目の前で不知火の体がゆっくりと床に吸い込まれるように崩れて行く。考えるよりも先に手を伸ばした私の背中を引いたのは黒潮だった。
「あかんって! 陽炎はうちらのリーダーなんやから我慢して!」
「でも不知火がっ!!」
振り向いた時に見えた黒潮の表情を見て私は黙ってしまう。
「……ごめん。 取り乱してた」
「気にせんでええよ、ウチだって陽炎が行かんかったら飛び出してたと思う」
悔しいのは黒潮だって同じだった。私たち駆逐艦は決して仲間を見捨てることはできない、それが姉妹艦となればなお更だろう。
「ここに留まるのはまずいかな、場所を変えよっか」
「あんまり気にしちゃあかんで、怒りは標準を狂わせるって神通さんにも言われたやろ?」
「うん、大丈夫」
私は振り向かない。もし振り向いて横たわった不知火を見てしまえば自分の感情を抑えることをできないと理解していた。
「他の子たちは無事なのかな」
「どうやろうね、ここにやってくる敵の数を考えれば頑張ってくれてるとは思うけど」
「私たちも頑張らないと散っていった子たちに顔向けができないよね……!」
「その意気や、気持ちを切り替えたら次は索敵!」
私が知っている限り不知火を入れて既に4隻はやられてしまっている。敵の数は13隻、こちらは戦闘開始時点では17隻居たはずだからこちらは数の有利を失ってしまった事になる。
「でも不知火が落ちたのは痛いなぁ……」
「数の有利を活かしきれなかった私の落ち度だと思う」
私たちが考えた作戦は戦闘開始と同時に相手を方位、一斉攻撃で数を減らし即時撤退。その後は常に数の有利を活かして複数対一の構図を繰り返すという作戦だった。
「でもおかしいのよね。 どう考えても私たちの作戦が向こうにバレてたとしか思えない」
「……スパイが居るって事?」
「そうとしか考えられないかな」
戦闘開始と共に突撃したがそこに目標は発見できず、それどころか唖然としている私たちを逆に方位するようにして敵は襲い掛かってきた。まるで私たちの作戦を知っていてその逆を突かれたと考えても良いくらい上手くやられてしまった。
「───こー見えて、この谷風はすばしっこいんだよ? 当たる気がしないね!」
谷風の声が聞こえて私と黒潮はとっさに身を隠す。
「どう思う?」
「谷風じゃちょっと厳しいかもしれんなぁ……」
「援護は?」
「たぶん読まれてる気がする、向こう見てみぃ」
少しだけ顔を出して谷風の様子を確認すると、進行方向に敵影が見える。谷風の先行方向を考えればこのままでは待ち伏せされる形になってしまう。
「このままじゃ谷風が!」
「我慢や、我慢せなあかんで……」
黒潮は私の肩を強く掴むとゆっくりと首を振る。
「───かぁーっ、華麗に避けたと思ったけど、仕方ねぇ!」
私は奥歯を噛み締めて堪える。
「旗艦さえ落とせばウチらの勝ちやから……、その時までじっと堪えてや……」
「分かってる、妹たちの帰る場所をだよね……」
本音を言ってしまえば私だってみんなと一緒に突撃して一緒に散ってしまいたい。1人だけ生き残るなんて自分の考えに反しているし、長女として恥ずべき行為だと思っている。
「……向こうってそんな悪いんかなぁ?」
「ちょっと黒潮!?」
「ごめん、ちぃーとばかし弱気になっとった」
黒潮も私と同じ気持ちなのだろうか。私たちは互いの目をじっと見ると視線をゆっくり動かして頷く。
「攻撃よ、攻撃!」
「当たってえなー!」
壁の向こうに隠れている相手に向かって握り締めた『豆』を放り投げる。
「はん! こんなの被弾の内に入らないけど!」
「やっぱり!! 誰かに見られてると思ったら秋雲じゃない!!」
「あかんでー? ルールは『豆が身体に当たったら被弾』なんやから、兆弾だとしても被弾は被弾やでー?」
「えっ、まじ……?」
私と黒潮は秋雲をロープで縛ると親指で豆を弾く。
「で、何で買収されたのかしら?」
「……な、何のことでしょう?」
「乱暴な事はしたくないんやけどなぁ」
「……来年も売り子してもらえる~みたいな?」
私は思いっきり秋雲の頭頂部に手刀を振り下ろす。
「い゛っだぁぁぁ!!」
「さて、スパイも処罰したしここから本番ね」
「いやぁ、夕雲の事やから何かしてくるとは思ってたけど買収してくるとわ……」
これはこの鎮守府で1年に1度行われる『豆まき』大会。
まずは駆逐艦同士での『寮』をかけた戦いが行われ、勝ったチームから順に住む寮を選んで行くのだが今年は人数の拡張に伴い新しい寮ができた事もあり例年よりも盛り上がっている。
「でも勝ったチームってこの後いつものあれよね……?」
「今年も神通さんが立候補したって聞いたけど……」
勝ったチームは例年と同じく『軽巡』の方達に豆をぶつける事になる、当てても自分たちにメリットは無いのだけど当てることができなかった場合『特別訓練』があるというのだから全くのデメリットしか無かった。
「……私実は今の寮結構気に入ってるのよね」
「奇遇やね、ウチもそう思ってた所なんよ」
旗艦がやられたら負けというルールである以上私は隠れておくべきだったのだが、正直どっちでも良いのではないかと思えてきた。
「よしっ! 行くわよ黒潮!!」
「任せときっ! 突撃や突撃ー!!」
負けるのは正直気に入らない、でも勝っても辛い思いをするのであれば『より楽しんだ』方が勝者になるのではないだろうか。私は黒潮と共に窓から飛び出すと思いっきり握り締めた豆を放り投げた───。