源氏刀と秘密の部屋   作:バジリスク13世

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5話

 授業時間が終わり、放課後になった。

 生徒たちは各々活動に励んだり、自主的に勉学を続けたり、消極的に課題をこなしたりしている。

 クィディッチに備えるべく飛行訓練を行っている者も多かった。

 

 膝丸はふと、朝に補助した薬草学で倒れた下級生が居たことを思い出す。

 人が良い膝丸はあの下級生はどうなったのだろうか個人的に気になった。

 ゆえに、兄と共に医務室へ向かうことにする。

 すると、医務室には既に先客がいる様だった。

 そこには。

 

 

 

 

 自慢の綺麗な顔をバッキバキにされた獅子寮の和泉守兼定の姿が。

 

 

 

 

 

「痛ぇ、之定」

「我慢しろ……全く、どうしてあんなことをしてしまったんだい?」

 

 付き添っているのは、従兄だというレイブンクローの生徒が一人、その他にもグリフィンドールのクィディッチのチームメンバーが遠巻きにしている。

 数人が入って来た膝丸を見て、顔をしかめた。

 膝丸個人を見て、と言うよりスリザリン生を示す緑色のローブを見て顔をしかめた、という方が正しいだろう。

 

「なんだ、俺の顔に何かついているのか?」

「穏やかじゃないね」

 

「あぁ、すまん。……今しがたスリザリンのチームとひと悶着あったものでな。それで気が立っている奴が多いんだ」

 

 キャプテン兼キーパーだという長曽祢虎徹が謝罪する。

 その割には軽傷を負っている者が和泉守しか居ないことに髭切は気づく。

 ……と、言うより和泉守だけがボコボコになっていると言っても過言ではないだろう。

 手当を受けていた和泉守兼定が反論した。

 

「だってよ! あの蜂須賀の野郎が! 長曽祢さんに言いやがったんだ!! 『穢れた血』だって!!」

 

「それは……」

「穢れた血、ねぇ」

 

 

 穢れた血、というのは魔法界の中でも最大の侮辱、もしくは差別の表現だ。

 マグル出身者や混血の者を揶揄して使うものとされている。

 しかし、表立って使用する様な言葉ではない。

 『マグルとの融和』政策をとる現代では穢れた血、と口にすることで逆に自らの品格を落す事に繋がる。

 時代錯誤な純血主義者、血しか頼る者がない無能者。

 その様に思われることになるだろう。

 

 すなわち、発言した者も発言された者も気づつけるまさに諸刃の剣なのである。

 だからこそ、純血の名家であればあるほど親から「そんな言葉は使うべきではない」と釘を刺されるのだ。

 

 たとえ、その内心がどうであろうとも。

 

 

「あのクソ野郎絶対許さねぇ……! いくら弟だからって……!」

 

「……ん? えっと……?」

「和泉守」

「何だよ!! …………あっ」

「お前さー……本当……」

「……まぁまぁ」

 

 それって、『弟』が『兄』に『穢れた血』と発言する、という状況になるってこと?

 

 自分にも(名前は思いだせないけど)弟が居る髭切は怪訝そうな顔をする。

 周囲の生徒たちは困ったと言う顔つきでお互いに目を見合わせた。

 しばらくして、堀川国広が微妙な顔つきでそっと口を差し込む。

 

「……えっと、長曽祢さんと、蜂須賀さんは、お母さんが違うんです。……それで、長曽祢さんのお母さんは、マグルの方だったんだけど、蜂須賀さんのお母さんは魔女なんです……」

「おぉ、成程。それは申し訳ないことを聞いたね」

「その……兄者が、すまん」

「別に構わんさ。俺が『穢れた血』であるのは紛れもない事実だしな」

「けどよ!!」

「……それにアイツも色々あるんだよ。まぁ許してやってくれ」

 

 

 長曽祢と蜂須賀は腹違いの兄弟、ということだ。

 そして、長曽祢の母親はマグルであり、蜂須賀の母親はれっきとした――おそらくは、純血家系の魔女なのだろう。しかも、長曽祢の口調から考えると、おそらく、蜂須賀の母の方が『正妻』だ。

 父親が他所で作って来たのか、不倫か、それともマグルだからという理由で結婚を認めてもらえなかったのか……そのどれも憶測を出ないがスキャンダルの類だろう。

 

 

「それで、君はキャプテンが侮辱されたことが許せなくって、という事?」

「……それはすまなかったな、その……俺の寮が」

 

 少し頭が冷えてきたのか、和泉守は「アンタが謝ることじゃねぇ」と言った。

 

「……そんなことで怒ってたのかい? 和泉守」

「な、何だよ之定……!?」

「いいや……ただ、兄として嬉しく思うよ。お前は正しい」

「……之定……?」

「今の世代は親を亡くしている子は少なくはないからね。お前も、ここにいる堀川も、確か、あの大倶利伽羅もそうだろう?

 だから僕がきちんとしつけてやらなけばと思っていたんだけど……杞憂だったようだ」

「…………の、之定」

「家族というのは、血じゃない。絆だよ。――少なくとも、僕はそう思っている」

 

 そう言うと、之定、と呼ばれた少年は和泉守の手を優しく取った。

 

 

 

「殴って悪かったね。でも、お前が――お前の正しいと思えることを、ちゃんと言える様な人間になって僕は誇りに思うよ」

「之定……!」

 

 

 

「待て!? だからコイツだけボコボコなのか!? この傷をつけたのは身内なのか!?」

「ほぅ……これが噂のDV……」

「そうなんです! 兼さんがスリザリン生と殴り合いになったところで、歌仙さんが現れて……横から兼さんをボッコボコに!」

「スリザリン生ドン引きしてたよね」

「そりゃねー。今から喧嘩かーとか思ってたら身内が横から殴ってくるんだからねー」

「狂気の沙汰だぞ!?」

「おぉ怖」

 

 

 

 と、グリフィンドール生徒たちを談笑していると、グリフィンドールの寮監である巴形が姿を現した。

 膝丸と髭切の姿を認めると「あぁ、ちょうどよかった」と言う。

 

「お前達の罰則だが、今夜行われるぞ」

 

 せっかく忘れかけていたのに。

 しかし、罪には罰が付き物だろう。

 仕方がない。と膝丸は何もかもを諦め、罰則を素直に受け入れることにした。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 膝丸の罰則内容は鶯丸のファンレターの返事、のあて名書きだった。

 が、肝心な鶯丸はやる気は皆無らしい。

 茶を啜ってばかりおり、膝丸にも茶をすすめてくる。

 たまに教師らしく一応何か話しかけては来る。

 「他人が何を言うかなんて気にするな」――だいたいそんな内容だった。

 気が付けば膝丸がファンレターの返信を代筆している有様だった。

 無限に続くような時間の中、ただただ目の前の紙と格闘を続ける。

 流石の膝丸の精神も限界に近付いてきたときだった。

 

 そんな時だった。

 

 ふと、異音がする。

 

 

『…………*てくれ。……**く』

 

 

 

 

『…………*てくれ。……**く』

 

 

 

 

 

 

 

「……何か……?」

「どうした?」

 

 後ろを振り向く。

 当然だが、誰も居ない。

 

「今、声が――」

「声?」

「……聞こえませんか?」

「何のことだ?」

 

 鶯丸は不審そうに聞き返す。

 

「……だが、声が」

「何だ? 呆けているのか? そうか、もうそんな時間だからな」

「聞こえないんですか?」

「だから、何だ?」

 

 その表情は、嘘を言っているようには見えない。

 つまりそのことから膝丸には分かってしまう。

 本当に、この声は鶯丸には聞こえていない。

 ……自分にしか聞こえていないのかもしれない、声なのかもしれない……と。

 

 思わず、ぞくりとした。

 

  

「……声です。声が――本当に――本当に、聞こえないのか?」

「…………」

 

 背筋が凍りつくような感覚がする。

 肌が粟立つような悪寒がする。

 縋るように見上げた目の先で、鶯丸と、目が合った。

 

「……っ!?」

「どうした」

 

 半分前髪に隠れた濃緑色の瞳が真っすぐにを見ている。

 照明がないせいか、その目に光はない。

 ただ暗いだけの瞳孔が開く。開いて、瞬きもせず、ただじっと見ている。

 見ている、ではない。 

 何かを見透かそうとしている――いや、むしろ暴こうとしている。

 そんな視線が刺さる。

 ――だが、

 

 だが、何を。

 

 

「つかれたのか」

「!?」

「疲れたんだろう? もう終いにしよう。罰則と言っても十分だろう」

 

 随分沢山書けたしな、と鶯丸は紙をまとめていく。

 どうやら先ほどの気配はなく、いつものどこかやる気のなさそうな飄々とした態度に戻っている様だ。

 

「もう帰っていいぞ。気をつけろよ」

「……はい」

 

 返事をすると、一礼してそのまま退出した。

 何とも言えない感覚がまだ残っている。

 飲み込み損ねた、何かが、まだ喉の奥に絡みつている――そんな感覚だった。

 ひょっとして、と膝丸は思った。

 

 俺は、何か、大事なものを見落としたんじゃないか――と。

 

 

 殆どの生徒は今、夕食を取っている時間だろう。

 だとすればこのまま大広間に向かうのがそぐわしい行動だ。

 だが、食欲はない。

 そう考えていると、前から見覚えのある、いや、見間違えるハズもない、ふわふわとした金髪の頭が見えた。

 

「おぉ……? あぁ、弟の……えっと」

「膝丸だ、兄者」

「そうそう、弟だ。終わったのかい?」

「鶯先生の所でファンレターの代筆をしていた……全く、難儀な罰則だった」

「ふぅん……。僕はねぇ、ずーっと褒賞の盾とか杯とか磨いていたよ」

 

 あぁ、疲れた疲れた、と髭切は肩をくるくるとまわしている。

 「僕、お腹すいたよ」といつもの調子だ。

 

「……なぁ、兄者」

「何だい?」

「……声が、」

「声?」

 

 

 その時だった。

 

 

 

 

『…………*てくれ。……早く』

 

 

 

『**く――早く……こっちに、*い…………早く』

 

 

 

 

「……誰だ!?!?」

「え?」

 

 同じ声だった。

 同じ声がする。

 同じ異音がする。

 ずるずると何かが軋むような音がする。這い寄るような音がする。

 そして、その声は。

 

 

『早く……来い。来い、来い』

 

 

 

 近くなっている。

 

 

 

「誰だ!!?? さっきから――さっきから誰だ!?」

「弟?」

「兄者にも聞こえないのか!? 声だ、声がするだろう!?」

「……声なんかしないよ」

「するんだ!! 言ってる、今も! 今も言っているだろう!?」

「……僕には、声なんか、聞こえないよ」

 

 

 膝丸の中で予感だったそれが、確信へと変わっていく。

 あぁ、理解したくなんかなかった。

 分かりたくもなかったのに。

 だが、きっと、間違いない。

 そうだ。この声は。

 

 この声は自分にしか聞こえていないのだ。

 

 

 

『来い、来い、来てくれ、来てくれ、来てくれ、来てくれ』

 

 

 

「ねぇ――――大丈夫かい?」

 

 

 

 

 

『来てくれ、来てくれ――きてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれきてくれ』

 

 

「……兄者……俺、は……!」

 

 

 音は止まない。

 声は近づいてくる。

 膝丸にはもう聞こえている。

 もう、自分のすぐ近くでその声が絶叫しているように――狂ったようにこだましている様に聞こえている。

 

「もう、黙れ!! 黙ってくれ!!」

 

 兄が自分を呼ぶ声がするのも構わず、膝丸はその場所から逃げ出した。

 向かう先は決めていない、分からない。

 とにかくどこでも良かったのだ。

 この『声』さえ聞こえていなければ、どこだって良い――その一心だった。

 

 だが、声が止む気配はない。

 

 むしろ、まるで。

 

 まるで、追いかけてきているような。

 

 

 いや、最早それは「声」とすら呼べないものになっているだろう。

 明瞭だったはずの言葉は唯の単語の羅列と化している。

 必死になって耳を塞ぐ。

 もうやめてくれ、と小さく叫ぶ。

 息が切れる。もう走れない。

 壁に寄りかかる。

 冷たい壁の感触が肌越しに伝わってくる。

 ひやりとした心地よい冷たさがそこにはあった。

 

 いや、違う。冷たいのは、壁だけじゃない。

 

 ふと見ると足が濡れている。

 靴が水に漬かっていた。歩くとびちゃびちゃと水音がする。

 何故気づかなかったのだろうと膝丸は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――みつけた』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り向いた。

 

 

 

 

「どうしたの?」

 

 なんてことはない、兄が居ただけだった。

 同じ様に息を切らせている。おそらくは同じ様に走って来たのだろう。

 思わず、ほっとした。

 

「兄者……」

 

 兄者で良かった、と言うと、兄は優しく微笑んだ。

 いい子いい子と言いながら頭を優しく撫でてくる。

 しかし、数秒後。

 その表情が変化した。

 まるで、視線の先に、見てはいけないものを見たかの様な表情だった。

 

 

「見るな!」

 

 

 結論から言うと、髭切の言葉は一瞬だけ遅かった。

 膝丸は見てしまった。

 

 それは、まるでモノのように見えた。

 

 しばらくして、イキモノだっただろうということに気づく。

 まるでモノのように乱雑にだらりと脱力したソレは、本来あるべき場所から遠く遠く離されて強制的に人為的にあるいは何者かの作為的にその場に吊るされている、といった表現が好ましい。

 それは、狐、だった。

 ホグワーツの管理人、鳴狐が「お供」として何時も一緒にいる狐だということは明白だった。

 生きているのか死んでいるのか、目を開けたまま――まるで恐怖で凍り付いたようなになって固まっている、そんな風に見えた。

 

 奥の壁には何か赤いペンキで文字が書かれていた。

 

 やがて、察するだろう。

 

 その塗料は、ペンキではなく。

 

 血だ、ということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 やがて、夕食を終えたのだろう、生徒たちが集まってくる。
 生徒たちは一様に同じ光景を目にするだろう。
 ある者は、恐怖におびえ。
 ある者は、この惨劇をもっと見ようと前へと進み出る。
 
 まずいな、と髭切は思った。
 弟はまだ恐慌状態で落ち着いているとは言い難い。
 恐らくは何かがあったのだろう、しかし、何があったのか。
 その把握がまだできないでいた。

 そんな生徒の群衆に交じって、鶯丸友成の姿もそこにあったことが分かる。
 恐らくは騒ぎを聞きつけてきたのだろう。
 
 そこで、髭切は確かに、見た。
 
 普段飄々とした態度の鶯丸が、その鮮やかな色の唇を開く。





「秘密の部屋」



 その口元に、艶然とした笑みを浮かべていることに。




 





「開いたのか」




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