時期的には人理焼却下のころ。
最終話あとがきに載せたサーヴァント、佐保姫がカルデアに現れた話です。
再臨を重ねていくことに驚くほど姿形が変わるサーヴァントは、存在する。
霊基を復元させ、かつての力を取り戻していくその行程の最終段階に達した己のことを、完璧と称する英霊もいる。
だが大抵の場合、再臨した姿の人格は以前と変わらない。それも当然だ。
再臨の度に人格が切り替わり、記憶が途切れでもしていたら、その都度マスターとの信頼関係の構築が難しい。
というのにある日のカルデアにて、ちょっとした事件が起こった。
「よーし。ここからはボクが喋るよ。こんにちは、マスターくん。多分一からの付き合いになると思うけど、よろしくね!」
「ど、どどどちらさまですか!?」
現状人類最後のマスター、特異点修復中の藤丸立香は、再臨三度目を終えたそのサーヴァント相手に、思わずツッコミを入れてしまったのだった。
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そのサーヴァントは、真名を佐保姫と言った。
日本の神霊・春と織物の女神たる佐保姫。その力を借りた疑似サーヴァントを名乗る、一応の神霊系英霊である。
一応といっているのは、女神そのものが降臨したのではなく、眷属の人間たちの魂を統合してつくった人格に女神が名と力を貸し与えているからであり、要するに人理焼却下での限定的サーヴァントであるからだった。
召喚したての佐保姫は、古めかしい白の衣に二匹の犬を連れた若い黒髪の女性の姿をしていた。
単独行動スキルをA+と高いランクで持っているせいか、元々の性格からなのか、マスターである立香に積極的に関わるわけでもなく、呼ばれたら出てくるが呼ばれなければ出てこないし話しかけても返答は機械的、という浮世離れしたアルターエゴだったのだ。
だというのに再臨を進めた結果、現れたのは白髪に茶色いコート、白いシャツに黒い細身のズボンという完全に20世紀日本人の装いをした少女だったのである。
これは一体、どういうことなのか。髪の色にすら面影がないし、喋り方がまるきり闊達な少年のようだ。
目を白黒させる立香を前に、佐保姫は頬をかいた。
「驚かせてしまったのは謝るけど、ボクはキミたちが再臨した結果なんだよ。契約はちゃんと続行されてるし、記録も引き継いでる。問題はないはずだぜ」
「あ、ホントだ……。名前も佐保姫のままだ。え、でも狛犬たちが」
「あーうん、彼らも引きずられてしまったんだねぇ。だけど、戦うときにはちゃんと戻すから平気さ」
黒髪の佐保姫が連れていたのは、四肢逞しく牙鋭い、白と黒の日本の猟犬だったのだ。
それが、再臨を果たしたと思えば。
「こ、これは……ポメラニアンでしょうか、先輩?」
立香の後輩にしてシールダーのサーヴァント、マシュ・キリエライトは、心無し目を輝かせて狛犬の姿を見ていた。
狼がポメラニアンへと姿を変えれば、誰だって驚く。まず、モフ度が段違いだった。
マシュの様子を見て、に、と佐保姫は口元を吊り上げて笑う。
「いいよぉ、触っても。お薦めは黒いほうだけどね」
「そ、それでは失礼しまして……!」
ふかふかとした黒いポメラニアンの首周りの毛に手を埋めたところで、立香ははっと我に返った。
「えっと、君は佐保姫、のままなんだよね?」
「ああ、そうだよ。説明は難しいから省くけど、きみのサーヴァントであることに違いはない。ま、用があったら呼んでおくれよ」
それじゃあねぇ、といつもの如く霊体化して消える直前、佐保姫は足を止めた。
「あ、そうだ。あのね、もしここに諸葛孔明が呼ばれたんなら、知らせてほしいな」
「諸葛、孔明?」
「うん。頼んだよ。多分、三日くらいしたら来てくれるんじゃないかな」
挨拶一言で、あっさりと佐保姫は光の粒となって気配が去って行く。いつも通りの躊躇いが欠片もない去り方に、立香とマシュは顔を見合わせる。
詰まる所あの神霊系疑似サーヴァントは、何故いきなり己の性格が百八十度異なった有様になったのかを、一言も説明しないで去って行ったのである。
しかも、もふもふとした黒い毛玉をその場に残したまま。
マシュの腕の中に置いていかれた黒いまん丸犬が、わふんと抗議するように鳴いた。
「マシュ、佐保姫と諸葛孔明に繋がりってあったかな?」
「……思いつきません。でも、佐保姫さんは託宣も行う巫女としての側面も持っている、と前に言っていましたから」
「じゃあ、カルデアに近いうち、ホントに諸葛孔明が来てくれるってことなのかな」
佐保姫のその予想通り、数日後カルデアには諸葛孔明の霊基を持つサーヴァントが召喚された。
そして孔明が召喚されるや否や佐保姫は呼ばれる前にひょっこりと壁を突き抜けるようにして姿を現し、しかも孔明のツラを見るや否や爆笑したのである。
呼んでもいないのに出て来られたのは、高ランク『単独行動』スキルのせいであった。恐らくは。
「はははははっ!き、キミがその姿になってるなんて、いやさ驚きだ!何があったらそうなるんだい、ウェイバー・ベルベット!きみはマケドニアに首ったけだったろうに!」
「マスタァァァ!何故彼女がここにいる!しかもこの霊基は神霊の類だなァ!」
眉間にしわを寄せて叫ぶスーツ姿の男性・諸葛孔明と、壁をばんばん叩いて遠慮容赦なく笑い転げる茶色いコートの少女・佐保姫は、どうやら互いに知り合いらしかった。
正確には、英霊の依り代となっている人間同士が、知り合いであったのだ。
「同級生だよ。ボクが時計塔にいたころのね。さてさ、ウェイバー。キミの記憶はどうなっているんだい?もしかして、世界の記憶が増えているのかと思ったんだけど」
「……相変わらず、オマエは本当に察しが良いな」
立香とマシュを他所にそんな会話をした英霊二人は、すぐに何かで通じ合ったようだった。
がりがりと髪をかきむしった後、諸葛孔明もといロード・エルメロイⅡ世は苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「すまないマスター。説明をしよう。こいつの人間としての名は、佐保繍。君たちからすれば、平行世界出身者と言うべき存在だ」
「へいこう……?」
「そうだよ。あー、特異とか異聞というほど分かたれていない人類史の出身者ってことさ。まぁ蝶の羽ばたき程度の誤差しかもたない世界と考えてくれていい」
「このカルデアが存在する世界と近く、大筋は異なっていない世界の人間というわけだ。……どういうことかと言えばだな、私の中には、この佐保繍と同級生であった記憶と、名前すら知らない記憶の二つが同時に存在している。私は二つの世界の記憶を得たサーヴァントになったというわけだな」
「それは多分、ボクの顔を見たことがトリガーになったんじゃあないかな?そうでなかったら多分、きみは一つの世界の記憶しかなかったはずだから」
「お前のせいか。いつもいつもややこしい事態を持って来おって!ストッパーをどこに置いて来た!」
「連れて来られるわけないだろ!?っていうか、なんでボクが彼に面倒見てもらってるような言い方するんだよ」
「事実だからだこの万年トラブル吸引体質!神霊憑依体質者!ホルマリン漬け紙回避常習犯!」
「ちょちょちょ、ちょっと待って!」
いついつまでも終わる気配のない言葉の応酬と斬新な罵倒を、立香は何とか止める。
途端、またも佐保姫は霊体となって消えていた。
はあ、と孔明もといロード・エルメロイⅡ世が額を押さえる。
「あいつはまったく……おいマスター、あのサーヴァントは何のクラスで現界しているんだ?」
「ア、アルターエゴだよ。今のところ、アルターエゴは佐保姫だけなんだ」
「……特殊クラスか。女神の別側面として昇華され枠に嵌められたと考えれば、ない理屈ではないが……」
ぐぐぐ、と眉間に力を込めた後、孔明はがっしと立香の肩を掴んだ。
「マスター、私の記憶にある完全な人間のころのあいつはな、家から引き継いでいる因果で、よくトラブルの渦中に投げ込まれていた」
「えっ」
「しかも本人が気まぐれで神出鬼没だ。無論一時期と比べれば多少落ちついてはいたが、予告なく動く癖は何年経っても変わらん。それが擬似的とはいえ神霊のサーヴァントと化し、精神がさらに人を離れていたならば、もう手が付けられないかもしれない」
「そ、そうなの?」
「そうだ。サーヴァントとなって、本来の人格性質がどうなったかはまだわからない。しかし最悪の場合、焚火にガソリン入りポリタンクをブチ込み、燃え上がった炎を見て綺麗だわと笑い転げる悪魔的な性格になるぞ」
あんまりな喩えである。だが、孔明は真剣だった。
「マスター、彼女の人間としての側面を強化したいならば、岡田以蔵という英霊を呼ぶことを勧める」
またも出て来た、新しい名前である。
岡田以蔵とは、幕末のころに名を馳せた人斬りの剣客。尚、カルデアでは未だ観測されたことすらない英霊だ。
「どうして?」
「岡田以蔵は、佐保繍が聖杯戦争に参戦したときの契約サーヴァントだ。あいつもあいつで面倒な男だが、サオはイゾーの言うことは聞く」
そういう孔明の目付きは、本気と書いてマジと読む光で異様に満ちており、立香は思わず、頷いてしまっていたのだった。
しかしこれ以後、人理修復を成し遂げるまで、岡田以蔵というサーヴァントがカルデアに召喚されることはなかったのだった。
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カルデアのマスター、藤丸立香の契約サーヴァントの一人、サーヴァント・アルターエゴの佐保姫は、第二特異点のころからの付き合いである。
第四特異点後に第三再臨までを果たし、それ以後は闊達で時々突拍子がない、白髪の少女姿で共に戦うようになった。
戦闘方法は呪具だという両刃の剣に鏡、各種呪符。それに加えて、影を縫って動きを止める呪術や結界展開などである。対城宝具のような火力はさらさらないが、便利屋のような立ち位置のサーヴァントだった。
普段のカルデアの食堂や廊下に本人が姿を見せることはほとんどないが、白と黒の二頭一対の狗神は勝手にあちこちを闊歩していたずらもしているし、本人も玉藻の前がいるときは滅茶苦茶にしおらしくなる。
そんな佐保姫を、ある日立香は興奮気味に呼んだのである。
「どうかしたのかい、マスター?」
「あっ、佐保姫。来てくれてありがとう!こっちだよ!」
壁からひょっこりと半身を出す形で現れ、床の上に降り立った佐保姫の前に、立香は一人の英霊を押し出した。
和装に刀を持ち、髪を適当に紐で括ったそのサーヴァントは、佐保姫を見るなり首周りの襟巻きを引っ張り上げた。
「なんじゃマスター、こがなちんまいのは?」
「えっ……えっと、佐保姫だよ。アルターエゴのサーヴァントで……」
「あるたぁえごぉ?なんじゃそれは。わしの知らんやつじゃのぉ」
「おーいマスター、
あれ、と立香は首を捻った。孔明の話から察していた双方の反応は、まるっきり初対面の相手にするようなそれだったからだ。
「わしは土佐の岡田以蔵じゃ。知らんのか」
「知ってるよ。土佐の人斬り以蔵だろ?……うーん、だけど、なんていうか今の君は
ぴし、と以蔵のこめかみに青筋が立った。常にない佐保姫の挑発口調に、立香は一歩下がる。
刀の鯉口が鳴る一方、佐保姫はにこにこと常と変わらない微笑みを崩していなかった。
その肩には丸い白の毛玉がひとつくっついており、わふん、と吠える。
「おんしゃあ、わしとやるがか?」
「あ、いいの?マスター、戦闘用シミュレーター借りてもいいかな?ボク、アサシンらしいアサシンクラスと戦ったこと、あんまりないから」
「えっ」
そんなつもりはまったくなかった立香は、戸惑いの声を上げる。
だが、佐保姫の微笑みには揺るがない、有無を言わせない強さがあった。
「……わかったよ。モデルはどうする?」
「草地でお願いするよ。遮蔽物無しの原っぱが良いな」
そんなふうに、流れるように佐保姫は戦闘訓練を組んでしまったのである。
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カルデアにある戦闘用シミュレーターによって用意されたのは、膝丈ほどの草が生い茂る草原であった。
向かい合うのは、岡田以蔵と佐保姫。
暗殺特化のアサシンと、呪術に長けたアルターエゴであった。
彼らから少し離れた場所に立つのは、立香とマシュ、それに諸葛孔明のロード・エルメロイⅡ世。
「それじゃあ二人とも、霊基が壊れるほどに戦うのは無し!どっちかが参ったと言ったら即座に双方戦闘停止!それでいいんだよね?」
立香の叫びに佐保姫は軽く剣を振り、以蔵は軽く頷いて同意を示す。
「それでは、はじめて下さい!」
マシュの合図が下った瞬間、動いたのは以蔵だった。
踏み込み、刀を抜き放つ。刃が佐保姫の首に到達する直前、その足下で魔力が既に込められていた符が爆発した。
そうしてゆらりと佐保姫の姿も蜃気楼のように消え失せ、宙に現れる。
足場もないのに、彼女は空気を踏むかのようにそこに立っていた。
「チィ!」
「始まる前から仕掛けるのは、術師の基本だよ。
「何がじゃ!」
「知らなくて当たり前。だけれどもどうも、寂しいと思うのは、ボクが人間だからかなぁ」
くるりと前転するように回った佐保姫は、地に降り立つや腰の剣を抜く。
そして、茶色いコートも片手で剥ぎ取るようにして脱ぎ捨てた。
「こっちでやるよ。わかりやすくっていい」
それを見た孔明が、立香の隣で額を押さえる。
「己の最大の武器を捨ててどうする、脳筋術者が。そうまでしてあれに拘るか」
佐保姫の戦い方は術が主体である。戦闘で主に前線に出るのは彼女ではなく、連れている二頭の狗神。本人も戦えないわけではないのだが、やはり戦闘系サーヴァントと比べれば格下なのは否めない。
しかし今、戦闘時には狼のような体躯へと変貌するはずの神使たちは、白と黒の毛玉のままだった。
さらに今回、佐保姫は自分の手に剣を握っていた。
背後へ回り込み、心臓を貫こうとする以蔵の刀を間一髪で剣の腹で受け、力任せに振り払う。
彼らの筋力パラメータは同値のCであるが、佐保姫の腕には筋力強化の符が巻かれているのだ。
女の細腕一本で、足が宙に浮くほどの勢いで払いのけられた以蔵は、軽々着地すると吠えた。
「こんのすべた!馬鹿力の鬼女かおんしゃあは!」
「鬼じゃねぇよ!カミ擬きの擬きの擬き!限定英霊の
「ほざくなや!」
「真剣だよこっちは!今のきみ、弱い!弱いんだよ!始末剣をちゃんともっと使ってくれなきゃあ、困るんだ!」
「はあ!?」
霊基強化を一度も受けていない以蔵と、最終再臨に至るまで霊基を強化されている佐保姫とでは、力に差が出る。
それに加えて、佐保姫は身体強化の術を使っていた。
彼女のそれが身体能力による力任せ速さ任せの剣技であるのは、立香にもわかる。
以蔵の、人を斬るために研ぎ澄まされた技ではない。佐保姫のそれは、言ってみれば道場剣術だった。
常日頃はつかみどころのない、どこか超然とした英霊が、本来の得意分野であるはずの幻覚や影縫い、電撃や水の術を一切捨て、剣と身体強化のみで戦っているのだ。
その姿はどこか必死で、爆発するような猛々しさと荒さに満ちていた。
だが、唸りを上げて地を砕き大気を裂いて行く剣を、刀は巧みに掻い潜る。
武器を持つ者同士の身体能力にははっきりと差があるというのに、凄まじい速さで、以蔵の動きが滑らかになっていくことに立香は気づいた。
佐保姫の剣は、以蔵の髪や着物を裂く程度。肉を斬るには至っていなかった。
「孔明、以蔵さんが……」
「気づいたか、マスター。あれが、岡田以蔵の宝具だ。相手の剣技を見て盗み、己のものにする。まあ、彼からすればあんな脳筋術者の道場剣なぞ、盗む必要もないだろう。精々、動きに慣れるのが異様に速くなるだけさ」
その言葉の合間にも、以蔵の動きは最適化されて行く。
ひゅ、と一瞬剣が狙いを捉え損ねて流れたその隙に、刀の峰が佐保姫の手首を打ち据えた。
剣が少女の手から飛んだ刹那に、以蔵の刀が返され、体勢が崩れた佐保姫の心臓へと突きが伸びる。
以蔵の口元が吊り上がり、弧を描く。だが、嗤いを漏らすのは佐保姫も変わらなかった。
にぃ、と三日月を描いたその口元には、いつのまにやら符が一枚、咥えられていたのだ。
青白く光り、放電する符を見た孔明とマシュが、瞬時に魔力を高める。
「マスター、マシュ!衝撃に備えろ!来るぞ!」
「え」
次の瞬間、草原の中心に、青白い雷の龍が降り落ちたのであった。
結果から言えば、唐突に始まった勝負は佐保姫の勝ちに終わった。
雷の光が収まったあとの草原の中心には、全身黒焦げとも言うべき有様になった以蔵の襟首をつかんで、半身黒焦げとなった佐保姫が仁王立ちし、からからと笑っていたのだ。
何が分かれ目になったかといえば、ひとえに魔力への抵抗値である。
古き山の神霊、佐保姫と、江戸幕末の人斬り、岡田以蔵では、基本となる神秘が桁違いであった。
「自分の技で黒焦げになるわけにはいかないもの。格好悪いじゃあないか」
それでも、佐保姫の半身くらいは焦げているのだ。一秒で復活してみせたが。
自爆技はやめろこの馬鹿と、孔明に頭を叩かれた佐保姫は、ちっとも堪えていないふうであった。
自分でやったものは自分で治すよ、と言い、黒焦げの以蔵にも彼女は治癒術をかける。即時回復した以蔵は完全にお冠で、佐保姫の姿を見るや否や、ぷいと霊体化して消えてしまう始末であった。
「佐保姫、ちょっとどういうことなのか聞いてもいい?」
「えぇ、説明してもややこしいだけだよ、マスター」
「問答無用だ。しっかり話せこの戯け!」
ちぇっ、と舌打ちをしてから佐保姫は、すとんとカルデアの食堂の椅子に座った。
「ボクはね、1900年代の終わりに聖杯戦争に参加していたんだよ、マスターとしてね。って、そこはもうウェイバーから聞いているよね」
「うん。契約サーヴァントが岡田以蔵で、その聖杯戦争で勝ったんだって」
「いやぁ、それは違う違う。勝ったって言うより生き残ったに近い。後半なんか、聖杯戦争そっちのけだったもの。一生続く大事な縁と、一生続く呪いを貰った、そういう戦いだったんだ」
アンリマユにはもう会いたくないけどね、と佐保姫は言う。
その名前の英霊はこのカルデアにも召喚されている。だが彼が姿を見せているときに、佐保姫が決して姿を出そうとしないことに立香は気づいた。
「大体は省くけど、ボクと契約していた岡田さんは人形に受肉して、人間になって……うん、一緒に暮らしてたんだよ。もう一人、大事な子と、三人で一緒にね。あ、その子の名前は言わないよ。変わった縁ができたら困るもの」
ごめんね、と佐保姫は人差し指を唇に当てる。
「そっちの岡田さんよりもね、今日の岡田以蔵さんは
「当然だろう。お前が契約していたイゾーは、騎士王や湖の騎士の剣技を盗み、時には習い、自分のものにしていた。小遣い稼ぎで死徒狩りをするような英霊は、後にも先にもあいつだけだろう」
小遣い稼ぎの一言に、マシュと立香は顔を見合わせる。
わふん、と佐保姫の肩に爪を引っかけてぶら下がっている犬たちが吠えた。
指を唇から離した佐保姫は、前髪で指を弄る。新雪のような白い髪が、さらさらと揺れた。
「召喚されたあの人に、記憶がないのはわかってたよ。だって、サーヴァントはそういうものだから」
だけどねぇ、と佐保姫は両手を広げて肩をすくめる。こうして開けっ広げな仕草や語り口は、彼女には珍しいものだった。
「やっぱり、あれだけ弱いのは如何ともしがたいね!度し難い!ボクの知ってる彼は、もっと速かったから!」
「それはお前が生身の人間で、あいつが英霊だったからだろう。今は双方サーヴァント。そして霊基の強化度合で言えば、お前のほうが上なんだぞ」
「それくらいは知ってるよ、ロード・エルメロイⅡ世。だけれども、目の前の姿が自分が知っている
違うかい、と佐保姫は諸葛孔明を真正面から挑むようにして見る。
茫洋とした神霊の眼差しでも、気まぐれに笑うアルターエゴの表情でもない、それらと異なる何かが、白髪の少女の表に現れていた。
あの、と声を出そうとした立香のその額に、ぽん、と佐保姫の手のひらがあてられた。
そのまま、佐保姫は立香の頭を撫でる。手のひらから、じんわりとしたあたたかさが伝わって来た。
「いいんだよ、マスター。何も言わなくて。ボクは姫神さまから遣わされた、自我持つひと欠片。きみたちを守るために呼ばれた、アルターエゴのサーヴァントさ」
佐保姫はカミの名を借り、器を借り、力を借りて来訪した、限定条件下で成立したサーヴァント。
人理を取り戻した暁には消え去る、泡沫の英霊である。
「だけど、嬉しかったよ。またあの、面白い人と同じ顔が見られてね。だからありがとう。ボクのマスター、藤丸立香」
お礼に今度、空を飛ばせてあげようか、と指の間に挟んだ布の符を、佐保姫はちらつかせる。
その悪戯っぽい笑みに、立香は頬を緩めた。
「こちらこそありがとう、佐保繍さん。俺たちに、力を貸してくれて」
佐保姫の表情が揺れる。
揺れたその隙間から、またあの、少女の面影が現れていた。
くしゃ、と毀れるように笑い、少女は肩をすくめる。
「敵わないなぁ、マスターには」
それならまたね、と佐保姫の輪郭が解け失せる。
後には、彼女が手に持っていた符が一枚、残されているのみだった。
薄く折られた布に、絡み合う蔓草模様が描かれている特製の呪符である。
「えっとこれ……もらってもいいのかな?」
「いいと思います、先輩!佐保姫さんの織物は、とても使い勝手がよいと技術班の方が仰っていました!」
「まあ、織物の女神も兼ねているからな、あの家の神霊は」
それは大切に取っておけ、と孔明が言う。
入れ替わるように、食堂の扉が開き人影が入って来る。
薄い無精髭に刀を持つアサシン、岡田以蔵だった。
「マスター、さっきの白髪女はどこに行きゆうが」
しかめっ面とも言える表情で、以蔵は腕を組んでいた。
「佐保姫さんですか?ええと……多分、図書室ではないかと」
姿を消している時間が圧倒的に長い佐保姫だが、書籍やデータの閲覧が趣味であるのか、図書室周辺には出没しているときがあるのだ。
「ほうか」
「だけど以蔵さん、佐保姫に会ってどうするの?」
あ、と面倒くさげに以蔵は鼻の頭をかいた。
「あの女、わしの知らんわしの強さがどうとかゆうとったからの、問い詰めに行くんじゃ」
「……やめておけ。お前の今の状態では、また黒焦げにされるのがオチだぞ。いやそれどころか、あの狗神たちに頭をガブリとやられるぞ」
「あ?」
「事実だ戯け。マスター、この土佐者のレベルアップを頼んだぞ」
それきり、孔明も霊体化して姿を消す。以蔵の怒りを先んじる早業だった。
これはひょっとして、面倒ごとを放っておかれたのでは、と立香は苦笑いする。
「以蔵さん、じゃあこれからカルデアを案内するよ。それから、強くなろう。俺たちに力を貸してくれ」
「……おん。まあ、契約は契約じゃからの、マスター」
これからよろしう頼むぜよ、と土佐の人斬りは、僅かに頬を緩めて立香の挨拶に応えたのだった。
メタ的に言えば、アサシンVSアルターエゴなのでリベンジは相当厳しい模様。
人型特攻取ろうにも狗神を前に出してくるし、距離を取って呪符で呪術砲撃もしてくる。
ただし、味方にバフ敵にデバフを撒くし小細工も罠もなんでもやるため、戦闘時は相性良し。
カーマやパールヴァティーが現れたとき、佐保姫は一回卒倒しかけ、玉藻の前を前にしたときは即卒倒。
藤乃には自分から積極的に絡みに行くが、式はどちらであってもやや苦手。
お竜さんとは仲が良くなり、坂本龍馬とは特に対立はしない程度の中。
カルデアでの岡田以蔵のことは、以蔵さんと呼ぶ。
岡田さん呼びは決してしない。
尚、佐保姫は物凄く絆レベルが上がりにくいサーヴァント。