西住みほは鋼の心を手に入れたようです   作:アイガイオン

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いつの間にかお気に入りが百を超えていて、しかも評価バーが赤くなっているという現実に驚愕する筆者。

やっぱみんな光好きなんすねぇ~(本当にありがとうございます)

あと、今回原作と比較して若干のキャラ変更があります。なんだか変だなと感じられました方がいらっしゃれば申し訳ありません。


第3話

 秋山優花里にとって、彼女(・・)との出会いはまさに僥倖だった。

 

いつだったか、テレビで放送していた戦車道の試合をたまたま見たその時から、ずっとずっと戦車が好きで好きでたまらなかった。

 

地を揺らして走る鋼鉄の戦列。その威容に目を奪われた。

 

耳を劈くが如く響き渡る砲撃の音。思わず音量を上げて夢中で聴き入った。

 

手に汗握る白熱した試合展開。知らず身を乗り出して応援していた。

 

――そして、試合が終わった後のことだった。先ほどまで烈しく争っていた二輌の戦車。勝者と敗者、明確に分かれた二輌の車長が戦車を降りたかと思えば、互いの健闘を称えるように固い握手と抱擁を交わしたのだ。

 

きれいだと、心の底からそう思った。

 

礼節を尊び、強く、そして淑やかな女性を育てる。そんな理念に、私は心の底から憧れていたのだ。

 

そしてそれゆえに、幼い私が自分も戦車道をやりたいと思うのはごく自然な流れだった。自分も、テレビの中の格好いい女性のようになりたい。戦車に乗りたい。

 

そんな夢を、しかし私は今まで口にすることはなかった。

 

だって、それがほとんど不可能に近いことを幼いなりに理解していたから。

 

私の家族は特別な名門ではない。すごいお金持ちでというわけでもない。ごくごくありふれた普通の家族だった。

 

出身地の近くに戦車道に関われる場所はなく、将来通うことになるであろう高校にも戦車道は既に存在しない。

 

それでも戦車から心が離れることは一度たりともなかった。どうしようもなく好きだから、それを忘れることなんてどだい不可能なことだった。

 

戦車に乗れないならばと、戦車関連のグッズを買いあさった。

 

戦車道の試合の放送があれば、可能な限り観た。

 

無理なものは無理だからと、現実と夢の間で折り合いをつけて、妥協して、自分にはこのぐらいが相応しいのだと納得して。

 

そうして迎えた高校二年生の年。何故かは見当もつかないけれど、大洗において戦車道が復活することになった。

 

その時の私はどう思っただろう?やっと得られたまたとない好機に手放しで歓喜しただろうか?

 

――否。

 

はっきり言えばその時の私は、戦車に乗れるという点については確かに喜ばしく思っていたが、戦車道についてはそれほど興味を持てなかったのだ。

 

それは私があれほど憧れた戦車道の理念が、聞こえの良いお題目に過ぎないと理解してしまったからだった。

 

だって、見てしまった。

 

仲間のために危険も顧みず川へと飛び込んでいった勇気ある少女。自分と年齢も変わらないであろう彼女は、愚かな行為(・・・・・)をした無能者だと罵られていた。

 

プロリーグから来た解説者にも、マスコミにも、そしてあろうことか彼女自身が生まれ育ってきた家の流派からさえも。

 

――失望した。そしてなにより、絶望した。

 

自分が憧れた理想の世界などどこにも存在しないという現実に、(秋山優花里)は冷めきっていた。

 

今や戦車道の世界は、言うなれば化物の巣窟だ。

 

勝者は敗者を嘲笑う。平然と他人を傷つけ、中傷し、そしてそれを恥じることすらない。そんなどうしようもない”悪”が幅を利かせている。

 

そんな世界に、誰が好き好んで入りたいと思うだろうか?

 

だから、自分は整備士として戦車道に関わろうと思っていた。戦車道を始めるならば、試合で破損したり故障したりした戦車を修理する整備士は必須だ。そこに関わって、そして時々ちょっと無理を言って戦車に乗せてもらえればそれでいいと、そう思っていた。

 

――彼女に、西住みほに出会うまでは。

 

戦車道受講の初日。集まった受講者の中にその姿を見つけた私は、ひどく狼狽した。

 

彼女こそ、私が戦車道に見切りをつける発端となってしまった事件の当人。私の理想を、たとえそれがどんな結果に繋がろうと見せてくれた人だったのだから。

 

だから、その日の戦車探しの時間に私は迷わず声をかけに行った。

 

誰がなんと言おうと、あの日の西住殿の行動は決して間違ってなんかない。

 

私は、その勇気を尊敬している。

 

初対面の人に言うようなことではないかもしれない。だけどそれでも、私は伝えたかった。

 

きっと――いや確実に、あなたの味方は存在する。少なくとも、私はそうなのだと。

 

突然の不躾で不格好な言葉に彼女は少し驚いた様子だったが、すぐに私の目を真っ直ぐ見つめてこう言った。

 

「――秋山さん。貴女は、戦車道が好きですか?」

 

……勿論だと、即答できればどれだけ良かっただろうか。

 

少なくともその時の私にはその問いに対する答えが見つからなかった。

 

「……西住殿は、どうなのですか?」

 

だから、そう返した。この人は私以上に、今の歪んだ戦車道を見てきたのは間違いない。ならば私と同じように、戦車道に失望しているのではないかと思ったのだ。

 

「もちろん、大好きだよ」

 

だから、そんな予想外の返答に言葉を失った。その間にも、彼女の言葉は続いている。

 

「礼節のある、淑やかで慎ましく、凛々しい婦女子を育てる。……秋山さんなら、これが何か分かりますよね?」

 

「……戦車道の理念ですね。ですが……」

 

「言いたいことは分かってます。……私自身、戦車道の闇の中にいた身ですから。今の戦車道は、歪んでいます。勝利を追い求め、犠牲を容認し、相手への敬意すら忘れ、ただの怪物となり果てた人を、私は見てきました。それはもう、本当に悲しいことです」

 

「悲しいこと……ですか?」

 

ここでやっと、私は彼女の言葉が私の予想とはまるで違う内容であることに気付いた。

 

彼女は決して、私に同情してほしいなどと思っていない。自分が経験した残酷な仕打ちを、まるで科学の実験を眺めるかのように、誰よりも真摯に現実として認識している。

 

「それが今の戦車道の世界の現状です。でも、戦車道は断じてそんな戦争じみたものじゃない。戦車道が本来あるべき姿は、既にその分野に関わる者ならば必ず知っている先の理念に示されている。それを”聞こえの良いお題目”にしちゃいけない」

 

「――見せつけてやらなければならないでしょう。互いに助け合い、一丸となって勝利を目指すこと。相手を尊敬し、認め合うこと。戦車道の理念に示されたそれがどれほど美しく素晴らしいものであるかということを」

 

静謐に放たれる熱い言葉は、まさしく私が失っていた夢そのもので。

 

「この大洗から、世界に刻み込んでやるんです。不要だと切り捨てられた夢を、現実として確立する。……それが私の求めるモノ」

 

その熱に、私は幼い子供のように魅せられていた。

 

言葉が出ない。諦めていた夢の体現者が、今こうして目の前にいることに感動すら覚えていた。

 

「……もう一度、聞きます。秋山さん――戦車道は、好きですか?」

 

これはまさしく神託。彼女は自分の道を、初対面にもかかわらず私に打ち明けてくれた。

 

それはきっと、私の心の底に眠っていた夢の残骸を見つけたから。

 

私自身もはや失くしたと諦めていたそれを、この人は拾い上げ、そして再び私の目の前に差し出している。

 

それは、彼女の旅路に誘われたことに他ならず。

 

「……はい!勿論、大好きですッッ!!」

 

溢れる歓喜の念が止まらない。

 

この人となら、私の理想(ユメ)を体現できる。

 

確かな確信と限りない欣悦とともに、私と彼女は手を取り合う。

 

「普通Ⅰ科二年A組の西住みほです。これからよろしくね」

 

「普通Ⅱ科二年C組、秋山優花里です!こちらこそよろしくお願いします、西住殿!」

 

昨日までの現実に折り合いをつけていた愚者(・・)の自分はもういない。

 

「共に理想(ユメ)を描きましょう!みんなが笑って戦車道に打ち込める、そんな世界を取り戻すために!」

 

今より始まるは、西住みほによる英雄譚。その助けとなるべく、私もまた覚悟を決めよう。

 

諦めなど今も、そしてこれから先も永劫不要なものだ。

 

自分たちが共に進むと決めた道の果てにこそ、夢の世界があるのだから。

 

 




秋山殿、無事光堕ち。地味に「戦車道に失望する」という改変を入れる作者。

でも、西住流が席巻する高校戦車道、そしてその結果生まれたみほへの仕打ちを見てしまうと、有り得ないってわけでもないと思うんです(言い訳)

……糞眼鏡と総統の出会いとか、見てみたいなあ。

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