腹に重い金属の塊のような物を叩きつけられ、僕は強引に起こされた。
「子犬! 朝よ! 起きなさい!」
「お、お前は…!」
エリザベート・バートリー・ブレイブ。
水着キャラに負けずとも劣らない肌色面積を誇る真紅の勇者が、ニコニコと笑顔で立っていた。
このクソ野郎。いや、クソトカゲ。折角人が安眠していた所を。それに今日は日曜だぞ…!
「れ、令呪をもって命じる! 謎のヒロインXオルタよ、来い!」
辺りは静まり返った。
えっちゃんが来る気配は無い。
あれ、おかしいな。確か原作では令呪で瞬間移動出来てなかったっけ?
…いや、分かってる。分かってるよ。僕の自制心とやらが足りないんだろう。
けどそんな物、一朝一夕に身につく物じゃない。
「ねぇ子犬? 今なんか、謎のヒロインXオルタって聞こえたんだけど。
私の前に召喚されたサーヴァントがいるのね?」
ブレエリの口調は優しい。顔も笑顔だ。けどその目だけは笑っていなかった。
僕が召喚するサーヴァント同士は、どうやら敵対関係にあるらしい。流石の僕でもそれは分かる。
つまり、僕は、呼び出したサーヴァントを一目見るなり、その敵を呼び寄せようとした訳だ。
これはほとんど、サーヴァントにとっては死刑宣告に等しいだろう。自害せよと言う命令に比較すれば僅かにマシと言うレベルだ。
僕はブレエリを刺激しないよう、慎重に言葉を選んで言った。
「あ、ああ。いるよ。さっきはごめんね。
ちょっと乱暴に起こされたから、敵だと思っちゃって。
まさかエリちゃんだとは思わなかった」
「ふーん。それで、そのサーヴァントを、令呪で呼んだの?」
「そう。そうだよ。
今思うと来なくて良かった。サーヴァント同士が出会うと大喧嘩になるんだろう?」
「そんな事ないわよ。確かに、他のサーヴァントより優れていたいって気持ちはあるわ。
けど、突き詰めれば私達は仲間なんだもの」
仲間? えっちゃんと水着マルタが仲間か。
どちらも仇を見るような目で相手を見てたけど。
いや、でも、あの時は冷静じゃなかったって水着マルタも言ってたし、冷静なら話し合いも出来たのか?
「ま、それは良いわ。
と言うか子犬! グズグズしてると時間になるわよ!」
「時間? …何の時間?」
「そんなの、ラジオ体操に決まってるでしょ! 朝6時30分からテレビでやってるあれよ!
日本人の常識よ?」
僕は口をポカンと開けた。
どうして日曜日の6時から、ラジオ体操をしなくちゃならないんだ。
これでも昨日は夜1時まで起きて課題をやってたんだけど。
僕は布団に包まって言った。
「ラジオ体操はパス。眠い」
「ちょ! ダメでしょ子犬! 私の言う事は聞きなさーい!
またエイティーンを叩き付けるわよ!!」
僕はガバリと飛び起きた。
目覚まし時計を見る。午前6時15分だった。
※※※※※
「頑張ったわね子犬! 花丸あげちゃうわ!」
「お前は良いよな見てるだけだから…」
「何言ってるの? 私が霊体化を解除したら大事になるでしょ!
子犬の家庭を引っ掻きまわさないでおこうって言う、私なりの配慮じゃないの!」
一階のリビングでのラジオ体操を終え、僕は再び自室に戻って布団を引っかぶり寝ようとしていた。
その僕の手を、ブレエリが掴む。
「何寝ようとしているの? まだ一日は始まったばかりよ」
「眠い」
「エイティーンを叩きつけるわよ!」
「次は何をすれば良いんだよ全く…」
「まずは動きやすい服装に着替えなさい。そして10分後に玄関の外に集合よ!
大学に通ってるんでしょ? そこまでランニングするわよ!」
僕は再度大きく口を開けた。
「ちょっとサーヴァント呼んでいいか。この訓練に付き合わせたい」
「良いけど、どうやって呼ぶのよ」
「そいつスマホ持ってるんだ。呼べば10分もしないうちに来るからさ」
「そう。じゃ、下で待ってるわよ!」
ブレエリが霊体化して扉の外に出て行ったのを確認し、僕はえっちゃんに電話を掛けた。
凶暴なサーヴァントを召喚してしまったから、すぐに助けに来て欲しいと言う電話だ。
※※※※※
「ほらほら〜! 子犬! しっかりしなさい!ハリーハリーハリー!」
僕は、足を止めたブレエリに追いついて言った。
「いや、えっちゃんが遅れてる。少し休憩にしよう」
「ん? 子犬、何足を止めてるの!
あの暗黒卿が合流するまで、その場で足踏みよ!」
ブレエリの足元を見ると、なるほど彼女は足踏みを止めていなかった。
マジかよ。
僕はブレエリそしてえっちゃんと一緒に、大学までの道をランニングしている。対ブレエリ用に呼び出したえっちゃんは役に立たなかったのだ。
今は地下鉄で二駅分ある距離の、ようやく半分を過ぎたかどうかと言う所だ。
長剣を片手で天に突きつけながら大声を出して走る真紅と肌色の悪魔。道行く人には、ブレエリはそう見えただろう。
実際かなりの注目を集めているが、本人はむしろ楽しげに笑っている。
エリザベート・バートリー・ブレイブ。
竜の因子を持つ悪の少女エリザベート・バートリーが、ハロウィンイベントにおいて勇者のコスプレをしたサーヴァントである。
こうして文字にしてみると、恐らく全然理解できないと思う。しかし、彼女はコスプレの似合っている美少女として創造された存在であった。
『「ビキニアーマーを着た勇者」の格好をしている半悪魔の少女』と言う訳の分からない存在を目に入れてそこに歪さを感じなかったのは、僕だけではないだろう。道行く人々も同じはずだ。
彼女の存在を目に入れた人は、彼女の正気ではなく自分の正気を疑ったのではなかろうか。
こんな幻覚を見るなんて、仕事のし過ぎなんじゃないだろうかと。
「はぁ、はぁ…。待って下さいマスターさん。エリザベートさんも」
「だらしないわね全く。勇者に駆けっこで負けるなんて、ペンドラゴン卿の名が泣くわよ?」
「私はそう言うのどうでも良いんで…」
えっちゃんは少し息を整えると、懐から団子を取り出してそれを口に入れた。
「水分不足にならないかそれ。大丈夫か」
「この団子は特別製ですから。インフィニティ黒あんこが入っているんです」
「そ、そうか…」
「マスターさんとエリザベートさんもいかがです。体力が回復しますよ」
「フン! 修行の最中にそんな贅沢は逆効果よ逆効果! 子犬も断りなさいよね!」
「ええっと、そうだな…」
僕はブレエリとえっちゃんを見比べた。
全然息の切れてないブレエリ。まだ息の荒いえっちゃん。
どちらに従うべきかは一目瞭然だ。と言うか、名剣エイティーンによる制裁が怖い。
急に呼び出した挙句ランニングに付き合わせてしまったえっちゃんには、申し訳ないと思う。しかし彼女の潤んだ瞳に応える事は出来ない。
「エリちゃんの言う事も一理ある。その団子は、大学に着いてから貰うよ。まだ朝ご飯食べてないし」
「何言ってんの子犬! 朝ご飯は家に帰ってからに決まってるでしょ!」
「いや、でもお腹空いてるし…」
ブレエリは、フンと鼻を鳴らして言った。
「全くもう! じゃあランニングを続けるわよ!
付いて来なさい!」
彼女は駆け出した。僕とえっちゃんはそれを追った。
僕は小声で彼女に尋ねた。
「ねえ、えっちゃんはセイバークラスのサーヴァントへの特効宝具持ってたよね。行けない?」
「多分ダメです。fgo式に言うと、彼女の通常攻撃には、私への特効が入りますから」
何だよそれ。初耳だぞ。
「ほらほら〜! 何やってんの!
もっと気合い入れて走んなさい!!」
僕はため息をついて、楽しそうに走るブレエリを追った。