冬の街にて、人斬り異聞   作:はたけのなすび

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こちら、二話同時投稿の二話目です。

二話目です!

順番をお間違えなきよう、お願いいたします。

では。


巻の五十

 

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 闇の中、深く沈んでいく夢である。

 息苦しさはなく、ただただ下へ下へと引きずられていく。

 一体どこまで行くのだろうと、飽きを感じた辺りで、急に自分を引きずり下ろしていた力が消えた。

 自分の手の形すら見通せない暗闇に、放って置かれる。

 それでも不思議と怖くはなく、揺蕩っているうちに光をまとった人影が現れた。

 

「こんばんは、人斬りさん。こちらの声は聞こえているかしら」

「……聞こえちゅうちゃ。おひいさん」

 

 長い黒髪に花を飾って美しく結い、裾の長い白絹の衣をまとう繍によく似た面差しの少女は、艶然と微笑んだ。

 その微笑み一つだけで、繍とはまったく違うと悟る。

 

「そう。良かったわ。この前はあなた、あの子にくっついて勝手に入って来たものね。あそこで張り飛ばされていなかったら、わたしが手ずから放り出していたわ」

 

 あの子、というのが誰なのかは言うまでも無かった。

 そもそもこの少女、声だけが繍にそっくりなのだ。なんの気なしに聞けば、間違えてしまうだろう。

 

「声はあの子から借りたのよ。だってあなた、目と勘は良いのに、耳が良くないから。借りてこなければ、わたしの声も満足に聞けないのだもの」

 

 前と同じように、浮遊する光の珠を連れて、少女は小首を傾げてみせた。

 一体何の用なのだろう。

 小さな体からは、殺気はない。

 しかし、瞳の奥には殺気などなくとも、花を手折るように、虫の翅を千切って遊ぶように、人間を殺せる残酷さと、春の野で遊ぶ童子のような無邪気さがあった。

 

 これは、人斬りに斬れる生きものではない。

 自分は(まみ)えた人間をすべて、どう斬れるかを視ている。測っている。

 だが、改めて相対したこの少女からは、何も視えなかった。

 

 これには、綻びが視えないのだ。

 

「用向きなんて、さしてないわ。わたしの可愛いあの子の近くにいる魂が気になったから、呼んだだけ。……いえ、違うわね。ああ、思い出したわ。わたし、あなたのことはそんなに好きじゃあないのだけど、一応あの子を助けたから、消すのはやめておこうと思ったの。それを、言いに来たのよ」

 

 殺意をまるで感じさせず、自分を殺すつもりでいたことを少女は告げた。

 消す、というのが普通に殺されるよりも、ひどいことを意味している予感はあった。

 

「あの子の体を勝手に使おうとした不届き者、あれを斬ったでしょう?それは、鉄と血のにおいを、それだけ染み付かせたあなただから、できたこと。わたしはその鉄のにおいが嫌いなのだけれど、怒らないであげるわ」

 

 つんと上を向いた小さな鼻を動かして、少女は言う。

 どうやらこれは、こちらの答えなど期待していない。とうに自分ひとりで下した決定を、勝手に語り聞かせているだけだ。

 

「だってあなた、うるさいもの。口なんて開かなくても、考えていることなんてわかるわ。だからほら、あなたの言葉は要らないわよね」

 

 くすくすと笑い、光の珠を玩びながら、少女は唄うように続ける。

 

「でもあなた、わたしを阻んだわね」

 

 ふいに、微笑みが蝋燭を吹き消したように消えた。

 

「わたしの可愛い魂たちの中でも、最も古く、最も磨かれ、最も強く美しくなったのがあの子。だから、少しずつこの世から引き上げさせるときも、一番最後にするつもりだったのよ。少し寂しい思いをさせることになるけれど、でもあの子なら、道を逸れたりしないと思ったから」

 

 光の珠がぶつかり合い、澄んだ音が木霊する。

 なのにどうして、自分はこの音を、恐ろしいと感じるのだろう。

 

「美しいでしょう?これはね、あの子の愛しい者たちよ。かつてあの子の母であり、父であり、祖母であった。兄や妹、姉や弟に、娘や叔父。叔母や夫、妻だったこともあるの」

 

 遥かな過去から今まで、彼女の家族であった者たちの魂を、まるで己の玉飾りのように手のひらで転がしながら、少女はそこにいた。

 

「この子たちはわたしのもの。わたしに仕え、わたしを楽しませ、引き換えに人々に幸あれと祈り、健やかであれと育む。そのために生まれ続けるの」

 

 だからこの魂たちは皆、人として生まれる運命なのだ。

 

「でもね、少しずつ、人間はこの子たちを必要としなくなっていった。あれだけ頼りにしていたのに、()()()()や、()()()とやらを手に入れ始めたら、人間は少しずつこの子たちを邪険にしだしたわ」

 

 この一族は、切り捨てられてゆく自分たちを笑いとばしこそすれ、人々を罵ることも呪うことも、しなかった。

 何故なら彼らは皆、人の幸福を願う者たちだからだ。

 かつて人が脆かった頃、カミと人を繋ぎ、人の世の境目を守り、カミからの恩寵を人に受け渡すために、カミと約した外れ者。

 それが彼らの存在すべてなのだ。

 この世の人々が自分たちを必要としなくなるならば、それに殉ずる。

 時流の遷り変わりを寂しく思い、伝統をほそぼそと守るけれど、自分たちを追いやった者を、恨もうとはしない。

 

「だけどそれって、かわいそうでしょう?何も報われていないもの。頑張るだけ頑張って、ただ虚空に消えるだけなんて、勿体無いわ」

 

 だから、少しずつ現世の彼らを衰えさせた。

 ひっそりと、時間をかけて。

 美しくした魂たちを、この世から穏やかに離れさせるために。

 

「わたしのところに連れて来て、いつまでも大切にするの。あれだけ守りたがった人間に詰られて狙われて、傷なんてつけさせたくないもの」

 

 魂のいくつかは俗に染められて、綺麗でなくなったから放っておいた。

 そうやって魂を集め、最後に残ったのが、あの子なのだと少女は嬉しそうに語った。

 

「あの子が、一番古いの。一番初めにわたしの側にいると言ってくれた、優しい魂。あのときも綺麗だったけれど、今はもっとキレイ」

 

 だから最後の要石になるよう、残した。

 愛したがりの寂しがりやだけれど、強いから心配はしていなかった。

 

「わたし、あの子を通して外のことだって視ていたのよ。あの子は、全然知らないでしょうけれど」

 

 そうやって外を見ているうち、なんだか気に食わない儀式を見つけた。

 他所の神のにおいを残し、人間の中でも輝く魂を劣化させたものを呼び込む、妙な盃だ。

 

「呼ばれたモノの中に、わたしたちを罵る無礼者の写しがいたから、邪魔してやりたくなったの。だからわたしの使いに、あの子をあの地へと導かせた。元々捨て置いたら、あの器は不幸を生んでいたわ。それなら、人の幸福を守ることが好きな子に、何とかさせてあげたらいいじゃない」

 

 道のりは険しいとは言えなかった。

 だけれど途中で斃れても、良かったのだ。

 そうなったらなったで、戻って来た魂を、よく頑張ったと慈しむことができるから。

 使いの狗たちも壊れた体を治しつつ、こちらに近くなるようにしていた。

 

「起源からして争いごとに向いていない子だから、残るとは思っていなかったわ。あなたがあの子のところに喚ばれたのは、単にココロが似ていたからなのだしね。おまけに最後には、あの子は禁じ手を使った。わたしの使いを、あなたに預けた」

 

 気づいていないでしょうけれど、あれは危険だったのよ、と少女は呟いた。

 

「あなたはあの一族ではないから、魂の質がまるで異なる。ひとつ間違えたら、あなたはくしゃりと歪んで、壊れていたわ。それを知っていたから、あの子はあなたにかかるはずの負荷も持っていった。あの鞘がなかったら、あの子の命数は、残り少なくなっていたところね」

 

 そうやって、繍は生き残った。

 魂に、この世すべての悪(アンリマユ)の残滓を残して。

 

「あの子があれに同情なんてしたから、余計なものがくっついたわ。あれが剥がれて、またあの子の魂が元通りになるのには、人間にとって長い時間が必要になる」

 

 くるり、と少女は長い衣の袖を翻した。

 

「だから、わたしはあの子をしばらくの間、連れて行かないわ。あなたが、あの子を生かしたせい。あの子の体で、人が殺されるのを止めたことは、褒めてあげるけれど」

 

 宙に浮いていた少女は身を屈める。

 耳をぐっと掴み、唇を寄せて来て、囁いた。

 

「────()()()()()()()()()()()()()

 

 背中に氷柱を突っ込まれたように、全身の毛が逆立つ。

 突き飛ばすようにして離れると、少女はまた元の通り朗らかに微笑んでいた。

 

「ええ、でもわたしは優しいから。あなたを消したりはしないの。あの子が哀しむから。ねぇ、それでもひとつだけ言うわよ、人斬り」

 

 頬に手を添え、周りに付き人たちの魂を浮かべ、少女のカタチをしたモノは告げた。

 

 ─────あの子を生かした責任、ちゃんととってもらうんだから。

 

 それきり、彼女の姿はかき消え、辺りは再び暗闇に閉ざされる。

 同時に己の意識も、朧になっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───だ────さ────ん

 ────お───か───さ

 

 

「岡田さん!」

 

 はっと目を開ければ、目の前に茶色い瞳があった。

 

「どうしたの、ひどい顔色になってるよ?」

 

 白い髪を右耳の下で一つにくくった繍が、こちらに身を乗り出していた。

 ここがどこだかを思い出す。

 駅という大きな駕籠かきの詰め所のようなところであり、今から自分たちはそこから出ている列車に乗るのだ。

 駅のホームに並べられた椅子に座る以蔵の隣には桜がいて、膝の上に作りかけの折り紙細工を乗せ、ちんまりと座っている。

 繍の手には弁当の入った半透明な袋がある。

 弁当を買って来るからと、そういえば繍が離れていたのだ。

 

「……えずい夢を見たがじゃ」

「夢?どんな?」

 

 問われて記憶を浚う。

 しかし、どうもぞっとする夢だったという印象以外、何ひとつ残っていなかった。

 頭をかく。今の格好は、慣れた着物でなくて、スーツとかいう現代の服だ。かっちりと着るのは面倒で、適当に着崩したが。

 慣れない窮屈なものを着ているから、夢見が悪くなったのだと思うことにした。

 

「忘れたが。大したことやないき」

「居眠り英霊の悪夢が、大したことないことってあるのかな」

 

 納得できない、と繍が眉を下げた。

 以蔵の隣で、繍に教えられて鶴を折っていた桜も、不安げに顔を上げる。

 

「……まあ、忘れちゃったんなら仕方ないか。思い出したら一応聞かせてね。気になるから」

「わかっちゅう。で、酒は買って来たがか?」

「昼間からは駄目だって言っただろうに。……まあ、ノンアルなら買って来るから、ちょっと待っててよ」

 

 そう言って、繍はまた足早に立ち去って行った。のんあるとは何かを説明して行けと思う。

 何故かひどく頭が重く、硬い椅子に深く腰掛けた。ぺたりと、小さな手が額に添えられた。

 横を見れば、桜が不安げに目を丸くしていた。

 

「あの、大丈夫、ですか?」

「なんちゃあないき。おまんは心配せんでええ、桜。鶴はできたがか?」

 

 小さな手の中で、水色の小さな鶴が翼を広げていた。

 

「ようできちょるのう」

「し、繍さんに、教えてもらったんです。岡田さんも、やりますか?」

「ほうじゃの。一枚寄越しぃ」

 

 薄紅の色紙を桜から受け取る。

 やったことなどないのだが、繍が桜にやり方を言うのは見ていたのだから、一度やるのを見れば、後は簡単だった。

 

「ほれ、できたが」

「うわぁ……!」

 

 かわいい、と桜が嬉しそうに頬を緩める。

 膝の上に紅色の鶴を乗せてやると、桜はまた新しい鶴を折り始める。余程楽しいのか、もう十羽は作っていた。

 繍はまだ、戻らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運がないのかなんなのか、ノンアルコールはホームの自販機では売り切れで、一度エスカレーターを降りて、駅内の売店にまで戻る羽目になった。

 昼間からの酒だが、酔わないから多分いいだろう、と思いつつ、二缶だけを買う。

 あれだけ悪い顔色を見てしまうと、どうも何もしないわけにはいかなかった。

 そのまま、戻ろうとしたときだ。

 何の前触れもなく、項の辺りに視線を感じる。

 振り返り、雑踏を見渡す。土曜日の駅は人が多く、ざわめきに満ちていた。

 その中で、浮きあがるようにして佇む、黒衣の人影があった。

 日本人離れした長身の神父を、誰もが見えないかのように通り過ぎて行く。

 それは一つの、わかりやすい異常だった。

 

 恐怖も嫌悪もなく、ただ来るべきものが来たという認識が落ちて来る。

 

「生きていたんだ」

 

 死んではいないと思っていた。

 いつかまた訪れるだろうとは思っていた。

 

 ただし、予想より随分と早かった。

 とはいえ、この男のことに関してまともに推し量れたことなど、ほとんどない。

 

「ほう、私が来ることがわかっていたのか」

「遅いか早いかだけの違いだと思っていたさ、言峰綺礼」

 

 どちらからと言うでもなく歩み寄り、人込みから離れる。

 黒い神父の服をまとう男は、まるきり変わりないように見えた。

 七日そこいらで、人が変わるわけもないのだが。

 

「何をしに来た?ボクを殺しに来た訳じゃあないんだろう。それならもう、とっくに殺しているはずだから。殺されてやるつもり、ないけどね」

「相変わらず小賢しい女だ。その呪いを受けても尚、貴様は何一つ変わらぬか」

 

 言峰綺礼の目は、繍の顔に残った赤い痣を見ていた。

 額から左眼の上を通り、長く伸びた細い痣をなぞる。指先には何の感触もなく、ただ呪いは呪いとしてそこにあった。

 

「これよりも、ボクが(まさ)った。それだけさ」

「化け物め」

 

 一言で吐き捨てられた。

 

「その化け物に、なんの用かな。冬木教会は君を探していたよ。勝手に絶望して、勝手に飛び出したお前でも、言峰神父の息子ではあるからね」

 

 言峰綺礼はいよいよ忌々し気だった。

 見上げなければ、まともに視線すら合わない男に、繍は問を投げることにした。

 どうせこの男、嫌味だけを言いに来たのだろう。

 

「言峰、お前は本当に、聖杯の呪いを完成させたかったのか?」

「戯言を。言ったであろうが」

「ああ、そうだな。だけれど、お前は詰めが甘かった。アーチャーが倒れ、セイバーが残った時点で聖杯はもう完成しなかっただろう。彼女がボクごと聖杯を消す可能性は大いにあった。無論、ボクのアサシンは逆らってくれただろうけれど」

 

 それでも、以蔵とアーサー王がマスターもなく戦えば、後者に軍配が上がるだろう。

 

「お前、本当は最後の最後まで、確かめたかったんじゃないか?人の剥き出しの絶望を見て、自分が何を感じるか」

 

 彼は以蔵が泥に落ちる繍を見、叫んだとき、これ以上ないほどに嗤っていたそうだ。

 

「まだ只人と同じように物を見、考えられるかもしれないと僅かに期待した。それでも結局、お前は他人の絶望を見て愉悦しか得られなかった」

 

 そのとき、言峰綺礼は改めて、我と我が身に絶望したのではないか。

 問いかけに、神父は答えなかった。答えるはずは、なかった。

 

「ボクはね、お前の性根がなんであれ、構わないんだ。どんな醜悪さを内包していようが、お前は人だ。また、よからぬことでも企まない限り、ではあるけれどね」

 

 言峰綺礼は敵だった。

 敵ではなくなった今は、ただの他人でしかない。

 

「貴様……」

「その怒りは無意味だよ。ボクはお前に怒りや嫌悪を向けられても、同じものは返さないし、返せない」

 

 今は、誰かと生きるのに必死だから。

 数日前まで、互いの存在すら知らなかった他人同士の寄り集まり。

 そのうちひとりは、まだ心の傷が癒えない子どもなのだ。

 考えることなど、山ほどある。

 

「私は貴様が憎い。貴様は私を暴き立て、破壊した」

「お前は、これまでの己が破壊されることを望んでいたろうに。今の己を破壊し、乗り越えなければ、真理には至れない。それはすべての求道者に通ずる」

 

 卵の殻は壊れた。

 中から現れたものが望むものでなくとも、生まれた事実は取り消せない。

 

「お前のそれは、同族嫌悪だ。ボクは他人の幸せで己の幸福を感じる。我が事と同じに感じてしまう。ボクはね、他者と自己の境界線が、極めて薄いのさ」

 

 己は己として確立している。

 自分は世界の中心であり、替えは効かない。効くはずがない。

  

 しかし、繍は己を替えが効くと心の何処かで認識している。

 

 度重なる転生をした。

 今の己が消えても、次の己になれるという価値観を共有する一族に、常に囲まれていた。

 そうやって生き、死んできたが故に、死はただ次の生への引き継ぎでしかない。

 忘却などは、所詮些末事である。

 

 今の繍は、一人だ。一族はいない。

 この自分を捨てたら、永遠に別れなければならない人たちと一緒にいる『今』が、多分今までで一番、フツウの人間らしく在れている。

 彼らがいる限り、多分自分はこのままでいられるだろう。心地良い『今』を守る為なら、自分は多分なんだってできる。

 

 それでも、魂に降り積もった、人でなしの業は消えない。消えてはくれないし、消してはならない。

 

「人の幸不幸は紙一重。だからお前は、同様に破綻しつつも、まともに生きるように見えるボクが、嫌いなんだろう」

「……」

 

 頭上で、列車の到着を告げるベルが鳴り響く。棒立ちした神父の横を、繍はすり抜けた。

 

「言峰綺礼。お前は性悪だと思うけど、その、どこまでも人間を突き詰めた在り方は、嫌いじゃなかった。ああ、それにお前のアサシンに殺されそうにならなかったら、ボクは岡田さんにも桜にも、出会えていなかったから、そこだけは感謝しているのかもしれない」

 

 だからね、と首を傾げ、告げた。

 

「さようなら」

 

 そう言ったとき、神父の黒い双つの瞳が針のように細くなる。

 静かにそれを見返し、ひとつ頷いてから、階段を一気に駆け上がった。

 彼は追ってこない。

 ああは言ったが、何れ何処かで会う気はした。あの男はきっと、己を破壊した者を許さない。

 再び殺し、殺されの関係になるのかもしれない。

 最悪の再会になるのかもしれない。

 が、それは今ではなかった。

 階段を駆け上がると、ホームには既に発車を告げるベルがけたたましく鳴り響いていた。

 

「繍さん!」

「ごめんごめん。中々見つからなくってさ。誰かさんが酒なんて言うからだよ」

「……おん」

 

 車内に駆け込んだところで、扉が閉まる。

 ほら、と袋から缶を取り出す。

 これから向かう街は、特急でないと着かないのだ。

 二時間も乗ればつく、その街にいる人形師にこれから会いに行く。

 四人がけの座席に座って、鞄からケイネスに貰った手紙を取り出した。

 

「観布子市かぁ。ここにいるなんて、知らなかったな」

「そん人形師ちゅうやつは、魔術師か?」

「魔術師だよ」

「すごい人、なんですか?」

「うん。凄すぎて、協会から追われて逃げたっていう逸話つきだよ」

「なんじゃそれは」

 

 他愛ない話をしながら、列車は進む。

 この列車が止まるところに何が待つのだろうと思いつつ、繍はくぁ、と欠伸をした。

 

「繍?」

 

 向かいに座る以蔵が、不思議そうに首を傾げていた。収まりの悪いぼさぼさの黒髪に、日差しが降り注いでいた。

 なんでもないよ、と言いかけて、繍はふと思いついた。

 

「ん、なんちゃあない。なんちゃあないよ」

 

 言ってから、にぃ、と笑う。

 

「……」

 

 ふん、と以蔵は無言で鼻を鳴らして、襟巻きを頬のあたりまで引っ張り上げた。

 

「似ちょらんのう、おまん」

「そうかなぁ。きみの声はずっと聞いてたから、似てるかと思ったんだけど」

 

 やっぱり上手く行かないか、と肩をすくめる。

 雲ひとつない秋晴れの日、三人を乗せた列車は、そうして走って行くのだった。

 

 

 

 

 




同時投稿二話目です。
お間違えなきように!

以下、後書きその他です。










本編はこれにて完結です。
更新休止期間を経ての全五十話にお付き合い下さり、本当にありがとうございました。

ぶっちゃけ申せば、初、恒常召喚できない星3人斬りサーヴァント祈願で書き始めたらどんどん転がりました。

一言でいうと、人間味のあるサーヴァントと、人間味がありそうであんまりないマスターの話です。
楽しんでいただけましたか?

改めまして、ここまでお付き合い下さり、誠にありがとうございました。

以下はオリジナルキャラクター、佐保繍に関するそんなに重要でもない裏話です。
読み飛ばしも構いません。

読み飛ばしでも、構いません!












佐保繍は、特別な誰かがいなければ徐々に人間性を剥離させ、誰に対しても平等に接し、平等に慈しむ機械のような存在になります。
近くの人々を彼らにとっての幸せな方向へと押すだけ押して、はい自分はお終い、という、付き人体質兼舞台装置化です。
同じ精神構造の一族がいるうちはそれで良かったのですが、一人でいると、遅かれ早かれガタが来るか、人間をやめる羽目になっています。
ほとんどの人間は基本的に慈しむ対象なので、自分から一族以外の特定の誰かに側にいてほしいと強く望み、その言葉をその誰かに告げることは、できる限り最大の愛情表現です。

また、記憶はなくとも、男や女として満遍なく生きた感覚が残っているので、繍にとり性差というのは単に肉の器の機能が多少違うという認識です。
なので、終始あんな感じのぽやぽや具合となります。

呪術使えば別に男でも女でも子孫を残すためのまぐわいは可能という知識もあり、それができる能力もあるので、相手が望むなら、男女どちらでも相手するしできるよ、と言います、真顔で。そして誰かに頭を叩かれます。

日常では、自分のサーヴァントを引き止めますが、非日常では自分のサーヴァントに引き止められたり襟首掴んで引き戻されます。
なので日常と非日常で、ストッパー役が切り替わります。

とまぁ、そんな少女です。
魂は多少汚染されたものの、この世に人間として留まる時間が増えたので、結果オーライ?です。
そしてどこかの人斬りは、人間一人と呪いを斬るついでで知らずに運命まで斬ったため、カミに非常に興味を持たれることになりました。特に悪影響はありません。



今後ですが、番外編を書きます。
数話完結ですが、彼らの数年後の模様となります。
生きているなら神様だって殺してみせるあの人が出てくると思います。

改めまして、ここまでありがとうございました。
読者の皆様に深く御礼申し上げ、五十話の物語を一旦閉めさせていただきます。

ではまた、後ほど。
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