フェンリルが街の中を歩いていくと1人の少年が駆け寄ってきた。
直ぐにそれがゼロであると分かった。
面影が残っているのだ。
「マオ?あんまり遠くに行っちゃダメでしょ?」
「ごめんよ母さん!」
「お父さん遅いわね?お城に呼び出されたみたいだけど何かあったのかしら?」
仲良さげな親子は家へと帰っていく。
マオと呼ばれたゼロに似た少年は母親と手を繋いで幸せそうだ。
(ゼロ…じゃなかったのかな?)
そんな事を思いながら、2人を見つめていると家からさらに1人の少女が顔を出した。
「マオ!心配したんだよ?」
「姉さん!ごめんね?」
どうやら姉のようだ。
どことなく目元が似ているように思う。
姉妹がいたのか。
家へと入ろうとしたその時、大きな声が村に響き渡った。
その声に全員が注目すると兵士が1人のボロボロな男を地面に投げ捨てる。
「あなた!!」
その人物はマオの父親のようだ。
駆け寄る母親は一体何があったのか尋ねると、兵士は母親を殴り他の兵士が拘束する。
「お前らには魔王を匿ったという疑いがかけられてる。この村にも疑いは掛かっている!」
「そんな!嘘です!!そんな事あるわけありません!!」
「それはこちらが判断する。連れていけ。」
そう言って無理やり引き摺られていく父親と抵抗する母親は兵士に連行されていく。
マオは呼び止め追いかけようとするが、姉に止められその場で泣き崩れた。
優しく宥める姉も必死に堪えてはいるが今にも泣きそうだ。
村人はこれ以上被害が自分達にいかないよう見知らぬ振りだ。
フェンリルもマオに駆け寄ろうとして景色が変わった。
目の前には磔にされた、見るも無残な姿に痛めつけられたあの優しそうな母親と既に虫の息の父親、
磔にされた2人の足元に火が放たれ炎が2人を包む。
母親の目は狂気に染まりフェンリルを見下ろしている。
あまりにもおぞましいその姿に恐怖が全身に駆け巡る。
「お前なんて産まなければ良かった!!この疫病神め!!死ね!死んでしまえ!!なんでアンタが死なないのよ!!」
その言葉にフェンリルの顔が青ざめる。
ふと後ろを振り向くと唖然としているマオと、
「だめ!聞いちゃだめよマオ!お願いしっかりして!」
必死に宥める姉の姿。
自分の親にあそこまでの憎悪を向けられ罵声を浴びせられた少年は、震えながらただただ目の前の光景から目を離せずにいた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
少年の絶叫と慟哭が響き渡ると、また風景が変わった。
今度は村が日に包まれていく。
そして次々と兵士に殺されていく。
「なんで俺達が!」
「あの兄弟のせいだ!」
「ガキどものせいだ!」
「絶対許さない!」
「この恨み末代まで呪ってやる!!」
村人はさんざんマオとその姉へと恨み節を言って死んでいく。
その中を2人の子供たちは駆け抜け逃げている。
もちろん追いかける兵士たち。
その進行方向にフェンリルは立ち塞がる。
「もうやめるんだ!彼らは何もしていない!」
速度を落とさない兵士の1人に掴みかかろうとして、フェンリルの身体はすり抜けて地面に倒れる。
驚きながら振り返ると、5年前の戦争が始まったあの時を思い出す。
まるであの時と同じ光景だ。
「酷い…なんでこんなことに…」
「これが人間の業なのですよ。」
久しぶりにも感じる聞きなれた伏せていた顔を上げるとホロウが険しい顔つきで見つめている。
「理不尽を突きつけ、人に罪を擦り付け、怒りを他人に叩きつける。全くもって度し難い生物ですよ。」
「これは…ゼロの過去なの?」
「えぇ。ですがまだまだ続きますよ?彼が平穏を手に出来るのはあの村にたどり着いた時なのです。」
そう言って景色が変わると、森の中に変わった。
そこでは姉が背中に矢を受け泣き続けるマオを慰めている。
「姉さん!姉さん!!」
「マオ、これからは1人で生きるの。強く生きて?」
「やだ、やだよ!!どうして!?なんでなの!?」
「姉さんはずっと見守ってるから。愛してるわゼロ…」
徐々に瞼を閉じる姉の力が完全に無くなる。
悪意を一心に受け、支えとなる唯一の肉親と永遠の別れ。
子供のマオには耐え難いほどの現実。
それを考えるだけでフェンリルの心は押しつぶされそうだった。
自然と涙が頬を伝う。
「復讐してやる…………」
重く、少年の口から出た言葉とは思えないほど冷たい言葉にフェンリルの背筋が凍りつく。
マオの目には憎悪と怒り、この世の嘆きがぐちゃぐちゃに混ざりあったような瞳になっていた。
「マオ、少しイントネーションを変えれば魔王とも呼ばれるその名前が悲劇の始まり。魔王を匿ったと勘違いから始まった人の業。その結果が人類にとっての厄災が生まれた瞬間でした。」
ホロウがそう言うと、景色が変わり母親と父親が拘束され痛めつけられている場所に変わる。
見ているだけで吐き気がこみ上げてくる。
「マオは私達の子供です!名前が似ているだけです!」
「そんな嘘に騙されるか!」
嘘だと決めつけ、何度も痛めつけられる母親と父親。
毎日続く尋問という名の拷問に疲弊した2人は次第にマオへと恨みを募らせていく。
あの優しかった顔は鬼のような形相だ。
そしてまた場面は変わり姉が矢を受ける場面に変わる。
逃げられないと分かった村人はマオだけでなく姉も取り囲み滅多打ちにしながら怒りをぶつける。
全くもって理不尽な行為にフェンリルはやめるよう叫ぶが、その声が聞き届けられることは無い。
「無駄ですよ。ただの記憶の再現なのですから。それと何故母親と父親の光景が分かったか教えましょうか?」
「まさか…いや嘘だ…そんな子供相手に……」
「そのまさかです。マオは目の前で見せつけられたのですよ。親が鬼に変わるその瞬間を。」
あまりにも酷いその行為に人間に対しての怒りがこみ上げてくる。
ここまで、ここまで酷いとは思いもしなかった。
ゼロが人間が嫌いになったのも頷けるものだ。
「これでもまだ貴方は真っ白でいられますか?」
その言葉にフェンリルはハッとしてホロウを見る。
これがゲームの一部であることを思い出しホロウを睨みつける。
「僕に彼の過去を見せてどうしたいのさ!」
「どうもしませんよ?貴方が変わるその時、ゲームは私の勝ちなのです。貴方がゼロと同じように黒に染まっても、ゼロへの好意が薄れても私の勝ち。もはや出来レースですね。これほどの過去を見せて普通で居られるなど普通ではありませんから。」
「君って人は…!そんなに僕が嫌いなのかい!?」
「いえいえとんでもない!寧ろ好意的ですよ。じゃなきゃゼロの過去など見せませんよ。」
矛盾しているとさえ考えるホロウに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
飄々としたその姿に何がしたいのか本気で分からなくなる。
「もどかしいのですよ。信じているのに踏み込めない。どこか達観してる彼には少々苛立ちますね。あぁ、この前読んだ少女漫画の親友のポジションの心境が今ならよく分かりますねぇ?」
そんな事を呟くとホロウが指を鳴らす。
そして風景が変わる。
そこは魔族領だ。
「それでは続きといきましょう。」
続く………