翌朝。
二階から降りて居間に行くと、人間大サイズのゴキブリが冷蔵庫を漁っているのが見えた。
いや、訂正しよう。
あれはゴキブリではない。全身を覆う真っ黒いパーカーとアルトリア顔から来る食欲旺盛と言うイメージが、彼女をそう見せているだけだ。
謎のヒロインXオルタ。
謎のヒロインXを打倒するため、あるいは彼女を乗り越えるため、はるばるサーヴァントユニヴァースからカルデアに来訪したサーヴァントだ。
ガチャした覚えもないのに、彼女は既にそこに居た。
「あ、マスターさん、おはようございます。冷蔵庫の中の甘味を、漁らせて貰っています」
彼女は、とても自然にそう言った。
※※※※※
「本当に、謎のヒロインXオルタなんだね」
「だからそう言ってるじゃないですか」
「いやその、僕たちの世界では君たちは、空想上にしか存在しないから」
「マスターさんって一般人ですからね。魔術は秘匿される物ですので当然です」
「そう言う意味じゃないんだけどなぁ…」
彼女は真顔のまま首を傾げた。そしてどうでも良い事と思ったのか、スプーンでハチミツを掬って口に入れた。
旅行のお土産や特売セールの戦利品として、家族の皆がごく稀に買って来るハチミツ。しかし我が家には、食パンにマーガリン以外の何かを付けて食べると言う文化が無かった。つまり、買えば買うだけ溜め込まれる事になるのだ。
探したところなんと4瓶ものハチミツが、収納棚の奥に眠っていたのだった。
冷蔵庫の中の甘味を食べ尽くし、粉砂糖に手を出そうとした彼女を止めるため、僕は彼女にハチミツを差し出したのだった。
今は彼女に甘味を与えて話を聞いている最中である。対面して座ると分かるがやはり、彼女は美少女だ。
流石はstay nightのメインヒロイン(のネタ時空におけるオルタ化した姿)だ。
「君って本当に僕のサーヴァント?」
「流石の私でも、それ、傷付きます」
「あ、いや、ごめん。
でも、魔力が吸われてるような感覚は無いんだ。それに令呪も見当たらない。どう言う事か分かる?」
「ふむ…」
えっちゃんは、スプーンを咥えたまま思考の海の中に沈んだ。
少しして自分の頰を抓ったり、僕の手をペシペシと軽く叩いたりして、また考え込む。
5匙目のハチミツが口の中に消えた頃、彼女は口を開いた。
「魔力供給は、マスターさんから行われています。けど何故か、その量はごく僅かで済んでいます。
ほとんど無いと言っても良いくらいですね。私が100人居てもまだ大丈夫でしょう。
令呪はマスターさんの心の中にあるみたいです」
「心の中ってどこですか」
「さあ」
魔力消費量が非常に少ないと言うのはまぁ分かる。フォウくんのお陰だろう。
サーヴァントをくれると言ったのに、それを維持する魔力が無いのでは片手落ちだ。貧乏人が維持費の高いスポーツカーを貰うような物である。
しかし、令呪が無いのか。
彼女は世にも珍しい文系のバーサーカーと言う設定だが、それでもバーサーカーなのである。
百歩譲って、これが他の英霊ならまだ良かった。けどバーサーカーと付き合うなら令呪は欲しい。
「君って僕に召喚されたの」
「マスターさんに召喚された覚えしか有りませんが」
僕はそんな覚えは無い。フォウくんが勝手に召喚してくれたのかも知れない。
あの動画は、召喚方法を伝えようとしていたのかも知れないと今更気が付いた。
「何を対価に召喚されたか分かる?
聖晶石か、純粋な魔力か。
と言うか、他のサーヴァントって召喚出来るのかな」
「それは…回答を拒否します。マスターさん、聞かないで下さい」
えっちゃんは下を向いて、さらにハチミツをスプーンで掬って口の中に入れた。
少し悲しそうな表情をしている。
どうする。彼女は嫌がってるぞ。
男として、いやマスターとしての判断が今問われている。
心の中にあるとか言う令呪で命令してみるか。
あるいは聞かずに済ませるか。
…聞かずに済ませよう。
嫌がってるんだ、無理に聞くべき事じゃない。
彼女が暴走した時の保険として、もう1人召喚したいのは事実だ。
けれど、召喚出来たとして、そのサーヴァントが僕の言う事を聞いてくれる保証も無い。次は酒呑童子が来るかも知れない。
「分かった。聞かない。
じゃあ話は変わるけど、その、君が今の勢いでうちの甘いものを食べると、多分今日か明日には無くなっちゃうと思うんだ」
「あ、私働きますよ」
「働く?」
「アルバイトです。ケーキ屋さんでアルバイトして自力で生計を立てます」
マジか。こいつ多分、僕なんかより100倍しっかりしてるぞ。
腐ってもアーサー王と言う事か。
けど、生計?
「それだけ甘い物が食べたいって事だね」
「それも有りますけど、人間生きていくにはお金が必要ですから。私はサーヴァントですけど。
マスターさんの家に居候する訳にもいきません。家賃とか稼ぐ必要が有ります」
「霊体化すれば良いんじゃ」
「霊体化は嫌です。幽霊みたいになるくらいなら働きます」
本当にしっかりとしているサーヴァントだ。fgoでは和菓子を齧っているイメージしか無かったのだが。
「じゃ、早速今からバイト先を探して来ます。落ち着いたら連絡しますね」
そう言って彼女はスプーンを置いた。丁度ハチミツ1瓶が空になったところだった。
え?もしかして今から別行動?
いや確かに僕は一介の大学生だから、僕に頼れないと言うのは分かる。分かるよ。
けどもっとこう、ほら、親交を深めたりとか色々あるんじゃないの?
と言うか、サーヴァントと一緒に暮らせなければプレゼントの意味が無いんじゃ…。
僕が社会人だったら良かったのか?
甲斐性を持っていなければ引き留められないのは、サーヴァントも一緒だと…。
フォウくん…。
そそくさと去っていく謎のヒロインXオルタ。
僕は彼女に、何の言葉もかける事が出来ないのだった。