あれからしばらく魔王の娘は村に何度も訪れてきていた。
その度にゼロについてまわり農作業や、小さな子供たちと川遊びをし、一緒に森の中に入り山菜などを集めるなどをしている。
魔王の娘ってことは姫だろ?
そんなことさせていいのか?
って思ったこともあったが、ギルの話ではそれでいいらしい。
視察という名の息抜きのようだ。
お陰で城の中でフェンリルは今までよりも生き生きと輝いてるそうだ。
やっぱり自然の力は凄いねぇー。
「そういえば、ゼロはどうしてこの村に来たの?」
村を見渡せる山の中腹にある丘で、膝に頭を乗せるウルフの頭を撫でるのを止め聞いてくるフェンリルにゼロは目を瞑る。
目を開くとどこか達観したような遠い眼差しで「人間が嫌いになった」とだけ呟き再度目を閉じる。
たった一言だったが、フェンリルはそれ以上何も追求せず朗らかな笑みを浮かべて「そう」とウルフの頭を撫で始める。
本当は気になるだろうが、それ以上聞いてこないフェンリルに感謝しながらゼロは手に乗っていた小鳥を暖かい眼差しで見つめる。
「ここはいいところだ。自然は豊かだし、何より人が暖かい。」
その言葉にフェンリルは村を見渡しながら頷く。
「本当にいいところだね。僕は外の世界をあまり知らないけど、ここはいい所だってことは分かるよ。」
そう言って語るフェンリルはどこか寂しげだ。
そう見えたのかもしれない。
「僕は魔王の娘。姫としているけど、実際は上手く魔力もコントロール出来ない劣等生なんだ。魔族を束ねるなんてことが出来やしない。」
「なるほど、簡単な治癒魔法しか出来ないからそうだと思った。」
「あはは…やっぱりゼロにはバレちゃってたか……でもね?城では陰口や嫌味なこと言われるけど、この村では誰もそんなこと気にしない。誰も…咎めたりしないんだ…」
最後の方は消え入りそうな声だったが、なんとか辛うじて聞くことが出来た。
咎めるなんて出来る立場、まあ父親しかいねぇよな。
どうやら相当参ってるみたいだな。
「だからかな…ここは本当に居心地がいい。僕も姫としてじゃなくてこの村で生まれたかったな…」
次第に泣き始めるフェンリルを心配して、ウルフはそっと擦り寄り時折涙を舐めとっている。
そんなウルフに優しく微笑むフェンリルに俺は言った。
「甘えるな。」
その言葉に驚いたフェンリルはゼロの言葉に息を詰まらせる。
否定されるとは思わなかったのだろう。
「自分の生まれを恨んだ所で変わらない。どうあるべきなんて関係ない。どう生きるかが問題だ。例え力が無くとも、馬鹿でも、鈍臭い奴でも。人に惹かれるのは輝かしく生きてきたからだ。胸を張って生きてきたから惹かれる。」
フェンリルの頭に手を乗せ軽く撫でながら引き寄せる。
「だからここの奴らも、お前を馬鹿にしない。一生懸命仕事を手伝うお前を馬鹿にする奴はいない。だから居心地がいいんだ。そこを間違えるな。」
ゼロのその言葉にフェンリルは目尻に涙を溜めてその言葉を胸に仕舞う。
ただ一言だけ、「そっか」と納得してゼロの胸に顔を埋めて必死に泣くのを堪える。
貴族に生まれるのも大概大変だな。
よくそんな環境でここまで真っ直ぐ育ったものだ。
ギルの様な奴が教育係なのが救いだったな。
あいつは珍しく話の分かるやつだからな。
「さて、そろそろ夕方になる。帰るぞフェンリル。」
「ねぇゼロ、僕のことはこれからフェルと呼んで?ギルは2人の時はそう呼んでくれる。」
「……分かったよフェル。帰ろう。」
帰路につく2人をウルフは見送り森へと帰っていった。
そしてフェンリル、フェルもギルと共に城へと帰っていった。
いつもと同じように。
その日の夜、城では賊が侵入したと大慌てだった。
それでも魔王はただ王の間で静かに椅子に肘をかけ虚空を見つめていた。
「久しいな。これほどの力を持つ者が来るなど。楽しめそうだ。」
「よう、ちょっと謁見しに来たわ。」
そう正面の扉からではなく小窓から現れた黒いコートの青年に魔王はため息を吐く。
青年は王の間に入ると魔王の前に腕を組んで仁王立ちする。
「もうちょい娘に優しく出来ねえのか?見てらんねぇよ。」
「煩い。このままだと危険なのはフェンリル自身。多少厳しかろうとも力を付けさせねば不味い。」
少し焦りさえ感じる魔王の言葉に青年は違和感を感じる。
聞いたことがある。
魔王は世襲制、その理由のひとつが親が持つ力を子がその身体に宿すからだ。
親の命と引き換えに。
「なるほど一理ある。だが、無理だ。少なくとも制御するのに10年はかかる。」
「フッ、だろうな。フェンリルに闇の血統をコントロールするなど。私の娘ながら優しすぎる。」
「まだ発展途上だ。魔族の平均寿命は人間と変わらない。」
青年のその言葉に魔王は不敵に笑うと椅子に深く腰掛け青年の問に答える。
「私の寿命はもって1年だ。」
あまりにも短く予想外の答えを。
「なっ!短すぎる!!何が原因だ!今の彼女には親が必要だ!!」
「そう言われてもな。これは私が招いた結果だ。」
「招いた?まさかお前!!聖域に手を出したのか!?」
ーーー聖域
いつからそこにあったのか、誰が作ったのか、目的はなんなのかさえはっきりしない古代遺跡。
踏破した者は誰一人居らず、帰ってくる者は廃人と成り果てる死の迷宮とさえ言われている。
が、最近ではあの遺跡には古代の力が秘められた物が封印されているとされそれを守る場所として聖域と呼ばれている。
「何故そんな無茶を!!数々の魔王も挑み歴戦の王さえ踏破できなかったというのに!!馬鹿かお前は!!」
「馬鹿で結構!!人間や他の種族から私の民を!娘を守るためならこの命!!投げ捨てても構わぬわ!!」
その言葉に青年は唖然としている。
今がどういう状況なのか理解していないようだ。
魔王はそう感じ、指を弾くと青年の前に闇の穴から机と数枚の紙を見せる。
それを手に取り内容を見て愕然とした。
「人間とはここまで罪深い生き物なのだな。お陰で世界は混沌の渦の中にある。」
それは宣戦布告。
領土を献上し娘を渡せと。
どこまでも勝手な人間の考えることだ。
「ふざけん…なよ!!」
その書面を握りつぶし噛み締める歯茎から血が流れ落ちる。
机に書面を叩きつけると同時に机を破壊し怒りに震える。
人間が魔族に戦争を仕掛けてきた。
次で終わらせる!
と意気込んでみる…