「ねぇ大井っち?」
私は口の中に入った海水を吐き出すと痛む身体に鞭を打って視線を上げる。
「これは大井っちのための助言なんだけどさぁ、艦娘辞めたほうがいいんじゃない?」
始めから錬度に差がある事は分かっていたが、ここまで一方的な結果になるとは思っていなかった。私にだって北上さんが雷巡ということを考えて魚雷にさえ気をつけていればと考えていたのがそもそもの間違いだった。
「大井っちなら分かるよね? 私まだこれを使ってないんだけど?」
北上さんは魚雷発射管を撫でると私に視線を落としてきた。
「どうする? 辞めるなら私からも提督に伝えておいてあげるけど?」
「辞めません……」
「そっか、じゃあ続きやるからさっさと立ってくれるかな?」
辞めないというのは私自身の意地もあったけれど、北上さんが何を考えているのかを理解するためにも1秒でも長く彼女と向かい合う必要があると感じたからだった。
「どうしてですか……?」
「何が?」
「言いたい事があるのならはっきりと言ってください。 こんな陰湿なやり方は北上さんらしくありません……!」
「私らしく? 大井っちも面白いこと言うねぇ、私らしくって一体何?」
私はゆっくりと立ち上がって北上さんの言葉の意味を考える。私にとって北上さんは強くて美しくて可憐で可愛くて、言葉で言い表すことのできない存在ではあるのだけれど、彼女が求めているのはそう言った意味の回答では無いのだろう。
「あぁ、ごめん。 やっぱりどうでも良いや、それより大井っちこそどうなのさ」
「私ですか……?」
北上さんが単装砲を構えるのを見て私も同じように構える。
「大井っちは少し前に建造されたばかりだよね? 私とはこの前会ったばかり、なのにどうして私に固執するの?」
「それは……。 私が大井だからです……」
「分かってるじゃん、その気持ちはあんたの物じゃないの」
北上さんの単装砲から放たれた弾が顔の横を通り過ぎて行く。私は之字運動を繰り返しながら距離を取って回避に徹するが、少し距離を取った北上さんが膝を落とすのが見えてあわてて距離を詰める。
魚雷の基本は何処かの死にたがり軽巡を除いては狙いを定めると言うよりは放射状にバラまくと言った運用方法を取ることが多い。それが並みの駆逐艦や軽巡ならこのまま距離を取って通過するのを祈るといった手を取るのもありだと思ったが、40門の酸素魚雷を搭載している彼女にその常識は当てはまらない。
「やらせませんっ……!」
この場面で私が取れる対策は2つだった。距離を詰め側面に回りこむことでそもそも放射線状の範囲から抜け出すこと、当たっても致命傷になるかは分からないけど少しでも発射までの時間を稼ぐための威嚇射撃。
「えっ?」
胸に鋭い痛みを感じて私の視界には空が映る。
「魚雷を警戒するのも良いけどさ、雷巡だからって砲撃を甘く見るのもどうかねぇ」
「北上さんの魚雷に当たるよりはマシですよね……?」
魚雷を発射する仕草を取ったのは私を釣るためのブラフだった。慌てて距離を詰めるために之字運動をやめた私を狙う、シンプルだけどそのまま回避行動を繰り返すのであれば魚雷を発射してしまうだけという半ば私にとっては詰みとも言える作戦だったと思う。
「流石は北上さんで……すっ!?」
仰向けになった私の腹部を北上さんが踏みつける。艤装をつけている限りは浮力を与えられているが、こうして他から力を加えられてしまえば私の身体は僅かにだが海に沈んでしまう。
「同じ顔、同じ声、同じ仕草。 いい加減うざいよ。 艦娘を辞めろって言ったけど、正直に言うと私の前から消えてくれないかな?」
上からの押さえつける力が緩み私は再び浮上すると、海水を飲み込んだせいか咽てしまう。
「同じ……?」
「そのままじゃ『また』沈むだけだよ……」
同じとはどういう意味なのか、またとはどういう事なのか。それを聞きたいのだけれど、私の身体は再び北上さんによって海へと沈む。呼吸ができなくて苦しい、喉は海水にやられ焼かれているのでは無いかと思えるほど痛む。
「大井っちが艦娘を辞めるって約束してくれれば辞めてあげるよ?」
返事を聞くためなのか北上さんは私を浮上させると顔を覗いてくる。その表情は何処か頼りなくて、泣きそうで、寂しそうで。
「辞めません……」
その言葉を告げると私は再び海の中へと戻ることになる。酸欠で意識が朦朧としてきたせいか手足には力が入らず、このまま本当に沈んでしまうのでは無いかという恐怖が脳裏に浮かんでくる。
「もう1度聞くけど、どうする?」
「辞めませんよ……」
私が艦娘を辞めれば北上さんが1人になってしまう、何故だか分からないけどそんな気がした。何度沈められても私は北上さんの顔から視線を外さない。どうしてそんな泣きそうな顔をしているの?何がそんなに悲しいの?薄れ行く意識の中でそんな事を考えていた。
「いい加減にするクマ」
「……まったく、木曾は相変わらずいう事を聞かないなぁ」
何度目かの浮上をした私の目に映ったのは球磨姉ぇの姿だった。少し離れた場所には多摩姉ぇや木曾の姿が見えるし、大方何か問題が起こる前にと木曾が呼びにいったのだろう。
「球磨姉ぇたちも演習に参加する?」
「これのどこが演習クマ。 球磨には陰湿ないじめにしか見えないクマ」
「球磨姉ぇには珍しく逃げるの?」
「確かに売られた喧嘩は絶対買えって教えたのは球磨だクマ。 だけど、これは喧嘩じゃなくただの八つ当たりだクマ、それは北上が1番分かってると思うクマ」
球磨姉ぇは単装砲を構えた北上さんを無視して私に近づくと、乱暴に掴み上げて私を肩に担いでくれた。
呼吸ができるという安心と、沈むことが無いという2つの安心から気が緩んだのか私の記憶はそこで途切れてしまった───。