家の前の道路から見ると、居間には電気がついていた。
辺りは暗い。もうそれだけの時刻と言うことだ。親が帰宅しているのだろう。
「ただいまー」
「道隆。あんた出掛けてたの? 鍵開いてたわよ」
「うん。ちょっと急ぎの用事が有って」
「最近物騒なんだから、ちゃんと鍵閉めて行きなさいよね。ま、超能力者相手に鍵がどこまで有効かは分かんないけど」
鍵がかかっていても襲撃されてしまうのが、英霊テロの怖いところだ。おまけに、英霊にはこちらからのあらゆる物理的攻撃が効かない。
英霊に狙われたら、一般民家などひとたまりもないだろう。
僕は少し笑った。
僕は足の痛みを我慢しながら、二階に上がった。
僕の部屋には、既にサーヴァント達が到着していた。
ヒロインXオルタと水着マルタ、そしてエリザベート・バートリ・ブレイブだ。
マルタとブレエリは2人並んでベッドに寝ており、そのベッドにえっちゃんが腰掛けている。
僕が部屋に入った時はちょうど、寝ているブレエリの血をえっちゃんが指先で掬って、それを舐めようとするところだった。
「おかえりなさいマスターさん」
「ただいま。お前何やってるんだ」
「いえ。英霊の血はどう言う味がするのかなと思いまして」
「そ、そうか…」
僕は勉強机の前の椅子に腰掛ける。
えっちゃんは指を舐めた。
「鉄の味ですね。全然甘くないです。
それよりマスターさん。チョコ買って来てくれて、ありがとうございます!」
「ほら」
「ありがとうございます!」
えっちゃんは僕の手から板チョコを奪い取ると、ビリビリと包み紙を剥がしてチョコを口に入れた。
物凄いスピードでチョコが消え、えっちゃんの血色が良くなる。彼女は太陽のような笑みを浮かべた。
「美味しい。
やっぱり、生きる気力が萎えた時にはチョコレートですね」
そう言うと彼女は、板チョコをもう一枚僕から奪い取り、その包み紙を破って口に入れた。
「やっぱりお前が食べるんじゃないか…。
いやまぁ、マルタもブレエリもチョコなんて要らないだろうけど」
チョコレートを飲み込み終わり、えっちゃんが口を開いた。
「マスターさん。チョコ食べないんですか」
「ほら。これもやるよ」
「…マスターさん。私の物になって下さい」
「いきなり何言ってるんだお前は」
「私は本気ですよ」
えっちゃんの目は真剣だった。
「キアラさんも、ハムさんも、マスターさんの令呪で消滅しました。
マスターさんは、強い自制心を獲得しつつあります」
「僕が自制心を獲得したら、お前達は消えるのか?」
「令呪が使えるようになるだけです。けど、そうなると私達は、マスターさんに怯えて過ごさなければならなくなります」
「不自由は嫌か」
「私は、マスターさんと一緒に死ぬのが夢です」
僕は黙った。
「別に、私だけじゃないと思いますよ? こう思ってるのは」
それは、確かにそうだろう。
彼女達がおかしいのには実感が有った。
皆、自分に殉じて死ぬ事を僕に望んでいるのだろう。
「断る」
「どうしてです。マスターさんは何のために生きるのです」
「僕は強欲なんだ。ハーレムを作りたい」
僕の言葉に、えっちゃんはベッドで寝る2人を見た。その目には涙が浮かんでいた。
「すまない。けど、分かって欲しい。
僕を以前説得してくれた時は、バランス良く生きろって言ってくれたじゃないか」
「あの時はキアラさんが居ましたから。立場が変われば言うことも変わります」
えっちゃんが立ち上がり、左手を握りしめる。
マルタとブレエリのお腹からえっちゃんの手に向けて、白い靄のような物が伸びた。
「
えっちゃんは一撃で水着マルタの胴体を切断し、ブレエリの上に乗って彼女の胸に剣を突き立てた。
水着マルタとブレエリが霧となって消え、彼女達が僕の中に還って来るのが分かった。
「えっ…ちゃん…」
僕が呆然としていると、彼女は近づいて来て僕の板チョコを奪った。
包み紙を破ってチョコを取り出す。
そして彼女は、僕の右腕を掴んだ。
強烈な空腹感が僕を襲った。
「マスターさん。私の物になって下さい」
えっちゃんは板チョコを口に咥え、歯でそれをパキリと割る。
唾液の付着したそれを、彼女は僕の口の中に押し込んだ。
その一欠片はとても甘く、頭が芯から痺れるようだった。
「マスターさん。私の怒りとなり、喜びとなって下さい。死が2人を分かつまで」
「僕は、糖尿病、なんかで、死にたく、ない」
「…!」
えっちゃんは僕から離れた。
そして板チョコを放り投げ、両手で顔を覆って声を上げて泣き出した。
「えっちゃん、ごめん」
「キ ア ラ さ ん さぇ 居 な け れ ば…」
彼女の声は、大きく震えていた。
「その、あいつから救って貰ったことは感謝してる。他にも色々、助言とか貰ったし。
有り難かった」
「じゃあ、私の事を…!」
えっちゃんが勢いよく顔を上げる。僕は首を振った。
彼女は、また泣き出した。
「お腹が、減りました…お腹が…お腹が…」
えっちゃんが泣きやみ、ゆっくりと辺りを見回す。
そしてその手が板チョコの方に伸びた。
僕は目を瞑った。こんな彼女は見たくない。
彼女も、僕に見られたくは無いだろう。
「令呪をもって命じる。
謎のヒロインXオルタよ、僕の中に還るんだ…」
えっちゃんが、僕の中に還って来るのが分かった。
心の中に、空腹感が広がった。
目を開けた。
もう、部屋には誰も居なかった。
半分以上壊れた本棚と、何本もの焼け跡が付いた壁、そしてもう使えないくらいボロボロになったベッドを見た。
涙が溢れて来た。
「道隆、ご飯出来たわよー」
そして、ちょうどその時、母の声が階下から聞こえて来たのだった。