駅前には、人集りが出来ていた。
まず、先に駅に到着していたブレエリを中心とする人集り。
これは想定内と言うか、こうなる事が予想出来ていたからこそ彼女を先に行かせたのである。
しかし、人集りはもう一つ有った。パチンコ店の前にも野次馬が居たのだ。
そのパチンコ店は黄色いテープで封鎖され、何人もの警察官が警備に当たっていた。
と言うか、警官がこんな至近距離に居るのに、ビキニアーマーと名剣エイティーンと言う出で立ちを相変わらず貫くブレエリの神経が凄い。
いざとなったら霊体化して逃げられると言われたら、まあそうなのだが。けど勇者がそれで良いのかよ。
「強盗らしいですよ。怖いですね。
あ、マスター、お団子です。どうぞ」
「ありがとう。優しさが身に染みるよ」
いつの間にか駅に着いていたえっちゃんが、お団子を差し出してくる。
ブレエリはエイティーンを天に掲げてポーズを取るのに夢中だ。僕はその隙にお団子を口に入れた。
甘い。少し甘過ぎる。
しかしそれ以上に美味しい。活力が湧き上がって来るようだ。HPが1000回復すると言うのは伊達じゃなかった。
「ありがとう、えっちゃん。急に呼び出したのに付き合って貰って」
「構いません。マスターさんのサーヴァントとして、これくらいはしなければ。
それに、運動の後の甘味は格別なんですよ」
彼女は笑って、恐らく近くの売店で買ったのだろう桃ジュースを一口飲んだ。
「えっちゃんはバイトが有るから、ここでお別れだよね。今日はありがとう。お団子美味しかったよ」
「いえ、まだ付き合います。バイト先、今日は臨時休業ですから」
えっちゃんの視線の先を見ると、ケーキ店のシャッターは閉まっている。
ここからでは内容は分からないが、そのシャッターには一枚の紙が貼り付けてあった。
もしかして、強盗の逃走を許したのかも知れない。
警察官の物々しい雰囲気も、その予想を裏付けているように思える。
強盗が捕まっていないなら、警察官も確かにコスプレ娘なんかに構っている暇は無いだろう。
その時、後ろからトントンと軽く肩を叩かれた。
振り返ると、サングラスをかけた巨乳の女性がいた。全身パリッとしたダークスーツだったが、それでも彼女のスタイルの良さは隠し切れていない。
誰だ?
「マスター。見に来てくれたの?」
その女性はサングラスを外し、ニコリと笑った。
「…あなたは、もしかして、マルタさんですか」
「ええ。それとマルタで良いわよ。
マスターに畏まられると、こちらもやり難いわ」
あまりにも水着のイメージが強すぎて、全然気が付けなかった。
「…水着はどうしたんだ」
「この服装をしてるのは、水着を見せたくないからなんだけど!?」
「あ、いや、すみませんでした! 失礼しました!」
僕は速攻で謝った。腰を90度に曲げて謝る。
周囲の目線が集まるが関係ない。それより命の方が大事だ。
周囲の人々が僕に目を向けた事で気が付いたのか、ブレエリがこちらにやって来た。
「あ、子犬。到着してたのね。
で、そいつは…サーヴァントかしら」
「ええ。ライダークラスで現界した聖女マルタです。どうぞよろしく。貴女に神のご加護がありますよう」
「いや、ルーラークラスですよね。そこを誤魔化すのはいけないと思います」
口を挟んだえっちゃんに対し、殴ルーラーは拳を固めてキッと睨みつける。
ライダークラスのマルタでは、絶対に出来ない言動だ。ライダークラスの彼女はこんな暴力的じゃない。
「ふぅん。ま、どっちでも良いわ。
マルタって言ったら、聖書に出て来るあの聖女よね?
丁度パーティに回復役が1人欲しいと思っていたのよね! あなた、仲間になりなさい!」
「え、ええと。お気持ちは嬉しいです。でも私には、やらなければならない事がありまして」
回復役なら殴ルーラーよりえっちゃんじゃないのか?
確かに本家マルタなら味方を回復出来るが、水着マルタは自分しか回復出来なかったはずだ。
「やらなければならないこと?
でも、私達勇者のパーティにも、やらなければならない事はあるわよね。それよりも重要な事かしら?」
「もしかしてそれって、謎のヒロインXオルタさんを倒す事ですか。
いけませんよ、彼女はああ見えて理性的です。確かに誤解されやすい外見ですが…」
「チッチッチッ…」
ブレエリは人差し指を立ててそれを左右に振った。
初対面の相手にやる事ではないが、彼女がやるととても様になっていた。
「あなたにはアレが見えないの?
あのパチンコ店の惨状が!
あれは、私達の生活を脅かす悪魔の仕業に違いないわ!
私達勇者のパーティで、あの犯人を捕まえるのよ!!」
「悪魔ですってぇ…!?
悪魔は貴女の方でしょう!!
そのツノと尻尾が、貴女の性根をあらわしているわ!!」
マルタは大きく叫ぶと、ブレエリに向かって拳を振るった。
剣を高く掲げて空を見つめていたブレエリはそれに対処出来ず、咄嗟に左手に持つ盾でガードするに留まった。
金属と金属がぶつかり合う音が響き、ブレエリは数人の野次馬を巻き込んで吹っ飛んだ。
悲鳴が上がり、野次馬達が距離を取る。僕とえっちゃんも彼らに紛れるため、殴ルーラーから距離を取った。
ブレエリがゆらゆらと立ち上がる。
「痛ったいわね。突然殴るなんてどう言うつもり?」
「さっきの言葉を撤回しなさい。悪魔は私ではないわ。パチンコ店よ」
「ふぅん、なるほど。つまりアンタが強盗犯だって訳ね? そう言う事よね?」
「ええ。私が神に代わって裁きをくだしました」
僕は唾を飲み込んだ。まさかマルタが犯人だったとは。
精神に変調を来たしたサーヴァント、と言うえっちゃんの言葉が脳裏をよぎった。
水着マルタの設定はよく知らない。しかしいくら何でも、問答無用での実力行使はしなかったはずだ。それではヒロイン失格である。
「えっちゃん、止めてくれ。このままでは大事になる」
「すみませんマスターさん。私は傍観させて貰います。
私ではエリザベートさんに勝てないのです。誰かに彼女をやっつけて貰う必要があります」
「なっ…!」
警察官がパチンコ店からわらわらと出て来て、ブレエリとマルタを取り囲む。
しかし先程の人間業とは思えないパンチが有ったからか、どの警察官も2人に近付こうとはしなかった。
「エリザベートさん、貴女は間違っています。
パチンコ店が存在する事で、とても多くの人が苦しめられ、堕落させられているのですよ。
賭博は人を蝕み、街を蝕み、国を蝕みます。あれはサタンの遣いです」
「間違っているのは貴女の方よ!
パチンコ店の事も考えなさいよ!
パチンコを楽しむ人の事も考えなさいよ!
私は勇者として、貴女に剣を向けるわ。
私の尊敬する初代勇者も、カジノで装備を整えたんだから!」
マルタは着ていたスーツをビリビリと引き裂き、紐ビキニだけの姿になった。首そして手をゆっくりと振って、コキコキと鳴らす。
対するブレエリも剣を握り直し、盾を構えた。
ここに、ビキニVSビキニの戦いの火蓋が切って落とされた。
マルタが脱いだ事で多くの野次馬は目を背けたが、逆にスマホで写真を撮る者もいた。これを映画の撮影か何かだと思ったのだろう、キョロキョロと辺りを見回す者もいた。
マルタがブレエリに襲いかかる。ブレエリは迫り来る拳を時に盾で受け止め、時にヒラリと交わした。
マルタの攻撃が止むと、今度はブレエリの番だ。彼女は素早くマルタを斬りつける。
マルタの血飛沫が飛んだ…しかし掠り傷なのだろう、彼女は何事も無かったかの様にジャンプし、ブレエリの背後に降り立った。
ブレエリは身体を捻って盾を滑り込ませ、そこにマルタの拳が突き刺さる。ブレエリは吹き飛んだ。
完全に互角だ。
いや違う。このままじゃ野次馬を巻き込んでしまう。それにサーヴァント達が争いあっているのは、マスターとして見ていられない。
どうする。えっちゃんには頼れない。
僕は群衆の中に、もう1人のサーヴァントの姿を探した。女神エレシュキガルだ。えっちゃん曰く弱いサーヴァントらしいが、今は猫の手も借りたい状況だ。
しかし彼女は見当たらなかった。こんな時に都合良く再会出来るほど、甘くはないと言うことだろう。
僕は叫んだ。
「やめろ!! なぜ2人とも戦うんだ!
話し合いで解決しろよ!」
えっちゃんに服の袖を引っ張られる。
「どうした。やる気になったのか」
「マスターさん、叫んでも無駄ですよ。
私達は本質的に敵同士なんです。私達の争いを止めるには、令呪を使うしか有りません」
「どうすれば令呪を使えるんだよ…!」
「今この場では、無理でしょうね」
えっちゃんは2人を見た。
2人の間にはいつの間にか、距離が開いている。2人とも息を整えているようだ。
「聖女マルタ、あなたの理想はご立派ね。けど、見てご覧なさい?
これだけの人達が、貴女を捕まえるために集まっているのよ?
貴女は罪を犯したの。観念してお縄につきなさい」
「人を罰する事が出来るのは、ただ神の定めた法だけよ。
貴女も、彼らも、罪人を罰すると言いながら、本当は、正しい人を痛めつけると言う罪を犯しているのよ」
ブレエリは、右手の名剣エイティーンを天に掲げて叫んだ。
「そこの、青い制服を着たブルドッグ達!
勇者エリザの名の元に、そこの悪役を捕まえなさい!」
凄い発破の掛け方だ。これでは誰も動かないだろう。
…だが、僕の予想を裏切って、警察官達は聖女マルタに殺到した。
しかし、聖女マルタに駆け寄ろうとした警官達は、バタバタと倒れていくのだった。
マルタの手には、いつか見た靄のような物が集まっていた。その靄は、マルタの手から警官達の方に伸びていた。
いや、逆だろうか。聖女マルタは警官達から、何かエネルギーのような物を吸い取っているのか?
と言うか、あれはえっちゃんのフォースの力では無かったらしい。
「正義を行おうとする人達を、よりにもよって私に刃向かわせるなんてね。
私は悪役なのでしょうね、けど正義を行なっているのも私なの」
マルタの額には青筋が浮かんでいる。
その周りを見ると、警官達は全滅していた。
「偽預言者が。地獄に堕ちろ」
「神が居なけりゃ何も出来ない臆病者。あなたには金も名誉も無縁でしょうね」
「フン。神の僕として、それは誇るべき事だわ」
「命を奪えば奪うほど、勇者はレベルアップするのよ。知らなかった?」
2人がそれぞれの武器を構える。
僕は慌てて飛び出して行った。ここで止めなければマスターとは名乗れない。
と言うか、彼女達を野に放った責任は僕にあるのだ。もう泣きたかった。
「そ、その、ふ、2人とも。
こ、こ、ここは、ぼ、ぼくの顔に免じて…」
2人の圧力は半端無かった。おまけに野次馬は全員僕を見ていた。
しかし、僕はどもりながらも、何とか言い切った。
水着マルタとブレエリを見る。彼女達は憎悪にその顔を歪めていた。
とても怖かった。
「子犬は黙ってなさい!!」
「マスターは何も分かっちゃいないわ!!」
2人が叫ぶ。
その声は野次馬にもはっきりと聞こえたのだろう。彼らは口々に「子犬?」とか「マスター?」とか言い始めた。
野次馬達の声が大きくなる。
僕が中間地点にいる事で戦い続けられなくなったのか。あるいは、第三者が僕と彼女達を結び付けると不味いと思ったのか。
2人とも戦闘態勢をおさめた。
「あたしは、日本全国のパチンコ屋を潰す。
そしてそこから金を奪って、GAに寄付する。全額ね」
「GA?」
「ギャンブラーズ・アノニマス。賭博依存症に苦しむ人達の互助組織よ」
「け、けどそれは…」
「そうよ! それはいけないことよ!
貴女が襲撃をやめないのなら、私が貴女を捕まえるわ」
水着マルタは、周囲に伸びている警官達を見回した。そのうちの何人かが立ち上がろうとしていた。
「マスター、私はこの乱れた世を正す。私の事、テレビの前で応援していて」
そう言って彼女は霊体化し、空に消えて行った。
「子犬」
「エリちゃん、大丈夫?」
「子犬、聞きなさい。私はあいつを捕まえに行くわ。
けど、生身の子犬じゃ霊体化したサーヴァントには追い付けない。私だけで追うわ」
「分かった…」
僕は頷くしかなかった。
どうして彼女を止められようか。マルタを世に放ったのは僕なのだ。
「そんな顔しないで。勇者は必ず勝つって昔から決まっているのよ?
私が世界で唯一の戦闘系アイドルになるところ、テレビの前で見てなさい」
そう言って彼女も、霊体化して空に消えて行った。