第一次僕戦争   作:まなぶくん

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第5話 アサシン

最近、朝目を覚ますのが怖い。

朝起きたら、僕では手の付けられないサーヴァントがベッドの脇にちょこんと正座しているかも知れないのだ。

 

対応を間違えたら僕に危害を加えようとして来たり、あるいは制御を離れて皆に危害を加えようとしたり。

 

一応その例としては聖女マルタがあるだけだが、既に一度有った事なのだ。もう一度あってもおかしくはない。

パチンコ店が襲撃されたと言うニュースを聞くたび、僕は憂鬱になるのだった。

 

その日も、ビクビクしながら起床した。

そしてベッドから体を起こして、とうとう彼女を発見した。

 

ピンク色のパジャマの彼女は、僕の勉強机の前に座っている。その手には仕舞っていたはずの携帯ゲーム機が握られていた。

彼女はちょうどこちらに背を向ける格好にある。そのためよく分からないが、その顔はゲーム機を食い入るように見つめているのだろう。彼女は猫背だった。

 

彼女がゲームに集中しているのをいいことに、僕は彼女を観察した。

多分サーヴァントだとは思う。けど流石の僕でも、後ろ姿だけでは判別は難しい。

誰だろう。マスターを放り出してゲームを続けるサーヴァントと言えば黒髭が真っ先に思い浮かぶが、彼は男性だ。

女性化した黒髭とか? いやそれは嬉しくなさ過ぎるんだけど。

…あ、分かった。

 

「刑部姫?」

 

僕の言葉に、彼女はビクッと震えた。

しかし、僕がそれ以上の言葉を継がなかったのを良いことに、彼女は振り返らずにゲームを続けるのだった。

 

はぁ。刑部姫か。

いや、不満を言うとバチが当たると言うのは分かっている。彼女は恐らく、召喚出来る中で一番無害なサーヴァントだろう。ここは召喚されたのが彼女である事を喜ぶべきだ。

 

しかし彼女は、僕の好みではなかった。僕の好きな女性サーヴァントランキングのワーストを争う1人が彼女だ。

勿論彼女も、例に漏れず美少女だ。しかし彼女のキャラ付けを見ていると、僕自身の負の側面を見ているような気持ちになるのだ。だから嫌いだ。

 

姫路城の最上階と言う、人の来ない場所に引きこもっているサーヴァント。刑部姫を一文で表現するとこうなる。

彼女はゲームとネットに熱中し、自分の部屋から一歩たりとも外に出る事がない。

当然ながら、彼女にリアルの知り合いはいない。いるのはネット上の上っ面の知り合いだけだ。あるいは二次元上のキャラクターだけが知人である。

 

進学校に入学しそこでいじめを受けた僕は、友達付き合いについて学ぶ事が出来なかった。

もう大学に入ってしばらく経ったが、18まで友人の1人も居なかった人間が、大学に入って人と交流出来るだろうか。否である。

今の僕の生活は、勉強とゲーム、そしてたまのネット小説に彩られていると言って良い。

 

僕はベッドから抜け出し、ゲームを止めるよう彼女に声を掛けようとした。

しかし、思い直した。彼女を邪魔してしまうだけだろう。

親からゲームを止めろと言われた時、僕は止めたか。否である。むしろ注意された事で、より一層ゲームに熱中したのだった。

 

仕方ない。

 

「着替えるからね。見たくなかったら出てって」

 

刑部姫はやはりと言うか何と言うか、嫌そうな顔をして僕に背を向けた。意地でもこの部屋から出たくないらしい。

 

着替え終わると鞄を掴み、扉を閉めて部屋を出た。

殴ルーラーを召喚してからと言うもの、僕は万一の時のため、寝る前に鞄の中身を整えていた。勉強机がサーヴァントに占領されていても問題無かった。

この日は3限からの授業だったが、僕は早めに学校に行く事にした。家に居ても、彼女と会話できるとは思えなかったからだ。

 

 

※※※※※

 

 

大学から帰って僕の部屋に入ると、ベッドに刑部姫が座っていた。

 

「あー…マスターちゃん、怒ってる?」

 

刑部姫は俯き、両手の人差し指を立てて、その先っぽを合わせながら言った。

 

「怒ってないよ」

「でもさ、朝無視しちゃったじゃん。それからすぐ家出ちゃうし」

「怒って欲しい?」

「えー…あー…そう言われると…怒って欲しくはないです」

 

怒って欲しくないのかよ。僕より酷いなコイツ。

 

「罪悪感とか無いのか」

「え、無いよ。あるわけないじゃーん。

私はマスターの怠け癖から生まれたサーヴァントだよ?

それ以外の感情なんか、持つ訳ないでしょ」

 

おいちょっと待て!?

今何て言いやがったコイツ…!?

 

「今、お前は僕から生まれたって聞こえたんだけど」

「え、うん。そうじゃないの?」

「分からない。僕はどうやってサーヴァントを召喚しているのか、分からないんだ。

教えてくれ。僕はサーヴァントを召喚してるんじゃなくて、もしかして()()()()()いるのか!?」

「え? マスターちゃん、サーヴァントの召喚方法知らないの? じゃあ何で召喚出来たの?」

「教えてくれ」

 

刑部姫は腕を組み、しばらく考え込み、そしてニヤリと笑って言った。

 

「パス権を行使します」

「はぁ!?」

「さっきも言ったでしょ。私はマスターの怠惰な感情から生まれたサーヴァントなんだよ?

どうしても聞きたいなら、他のサーヴァントを召喚してそいつに聞けば」

 

僕は唇を噛んだ。

今僕の連絡のつくサーヴァントは1人だけ。我らがヒロインえっちゃんだけだ。彼女なら知っているかも知れない。

しかし、彼女はサーヴァント召喚システムについて、何も話そうとしない。話を振ると、必ず悲しそうな顔をするのだった。

 

「じゃ、私ネットするから。マスターちゃんは邪魔しないでね」

 

そう言って彼女は僕のポケットからスマホを抜き出し、それに充電ケーブルを差し込んで勉強机に向かった。

 

…違う。

こうじゃないだろう。

刑部姫に、知っている全ての事を説明させなきゃならない。

これ以上狂ったサーヴァントを召喚しないようにするために。そして聖女マルタを止めるためにだ。

 

僕は、自分の心の奥底からの衝動を感じていた。

 

自分の怠惰な感情なんかに、負けて良いのか?

僕の決意一つで事態が好転するなら、決断しなきゃならないだろう。

彼女達を呼び出したのは僕だし、それに、普通なら一生知り合えないような美少女達と会話する事も出来たのだ。

僕にはその責任がある。

 

「令呪をもって命じる…」

 

刑部姫は、その言葉にビクリと震えた。

 

「召喚システムについて知ってる事を、全て話すんだ」

 

彼女はスマホを机の上に置き、そして振り返った。

彼女の顔には、意外なことに満面の笑みが有った。

 

「令呪の使い方、間違ってるよ」

「え?」

「マスターちゃんの令呪は、特定の命令しか下せません」

 

耳まで熱くなるのが分かった。

穴が有ったら入りたいとはこの事だ。

多分、彼女が現界している限り、ずっとこの事で揶揄われ続けるんじゃないか?

 

だが、刑部姫は真面目な顔になった。

 

「マスターちゃん。マスターちゃんの決意に免じて、姫が色々と教えてあげましょう。

それに、さっきの言葉に魔力が篭っていたのは、事実だし。

怖い命令を下される前に、一つ働かせて下さい」

 

 

※※※※※

 

 

「召喚システムについて私達サーヴァントの知っている事は、多くありません。

サーヴァントを召喚するための方法は、私達にも分かりません」

「そっか…」

「しかーし! 私達がどうやって召喚()()()のかは分かります!

私達はですね、英霊の座と言う所に居るんですけど、そこにマスターちゃんの感情を包んだ魔力がやって来るんです」

 

感情を包んだ魔力。何だそれ。

いや、気にしちゃダメだ。

多分僕には一生分からないだろう。そもそも僕は魔術師ではないのだ。

 

「普通の英霊召喚では、無色の魔力の呼び掛けに応えてサーヴァントが召喚されます。

けどマスターちゃんの召喚の場合、その魔力には色が付いているんです。

色の付いた魔力で呼んでるから、そう言うサーヴァントしか召喚出来ません。

それと、英霊の座から私達の情報がコピーされる時に、その色によって少し情報が変わっちゃうんですね」

「情報が変わるって、例えばどんな風に?」

「多分、性格がちょっと歪むと思います。

あ、あとそれと、軽い魔術が使えるようになるでしょう」

 

魔術。

あれか。えっちゃんや水着マルタの使っていた靄でのエネルギー吸収か。

 

「令呪を使うと、何を命令出来るんだ」

「マスターちゃんの令呪は、サーヴァントを消滅させる以外には使えませんね」

「サーヴァントを、消滅させる…」

「そして、使う際には、そのサーヴァントの消滅を、心の底から望む必要が有ります」

 

心の底からか。

僕に出来るだろうか。 正義を行う水着マルタを消滅させる事が…?

 

刑部姫は、両手を合わせて上目遣いのポーズを取った。

 

「マスターちゃん、解説はこれくらいで良いかな?」

「あ、ああ。ありがとう」

「じゃあ、私をこの家に、置いてくれる?」

「ええっと、それは…」

 

そうか。

今考えるべき事は、目の前の刑部姫をどうするかだ。

彼女へは、魔力を込めた言葉を発することが出来た。令呪で消滅させる事も出来るだろう。

 

どうする。

刑部姫だって、聖女マルタのように暴走しないとも限らない。

いや、弱いサーヴァントなら手元に置くべきだと、えっちゃんは言っていた。刑部姫が弱いかどうかは分からないが、令呪は効くのだ。

 

刑部姫以外のサーヴァントに令呪が効くかどうかも分からない。

と言うか、例えばエレシュキガル辺りがあれ以上積極的に迫って来たら、僕に拒絶出来るとは思えない。だから多分、令呪はサーヴァント毎に独立なのではないか。

刑部姫を退去させるのは、他のサーヴァントに令呪が効くと分かってからで良い。それまでは飼うべきだ。己の武器として。

 

「マスターちゃんの部屋は汚さないから!

姫、約束する!」

「でも、食費とかかかるだろう。ウチには子供をもう1人養える余裕は無いんだ」

「…分かった。ネットショッピングは我慢するよ」

 

刑部姫は悲しそうに俯いた。

つまりあれか。今まではネットショッピングする気満々だったと言う事か。

油断ならねぇ。

 

「他の家に居候すると言うのはどうだ?

と言うか、他の皆はそうしてる」

「私の他にもサーヴァントがいるんだ。

ふーん…」

「ああ。例えばえっちゃん…謎のヒロインXオルタはバイトして自活してる。

水着マルタはパチンコ店を潰しまくってる」

 

この提案はもう、手元に置いて飼うと言う当初の目的からは離れている気もするが。

でも、僕とは離れて暮らした方が、やはり彼女も幸せなのではなかろうか。

 

刑部姫は、人差し指同士の先っぽを合わせて上目遣いで言った。

 

「ちょっとそれ面倒臭いかなぁ…って」

「そ、そうか」

「外に出るくらいならネットショッピングを我慢するよ」

「分かった。ウチに居てもいい。けど、親にはバレないようにしてくれ」

「ありがとう! マスターちゃん、大好き!」

 

そう言って、刑部姫は抱きついて来た。

柔らく、暖かく、良い香りがした。

 

人生2度目の美少女とのハグだったが、以前の時とは比較にならないほどの短時間で彼女は僕から離れた。

そしてこちらを伺う刑部姫。

心のこもっていないハグだったのだと言う事は、流石の僕でも直ぐに分かった。

 

「あまり無理しなくて良いから」

 

僕はそう言い残し、親の用意してくれた夕ご飯を食べるために一階のリビングに向かうのだった。

 

 

※※※※※

 

 

ガチャン! バサバサバサバサバサ…

 

刑部姫の感触を思い出しながら味噌汁を啜っていると、二階で大きな音がした。

あの野郎。

 

テレビを見ていた父が、不思議そうに呟く。

 

「風かな。変だな」

「あー窓閉め忘れてたよ。ちょっと閉めに行ってくる」

「わざわざ食事中に行かなくても良いだろう」

「いや、プリントとか吹き飛ぶと不味いし」

 

僕はそう言って席を立った。

 

二階に行き部屋の扉を開けると、想像を絶する光景が目に飛び込んで来た。

 

まるで嵐が去っていった後のように、部屋中の紙と言う紙が床やベッドに散らばっていた。折り鶴の形をしている物や、針のように鋭く尖っている物もある。刑部姫のスキルによるものだろう。

しかし、それらの何百枚もの紙の中に、空中に浮かんでいるものは一つも無かった。そして、刑部姫の立っている場所を中心として、それらの紙は紅く染まっていた。

 

刑部姫は、女神エレシュキガルに抱きかかえられていた。

いや、エレちゃんが左手を使って刑部姫に抱き着き、右手に持つ巨大な槍で刑部姫を刺し殺していた。

 

エレちゃんの持つ槍は、刑部姫の腹部を貫通している。

いかにサーヴァントと言えど、これでは即死ではないのか?

 

「刑部姫。エレちゃん」

「マスター、これには訳が有るの」

「…ス…ちゃ…たのしかっ…」

 

刑部姫は、霧のように消滅した。

床に溜まっていた、そして何枚もの紙に吸収されていた血も全て霧となった。

そして、刑部姫を構成していた全てが、僕の身体の中に還ってくるのが分かった。

倦怠感が押し寄せて来た。

 

余りのショックに、僕は崩れ落ちるようにベッドに座り込んだ。

そして半ば機械的に、近くにあったプリントを片付け始める。

 

「マスター、その、ごめんなさい」

「なんでエレちゃんがここにいるの?」

「ニュースを見たの。

パチンコ店が正体不明の超能力者に破壊されていて、それをもう1人の超能力者が追ってるって。

あなたがサーヴァントを制御出来てないんじゃないかと思って、心配で見に来たのよ」

 

僕は、言葉を抑えきれなかった。

 

「何も今日来なくても良いだろ…あいつは今日召喚されたばかりなんだぞ…」

 

エレちゃんは首を振った。

 

「今日初めて来た訳じゃないわ。

先週から毎日、1日1回、霊体化してあなたの事を見守りに来ていたの」

「そうか。ありがとう」

 

エレちゃんも、床に散らばった紙を拾い始めた。

 

「なぜ刑部姫を殺したんだ」

 

エレちゃんは、こちらに顔を向け、立ち上がり、そして叫んだ。

 

「私はあいつが許せなかった…!

あいつさえ、あいつさえ居なければ、私は生まれなかった!

生まれたとしても、ここまで力を持ったサーヴァントじゃ無かった!

だから殺したの。

あいつがあなたと一緒に暮らすなんて認めない。あなたが許しても、この私が許さないわ!!

マスター!!」

 

あまりの迫力に、僕は後ずさった。

それを見てエレちゃんも後ずさった。

 

「おい! だれか居るのか!?

道隆、返事をしろ!」

 

父の声だ。

父がテレビを消し、慌てて居間を飛び出す音が聞こえた。

 

「あいつがいる限り、私は幸せになれないのよ。だから殺した。

決して、あなたの意に反する事をしようとした訳じゃないの。信じて」

 

半泣きになりながら、エレちゃんは消えた。霊体化したのだろう。

そのすぐ後に、父が部屋の前に辿り着き、部屋の惨状を見て息を飲むのが分かった。

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