冬の街にて、人斬り異聞   作:はたけのなすび

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では。


外典の七

 

 

 

 

 

 その建物に足を踏み入れた瞬間、繍はふと、エクスカリバーの閃光を思い出した。

 懐かしいとかそういうのではなく、ここにあれがあったならば、吹き飛ばしてくれるだろうに、という単なる希望である。

 それほどに、訪れた小川マンションは不気味だった。

 魔力が蟠っているとか、霊脈が歪んでいるとか、そういうのではなく、ただなんとなくここには入りたくない、と感じたのだ。

 

「よくもまあ、こんなものの設計に手なんか貸しましたよね……」

「うん、本当にすまん。荒耶の手によるとは知らなかったのさ。さて、境界の守り人たる巫女の目から見て、これはなんだ?」

「太極の再現。それに加えて、ここまでくればある種の異界ですね。もう、固有結界でも持って来て、塗りつぶしたほうがいいんじゃないですか、こんなの」

 

 己の心で現実を塗り替える心象風景の具現化、固有結界の使い手など早々いないことくらい知っている。

 第四次聖杯戦争では、ライダー・イスカンダルの宝具がそれだったが、あれを聞いたときは大層驚いたものだ。

 要するに、そんなことを言いたくなるほど、投げやりな気分であるのだ。

 

「橙子さん、こんなところに岡田さんをひとりで送ったわけですか。わたしにも桜にも何も言わずに」

「……悪かったよ」

「許せませんので、向こうひと月、ツマミも料理も出しません」

「それは困るな」

「ちょっとは困って下さい」

 

 つんと言い捨てて、マンションの前に立った瞬間である。

 

「橙子さん?」

 

 空気がざらつき、瞬きの間に世界が切り替わっていた。

 傍らにいたはずの人形師の気配が消えたことに、繍は気がついた。

 だが、気がついたところで、既に事態はどうしようもなくなっていた。

 

「こうまであっさり引きずり込まれますか……」

 

 結界とは、内と外を区切る線、境界である。

 最も高度な結界になると、術の存在すら気づかせずに、中のものを外から守り、囲い込む。

 あからさまに気配を振りまくようなものは、結界としては三流品なのだ。

 

「それにしても、これはちょっと攻撃的過ぎ」

 

 敷地内に入ったところで、恐らく繍は()()()()()()

 一応術者である自分がこうなってしまったならば、以蔵も同じ目に遭っただろう。

 とはいえあちらには、四年間の鍛錬と橙子謹製の刀があるから、多少時間はかかろうが結界の一つや二つ切り裂いて勝手に出て来られるはずだ。

 そちらの心配より、まず自分の心配をするべき状況になってしまった。

 が、繍は自分がさほどには焦っていないことを自覚していた。

 少なくとも、取り込まれたのにすぐさま殺されていない。殺そうという、動きがない。以蔵の生命反応も、ちゃんとある。

 繍を捕らえて閉じ込めて、静止させておきたいだけなのだ。恐らく、目的を果たすまでは。

 

 その目的は、多分繍にも以蔵にも関わりないことで、本当なら首なんて突っ込まずとも良い些末なことだろう。

 だけれども単に、気に入らない。ここは自分たちが住んでいる町だ。

 桜が安心して暮らせるような場所でいてくれなければ困るから、そのために危なくなりそうなものは取り除いて来た。

 黒桐幹也に桜は懐いているし、繍もあの青年を気に入っている。以蔵は彼を飲み友達にして、結構つるんでいる。

 その黒桐幹也が自然な笑顔を浮かべるためには、両儀式という女の子が必要なのだ。

 穏やかに暮らし続けるためには、彼らにいてほしい。

 ここに踏み込む理由は、それだけあれば十分だった。

 

「北に天、南に地、東に火。西には水と、中に剣」

 

 唄うような節をつけた呪を紡ぎあげ、手で数種類の印を組む。

 最後にふぅと息を吐けば、ぱりん、とガラスの砕けるような音がし、結界が破れた。

 放り出されたのは、無機質なマンションの廊下である。

 どういう理屈か、外にいたはずの自分は、気づかないうちに建物の中に取り込まれていたのだ。しかも、手すりから下を覗き込めば、街の灯りは遥か下だ。十階かそこらの高さである。

 なるほどこれは、斬りづらそうな案件である。やっぱり、ビームで薙ぎ払える宝具はこういう場合強いなと思う。

 

「白」

 

 言葉ひとつで、狗神を呼び出す。

 四年前から力の消費を抑えるために小犬の姿を取るようになった狗神は、その場に具現した。

 

「岡田さんを探して。今は、同じ位相のどこかにいるはずだから」

 

 低い吠え声を残した狗神を先に立てて、歩き出す。

 四年前とは違って、もう繍と以蔵の間には、互いの生存を確認できる程度の魔力ラインしか残っていないのだ。マスターとサーヴァントのように生命が依存関係にならないよう、個々の人間として成立するために、敢えてそうした。

 だから今は、狗神の鼻を頼りに、廊下を進む。

 しかし、壁の部屋の一つの扉がぎい、と音を立てて開くと同時、繍は走り出していた。

 

 扉から現れたのは、屍のような姿をさらすヒト擬きだったのである。

 生命力の希薄さからして、恐らくは人形。

 しかも明らかに、繍を捕らえようと押し寄せて来ていた。一体二体ならば、繍ひとりでも燃やすなり砕くなりできるのだが、部屋から現れた数は十を超えていた。逃げるが勝ちである。

 こういうときに限って、対人型戦闘の達人は近くにいない。

 

「っと!」

 

 髪を掴もうと伸びて来た手に短剣を振るって、指を斬り落とす。

 切り口からこぼれたのは、血のような赤い液体と、その中に混ざる歯車やネジ。つまりこれらは、間違いなく人形だった。

 

「マンションの住人の人形化とは」

 

 不気味なことをする仕掛け人だ。

 新たに部屋から現れた人形の顎下に掌底を当てて半身をのけぞらせ、開きかけだった扉は、強引に蹴り飛ばして封印した。

 その隙に廊下を駆け抜ける。後ろを振り返れば、蝗のようにわらわらと、命のない人形たちがよろぼいつつ追って来ていた。

 

 ちょっと流石にこれは、引く。どこのB級パニックホラーか。

 

「ああああ、もぉぉぉぉ!」

 

 懐から符を抜き出し、水を呼び出す。そのまま薄く長く廊下に伸ばし、人形たちの足元に水が届いた瞬間に、冷気を吹き込んだ。

 水は凍り付き、人形たちの足は止まる。氷は彼らの足首まで這い上がり、凍てつかせる。氷と化した人形たちの足は、そのまま砕けた。

 足首から下を失った人形たちが、呻き声も上げずに頽れていく。

 安堵しかけた刹那、繍は首元に何かを感じ、咄嗟に前へと転がった。

 

「ほう。よく避けたものだ。四年前よりはマシになったか?」

 

 勢い余って頭から壁に激突しかけ、ぎりぎりで壁に手をついて反転した。

 そこにいた黒衣の聖職者に、繍は遠慮なく舌打ちをした。

 勘違いでは、なかったのだ。

 

「やはりお前か、言峰綺礼」

「ああ、私だ。佐保繍」

 

 四年前から何ひとつ変わらぬように見える神父、求道の果てに破壊を選んだ男は、黒洞々たる瞳を繍に据えていた。

 視界の端で、白い狗神が霞となって消えるのを見止める。恐らく、以蔵を呼びに行ったのだろう。

 正直、行ってほしくなかったのだが、今更呼び返しても戻っては来ないだろう。

 となると、そちらが戻ってくる間、この男の相手をひとりでしなければならないのだ。

 

─────いや既に、死にそうなんだけど。

 

 元代行者相手に、戦闘特化でもない呪術師がどこまで耐えられるというのだろう。

 それでもと、身構えた瞬間である。

 

「私はお前を殺す気はない。逐一身構える必要はない」

 

 言峰は両手を広げ、挨拶でもするかのように淡々とした口調で語りかけてきた。

 

「ああ、そうだろうな。おまえ、ボクを殺したいんじゃない。壊したいんだろう」

「私のことを見通したように語るその減らず口、四年を経ようと、貴様は何一つ変わらぬようだな」

 

 それはお前も同じだろうが、と繍は思う。 

 言峰の、その瞳に凝る憎悪も変わらずである。うわべだけの穏やかさが、かえって不気味で仕方なかった。

 

「教えてくれないか。神父のお前が、異教の荒耶と手を組むなんて、一体どういう方法をとったんだ?あいつは台密の僧侶だろうに」

「簡単だ。貴様ら二人は、あの男の邪魔をしていた。企みを阻む忌々しい英霊とその主を知っていると言えば、あの男は簡単に手を組むことを了承したさ」

 

 いつそんなことをしたのだろう、という戸惑いが素直に顔に出たらしい。

 言峰は冷笑した。

 

「浅上藤乃。それから白純里緖。この名前に聞き覚えはないか?」

「そんな名前が、荒耶と何の関係があるんだ」

「簡単なことだ。彼らは両儀式を破壊するため、荒耶宗蓮が用意した『駒』だった。殺し合いの中で両儀式に己が何たるかを自覚させる。そのために彼らは、起こされた」

 

 ()()()()()()()()()()()()()、と神父は言う。

 

「白純って……それはあの、連続殺人犯か?」

 

 二年ほど前、観布子には殺人犯がいた。

 夜な夜な人を襲い、まるで楽しむかのように死体を破壊しては、晒しものにしていたのだ。

 その話を聞いて、桜が怯えた。

 だから以蔵と二人で街に出て、捕まえた。呪術で痕跡を辿り、以蔵が所謂人斬りの勘で探し当てたのだ。

 追い詰めたその男は、まるで野獣のような人間離れした動きこそしていたが、以蔵が鞘込めした刀で殴り飛ばして気絶させ、警察に届けた。

 冬木みたいな殺人犯が出るなんて勘弁してほしいのに、と辟易しながら。

 そいつとはそれっきりで、どうしているかも知らない。今の今まで意識にすら上らなかった。

 

「名前すらろくに記憶していなかったのか。貴様らしい非道な無関心さだな」

「桜が怖がった。ボクたちが動くのに、それ以外に何の理由が必要なんだ?」

 

 二年前、桜の心の傷はまだふとしたことで開いて、血を流すような状態だった。

 観布子の殺人鬼は、第四次聖杯戦争直前に冬木で起きた連続殺人を、桜に思い出させた。夜に飛び起きて泣く回数が増えて、顔色がくすんだ。

 だから、まっとうな人間以外の方法で、連続殺人事件に手を出したのだ。

 

「お前の言うことが本当なら、荒耶のほうが何倍も非道だろう。浅上のあの子までも利用したのか」

「魔術師相手に、今更非道がどうだと片腹痛い。荒耶宗蓮には、他にも用意した『駒』はあった。そちらは本命の両儀式が対処したという。だが、貴様たちが二つの駒を潰したのは事実。貴様もあの人斬りも、とうに目をつけられていたことには変わりはない」

 

 橙子に巻き込まれたとばかり思っていた繍には、予期せぬ理由だった。

 

「だが、私にとっては都合がいい。だからこそ、こうして貴様たちを呼び込めたのだから」

 

 

 言峰の足が動く。繍はその瞬間、マンションの手すりを踏み越え、()へと身を投げていた。

 

「っとぉ!」

 

 くるりと体を引っ繰り返し、風を操って三つ下の階の廊下に転がり込む。

 誰が、代行者とまともに戦おうとするのか。逃げるが勝ちである。

 そしてたかが数階分跳び下りたくらいで、代行者が諦めるはずがないことも、繍は知っていた。下手に遮蔽物のない下に降りれば、撒くのも難しくなる。マンションの中を逃げ回る方がまだ、マシだった。

 身体強化術式を両足に叩き込み、駆け出す。白の気配はずっと下。橙子と以蔵の気配は、集中して探す時間がなかった。

 

 そして廊下にわらわらと現れる、屍じみた人形たち。短剣を構えてその間をすり抜けた繍の耳に、低い声が届いた。

 

「逃がさん」

「うわっ!」

 

 武術に長けた、英霊の殺気を間近で感じる生活をしていたことが、幸いした。

 気配の揺らぎを感じた瞬間、再び前転する勢いでその場から飛び退く。

 直前まで繍の頭があった場所には、神父の足が踏み下ろされる。蜘蛛の巣のようなひびが床に走り、繍は頬が引きつるのを感じた。

 なんとか立ち上がり、身構える繍を見つつ、黒衣の神父は頭だけを巡らせて訥々と語る。

 

「ここは荒耶宗蓮が体内も同じ。彼に与する者には優位に働くが────」

「踏み込んできた者には容赦なし、か。なんだよそれ、ここの中だけなら空間転移でもできるっていうのか」

「否定はせん、とだけ言っておこう。両儀式とやらも、この建物の空間を捻じ曲げることでできた無限の中に放り込んだという話だ」

 

 直死の魔眼持ち相手となると、さすがに厳重なことであった。

 だけれど、それは。

 

「いやそれ、直死相手には悪手だろう。直死は非常識、常識の区別なく、ただモノを虚無へと還すだろうに」

「かもしれんな。だが、私には関わりないことだ。私はただ、『 』を目指すあの男に手を貸し、貴様を壊すためだけにここに来た。あのアルバとかいう魔術師とて、蒼崎橙子を殺すためだけに荒耶に手を貸しているにすぎん。両儀とやらがどうなろうが、その過程で荒耶がどうなろうが、知ったことではない」

 

 仲間意識など欠片もない、執念深い集団であると言うとだけはわかった。

 そもそも、コルネリウス・アルバにそこまで恨まれるとは、一体橙子は何をしでかしたというのだろう。

 

「人形師の心配をしている場合か」

 

 言峰が懐に手を入れる。

 取り出されたのは、一丁の銃だった。

 

 真鍮色の、大き目の拳銃。それを見た途端、ぞわりと繍は肌が粟立つのを感じた。

 

 ─────()()()()()()

 

 

 間違いなく、魔弾か呪詛の類が仕込まれている。

 四年前に敵対した衛宮切嗣は、起源弾という銃弾を礼装としていた。撃たれた相手に自身の起源、切断と結合を反映させ、魔術回路を破壊することに長けた、死の弾丸だ。

 あの銃は恐らく、それの同類。言峰綺礼の、魔術礼装だ。

 

「ほう、わかるか。これは貴様という人間の死をもたらすものだ」

 

 不敵に笑う言峰に、繍は冷や汗が頬を伝うのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 

 

 白狗に導かれ、能う限りの速度で走った。

 霊体ではなくなった体は、自分の足で走るしかない。

 これが繍や桜ならば、どうにか距離を縮めたりできるのだが、彼女らがいなければ、結局己は己の足で走るしかないのだ。

 

 走って。

 走って走って走って、走った。

 

 

 そうやって、たどり着いた場所。

 

 そこにあったのは、そこに、いたのは。

 

 うつ伏せに倒れ伏す白い髪の誰か、そして屹立する黒衣の聖職者だった。

 

 思考が焼き切れ、手が動く。鯉口を切り、刀を抜く。

 黒衣の男が、言峰綺礼が、こちらを向く。口元が、弧を描く。

 

 

 だが、その男が何かを言うより先に、以蔵の刀は彼を袈裟懸けに斬って捨てていた。

 斬撃の勢いで神父の体は飛ばされ、壁にぶつかって動かなくなる。そんなものはどうでも良かった。

 見ずとも、確かに斬った手応えはあったからだ。

 

 「繍!」

 

 駆け寄り、揺さぶり、体を抱き起こす。

 ぐらぐらと、木偶人形と化したように首が不吉に揺れるばかりだった。

 

 

 

 

 




またも、刀剣乱舞SS書いてて遅れました。

怯えがちな子どもと一緒に住んでいるため、物騒な街の事件は放っておけなかった話。
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