マイスのファーム シアレンスの冒険者   作:小実

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 『アランヤ村』から出発したギゼラ・ヘルモルトは順調に航海を続け、無事海峡までたどり着き、そこで『フラウシュトラウト』との戦いに突入した。

 海上での戦いはギゼラの圧倒的優勢だった……が、大きく傷ついた『フラウシュトラウト』は最後に一撃船を攻撃した後、その場から逃げ去った。そして、その一撃はギゼラの船に小さくない損傷を与え、運悪く操舵部分にも影響が出てしまい『アランヤ村』に引き返すこともできなくなってしまう。

 

 潮の流れ半分、帆が受ける風の力が半分といった要素で海を漂い続けたギゼラを乗せた船。幸いにも、食料といった物資は十分に積み込んでおり、船の損傷も沈没には直接的に関わるほどではなかったため、ギゼラがすぐにどうにかなってしまうことは無かった。

 そして、幸運にも食料が尽きた翌日には大陸にたどり着くことができたため、餓死することも無かった。……ギゼラは「お腹空いたー」とお腹を鳴らしてはいたが。

 

 ギゼラがたどり着いた大陸は『アランヤ村』のある大陸とは別の大陸で、その大陸に上陸し少し歩いたギゼラは雪に覆われた村を見つけ、(なか)ば無理矢理おしかけるような形でその村に滞在することとなった。

 

 

 その村で数ヶ月間、自分なりに船を直し……直そうとして壊したりしながら過ごしていたギゼラだったが、その生活は終わりを告げた。

 

『塔の悪魔』

 

 村から見える『塔』……そこに大昔、いくつもの国が総力をあげてなんとか封じ込められた悪魔が存在した。その悪魔は数十年かに一度悪魔が荒れ、封印が弱まってしまった際に塔の外へ出てきてしまう。だが、封印が壊れたりしたわけでは無いため、ある程度悪魔っが(しず)まると再び塔の中に封印される。

 悪魔を鎮める……その方法として取られたのが、封印されていたせいで飢えてしまっている悪魔の腹を満たすこと。人間もそうであるように、空腹は気を立たせ、満腹は気を緩ませる。

 そのための生け贄として、度々捨てられた女性の幼子たちが暮らしていたのが、ギゼラが滞在している村の正体なのだ。塔の近くにあるのは悪魔による被害範囲を最小限に抑えるため。女性しかいないのは、働き手としては期待薄だという思想があり、生け贄を選ぶ際に損害が少ないと考えられたから。

 

 そして、その『塔の悪魔』が塔から出てきて村を……()()()()()()()()()。何故なら、塔から出たすぐそこにギゼラが待ち構えていたから。

 ギゼラは頻繁に起こっている地震がただの地震ではなく『塔の悪魔』の封印が弱まっているからだと知り、『塔の悪魔』のことも村の成り立ちのことも知って、「んじゃあ、いっちょあたしが倒してきますかね」と村の代表の老婆・ピルカの制止も聞かずに倒しに行ったのだ。

 

 

 

 冒険者・ギゼラと『塔の悪魔』との、文字通りの「死闘」は…………相打ちだった。

 過去、国単位の軍勢によってなんとか封印された『塔の悪魔』は、死闘の末ギゼラの手によって塔に押し込められ再び封印されることとなり…………そんな偉業を一人で成し遂げたギゼラは代償として大きな傷を負ってしまい、なんとか村に帰り着いたものの血が止まらず徐々に力が入らなくなっていってしまった。

 

 もちろん、村人たちは恩人であるギゼラの傷をなんとか治そうとした。しかし、元々閉鎖的で、さらに普段は大きな傷を負ったりすることの無い生活をしていた村人たちはギゼラの傷への処置への知識も技術も持ち合わせていなく、ギゼラの命はその時を待つばかりだと思われた。

 

 

 

 ……そんな中、息が不安定になってきていながらも、いつもの調子でピルカと話していたギゼラが、ある頼みごとをしたのだ。

 

「アタシを船まで運んでってくれない? どうにも、自分で歩いて行くには厳しそうでね」

 

「連れて行ってどうする?」

 

「そのまま放ってくれればいいよ。こんな辛気臭い村に埋められて墓でも作られたらたまったもんじゃないからね。……それに、どうせ死ぬなら惚れた男の匂いがする場所がいいじゃない。いやぁ、乙女だねぇ、アタシも」

 

 死ぬほどの傷を抱えながらも笑うギゼラに、ピリカは何を感じただろうか?

 

「お前の嫌がる顔を見れるのなら、村に埋葬してやりたいわ」

 

「お婆ちゃんも言うようになったねぇ。恩人からのお願いなんだよ、そこは普通きくもんじゃないかい?」

 

「お前の口の悪さはうつるようじゃな。これは一刻も早く村から出ていってもらわなければ……」

 

 そう悪態をつくピルカだったが、その様子はとてもギゼラを本気で嫌っているようには見えず、むしろ長年の友人同士がする冗談の応酬のようなものに思える。

 

 

 村人たちの手を借り、ギゼラは海岸の船まで運ばれた。そして、村人たちはギゼラを寝かせた後、ギゼラに言われるがまま船のイカリを上げた。

 潮と風に流されていく船を、その姿が見えなくなるまで村人たちは見送る……。

 

 そして、村へ戻った村人たちはピルカ主導の()「ギゼラの恩を忘れぬように」と、村にギゼラの名を刻んだ石碑を建てたのだった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 潮に流され海を漂い続ける船の上で、ただ死を待つのみに思えるギゼラだが、そこに「ある人物」がたまたま通りかかり一命をとりとめる…………()()()()()

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 チャリンッ。

 

 そんな、金属の何か小さなものが転がるような音がギゼラの耳に入った。

 

 冒険の際にいつも腰に下げていた剣も一緒に船に乗せてもらっていたが、それの音だろうか?

 そう思ったギゼラは妙に気になり、動かすのも一苦労な首を何とか回して周囲を確認しようとし……そうしたところで、もう一度その音が聞こえてきた。

 

 そして、音の出所に気がついた。他でもない、今しがた動かした首にかかっているもの……マイスから貰った『ネックレス』が首元で転がった際にたった音だったのだ。

 夫であるグイードからは「そんな小洒落たもんを付けるような性格か、お前は?」と言われたが、着け続けていた装飾品だ。実のところ、ギゼラ自身も自分なんかよりも娘のツェツィやトトリあたりが着けた方が似合うとは思っていた。だが、マイスから貰ったものの中で数少ない「形の残るもの」だったため、なんとなく手放せずにいたのだ。

 

 

「マイス、か。コホッ……! あの子は、あの子で……心配だねっ……」

 

 ギゼラの中で思い出されたのは、マイスと初めて会った時のこと。

 死んだ『コヤシイワシ』のような目になっていたマイス。そして、心の中で一人抱え込んでいた気持ちを吐き出し、泣き、自分の腕の中でいつの間にか寝てしまったその小さな体。

 

 ……また、一人で抱え込んでしまっていないだろうか?

 

 初めて会ってから、それ以降度々(たびたび)マイスのところを訪れていたギゼラ。そのたび元気良くイイ笑顔で出迎えてくれたマイス。それを嬉しく思いつつも、毎度最初(あの時)のようになっていないことに安堵していた。

 

「あたしが気付いてなかっただけで……マイスももう、ちゃんと腹を割って話せる相手ができてたのかもしれないねぇ……」

 

 もしそうならギゼラにとっては嬉しいことなのだが、「できれば、その光景をしっかりとこの目で見て確認したかった」という思いもあった。

 

 

 

 だが、もう時間が無いのだと、ギゼラ自身もよくわかっていた。

 

「……ツェツィ……トトリ………………グイード……」

 

 薄れゆく意識の中で、()()()に、家で帰りを待ってくれているであろうカワイイ娘たちと愛する夫……家族のことを思い浮かべその名を呼び……(まぶた)を降ろした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (ゆえ)に気付かなかったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マイスから貰った『ネックレス』が青い輝きを放ちだしていることに……。

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか船は霧に包まれ……数分後、その霧がはれた時には、海上の何処にもギゼラを乗せた船は無くなっていた。

 

 

 

 

――――――――――――

 

***?????・?????***

 

 

 

 ゴリゴリゴリ……と、何かをすり潰しているような音が、ギゼラの耳に入ってきていた。途中、止まっては、また音がしだす。時折、カンカンカンッと陶器を叩いたような高い音も聞こえている。

 それらの音とは別に、不定期に小鳥の鳴き声も聞こえ……それだけで、意識が覚醒しかけていたギゼラは「ん?」と頭に疑問符を浮かべた。少なくとも、あの船で聞こえそうにない音ばかりだ。

 

 一度そう考え出すと、次々に不思議な点に気がつきだす。

 今、自分(ギゼラ)が使っている枕も布団も、多少固めではあるものの船には無かったものだ。それに、船ならば感じるはずの揺れも全く感じない。

 それに匂いも変だった。慣れ親しんだ潮の香りは全く無く、(だんな)が作った船の独特の木の香りもなんだか違う木になってしまっている気がする。そして、一番匂うのは……青臭さの混ざったような、ギゼラはあまり好きではない薬品のような匂い。

 

 

 ……あの世って、薬品(くさ)いのかねぇ?

 

 

 「天国にしろ地獄にしろ、薬品臭いのはよしてほしい」という、なんともズレたことを考えつつ、ギゼラは(まぶた)を押し上げた。

 

 単純に瞼が重いというのもあったが、周囲の明るさが(まぶ)しく感じられたということもあって、中々うまく瞼が開かなかった。

 だが、なんとか明るさにも慣れ見えてきた景色は、寝ているから当然かもしれないが天井。左手には木板の壁が見えたので、ギゼラは体が痛むのを耐えつつ首を動かし顔を右手の方向へと向けた。

 

 先端が二股にわかれネコか何かの耳のようにも見えなくも無い大きな帽子(ぼうし)。その大きなつばは背中のあたりまで垂れているため、ギゼラが見ている後方からはその人物の特徴はその頭巾(ずきん)のような帽子と、装飾が所々にちりばめられたゆったりとした服しか見ることが出来ず、年齢はおろか、性別さえも判別できなかった。

 また、窓から差し込む光によって逆光気味でギゼラにはあまり明確には見えていなかったのだが……その後ろ姿はとても印象的で、彼女の脳裏に焼き付くこととなった。

 

 その人物が向かっているのは、瓶や試験官、フラスコなどといった器具や、様々な種類が取り揃えられている薬草……そういった見る人が見ればわかるであろう薬品関係の物が多々置かれている机。

 ギゼラは医療関係の知識には(うと)く、薬草の種類・効能はもちろん、器具などの名称も怪しいくらいだったが、それらが「薬をつくるためのもの」だということはすぐに理解していた。周囲に漂う薬品臭さもあったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 

「いっ……!」

 

 ベッドから上体を起こそうと身体を動かしたところ、身体を押し上げようとした腕や曲げた腹部・腰のあたりを中心に鈍い痛みが走り、顔を歪ませたギゼラの口からは悲痛な声とまでいかないものの息が漏れ出す。

 

 そのギゼラの声に反応して、机に向かっていた人物が振り向き、ギゼラの方へと目を向ける。

 

「おや、目が覚めたかい? ……っと、そんなに動いちゃいけないよ。傷は(ふさ)いだとは言っても回復しきれているわけじゃないんだからね」

 

 「ほれ、寝ときなさい」と優しい笑みを浮かべて言う声の主は、浅くは無いシワが顔のあちらこちらに見受けられるふくよかなお(ばあ)さんだった。

 ギゼラはそのお婆さんの注意を聞きつつも、そういう性分なのか痛みを我慢してなんとか上体を起こしきり、ベッドの上で座っているような体勢になった。そして、一番大きな傷を負っていたはずの腹あたりに手をやって、ギゼラは口を開く。

 

「……これ、お婆ちゃんが治してくれたの? 凄いねぇ、さすがのあたしも死んだと思ったんだけど……どうやったのさ?」

 

「感謝するなら、お前さん自身の生命力にするといいよ。あれだけ血を失ってたら普通は助からないもんだよ。それに、いくら『魔法』で止血して薬を投与したところで、結局回復するかはは患者の気力と体力次第だからね」

 

「それでもだって。ありがとね、おばあちゃん…………ん? 『魔法』?」

 

 ふと気になる言葉が出てきたことに気がついたギゼラが、一人小声で呟いて、頭に疑問符を浮かべる。

 その事には気付けなかった様子のお婆さんは、さきほどまで笑顔だった表情を呆れたものに変えて話し出した。

 

「にしても、一体何があったって言うんだい? 前の晩には何も無かったのに、次の日の朝にいきなりあんな大きな船を湖に浮かんでて、町中大騒ぎに……しかも、乗ってたあんたが大怪我してて大事(おおごと)だったんだよ」

 

「湖? おかしいねぇ、あたしは海にいたはずなんだけど?」

 

「どういうことだい? 空でも飛んだのかい?」

 

「さあ? あたしにもさっぱりだよ」

 

 そう受け答えをするギゼラだったが、眼前にいるお婆さんがどうにも気にかかってしまい、どうにも会話に集中できていなかった。

 ギゼラにとって、どこかで見た……とまではいかないものの、なんだか既視感のある存在だったのだ。特に特徴的な大きな帽子が引っかかっていた。

 

 

 ……と、ついにその感覚が何だったのか、ギゼラは気づくことができた。

 

「あっ……もしかしてお婆ちゃん、マージョリーさん?」

 

 ギゼラの中では、お婆さんの容姿だけでなく、この病院らしき場所とさっき出てきた『魔法』という単語が繋がって、昔ある人物から聞いた話が記憶の中から引き上げられていた。そして、その結果出てきたのが「マージョリー」という名前だったのだ。

 

 「マージョリー」と呼ばれたお婆さんだが、目をパチクリとまたたかせて「ほぅ?」と驚いたような、不思議に思ったかのような反応をする。

 

「確かに、あたしはマージョリーだけど……?」

 

「あー、やっぱりそうだったんだね! アタタッ……いやぁ、話で聞いたまんまの見た目だったから、まさかって思ったんだよ」

 

 途中、テンションが少し上がって声が大きくなってしまった時に身体が痛みはしたものの、ギゼラは我慢してそのまま喋り切った。

 

「人から聞いたのかい? とすると、あたしもそんな有名人でもないから、弟子の誰かかねぇ?」

 

「どんな間柄かは詳しくは知らないけど、弟子じゃあないと思うよ? あたしが聞いた限りじゃあそんな話は無かったし」

 

 「そういえば、あの子、薬も作ってたっけ?」と思いつつも、弟子云々(うんぬん)には心当たりが無かったため、ギゼラはマージョリーの言葉を否定した。

 

「そうなのかい? なら、いったい誰があたしの話をしたって言うのかねぇ?」

 

「えっとさ、おばあちゃんも知ってる人だと思うんだけど……」

 

 

 ギゼラが()()()()の名前を出そうとしたその時……

 

 

「ただいまーっ!」

 

 勢いよく扉が開かれる音と元気な少女の声が、ギゼラが寝ている病室まで盛大に聞こえてきた。

 

「これっ! 病院では静かにせいと言っておろう」

 

「……はい、ゴメンなさーい」

 

 いちおうは謝罪の言葉を言っているようだったが、その声の主の足音であろう音は軽快なもので、反省しているかは微妙なところだった。それをわかっているのか、マージョリーも呆れ気味にため息をついていたのをギゼラは目にした。

 

「って、あら? あなた、起きたのね!」

 

 マージョリーと同じく変わった帽子をかぶっているエメラルドブルーの髪をした少女は、病室に入ってすぐに上半身を起こしているギゼラに気付き、ニコリと笑った。

 

「あっ、何か悪い所とかない? 頭が痛いとか、気持ちが悪いとか、眠いとか! 特性の薬をズブッとしてあげるわよ。今ならもう一本オマケで……!」

 

「あははっ! その騒がしい感じ……アンタがマリオンだね?」

 

「ふぇ? そうだけど……?」

 

 初対面の相手にいきなり名前を出された少女……マリオンはポカンとして首をかしげる。そして、視線を移して薬を調合しているマージョリーを見た。

 

「おばあちゃん? おばあちゃんがこの人に私のこと話したの?」

 

「いいや、話してないよ。……しかし、あたしだけじゃなくマリオンのことも知ってるのかい。本当に誰から話を聞いたのやら……」

 

 

 二人して首をかしげる魔女とその孫を見て、ギゼラは自然と笑みをこぼし……さきほど言いかけたことを改めて口にするのだった。

 

 

 

「アンタらのこと教えてくれたのは、()()()()()()()()。二人で『魔女の大釜』っていう病院やっててよく世話になってたって言ったんだよねー……たっく、よく病院に世話になるだなんて、アイツは弱かったのかねぇ?」

 

 

 

 

 

「!?」

 

「……へっ?」

 

 病室内に十分に行き渡るほどの声で発せられたギゼラの言葉。

 それはその場にいた人物たちの耳に鮮明に聞こえ……マージョリーは、薬を調合していた手をピタリと止めて、その小さな目を見開き…………マリオンは、一瞬大きく目を見開いて呆けた顔をした後、ものすごい勢いでベッドに……そこで上体を起こした状態でいるギゼラに跳びかかるようにして掴みかかった。

 キズが完璧には癒えていないギゼラは、突然跳びかかって来たマリオンを避けたり撃退することは出来ず……そのまま押し倒されてしまい、ベッドの上でマリオンにのしかかられるような体勢になってしまった。

 

 押し倒したギゼラの上にまたがるような形になったマリオンは、そのままギゼラの肩を掴み揺さぶりながら顔を近づける。

 

「ちょっと! あなた、アイツのこと知ってるの!? 教えなさいよっ!! アイツはっ……マイスは今どこにいるの!?」

 

「っ……ぐっ……!」

 

 流石の最強冒険者であるギゼラであっても、九死に一生を得た状態であるほどの負傷を負っていれば、そう揺すぶられてしまっては痛みで顔をしかめもしてしまうものだ。

 

「なんで黙ってるのよっ! 早く、早く教えなさいよ!! さもないと、この注射器で……!」

 

 

「これっ! やめんか、マリオン!」

 

 ヒートアップしていくマリオンを止めたのは、他でもないマージョリーだった。

 

「怪我人に跳びかかるなんて、何事かね! 早くどきなさい」

 

「でも、おばあちゃん……!!」

 

「……気持ちはわからなくはない。けどねぇ……このままだと傷口が開いてしまって、喋るどころかそのまま死んでしまいかねないよ。それが医者のすることかい?」

 

そこまで言われて、ようやくマリオンはギゼラの肩から手を離しベッドから降りた。しかし、その表情や態度は本当に渋々といった様子で、いまにも再びギゼラに掴みかかりそうでもあった。

 そんな様子をみかねて、マージョリーはため息を吐きつつも。

 

「まったく……そんな様子じゃあ、患者の容体を悪化させてしまうばかりだよ。……ほれ、外で少し頭を冷やしてきなさい」

 

「うー…………」

 

 言ってることはわかる、でも納得できない……そんな様子で眉間にシワを寄せて俯くマリオン。

 

 

 

「アタタッ……。ん、えーっと、マリオン……ちゃん? いや、やっぱマリオンだねっ」

 

 体に走る痛みに耐えながら、いつものニカリとした軽快な笑みを浮かべたギゼラは、何とも言えない()ねたような顔をして「……何よ」といった様子で伏せ気味の目で視線を返してきたマリオンに、そのまま続けて言った。

 

「アタシは逃げも隠れもしないよ。けど、ちょーっとばかし体が言うこと聞かなくってね……一日くらい寝かせてくれないかい?」

 

「本当? 絶対、ぜーったい逃げない?」

 

「逃げないって、そんなに心配だってんなら、アタシが乗ってたっていう船、アレを確保しといたらいいんじゃない? アレ、所々壊れちゃってるけど……アタシにとって、ふたつと無い宝物(たからもん)だからね」

 

 ギゼラがそこまで言うと、マリオンは飛び出して行った。

 

 

 ……そんなマリオンの後ろ姿を見届けて、少し呆れた様子でため息を吐くマージョリーは、マリオンが出ていった病院の戸を見たままギゼラへと言葉を投げかけた。

 

「ウチの孫を上手く乗せて使ったものだねぇ。まあ、立派な船だったからすでにアソコの兄妹が興奮気味に対応してたはずだけど……そんなに大事なものなのかい?」

 

「ん、まあね。沈みでもされちゃあ、困るどころの問題じゃないくらいにはさ。はぁー……追い出したのは良いとして……どうしたものかなぁ?」

 

「なにがだい?」

 

「いや、だってさぁおばあちゃん? マイスのこと気にしてるのってあの子だけじゃないでしょ?」

 

 そこまで聞いてマージョリーはギゼラの言わんとすることを理解した。

 むしろ、「外で頭を冷やして来い」と言ったマージョリー自身、今の今までそのことに気付いてなかったことに驚き、他でもない自分自身も冷静でないことを初めて知った。

 

「おしゃべりそうなあの子が外に出たら、一気にここ……『シアレンス』って言うんだっけ? その町全体に話が広まりそうでさ。ああ言ったけど、ほんとに寝てる暇なんてあるのかなって思ってさ」

 

「……ああ。こりゃぁ町中大騒ぎになることまちがいないだろうねぇ……はてさて、どうしたものか……」

 

「まっ、アタシとしてはちょっと楽しみだったりするんだけどね? マイス(あの子)の事を想ってた奴がどれだけいるのか……気になってたからさ」

 

 

 

 ギゼラは知っていた。

 一人、異世界に迷い込んだマイスが『シアレンス(ここ)』のことを、そこに住む人たちの事を、どれだけ想っていたのかを。そこに帰れないことをどれだけ悲しんでいたかを。

 

 だからこそ、逆に、そこの人たちがマイスのことをどう思っているかが気になって仕方なかった。

 

 

 そして…………マージョリーにも聞こえない小さな声で呟いた。

 

「なんで、アタシがコッチに来ちゃったのかねぇ?」

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、冒険者ギゼラ・ヘルモルトの『シアレンス』での生活が始まるのであった……

 

 

 

 








『マイスのファーム シアレンスの冒険者』
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