幻奏多重想 ~ミラージュ・アンサンブル~   作:炉心

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ヒロインの正体は?
 
解答は文中で。では、どうぞ~。





Ad libitum ~Girl part~

 

 

「ふふんふっふ~ん♪」

 

 穏やかな昼下がりの午後。

 

 同僚の水色の髪のシスターとかうちの師匠とかに頼み込み、ご機嫌を取り、幾分かの嘘や誤魔化しも混じえて漸くもぎ取ったお休み。私服姿で足取りも軽くやって来たのは古ぼけた石造りのアパート。

 

 アパートの外観は伸びた蔦が所々に絡まり、シミやヒビ割れの入った石壁なんかはもう殆どホラーハウス同然の状態だけど、これでも一応は人が住んでいる。嘗ては沢山の教会関係者が居住していて賑わっていたらしいけど、現在では3階建ての各階に一名ずつの計三人が入居しているだけの非常に寂しいことこの上ない有様。

 

「うわ~、相変わらずボロいな~」

 

 一応、教会の管理施設だし、壊すのにも結構な費用がかさむということで現状維持しているらしい。小耳に挟んだ話では、好き好んでこんな年代物の不便な建物に住む人間は現居住者三人だけの為(あたしは他の二人の入居者には一度も会ったことがないのだが)、建物の管理も含めて半分放置状態だそうだ。

 

 因みに家賃は有って無いような破格の金額らしい。

 

「なんにしても、周りを気にせずにいられるのは重要だよね~」

 

 そうだ。いくらあたしが周囲から破天荒且つ少々不良気味のシスターだと見られていようと、人目をまったく気にしないほど非常識ではない。

 

 聖王教会の本部所属のシスターであり、修道騎士でもある身だ。あまり度を越した行いはあたし自身の評判もそうだが、それ以上に師匠達の迷惑になる。グレまくっていた昔の自分に更生の機会を与えてくれた人達に対して、恩を仇で返すような真似はしたくない。

 

 時々、ついついハメを外しまくってしまう時もあるけど……うん、その辺はその時毎に猛反省するということで、今は深く追求しないことにしよう。

 

「おっと、行き過ぎるとこだったよ」

 

 とか考えている内に目的の部屋の前まで到着。この建物、玄関にも通路にもセキュリティがほぼ皆無だけど、防犯上は大丈夫なんだろうか?

 

 3階の中央付近の部屋が目的の部屋だが、人の気配がまるでない建物の中を歩いていると、無人の廃屋の中を歩いているようで感覚が狂ってくる。何故か表札も掲げていない為、扉越しに僅かに漏れるテレビの音が聞こえなければ普通に素通りしてしまうこともある。

 

「……さて、行きますか」

 

 いつものように無用心にも扉に鍵はかかっていない。

 

 臆病風と緊張の渦に呑まれる前に、あたしは勢いそのままに扉を開ける。

 

「おっじゃま~。元気~♪」

 

 え? 扉をノック? しないよ。だって部屋に入る前に拒否されたら、流石にめげちゃうかもしれないし。

 

 だからインターホンも押しません(何故かこれまた設置されてないから、押しようがないけどね)。

 

 ……いつも部屋に入って思うけど、ホント綺麗にしてるよね。

 

 部屋自体は建物同様年季が入っているし、結構な数のゲームや雑誌に本とかもあるのに、汚いとか古いって印象を受けたことはない。男の一人暮らしなんだし、イメージ的にはもうちょっと散らかっていてもいいと思うんだけど……ちゃんと整理整頓されていて、足の踏み場もないなんてことは今迄一度もなかったな。それどころか、最初に来た時は普通にあたしの部屋より綺麗だったことに驚き、若干落ち込んだ記憶があるね。

 

 でも、今日はいつもより一段と綺麗に片付けられているかな? 午前中に掃除でもしたのかな?

 

「あ~、疲れた~」

 

 お、部屋の主を発見。

 

 スカウト・ソルトフラッツなんて格好つけた大仰な名前を持った、濃紺色の髪の男の子が、髪と同じ色のソファーにダラけた姿勢で横たわって、テレビ見ながら携帯ゲームをしてるよ。テレビで流しているのは映画かな?

 

「シスターシャッハって人をこき使い過ぎ~」

 

 おお、睨んでる睨んでる。

 

 ソファーから多少起こした体をこっちに向け、無言の圧力を視線に込めてるね。言葉にすると、「勝手に部屋に入ってくるな」ってとこかな?

 

 ふふ~ん。でも、残念♪

 

 このシャンテ・アピニオンには、そんな圧力は無駄なのさ。

 

 大体、人間は言葉にしなければどんなに強い思いを抱いていたとしても、他人には正確に伝わらないのだ。勿論、雰囲気や向けてくる表情でも実際はある程度分かるけど、今は敢えて無視。伝わってないフリでございます~。

 

「ねぇねぇ、なんか食べる物ないの~?」

 

 じゃあ、コミュニケーション開始といきますか。

 

「お昼まだなんだよ。お腹減った~」

 

 どうやら無言の訴えがあたしに届かなかったことを理解したのか、プイッとあたしの方からそっぽを向いて無視を決め込むことに決定した様子なので、その肩に手を置いてユサユサ揺さぶりを加える。

 

 ふふふ、これならそうそう無視出来まい。

 

 ……あっ、シャツ越しに手の平に体温が伝わってきて、ちょっとドキドキ。結構、体温高めなんだぁ……。

 

「あ~、無視ぃ~。ヒドくな~い」

 

 むむむ、こんな美少女からのボディタッチによる猛攻にも完全に我関せずを貫くとは……女の子に免疫のないはずの男子としては、なかなかに頑固な奴だ。

 

 仕方ない。ここはひとつ、方向性を変えて攻めてみよう。

 

 少しだけ頬を膨らまし、唇は細めて少し突き出す(こうすると唇が多少強調されて、キスをせがんでいるようにも見えるらしい)。膝を折って姿勢は若干低めに、上目遣いで訴え掛けるようにすれば、ワガママだけどか弱い女の子のポーズ!!

 

 どうだ! 喰らえ、あたしの会心の一撃っ!!

 

「…………ふっ」

 

 なっ!? なんですか、今の態度っ!? 今、鼻で嗤いましたよコイツ!?

 

 紫色の目を薄く細め、口の端を歪めたニヒル面で格好つけて嗤ったよ!?

 

 あたしの―――女の子からのアプローチを小馬鹿にするなんて、有り得ない!! 許せない!!

 

 全然似合わない仕草をして、格好つけてる奴なんてもう知らないよ!!

 

「いいよ~。勝手にするから~」

 

 ……ってことで、冷蔵庫へ向けてレッツラゴォーー!!

 

 この家の冷蔵庫って、一人暮らしの部屋には似つかわしくないくらいの大型冷蔵庫なんだよね。

 

 しかも、

 

「相変わらず、冷蔵庫の中が綺麗に整理整頓されてるね……」

 

 どこぞのカリスマ主婦並に完璧に食材が収納されている。

 

 その人の性格や思考を知りたければ、本棚と冷蔵庫を見るのが一番だと聞くけど、これは本当に几帳面な性格の一端を物語っている部分だよね。

 

 ん? ……こ、これはっ!?

 

「あっ!! ラッキー! 『ファナウンテラス』の限定焼きプリンだ!!」

 

 最近、巷で話題になっている、甘い物好きの女の子垂涎の話題のスイーツ。

 

 1~2時間待ちはザラで、売り切れ御免の幻とまで言われる一品に、まさかここで出逢えるなんてっ!!

 

「待て! 何勝手に俺の秘蔵のデザートを食べようとしてやがる!!」

 

 むっ、少年が何か叫んでるよ。

 

「くれないの? うわっ、ケチくさ~い」

 

 なんと!? 2個もあるというのに、あたしに食べさせてくれないと?

 

「男の癖に心が狭いよ~」

 

 まぁ、いいけどね。今は何をどう言っていようと、結局は後でなし崩し的に食べちゃうことになるだろうし。

 

 スカウトは頑固に見えて意外と押しに弱いのとこがあるからね。

 

「お前さ~、マジで何しに来たの?」

 

 ???

 

「行き成り人の家に上がり込んで、勝手に冷蔵庫漁るとか、仮にも教会のシスターのすることじゃないだろう?」

 

「えっ?」

 

 えっ?

 

 何……言ってんの?

 

 なんでそんな、本気であたしが家に遊びに来る理由が分かりませんって顔してんの?

 

 なんでそんな、本当に疑問に思ったようなことのように口にしてんの?

 

 ……分かってたことだけど、この手の鈍感さは時に重犯罪レベルの罪だと思うんだけど……そこんところどうなの?

 

「さっさと帰れ。そんでもって、教会の床拭きでもしてろよ」

 

 何か急に苦虫を噛み潰したような顔になって、更にぞんざいな言葉を吐いてくるし。失礼というか、ホントに女の子に対する扱いがなってないよね。モテないよそれじゃあ。

 

「え~、やだよ~。広いし~、メンドくさ~い」

 

 大体、簡単に言いのけてるけど、実際のところ床拭き掃除は大変なんだよ? 同期の水色の髪の同僚なんてしょっちゅうサボるし。かく言うあたしもサボ……ゴホンッゴホンッ! なんでもない!!

 

 世間の皆様は知ってます。わたくしシスターシャンテは素直ないい子。サボりなんていたしません!!

 

 ……うん、駄目だ。この話題はマズい気がする。変えよう。今すぐに。

 

「まったく。折角、遊びに来てあげたのにその態度。よくないんじゃないかな~」

 

「俺は遊びに来いなんて言った覚えはない」

 

 あっ……ヤバっ……

 

「ヒドッ!! 何そのセリフ!?」

 

 そのセリフは無いよね?

 

「傷ついた!」

 

 それは言っちゃいけないよね?

 

「あたしは深く傷つきましたよ!!」

 

 どうしよう。大袈裟に振る舞えば大丈夫かな? 芝居がかった真似をすれば気づかれないよね?

 

「乙女の純情がブレイクだよ!!」

 

 バレた……だろうか? あたしがこんな売り言葉くらいで本気で落ち込んだなんて。

 

「大体、アレだよ~」

 

 ……大丈夫。うん、バレてない。

 

 あたしに向けている呆れ顔は、完全に素の表情だ。基本的に顔芸があまり上手なタイプじゃないから、もし気づいていたらすぐに分かる。大方、あたしのハチャメチャな言動に対しての何かしらの駄目出しでも心の中でしているんだろう。

 

「曲がりなりにも現役でモノホンのシスターだよ? 10代の乙女だよ? しかも結構な美少女だよ?」

 

 ならばここは、相手のイメージを崩さないように行動し続けよう。それであたしの気持ちも持ち直せる。

 

「そんな子がわざわざ部屋にまで遊びに来てあげてるんだよ? 健全で思春期真っ盛りな男の子なら、サカって迫って襲ってきてもおかしくないんじゃないの?」

 

 ……少し言い過ぎだったかな?

 

 まさか、今の言葉を事由に、本当に行き成り襲ってきたりしないよね?

 

 もし、現実にそうなったら……ううっ、か、考えないようにしよう。

 

 そんなことはしないよね? スカウトは、そういうタイプじゃない……ハズ。

 

「男がどいつもこいつも揃って欲望の塊の野獣みたいな表現するんじゃねぇ。ついでに、本物のシスターって言うんなら、昼間から平然と男を誘うような真似に疑問を覚えろ」

 

 え? どういうこと?

 

「『疑問に覚える』? それはこっちのセリフだと思うけどな~」

 

 ナニナニ? 心配? もしかして、あたしのことを心配してくれてるの? あたしが誰かに襲われないかって。

 

「何が言いたい?」

 

 普段あたしに向けている態度に対して、時折掛ける言葉に無意識に込められている優しさのギャップに気づけってことだよ。

 

 自分自身を見詰め直すってことは、案外大事なんだよ?

 

「な~、お前、仮にもシスターなんて聖職に就く者なんだろ? だったら『貞潔の誓い』が有るはずだよな? 清らかな身と心で奉仕する―――『貞潔の誓い』はどうしたんだ?」

 

 おやおや。まさかスカウトの口から『貞潔の誓い』なんて言葉が出てくるなんて。

 

「『貞潔の誓い』? あぁ、確かにそんなのもあるけど……」

 

 でも、一瞬言い淀んだよね……あぁ、そうか、

 

「あれ? スカウトって、そういうのに理想を持ってるタイプ? シスターなら皆必ず純潔を保ってると思ってる?」

 

 実はムッツリだもんね~。思春期の男の子なら仕方ないよね~。

 

「あ!! 何?」

 

 だとしたら。

 

「もしかしてあたしのことが気になってるの?」

 

 ってことだよね! そうだよね!? 素直じゃないな~♪

 

「え~、ヤダ~、そんなの恥ずかしくて答えられな~い♪ でも~、どうしてもって言うんなら仕方ないかな~♪ ねぇ、どう? 気になる? 気になる?」

 

 調子に乗っちゃうよ、あたし。そんな「まさかもう……」なんて顔したままで勘繰りをされたら、思わずいい気になってテンション上げちゃうよ?

 

 でも、残念ながら教えたりはしないよ。絶対に絶対のヒ(・)ミ(・)ツ♪ だってそんなことを女の子の口から言わせるなんて……あ~、も~、ムリぃ~~!!!!

 

「気になんねぇ。まったく、これっポッチもな!!」

 

 …………ふ~ん。

 

 急にテンション冷めちゃった。

 

 この期に及んで、そんなこと言うとか……なんでもっと優しくしてくれなんだろう? さっきもそうだけど、あたしの態度が行き過ぎていたとしても、そんなハッキリと全否定するような言い方は酷すぎるよ。

 

 しかも、言った後で思いっきり後悔した表情を見せるくらいなら、初めから言わないでよ。お互いに辛くて悲しいだけじゃん。

 

「おい」

 

「何?」

 

 ホント、上手くいかないな~。

 

「俺も腹減ったから、昼飯作るから、ついでだし一緒にお前の分も作ってやる。なんかリクエストあるか? 特にないなら適当に作るぞ」

 

 そして、単純だな~あたし。

 

「……オムライス!! この前にテレビで見た、表面が半熟卵トロトロのヤツ!!」

 

 ちょっと気にかけられただけで、すぐに負の感情を払拭できちゃうんだから。

 

「作ってやるから、大人しくしてろよ」

 

「やったね! 楽しみだな~♪」

 

 ……さて。では、そそくさと台所に向かったスカウトの料理が出来上がるまで、あたしは部屋の中の物色でもしますか。スカウトの言葉に従って、『大人しく』ね。

 

 あ。

 

「タイトルのない、いかにも怪しげな映像データを発見」

 

「――――待てや、アピニオンっ!!」

 

 ……あっ、今日初めてだ。

 

 うわっ!! ヤバイな~。

 

「……何をまた急にニヤついていやがる?」

 

「え? んふふふふ……」

 

 ニヤついてる? おっと、それは不覚。気をつけねば。

 

 それにしても、スカウトが存外冷ややかな目であたしの顔を見ているな。そこまで締まりのない顔をしているのだろうか?

 

 戻そ、戻そ(手を頬に当てて、マッサージを一回、二回、三回……よし、戻った!!)

 

「なんなんだよ、一体?」

 

「さぁ、なんでしょう」

 

 「なんなんだよ」か。改めて思うけど、スカウトは普段は鋭い癖に、この手の他人の感情の機微に壊滅的なほどに鈍いよね。

 

 でも、こればかりは流石に言えないな~。

 

 だって恥ずかしすぎるでしょ?

 

 誰にでも使える『お前』じゃなくて、ちゃんと『あたし自身』を呼んでくれたことが予想以上に嬉しかった……なんて、ね。

 

 

 

 







お読みいただき、ありがとうございます。

今作はひとつの状況を男女に別け、異なる視点で書くという試みでした。

特に坦々とした男性側に比べ、ヒロイン側の一喜一憂は書いていてなかなか楽しかったです。

もう少し恋愛要素を入れても良かったかな? とも思いましたが、今回はここまでということで。


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