小さな鎮守府の小さな物語   作:湊音

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朝潮

「駆逐艦、朝潮です。 勝負ならいつでも受けて立つ覚悟です!」

 

「お、おう……?」

 

 少女と初めて出会ったのは鎮守府正面近海の警備を行うために駆逐艦の子達に出動してもらっていた時だった。

 

「な、何かおかしな点がありましたか……?」

 

 挨拶のために執務室に来るようにと伝令を伝えて貰ったのは良いが、執務室に入って早々少女の放った言葉は可愛らしい容姿からは想像できない程勇ましい物だった。

 

「いや、何でも無いよ。 それと、そんなに緊張しなくても良いよ。 どうせうちはできたばかりの弱小鎮守府だからね」

 

「そ、そんな事は……無いと思います!」

 

「いやいや、そんな気を遣わなくても構わないよ。 どうにも羅針盤ってやつに嫌われて正面海域の攻略すらまだだからね」

 

 少しネガティブになってしまった僕を見て朝潮は何かかける言葉を探していたようだったが、少女の引き出しにはこの場に適した言葉は入っていなかったらしく慌てているようだった。

 

「指令か~ん! 朝潮お姉さんが見付かったって本当ですか~!?」

 

 僕と朝潮は大きな音を立てていきなり開いた執務室の扉に驚き咄嗟に身構えると、大潮が執務室に飛び込んできた。

 

「こら、ノックをするようにっていつも言ってるだろ?」

 

「次からはノックします! 朝潮お姉さんお久しぶりです!」

 

「お、大潮……? 司令官の前で騒ぐなんて……!」

 

 朝潮は大潮に落ち着くように言っているようだったが、大潮は朝潮の両手を掴むとブンブンと上下に振って満面の笑みを振りまいていた。

 

「そうそうその感じ! 朝潮お姉さんって感じで気分もアゲアゲです!」

 

「お、落ち着きなさい! 司令官に失礼ですよ……!」

 

「あぁ、気にしないで良いよ。 姉妹同士仲が良さそうで僕も安心したよ」

 

 朝潮も色々言っているようだがなんだかんだで妹に会えたことは嬉しいのか表情が柔らかくなっている。先ほどまでの少女らしくない強張った表情よりも今の表情の方が僕も見ていて苦にならない。

 

「うちの鎮守府は姉妹艦で部屋を割り振ってるから、大潮に案内してもらうと良い。 それと、今日は大潮と一緒に鎮守府探検なんかしながらのんびりしてくれ」

 

「あ、あの!」

 

 報告書の続きを書こうとダンボールで作った机に戻ろうとしたのだが、朝潮が唐突に大声をあげたせいで俺と大潮は驚いて固まってしまう。

 

「朝潮はいつでも出撃できます!」

 

「今日は資材も少ないし、出撃はまた明日にでもする予定だよ」

 

「分かりました。 それでは朝潮、大潮は明日の出撃に備えて待機します!」

 

「い、いや。 今日はのんびりしててもらっても構わないんだが……?」

 

 真面目な子。それが僕が朝潮に持った第一印象だったと思う、初期艦の叢雲どう接して良いか相談して思いっきり僕も朝潮の半分くらい真面目になった方が良いと流されてしまった事も良く覚えている。

 

 

 

 

 

「作戦を全うできてよかったです。 これが、朝潮型駆逐艦の力なんです!」

 

「いや、全うできてないからね? 相変わらず目的の海域からは逸れてるからね?」

 

 次の日には試しに出撃させてみたのだが、結果は相変わらずだった。それでも自信満々に僕に勝利の報告をしにきた朝潮を見てつい頬が緩んでしまう。

 

「正面海域の警備ですよね? 敵艦を発見して無事に勝利を収めたのですが……?」

 

「うん、朝潮の言っている事は間違いじゃないよ。 でもね、これを見てごらん」

 

 僕はダンボールの上に地図と作戦指令書を広げると地図に赤いマーカーで丸をつける。

 

「今日朝潮達が倒してくれたのは敵のはぐれ艦隊で、僕達が目指すべきはこっちの主力艦隊なんだ」

 

「そ、それでは朝潮達の努力は……」

 

「いや、はぐれ艦隊って言ってもいつかは倒さなければならないのは変わりないよ。 それに君達の練度が上がったって事を考えれば無駄じゃない」

 

 きっと真面目な朝潮の事だからそれこそ全力で作戦を行ってくれたのだろう。だからこそ無駄だったなんて言葉は口にしたくないし、先程も説明したように練度という観点で見れば間違いなく前進している。

 

「朝潮……?」

 

「も、もう1度出撃しましょう!」

 

「い、いや。 叢雲がまだ入渠中だし……。 って、顔が真っ赤だけど大丈夫か!?」

 

「な、なんでもありません!」

 

 そこで気付いた、恐らくは先程の自信満々な勝利の報告が実は自分の勘違いだったと気付いて恥ずかしくなってしまったのだろう。

 

「……ぷっ。 あははは、朝潮って意外と感情が表情に出るタイプなんだな」

 

「た、例え1人でも! 朝潮出ます!」

 

「いやいや!? ちょっと待てって!」

 

 仕方なく叢雲の代わりに由良を編成して出撃。朝潮の努力の末と言いたいところだが、今までの苦戦が嘘だったと思える程あっさり正面海域を突破してしまった。

 

 

 

 

 

「そうそう、火力を強化してね。 ねっ!」

 

「由良も練度が20か、なんだか無理ばかりさせてるようで悪いね」

 

「いえ、気にしないで良いんですよ。 由良も提督さんに頼られているようで嬉しいですし」

 

 若干の燃費の悪さに目を瞑れば、軽巡は駆逐艦と比べられない程強かった。正面海域で味を占めた僕はうちの鎮守府で最初に来た軽巡の由良に頼り切りになっていた。

 

「でも、もう少し周りの子達も見て上げた方が良いかもしれませんよ。 叢雲ちゃんは分かってるみたいだけど、そうじゃない子も居るみたいですし……?」

 

 由良が工廠の入口へと視線を向けたのを見て僕も顔を向けると黒く綺麗な長髪が咄嗟に走って行くのが見えた。

 

「ふむ、その助言はありがたく受け取るとするよ」

 

「はい! もう1つ由良からのアドバイスは、あの子も20で改造できるはずなので頑張ってくださいね?」

 

「了解、後で何か奢るよ」

 

 そう言って工廠から出て左右を確認してみると壁の角からこちらの様子を伺っている少女の姿が見えた。恐らく追いかければ逃げられてしまうだろうし、何か手は無いかと考えた末あえて少女とは反対の方向へ歩き角を曲がる。

 

 曲がり角で立ち止まると、来た方角に振り返り数秒数える。足跡が聞こえてきたので軽く両手を開くと勢いよく飛び込んできた少女を受け止める。

 

「で、朝潮はどうして覗き見なんてしてたんだ?」

 

「い、いえ!? 朝潮は覗き見なんてして……、ました」

 

「ふむ、正直なのは朝潮の良い所だ。 そんな朝潮に相談なんだが15時からの演習に旗艦で出てみるつもりは無いか?」

 

 朝潮の練度はもうすぐ19という所だろうし、演習相手によってはもしかしたら20になれるかもしれない。そうなれば由良の助言通り朝潮も改造してやれるだろうし、話を聞くのはそれからでも遅く無いと思う。

 

「良いんですか!? い、いえ……。 由良さんが居るのに私なんかが……」

 

「ふむ。 正直な朝潮がそういうならやっぱり由良を旗艦にした方が良いか、正直だから自分の気持ちに嘘なんてつかないだろうしなぁ?」

 

「……改造してもらえれば私も由良さんのように強くなれるでしょうか?」

 

「少なくとも今よりは強くなるだろうね。 搭載できる装備の数も2つから3つになるだろうし、間違いなく戦力としては期待できると思う」

 

 朝潮は少し遠慮しすぎな所がある気がする、正直叢雲くらい自分の意見を言ってくれた方が僕としては助かるのだがこの子にそれを求めるのは厳しいかもしれない。

 

「お、お願いします! この朝潮を旗艦にしてください!」

 

「分かった。 演習の任務を受けてくるから準備して待っておくように」

 

「はいっ!」

 

 それから日課である演習の旗艦を朝潮にしてこなす事になったが、事情を察してくれている由良の視線が妙にこそばゆかった。

 

「駆逐艦としては、かなり良い仕上がりです!」

 

 

 

 

 

 

「朝潮、出ます!」

 

「お土産は高速修復材でよろしく」

 

 この鎮守府も少しずつだが大きくなってきた。金剛や榛名のような戦艦も迎える事が出来たし、赤城やちょっと無理して建造した加賀なんかも迎えてそれなりに順調に海域を解放している。

 

「妹達にもしっかり伝えておきます!」

 

「あぁ、任せたよ」

 

 この頃には朝潮達のような駆逐艦は出撃というよりも遠征任務をこなしてもらう事が多くなっていた。実際先ほどの4人を運用していこうと思えば資材が驚くような速度で減ってしまうという悩みもあった。

 

 正直このペースで進めば他の鎮守府に追いつくのも時間の問題かなと思っていたのだが、そんな甘い考えを打ち砕くような作戦が転がり込んできた。

 

「軽巡を旗艦、水雷戦隊、または駆逐艦のみ……?」

 

「残念ですが、私達は次の海域ではお休みのようですね……」

 

 秘書艦にしていた赤城が残念そうにしていたが、そもそも次の海域で戦艦や空母に出撃してもらうにしても資源が無い。ある意味燃費の良い軽巡や駆逐艦メインの作戦というのはタイミングが良かったのかもしれない。

 

「こっちが水雷戦隊って事は、相手も水雷か……? 雷撃さえ避けられれば……、って戦艦に重巡!?」

 

「これは次は厳しい戦いになりそうですね……」

 

 他の鎮守府からの偵察情報を確認していると目を疑うような内容が書かれており、その日から軽巡と駆逐艦の練度上げを優先させる事になった。

 

「すぐに入渠してきてくれ、無理させてすまない」

 

「大丈夫……、次の作戦には間に合わせます!」

 

 練度を上げてキス島へ出撃、失敗して入渠を行い練度を上げてキス島へ出撃。どれくらい繰り返しただろうか、正直そろそろ駆逐艦の子達に砲撃されてしまうのでは無いかと思える程ハードなスケジュールになっていると思う。

 

 それでも朝潮は何度作戦が失敗しても大丈夫だと言ってくれた。駆逐艦の練度上位の中には時雨や夕立なんかの白露型や初期から居る叢雲なんかを選出したが、この中で文句を言っていたのは叢雲だけだったと思う。

 

「まったく、あいつも何を焦ってるんだか。 最近指示が雑になってると思わない?」

 

 気分転換に執務室から出て鎮守府の中を歩いていると作戦に対する文句が聞こえてきた。なんとなく自分の陰口でも叩かれているんじゃないかと思って咄嗟に身を隠したが声の主が叢雲と分かり、駆逐艦の子達のガス抜きでもしてくれているのだろうと思った。

 

「そんな事無いと思います! 司令官は精一杯頑張っていると思います!」

 

「まったく、あんたはいつだって真面目なのね。 たまには愚痴の1つでも言ってみたらどうなのかしら?」

 

「上官に対して愚痴なんて言えません! む、叢雲さんこそ上官に対して失礼だと思わないんですか!?」

 

「私は良いのよ、この鎮守府ができてからずっとあいつとやって来た仲だもの。 それに嫌な事があれば溜め込まずにどんどん口に出してくれって言ったのはあいつの方よ?」

 

 確かに初めて叢雲と会った時に僕からお願いした事だが、どうにも雲行きが怪しい。上下関係を大切にしていた朝潮は同じ艦種であっても自分よりも早く着任していたらそれ相応の態度を取っていたし、そんな朝潮が叢雲に噛みついていくと言うのは珍しかった。

 

「それでも司令官は雑に指示なんてしていません! いつだって真剣に考えて作戦に臨んでいます!」

 

「じゃあこの結果は何? 真剣に考えた結果キス島で何日足踏みをしているのかしら?」

 

「それは……、私の練度不足で……」

 

「そうね、『私達』の練度不足ね。 あんたはいつも自分1人で抱えすぎるの、そんなんじゃあそこは攻略できない。 だから『私達』全員が今よりもっと強くならなきゃダメなの」

 

 僕はその言葉を聞いて自分が情けなくなった。何度も繰り返していればいつか攻略できるだろうなんて甘い考えがあった事は否定できない。キス島の攻略に失敗しても経験値は入るし練度上げの一環になるなんて考えて少女達の気持ちなんて考えて居なかった。

 

 音を立てないように急いで執務室に戻ると練度上げの計画を真剣に考える、赤城達には申し訳ないがしばらく出撃は我慢してもらう事になるだろうがそれは俺がしっかり説明して納得してもらう。

 

「まずは他の鎮守府から情報を貰えるだけ貰おう。 俺が頭を下げるだけで少女達の頑張りが報われるのなら安いもんだ」

 

 少女達の練度を上げつつ情報を集め装備を整える。途中夕立や時雨が2度目の改造を行う事になったりして他の鎮守府の提督からビビリ過ぎだと笑われたりもしたが、次にキス島へ向かう時は絶対に失敗して欲しく無いと本気で準備してその日を迎えた。

 

「作戦を全うできてよかったです。 これが、朝潮型駆逐艦の力なんです!」

 

「お疲れ様、今日はみんなで祝勝会でも開こうか」

 

 

 

 

 

「少し身長伸びた?」

 

「……。」

 

「分かった、前髪少し切った?」

 

「……。」

 

 少女が何を言って欲しいのかは分かっているのだが、なんとなく照れてしまって言葉にする事ができない。真面目に僕が分かって無いと思っているのか本気で泣きそうな顔になってきたので諦めて言葉にする事にした。

 

「その服良く似合ってるよ。 改二おめでとう」

 

「はい! 今まで以上に艦隊のお役に立てるよう、頑張る覚悟です。 よろしくお願いします!」

 

 ぱっと花が咲いたような笑顔で朝潮は顔を上げてこちらに敬礼をしてくる。横に居る明石がニヤニヤとこちらを見ていたが、後でどうにかして懲らしめてやろうと思う。

 

「あっ、でも朝潮ちゃんって練度85で別兵装にコンバートできたはずだから頑張ってね」

 

「はいっ! 朝潮、精一杯頑張ります!」

 

「85!?」

 

 明石の言葉を聞いて驚く。練度85ともなればこの鎮守府の中でも上位10人に余裕で入れるほどの高練度となる、それをMVPの取りづらい駆逐艦で達成しようとなればどれほどの時間を必要とするのだろうか。

 

「噂だと大規模作戦の序盤は対潜性能の優れた艦が必要となると聞いていますし、終盤は対空性能の優れた艦が必要だとか。 朝潮ちゃんがコンバートできるようになればどちらも優れているって噂ですよ」

 

「ふむ。 うちも大きくなってきたしその辺の準備をしておいた方が良いか……?」

 

「必ずお役に立ちますので、これからもよろしくお願いします!」

 

 他の鎮守府の提督から運の高い駆逐艦を育成するようにと言われていたが、うちにはうちのやり方があるんじゃないかと思った。何よりも本人がやる気になって居るのであれば水を差すのも悪い気がする。

 

「分かった。 朝潮はこれからは空母の護衛として今まで以上に出撃してもらう事になるから覚悟しておくように」

 

「はい! 駆逐艦朝潮、出撃準備をします!」

 

「いやいや!? 今日は出撃の予定無いから! ちょっと落ち着いて!」

 

 艤装を装着しようとしている朝潮を止めようと必死になっていると、明石が大声で僕達を見て笑っていた。絶対にいつか懲らしめる、そう思ったが予想以上に力の強い朝潮を抑えるのに必死になっていた。

 

 

 

 

 

「もう良いか?」

 

「も、もう少しだけ待ってください!」

 

「ふむ、待つのは朝潮の台詞じゃ無かったっけ?」

 

 今日は朝潮の兵装をコンバートする日だったが、いつまで待っても交渉に少女の姿が見えないので仕方が無く駆逐寮へと迎えに来たのだがどうやら寝過ごしてしまったらしい。

 

「お、お待たせしました! 本当に申し訳ありません……」

 

「……謝罪の前に寝ぐせを直すか」

 

 僕の言葉を聞いて朝潮は顔を真っ赤にして必死で手で寝ぐせを直そうとしていたが、思っているより頑固な寝ぐせなのかなかなか思うように直ってくれないようだった。

 

「朝潮の部屋って櫛ある?」

 

「荒潮が持っていたと思います……」

 

「それじゃあちょっと借りるとしようか、今は遠征に行ってるから後でちゃんと借りたって話をするように」

 

「はい……」

 

 なんとなく駆逐艦の子の部屋に入ると言うのは抵抗があったが、中に入るとなんとなく持ち主が分かる多段ベッドや小物入れが几帳面に整頓されていた。その中に荒潮の物と思われる姿見を見つけて、椅子を移動させる。

 

「ほら、座って」

 

「そ、そんな! 司令官にやっていただくなんて申し訳が……」

 

「でも、荒潮の櫛だって言ってたし普段は荒潮にやってもらってるんでしょ?」

 

 僕の質問に朝潮は申し訳なさそうに頷いた。朝潮は出会った時から長い黒髪だったと思うが、改造をしてから少し伸びたような気がする。昔は時々寝ぐせがあるなと思った事もあったが、最近見なくなったのは荒潮が寝ぐせを直していたという事を知った。

 

「女の子の髪に触るのはちょっと気が引けるけど、我慢してね」

 

「我慢ですか? 特に不快だとは感じませんが……」

 

「ふむ。 まだ朝潮には少し早い話だったかもね」

 

 いまいち意味が理解できなかったのか不思議そうな表情をしている朝潮の髪に櫛を通していく。髪に触れたのは初めてだったが、見た目通り綺麗だなと思ったのが素直な感想だった。

 

「罰は必ず受けます……」

 

「別に怒って無いから良いよ。 それよりも昨日は眠れなかった?」

 

「はい……」

 

「そんなにコンバートが楽しみだった?」

 

 朝潮は顔を真っ赤にして俯いてしまう。なんとなく悪戯してみたくなってくる。

 

「寝ぐせ直せないから顔を下げないでくれるかな?」

 

「す、すみませんっ!」

 

 本当はそのままでも寝ぐせを直す事ができたのだが、鏡越しに見える朝潮の顔が見たくて嘘をついてしまった。

 

「もうすぐ、大規模作戦があるんですよね……?」

 

「あぁ、そうだね。 うちの鎮守府にとって初の大規模作戦だ」

 

「今日に備えていつもより早めに布団に入ったのですが、明石さんの言葉を思い出してしまって……」

 

 大規模作戦に備えて僕自身も色々と情報を集めた、序盤では対潜が優秀な艦を、後半では対空の優秀な艦を。それは明石から聞いていた事通りだったし何となくその事を考えれば朝潮の言いたいことも予想できる。

 

「やっと司令官の御恩に答えられると思うと胸が高鳴って眠れなくなってしまいました……」

 

「恩? そんな恩を感じさせるような事した覚えは無いけど?」

 

「演習の時に聞いたのですが、時雨さんや雪風ちゃんみたいな武勲艦の子の練度上げを行っている提督が多いと聞きました……」

 

「彼女達の夜戦カットインは大規模作戦では切り札になるって噂だね」

 

 寝ぐせは完全に直ってしまったが、それでも会話を続けるために優しく花でも愛でるように優しく櫛を通していく。

 

「きっとうちの時雨さんや雪風ちゃんも活躍できるんじゃないかって期待していたと思います。 でも司令官は私の練度上げを優先してくれました……」

 

「そんな事に恩を感じなくても良いよ、うちにはうちのやり方がある。 大規模作戦には朝潮の力が必ず必要になるって僕が思ったからそうしただけなんだからさ」

 

「例えそうだとしても私を優先的に目をかけてくれていたのは事実です」

 

「うーん。 なんて言えば良いかなぁ……」

 

 この子はどれだけ時間が経っても根っこの部分は変わらない。真面目なのは良いと思うのだが、その分周りに遠慮しすぎている所は若干のデメリットな気がする。

 

「朝潮はコンバートを行って対潜対空に優れた艦になると思う。 もし朝潮が僕に恩を感じてるって言うなら1つだけ僕と約束をしようじゃないか」

 

「約束ですか?」

 

「君達がまだ艦の姿だった頃、そのほとんどは潜水艦や空襲で幕を閉じている子が多いのは知ってるかな?」

 

「はい……」

 

 あまりこの手の話題は傷口に塩を塗るようで口にしたくは無いのだがこの子になら僕の本音を話しても良いだろう。

 

「だから、朝潮は手に入れた力でみんなを守って欲しい。 潜水艦や敵の艦載機から味方を守る、必ずみんなで鎮守府に戻ってきて欲しい。 これは命令じゃなく僕との約束だけど、どうかな?」

 

「命令じゃなく約束……」

 

 《こちら大淀です。 工廠にて明石が待っていますので提督と駆逐艦朝潮は速やかに工廠に向かってください》

 

 朝潮の返事を聞く前に鎮守府内の放送から大淀の声が聞こえてくる、そこで僕と朝潮は明石を待たせたままだった事を思い出して慌てて工廠へと向かった。

 

「うん、その服装も良く似合ってる。 次の作戦では期待してるよ」

 

「司令官……、はい! 約束は……、司令官との大切な約束も、必ず守り通す覚悟です!」

 

 

 

 

 

 後10分もしたら朝潮が執務室に到着するだろう、目の前の小さな箱を睨みつけながら僕は少女になんて説明しようか悩んでいる。この箱の中身を渡すなら誰かと考えたが真っ先に少女の顔が思い浮かんでしまった。

 

 本来であれば戦艦や空母に渡して燃費的な意味での運用が理想だとは思ったのだが、なんとなくそういう意味で軽々しく渡して良い物だなんて思えなかった。

 

「失礼します、駆逐艦朝潮到着しました!」

 

「うぉ!? ちょ、ちょっと待ってくれ!?」

 

 後10分あると思っていたのだが、少女が必ず時間より早めに行動するという事を忘れていた。忘れていたというよりはそんな事に気付けない程自分に余裕が無かったというのが正解だと思う。

 

「司令官が待てと言うなら。 この朝潮、ここでいつまででも待つ覚悟です!」

 

「いや、そんなに待たなくても……。 良いよ、入ってくれ」

 

 朝潮は執務室に入ると姿勢を正して僕の次の言葉を待っていた。

 

「その、練度99おめでとう」

 

「ありがとうございます! これからも艦隊のお役に立てるよう、頑張る覚悟です!」

 

「あぁ……、よろしく頼むよ」

 

 普段なら少しくらいの沈黙なら気にもしないのだが、今は数十秒の沈黙であっても何か話さなければと気が焦ってしまう。

 

「提督……、なんですか? こんなところに呼び出して、朝潮と二人っきりで。 あっ……、これは……! 作戦会議ですね!」

 

「いや、今日は作戦とかそういうのじゃなくてだな。 大事な話があるんだ」

 

 朝潮なら改造や強化の一環だと話せば恐らく嫌な顔一つせずに受け取ってくれるとは思う。しかしそれはなんだか僕の中で納得できない。

 

「その……、本当に作戦会議じゃ無いのですか……?」

 

「あぁ、作戦会議じゃない」

 

「提督は私の初出撃の時の事を覚えていますか……?」

 

「うん。 目的の海域から逸れてるのに自信満々に作戦を全うしたって報告してきたよね」

 

 そこまで言葉にする必要は無かったのか朝潮は顔を真っ赤にして僕を睨んできた。随分長い時間一緒に過ごして来たせいか、昔に比べれば随分と感情が豊かになったというか年相応の反応を見せてくれるようになったと思う。

 

「その時は本当に恥ずかしいと思い、2度と同じ過ちを繰り返さないように頑張ってきました」

 

「そ、そんなに恥ずかしかったのか……」

 

「はい。 そのっ……」

 

 朝潮は必死で言葉を探しているのか、執務室の中に視線を泳がしているようだったが。僕は僕でもしかしたら朝潮もこれから何が起きるのかある程度予想できているのじゃないかと緊張してきた。

 

「埒が明かないな。 覚悟を決めるしか無いか……」

 

「は、はいっ!」

 

「これから少しの間だけ僕の事を上官だと思わず1人の男だと思って欲しい。 だから命令とかでは無いし、嫌な事は嫌だと断っても良い」

 

「そ、そんな事できません!」

 

 真面目過ぎる事がここに来て再び大きな壁になってしまうとは思わなかった。それでも覚悟を決めた以上は僕の気持ちを朝潮に伝えるべきだろう。

 

「僕は朝潮の事が好きだ。 だからこの指輪を受け取って欲しい───。


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