冬の街にて、人斬り異聞   作:はたけのなすび

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では。


巻の六

 

 

 

 

 遠坂、間桐、教会の三つに繍の放った使い魔の目は、その夜のうちに神父服の男が教会に赴き、迎え入れられるのを見届けていた。

 遠坂、間桐はわかるにしても、何故西洋の坊主の巣窟にまで使い魔を張り込ませる、と訝しげな顔をしていた以蔵だったが、繍に言わせれば魔術儀式をやる上で、その地元の教会を見張らないでおくという選択肢はないのだ。

 

「聖堂教会は異端討伐の名の下に動く代行者がいるから、あまり派手な動きをしたらまずいんだよ」

 

 代行者とは、異端討伐の実行者。つまりは、教会子飼いの殺し屋である。

 如何なる時代の如何なる場所であろうと、権力者が汚れ仕事を行う役をつくり上げて、良いように使うのは変わらないのだ。

 代行者の何たるかに関する説明を聞きながら、以蔵の眉に皺が寄るのを繍は見た。

 

 召喚早々、岡田以蔵は言っていた。

 

 マスターだからと己を利用されるのは認めないし、騙されるのも見下されるのも許さない。その気配を感じたら斬りに行く。

 契約した者としては、物騒な話とは思うが、繍とて、一つしかない己の生命を利用されるのも、殺されるのも真っ平御免である。

 人としての以蔵は、そうやって顧みられることなく死んでいった。

 だから、その最期を考えれば召喚された彼がそう言うのも当然だろう。

 己の生が如何なる扱いをされようが、喩え弄ばれようが、それも良しと受け入れられるのは、真性の聖人か狂人だけだ。

 繍も以蔵も、そのどちらでもない。

 繍は、そのほうが居心地が良かった。

 

─────それにしても。

 

 以蔵と話せば話すだけ、過ごす時間が積み重なるに従って、繍の中にぼんやりとあったはずの、英霊という概念そのものへの畏敬が、手で掬いとった川の水のように溢れ落ちていくのは最早どうしようもない。

 

 わかりやすく眉をへの字にして不満を顔に表す以蔵を見ていると、尚更思うのだ。

 

 数日前まで全く知りもしなかった青年の不貞腐れた顔に、術が上手くいかなくて、頬を膨らませて臍を曲げていた頃の幼い自分が、重なって思い出されるのは、可笑しかった。

 とはいえ、気が多少荒かろうが、すぐ刀を抜く短気な性分だろうが、歳が一回り以下しか違わなかろうが、彼が繍の生命を助けてくれたことには変わりない。

 生命を助けられたならば、その分の恩は返さねば気が済まないのが、佐保の名を継いだ、繍という術者である。

 マスターで在り続けるのも、その一念である。一応、恩師のことも頭にはあるにはあったが。

 

「でぇ、その教会ちゅうんはおまんら魔術師の敵なんか?」

「だから、佐保の家は魔術師じゃないって。……うん、基本的には協会とは不可侵だけど場合によりけり、何かきっかけがあったら殺し合いにだって発展するくらいには、仲が悪い。今回は教会が監督役を名乗ってるから、中立なんだろうね」

 

 音声を拾えるようにした使い魔からは、教会に現れた若い神父が、老いた神父により聖堂の中へ迎え入れられるのが見えていた。

 神父はアサシンのマスター、言峰綺礼と名乗り、教会から顔を出した老神父は己を監督役と名乗って、門戸を開いたのだ。

 

「あの髑髏面、アサシンだったのか。……あれ?岡田さんもアサシンクラスでは」

「クラスちゅうても、所詮は建前じゃ。特に、おまんは決まっちゅうやり方を使わんかったき、アサシンが増えたちゅうことはないんか?」

 

 しかしこれで、髑髏アサシンが脱落したとは二人とも欠片も思っていなかった。

 先日で二体、映像で一体。合わせて三体のアサシンを見ているのだ。四体目、五体目が出てきてもおかしくない。

 

「何人かに分裂できるのかな。そういう宝具、あってもおかしかないよね」

「ほうかの」

「そうでしょうよ。大体、岡田さんの宝具も何なんだ、あれ?見ただけで剣技を真似できるって大概だよ」

 

 何年も血の滲む努力を重ねて得た領域の技を、見ただけで己のものとするなど、信じられない。

 これが仮に、呪術の技を見ただけで完全に真似されるような宝具だったら、繍もしばらく不貞腐れていただろう。

 術とは、それなりに大変な思いを重ねて手に入れることのできた、謂わば宝なのだから。

 

「そりゃわしが天才だからじゃ」

「そりゃそうなんだろうけど、なんか納得いかない……!」

 

 しかも当人がこれである。

 にやついている顔を見ながら、この調子乗りめ、と繍はふんと腕組みをして、すぐに腕を解いた。

 

「……とまぁ、それはともかく、アサシンが脱落してないとすると、マスターの言峰神父は、教会を謀って潜入したことになるのか?」

「もうひとつあるが。教会がそん坊主の嘘を、嘘だと知っちゅう場合じゃ。そもそも、戦でおのれが中立じゃから監督する、というやつらのことなんぞ、信じられんきの」

 

 そうなると、髑髏のアサシンが黄金のサーヴァントにやられたあれも、見たままとは行かなくなってくる。

 

「だめだ。色々混ざって来た……」

 

 言峰神父が脱落していないのに教会に赴き、教会が彼の嘘を知っていて迎え入れる。

 それだけなら、教会が言峰神父に肩入れしているだけで話は済むのだが、それなら何故あんな派手な黄金のサーヴァントにアサシン一体を殺させたかわからない。

 最初から、教会で言峰神父を匿っておけばいいのだから。

 現に、繍のような別のマスターが髑髏のアサシンが殺られ、言峰神父が教会に赴く場面を目撃している。

 

「……襲撃が狂言で、教会と言峰神父と遠坂が手を組んでた、とか?」

 

 それなら説明はつく。

 黄金のサーヴァントは、恐らく遠坂家の召喚した英霊だ。遠坂家と言峰神父が繋がっているとすれば、あの殺害もただの劇になり下がる。

 アサシンが殺られたように見せかければ、遠坂は自由に動かせる間諜を手に入れられるのだ。

 繍と以蔵は、たまさか髑髏のアサシンが複数いるところを目撃したために、脱落が偽りと判断したが、初見ならばアサシンが複数いるとは思いもしなかった。

 面倒な、と白狗を膝に乗せたまま、繍はため息をついた。

 

「わしは頭がよう無いからの。考えるんはおまんに任した」

「はい?」

 

 おまけに刀を抱えて、ごろりと以蔵は横になってしまう。

 繍とて、このような謀略と殺し合いの方面に頭を動かしたことはないのだ。止める間もなくあっさり寝息を立て始める以蔵に、脱力した。

 

 ─────信じられない。この人ほんとうに寝やがった。

 

 しんと部屋が静かになると、思い出されるのはあの黄金のサーヴァントだ。

 霊視ができる術者の『眼』から見ても、あの英霊はとんでもなく古く、強い者に見えた。

 魂の輝きが強すぎて、目が潰れるかと思ったほどだ。腕の震えも、止まらなかった。

 

「神秘は古いほど強い、からなぁ……」

 

 遡ったところで、以蔵が生きていた頃は百年と少し前。曾祖母たちの時代である。

 その頃の剣客の刀が、古代の英雄に何処まで届くか。不安に思っていないと言えば嘘になる。

 そうなれば、師を含めたマスターのほうを狙うことになるだろう。

 

「あーもう、やめよう。仮眠しないと夜が保たないやね」

 

 抱えた膝に額をつける。その、丸まった茅鼠のような体勢で、繍もすぐに寝息を立て始めた。

 わふ、という白狗の鼻息が、手狭な部屋に呑気に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#####

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とまれこうまれ、夜は更ける。

 夜が更けて、朝が来て、また日が傾くころ、アサシンの主従は外に出た。

 インバネスコートを羽織り、実体化したままの以蔵と、変わらず体格に合っていない茶色のコートを着て、鞄を肩から掛けた繍である。

 今晩何か起こる気がする、と言い出したのは繍である。託宣を受けていたような家系の血筋だから、そういう類の勘は鋭いのだと繍は言った。

 そんなわけのわからないものでつき合わされるほうはたまったものではないと、繍のサーヴァントは目を細めたが、実際街に出てみれば、確かに市街からはサーヴァントの反応が感じ取れた。

 その気配に以蔵が斬りかからなかった理由と言えば。

 

「市街だけじゃない。……まだあるよ。これは、空だね。空に何かいる」

 

 そう、繍が言ったからだった。

 斬り合いの最中に空から纏めて狙われては面白くない。

 空を飛ぶような荒業がこなせるのは、恐らくライダークラスのサーヴァントと見て間違いないだろう。

 気配のある方角を見上げてから、なんとなしに以蔵は傍らにいる繍を見やった。

 

「あ、浮かぶだけならともかく空を自由に飛ぶ術はうちには伝わってないから、無理」

 

 小さくした白犬を胸の前で抱いたまま、繍は片手でぱたぱた手を振った。

 空を飛んだような逸話は、以蔵にも当然ない。上空のサーヴァントと、市街のサーヴァント二騎の気配はすれど、どちらにも手は出せなかった。

 アサシンのクラススキル『気配遮断』を用いているため、逆に彼らのほうは以蔵のことは発見できないだろう。

 どのみち、本格的に彼らが動き出すのは夜である。狭間の黄昏時では、彼らの気配を見失わないよう追うのが関の山となった。

 

「何か嫌な予感がする。……いや、戦いの前だからってだけじゃなくて、こうひたすら嫌な感じ」

 

 不安なのか、抱えた白犬のふさふさした頭に顎を乗せて、繍は空を見上げていた。

 そのままぴんと立った耳の端を指でつまんで弄るに及んで、がぶ、と指先を噛まれている。

 

「……落ち着きがないのぅ。何ぞわしに隠し事をしゆうがか?」

 

 痛そうに、噛まれた指先を擦っていた繍の動きが、ぴたりと止まる。

 

「おい、こら」

 

 小さな頭を鷲掴みにすると、繍は頓狂な悲鳴を上げた。

 

「わかったわかった!わかりましたー!喋るから離して下さいー!」

「はなからそうしとけ、ちゅうんじゃ」

 

 如何にも気が重そうに、繍は口を開いた。

 

「あの殺人犯に出逢う直前なんだけど、ボクはランサーのマスターとランサー本人に会ってるんだよ。ランサーの真名は多分、ケルトのディルムッド・オディナ」

「……」

「で、そのマスターはボクの時計塔での先生なんだ。……正直、かなり、恩がある」

 

 だから、言いあぐねていたということだった。

 

「そのマスターは、おまんがマスターちゅうこと知っちょるのか?」

「知らないよ。言ったろ?召喚する直前だったって。おまけに、聖杯にかける願いはないって眼前で言っちゃったしな。……結果的に嘘をついてしまったわけなんだ」

「で、わしにも黙っちょったわけか」

「言ったら、絶対斬るって言ってたからだよ。……普通にやったら無理だ。あの人、工房を滅茶苦茶に強くしてる。気配遮断しても攻撃したときにバレてたろうし、そうなっていたらランサーに迎撃されてる」

 

 だから、戦略と情と二つの間で迷った挙げ句に黙っていたのだ。

 マスターとやらがどんな奴かと尋ねれば、思い出すように遠い目になって答えた。

 

「時計塔の花形講師で、名前はケイネス・エルメロイ・アーチボルト。魔術師としての腕は、ボクより全然上だよ。実戦はゼロだろうけど」

 

 九代を数える、魔術界隈での名門貴族であると、繍は淡々と言った。

 

「おまんの家と似たようなもんか?」

「いやお恥ずかしながら全然違うよ。アーチボルト家は随分栄えてるけど、うちはボクしか神秘を使えなくなってるからなぁ」

 

 そういうとき、繍の顔には影が落ちた。そういう表情になると、人懐こそうな見た目の印象が剥がれる。

 

「ケイネスって人は、良い人には違いないんだけど、どうも自分の世界以外を認めてくれなくてさ」

 

 西洋魔術師たちからすると、佐保の家が扱う東洋の術は格が低く、野蛮である。

 ケイネスにもそういう思いがあるのだ。

 繍は、家門の秘術も魔術も共に学べるだけの才があり、その上で時計塔では魔術よりも家門の術をより伸ばすための学問を、修めようとしていたのだ。

 名門の西洋魔術師であるケイネスに言わせれば、それは才能の浪費だという。

 魔術に才があるというのに、歴史だけはある没落した家門のために、野蛮な術に傾倒していく生徒は、彼からしてみれば正してやらねばならない学徒でしかなかった。

 その認識は、繍を取り巻いていた教師すべてに言えたことだった。

 繍にとっては見当違いのその使命感と憐れみを重く感じたこともあり、研究に一区切りついたのを口実に時計塔を飛び出したのだ。

 

「ボクは誰かに憐れまれることなんか、何一つしてないって、何度いっても全然信じてくれない。口ではわかったっていうのに、内心ではボクを可哀想だって思ってる。誤りは正されるべきだって信じてる。……ちょっと参ったよ」

「その、時計塔とやら、マスターには友人もおらなんだか?」

 

 歩きながら、え、と繍は呆けた声を上げた。上げてから、肩をすくめて答える。

 

「いなかったよ。その頃は、あっちの言葉があまり上手く話せなかったから。書くのはできたから学べはしたんだけど。あとは、見た目が子どもっぽかったみたいで、相手にしてもらえなかった」

 

 外見の印象は多分、今でもあまり変わっていまい。以蔵とて、未だ痩せた餓鬼にしか見えないのだが、それは言わないでおいた。

 

「あ、でも友人じゃなかったが一人たまに話しかけてくれるのはいたなぁ」

 

 成績は今ひとつだったが、妙にプライドが高い、新参の家系の魔術師の少年だった、

 同じ歳で同じ頃に時計塔に入り、同じ教師について講義を受けていたからか、何かにつけ、その少年は繍に話しかけてきた。

 といっても友好的ではなく、彼は常に挑戦的だったが、そんな繋がりのことでも懐かしげに語る繍の横顔を見る限り、さして嫌ではなかったのだろう。

 拙い喋りしかできない、異国でひとりぽっちの餓鬼は、つまりそれだけ寂しかったのだ。

 しかもそんな話を、昨日初めて会った人斬り相手に楽しそうに語るくらいには、お人好しである。

 隠し事をされたことを怒る気が、溶けてしまった。

 

─────ただの仔犬でも抱いて、温い縁側で笑っていれば良いものを。

 

 襟巻きを引っ張って、以蔵は顔を隠した。そんな様子はいざ知らず、繍は前から来る洋服を着た通行人を避けてから呟いた。

 

「あいつの名前は、確か……ウェイバー。ウェイバー・ベルベットだったなぁ」

「そこまでは聞いちょらん」

「だよね。口が滑った。今のは忘れて」

 

 たはは、と繍はふざけた笑いを零し、す、と表情を改めた。視線が向くのは、街の明かりが途絶える方角、未遠川の河口だった。

 

「……敵さんが動くようだね」

 

 行こう、と狗神を抱いた術師の白く染まった毛先を、川風が揺らして吹き抜けた。

 

 

 

 

 

 

 




傍から見たら、この二人は一体何なんでしょうね。
というわけでウェイバーとは面識はありました。

尚、七月は繁忙期なので、更新は滞りがちになると思います。
何卒ご了承下さい。

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