ゾクゾクするような快感が、頬に、首に、肩に、そして右腕から右の手の甲に流れた。
余りの刺激の強さに、僕はそれだけで精を放ってしまった。
目を開けて弾かれるように上体を起こす。ベッドの傍らに、妖艶な美女がいた。
呼吸を落ち着けようと息を深く吸い込むと、淫靡な香りが喉の奥をくすぐる。その深呼吸は逆に、僕の心臓の鼓動をひどく早めたのだった。
太陽が光を放つのと同じように、彼女は性的な魅力を放っていた。
豊満な胸、くびれた腰、そして形の整った尻。
fateでも屈指のプロポーションと言うのは、こうして見ると、伊達では無いのが良く分かった。
白とピンクの薄い法衣は、服としての役割をほとんど果たしていなかった。胸の上に乗ったリボンの結び目を解けば、全てが露わになってしまうはずだ。
この服は身体を隠すためではなく、脱ぐと言う一手間を行為の前に設けるためにあるのだろう。
しかし、その薄布の合間からは、みずみずしくハリのある健康的な肌が覗いている。
その肌は法衣の有様とは真逆の事を…すなわち、この身には穢れの一つすら無いのだと言うことを、強く訴えかけて来ていた。
そして、それら全てを合わせた物より大きなインパクトを放つ、堂々と伸びた二本のツノ。
それは、かつて自らの欲のために生命全てを滅ぼしかけたと言う、彼女の在り方を象徴するものだ。
恐れていた事が起こった。
殺生院キアラだ。
アルターエゴの皮を被った人類悪が、僕の部屋に召喚されていた。
※※※※※
彼女は自身の右手から視線を外し、僕を見た。彼女は微笑した。
「マスター。召喚して頂いて、ありがとうございます。
貴方様のその身、その心を、この私に委ねては頂けませんか?
私は貴方様に、喜びの気持ちを感じて頂きたいのです」
その言葉は、僕の心を蕩けさせた。
僕は、頷いてしまったのだろう。
彼女は突然僕を抱き寄せると、僕の唇を熱く奪うのだった。
唾液が流しこまれる。僕はそれを飲んだ。それは蜜の味がした。
彼女のキスは情熱的かと思えば優しくなり、温かいと思ったら冷たくなった。
僕は彼女を喜ばせようと、必死で彼女の舌遣いに応えた。
彼女と触れ合っている部分から身体が熱を持ち始め、その熱、いやその衝動はすぐに身体全体に広がった。
僕の視界からは彼女以外の全てが消え失せ、僕は彼女から乱暴に法衣を取り去った。
彼女が僕のパジャマを力づくで引き裂くと、僕はとうとう彼女に襲い掛かった。
その瞬間も、彼女は微笑を浮かべていた。
僕は、そうして、男になったのだった。
※※※※※
どれだけの時間が経っただろうか。
僕達は少しの暇も挟まずに、身体を重ね続けていた。
「マスター…貴方は私のものです」
「ああ。僕は君のものだ」
「ははは、うふふ、うふふふ。ああ愉快ですこと。
マスター、気付いていらっしゃいますか?
先程から貴方様は、オウムのように私の言葉を繰り返すばかりですよ。
ああ…ああ…!
何て可愛らしいこと」
「キアラ、愛している。ずっとそばに居てくれ」
「ふふふ。ええ。ええ、もちろん。
そこまで慕って頂いては、私も…」
キアラはそこで言葉を止めた。
その表情は強張り、僕を抱きしめる手も硬くなっていた。
「どうした、キアラ。何か有ったのか」
キアラは僕の唇に軽くキスを落とすと、微笑んで言った。
「部屋に虫が入り込んだようですね。潰して参ります。
少々お待ち下さいませ」
「いや、待て、キアラ。虫なんかどうでも良いだろう」
「マスター、申し訳ありません。直ぐに済みますので」
彼女は僕をもう一度ギュっと抱きしめると、体を起こして僕から離れた。
僕も彼女を追うように上体を起こす…いや、起こせなかった。全身の筋肉が疲労を訴えており、また非常に空腹である事に気が付いたからだ。
僕が頑張って上体を起こすと、キアラでない別の少女が部屋に居るのが見えた。キアラは、彼女から僕を庇うように立ち塞がっている。
黒いドレスを来て大きな槍を持った、金髪の少女だ。左手の周囲には靄のような物があった。
誰だ? …エレシュキガルか?
「…から…れ…!」
「ふふふ。貴女こそ、マスターから離れて頂けませんか。マスターの心は、既に私のものです。
マスターの視界から出て行って下さい」
「…けな…!」
エレシュキガルらしき少女が、左拳をギュっと握りしめた。
彼女の左手の靄が大きくなる。その靄は、糸のようにキアラの胸に伸びていた。エネルギー吸収の靄だろう。
まずい。
エネルギーを吸収されたマルタは倒れ込んだし、警官達は長時間気絶したのだ。キアラだって無事では済まないはずだ。
先程表情が強張ったのは、これが理由か。
「キアラ、僕に何か出来る事はないか」
キアラは笑ったようだった。
「ええ、それなら、彼女に令呪を使って頂けませんか」
令呪? 彼女は僕のサーヴァントなのか?
エレシュキガルは怯えた表情を浮かべると、口をパクパクと開けた。
「…ぼえ…い…!」
そうして彼女は消えた。霊体化したのだろう。
「消えちゃったね」
「しかし、まだ油断は出来ません」
「でも、大丈夫でしょ? だってキアラだし」
殺生院キアラ。月の裏の聖杯戦争におけるラスボスの1人である。fate世界最強と呼ぶ人もいるような存在だ。
もちろんfgoの彼女は分霊であり、その力も普通のサーヴァントの規格に収まるものでしかない。しかしながら、何というか妙な安心感が有るのだ彼女には。
彼女に熱く抱擁され、その存在感に圧倒されたが故にそう感じるのかも知れないが。
それに、彼女の元になっているのは恐らく、僕の性欲だ。
人間の三大欲求の一つに数えられるそれは、他のほとんど全ての感情より強いのではないか。少なくとも僕は、性的な事を考えると他の事はあまり考えられなくなるし。
僕は立ち上がり、出来るだけの笑顔を作って彼女に手を伸ばした。
「キアラ、だからその。
ね、もう良いでしょ?
一緒に、えっとその、遊ぼうよ」
「マスター…」
キアラは僕の手首を掴んだ。快感が波となって、手首から足先、頭の天辺まで伝わった。
「マスター。私もこの様なこと、申したくはありません。しかし、私と貴方様の将来のためなのです。お聞き下さい」
「分かった。何でもする。何でも言ってくれ」
僕は手を引っ込めた。
彼女は笑ってベッドに腰掛け、彼女の横を手でポンポンと叩く。
僕がそこに座ると、彼女はもたれ掛かってきた。彼女の温かさが伝わってきた。
「令呪を使って、あの虫を成仏させて下さい」
「エレシュキガルの事だね」
「そうです。彼女の持つ力は、私とは相性が悪いのです。
地力の差が有りますから、1対1なら互角です。しかし万が一と言うこともあります」
彼女は、僕のサーヴァントなのか?
僕は自分の記憶を探り、そして、エレシュキガルが刑部姫を殺した記憶や、あるいは彼女と並んで大学の授業を受けた記憶を探り当てた。
これは本当に、僕の記憶なのか。
いや、確かに僕は、エレシュキガルを召喚した。そう言う記憶はあるのだ。
しかし、何と言うか、実感が全く湧かなかった。
「エレシュキガルに僕の令呪が効くとは思えないんだけど」
「マスターは私のことを…」
「ああ。何よりも大切に思っているよ」
「では、貴方様以外にも、英霊を召喚している人間がいると言うことですね」
キアラは遠い目をした。
考え込んでいるのか。あるいは彼女のスキルの千里眼を使っているのかも知れない。
キアラは突然、腹を抱えて笑い出した。
「ふふふ。ふふふははは。あははは…」
「大丈夫かキアラ」
「ああ…マスター。大丈夫です。
私は今、貴方様の愛の深さに喜びを覚えていたのですよ。
それにしても、何と可愛らしい」
「ありがとう」
キアラは僕に抱き着いて、耳元で囁いた。
「貴方様は、私に魅了され過ぎてしまったのですね。
エレシュキガルは、正真正銘、貴方様のサーヴァントです。ただ、貴方様がそれを忘れているだけのこと。
ふふふ。貴方様は、私以外の女性のことを、全て忘れていらっしゃいますね。
他にサーヴァントを何騎召喚したか、思い出せますか?」
僕は記憶を探った。
何も出て来なかった。
「すまない。何も思い出せない」
「そうですか。仕方ありません」
「そ、その、令呪を使ってみるよ。とりあえず、あいつは消滅させておいた方が良いよな。
令呪をもって命じる…」
僕が目を瞑って令呪を発動させようとすると、キアラの唇が僕の唇を塞いだ。
そしてしばらく、心の洗われるような一時が続いた。
5分ほど経っただろうか。彼女は口を離した。
「マスター、令呪は必要ありません。
いえ、ここで彼女を成仏させるのは、愚かなことです。
彼女には、他にサーヴァントが何騎いるのか、そしてそれが誰なのか、聞く必要が有りますから」
「なるほど。大好きだ、キアラ」
僕はそう言って、彼女の身体に手を回した。今度は彼女も拒まなかった。
再び唇と唇を重ね合わせようとしたその時。
黒いパーカーの少女が降って来た。
「クロ…!」
パーカーの少女の赤い剣はキアラの角に当たり、それを通り抜けて僕の右手首より先を切り飛ばした。
キアラは大きく震えたが、大きなダメージは無いようだ。
と言うか、僕の腕が…!
僕の手首が焼けるように熱い。あり得ないくらい熱い。
「…ひとつ! …ロス・カリ…!」
僕はキアラの後ろに回していた手を引っ込め、ベッドから立ち上がろうとはしていた。
しかし、痛みと足の疲労から、すぐに行動する事は出来なかったのだ。
僕を庇って、キアラが背後から横一文字に斬撃を受ける。
血の一滴も飛び散らなかったが、彼女がダメージを負っている事は顔色から分かった。
僕は何とか立ち上がり、ベッドから離れて僕の右手を見る。
切断面が炭化していた。
恐怖とショックで後ずさり、箪笥に後ろ向きにぶつかって座り込んだ。
腰が抜けて立てなかった。
目の前では少女とキアラの戦いが行われており、キアラが優勢なようだったが、その激しさに驚いたと言うのもある。
僕が何も出来ず彼女達の戦闘を眺めていると、右手に激痛が走った。
僕の右手が、エレシュキガルに掴まれていた。
「お前は…!」
「…きに…たかしら!?」
「手を離せ! 令呪を使うぞ!」
彼女は手を離し、悲しそうな顔をして呟いた。
「しょう…どったっ…って…」
「他のサーヴァントの名前を吐け。さもなければ令呪を使う」
彼女は首を振り、目を抑えた。彼女は泣いていた。
その時キアラとパーカーの少女の戦っている方から、黒いボールが飛んで来た。
いや、ボールではない。それは箪笥にぶつかって潰れ、その半分以上が床に落ちたのだから。
粘土だろうか。
エレシュキガルはそれを見、ベッドの方を見、そして最後に僕を見た。
「…んなさ…」
彼女は何か言葉を発した後、右手に持つ槍の腹を僕に叩き付けた。
令呪を使う暇も無かった。
痛みに苦しんでもがいている僕の口が、彼女に無理やりこじ開けられる。
彼女はあの黒い粘土を、僕の口の中に放り込んだ。