小さな鎮守府の小さな物語   作:湊音

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未定

「この子だな」

 

 そう言って火の点いてない煙草を咥えた男は写真の張り付けられた一枚の紙を少女に手渡す。

 

「えっ。 もう少し真面目に選んだ方が良くない?」

 

「俺はいつだって真面目さ、この子はきっと10年。 いや、5~6年もしたらきっと良い女になるだろうよ」

 

「提督さんって艦娘の選考はいつもそんな選び方なの……?」

 

 男と少女は崩れそうな程山積みになった書類を挟んで向かい合うようにして書類に目を通していたが、理解し辛い男の発言を聞いて少女は戸惑っているようだった。

 

「あぁ。 それ以外に何を考える必要がある? 家柄か? 賞の数か? そんなの無意味だって瑞鶴も分かってるだろ」

 

「それはまぁ、そうかもしれないけど……。 でも、もう少し何か共通点とかそういうのって無いの?」

 

「艦種によってある程度年齢で分ける事はできると思うが、それ以外はさっぱりだな。 この前拾ったコアは駆逐艦の物らしいし、年齢的にもこの子で問題無いだろ」

 

 2人が行っていたのは艦娘となる少女の選考だった。一見この男の発言はあまりにも適当な物に聞こえるかもしれないが、本来であれば数十人の候補の中から長い時間をかけて候補者を選別する事が一般的なのだが、不思議とこの男の選んだ少女の8割以上は適正有りと言う実績があり、瑞鶴と呼ばれた少女はそれ以上何も言う事ができなかった。

 

「もしかして私を選んだ時もその……、同じような感じだったの?」

 

「いや。 瑞鶴の時はクジ引きだったな」

 

「あったまきた! 爆撃されたいの!?」

 

「そうカッカするなよ。 冗談に決まってるだろ」

 

 机に立てかけていた弓を持って立ち上がった瑞鶴を男は笑いながら宥める。

 

「場所は……、思ったより近いな。 車を出すから着替えて来いよ、迎えに行くぞ」

 

「えっ、うん。 私もついて行って良いの?」

 

「この後用事でもあるのか?」

 

「無いかな? じゃあ着替えてくるから待っててね!」

 

 そう言って2人は目的の少女を迎えに行くために各自準備を行う。男は業務中という事もあり着崩した白い軍服を正すだけで良かったのだが、瑞鶴の方は久しぶりの外出という事もあり30分近く着ていく服に悩んでいた。

 

「この前買ったやつか、まだ冷えるだろうし風邪を引くなよ?」

 

「大丈夫! 海の上に比べれば陸の上なんて余裕余裕……、へくちっ!」

 

「全く説得力無いな」

 

 そう言って男は車の後部座席に積んであったマフラーを取り出すと瑞鶴の首に巻き付けた。久しぶりの外出と優しくされたという事が嬉しかったのか、瑞鶴は緩んだ口元を隠すようにマフラーを鼻のあたりまで上げたが、その瞬間眉に皺を寄せる。

 

「……提督さん? この匂いって女の人用の香水の匂いだよね?」

 

「今度飯に連れて行ってやるから黙っててくれ……」

 

 この男は提督という本来であれば人の上に立ち見本となるべき役職についていたが、数多くの女性問題で何度も上層部から指導を受けていた。本人曰くやるべきことをやっているのだからプライベートくらいは好きにさせて欲しいと言っていたが、つい1週間前にも問題を起こして鎮守府に所属する艦娘達から女遊び禁止令が出たばかりだった。

 

「まっ、別に良いけどねー」

 

「出発するからさっさと乗れ、できれば夕方までには帰りたい」

 

「何か用事があるの?」

 

「民生企業のお偉いさんと会食する事になってる、上手く行けば技術提供なんかをしてもらえるって所だな」

 

 この男にとっては技術提供よりも企業の受付を行っている女性が目的だったのだが、それを知らない瑞鶴は真面目にやっているんだなと少しだけ男を見直したようだった。

 

「今回見つけたコアって駆逐艦ってのは聞いてるけど、艦名なんかは分からないの?」

 

「まだ確実って訳じゃないが、明石や夕張の話だと秋月型かもしれないって話は聞いたな」

 

 全く車通りの無い道路を法定速度ギリギリの速度で進む。瑞鶴は初めのうちは窓を開けて風を楽しんでいるようだったが、すぐに寒くなったのか窓を閉めて暖房のスイッチを入れた。

 

「……そっか、秋月型なんだ」

 

「知り合いでも居るのか?」

 

「んー、ちょっとだけ一緒に行動した子が居るくらいかな」

 

「会いたくないのか?」

 

「……あの頃の私は少しだけ嫌な感じだったかもだし、向こうが嫌がるかも」

 

 男はこれ以上踏み込むべきでは無いと察したのか、ラジオの周波数を変えるとなんとなく万人受けしそうな曲を見つけてボリュームを上げた。

 

「思ったより山の中なんだね」

 

「そりゃあ、今のご時世海岸沿いに住もうなんて自殺願望者以外居ないだろ」

 

 深海棲艦との闘いが続くにつれ、人は海から離れ内陸部を好むようになった。以前までは田舎と馬鹿にされて売れ残っていた土地が今じゃ数十倍の価値があるのだから一部の人間は深海棲艦のおかげで富裕層になったという話もある。

 

「……あの子だよね?」

 

「あぁ、そうだな」

 

 車を砂利が敷いてある広場に停めると、有刺鉄線の張られた柵から中の様子を伺う。柵の中ではまだ小学校に通っていても良い程小さな子供から、中学校に通う程度の子供が4~5人のグループで遊んでいた。

 

「何してるのかな?」

 

「何もしていないんじゃないかな」

 

 そんな中目的の少女は何をしている訳でも無く、古びたベンチに座って視線を落としていた。

 

「俺は話をつけてくるから、瑞鶴は適当にあの子と話でもしてくると良い」

 

「はーい。 でも、何を話せば良いのかな?」

 

「そんなの自分で考えろ」

 

 それだけ言って男は歩いて行く。仕方が無く瑞鶴も男の後に続き、施設の中に入ると古びたベンチに腰掛ける事にした。

 

「こんにちは」

 

 瑞鶴はなるべく自然な笑顔を心がけて少女に挨拶をしたが、少女は1度瑞鶴の顔を見ただけで返事はせず再び視線を落とす。

 

「な、何してるのかな? お友達と遊ばないの?」

 

「……誰ですか?」

 

「えっ、えーと。 怪しい人じゃないから安心して?」

 

 誰かと聞かれて瑞鶴は戸惑ってしまった、自分は正規空母瑞鶴だと言ってしまえば意味が分からないだろうし、基本的に艦娘だという事は極秘と言う訳では無いが自分から言いふらすものでもない。外出に慣れた子なんかは適当に誤魔化すための名前を持っていたが、生憎瑞鶴にはそういった準備はしていなかった。

 

「……海の匂いがする」

 

「お、お姉さんは海の近くに住んでるからじゃないかな? あなたは海は好きなの?」

 

「嫌い」

 

「どうして? お魚もいっぱいいるし、太陽の光を反射してキラキラ綺麗だよ?」

 

「アイツ等が居るから……。 お父さんもお母さんもみんなアイツ等のせいで……」

 

 瑞鶴はその言葉を聞いて奥歯を噛み締める。ここが孤児院であるという事は知っていたし、もしかしたらそういう可能性もあるという事は頭の片隅にはあったが、こうして目の前に深海棲艦の被害を受けた人が居るという現実に瑞鶴は苛立ちを感じた。

 

「そっか、あなたもお姉ちゃんと同じだね」

 

「お姉ちゃんも……?」

 

「うん、私の住んでた家もアイツ等に燃やされちゃったって聞いた。 私は気が付いたら1人だけ病院だったから詳しい事は分かんないけどね」

 

「そうなんだ……」

 

 別に同じ境遇だから仲間意識を持たせたいなんて考えていた訳では無いが、瑞鶴にとっては自分1人だけがこの世界で1番の不幸なんだという表情をした少女の姿がいつかの自分と重なって嫌だと思ったからこその発言だった。

 

『駆逐艦!? 戦艦や空母になれそうな子は居ないんですか!?』

 

 瑞鶴が次に何を話そうかと悩んでいると、建物の中から騒がしい声が聞こえてきた。何やら男と施設の人間でもめているようだったが、この手のいざこざは多いと鎮守府の先輩達から聞いたことがあった。

 

「戦艦や空母は男の子達が持ってた本で読んだけど、駆逐艦って何でしょうか? お姉さんは知ってる?」

 

「うーん。 戦艦や空母と比べればすごく小さな艦かな、大きな鉄砲も積めないし、飛行機を飛ばす事もできないかな」

 

 今の日本には孤児院が数多く存在する。深海棲艦により孤児が増えたというのもあるが、1番の理由は『金』になるからだった。艦娘に選ばれた少女が居れば軍からそれなりの謝礼を支払われる事になっていたし、それが戦艦や空母のような第一線での活躍を期待されるような艦種であればそれ相応の金額になる。

 

「そっか、弱い船なんだね」

 

「それは違うかな。 お姉さんは世界で1番頼れるかっこいい艦だって思ってる、自分より大きな敵が居ても立ち向かって行くし、仲間のためならどんな逆境でも頑張れる。 それがお姉さんの知ってる駆逐艦って艦かな」

 

「……すごい。 私と正反対、男の子にはいじめられるし大人の人は怖くて仕方が無いもの」

 

 あなたにはその艦娘になる素質がある、瑞鶴はそう言いかけたが100%なれるという確証は無い為ぐっと堪える。軽々しく言ってしまえばその時は救いになるかもしれないが、そうじゃなかった場合の落差が大きくなってしまう。

 

「おい、瑞鶴。 帰るぞ」

 

「もう話は良いの?」

 

「あぁ、話はつけた。 ぎゃーぎゃー騒ぎやがるから通常の倍の金額を払うって言ってやった」

 

「……提督さんも相変わらず馬鹿だね」

 

 軍から支払われる謝礼はどんな事情があっても一定だった。それは不平不満や差別が起きないようにするための決まりなのだが、それを超える金額を支払うという事はこの男は自腹を切るという事だった。

 

「おじさん……、誰?」

 

「おじさんじゃなく、お兄さんな? お兄さんは君を迎えに来たんだ」

 

「いや、提督さんってもう30近く無かったっけ……?」

 

「あぁ、今年で30になる。 だからってお兄さんじゃなくなる訳じゃないだろ?」

 

 呆れたような表情で男の事を鼻で笑った瑞鶴が面白かったのか、少女はそれに釣られるようにして少しだけ口元を緩ませる。

 

「じゃあ行こうか、荷物はあまり多くは持ち込めないが何か持っていきたい物とかあるかな?」

 

「無い……、です」

 

「そうか。 着る物なんかは帰りに買ってくとして、細かい事はそこのお姉さんに相談すると良い」

 

「えっ? 私? 同じ艦種の子が面倒見るんじゃないの?」

 

 基本的に瑞鶴の所属している鎮守府では同型の艦種が部屋先輩として同じ部屋で寝食を共にして細かいルールなんかを教えるという仕組みがあった、この子が秋月型かもしれないとなれば同じ駆逐艦の子が面倒を見ると思っていたようだったが、男の言葉を聞く限り瑞鶴がその担当になるようだった。

 

「仲良さそうだったじゃないか、不満なのか?」

 

「この子が嫌じゃ無ければ別に良いけど……?」

 

「嫌じゃ、無いです。 もっとお姉さんとお話してみたいです……」

 

「決まりだな」

 

 この男がどこまで考えて少女の面倒を見る相手を瑞鶴にしたのかは本人にしか分からない。もしかしたら何も考えて居なかったのかも知れないし、この男にしか分からない何か深い理由があったのかもしれない。それが分かるのは少女が正式に『駆逐艦 秋月』として生まれ変わってからだった───。




まさかの1話打ち切りなのじゃよ。
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