過去編がね?
木々を抜けると、目の前には魔族側の大軍隊。
その一団の一部を彼女、ギルが指揮していた。
大型の魔物に部隊が騒がしくなるが、その背にフェンリル、魔王の娘が乗っていることに別の騒ぎへと変わる。
「ギル!!早くあの村に!!彼が1人で戦ってるの!!」
「姫!どうしてこのような場所に!!」
「そんなことどうでもいいんだ!それより早く!彼が死んじゃうよ!助けて!!」
直ぐに向かおうとするギルだったがそれを他の部隊の隊長が許しはしなかった。
隊の統率が乱れる、人間がスパイなのではないか、おびき出すつもりではないかと様々な考えがただ時間だけを無駄にしていく。
「どうやら腑抜けた奴らがいるようだ。」
ギルは自分の部隊へと向き直ると剣を取り高々と掲げる。
その姿はとても尊大だ。
見るものが息を詰まらせるほどに美しかった。
「私は救援へと向かう!!彼からの書状でどこから攻めてきたかも分かった。そして彼は1人で戦っている!魔族でもない人間がだ!!」
その言葉に大気が震えた。
「例え罠だろうと打ち砕けばいい!我々は戦うための兵士!貧弱な人間どもとは違う!!恐れるな!目の前の敵を葬るのだ!!」
その言葉に兵士の雄叫びが響き渡る。
ギルのその勇姿に全員が奮い立たされ他の部隊まで感化される。
これが、どう生きるかということなんだとフェンリルは痛感した。
誰よりも努力し、
誰よりも真っ直ぐに、
誰よりも勇ましく、
誰よりも優しい彼女だからこそ
惹かれたのだろうと。
「さぁ姫、城にお戻りください。あとは我々が…
「いや、僕もついて行く。」
「な!なりません!それはあまりにも危険…」
「確かに怖い!無力な存在だ!だけど、僕だって彼の側に居たいんだ……」
役に立たないかもしれない。
僕はいつだって足を引っ張る。
それでもゼロの隣に居たいんだ。
「だから僕はついて行く!それに近道もある!ついてきて!!」
そう言ってギルの制止も聞かずに魔物の背に乗ったまま、フェンリルは元来た道を引き返していく。
止むを得ない状況にギルが部隊に声をかけそのあとを追っていく。
どれくらい殺したか覚えていない。
どれだけ戦っているかも覚えてない。
全身の血は所々黒ずみ始め、視界さえ霞み始めた。
それでも、この怒りが収まることはなく、この悲しみに溺れる事もなくただ襲い来る脅威に立ち向かっていた。
「許さない、俺はお前らを許さない!!!」
地面を叩き地割れを起こし人間を奈落へと葬り去る。
「1人では何も出来ない下等生物が!」
振り上げる足を地面に突き刺し岩盤を隆起させ吹き飛ばす。
「どれだけの業を犯すつもりか!!!」
駆け抜ける衝撃波に砂塵が舞い自分ごと周りの人間を切り刻む。
「死をもって償え!!!」
肩で息を切りながら遠くを見つめる。
まるで減っているかも分からない人間の数に嫌気がさす。
遠くには未だに部隊が待ち構えているのが見える。
出血量からこれが限界だった。
これ以上は無理であると自分自身がよく理解していた。
だからこそ、その声を聞いた時に力が抜けてしまった。
「全軍突撃!!彼に遅れをとることは魔族の恥と思え!生きて人間どもを帰すな!!」
その掛け声と共に聞こえる雄叫びと地面を揺らすほどの足音。
凄まじい数の魔族がゼロを避けながら人間の軍へと突撃していく。
「ゼロ!!しっかりするんだ!!」
駆け寄ってきたフェンリルは倒れたゼロの頭を膝に乗せると、治療魔法で傷を癒し始める。
あまりにも微弱なその魔法だが何もしないよりはマシだった。
ゼロは目元を腕で隠し下唇を噛み締める。
「守れなかった…あの村を自然を…また俺は守ることが出来なかった……」
頬を伝う涙を優しくフェンリルが拭い、ギルはその場を離れ前線へと駆けていく。
ゼロの涙はとめどなく溢れその度にフェンリルが拭う。
「畜生…すまないみんな…すまない……すまない…………」
「ゼロ、君は良くやったよ。1人が背負う問題じゃないよそれは。」
フェンリルは優しく傷だらけの手を握りしめる。
「村の人もきっと分かってくれるよ。君のような優しい人を馬鹿になんかしない。そうだろ?君が僕に言ったじゃないか。そんな奴はいないって。」
その言葉にゼロは大きな声を上げて泣き始めた。
まるで子供のようにただ泣き続けた。
優しい彼が、
種族の垣根を越えて、
皆から慕われる様を見て、
いつも僕を気にかけてくれて、
だからこそ僕は救われたんだ。
人間の業を1人で背負い、
人間に生まれたことを誰よりも恥じ、
人間を嫌い自分さえ嫌いになってしまった彼。
そんな黒い気持ちと向き合う強さに、立ち向かう勇ましさに、憧れて惹かれて。
僕は恋をしてしまったんだ。
それから彼を魔王の城で治療したあと、彼は魔王の前で聖域に行くことを告げた。
当然それをギルもフェンリルも良しとせずに大反対したが、彼の決意は揺るがなかった。
聖域に行くということがどういうことか理解しているフェンリルは、彼に抱きつき必死に懇願しているが彼は「すまない」と一言だけ告げて優しく抱き返すだけだった。
魔王が封じたその鍵を開けると深淵が顔を覗かせた。
全く先が見えない。
部屋の光さえその闇に吸い込まれていくように感じる。
それほど聖域の中は闇が支配していた。
「なぁフェル。お前の願いって何かあるか?」
「君が…無事に帰ってくること…」
「そういうのじゃなくて!そんな当たり前のことじゃない昔からの願いだよ。」
その言葉に山の丘で過ごした時間を思い出し、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「僕の願いは…ただ平和に…過ごしたい…あの丘で過ごした時のように。あの時はとっても幸せな時間だった。」
少しだけフェルが笑顔を見せたことにゼロは安心した。
「俺は必ず戻ってくる。そしてお前を幸せにしてやる。」
その言葉に目に涙を浮かべてゼロが差し出した手を握りしめる。
既にゼロの身体の半分は聖域の闇に飲み込まれている。
「絶対だよ!約束破る人は僕大嫌いだからね!」
「俺は出来ない約束はしない主義だ。」
「待ってる!僕はいつまでも待ってるから!!」
その言葉と共にゼロの手の甲に赤い紋章が浮かび上がり、それを見たギルが驚いている。
「続きはまた今度な。」
その言葉と共にゼロは消えた。
泣きじゃくるフェンリルは疲れたのかギルの背でスヤスヤと寝息を立てている。
本当に酷なものだ。
これから彼女は耐えられるのだろうか。
「失礼します。」
そう扉をノックして中へ入ると膝をつき事の顛末を説明し始める。
疲弊していく魔王へと。
「ご苦労。例の計画を実行する。」
「まだ時期尚早かと。」
「私の死期も近い。この魔法陣は強制的に私の血脈を留めるものだ。この中なら娘も無事で済む。が、時は止まったままだ。あのまま成長することは無くなる。」
「婚姻の儀、それが発動すれば姫の止まった時間も戻るでしょう。」
「フッ。まさか血脈の継承よりもそちらが先に発動するなど思ってもいなかった。嬉しい誤算だ。」
「問題はこの滞った魔力ですね。」
「あぁ、お前が左遷したあの豚が使える。娘の目にはあまりにも醜悪だが、他の者に奪われるよりあの出来損ないの方がいい。」
「およそ力の一部でさえ物には出来ないでしょう。」
「あとは適当にあしらっておけ。いざとなれば殺しても構わん。」
「はっ!この身に代えても姫をお守りいたします。」
「……お前には迷惑を掛けるな。2人の行く末、見守りたかったがそうもいかぬみたいだ。もっと早く、ゼロの事を知っていればな。」
「しばしお休み下さい。必ず彼は帰ってきます。それまで姫は私が支えてみせます。」
魔王は眠りにつくと、ギルは不本意ながら作業に取り掛かった。
魔王の死期が近いことを城内で広め、そのための姫の救済措置とそのデメリット。
それを利用するよう誰にも気づかれることなく、豚本人さえ気づかないよう仕向ける裏工作。
その全てが、これからの未来へのためにとギルが仕組んだのだ。
魔王への忠義と、姫への敬愛と、彼への恩義のために。
はい!
そうです魔王とギルがあの豚を仕向けました!
だって力1割も貰ってないのに魔王だーとかアホでしょ?笑
最初から最後まで利用される哀れなピエロだったみたいですね