冬の街にて、人斬り異聞   作:はたけのなすび

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では。


外典の九

 

 

 

 

 

 

 呪い、と繍は言った。

 誰かを呪わないように、不幸をばら撒かないようにと普段は自らの感情すら縛っている節のある人間が起こした行動は、とんでもなく早かった。

 というか、頭に血が上ること自体然程ないのだから、一度キレたときの自分の抑え方をよく知らないのだろう。

 以蔵はそう思った。

 先の尖った白い歯が指の腹を噛み切り、流れ出た血で床の上に陣を描かれる。

 円や三角、数字や平仮名片仮名が複雑に絡み合ったそれは、以蔵にはまったく意味がわからなかった。

 

「ここは陰陽。太極を再現した二棟のマンション。太極の子は女の子で陰性だから……あっちか。橙子さんは……うん、自分で何とかするだろう」

「ほうじゃのう」

 

 返事は、なんとも適当になった。

 あの人形師が、文字通りに()()()()()()()()存在であることは以蔵も知っている。

 最悪、今のあの体が潰れても()がまた雨後の竹の子のように何食わぬ顔で現れるだろう。

 捕まっている太極の子、とやらもいるらしいが、以蔵はその女の顔を見たこともなければ声を聞いたこともない。そんな他人に割く余裕はなかった。

 

「で、わしは何をすりゃあえいがじゃ」

「言ったろ。手を貸してって。きみは男でボクは女だから、略式に陰陽の再現ができる。だからここを共鳴させて、潰す。まぁ、科学っぽく言うと共振動ってやつかな。根っこは違うけど」

 

 平たく言って血を寄越せ、と繍は言った。

 

「しゃあないの」

 

 親指の付け根に脇差を滑らせ、拳を握る。流れでた血を繍が小皿に受けた。そこに繍が自分の血を混ぜ合わせる。

 二人分の血が混ざりあったそれを、繍は陣の中に更に組み込んだ。

 

「何べん見ても血生臭いやつじゃのう」

「呪術師の中じゃ、ボクはまだマシなほうだぞ。血は借りても、生贄使ってないんだから。……って、やっぱり何か来たね。岡田さん、準備できるまで頼むよ」

「人使いの荒いやつじゃ」

「いやいや人使い荒いのは、橙子さんのほうだろ!」

 

 

 まあそれはそうだ、と嘯きながら、以蔵は刀を抜いた。

 蝗のように現れるのは、動く人形。いや、動く死体だっただろうか。

 兎に角不格好な形のヒトガタが廊下の角や部屋の中から現れ、手を突き出してこちらに迫って来る。

 どちらでも関係ない、と刀を抜いた。

 

「斬りゃあ終いじゃ。どいつから来るんじゃ、木偶人形共が」

 

 嘲りを合図にしたかのように、人形たちが一斉にかかって来る。

 一体、二体、三体を一太刀で袈裟懸けに斬り倒し、四体目を蹴り飛ばす。群れに突っ込んだ人形は、他を巻き込んで吹っ飛んで行った。

 だがこいつらは、所詮死兵。何体倒そうが、ここを造った荒耶何某には痛くも痒くもないだろう。

 

「其は知らず、我は知る。降りて満ちよ、燃え行け、枯れ行け、我は器」

 

 背後では、繍の呪文が続いている。

 左右から押し寄せる人形に紛れて、どこかで魔力が爆発するような感覚もあったが、以蔵は無視した。

 十中八九橙子だろうが、そちらは何とかするだろう。

  

「打ち返し、呼び返す。災よ、此処に来よ。その胸を貫き、黄泉へと還す。汝、黄泉之平坂を越えるに能わず。禊の水を受くるに届かず」

 

 相変わらず、長い呪文である。

 もう少し短くはならないのだろうかと、中年の女の姿をした人形を切り捨てざまに思った。廊下に、血に似た液体と歯車がばらばらとこぼれ落ちる。

 こいつらは一体、誰の姿を模したのだろうかと、ふと思う。

 ここには、濃密な『死』の臭いが満ちていた。

 

 見えていないだけ、うまく隠しているだけで、多分ここでは何人も、或いは何回も人間が死んでいる。

 人斬りの勘だが、確信があった。

 

 そうまでして、この世に在りもしない『 』というものを探すと言うのだから、やはり、魔術師にろくな奴などいないのだ。

 だがだとしたら、こいつらはここで死んだ誰かの姿を写しとったものなのかもしれない。死んでからも人形として道具になるとは、つくづく哀れな者たちだった。

 

「哀れじゃのう、運が無かったからおんしらはこうなるがじゃ」

 

 挙句にこうやって、人斬りに写し身を斬られて、廊下に壊れた体を積み重ねていくのだ。

 繍が以蔵の呟きに答えを返すことはない。ただ朗々と術を唱え上げ、以蔵は無言で守るように斬っていく。

 繍の目は閉じられ、手は何通りもの印を結んでいた。

 

「ここに、血花を咲かせよ。其は(そら)に届かず、地に戻れず。狭間にて尽きる」

 

 繍の両手が、血で描かれた陣を叩いた。

 

「─────邪気、調伏ッ!」

 

 ぶわり、と陣から巻き上がった風が、廊下を駆け抜けた。

 薄い桃の花の香りを漂わせる涼風が、建物に絡みついて、染み込んでいく。そんな錯覚に囚われた。

 どこか遠く深いところで、ばきり、と物の砕ける音がした。

 おぉん、と何かの吠えるような音もし、床の陣が一際強く光って消えていった。

 

「よし、撤収!跳ぶよ!」

「はあ!?」

 

 跳んだところでこの空間がおかしい建物の中では無駄ではないのか、と問おうとしてやめた。

 繍ができると言ったなら、できるのだ。

 

「ちっ。掴まっちょけよ!落ちても知らんからの!」

「うわっ!?降りるのは自力でやるよ!」

「遅いんじゃ」

 

 コートの袖ごと細っこい腕を掴んで、マンションの手すりを踏む。

 宙に身を投げ出せば、耳元でひゅうひゅうと風が哭いた。

 落下の時間は、数分にも満たなかったろう。気づいたときには、草地の上に座り込んでいた。

 結界を重ね掛けして衝撃を殺し切った繍は、口の端に滲んだ血を指で拭って立ち上がった。

 

「おい、繍。これでえいがか?何をしよったが」

「うん?ボクのやったことは、あのマンションのナカをかき混ぜてぐちゃぐちゃにして、幾つかハラワタを焼き潰して、それででできた隙間から外に飛び出ただけ」

「ん……?」

「ま、メビウスの輪をぶち切って外に出たともいう。あそこまでしたら、多分橙子さんと太極の子だけで普通に出て来られるよ」

 

 けろりとした顔の割に、言うことはかなりえげつなかった。

 だけれど裏を返せば、繍だけでは建物の結界を完全に潰すには至らなかったということだ。

 

「嫌がらせ程度にしかならなかったよ。荒耶っていうのは、よっぽどすごい結界の使い手なんだね」

 

 胃の腑を焼き潰すことが、()()()()の範疇に留まることなのだろうか。

 普通それをやられたら、人間は死ぬと思うのだが。しかも、大層苦しんで。

 

「いやあちらさん、きみの前世と今世を合わせた年月より遥かに年上だからね?人間というより、あそこまで行くと執念の塊にも等しい動く概念さ。どこにも行けずに進み続ける、そういう外れ者になってしまった……って橙子さんが言ってた」

 

 しかし、荒耶宗蓮はもういいと繍は言った。

 桜が危ないと分かった時点で、繍の中では他のあらゆるすべては優先順位から滑り落ちたようだった。

 だがそれは、以蔵にも歓迎だった。

 

「戻ろう。()()()()()()()

「おう。……そいで、どうやって帰るがじゃ。わしが来たときは、電車を使うたが」

「飛んで帰るに決まってるだろ。橙子さんの車借りるより速いんだから」

 

 ばふ、と今の今までどこかに隠れていた白狗が、現れて吠えた。

 魔力がその体の周りに集まり、渦を巻く。それが収まったときには、いつかのような巨大な姿の狗が現れていた。

 

「四年越しでの充電完了ってところかな。そら、乗って帰るよ」

「……」

 

 嫌な予感が的中した。

 乗り心地はともかく、かつて散々こちらを嗤いやがった相性が最悪な狗神に、以蔵は顔をしかめる。

 

「四の五の言うなよ。早く行かないと」

「わかっちょるわ!」

 

 この性悪な狗神に頼る羽目になった恨みは、あの陰気臭い神父にぶつけてやると、以蔵は唸りを上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちりちりと鈴が鳴り揺れる部屋の中、桜は窓にかかった簾に触れた。

 魔力に反応し、簾が一気に巻き上げられる。外を透かし見ると、闇に溶けそうな黒衣はやはりそこにいた。

 

「綺礼!」

 

 その名を知っていた姉が、吠える。

 凛にとって、言峰綺礼は弟子として父を手助けするはずが、途中で裏切ったのだ。

 許せる相手じゃないんだな、と桜はどこか冷めた頭で思った。

 イリヤがぽつりと呟く。

 

「コトミネって……キリツグの敵だった神父?」

「はい。……わたしも、会ったことがあります。四年前に、繍さんを殺しかけたヒトです」

 

 殺すと言うより、壊すだよ、と繍は言っていたが、桜にはどっちだっていい。

 あれは、あの男は、繍の天敵だ。

 だけど、桜にはあれと戦ったらだめだということくらい、わかっていた。

 確かに、殺してしまったっていいと思うくらいには恨んでいる相手だけれど、でも元代行者と生身で戦って勝てる人なんて、桜の知っている人たちの中では、元サーヴァントの以蔵だけだ。

 繍でも、ボクにあれの相手は無理だよと言っていたのだから。

 

 

 そんな男がどうして、という疑問は出て来なかった。

 今はそれよりも、どうするかが先だった。

 外の路地で、言峰はこちらを伺っているらしい。

 何度か立ち入ろうとしては、阻まれているような素振りを見せていた。侵入者を阻む繍の結界は、ちゃんと機能している。 

 居場所はばれてしまっていても、入って来られないならば問題はない。

 繍と以蔵が帰って来るまで耐えればいい。

 そうわかっているのに、何故か悪寒が止まらなかった。

 

「ねぇサクラ、あの人は誰?」

 

 イリヤの言葉に目を凝らす。

 そこで、やっと気づいた。言峰は、誰かを抱えている。

 目に魔力を通し、闇を透かし見て桜は思わず叫んだ。

 

「鮮花さん!」

 

 この街でできた友だちが、言峰に担がれていた。その首には太い腕が回されている。

 神父が何を言っているのかなんて、わかった。

 人質だ。出て行かないと、殺すと言っているのだ。

 

─────ダメ!

 

 咄嗟に、桜は窓を開け放っていた。

 

「やめて!やめてください!鮮花さんから離れて!」

 

 この結界は、外から内へと入ろうとするものを阻む。だけど、内側から外へと出るのは簡単だ。

 桜の声は、よく響いた。鈴の音が、一時聞こえなくなるほどに。

 

「間桐桜か。降りてこい、貴様に話がある」

 

 魔術でも使っているのか、かなり離れているのに、言峰の声はよく響いた。

 

「……行きます。だから、鮮花さんから離れてください。その人は、関係ありません!」

「それを決めるのは私だ。お前ではない」

 

 きっ、と桜は下にいる神父を睨みつけた。

 卑怯者、と罵ってやりたかった。だけど、今は鮮花が危ない。

 今の自分にできること、できる術が頭の中をいくつも通り抜けていった。

 

「桜、ちょっと?」

「……いきます。姉さんとイリヤさんは、待ってて……」

「そう言うと思ったけど、ダメよ!わかってるの?あいつ、代行者だったのよ!」

「知ってます!だけど、鮮花さんはわたしの大事な友達です!」

 

 凛が持つ、南の国の海のような青い瞳を、桜は覗き込んだ。

 ぐ、と凛は拳を握ると叫んだ。

 

「あーっ!もうっ!桜の友達だってんなら、わたしだって頑張らなきゃダメじゃない!一緒に行くわよ!イリヤ、あんたも手を貸して!」

 

 銀の髪の少女は、張り詰めた顔で尋ねた。

 

「方法は、あるの?」

「鮮花さんを引き剥がして、ここに逃げ込んだら大丈夫です。あの人は、きっと結界は壊せなかったんです」

 

 そうでなかったら、人質など取らない。

 人一人を助け出す方法は────ある。

 桜の一番のお守りを捨てることになるけれど、でもそんなことを言ってはいられなかった。

 鮮花は、友達だ。だから、助ける。

 方法を伝えると、凛とイリヤは頷いた。

 

「やるわ。でも本当に、勝負は一瞬だけよ」

「チャンスも一回だけ、ね。乗るわ」

 

 うん、と三人は頷きあった。

 階段を駆け下り、街灯が照らす路地へ飛び出す。

 夜の風は冷たくて、言峰はそこにいた。黒衣が風になびいて、弛緩した黒桐鮮花の手足が揺れている。

 

「……来たか。ほう、イリヤスフィールに遠坂凛。お前たちも来ていたか」

「あんたに関係ないでしょ!こっちは妹と楽しく遊んでたってのに、何しに来たのよ!」

 

 凛が叫び、神父は嗤った。

 

「さてな、私はただ四年前の因縁を解こうとしたまでだが」

「何が因縁よ。キリツグが言ってた。コトミネ、あなたはシュウを殺そうとして、イゾーに出し抜かれたってだけでしょ。あなたのそれは、難癖だわ!」

 

 イリヤが吠える。

 桜はそっと、二人の声に隠れるように気配を殺して手を伸ばした。

 距離を図り、範囲を設定する。

 繍なら片手間で、喋りながらでもできることだけれど、桜はまだぎりぎりまで集中しないと、できない。

 

 言峰がまだ何か、言おうとした。それより先に、桜は叫んだ。

 

「黒ちゃん!()()()!」

 

 ぶわり、と桜の足元の影が伸びた。

 

「包んで、持って来て!」

 

 言峰の左、鮮花の体のすぐ横に、闇が立ち上がる。

 それが闇ではなく、大口を開けた狗神なのだとわかる者は少ない。

 黒桐鮮花だけを、それはぺろりと飲み込んだ。

 

 瞬間、言峰が踏み込んでくる。

 黒狗と影の操作に神経を割いている桜は、とっさに動けない。

 数メートルの距離が、一気にゼロになる刹那、凛が動いた。

 

「こんのっ!」

 

 闇夜に散って弾けたのは、光り輝く宝石。

 目も眩む閃光が走り、それでも言峰の勢いはほとんど変わらない。

 

「行くわよ!」

 

 その僅かな隙に桜と凛、イリヤの胴体に、銀色の針金が伸びて、巻き付いた。

 ぐんっ、とお腹の中身が飛び出しそうな勢いで後ろに引っ張られ、次の瞬間地面に叩きつけられた。

 目の前で、星が散る。どこをぶつけたのかもわからなくて、どこが痛いのかもわからない。

 地面を引っかくようにして立ち上がると、目の前には薄い、慣れた目にしか見えないような膜があった。繍の結界だ。

 その向こう、爪先のほんの数センチ先に、言峰が立っていた。

 

「桜っ!」

 

 凛に手を引っ張られ、桜は後ずさった。

 その足元にぞわぞわと影が集まり、黒桐鮮花の体を置く。

 影はそのまま、まるっこいポメラニアンそっくりの形になり、桜と凛とイリヤ、鮮花を背に庇って立ち上がった。

 暗い瞳が、小さいが鋭い牙を向いて唸る狗を見た。

 

「あの女の式神か」

「く、黒ちゃんです!わたし、あなたの言葉はなんにも聞くなって、以蔵さんに言われてます!」

 

 万が一、億が一にでも一人のときにあの神父に出会ったら、とにかく話など聞かず、一番強い目晦ましをして逃げろ、と以蔵に言われていた。

 あの口八丁のいけ好かない神父の言うことなんぞ聞くだけ無駄やき、と以蔵が言って、自分が口で絶対勝てないからそう言うこと言うんだよね、と繍が笑っていたものだ。

 

 だから、桜はこの人と話なんてしない。言葉なんて聞かない。

 一番最初に一番強い技で不意をついて、後は逃げることしか、考えない。

 

 

 黒を媒介にして使う影の術が、桜にできる一番強い術だ。

 少しの間だけなら、伸ばした桜の影の中に物でもヒトでも飲み込んで運べる。

 

 人質を取り返されて、だけど、神父は少しも表情が変わらなかった。

 

「ふむ。結界か。あの台密の僧から保険として貰い受けたが、まさか使うことになるとはな」

 

 懐から出てきたのは、金属の道具だった。

 棘がついた古道具。名前は確か、金剛杵。

 

「桜、引いて!」

 

 凛に手を引かれ、桜はまた下った。

 直後、結界に雷が落ちる。薄い膜がびりびりと震え、()()()と音がする。

 黒がまた唸る。

 

「その式神は、使い手に依存して性能が変わるのだろう。あの女が使えばまだマシだろうが、未熟な貴様では、その程度にしかならんのだな」

 

 確かに、桜が使っているうちは、黒は決して大きくならない。四年前のような、強くて大きな護りの神使の姿には戻れない。

 それでも。

 

「黒ちゃん、押し返して!」

 

 影が伸びて、結界を内側から支える。

 破ろうとする雷と、保とうとする影とがぶつかり合い、拮抗した。

 魔力が肌を叩き、回路が熱を持って回転するのを、感じた。黒の現界のための力は、全部桜にかかっている。

 代を重ねて血を濃くし、莫大な魔力を精製できる繍が嵐だとしたら、桜のはまだそよ風のように細やかなのだ。

 だけど、ここは、この場所は、桜の家で慣れ親しんだ霊脈がある。

 

「帰って、ください……!ここは、あなたの来ていいところなんかじゃ……ないんだから!!」

 

 言峰は、何も言わなかった。

 桜も、答えなんか返ってくるとは思っていない。ただ、意地が言葉になっただけなのだから。

 ひゅうるり、と冷えた風が吹いたのは、そのときだった。

 

『桜、後ろに避けぇ』

「ッ!?」

 

 小狗が、体当りして桜を後ろに吹き飛ばす。

 尻もちをついた桜は、見た。

 黒い、夜の闇そのもののような姿が、光と共に降ってきた。

 光は街灯を映してきらめいた刀で、闇の塊に見えたのが、黒い服を来たよく知っている人。

 

「ぉ、おかだ、さん……」

 

 今更になって、ぶつけた手足のあちこちが痛くなる。刀を構えたその人は、振り返っていつものように()()()と笑った。

 

「ようやったの。後はわしらがやるき、姉やんたちと退いちょけ」

「は、はい……!」

 

 夜道で見たら泣いてしまいそうなくらいに怖い笑顔だったけれど、桜には何より頼もしく見えた。

 

「桜!」

 

 ひゅん、ともう一つ風切り音がして、細い体が降りて来た。夜の中で輝く、真っ白な髪のその人は、桜を見て大きく息を吐く。

 

「無事?」

「あっ……はい!わたしも、みんなも……!」

「そっか。よかった。それからごめん。一人にしちゃって」

 

 泣きそうにも見える透明な微笑みを浮かべた後、繍は前を向いた。

 だらりと下げた右手には、古めかしい両刃の短剣を持っている。よく磨かれて薄っすらと光るそれは、銅でできた(つるぎ)だった。

 劔を片手に、繍は首をかくりと横に倒す。

 

「なんかこう言うの、あんまり言ったことなかったし、好きじゃない言葉なんだけどさ。……今度ばっかりは言わないと、だめだろうね」

 

 ばちん、と大きな音がして街灯の電球が一つ、粉々に割れた。闇が濃くなる中で、白い髪が生き物みたいに揺れている。

 仕方ないやつ、と言わんばかりに以蔵が鼻を鳴らした。

 

「お前に返す言葉なんて、たった一つだよ。────よくもやってくれたな、この野郎」

 

 心の底から怒る巫女が、佐保繍が、そこにはいた。

 

 

 

 

 

 

 




頑張った話。

ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか、のSSを書いてたりして遅れました。

過去に色々あって仮面を被った冒険者が、ベート・ローガと殴り合ったり、神様に振り回されたり、そんな話です。
興味あれば、どうぞ。
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