冬の街にて、人斬り異聞   作:はたけのなすび

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では。


巻の三十六

 

 

 

 

「それで、君はセイバー陣営との窓口になり、ランサーの槍の呪いを解呪すると請け負ったと?」

「まぁ、はい、そういうことです」

 

 同じホテルの別の部屋に居着いたケイネスの元を以蔵と共に訪れ、事の次第を告げると彼は椅子に沈み込んだ。

 

「エクスカリバー……よもや本物の星の聖剣だったとはな。だが、それを振るうには両手でなければならない、と」

「真名開放の際には、刀身をこう、上から下に振り下ろして生み出す光で、敵を焼き払うそうです。端的に言って、SFのビーム兵器だと。セイバーのマスターが」

「ビーム」

 

 ビーム、とケイネスがもう一度鸚鵡返しに呟いた。

 

「はい。だから、ビームです」

「……星の聖剣が、アーサー王伝説最強の神秘が、ビーム兵器、だと?」

「あの、ビーム兵器はあくまで例えですから。ビームから一度離れましょう」

 

 余りにビームビーム言い過ぎたら、神秘の聖剣が、どこぞのジェダイの武器みたいになる。あと、天下の時計塔の看板講師が、ビームと繰り返していると笑えてくるのでやめてほしい。

 でもあのSF映画は面白かったからまた見たいなぁ、とそんなことを思った。

 

「ともかく、ロード。ライトセイ……じゃない、エクスカリバーの光は、両手で振らなければ使えないと言うことです」

「確かに、我々は火力不足。ライダーの切り札も、軍勢の大量召喚ではな……」

 

 ライダーの宝具『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』は、城を攻め落とすことには長けていても、城を城門ごと吹き飛ばすには向いていない。 

 が、対城宝具エクスカリバーならば、それができるのだ。

 

「我々の、魔術師の使命は……神秘の漏洩を防ぎ、あの愚か者共の思惑を砕くことだ。だが……」

 

 呪いの解呪のためには、ランサーは宝具を一つ、捨てなければならない。

 そうなったら、不利になるのは間違いないだろう。

 ケイネスは深く息を吐いた。

 

「ランサーと話し合う。退席しておけ、アサシンのマスター」

「解りました」

 

 退出すると、扉の横に背を預けていた以蔵が、手を振ってくる。

 廊下にはソファがいくつか置かれており、そのうちの一つに繍は腰掛けた。拳一つ分ほどの距離を開けて、以蔵も隣に座った。

 

「あれで引いていいんか?」

「聞いてたのかよ。……んー、ロードなら正しい判断をするよ。それにさ、ランサーに命令するんじゃなくて、話し合うって言ったんだから、大丈夫だろ」

「甘いのう」

「元だけど、あの人、ボクの先生だよ。一応、信じてるんだ」

 

 片頬で笑って、繍はふと外を見る。

 廊下の反対側には、細い縦長のガラス窓があり、そこからは、昼下がりの冬木の街が見えた。少し耳を傾ければ、喧騒が聞こえた。

 これから先の、ほんの数十時間をたった数人でどうにかして乗り切らなければ、滅んでしまう街と、そこにいる人々が奏でる唄。

 ありふれていて、しかし失われれば二度と戻らない唄が、生きた人々の奏でるざわめきが、急に耳の奥に響いてきて、繍は息が詰まった。

 両手で顔を覆った。

 ほんの僅かな時間でいいから、何も考えないでいたかった。

 怖いことから、辛いことから、今ここで自分を取り巻く世界のありとあらゆるすべてから、目を背けたかった。

 だって、怖いのだ。どうしようもなく。

 もしかしたら、明日の夜には、この街にいる彼らは、今ああやって生きている男が、女が、子どもが、老人が、赤子が、誰かの家族が、すべてすべて死んでいるかもしれないのだから。

 瞼の裏の闇を見ていると、ぽつりと本音がこぼれた。

 

「やだなぁ。人が死ぬのも、死なせるのも。殺すのも、殺されるのも。ほんとこういうの、ボクは嫌いだよ」

「わかっちゅうよ。大体のぉ、巫女ちゅうんなら、もっとのんびりしちょけ、阿呆」

「ボクだって!」

 

 手を覆う目を退かして、叫んだ。

 

「できるなら、許されるなら、そうしたかったよ!ご先祖様も!父さまも母さまも爺さまも婆さまも!皆みんな、ばかだよ!ボク一人にして、皆どこかに行っちゃって!」

 

 一人にしないでほしかった。

 置いていかないでと言いたかった。

 でも皆、繍を置いて行きかったわけではないのだ。

 ごめんね、とか、愛してる、とか、そんな言葉を残して皆逝ってしまったから。

 誰も悪くなかった。

 悪い人なんて、誰もいなかった。

 ただほんの少し、運が悪かっただけなのだ。

 急に叫んで息切れして、言葉に詰まる。

 肩で息を吐いたところで、ぽん、と手が頭に乗せられた。

 

「置いていかれるんは、嫌じゃのう」

 

 するり、と言葉が胸に落ちて、清水のように染み込んだ。

 黒い何かで覆われていた心が、す、と冷える。

 

 この人も、置いていかれた人だったのだ。

 

 友達に、師に、仲間に、すべてに置いていかれて追いかけて、結局それで、何にも手が届かなくて、生命を落とした人。

 憐れとは思わないし、同情もしない。

 自分ならばきっと、どれも願い下げだと思うから。

 ただ、骨を噛むようなこの冷たい寂しさと同じものを知っている人が、今隣にいてくれることが、素直に嬉しかった。

 ぐいと目元を擦った。

 

「ごめん、うるさかったよね」

「ほんまじゃ。けんどまぁ、戦いの最中にほたえられるより、なんぼかマシじゃ。桜もおらんき、弱音なんぞいくらでも吐けばえいちゃ」

「むむ……」

 

 いざ言っていいと言われたら、なかなかに難しかった。

 ぐしゃぐしゃと、以蔵はそのまま繍の白髪をかき回した。

 

「おまん、あんひいさまが怖いとか嫌いとか、そんなふうには思わんがか?」

「えぇえ……神職に就いてる人間にそれ聞くか?聞いちゃうのか?命知らず過ぎない?」

「えいから、どうなんじゃ。わしやったら、己の体を勝手に壊しよる相手は、嫌いやぞ」

 

 かなり本気の問いかけに、繍は首をひねる。

 さても困った。

 カミを拒絶するという想いは、魂が純化された繍には、既に生まれ得ないものなのだ。

 だが同時に、人間である繍には、以蔵の言いたいことも、その怒りもわかった。

 頬杖をつき、繍は答えた。

 

「怖い、ことは怖いよ。カミだもの」

 

 何を切欠に、怒るかわからない。

 何を求め、何を望むかわからない。

 彼ら彼女らが良かれと人に授けたものが、厄災を呼び込むことすらある。

 好意が災いに転じた話は、人間にもよくある話だけれど、とかく神々は周囲に与える影響が、人間とは比べ物にならないほど大きいのだ。

 

「ああ、でも、怒るのはちょっと、無いかな。カミを勝手とは言ってもさ、ボクらだって十分勝手。変わらないんだから、腹立たしいとまでは行かないかな」

「おまんを、殺しかけたんにか」

「人だって、些細な切欠で人を殺せるし、見捨てるよ」

 

 ─────きみはそれを、よく知っているはずだけど。

 

 繍は以蔵の左腰を指さす。

 そこにあるはずの、人斬り包丁を。

 人を斬るために幾度となく振るわれた、岡田以蔵の刀を。

 今はないはずの刀の柄を、以蔵は握ろうとするような仕草をした。

 指を下ろし、繍は歌うように続けた。

 

「恵みを願って祀り上げ、己らの望みが叶えば善き神、叶えられねば悪しき神。そんなふうに、人間は何柱ものカミを神輿に乗せては引きずり降ろし、忘却していった。自分たちがか弱かった神代には、あれだけ頼りにしたのに、今はそれを忘れ去って科学というものを信仰し、カミを宿す闇を打ち払った」

 

 ─────さて、勝手なのは、どちらかな?

 

 以蔵は黙り、繍は幼い子どもがするように両足を上下にぱたぱたと振った。

 

「そんなの、わかるわけないよね。だって、ボクたち人間の行いは、生きる為にしたことだから。咎められたって、どうしようもない。極自然なことだもの」

「だからちゅうて、おまん一人が抱え込んで殺される謂れもないろう」

「こぉら、ボクを死なすな。殺されてないってば。そこが大事なんだよ。姫神様は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう言えばわかるか?」

 

 以蔵が腕組みをする。

 何というか、本当にどこまでも()()な相手に語って聞かせて自分たちのことを理解してもらうのは、難しいのである。

 神職、佐保家の最後の一人にして、最も濃い血脈と魂を宿してしまった人間は、それほどまでにずれきっているし、それを自覚してもいる。

 千年も一柱の神に仕えて、同じ一族の中でのみぐるぐると魂を巡らせていれば、当たり前のことだが。

 

「ボクは姫神様が怖い。事実だし、認めてる。だけど同じくらいに敬ってるし、愛してるんだよ」

「愛?」

「うん。姫神様はね、空や大地や、風や雨。つまり、ボクという命を育んでくれたものと、一緒だよ。この世界を、ボクは愛してる。それと同じだよ」

 

 ─────だって、彼女は天地(あまつち)がカミの一柱なんだから。

 

「天地が軽くその身を揺すれば、人は容易く潰されてしまうし、人は人を蟻でも潰すように容易く殺せるときもある。世界なんて、簡単に壊れて、砕ける。元から、この世は怖いことばかりだ。どこにいても何しても、怖いのはなぁんにも変わらないさ」

「……よう言うわ。おまんは怖いちゅうても、なぁんも泣きよらん。桜もじゃ」

「あの子は、泣き方がわかんなくなっただけだよ。怖い想いをせずに過ごせたら、色々思い出せるさ。ボクが泣かないのも、投げ出さないのも、アレだよ。ほら、その、単なる意地。人間としてのね」

 

 指を円を描くようにくるりと回し、繍はぽすんとソファに背中から倒れ込んだ。

 

「終わったら、多分糸が切れてぼろっぼろに泣くだろうし、ここから離れたどこかでぐだぐだするよ。ていうか、ぐだぐだしたい。凄く眠りたい」

「ぐだぐだ」

「うん、ぐだぐだ」

「ぐだぐだ……」

 

 何故か、物凄い疑いの目を向けられた。

 考えれば、以蔵とは出会ってからずっと戦ってばかりだった。

 そんなやつがぐだぐだしたいと抜かせば、鳩が豆鉄砲食らったような顔をされるのも、致し方なかった。

 

「やめようやめよう。戦いの後のこと云々話すと、変なジンクスになりそうだから」

「じんくす?」

「……なんでもない。今のは忘れて」

 

 以蔵がきょとんと首を倒した。

 聖杯による知識でも、流石にそういう単語の意味はカバーされていなかったらしい。されていなくてよかった。

 

「ボクらは、常にカミと人の世界の狭間にいる。二つの世界に片足ずつ入り込み、人を守る。結び目みたいなものさ」

「結び目」

「おい岡田さん、語彙力消えまくってますけど?……あのね、ボクらは繕い、繋ぎ止めるための糸なんだ。皆、そういう起源に生まれる者だし、名前聞いたらわかるだろ」

「起源?」

「おい、さっきから一言ずつしか喋ってないじゃないか。どうした?……起源ってのは、魂に刻まれた、性質みたいなものだよ。ボクは自分の起源を知ってるけど、普通は知らないかな」

 

 知り過ぎると、起源に飲まれて性格が変わり果てる者もいるから。

 

「織物と春、御山を司る姫神、佐保姫様。あの愛くるしくて優しい女神様を、ボクは嫌ってなんかないよ」

 

 ふふ、と小さく笑うと、以蔵は呆れたように頭を振った。

 

「まあそれにしても、きみと話すとちょくちょく神秘講義になるなぁ」

「馬鹿にしゆうがか?」

「いや、してないよ。してないから」

 

 このやり取り、何回繰り返したっけ、と思う。ちょうど廊下の端に他の客が現れたのを潮に、繍は立ち上がった。

 

「部屋に戻ろうか。ロードからはすぐに連絡来るだろう。あ、そうだ。岡田さん、きみにあげるものがあったんだ。手、出して」

 

 肩にかけた鞄を探り、繍はとあるものを掴み出した。

 

「また変なものやないろうな?」

「おおう、疑ってる。いいからほら、手」

「……」

 

 節くれ立った以蔵の手に、繍は腕輪を一つ落とした。 

 

「なんじゃ、これ?」

「宝石。ほら、ウェイバーにもあげてただろ。魔力入りの石だよ。あれは琅玕だったけど、これは赤瑪瑙」

 

 紅く澄んだ光を湛える、滑らかな丸い石を、絹糸で繋いだ、数珠のような腕輪である。

 以蔵はそれを摘み上げて、天井につけられた灯りで透かし見た。紅色の光がちらちらと、その顔に落ちる。

 

「綺麗な石じゃのう」

「まさかと思うけど、売るなよ?絶対売るなよ?フリじゃないからな?それ、多分ニ百年ものの腕輪に、ボクが十年くらいずっと魔力を込めて来てる、超上物だからな?」

「売る以外に何に使うんじゃ?」

「曇りなき眼で言うな!話覚えといてよ!魔力源として使うんだ!」

 

 はぁ、と以蔵は鼻を鳴らした。

 

「わしにいるんか、これ。おまんはこじゃんと魔力を寄越すき、問題ないろう」

「何があるかわからないから、渡すんだよ。ボクの魔力が空っ欠になったときに、使え」

 

 最悪、そう、本当に最悪の場合、繍からの魔力が()()()絶たれても、或いはサーヴァント契約が切れてしまっても、しばらくは現界を保てる程度には、魔力が込められているのだ。

 ちなみに、本当に準家宝程度の腕輪なのである。

 魔力を使い切るのも壊すのもいいが、売られたら本気でキレる自信があった。

 

「わしにゃあ、使い方もわからんぜよ」

「四の五の言うな。食べればいいんだよ。サーヴァントの顎なら、茱萸の実みたいなもんだろう」

 

 無茶苦茶言いよる、とか何とかぶつぶつ溢しながら、腕輪を懐に仕舞う以蔵に、繍はほっと胸をなでおろすのだった。

 

 

 

 

 

 




絆レベルが上がったから石を渡された話、或いは最後のアイテム回収。

真っ直ぐに精神を捻じ曲げた巫女マスターの起源、なんでしょうね。

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