「おっじゃま~。元気ぃ~♪」
俺の名前はスカウト・ソルトフラッツ。
次元世界にその名を轟かす、『聖王教会』という宗教組織で修道騎士の見習いなんてやつをしている。
この『聖王教会』って組織は、一般的には今より数百年前の古代ベルカ時代に栄えた『聖王家』とそれに纏わる人物達を尊崇対象とした広域宗教団体となっているが、その実、普通の宗教組織なんぞとは規模も活動内容も世俗社会への影響力も違う。
「あ~、疲れた~。シスターシャッハって人をこき使い過ぎ~」
……おいコラッ。ノックもない上に、返事も許可も出してない内から、平然と人の部屋に入ってくるな。
大体、一介の宗教組織が公然と『騎士団』なんぞと呼ばれる軍事力を保有している時点でまともとは言えない。下手すれば武装組織として危険団体認定をされても仕方がない。それが排斥も受けず、公に認められているのは、現在の次元世界の主軸たる統治機構である『時空管理局』との密接な繋がり所以である。
管理局創設の頃から続く教会との政治的な癒着は、一世紀近く経った今でも有効だ。権力を持つ者同士の繋がりは蜘蛛の糸よりも細く丈夫で見えにくく、その巣よりも複雑で巧妙だ。
「ねぇねぇ、なんか食べる物ないの~? お昼まだなんだよ。お腹減った~」
……ユサユサと体を揺さぶるな。鬱陶しい。折角の休日の憩いのひと時を邪魔するんじゃねえ。
とまあ、政治だとか組織の有り様だとかのよもやま話をつらつらとモノローグで語ってみたが、実際のところ何が言いたいのかといえば、普通じゃないような組織には、普通じゃないような人間が山程所属しているということだ。
より正確に言い表すならば、そんな特異な人間達の存在も許容しているのだ。これを宗教的寛容だと言うのであれば、流石は次元世界に一大勢力を誇る宗教組織だと言っていいのかもしれない。
「あ~、無視ぃ~。ヒドくな~い」
……頬を膨らめせた程度で、俺からの対応が変わると思うな。もしその仕草が俺に通用すると思っているのなら、一度自分のキャラを本気で見直してこい。
さて、ところで俺は最初の方で修道騎士見習いをしていると言った。所謂、我等が組織の武力面を担当する役職に正式に就く前の準備期間。研修生的な立場なわけだが、この期間の間に将来俺が就くであろう修道騎士に求められる戦闘技能・各種知識・騎士としての心構えや礼節などを学ぶのだ。
俺の場合、色々と事情があってこの見習い期間が他の人達より大分長いのだが。
さて、この修道騎士と言う立場だが、一般の教会関係者である修道士やシスター以上に礼節面が重要視される。信じる宗教の名の下に武力を行使する立場にある修道騎士は、行使する武力の正統性を常に周囲に示し、見る者達が正義を感じ取れる立ち振る舞いをする必要がある。
「いいよ~。勝手にするから~」
……だから、勝手に人の家の冷蔵庫を開けようとするな。そして物色するな。女だろうとしまいにゃ、本気ではっ倒すぞ。
信仰と礼節無き武は須らく悪であり暴力である――――これが修道騎士の教えだ。
まあ、ただの建前なのだが。
そんな理想論的な教えを忠実に守って、今の世の中を生きていけるわけがない。理由のない悪意や犯罪が山程溢れかえっている時代だ、晒された理不尽に対して抗って生きる為に己の力を振るわなければならない場合だってあるだろう。
第一、他者を一方的に傷つける行為自体は、どんなに高尚で剴切な理由を並べ立てようとも、善であるはずがないのだ。時折相手のことを思っての行為だ等と言う者もいるが、単なる自分勝手な思い込みによる世迷言に過ぎないのだから。
「相変わらず、冷蔵庫の中が綺麗に整理整頓されてるね……あっ!! ラッキー! 『ファナウンテラス』の限定焼きプリンだ!!」
……おいっ!!
「待て! 何勝手に俺の秘蔵のデザートを食べようとしてやがる!!」
2時間も並んで漸く手に入れた一品だぞ。軽々しく口にしていいそこらのコンビニで売られている安物お得プリンとはわけが違うんだ。
喫茶『ファナウンテラス』の数量限定焼きプリン。それは、舌の上を滑るような絶妙な口当たりと濃厚な卵の風味と甘味、表面の焼けたキャラメルの膜が齎す僅かな苦味がアクセントとなって全体に深みを加えている超絶の一品。下手なトッピングを加えずにシンプルに仕上げているからこそ、一口食べただけで解る。正しくこれぞスイーツの至高天だと。
そんな貴重な品物を他人に簡単にくれてやると思うのか? 断じて無い!!
「くれないの? うわっ、ケチくさ~い。男の癖に心が狭いよ~」
なんとでも言え。男が女に対して懐が広い時代はとっくの昔に終わったんだ。今は男女平等・機会均等の世の中だ。
「お前さ~、マジで何しに来たの? 行き成り人の家に上がり込んで、勝手に冷蔵庫漁るとか、仮にも教会に所属するシスターのすることじゃないだろ?」
「えっ?」
何故そこで「そんなことも分からないのかコイツ?」みたいな顔をする。明らかに蔑んだ視線もヤメろ。雰囲気だけで思いっきり馬鹿にされてるようで腹が立つ。
昔、知り合いに「君は鋭い癖に、時々その方向性を間違っているね」と言われたことがある。言ったのは、いつも作り物めいた笑顔を浮かべている緑の長髪の優男だった。
俺のヒネた性格を揶揄しての台詞だったのだろうが、俺以上に掴みどころのない性格を体現している人間に言われたところで、素直に聞けるわけがない。一応、人生の先達からの貴重な諫言として意識の片隅には留めているが。
「さっさと帰れ。そんでもって、教会の床拭きでもしてろよ」
「え~、やだよ~。広いし~、メンドくさ~い」
この不良シスターが……。奉仕活動はシスターの基本だろうが。
「まったく。折角、遊びに来てあげたのにその態度。よくないんじゃないかな~」
「俺は遊びに来いなんて言った覚えはない」
むしろ、今日一日は一人でゆっくりまったり過ごすつもりだったのだ。午前中は掃除や家事を済ませ。午後からは、最近忙しくて見られずに溜まったアニメや映画、積んだゲームの消化に当てるつもりだったのだ。
寂しい奴? インドア派(要するに、引き籠もり)人間?
どうとでも好きに言え。誰かに迷惑を掛けているわけじゃない。現代社会の多忙な日常生活において、忙しくストレスの蓄積され続ける中でどのような憩いの場を設けるかは人それぞれだ。
「ヒドッ!! 何そのセリフ!? 傷ついた! あたしは深く傷つきましたよ!! 乙女の純情がブレイクだよ!!」
はぁ? 何を叫んでやがる。
それにその漫画みたいに芝居がかって大袈裟に泣き崩れる真似はヤメろ。『ヨヨヨヨヨッ』なんて泣きの効果音付きでしたら益々ワザとらしいわ!!
加えて言うなら、『純情』なんて言葉は、その意味を辞書でよく調べてから使え。少なくとも、男の一人部屋に平然と遊びに来たり、シスターとして許容される以上の肌の露出度を誇るバリアジャケットを着て、トンファーブレードをブン回して闘う人間に、『純情』なんて単語が当て嵌らないことが分かるだろう。
「大体、アレだよ~。曲がりなりにも現役でモノホンのシスターだよ? 10代の乙女だよ? しかも結構な美少女だよ? そんな子がわざわざ部屋にまで遊びに来てあげてるんだよ? 健全な思春期真っ盛りな男の子なら、サカって迫って襲ってきてもおかしくなんじゃないの?」
…………頭痛がしてきた。
「男がどいつもこいつも揃って欲望の塊の野獣みたいな表現するんじゃねぇ。ついでに、本物のシスターって言うんなら、昼間から平然と男を誘うような真似に疑問を覚えろ」
本当に襲われたらどうするつもりだ。
いくら修道騎士団所属で、あの陸戦AAAランク魔導師のシスターシャッハに日々鍛えられた肝入りの弟子とは言え、当然の如く絶対無敵な存在ではない。
魔法技能はともかく、フィジカルな面に関しては男女の差で押し負ける可能性が高いタイプだ。正直、俺がその気になれば組み伏せることは案外容易だろう……絶対にしないけどな。
「『疑問を覚える』? それはこっちのセリフだと思うけどな~」
「何が言いたい?」
俺が疑問に思うことなど何もない。
非常識シスターの猛攻に対して、日々常識的な指摘をし続けている俺が疑問い思うことがあるとすれば、完全に無視すればいいだけのことにも関わらず、毎度律儀にも対応している自分の寛大さを維持することの意義についてだけだ。
「な~、お前、仮にもシスターなんて聖職に就く者なんだろ? だったら『貞潔の誓い』が有るはずだよな? 清らかな身と心で奉仕する―――『貞潔の誓い』はどうしたんだ?」
「『貞潔の誓い』? あぁ、確かにそんなのもあるけど……あれ? スカウトって、そういうのに理想を持ってるタイプ? シスターなら皆必ず純潔を保ってると思ってる?」
……待て。その問題発言はなんだ。
教会の掲げる理念とか教義とか、ある種の理想だとは分かっていても抱かずにはいられない男の夢とかに対して真っ向から物議を醸し出す内容の発言は控えろ。
「あ!! 何? もしかしてあたしのことが気になってるの? え~、ヤダ~、そんなの恥ずかしくて答えられな~い♪ でも~、どうしてもって言うんなら仕方ないかな~♪ ねぇ、どう? 気になる? 気になる?」
陽気なオレンジ色の髪と同じで、頭の中まで無駄に明るく染まったかのような台詞。そして目の前で展開された、ブリッ子のような仕草から流れるように繋ぐ上から目線の態度。
ヤバい。マジで腹立つ。
「気になんねぇよ。まったく、これっポッチもな!!」
いやいや、落ち着こう俺。
相手のペースに乗せられるな。こいつはこういう奴だと知ってるだろ。ハッキリと無関心を告げてやれば、いつも通り話は済むはずだ。
「ふ~ん……」
……何故そこで、そんな急に氷点下な温度の目で俺を見る。表面上は不機嫌な表情なのに、心なしか泣き出しそうな顔に見えるのは……気のせいだと思わせてくれよ。
くそっ!
覚えの無い罪悪感に気が滅入るじゃないか。
「おい」
ああ、もう!! なんで俺が、
「何?」
こいつの機嫌を伺わなきゃならないんだ。
「俺も腹減ったから、昼飯作るから、ついでだし一緒にお前の分も作ってやる。なんかリクエストあるか? 特にないなら適当に作るぞ」
ないなら、冷蔵庫の余り物で作るチャーハンだ。
「……オムライス!! この前にテレビで見た、表面が半熟卵トロトロのヤツ!!」
メンドくせー。俺はどこぞのレストランのコックじゃねぇぞ。無茶振りしやがって……作れるけどな。
しかし、一瞬で笑顔に戻りやがったな。もしかしてさっきの表情は演技か?
「作ってやるから、大人しくしてろよ」
「やったね! 楽しみだな~♪」
……まっ、上機嫌でいるなら文句ないか。いちいち気にかけるのも癪だし。
「あ。タイトルのない、いかにも怪しげな映像データを発見」
――――あはははっ、もうホントに…………待てやコラッ!!
ヒロインの正体は一体?
答えは近日中に投稿する『Girl part』の中で!!
ま、バレバレでしょうけどね。