず、以蔵はずい、と身を乗り出した。

 

「不満か。それとも、人斬りがおんしゃの騎士を斬れるか疑っちょるがか」

『……彼は最高の、そして最強の騎士でした。剣裁きのみならば、私よりも強い。それでも私の手には聖剣があり、彼らの王だった。が、アサシン、そちらの手には』

「おう、神秘なんぞ知らんきのう。そがあなことは、こんわしのマスターのほうがよっぽど知っちゅうし使いよる」

 

 のう、と以蔵がこちらを向いた。

 

「……うー、そりゃそうだけど、岡田さん百年ちょっと前の人なんだから、むしろそのころのこの国で、英霊になれたことのが凄いよ。ボクの家は千年だから、神秘の諸々は大概のことができないと駄目だろ」

「阿呆、わしを褒めてどうするがか」

「別に褒めてないし。事実を言ったまでだし。そもそもきみ、この状況でボクに何を言ってほしかったんだい?」

「察せぇ!」

「そんな毎回わかるわけないだろうが!」

 

 ぶふ、と桜に撫でられながらの黒狗の笑い声が聞こえた。

 

『そちらは……なんというか、随分和やかなのですね』

 

 呆れ顔なのかなんなのか、針のような光を宿していたセイバーの目が、少しやわらかくなっていた。

 切嗣は相も変わらずの無表情だが、その背後のアイリスフィールは、目をぱちぱちと瞬いて、まぁ、と愛らしい少女のように口元に手を当てていた。

 

「気の抜ける陣営ですみません。子どももいるし、毎度こんな感じなもので」

「気が抜けるのはおまんのせいちゃ」

「はいはい、ご尤もですよ。まったくもう」

 

 なんだかんだきみも桜には甘かろう、と言い返すのはやめておいた。

 

『……わかりました。いえ、こちらのマスターを不意討ちした手並みから、もっと冷酷無情な者かと思っていましたので』

「あ、あはは……。いやでも、そちらのマスターだって、うちの元先生をホテルごと爆破しかけたじゃないですか。怖かったんですよ、あれ。日本じゃあんなこと、二十年に一度あるか無しかの大事件ですし」

 

 セイバーの背後で、切嗣が目を逸らすのが見えた。一応自覚はあったらしい。

 

「で、セイバー。おんし、アサシンやっちゅうわしの腕に不満があるがか」

 

 基本は気配を遮断し、マスターを暗殺するのがアサシンのサーヴァントの立ち回りである。バーサーカーやセイバー、ランサーと一対一で刃を交える以蔵のほうが、異端なのだ。

 わしは剣の天才じゃ、という召喚したての頃の以蔵の大声を思い出す。

 はいはい、と頭の中の彼に答えておいて、さて一体以蔵は何を言いたいのかと、首を傾げた。

 

「不満があるならセイバー、おんしの剣、わしに盗ませろ」

『何?』

 

 訝しげなセイバーである。

 そういう意味か、と繍はぽんと手を叩いた。

 とはいえ、これではまた喧嘩になりそうなので、口を挟むことにした。

 

「アサシンの宝具は、見た剣技を己のものにするという技術そのもの。名を、『始末剣』と言います。だから要するに、バーサーカーとの剣技と相通ずるあなたの剣技を取らせろ、と言っているんてす」

「マ、ス、タァ?何をぺらぺらとわしの宝具をしゃべっちゅう?」

「誤解させるような言い方するからだよ。というか、きみの宝具なら、もうバラして構わないだろ」

 

 言ったところで、直接矛を交えて戦う以上、取られるのを防げないのが『始末剣』である。

 

「セイバー、アサシンの言うこと、どうでしょう?多分、数時間手合わせすればそれで良いんだと思うんですが」

 

 生涯捧げて培うような剣技を、数時間で取らせろとは、剣士には忸怩たるものがあるかもしれない。

 だけれど、もうなりふり構っていられないのだ。

 

「セイバー、お願いします。勝つためです」

 

 思いきり頭を下げた。

 一秒、二秒がのろのろと過ぎていき、やがて静かな声が部屋に響いた。

 

『……良いでしょう。アサシンのマスター、頭を上げなさい』

「本当ですか?」

『二言はありません。要するに、そこのアサシンを徹底的に扱けばいいのでしょう』

 

 ありゃりゃ、と繍はセイバーの瞳の中に、とてもとても好戦的な光が宿っているのに気づいた。

 人形のように美しく淑やかな外見ながら、この王様、もしかして凄まじい負けず嫌い(バーサーカー)だったのかもしれない。

 怪我は一つ残らず完璧に治すから超頑張って、と繍はそっと以蔵から目を逸らした。

 

『待つんだ、セイバー。片腕のお前では、アサシンに全力の剣技は伝えられないだろう。だからこそ、城で拮抗することになったんだ。となれば、早急にランサーの呪いを解呪してもらわねば、な』

 

 あ、と繍は虚をつかれた。以蔵も、嫌そうに眉をひそめる。

 気のせいか、無表情なはずの切嗣の顔に、薄い笑みが浮かんでいる気がした。

 

『そういう訳だ。交渉は任せたぞ、アサシンのマスター。言うまでもないが、時間はないぞ』

「……はい、わかりました」

 

 最後に、衛宮切嗣にしてやられたような気分になる通信は、これにて終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 





休めと言われても、休めない話。
そして歩み寄りのセイバー陣営。
いきなりマスターが暗殺されかかったからとか、緩衝材のアイリスフィールがずっと機能できているからとか、そもそも聖杯がヤバいからとか、なんかそんな感じでお願いします。

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