源氏刀と秘密の部屋   作:バジリスク13世

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※FGOクロスオーバー注意


3話

『爆走ベントレー』

『訝しがるマグル、なぜリムジンは空を飛んだのか』

 

 

「……どうやらご高名な源氏兄弟は特急での登校にご不満があったようですね。それに、一面見出しまで用意されないと気がすまない様で?」

「おぉ、僕たちが新聞に出たってことかい?」

「流石だ兄者!」

「……おい」

 

 とはいう膝丸もこの状況を楽観視している訳ではなかった。

 すぐに透明ブースターの機動は手早かったハズだ。加速してから飛んで、宙に浮いた瞬間に透明になるように調整したハズだった。ギリギリ怪しまれないタイミングを見計らってのことだった。

 それが、なぜか、バレている。

 自分で言うのもアレだが完璧なタイミングだったはずだと膝丸は思考を巡らせていた。

 スリザリンの寮監であり、魔法薬学の担当教授である小狐丸は射る様な目つきで膝丸と髭切を睨んでいた。

 

「二人共、自分の仕出かした事を分かっておるのか?」

「悪かったとは思ってるけど」

「マグルの眼前での魔法の行使、それに伴う不注意、大変申し訳ありませんでした」

 

 膝丸は素直に頭を下げる。

 小狐丸は分かっているのか、どうか半信半疑という感じだったが、やがてやれやれと頭を上げるように促した。

 

「……とは言え、事情があったことはこちらも察知している。だが他にも手の打ちようはあったのではないか?」

「……?」

「手の打ちよう……?」

「例えば誰かからフクロウを借りて手紙を出せば良いとは思わなかったのか。もしくはそのまま待機する方法もあっただろうに。何故やらなかった?」

「直接来た方が安全だと判断したから、と言ったら?」

「……安全、とな?」

 

 小狐丸はぴくり、とわずかに反応を示す。

 

「フクロウ便が必ずしも到着するとは限らない――その場合、僕らはあのキングスクロスにずっと待機することになる。現にフクロウ便を落っことすことなんかやろうと思えば簡単だしね。すぱすぱ斬ってしまえばいい」

「……物騒な」

「そう? よく使う手でしょう? 例えば――――前回の魔法戦争の時とか、そうやって諜報活動してたって」

「……昔の話よの」

 

 小狐丸は何か遠くを見る様な目つきで、投げやりに言う。

 

「だからフクロウ便も信用できなかったんだよね。説明した通り、僕らは9と4分の3番線を通り抜けることができなかった。これは紛れもない異常事態。ならば、この異常が引き起こされた原因が必ず存在する。

 ……その最悪の場合を考えれば、分かる。

 『死喰い人』が潜んでいない確証がないと証明はできない」

「……兄者?」

「その状況でフクロウを出すことは論外だ。それに下手な魔法は行使できない。だったらほぼ確実に迅速にホグワーツにまで来れる方法を模索する――その手段が今回はコレだったという訳。

 どうかな、小狐丸先生? 僕たちは確かに今回は間違えたかもしれない、だけど――――出来る限り最善手を踏んだ心算ではある」

「……用心深いことだ」

「用心深過ぎる位でちょうどいい――――そうじゃなきゃ、今時『純血』なんて生き残れやしない」

 

 小狐丸は髭切をじっと、真っすぐに見ている。

 同じ位真剣に髭切も見返していた。

 まるで睨み合いの様だと膝丸は思った。

 そして、小狐丸の視線には微かな同情、のようなものが含まれていることが見て取れた。

 

「……確かに一理ある、と言えど……お前たちは、まだ学生の身。そこまで自分の身を護ることを考えずとも良いだろうに」

「考えても考えても自衛には足りない……今じゃ、純血同士が喰いあう世の中だから」

「兄者……」

 

 髭切が何を言おうとしているのか、それは膝丸にも分かった。

 兄の言う通りだ。

 今の世の中では純血同士が喰いあっていると言っても過言ではない。

 今世紀は始まってからと言うもの、政府は『純血主義』との決別をしたがっていた。

 所謂魔法界における意識改革、というものだ。

 混血やマグル生まれが学業や就業での差別撤廃が目指された。

 

 しかし、その結果起こったことは『純血潰し』だった。

 純血家系と言うのは基本的に仲が悪い。閉鎖的な一族内で代々同じ寮に組み分けされることも理由の一端だろう。各々の陣営が混血魔法使いを優遇するふりをして敵対する純血の一族を排斥し始めた。

 その結果、没落した純血の家系も少なくはない。

 ゆえに、現在残っている『代々純血の名家』というのは、血みどろの殺し合いの末に勝利した一族か、諦めて混血を受け入れた一族かのどちらかになっている。

 掲げた理想とは何だったのか、結局行きついた場所は強い純血はより強くなるために、さらなる純血の血筋を求めるという結果に終わった。

 そして、その弊害ももちろんある。

 

 いくつかの血族だけに伝わる呪術や、血筋にだけ顕現する血統魔法が失われたことだった。

 

 

「純血同士で殺し合いなんかやってるから、死喰い人なんてものに縋っちゃうんだよ。……ああ、それで困ってる人狼の一族があったっけなぁ、一族から裏切者が出たって、皆で右往左往して、斬ったり斬られたりしてたよね」

「……」

 

 馬鹿な人たちだなぁ、と髭切は尖った犬歯を覗かせて笑う。

 

 

「純血だろうが混血だろうが関係ない、そして、死喰い人だけが敵じゃない」

 

「……」

 

 黙る小狐丸は何かを堪えているようにも見えた。

 ガチャリ、と扉が開く。

 現れたのはグリフィンドール寮の寮監。巴形薙刀だった。

 

「事態は把握している。お前たちの処分を申し伝えに来た」

「しょ、処分……」

「二人は寮が違う。よって私の一存で処遇を決めることは出来ぬと思ってな」

 

 小狐丸の指摘通り、二人は所属寮が違う。

 髭切はグリフィンドールだが、膝丸はスリザリンだ。

 

「まず、9と4分の3番線についてだが――原因はまだ分からぬ。捜査中だ。しかし、今回のこの件はホグワーツの管轄下にある。お前たちはたまたま運が悪かっただけだろう。取り残されたと言っていた1年生と2年生は迎えをやった。もうすぐ汽車と一緒に到着するだろう」

「おお、良かったな兄者!」

「うんうん、源氏万歳」

「だがお前たちの行動については処分せねばなるまい」

「……」

「……」

「勝手に他人の車を拝借した上に飛ばして、暴れ柳に突っ込み、さらに廃車にしているのだぞ? 本来ならば少年犯罪としてウィゼンガモット法廷まで持ち込まれるべき案件だが、不幸中の幸い、今連絡を取ったところ左文字家は不問に付す、とのことだ。ゆえに学校内での罰則に留めることにした」

「罰則……」

「ありゃ……」

「追って沙汰を伝える、良いな?」

 

 その後、巴形は黙っていることを条件に「事情が事情だから致し方なかろう、組み分けの儀式には参加を許す」と言い歓迎会の準備へと戻っていった。

 

 

「……まぁ、退学にならなかっただけでもよしとしよう、兄者」

「それはそれで良かったんだけどね。OWL受けなくって良くなるし」

「兄者ぁ……!」

 

 どうやら兄は全く気にもしていないらしい。

 膝丸が呼び出された部屋の外に出ると、既に汽車が到着しているのだろう、ローブに着替えた生徒たちが次々と入ってくるところだった。

 数人かが怪訝な顔をして膝丸と髭切を見ている。

 

「俺達も行こうか、兄者」

「うんうん、お腹すいたしね」

 

 兄弟が大広間に向かおうとした時。

 生徒の群れから抜け出して呼び止めてくる人影があった。

 その数は3人。

 うち2人はスリザリン、残りの一人はレイブンクローのローブを着ていた。

 

「……江雪左文字と申します。戦いが、この世から消える日はあるのでしょうか……?」

「おお、江雪と宗三か」

 

 膝丸は同じ寮だったので、江雪左文字とその弟である宗三左文字を見たことがあった。

 多分名前を覚えられていないだろう兄に軽く紹介をした。

 レイブンクローの生徒の胸には監督生のバッジが光っている。

 確か同じ学年だったはずだ、と思ったが名前までは出てこなかった。

 

「私は、一期一振。藤四郎は私の弟達ですな」

 

 その藤四郎という言葉にふと気づく。

 そういえば、数時間前にキングスクロスで会った新入生の一人がそんな名前ではなかったか、と。

 

「キングスクロス駅で、弟の乱を助けてくれたこと、大変ありがとうございました。兄として御礼申し上げる」

「うちのお小夜のこともです……礼を言います」

 

 江雪と一期は、それぞれ弟と一緒にキングスクロスまで来ていたこと。そこで弟とはぐれてしまったこと。

 慌てて柵の向こう側に戻ろうとしたが入口が閉じていたこと。

 かくなる上は腕力で通り抜けようと、壁を二人でメッタ打ちにしていた所、ホグワーツ特急の鉄道職員により取り押さえられたこと。弟のことは心配だろうが、ここは大人に任せてなさいと、とりあえず汽車に乗るように言われたので仕方なく従ったことを説明した。

 

「ホグワーツにあなたたちが連絡してくれたことで……お小夜達は無事に学校にたどり着けました」

「乱から話は聞いています、本当に、ありがとうございました」

 

 ぺこり、と一期と江雪、宗三はお辞儀した。

 

「何、礼には及ばない。……我等も難儀していたのでな」

「うんうん。当然のことをしたまでだよ。ところで、左文字の車、かなりぶつけちゃったけどごめんね」

「そ、そうだった……!」

 

 リムジンは暴れ柳の容赦ない攻撃によりかなり損害が酷かった。

 しかし江雪は首を横に振る。

 

「車など……弟達の身に比べれば」

「兄様……!」

「それに……換えの車ならいくらでもあります……」

 

 裕福な江雪は特に気にしていない様だった。

 チッ、と何故か横で一期一振が地味に舌打ちをしていた。

 組み分けの儀式があるので、これで、と二組はそれぞれ大広間に戻っていく。

 

「俺達も行こう、兄者」

「組み分けかぁ」

 

 

 

 

 

 大広間では組み分けの儀式が始まる直前だった。

 膝丸はスリザリンのテーブルに、髭切はグリフィンドールのテーブルにそれぞれ分かれて座る。

 天井は例年通り魔法がかかっており、星の光と蝋燭の燈が

 やがて一年生が列が入って来る。

 例年通り年下の兄弟が入ってきているのだろう、左文字が弟に手を振っていた。

 

「毛利! 信濃! 乱ーー! 博多ーー!」

 

 ぶんぶんぶんとレイブンクローから手を振り回している粟田口の長兄が居た。

 帽子を次々に頭の上に乗せられた新入生たちが寮に振り分けられていく。

「小夜左文字」

「スリザリン!」

 

 帽子が頭に乗せられるや否や、スリザリンと宣言された左文字の末弟は、パタパタとスリザリンのテーブルまで走っていった。兄たち二人が笑顔でそれを出迎えている。

 これで兄弟が全員同じ寮に揃った、という晴れやかな笑顔だった。

 

「浦島虎徹」

「スリザリン!」

 

 スリザリン、と宣言された橙色の髪の少年は「蜂須賀兄ちゃーーん!」と兄の名を呼びながら嬉しそうにスリザリンテーブルへと駆け寄る。

 横の席を弟の為に開けていたのだろう、蜂須賀が満面の笑みで弟を迎えていた。

 ひとしきり笑いあった後、浦島は一瞬だけグリフィンドールを見ていた。

 恐らくは腹違いの兄、長曽祢を気にしているのだろう。

 長曽祢はグリフィンドールの席からただ笑って手を振っていた。

 

 兄弟や姉妹と言った縁者と再会するもの、離れる者、それぞれが笑ったり泣き出していたりするのも最早見慣れた光景だ。離れた子供も最初のうちは寂しい寂しいと泣きはするが、そのうち忘れて学園生活に順応を始める。

 膝丸はふと5年前、自分たちの組み分けを思い出していた。

 

 

 

 5年前。膝丸と髭切も同じ様に、上級生たちに見守られながら組み分けの儀式に臨んだ。

 髭切の方が先に呼ばれ、グリフィンドールに組み分けられた。

 次は自分だ。

 この時の膝丸は、兄と同じ寮に入れると信じて疑っていなかった。

 だって、いつでも、どこでも、ずっと一緒だったのだ。

 だから今度もきっとそうだ、と思い込んでいた。

 

「スリザリン!!」

 

 しかし、頭の上から告げられたのは別の寮の名だった。

 ぽかん、と椅子の上で硬直していた。

 少しして、兄者と違う寮に組み分けられてしまった、という現実がのしかかる。

 兄者ともう一緒に居られない。そう、もう兄者と同じ部屋で過ごすことも、同じテーブルで食事をとることもできない。

 ふと、目の前の景色がじわっとにじんだ。

 

「うっ……うぅっ……!」

 

 新入生だった膝丸は椅子の上でぽろぽろと泣き出していた。

 

「あにじゃ……あにじゃあ……!」

「ありゃ? ないちゃったよ弟」

「あにじゃぁ……! はなれ……ひっく……はなればなれはいやだ……あにじゃぁ!」

「はいはい、泣かない泣かない。大丈夫大丈夫」

「あにじゃ……」

「違う寮になったからって帽子斬ったりなんかしないって」

「あにじゃーーーー!!」

 

 

 

 

 あまりに膝丸がべそべそぐすぐすと泣くので組み分けは一旦中断となり、その後『組み分けで泣いたヤツ』といいう不名誉な綽名で呼ばれることになり、その年は『泣いた奴が出た組み分け』という伝説ができてしまったが、膝丸としてはどうでもいいことだった。

 今ではいい思い出で、悪い夢だ。

 寮が違えど別に学校生活がどうにかなるわけでもない。低学年の頃は寮ごとで行われることもある授業も学年が上がるにつれて選択科目で行われるため寮は実際ほぼ意味もなくなる。

 それでも本人たちには大事なことなのだろう、かつて自分がそうであったように。

 

 

 

「また粟田口の子か! 君の寮はもう決まっておる! グリフィンドオオオオオオオオーール!!」

 

「あ゛あ゛あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

「乱! みーだーれー! はやくはやく!!」

「こっちだ」

「今度ははぐれるんじゃないぞー」

「全員、揃ったな」

「いち兄……」

「しっ、見るんじゃない」

 

 

「どう゛じで……どう゛じでわ゛だじだげ……どうして私だけレイブンクローなのですか……? 私が……私が何をしたというのですか……? 答えて下さい組み分け帽子殿……何故……何故……。私だってそっちに行きたかったのに!!!!」

 

「いち兄……」

「いち兄……」

「いち兄……」

 

 レイブンクローの一期一振の慟哭が響いていた。

 

「今年もか……」

「壮絶だねぇ、あの兄弟も……」

 

 源氏兄弟は自分たちのことを棚の上に上げて、違う場所からそうつぶやいた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 翌日、膝丸は朝食をとるために大広間へと向かう。

 基本的に寮のテーブルで食事をとることにはなっている。が、朝食や昼食はその限りではなく、むしろ上級生になればなるほど、自由行動が増える為、他寮であっても、気の合う者同士で膳をならべていることも少なくなかった。

 と、言うわけでグリフィンドールのテーブルまで膝丸は歩いてく。

 

 途中下級生たちの声が聞こえる。

 黒髪に眼帯をつけた少年と、隣の真白な少年が何やら話していた。

 

「もうすぐフクロウ便の時間だね、鶴さん」

「そうだな、光坊。今年オレの家は驚きを求めてなんと鶴を飛ばす予定だ」

「えぇ!? それって大丈夫なの??」

「赤はそのうち着くだろう」

「えぇ……?」

「光坊の家はどうなんだ? ひょっとして、狼でも来るのかい?」

「フクロウだよ普通に。……あ、でも、ボクの兄上が、ボクの忘れ物をいくつか送ってくるかも……」

「ははっ、相変わらず身内に過保護なヤツが多いなぁ、長船は」

 

 噂をすれば、だ。

 頭上からバタバタという羽ばたきがいくつも、いくつも聞こえてくる。

 百羽以上のフクロウが魔法で空を映した天井を乱れ舞う。

 よく目を凝らすと、フクロウ以外も飛んでいる様だ。

 宣言通り鶴が飛んでいると思えば、その横を到底イギリスのフクロウとは思えない巨大な猛禽類が飛んでいく。膝丸は、たまたまそれが東ヨーロッパ付近に生息する種類だと知っていた。やたらと大きな荷を抱えている。

 かと思えば、緑色の春告鳥がぱたぱたと飛んでいた。

 「オーカネヒラ!」と変わった鳴き声を発している。

 その時、膝丸の頭上に自分の家のフクロウが飛んでくる。

 腕に乗せてやると、嘴に何かを咥えていることが分かる。

 それは、魔法界の子供ならば一度は見たことがある――――そして、誰もが恐れる、赤い封筒だった。

 

「た……大変だ、兄者ああああああ!!」

「おはよう。弟の……えっと、弟だ。どうしたんだい?」

「兄者大変だ! 母者が――母者からの!! 吼えメールだ!!」

「吼丸?」

「俺は膝丸だ!!」

 

 

 髭切は、「あぁ、吼えメールかぁ」と合点する。

 その赤い封筒を見た先ほどの隻眼の少年がおそるおそる、と言った調子で「あの」

と口をはさんだ。

 

「開けた方がいいよ。開けないともっとひどいことになるんだ。実休の兄上が前に僕に寄越したことがあるんだけど、放っておいたら……」

 

 そこでごくり、と生唾を飲み込む。

 心なしか、わずかに顔色が蒼くなっているようにも見える。

 

「ひどかったんだ……」

「あぁ……ありゃ災難だったな……光坊」

 

 白い少年が隻眼の少年の肩を叩いた。

 

「じゃあ、開けた方がいいのかな?」

「だろうな、兄者」

 

 膝丸は緊張で震える指先で嘴からそっと封筒を外して、開く。

 同時に少年たちがバッと両手で耳を塞ぐ。

 そして、大広間に良く通る明瞭な女の声が響き渡った。

 

 

『こんにちは、愛らしい私の魔術師さん達。ホグワーツに無事到着したようで何よりです。勉学ははかどっていますか? 母は遠方から貴方達のことをいつでも思っていますよ。

 ですが……今日は貴方たちを叱らねばなりません。母は心を鬼にします。はい。私が鬼になります。

 

 車を盗み出すなんて、退学処分になって当たり前です。首を洗って待ってなさい。承知しませんからね、いっそこの母が髭まで、いいえ膝まで斬って差上げます! 父上様がどんな思いだったのか、貴方達は考えたことがあるのですか』

 

 

「母上だぁ」「は、母者……」

 

 大広間中の視線が一気に集まる。

 そこには一体誰が吼えメールを貰ったのか、という好奇のまなざしが注がれていた。

 

 

『昨夜、宗近校長から文が届き、父上は恥ずかしさの余り憤死してしまうのでは、と心配しました。こんなことをする子に育てた覚えはありませんよ、どうして手紙を書いてくれなかったのです? ……何故?』

 

 その時、膝丸は。

 母者の声のトーンがひとつ下がっていることが分かるだろう。

 わずかな沈黙が入る。

 不思議と周辺の温度が不自然にかつ急速に下がっていることを実感するだろう。

 

 母親の憤怒、というものに心当たりがある大広間中の十代の少年少女は、皆こころに思い当たるただひとつの確かな事象を発見する。

 あ、これヤバい奴だ……と。

 

 

『ねぇ……ねぇ。ねぇ……どうして? どうしてですか? 何故、何故何故何故何故?』

 

 声はますます熱を帯びていくようだった。

 

『母のことが信頼できなかったのですか? 信じられなかったと言うのですか? 何故? 何故なのです? どうして? 

 どうして、どうして、どうしてですか!? 答えなさい!! 答えなさい、答えなさい! 膝丸ちゃぁああああああああああああああああん!?!?』

 

「は、母者ぁーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 

 

 

 その時、膝丸は思った。

 

 何故。

 

 何故なのだ。

 

 何故、俺だけなのだ。

 

 

 衆目の前で名指しだなんて、酷いじゃないか母者……。母者がこんなに名前を呼んでくれるのになんで兄者は名前を呼んでくれないのだ……。

 

 と、数あるバリエーション豊かな問題を棚の上に上げまくり、膝丸は心の中で泣いてた。

 

 

『これ以上はもう申しません。ですが、今後はどうか、母を裏切らないように。そんなことになったら、私、何をしてしまうか分かりません。その時は、本当に母は愛しい子らの為、鬼になりますよ……』

 

 

 

 最早大広間は完全な絶対零度の静寂に包まれていた。

 

 赤い封筒は、火となり、炎となり、やがては灰へとなり果てた。

 底知れぬ恐怖、母の愛とも妄執ともつかぬ凄まじい何かを感じ取った生徒たちはただ呆然とその場に立ち尽くすことを選んだ。

 兄者、と膝丸は兄を見る。

 流石にぽかん、として、その金色の目をぱちくりとさせていた。

「母上が、鬼?」とぼそぼそとつぶやいている。そして、うんうん、と何か納得したかのように頷いて、ふわりとした笑顔を浮かべた。

 

 

「鬼だろうが母上だろうが――すぱすぱ斬ってしまおう!!」

 

「あ、兄者ぁあああああーーーーー!」

 




刀剣男士が足りないという事態発生につき、母者役ということで頼光殿に特別出演していただきました。
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