冬の街にて、人斬り異聞   作:はたけのなすび

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では。


外典の四

 

 

 

 

 

 桜と凛、イリヤは三人並んで同じ部屋で眠ることになった。そこは、いつも桜が繍や以蔵と使っている部屋だ。

 真ん中の桜を、二人が挟む形で繍が布団を並べたのだ。

 元々ここの家の来客用の布団は、酒とツマミ目当てに突撃してくる橙子専用となってしまったひとつしかないから、繍は自分と以蔵の布団を出してしまった。

 

 自分たちはどこででも寝られるからどこでもいいんだと、繍がさっさと寝床を作ってしまったのだ。

 

「なんていうのかな、こういうの。お泊り会?そういうこと、子どものころにやっとくの、面白そうじゃないか」

 

 とだけ言って、工房の方へ消えてしまった。

 

「そりゃ確かに、わたしもイリヤの家に泊まったこともないけど、アイツ果てしなく自由人ね……!」

「いいじゃない。わたし、中学生になったら修学旅行に行くから、その練習になるもの」

「修学旅行の、練習……?」

 

 お風呂上がりのぽかぽかした体で布団にもぐり込んで、いつもの天井を見上げて桜は呟いた。

 電気は消えているから暗いけれど、二人の気配が近くにあって、怖くもなんともなかった。

 

「小学校はまだ危ないからダメってキリツグとお母様が言うから、いかなかったの。でもね、マンガで見たけど、こういうときってコイバナとかするのよね」

「前から思ってたけど、アンタ微妙にヘンな知識でしゃべるわよね。今の日本人はハラキリなんてしないって言ったら、なんでアンタのお母様まで驚いてたワケ?」

「そういうものだと思ってたの!」

 

 楽しそう、と桜は思う。

 イリヤと凛は、冬木で幼なじみの友だちとして過ごしているという。

 魔術のことを隠さない友だちは、桜には鮮花がいるけれど、ここ数ヶ月で知り合った人だ。式は……ちょっと、トモダチとはまたちがう。

 

「ハラキリは、イゾーたちのころまでなんでしょ?もう知ってるわよ。それよりコイバナがしてみたいの!ほら凛、あなたもいるでしょう?この前公園で会ったっていう、赤毛の子」

「ち、ちがうわよ!」

「え、姉さんにそんな人が?」

 

 思わず尋ねてみたら、イリヤはくふふと笑ったようだった。

 

「そうよ。名前はなんだったかしら、確か、シロウ?町で転んだところに声をかけてもらったって」

「あ、アンタなんでそこまで知ってるのよ!」

 

 きしゃあ、と猫みたいに凛が飛び起きる。暗くてよく見えないけれど、多分顔が真っ赤だ。

 でも、隣にいるのは桜だからか、突撃はせずに、凛はもう一度くるりと布団にくるまって白いお饅頭のようになってしまった。

 

「もう、なんなのよこのぎんいろこあくま。いつか絶対ブッ飛ばす……!」

「ね、姉さんしっかり!」

 

 なにがどうしっかりかはわからないけれど、布団の団子の上から、桜はぽんぽんと凛の肩あたりをなでるように叩いた。

 もこり、と凛が頭だけ出して桜の方を見た。

 

「桜はどうなのよ?」

「わ、わたし?……わたしはちょっとそういうことは……よくわからない、です」

 

 誰かを好きになったり、嫌いになったり、そういう心の動きは当たり前だと繍は言うけれど、でも桜は四年前、そんなこともできなくなっていた。

 今の桜は、繍のことも以蔵のことも好きだと言えるけれど、でもあの目まぐるしい数日でそうなったわけじゃない。

 スキとか、キライとか、そんなわけられるものじゃなかった。そんなココロなんて、持てなかった。

 ただあの二人から引き離されるのが怖かった。

 離れたら、またあのムシグラに捕まる気がして。

 お爺様が、追いかけてきてるんじゃないかって、怖くて。

 

 あのときの自分は、あの二人が好きだから近くにいるんじゃなくて、自分が怖いから側にいたかった。

 

 でも今は、ちがう。

 今一緒にいるのは、四年間にちょっとずつ重ねてできた、好きという気持ちがあるからだ。

 

 そういうと、イリヤは暗闇の中で首を傾げたらしかった。

 

「うーん、サクラ、それはわたしの聞きたいコイバナとは、全然ちがう好きよ」

「でも、わたしの好きっていうのは、あの二人のことなんです。……それじゃダメ、なんですか?」

「ダメなわけないわ。ああもうほんと、サクラってすっごくかわいいのね」

 

 いい子いい子、とイリヤが布団から手をのばして、頭をなでに来た。

 小さい手はやわらかくて気持ちがよく、桜は目を閉じる。

 

「でもこれだけじゃわたしがつまらないから、あの二人のことが聞きたいわ。シュウとイゾーのことよ」

「またなのね、このデバガメイリヤ……」

「なにか言ったかしら?リン」

 

 それでどうなの、とイリヤは楽しそうに尋ねた。

 

「結婚してるわけじゃないんでしょう?名字がちがうもの」

 

 確かに、この家に住んでいるひとは皆名字がちがう。

 だから、参観日とか保護者面談の日に、小学校の先生に不思議そうな顔をされることもあるけれど、繍が口でごまかすか、以蔵がぜんぜん似合わないどころか、夢に出そうなほど怖い愛想笑いでやり過ごすのが、いつものことだ。

 

「それを言うならアンタのとこもじゃない」

「そ、そうだけど!きーにーなーるーの!」

「い、イリヤ、落ち着いてください!繍さんが見に来ちゃいます!」

 

 しー、と三人で閉じた扉の向こうの音を聞く。

 音も気配もなく、家の中は静かだった。

 それを確かめてから、桜は枕のうえに頬杖をついて、口を開いた。

 

「わたしにも……あの二人のことはわからないときがあるんです」

 

 触媒もなく準備もなく、どうして以蔵を召喚できたのか、実は繍もわからないらしい。

 殺されるかの瀬戸際ぎりぎりで喚んだから、他のマスターのようにあれこれ選んだのではないという。

 喚べたのは多分心が似ているからだろう、というけれど、どこがどう似ているのか、桜にはわからないし、言葉にできない。

 自分の中にある言葉で説明するなら、一番近いのはなんだろうと、あたたかい闇の中で考えた。

 

「多分、一番近いのは刀と鞘かなって思うんです。ほら、刀って鞘がないと錆びちゃうし、鞘は刀がないと空っぽっていうか……」

 

 お互いにお互いのことを好きなのか嫌いなのかと聞いたら、繍は必ず、好きだよと屈託なく言って、以蔵は必ず、ふんと鼻を鳴らして悪うはない、というだろう。

 そういう二人なのだ。

 それで桜のことは、二人揃ってそっくりなふうになでてくれる。

 

「わかった、わかったわ。つまり桜は、あの二人のコトが大好きなのね。……ならいいわ。わたしも安心」

 

 今度は凛が布団から手を出して、桜の髪をなでてくれた。いつかにもらったリボンも、今は枕元に置いてある。

 手をのばしたら届く距離に姉がいることが、急にとても嬉しくなって、桜は笑った。

 

「姉さん?」

「ん、なに?桜」

「わたし、姉さんに会えて、今日、とっても嬉しいです」

「……そう、わたしもよ」

 

 暗くて顔は見えないけれど、凛も笑ったようだった。 

 と、桜の枕がぽこぽこと叩かれる。横を見たら、イリヤの小さな手と顔があった。

 

「二人だけでずるいずるい!わたしも入れてよ!」

「ぎんいろこあくまは黙ってなさい。桜はわたしの妹なんだから」

 

 つん、と凛が桜の手を握って頭の上まで布団を引き上げる。ふふ、とまた笑いがこぼれてしまうのをとめられない。

 薄暗いけれど安心できる部屋の中、桜はそっと目をつむった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 子どもたちの寝室の扉を閉じたあと、繍は足音を忍ばせて上へ向かった。途中で、工房から回収した上着も適当に羽織る。

 このビルには屋上があり、以蔵は夜になるとそこで刀を振っている。扉をそっと開けると、ひゅう、と空を切る音が聞こえてきた。

 気配を感じ取ったのか、以蔵が手を止めてこちらを見る。

 

「なんじゃ、繍。なんぞわしに用か」

「いや、とくに。子どもたちが寝たから、なんとなく来ただけ」

 

 それだけ言ってコンクリートがむき出しの床の上に、膝を抱えて座る。

 以蔵はいつものように気にしないのか、また刀を振り始める。

 斬り上げ、斬り払い、突き、と一通りの基本の動きをさらっているのだが、何せ英霊の動きであるから、尋常でなく速い。

 繍の目では、簡単な動きだとしても見失いそうになる。視力を強化すれば別だけれど。

 

 繍は刀を振る以蔵をずっと見ていた。

 四年前から、変わったところ、強くなったところはあるのだろうか。

 あれ以来、以蔵は人を斬っていない。

 尤も、人でない霊体とか、亡霊とか、死徒とか、人間の姿すら放棄した吸血種とか、自動人形(オートマタ)はかなりの数斬っている。

 そういう仕事が回ってくるからだし、そういう仕事ほどお金が出る。

 

 以蔵は、四年前からずっと強くなりたがりだ。

 

 普通の完成されきった英霊と違い、岡田以蔵は宝具の特性上、()()強くなれる。

 なれるけれど、アーサー王やランスロットのような剣の使い手は、この時代にはそうそういない。

 どこかの道場で鍛錬はしているらしいけれど、そこでは主に心の修行を重ねているそうだ。

 

 橙子に頼んで、戦闘特化の人形を作ってもらえるだろうかと思う。

 彼女は物を作るのが好きだから、対英霊戦闘のデータが取れるとなったら、口であれこれ文句を言っても乗り気になるはずだ。

 以蔵の刀も、ノリで改造して霊体を斬れるようにしてしまったし。

 

 そんなことを考えている間に、時間はあっという間に過ぎていた。

 一時間半ほど続けて、以蔵は刀を鞘に収める。うっちゃっていた上着を拾い、すとんと隣に腰を下ろす。

 肌寒い秋の夜、うっすらと以蔵の体からは白い湯気が立っていた。それだけ激しく動いていたのだ。

 熱を持った体が側にいるからか、胸があたたかい。

 

「放っておいたら、体、冷えるよ」

「知っちゅう。今は動きゃあ疲れて、腹も減りよるきのう」

「それが生身の当たり前だよ。だから風邪だってひくと思うよ、きっとだけど」

 

 ほら、と繍は白いタオルを投げるようにして渡した。

 顔や体を雑に拭いながら、以蔵が口を開く。

 

「さっきの言峰の話やが、桜には言う気か?」

「……言わないつもりだよ。凛に聞かれたらあの子、自分で言峰を殴りに行くとか言いそうだから。だってほら、あいつ遠坂家を裏切ってるし」

 

 今日、駅にいたとき、繍はふと覚えのある気配を感じた。

 第四次聖杯戦争で唯一の行方不明となったマスター、言峰綺礼のものだ。

 四年前に、繍は彼と浅くない因縁をつくってしまい、今でも恐らく恨まれている。

 彼の恨みが正しいかどうか、それは考えていない。

 ()く立てはどうあれ、直視したくなかった本性を暴き出すという、恨まれて当然のことをしたとは思っているから。

 その言峰に似た気配を、今日感じ、以蔵から離れてそれを辿った。結果はなにもなく、代わりのように凛やイリヤと出会っただけだ。

 

 だが、下手をすると、駅前で抜刀騒ぎが起きていた。

 遠坂時臣などとは比べものにならないほど以蔵は言峰のことを嫌い抜いていて、次に見たら必ず殺すと決めているのだ。

 

「今更、わしに人殺しをさせたくないちゅうわけでもないろう。どういておまんが躊躇うか、わからんがじゃ」

 

 だから以蔵は、今日やや機嫌が悪い。 

 繍が隠し事をしていたことに加えて、あっさりまかれた自分に腹を立てているのだ。

 しかし、何故、と問われても繍には答えられない。

 

「……なんでだろう?はた迷惑な野郎だとは思ってるよ。それは誓って本当。だけど、死んでしまったら多分、寂しくは思うなぁ」

 

 向いてる方向が違うだけで、自分と似てると思ってるからかな、と首を傾げる。以蔵が口をへの字に曲げた。

 

「そがぁなとこが、あん男の気に触りゆうんじゃ。己が憎んぢゅうやつに、へらへら笑われてみぃ。ぞうくそ悪いぜよ」

「ああ。そういうの、ボク、本当鈍いからなぁ。……でもね、わかることもあるよ。多分あいつ、殺したいんじゃなくて、壊したいんだと思うよ。四年前、似たことをされたから」

 

 立てた膝に顎を乗せて、呟いた。

 ビル風を受けた白い髪が、視界で翻る。

 

「何が違うんじゃ」

「命を取りたいんじゃなくて、人格を壊したいってこと。ほら、大事なものを全部なくした人間のそれまでなんて、いっぺんに壊れちゃうだろ」

「人格、のう。アンリマユにも耐えちゅうおまんを壊すにゃ、骨を折りそうじゃが」

「人を叩いても壊れない金剛石みたいに言うのやめてくれないかね。あのね、ボクにも弱点はあるの。起源覚醒とか」

 

 もう、と繍は口を尖らせてから、すぐ表情を元に戻した。

 

「……だからね、直接に気をつけないといけないのは、きみや桜だよ。桜には黒がいるし、お堂のほうは橙子さんがいるし、そしてきみは正直あんまり心配してない」

「それでえいちゃ。桜と己のことだけ考えちょけ」

「言うと思った。とはいえ、全部ボクの勘違いかもしれないんだけどね。気配なんて一瞬だったから」

 

 四年前以来、一度も接触のなかった人間だから、勘違いということも考えられた。

 今一番気にかかるのは、遠坂家から飛び出してきてしまった凛のことだ。

 

「凛は、帰ってからが一番大変になるだろうけど、本気であの子が、自分ひとりじゃどうしようもないことを、どうにかしたいと望むなら、ロードとウェイバーにボクが借りをつくるのもやぶさかじゃない」

「また手ぇ出す気か。……まぁ、桜は姉やんが怪我しよったり、悲しい思いしゆうなら泣くじゃろうのう。あいたぁが泣くんは、のうが悪いき」

 

 うん、と繍は頷いた。

 今日桜は、控えめだけどとても楽しそうに見えた。

 初めて会ったイリヤとも打ち解けたようで、今頃三人布団を並べておしゃべりでもしているころだろう。

 ああやって微笑むようになってくれてよかったな、と思い出してひとりで笑っていると、こつん、と肩に硬いものがあたる。

 横を見ると、以蔵の肩がぶつかっていた。

 

「うん、やない。おまんもおんなしじゃ。どうせ、怪我しようが素直に泣きよりゃせんじゃろうがのう」

「いやいやいーや、ボクも怪我するのは普通にイヤだし泣くよ。だって痛いじゃないか」

「ほんまかのう」

 

 体を下にずらし片膝立てて繍の肩に頭を預けたまま、以蔵は闇に沈む街を見ながら言った。

 

「次はわしを置いていったら許さんぞ」

「なら、言峰・即・斬をやめるって約束しろと」

「そいたぁは約束できんちゃ」

 

 だからだよこの野郎、と繍は額を押さえる。

 以蔵はけたけたと笑い、立ち上がった。

 

「はよう中に戻るぜよ」

「そうだね。あ、布団がもう無いから、寝床が長椅子か敷物の上になるんだ。どっちにする?」

「長椅子とっちょけ。おまんのほうが、わしより体がやりこいき」

 

 ありがとう、と言って繍も立ち上がる。

 以蔵に言っておいてなんだが、確かにかなりビル風で体は冷えていた。

 階段の上で、以蔵が繍を振り返った。

 

「そういや、さっきの起源覚醒ちゅうのはなんじゃ」

「今までの前世を掘り起こして、魂に刻み込まれた思考の方向性を覚醒させ……って、その顔さては」

「おん、わからん」

 

 以蔵が片眉をはね上げ、繍はどうしたものかと腕を組んだ。

 

「四年前、アンリマユに使われてたボクは、今の自分の使えない技能を使ってたろ?あんなふうに、今までの前世に共通した力が得られるようになることさ。そういうのに特化した魔術師もいるらしいけど、普通は一度起こされたら、よほどが無い限り今の人格は完全に壊れる」

「……えずい」

「ごもっとも」

 

 怖い話だよ、と肩をすくめて屋上を後にした。

 

 




色々起きたし起きてる話。

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