という事でリハビリついでに…
「これで傷の手当は終わりクマ。 それじゃあちょっと行ってくるから、木曽は大井を見ててやるクマ」
「行くって何処に行くんだよ……」
目の前は真っ暗だが誰かの話し声が聞こえる。何か顔の上に冷たいものが置かれているようだが、球磨姉ぇが濡らしたタオルでも乗せてくれているのだろう。
「球磨はお前たちのお姉ちゃんだクマ、妹が道を踏み外そうとしたら訂正してやるのもお姉ちゃんの仕事クマ」
諭すようにして流していたが北上さんの『逃げる』と表現した言葉に内心は頭にきていたのだろうか、球磨姉ぇはいつもの何処か抜けた話し方ではなく棘のある話し方だった。
「お、おい! 待てって!」
乱暴に扉が閉められる音が聞こえてきて私の傍で誰かが立ち上がる音がしたが、様子を伺おうと上半身を起こしたくても気だるさで身体がいう事を聞かない。
「止めなくても良いにゃ。 誰かがやらなければならない事にゃ」
「それでも提督に事情を説明するとか他に方法があるだろ!」
「……確かに提督にも責任はあるにゃ。 でも今はまだ球磨型の問題にゃ、お互い本気で沈めるつもりなんて無いだろうし提督に伝えるのはもう少し様子を見てからでも良いにゃ」
「……ぁ」
声を出してみようと思ったが海水を飲みすぎていたのか喉が痛み上手く声が出せない。
「大井姉ぇ目が覚めたのか!」
「先に水を飲ませるにゃ。 『いつも』辛いものばかり食べてた大井でも海の水は流石に身体に悪いにゃ」
木曾の右手が私の背中を支えてくれた事でようやく上半身を起こすことができる。多摩姉ぇが用意してくれたグラスからゆっくりと水を飲むと何度か声を出してみて喉の様子を確かめる。
「多摩姉ぇと木曾に聞きたいことがあるの」
「なんだ?」
「……嫌にゃ」
多摩姉ぇは私が何を聞きたいのか察したようだが、木曾はそれに気付いていないようだった。相変わらず見た目ばかり大きくなって内面では何処か抜けているなと思った。
「単刀直入に聞くわね。 私の前にこの鎮守府には『大井』が居たのよね?」
「……な、何のことだか分からないな」
「嘘を付くのは相変わらず下手ね、そうやって嘘をつくときに口元を隠すのは悪い癖だって前の私に言われなかった?」
木曾は慌てて口元を隠していた左手を下ろすとわざとらしく自分の腰に移動させる。
「やっぱりそうなのね。 やっと北上さんの言ってた言葉の意味が分かった気がする」
「大井がここでの生活に慣れてきたら話すつもりだったにゃ」
「あ、あぁ。 北上姉ぇ以外はみんなそれで納得してたんだけどな……」
別にそんな事私たちが艦娘である以上珍しい話では無いと思う。頭ではそう割り切れているのだが、実際に私が姉さん達や木曾の立場だったら同じように割り切れたのだろうか。
「北上さんが『また沈む』って言ってたって事は、前の私は沈んだのよね」
「そうにゃ」
「そう、私は『また』北上さんを残して行ってしまったのね」
1度目はシンガポールに向かう途中だった、敵の潜水艦の放った魚雷を2発受けて機関室が破損。敷波に曳航してもらっては居たのだが私は艦尾から沈んで行ってしまった。
「……大井姉ぇが庇わなければ轟沈してたのは北上姉ぇだった。 なのに北上姉ぇのあの態度は無いだろ!!」
「木曾、余計なことは言わなくて良いにゃ」
「私は北上さんを庇って沈んだの?」
多摩姉ぇに木曾の言葉は遮られたが、どうやら2度目の私は北上さんを守ることができたらしい。それだけは前の私に賞賛を送りたい。
「少し眠るわ。 午後の演習には参加したいから、時間になったら起こして頂戴」
「そ、その身体じゃ無理だって……」
「分かったにゃ、提督には多摩が言っておくから5連戦を楽しみにしながら寝ると良いにゃ」
私は支えてくれていた木曽の手を払ってベッドに身体を預ける、北上さんの錬度を考えれば前の私もそれなりに錬度が高かったのだと思う。きっと北上さんは今の私が何を言ったっていう事を聞いてくれない。
「私だって球磨型なのよ。 このまま黙って終われる訳無いじゃない……」
売られた喧嘩は絶対買えって考え方は私も嫌いじゃない、私が嫌いじゃないという事は前の私だってその考えには納得しているのだと思う。それなら海の底に居る私に私は喧嘩を売ってやろうと思う。
私は私、北上さんの傍に居たいって思う気持ちは私の物。 例え北上さんでも海の底に居る私でもその気持ちの邪魔をさせない───。
「あら、久しぶりに演習に駆り出されたと思えばそういう事ですか♪」
「……よろしく頼むわね」
多摩姉ぇが上手く取り計らってくれたのか、私は午後の演習には旗艦として演習に参加できる事になっていた。僚艦にこの子が居るという事は私の錬度上げを提督も了承してくれたという事なのだが、なんだか気まずい。
「うふふ♪ 練習巡洋艦鹿島、精一杯サポートしますのでよろしくお願いしますね♪」
「アンタのその態度って前の私にうざがられて無かった?」
「えぇ、それは勿論! いつももっとシャキっとしろって怒られてました♪ って、あれ? 前の大井先輩については機密にすると聞いていましたが?」
「もう良いのよ。 事情は分かったし私もそんな事で取り乱す程軟じゃ無いわよ」
正直に言ってしまえばこの子は苦手なのだが、私の錬度上げにつき合わせている以上は無下にする訳には行かない。
「それじゃ行きましょうか♪」
「なんだか楽しそうね」
「私が着任した時には大井先輩はもう演習に出る必要が無いくらい高錬度でしたから! あれ? この場合は大井先輩だけど私の後輩とか教え子になるのでしょうか?」
「何でも良いわよ」
私もこの子と同じように練習巡洋艦として活動していた時期もあるけど、私が現場に出るようになってから規則だとか風紀だとか変わってしまったのだろうか?
「江田島ってアンタの時代ってどうだったの?」
「安心してください! 大井先輩の期待に精一杯応えられるように頑張りますので♪」
その後の演習自体は無事に終わったと思う。私の錬度が低いのが原因と言うのもあるとは思うけど、予想以上に彼女の指導は厳しかったというのが素直な感想だった。
「おかえりにゃ。 鹿島も忙しいところ悪かったにゃ」
「いえいえ! 私も久しぶりに演習に参加できて嬉しかったですし、オロオロする大井先輩を見られたのはとても新鮮でした♪」
「……もう支えなくて良いわよ。 床でも良いからさっさと降ろして」
なんというかとても恥ずかしい。足は生まれたての小鹿のように震えるしニコニコしながら私の肩を支えてくれている鹿島の手を払う体力すら残ってない自分が情けない。それに結局私は多摩姉ぇと鹿島の2人に支えられながらベッドに腰掛ける所まで面倒を見られてしまった。
「それじゃあ明日は0700から午前の演習を行いますので、その時に迎えに来ますね♪」
「迎えに来なくても1人で行けるわよ……」
私の言葉が聞こえたのか聞こえていなかったのか分からないけど、鹿島はスキップでも始めるのではないかと思えるほどのテンションで歩いて行ってしまった。
「そういえば球磨姉ぇと木曾は?」
「木曾は出撃してるにゃ。 球磨姉ぇは入渠中にゃ」
「入渠……」
やはりあの後球磨姉ぇと北上さんとでいざこざがあったのだろうか。演習という名目上実弾は使用していないとは思うのだけど、あの2人ならもしかしてという事が考えられる。
「ちなみに北上も入渠中にゃ」
「何があったのか聞いても良いかしら……?」
「北上の方が錬度も高いし序盤は割りと北上優勢だったにゃ、でもお互いに弾も魚雷も切れてからは球磨の優勢だったにゃ」
これが正式な演習なら北上さんの勝ちって事で終わったのだとは思うけど、多摩姉ぇのどこか意地の悪さを感じさせる笑い方を見る限り一筋縄では終わらなかったのだろう。
「やっぱり球磨は素手だと球磨型で1番強いにゃ。 実は前の大井も1度球磨に殴られて入渠した事があるにゃ」
「呆れて言葉が出ないわよ……」
「それと大井も北上にだらしない姿を見せたくなければさっさと着替えてくるにゃ。 引き摺ってでも北上を連れて来るって言ってたから今日の晩御飯は久しぶりに全員で食べれるにゃ───。