お久しぶりで、新作です。
今回もシャンテが一喜一憂して頑張ってます。
我ながら不思議だと思うのだが、帰宅した家の鍵が開いていて、自由気侭な一人暮らし生活故に無人となっているはずの部屋の奥から物音が聞こえてくる時に最初に思うのが、「泥棒や空き巣でも入ったのか?」といった警戒心などではなく、深い溜息と共にやってくる疲労感なのはどうなのだろうか?
本来なら憩いの空間であるはずの自分の家。にも拘らず、そこに入るのに覚悟を決める必要性が生じるのは、一体どういった世の不条理なのだ?
常日頃から世の中を斜めに見る傾向がある面倒な性格の俺にとっては、まず自分の大仰な名前を両親から与えられた時から既に人生にケチが付き始め、その名前故に他人からの望まぬ思惑と勝手なイメージと苦労の日々を散々送ってきた挙句、一人暮らしを初めるに至って漸く周囲からある程度の自立を確立し、並行して多少の安定と距離感も確保したと思っていたら、最近になって新たな厄介事が頼みもしないのに転がり込んできた。
正直、「もう嫌だ!!」と嘆きの声を上げまくりたい次第なのだ。
《スカウト、中に入らないのですか?》
「入るさ」
扉の前でドアノブに手を添えた状態で躊躇していた俺に語りかけてきた存在。首に下げていた車輪型のペンダントトップ、一応は俺の所有名義となっているデバイスの『エンスージアスト』。通称『エイジス』である。
数日前から定期メンテナンスに出していたのだが、随分と古い機種の為か予想外に時間を要し、予定期間を大幅に遅れまくった末に、漸く調整が終わったとのことで数日振りに手元に戻ってきたところだ。
《マヌケ面を晒して突っ立っていると、不審者に間違われますよ?》
一般的なデバイスに多い電子的な機械音声ではない、鈴の鳴るような美麗な女性の声で平然と毒舌をありがとう。数日振りながら涙が出るほど懐かしくてイヤになるよ。ホント、この数日は静かで良かったのにな~。
「この建物の中で、俺のことを目撃する人間はほぼ皆無だから問題ない」
3階建てのアパートの中に、入居者は僅か三人だけだからな。過疎化が進みきって人の殆どいない寒村並の人口比率だ。
《そうでした。こんな不便で奇怪なボロアパートに好んで住んでいる時点で、不審人物認定ほぼ確定でした》
……いいだろうが別に。好きなんだよ、このアパートが。家賃も激安だし。
「その台詞、頼むから他の場所では言わないでくれよ。他の住人に聞かれたらコトだぞ」
《今迄に一度たりとも、顔も姿も確認した覚えがなかったように記憶しておりますが?》
そこは突っ込まないでくれ。何故か会えないし、部屋を訪ねてみても不在続きなんだよ。
《……で? いい加減、部屋に入らないので?》
本当に容赦ないなこのデバイス。
会話で現状を先延ばししながら、この後に部屋に入った時の予想とか覚悟とかを人がしているというのに。もう少し気を利かせて、労りの言葉や対応を取ってくれてもいいじゃないのか? 仮にも俺は主人の筈なのに。
あぁそうか、こうして人間関係による心労というものが嵩んでいくものなのか。
世の中の疲れきった顔をして働いている中高年の管理職サラリーマンの皆さん。生きることって、苦労することと同義語なんですね。我が身に滲みて実感する、今日この頃。
《さっさと入れ》
わかったよ!!
* * *
声が聞こえるな~。
テレビから流れ出ている音量は普通より少しだけ大きめだけど、正直なところ、あたしの意識も関心も殆どそっちの方には向いていないので、実際には聞こえていないのも同然だった。
最近になってお気に入りになった色柄のソファー。あたしは借りてきた猫みたいに、静かに膝を抱えて縮こまって座る。
着慣れない服装で、特殊な衣装に皺ができないかを頭の片隅で気にしながら、定まらない視線は部屋の中で行ったり来たり。綺麗に整理整頓された部屋は見ていて気持ちがいいし、飽きることなんて全然ないんだけど、それだけで全て満たされて平常心を保つ状態にもっていけるわけではないのが人の心の不思議なところ。
結局、部屋に入った時から今まで、感情と思考の大半を占拠しているソワソワした落ち着かない心持ちで時間を過ごしていたけど、そんな普段のあたしらしくないメランコリックな精神状態も漸く終わりの時が来たようだ。
否が応でも意識が傾注する。この部屋の玄関扉越しに伝わる人の気配。気色取った気配自体は一人分だけど、聞き覚えのある女性の声と男の子のどこかズレた会話から察するに、久しぶりの一人と一機のご帰宅らしい。
女性の声が聞こえた瞬間、心も体も凍りついた錯覚に落ちたのは……きっと仕方ないことだよね。
この部屋の主であるにも関わらず、開け放たれることのない扉の向こうで延々と己のデバイスと会話を続け、中々部屋に入ってこないのは、おそらくあたしが部屋に無断で侵入していることに気づいて、色々と心の準備だとか対応策だとかのウダウダな考えを巡らしているからだろう。相変わらず、ヘタレだね~。
まぁ、いいよ。あたし自身もその合間に色々と準備出来るし。寧ろ、その時間を稼ぐ為にわざわざ外に聞こえるほどテレビの音量を上げていたわけだし。
ソファーから降りて、一度ゆっくりと深呼吸。
目を閉じて、気持ちを落ち着けて、不安を押し込めて……よしっ!!
服装を整えて、皺になってないか確認。光学迷彩魔法の応用で、全身の姿を空間に反射反映させてチェック。おかしな箇所はないよね?
……うん、完璧。理想的。
さてと。それじゃあ、本日の作戦開始といきますか。
* * *
「ただいまー」
たとえ一人暮らしで、この部屋の主が俺自身であっても、誰かが部屋の中にいると分かっている状況で部屋に入るのならば、一応一声を掛けておくのが正しき日常での礼儀作法の在り方のひとつだと俺は思う。
《おかえりなさい》
「お帰りなさいませ……」
玄関扉を開ける瞬間にエイジスが返してくれた声と、開いた扉の隙間から漏れ聞こえてきた少女のお出迎えの声が見事に続く。
ここ数日はご無沙汰だった、帰宅した時に誰かに声を掛けて貰えるという、当たり前だが意外と嬉しい感覚に内心チョットだけ喜びを感じていたり…………していた頃が俺にもありました。
「――――旦那さま」
《あら?》
「部屋を間違えた」
バタンッ!!
……なんだ今の? 幻覚か? 白昼夢か? それとも新手のドッキリなのか?
開いた扉を思わず全力全開で閉めてしまった。それこそ、年季の入った扉が壊れるんじゃないかと思えるくらいの勢いで。
ついでに、ドアノブをシッカリと押さえ込んで、何か得体のしれないものが扉を開けて出てこないようにしているのは、俺の持つ動物的勘による不測事態回避の為の自己防衛手段の一種なのかもしれない。
《……おめでとうございます、スカウト。ワタクシのいない数日の間に、ヘタレでヒネクレ者の貴方がよもや所帯を持っていたなんて思いもよりませんでした》
「その冗談はクソ面白くもねぇよ」
フザけた言動も毒舌も皮肉も、度が過ぎると流石に俺の許容範囲を越えることを忘れないでほしい。まして、本気で今の祝辞を言っていたのだとしたら、それこそ今後のデバイスと主人との関係の見直しを本気で考慮しなければならない。
《そんな事は兎も角。先程の光景はこのミッドチルダに於いては中々に奇を衒いつつも、ある種の王道的なシュチュエーションだったと思いますが?》
人の真剣な反論をそんな事とか言うな。あと、王道的ってなんの王道だ? ドッキリ番組のか?
コメカミに指を当てて、偏頭痛が猛烈に襲っている頭を軽く振りながら目を閉じると、瞼の裏に先程見た光景が鮮明に浮かび上がってくる。
扉を開けた先の玄関に繋がる廊下の端部分、膝を折って屈んで、三つ指付いた上で頭を下げてお出迎えって、どんな意味不明シチュエーションだよ。しかも、着ていた服装も異世界情緒たっぷりの……『割烹着姿』だっけ? それに、髪も邪魔にならないように後頭部で軽く結い上げてうなじを見せたスタイルって……あぁそうか、この前に一緒に見た管理外世界の文化を模した再現映像特集で似たような場面があったな。
「あれが原因かよ」
確か、『大和撫子』とか言う清楚可憐な異世界の理想的女性像を表現したとかだった。
やけに食い入るような目で見ているとは思っていたが、まさか実践するつもりだったとは。
……確かに、一緒に鑑賞していた時の会話で、「ねぇねぇ、あーゆー格好とか振る舞いってどう思う?」「んー、まぁいいじゃないか。控えめだけど独特の女らしさがあって。お淑やかな雰囲気が魅力的な感じってやつだろう……」「ふ~ん、そっか~」―――的な内容の遣り取りもした覚えがあるけど。
「マジで実行とか、単純過ぎだろ……」
俺的には適当に答えた感の強い台詞なんだぞ。頼むから、真に受けないでくれよ。さらに言えば、行動に移す前にもう少し考えてくれよ。
《スカウト、ちょっといいですか?》
「何だ?」
人が脳味噌爆発しそうなくらい悩んでいる時に、一体全体なんの用だこのデバイスさんは? また茶化したような内容だったら、俺もそろそろ本気で怒りますよ。
《ワタクシはデバイスではありますが、対人用の人格設定での性別ベースは女性型となっています。当然、実行されている人工知能プログラムにも女性的な物事の考え方や感性を常にシミュレートしております》
だからなんだ? そんな今更な情報がどうした?
《そのことを踏まえて、敢えて言わせて貰いましょう。―――女の努力を無下にするんじゃねぇ、このスカタン小僧。……お粗末様でした》
「…………」
耳の痛い諫言をありがとうよ。罵詈雑言もここまでハッキリ言われると、逸そ清々しい気分になるな。
あ、何故か目から熱い雫が。
「はぁ~……。先人曰く、『この世は常に女を中心に廻ってる』ってか」
《何を当然なことを》
主人の独り言にまでいちいち容赦のないツッコミを入れるデバイス。なかなか前例がない気がするんだが。
「なぁ、エイジス。頼むから、あいつと二人掛りで来るのだけは勘弁してくれよな。ただでさえ、個別での対応にも苦労してるんだ。タッグなんて組まれたら、それこそ流石に俺も耐えられる自信がない」
切に思う。
元々ヒネた性格故なのか、対人関係というか、誰かしらとコミュニケーションを取ること自体がそんなに得意でも好きでもないのだ。
勿論、一般的な社会生活を送る上での必要最低限レベルの遣り取りはちゃんと出来るし、将来の修道騎士を曲がりなりにも目指す身として、必須スキルの礼儀作法や社交術(顔芸や腹芸も含む)も学んではいる。
それでも、プライベートでは比較的消極的な対人関係しか築いていない俺である。積極的に俺に関わろうとする人間なんてのは、相当な変わり者且つ暇人か、親族(例外多し)や昔からの知人くらいなものなのだから(しかも、何かしらの興味半分や揶揄い半分の人間が多かったりもする)。
……成程。そう考えれば、暇人かどうかは別にして、あいつが相当レベルで変わった少女であることには頷ける。あいつの師匠や交友関係にも多少なりと変わった人物が多いことだし、類は友を呼ぶということなのか。……ん? だとすると、俺も変わり者ってことになるのか?
「変わり者の気紛れに周囲の人間が振り回されるのもまた、これぞ世の常ってことか」
口に出して言ってみれば、漸く自分の中で得心のいく結論に至って、俺は諦めの気分で掴んでいたドアノブに再び力を入れる。納得すればなんのことはない。あいつは俺という目新しい友人を得て、その一挙一動に至る反応を楽しんでいるのだろう。
《……相変わらず理解の方向性を盛大に間違えている上に、肝心な部分で鈍いですね》
扉を開ける瞬間、まるで駄目な弟のことを呆れる姉のような雰囲気を纏った、エイジスの冷淡な声による呟きが聞こえた気がした。
* * *
――――バタンッ!!
目の前で勢いよく閉じられた扉。
金属製の扉がドア枠に叩きつけられたことで生じた衝撃音が、あたしの耳の奥で残響している。
「…………うぁ」
ヤバい。
ヤバい! ヤバい!! ヤバい!!!
一気に熱くなる目頭。歪み始める視界。
急速に冷えていく身体。震えだす吐息。
照明は煌々と今あたしがいる玄関を照らし出しているのに、色褪せて、光を失って、存在を霞ませて、漆黒の闇色の暗幕があたしの周囲を包み込んでいくみたいだ。
残響音の去った後の静寂が、静まり返った世界に一人ポツンと取り残されたような錯覚を呼ぶ。
駄目だ。
駄目だ! 駄目だ!! 駄目だ!!!
膝を折って床についた正座姿勢のあたしは、俯いた顔を三つ指突いていた両手の上に額を擦り付けるようにくっつけて、強くキツく瞼を閉じる。荒い吐息を閉じ込めるように、唇を噛み合わせるようにして固く食縛る。
「いつものこと、たいしたことじゃい、だいじょうぶ、たいしたことじゃない、きにしない、だいじょうぶ、もんだいなんかない、あたしはへいき……」
暗示をかけるように口の中で何度も小さく呟く。
泣かない。挫けない。へこたれない。
世の中にはもっと辛くて苦しいことが山程存在するんだ。グレまくっていた幼い頃、世界に孤独と憎悪しか感じなかったあの頃、あたしは嫌というほどそんな経験をしてきたじゃないか。その時に比べたら、こんなちょっと拒否する行動を取られたくらいなにさ。
落ち着け、あたし!!
あたしは……シスターシャンテは、そんなひ弱なキャラじゃないだろう?
不貞腐れたり拗ねたりはしても、男の子の行動ひとつで本気で落ち込んでメソメソするなんて、そんな内気で臆病で傷つき易い弱い女の子キャラじゃない筈だよ。
そうだ、相手はあのスカウトなんだ。年頃の男の子によくいる少しだけヒネた性格で、人の選り好みが激しくて、誰かと接するのがそんなに得意なタイプじゃない。だから、あたしに素っ気ない対応を取るのはいつものこと。今のだって、あたしのサプライズな行動に驚いて反射的に扉を閉めただけなんだ。
……うん。大丈夫。落ち着いてきた。
鼻の先が少しだけツーンとするけど、それ以外は問題なし。
もう、平気……だよ。
《……ウト、…………いいですか?》
ん? なんだろう?
気分が落ち着いてきたからか、扉越しに聞こえる会話に意識が引き寄せられる。
《ワタク……ます…………の性別……女性型となってい…………人工知能プログラム…………考え方や感性…………おります…………のことを踏まえ……敢えて言わせて貰いま……う》
スカウトに対して、デバイスのエイジスが何か言っているみたいだけど、声の吹き出しが大きくない所為で所々しか聞き取れない。なんだか、諭しているような、咎めているような雰囲気は伝わってくるんだけど。
《――――女の努力を無下にするんじゃねぇ、このスカタン小僧。……お粗末様でした》
…………。
「あははっ」
すっごいドスの効いた叱責の言葉。一般のデバイスのような機械音声型じゃないのもあるけど、デバイスとは思えないほどの感情的な台詞回し。
なんとなく、愚弟を叱る強気な姉の構図が頭に浮かんでしまう。
「ありがとね、エイジス」
感謝の言葉が思わず口から出たのは、本当に嬉しかったから。
自分のしていることを認めてくれて、応援してくれる存在がいるって、それだけで本当に嬉しいよね。あたしは決して無意味なことをしてるワケじゃないって言われている気がするもんね。
あ~、顔がニヤけてきた。この気持ちは忘れずに、後でちゃんとエイジスにお礼を言おっと。
《…………ことを》
「……エイジ……頼む…………来るのだけ……くれよ…………個別での…………」
まだ扉の向こうでは会話が続いているけど、あたしの頭の中はもう殆どそちらに捕らわれていない。
既に気持ちは切り替え、思いを新たにしたのだ。
昔聴いた異世界の音楽の歌詞にもあった、『負けない事、投げ出さない事、逃げ出さない事、信じ抜く事――――それが一番大事』って。
あたしの気持ちを汲んでくれる協力者がいるのだから、何も及び腰になる必要はない。
スカウトと一緒に見た管理外世界の文化特集で、「これはっ!!」と思っていたもうひとつのプラン。恥ずかしくて実行しようかどうか悩んでいたけど……女は度胸、もうやるっきゃない!!
十数秒後に訪れる運命の扉が再び開かれる時、
『スカウト・ソルトフラッツ陥落作戦:作戦名“アマービレ”プランB』。
その発動を、あたしは決めたのだ。
取り敢えず、ここで一区切り。
戦闘描写を書く予定もないのに、オリジナルデバイスを出してしまいました。
結構、面白い性格のキャラになったのですが……どうでしょうか?