源氏刀と秘密の部屋 作:バジリスク13世
その日膝丸は、暇だった。
空き時間だ。
最愛の兄者は今『数占い』の授業に出ている。
そして、日ごろ兄に構ってばかりいるせいで膝丸に友達は少ない。
つまり――暇だった。
このような空き時間には図書館か、大広間での自習が奨励されている。
仕方なく図書館へと向かおう、としたとき寮監の小狐丸と目が合った。
「おぉ、そうじゃ。……膝丸。今の時間は、空いておるか?」
「はい」
「ならば、第三温室へ行ってはくれぬか? 2年生の薬草学だが、手が足りんようでな」
「2年生の?」
「今年はマンドレイクを扱うらしいのでな」
「マンドレイク? まさか、あのマンドレイクのことですか?」
「左様。何でも今年は入手ができた、と。しかしながら知っての通り危険も多い植物だ。確か、植物学の成績は良かったと記憶している。任せて良いな?」
「はい」
「ならば任せた。気をつけろよ、噛まれると痛いぞ。野生ゆえ」
小狐丸にそう命じられた膝丸は第三温室へと向かう。
マンドレイクは確かに2年次のカリキュラムだ。
しかし、膝丸の時はあくまで座学だった。
教科書で特性を学び、標本を回す。せいぜいその程度の授業で終わったハズだった。
その理由は明白だ。
マンドレイクは高価なのだ。
ゆえに生徒分のマンドレイクがあり、そのうえ植え替えまで行えるともなれば、今年は破格の扱いだった。
温室に入ると既に薬草学の女教師が居た。
上機嫌で誰かと話している。
濃い緑の髪がくるりとこちらを振り向いた。
「来たか」
膝丸の顔を見ると、片方しか見えないその目を細める。
今年、新任の防衛術の教師、鶯丸友成だった。
「あぁ、お前は確か――――車を飛ばしてきたんだって? 小狐丸と巴形にはさぞ、こってり絞られたんじゃあないか?」
「……」
思いだしたくもない記憶を言及された膝丸はわずかに顔をしかめる。
「まぁ、あまり気にするな。大包平も似たような馬鹿をやっていた。あんまり気に病むこともないぞ」
鶯丸は、「じゃあな」と言うと温室から出ていった。
女教師に補助に来たと伝えると、「あなたなら心配ない」と女教師は言い耳当てとドラゴンの皮手袋を渡す。
「さっきのは、防衛術の鶯丸先生のようでしたが?」
膝丸が問うと女教師はにっこりと笑った。
「えぇ、そうですよ。今年マンドレイクを導入できたのは他ならぬ彼のおかげです。
何でも本の最新作の売り上げを全額寄付してくれたんだとか。
……まぁ、いいでしょう。さぁ、始めますよ。20人分の耳当てを用意して頂戴」
そう言われた膝丸は、架台を二つ並べてその上に板を置く。
簡単なベンチのようなものができた。
そのベンチの上に耳当てを並べていく。
準備が終わったころになると、二年生たちがぞろぞろと入って来た。
深紅のローブを着ている。グリフィンドールの生徒のようだ。
「今日はマンドレイクの植え替えをやります。誰か、マンドレイクの特性が分かる人はいますか?」
「マンドラゴラは強力な回復薬だろ」
いつか見た。白い少年が答えた。
負けじと隣の赤い目の少年が手を上げる。
「姿かたちを変えられたリ、呪いをかけられたリした人を元の姿に戻すのに使われまーーす」
「へぇ、そうなんだ」
「ちゃんと予習してきたから」
「大変よろしい、グリフィンドールに10点。しかし、マンドレイクには危険な面をあります。その理由を説明できる人は?」
はいはーい、と今度は別の少年が手を上げる。
「マンドレイクの泣き声は、それを聞いた者にとっては命取りになりまーす!」
と、すらすらとよどみなく答えた。
この学年は勉強熱心な生徒が多いなと膝丸は思った。
「その通り、もう10点。さて、ここにあるマンドレイクはまだ若い。だから声を聴いても命とりにはならないでしょう。が、確実に皆さんは数時間気絶することにはなります。だから、しっかりと耳当てを付けて!」
生徒たちは我先にと耳当てを取ろうともみ合った。
「今から模範をこの上級生がやってくれます。皆はしっかり見ているように」
「え……俺が、か?」
「あなたならできるでしょう」
突然の無茶ぶりにやや戸惑ったものの、よくよく考えてみればいい機会だ。
膝丸は覚悟を決めて植え替えることにした。
紫がかったふさふさとした植物をしっかりとつかみ、ぐい、と引き抜く。
その瞬間、耳をつんざくような泣き声が轟く。
慌てて大きな鉢を出しその中にマンドレイクを入れようとする。
が、マンドレイクは大きく抵抗し、ひと際大きな叫び声をあげるだろう。
生徒たちが一斉に耳を塞いだ。
「うっ……うわらば」
「光忠!?」
「おい、光坊!?」
ばたり、と一人の生徒が昏倒する。
近くの友人が揺すっているが反応がない。気絶しているのだろう。
「燭台切光忠は耳当てを付けていなかったのですか!?」
「……つけてた、が、倒れた」
「まー、光坊ならしょうがないんじゃないか?」
最早時間はない、膝丸は額に汗が浮かぶ。
かくなる上は、と鉢の中からマンドレイクを取り上げた。
マンドレイクは混乱し、ぴたりと泣くのを止める。
そんなマンドレイクの目を見て、膝丸は優しく語りかけた。
「我は源氏の重宝、膝丸也。安心しろ。ここにお前に害を加える者はいない。だから案ずるな――――そんなに、な泣くな。良いな?」
マンドレイクは大人しくしている。
「待っていろ、今鉢を変えてやる。前の鉢は窮屈だっただろう。これからは広い鉢で手足を存分に伸ばして眠れるぞ。だから少しだけ大人しくしていてくれ」
マンドレイクはつつましく、こくり、と頷く。
膝丸は「よし」と鉢の中にマンドレイクを再びぶち込んだ。
「大丈夫だ、俺に任せておけ。…………や、優しくするから……な……」
ボフン、とマンドレイクから謎の水蒸気が噴き出す。
最早マンドレイクの肌は薄緑色ではない。ほのかに赤くなっていた。
膝丸はまるで姫君を相手にするかのように優しくぱらぱらと上から土をかけると、マンドレイクは大人しくなった。きっと寝入ってしまったのだろう、温かで優しい、陽光の夢でも見ながら。
と、いう一連の流れを見ていた教師が絶賛した。
「す、素晴らしい! マンドレイクを言いくるめた魔法使いはホグワーツが始まって以来貴方だけでしょう! スリザリンに10点!! さぁ、皆さん、この上級生を見習って! こんな感じでマンドレイクを口説いて植え替え作業を始めなさい!」
「……え?」
という感じで薬草学の授業はほぼ滞りなく終了した。
気絶した燭台切光忠は医務室に引っ張られていった。
◇
次の授業は防衛術だ。
この科目は膝丸も髭切も取っている。
なので、兄弟そろっての授業になる。
「兄者、また会えてうれしいぞ」
「朝以来だよね」
兄者と朝以来に再開した膝丸は嬉しそうにほほ笑んだ。
全員が席に着くと、担当教師の鶯丸が自己紹介を始めた。
「鶯丸友成だ。名前については自分でもよくわからんが、まあよろしく頼む」
「自分の名前も分からないなんて変な先生だね」
「兄者が言うな」
鶯丸はマイペースに「他人のことなんか気にするなと、教えて回りたかったので教師になった」などと言っている。
「全員、俺の本を揃えているか? まぁ、1冊くらいは読み終えているだろうと思う。
……と、言うわけで簡単なテストを実施したい。心配するな。お前達がどのくらい俺の本を読んでいるかを確認するだけの、満点を取れて当たり前のテストだ」
と言うと、テストを配り始めた。
「30分だ、開始しろ」
生徒たちはテスト用紙に目を落とす。
1,大包平の好きな色は何
2,大包平のコンプレックスは何
3,大包平の逸話の中であなたが一番笑えたのはどれか140文字以内でのべよ
4,池田輝政が居た最終的な城はどこ
こんな質問が延々と3ページ裏表にわたって続いた。
生徒の殆どは、「大包平ってそもそも誰だよ」と思いながら適当に空欄を埋めていく作業を開始していた。
こんな感じで30分が経過した。
「成程。全員予想以上に本を読んでいる様だな。殆どの生徒が大包平のコンプレックス『日本刀の最高傑作なのに天下五剣に入りそこなった』に正解しているのは正直意外だった。好きな色? 俺も知らん」
「知らないのか……」
「随分ふざけた問題だね」
「ちなみに通常「包平」二字銘を切るが、この大包平は「備前国包平作」と長銘だ。更に大包平は見た目より軽いぞ。普通は2キロ以上あってもおかしくないが、なんとこいつは1,35キロだ。どうやら重ねが薄い、ということがこの軽量を実現させているらしい。まぁ細かいことは気にするな」
「何の話だ」
「明日には忘れてそうな話だね。弟の名前みたいに」
「兄者……?」
「『バンパイアとばっちり船旅』の吸血鬼には可哀想なことをしたな……。……あいつはもう、この先草しか食えないのかと思うとな……。『狼男との大いなる厚樫山歩き』を読んでる様で何よりだ。狼男はあまり怒らせるなよ。ストレスを与えすぎると奇行に走るからな。弟の写真を泥水に沈めてやったらそりゃあもう、酷かった」
「何してるんだ先生」
「弟?」
「兄者、俺だ。俺はここにいるぞ」
「それじゃあ、授業を始めるか。逃げたいが、逃げられんのが役目と言うヤツでな」
「……薄々感づいてはいたが……この先生、やる気ないのではないか……?」
「のんびりしようよ」
「それでは駄目だ兄者」
鶯丸はよっこいせ、と声を出すと、机の下に今まであったらしい。鳥籠のようなものを取り出した。
「今朝取れたばかりのピクシー小妖精だ。こいつを今から全部放流する」
「!?!?」
「!?」
すると鶯丸は「実力を見せてもらおうか!」と言うとピクシー小妖精たちを一気に鳥籠から放った。
かなりイラついていたらしいピクシー小妖精たちはここぞとばかりに暴れまわる。
具体的に言うと、ガラスを全部叩き割ったり、勝手に生徒の羽ペンを折ったり、インク壺をぶちまけ、その上にわざわざ教科書とノートを叩き落したりという念入りさだ。
生徒たちは大慌てで机の下に避難している。
肝心な鶯丸は、呑気にピクシー妖精と茶を啜っていた。おそらくは和睦でもしたのだろう。
「……」
膝丸は呆れて思わず閉口した。
どうやら本当にやる気はないらしい。
しかし、さすがと言うかこちらも5年生だ。
生徒たちは各自て勝手に反撃に出ていた。
静止呪文で動きを止める者や、金縛り呪文や失神呪文を乱れ撃つ者、インク壺を投擲して物理的にピクシーをブチ殺す者も居れば、変身術で刀を作り出しピクシーを叩き斬る者まで居る始末だ。
結局授業終了時刻まで、ピクシー小妖精たちは籠に戻される運命を辿った。