【完結】エゴの救世主   作:ryure

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少年は救世主、だった

「絶対に死なないで。ニズゼルファとの戦いではザオリクが効かないと思ってくれていい。何割かの確率で、たぶん、魂そのものを……命の大樹にある葉、そのものを消滅させてくるから」

 

 僕はいつも通り、何度も何度もみんなにくり返した。きっとうんざりするほど繰り返した。その度にみんなは頷いて、神妙な顔をする。みんなにも、記憶が欠けることなくあるのに、いつもより繰り返したかもしれない。

 でも僕以外はどこかで死んでしまったものだから、僕の記憶が一番正しい、と思う。少なくともそれまではそれでうまくいってきた。十回目の分だけはどうやったら生き残れるか、僕以外で話し合っていたようだけど。

 詳しく、詰めていく。絶対に間違いがないように。例えば、乗り込んで僕が闇の衣を剥がしたあとの一撃でカミュが狙われるから避けてとか、避けたあとの追撃は僕に来るから、それはなんとか出来るとか、邪神の子が現れた時、僕が一掃するのだけども、そのあと、ベロニカとセーニャと僕がまとめて狙われるのにグレイグは気づいても助けないでほしいとか。

 グレイグが助けなくても、僕は受け止められるし、二人も死なない程度の攻撃で、もし万が一死んだとしてもこれに限ってはザオリクがきちんと発動するから、とか、言い訳して。本当のところは僕一人が被弾した方が回復をまとめられて楽だから。ここは僕が全部受け止めてベホマでさっさと回復するべきだ。

 対処法は何で、誰が狙われるとか。このタイミングで攻撃するんだ、とか。倒し方はわかっている。別に僕の一撃じゃなくてもいいらしい。でも、僕の一撃で倒した前回以外は誰かが死んでいるからトドメは僕がさすと強く主張して、受け入れられた。

 

 これは僕の繰り返した時間すべての意味。それを余すこと無く伝えた。そして僕が最後に死んだ時の一撃の対処も僕なりにきちんと考えた。

 みんなの意見としては来るとわかっているのなら、僕はスカラにマホカンタ、フバーハを固めて防御するまで、ということ。僕は了承した。それで受け止められるのなら、次を考えられる。

 僕は話しながら、どこか虚しかった。たとえ僕が死んだ一撃を防げても、僕はそれ以上を知らないんだ。前回、僕の死でニズゼルファは満足したらしく、それ以上の追撃もなく滅ぼせた、らしい。だけど、僕が今回そこで生き残ってしまったら、もっと悪あがきをして、また誰かが犠牲になるかもしれない。

 その時は、誰かが狙われる時は、僕が絶対に守る。それは言わなかった。言わなかったけれど聞かれたらきちんと答える用意がある。生き延びるために限界まで防御を固めた僕が受けるのが正解だってね。そうでしょ?

 どうか、どうか、もう、誰も死なないで。

 

 僕のその必死さに、最初は助太刀をと申し出たホメロスは引っ込んだ。なにせ、僕の語る戦法は八人で挑む前提だ。一人増えたらもうそれでまた一から組み直し。僕が繰り返した意味は無い。でも、彼は彼なりに祈ってくれるだろう。僕たちにはそれで十分だった。

 僕たちは、この世界で旅を経験していない。みんなの肉体は奇跡の力で元の力を取り戻したようだけど、僕は彼らが真に同一人物であると分かっているけれど、それでも、マルティナ、カミュ、ベロニカ、セーニャは僕の愛しい子どもたちで、姉で、兄で、同胞なんだ。ロウじいちゃん、グレイグ、シルビアは祖父で、仲間で、友で、愛しい民なんだ。

 祈りを。どうか一つでも多く、祈りを。愛し子たちの無事を祈ってくれ。

 愛し子たちに大樹の祝福を。僕は彼らを守るためにここにいる。宿敵を討とう、終止符を打とう、平和を取り戻そう。

 その未来に、僕はいなくてもいいんだ。僕は失敗しすぎたのだから。ただみんなは健やかであれ、と。僕は救世主らしく願う。本当は、自分を見失ってしまっただけの無様な人間なのに。

 

「ケトス、また、お願いするね」

 

 僕は白銀の鯨の背を撫でる。いつだって、誰が死んだって、他のみんなを無事に送り届けてくれる空飛ぶ気高い鯨は高い声で鳴いて答えてくれた。

 続けて僕は、大樹に向き直って跪いて祈る。三周目からの、癖のようなものだ。命の大樹に祈って、僕は、せめて心を慰める。みんなの葉を散らさないでくれと乞う。

 そして僕は、みんなの姿を目に焼き付けようと努力した。僕はもう、これでみんなとは別れのつもりだったから。それに気づいたのか、みんなは絶対に生き残るからと、言ってくれる。僕は嬉しくて笑った。

 あぁそうだよ、みんなは生き残るんだ。みんなは死んじゃダメだ。僕が絶対に守るから。念には念をとセーニャは一人一人に聖女の守りをかけていく。

 時間経過で解ける祈りの力を、戦闘中も、なるべく欠かさないようにしてくれるという。有難い。これでみんなは一度なら持ちこたえるし、だから僕は一度か二度、予定よりも多く誰かを庇えるわけだ。

 だけどカミュ、君はいつだって僕のことを見透かしている。僕がどうしても手を離せない君は、僕のことをよく理解している。

 

「イレブン、お前、絶対に誰もかばうなよ」

 

 見透かされている。僕は予想していたので普通に受け流した。

 

「作戦で言ったよね、ベロニカとカミュが受けたら死んでしまう攻撃は、僕なら生き残れるんだよ。他にも僕が受けなければ誰かが死んでしまう場面が多い」

「……事前に言ってあるやつはアリにしてだ。俺たちは生き残れると思っている。全員。だから、そう、思い詰めた顔をするなよ。一緒に帰るんだろ。

記憶があるのはイレブン、お前だけじゃないんだ。二度とあんな目はごめんだからな」

 

 あぁ、そうだろうとも。分かっている。分かっているけれど、僕はやめないよ。「もしも」、またみんなを失うような展開になるなら。僕はこの身を喜んで差し出すだろう。

 

「うん」

 

 僕は嘘をついた。帰れる気なんてちっともしていない。ただ、経験が、みんなは必ず生かして返せると確信をくれたから僕は微笑んで返事ができた。

 カミュはまだ鋭い目をして、僕を探るように見ていたけれど、とうとう諦めたのか素手のまま僕の背中をとんとんと叩いた。

 うん、頑張れって言っているの、わかるよ。頑張る。

 

 僕は背中から勇者の剣を引き抜き、構えた。黒い太陽がだんだん近づいてくる。速かった呼吸がゆっくりになって、僕はリラックスしたかのように穏やかに笑った。

 今更緊張するものか。してやるものか。もう邪神には誰も渡さない。

 僕の体の震えはぴたっと止まった。震えるくらいなら、僕は挑まないさ。みんなが死んでしまう方がよほど恐ろしいんだから。

 研ぎ澄ませ、全てを。ゾーンを解放し、僕はみんなの顔を見た。あぁ愛しい人たち。どうか健やかであれ。

 

「いくぞ!」

 

 僕は勇者の剣を振りかざし、呼応するひび割れた勇者の紋章は最後の力を振り絞ってニズゼルファの闇の衣を剥ぎ取った。僕は仮面の顔を睨みつけ、いつもと同じように眼前に躍り出て仮面を叩き割った。

 

 

 

 

 

 

 

 イレブンの背中が、とてつもなく大きく感じる。イレブンの話した作戦は、今までの戦いは、言うならば幾度も繰り返したイレブンだからこそある、並外れた強さで成り立っている。

 俺たちが立ち止まっている間に、どんどんイレブンは強くなっていき、たとえかつての力を取り戻したとしても、俺たちは敵わない。

 俺たちにあるのは記憶。積み重なった記憶だ。かつての能力はかつての能力でしかなく、積み上げた経験ではない。

 だがだからこそ、出来ることがある。

 俺たちは知っている、同じように。だからイレブンの言う最後の一撃のあと、どうなったのかを知っている。イレブンが死んだ前回、どうして俺は誰にも咎められずに亡骸を連れ去って忘れ去られた塔に立てたと思う?

 

 「遡ってきたのはイレブンだけではない」、と、ニズゼルファはとうとう勇者を殺した高揚で口走った。あいつも繰り返している、何故か、記憶を持っている。

 そしてもはやわざと前の通りに動き、最後の最後で誰かを殺すことで「楽しんできた」のだろう。俺たちはそれに気づいて、そして俺が遡ることで止めようとして、だが悲しみは俺の役割を忘れさせた。

 俺は、ただイレブンを取り戻したいだけでオーブを割った。十回の時渡りでは、イレブンは世界を滅ぼさせないと、そして死んだ誰かを取り戻すと、そしてきっと笑って過ごせると、そう約束するように言って、遡る。

 俺は最初、もう一度旅をしようと、また会おうと言ったくせに、ただの一度も思い出すことなく、報いることなく、そして約束を二度とすることなく、見送り続けた。そして、その代償を自分で払うのではなく、イレブンを孤独へ送り出し、あだで返した。

 俺は決して勇者ではなく、ただ無様に失敗した。そして無邪気な少年の笑顔をすべて殺し、救世主たらんとする、星のような微笑みの下でなにも知らずに育った大馬鹿者だった。

 これで終わらせよう、勇者と邪神の因縁を。俺たちが何故ここにいるのか? それはあいつらを出し抜くためなのだろう。邪神だけでは足りない。イレブンをも出し抜かなければきっと気づかれる。

 俺たちは決して邪神の前で記憶がある素振りを見せてはならない。あいつは、これが勇者と邪神の戦いだと信じ込んでいる点ではイレブンと同じだ。

 俺たちはあくまでおまけだと邪神は考え、「余興」に殺す。前回とうとう相打ちまで持ち込んだみたいだが、役者を自ら揃えたことには気づかないらしい。

 それを利用して、俺たちはただの愚かな人間で、苦しみ何度も時間を遡る勇者の隣で仲間だという顔をしながら、気付かずに死んで、また苦しませる。そんな存在だと思わせておけばいい。邪神は俺たちを侮り、だから終止符を打てる。

 

 俺たちはもう死なない、そしてイレブンを独りにはしない。

 

 じいさんの魔法が炸裂する。ベロニカの魔力が暴走し、寄り添うように立つセーニャの魔力も呼応するように高まる。見た目は派手だが、かつてと同じような威力になるように、今までと同じ状況になるように、絶妙に加減されている。その余力の隙に、セーニャに集められた魔力が、神話の主役たちに気づかれないように、全員を生存させるための祈りに変わる。

 グレイグとシルビアの攻撃が連撃となって降り注ぐのをあいつは大したことではないと切り捨てて、無防備に「立っている」俺を殺そうとする。俺は必死な顔になって、なんとか捌ききったように演じる。邪神の嘲笑を睨みつける弱者のフリをしながら、俺たちは力を蓄えて、全てを賭ける一撃に備える。

 あいつを倒すためのダメージ自体はすぐに蓄積した。何せ、イレブンは本来、こいつを一人で屠ることが出来るだろうからだ。しかし、その守りは疎かで、死ぬことを前提とした特攻だ。一人で戦わせれば、相討ちになって、イレブンは決して帰ってこなかっただろう。

 

 対して邪神は、繰り返すその死闘を楽しんでいる。滅ぼされても必ず遡ってくると確信して、楽しんでやがる。だからあっさり倒されたような顔をして、誰を殺そうか楽しそうに選んでいるのだ。

 

 今回、誰が選ばれるか? そりゃあ俺だろう。

 一回目は、大樹で俺たちを守って死んだベロニカ。邪神は戦うこともなくウルノーガに肉体を滅ぼされた。世界は崩壊し、イレブンは勇者として多くの人の命を救うために独りぼっちで長い旅に出たとき。まだこの因縁はなかった。

 二回目、最初の「余興」は俺。邪神をとうとう倒しきったと思った、全員が気を抜いたすきにあえなく心臓の近くを撃ち抜かれて、イレブンに最後の言葉を伝え切ることなく死んだ。

 三回目、マルティナ。俺の死を知っていたイレブンが俺の前に立ちはだかって攻撃を弾き、今度こそ全員生還したと思った瞬間、狙われたイレブンを咄嗟に庇って死んだ。

 四回目、じいさん。戦闘後、俺たちを全員庇うつもりのイレブンが俺やマルティナを守りきり、自分への攻撃にも対策したのを愉快に見届けたクソッタレが一番離れて立っていたじいさんの半身を消し飛ばした。

 五回目、セーニャ。イレブンが俺を守り、マルティナを庇い、自分への攻撃を防御せずとも死なないと判断して、被弾しながらも即刻じいさんの所に跳び、危険な位置から遠ざけたその隙に嘲るように撃ち込んだ闇の一撃は、セーニャを即死させた。

 六回目、グレイグのおっさん。じいさんとセーニャを、被弾してずたずたになった体で避難させたイレブンが、更に自分に向かって飛んでくる一撃に死を覚悟したのか……目を閉じて甘んじて受けようとした時に、盾として庇って、死んだ。

 七回目、シルビア。諦めるとグレイグがかばうということに気づいたイレブンが、自分の命を諦めることなくその一撃をなんとか受けきった瞬間の隙に、邪神はノーマークだったシルビアに滅びへ向かって崩れゆく自らの腕を叩きつけて即死させた。

 八回目、ベロニカ。シルビアの死を防ぐために自分への攻撃を受けきった瞬間に跳び、更にシルビアの前に躍り出て攻撃を庇って受けたイレブンは既に瀕死で、駆け寄って介抱しようとしたベロニカが目の前で首を落とされるのを見てしまった。

 九回目、イレブン以外。イレブンはこの回でとうとう未来から来たこと、俺たちが殺されてしまうことを隠して、勇者の奇跡で未来が見えたと誤魔化し、先のことを語った。

 そのお陰でベロニカの死までは救うことが出来たが、俺たちは戦いを知っている素振りを出してしまった。その後、覚えているのはニズゼルファが不気味に笑う顔のみ。誰の記憶にもないことから、恐らくあの時のイレブンは仲間の全員を殺されたのだろう。

 十回目、この回では世界が崩壊した記憶がある。恐らく仲間全員を殺されたイレブンには時渡り直後のホメロスの奇襲すら対応出来なかった。一回目の世界と同じように仲間を集め、ラムダでベロニカの死を知ったイレブンは、忌々しい歯車を取り出し、俺たちに詫びると忘れ去られた塔に連れていき、表情を失くした顔でオーブを割った。

 十一回目、イレブン。俺たち全員をとうとうその体一つで守りきったイレブンは、邪神の悪あがきの一撃すら受けきって、崩れ落ち、抱きとめた俺の腕の中で眠るように死んだ。表情はやり遂げたように穏やかだったが、身体の傷は凄惨で、傷のないところはどこにも無かった。その身体の傷を治した時、俺はイレブンの懐に忘れ去られた塔の歯車の鍵を見つけた。

 

 俺は、ケトスの覚醒の時、忘れ去られた塔にひどく、既視感を感じていた。俺はほかの皆も同じだと確信していた。俺たちは既視感に導かれるままに忘れ去られた塔にケトスを呼んで行くと、勇者の剣をイレブンの亡骸に持たせた。勇者のあざは剣を持たせるとイレブンが生きていた時と同じように輝き、俺は喪失感のままにオーブを叩き割った。

 俺の罪の結末は知っての通りだ。イレブンの体はオーブを割った瞬間に掻き消え、勇者の剣は砕け散った。俺はイレブンを今度こそ失ったことを悟ると、愛用のナイフで自分の首を掻き切った。

 きっとあの時、俺はわかっていた。あの場で俺が死ななくとも、過去の世界はすぐに勇者の存在する世界に収束して消えることも。

 だからあの死はすぐになかったことになったのだろう。

 

 そして、俺は何も知らない雪に埋もれたガキになっていた。

 クソッタレの邪神にもかつての記憶がある。ベロニカをイレブンの目の前で殺したところから明らかだ。イレブンが防いでも、絶望させようとばかりに次々と殺す様子からも分かる。

 前回、滅びゆく邪神が見たのは絶望する俺の腕の中で息絶えたイレブン。あの場で、邪神が最も絶望した顔を覚えているのは俺じゃないか?

 最初に戦闘において狙った俺を最後にも狙う。いかにもやりそうな事だろう。

 それに、あいつは俺たちがイレブンにかつての情報を伝えられたと分かっていると全員を殺そうとする可能性がある。それを分かっていたイレブンは俺たちが思い出した時にあんなに取り乱したのだろう。

 だが、邪神はきっと、俺たちが伝え聞いただけではなく、かつての記憶も全部あるのだとまでは知らないだろう。だから完璧に俺たちはなぞる。今までの戦いを。

 俺たちはイレブンにこっそりと防護魔法をかけ、ほんの誤差で済む程度に邪神の邪魔をするとイレブンには話してある。

 本当のところは違う。俺たちには経験はないが、積み重ねた分の記憶がある。かつてよりも、戦える。だから気づかれないように手加減しているわけだが。

 

 ……きた。イレブンの鋭い一撃が邪神を滅びへと導き、邪神は不気味に笑いながらイレブンを絶望へ突き落とそうとする。

 イレブンが俺に向けて飛んできた一撃に躍り出ると、剣で弾いた。今までのように俺は驚いた顔を作って、イレブンを見る。次の攻撃に気付き、弾かれたようにイレブンを庇おうとしたマルティナを押しのけてイレブンが被弾した。

 見た目には派手な出血が起きるが、セーニャの無言の魔法は血しぶきに隠れてイレブンの傷を癒す。極限まで研ぎ澄ませたホイミなら血しぶきよりも光が小さい。仕込み、一つ目だ。

 俺は今までの俺をなぞって邪神の右目にナイフを投げ、命中させた。まだ油断しないと言わんばかりの顔で、これから狙われることも知らないようなふりをして。

 次にイレブンが思いっきり跳躍して、じいさんとセーニャを攻撃到達地点から突き飛ばす。同時にセーニャが狙われた闇の一撃がイレブンの腹をえぐるが、グレイグかセーニャのこっそりかけたスカラが見た目ほどのダメージを出さない。敢えて皮膚が切れるように調節されているので、邪神が気づいた様子はない。

 血が飛び散る。セーニャが聞き慣れた、型通りの悲鳴をあげる。ここで咄嗟に回復魔法をかけるのは今まで通りだ。だが放たれたのはベホイムではなく、ベホイムに偽装したベホマだ。

 イレブンはそれに全く構わず、自分を殺そうとする一撃を受けとめ、シルビアの前に躍り出た。闇の一撃がシルビアの代わりにイレブンを焼く。魔法攻撃はわかっている分にはこれで最後で、それがわかっているベロニカが反撃にメラガイアーを唱えて、炎が目くらましになった瞬間にマホカンタをかける。

 俺は頃合いを見て、邪神の頭をどうやったらぶっ飛ばせるかをじっくりと品定めを始めた。もちろん、今までの俺から逸脱しないようにイレブンに駆け寄りながらだ。

 直接まっすぐ跳ぶか? 迎撃される。目をもう一つ潰してから攻撃するか? 俺たち全員が自爆に巻き込まれて焼かれる可能性がある。

 イレブンがベロニカを庇って左腕をばっさりと斬られた。俺は奥歯を噛み締め、代わってやりたい気持ちを堪えながら、行動をなぞって叫び、邪神に向かってありったけの力を込めた陣を仕掛ける。

 背後を回るか? 気づかれる。魔法に紛れて攻撃するか? それとも、邪神が得意な、不意打ちを狙おうか?

 怒りに身を任せたじいさんの魔法が完成する。グレイグの重い一撃が邪神を襲う。既に滅びゆく神に向かって追撃が加えられる。シルビアが、ベロニカが、セーニャが、マルティナが、俺が、前をなぞって一斉に攻撃する。

 勇者の盾によって、イレブンが殺された一撃が受け止められる。イレブンは、勢いで後ろに随分吹き飛ばされ、衝撃で傷口から血を流しながらも、立っている!

 

 俺たちはその瞬間、前をなぞっていた攻撃を切り替えた。イレブンの元にグレイグが向かう。これでもかと防御魔法が掛けられたグレイグの仁王立ちはそのへんの盾よりも堅い。執念のように繰り返される邪神の攻撃はグレイグに膝すらつかせることが出来ない。

 邪神はどんどん、空気に溶けるように崩れゆく。じいさんの闇の魔法があいつを粉々にする。ベロニカが爆散させる、それをセーニャが風で微塵にし、シルビアが、マルティナが、それを激しく拡散させる。

 そして俺は、悲鳴を上げながら誰を殺そうか画策する邪神の顔を、ただ、なんということもなく、斬り捨てた。

 俺は速かった。今までよりも。邪神は俺たちを侮った。

 光が満ちる。邪神は光に還る。

 

 俺たちの光は、生きている。

 

 悪あがきするように崩壊しきった体を動かそうとした邪神ニズゼルファだったものは、俺の陣の発動によってとうとう、本当に粉々になって、消えた。

 

「イレブン! 生きてるか!」

「みんなこそ!」

 

 イレブンは血まみれだった。だが、立っていた。剣を下ろして、涙に濡れる目をそのままに、俺たち一人一人を確認して。

 

「あぁ……」

 

 イレブンは、気が抜けたように座り込む。それを全員で心配して我先にと介抱しに行ったものだから、ぶつかって、転がって、イレブンはそれを見ておかしそうな顔をする。

 

「みんな、生きてる」

 

 イレブンは、夜空の星がきらめくように微笑むのではなく、かつてのように幸せそうに、笑った。

 

「ねぇ、まだ助けたい人がいるんだ。忘れ去られた塔に行こう。セニカさまを解放して差し上げよう」

 

 だというのにまだ真面目に誰かを救おうとするものだから、俺はまったく、敵わねぇなと、イレブンの肩を叩いて労った。

 晴れやかな気持ちであの神秘的な塔に向かうのは恐らく全員、初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ねぇ。みんな、ありがとう。

 僕を独りにしないでいてくれて。

 

 僕は孤独じゃなくなった。だから僕たちは、こうして誰の犠牲も出さずにいられたんだ。僕がみんなを生かそうとしたように、みんなが僕を生かそうとしてくれたから僕はここにいる。

 みんなは優しくて、本当に強かった。すべては僕の驕りだったんだね。守って、隠して、すべてを見せない選択をした僕は間違っていた。

 

「セニカさま、勇者の力をあなたに託します。僕にはもう使えないけれど、あなたには使えるはず。そして、その勇者の力でひとつだけ僕の願い事を叶えてくださいませんか」

 

 僕は、一人じゃなくなった。かつての記憶を持つみんながいるから。

 でも、それってさ、裏を返せば、みんなにもかつての辛い記憶があるってことだ。

 カミュは僕の隣で、僕の顔とセニカさまの顔を、見比べている。僕が何を言い出すか予想もできないんだろう。僕は、このわがままをもって、それで、僕の勇者としての……いいや、「エゴの救世主」としてのおこないを終わらせようと思う。

 

 みんなの見る、僕の目は、かつてのように希望に輝いていたのだろうか。僕は自分が淀みきった目をして、それでも救世主らしくなんとか微笑んでいるに過ぎないと思っている。ガラス玉をはめ込んだ顔。

 それをみんなは気づいているけれど、優しいから触れないでいてくれる。僕の時間が止まっていても、人間のフリをした救世主の人形でありたいと願っているから、人間の扱いをしてくれる。

 僕はカミュになんでもないことなんだよ、と言わんばかりの表情を作って見せて、一瞬だけ油断させた。

 みんなは、真に救われるべきなんだ。この記憶は持っているだけでその人を削り取る。悪夢に悩まされるかもしれない。後悔があるかもしれない。そんなものを背負わなくていい。

 

「ここにいるみんなの、過ぎ去りし時の記憶をすべて消してください。それは、持っているのには辛すぎる。縛られちゃあいけないんです」

「……えぇ、勇者のあなたが望む唯一のわがままなら、叶えましょう」

「ありがとう……」

 

 僕は、止めさせようと、掴みかかろうとするカミュの意識を瞬時にうばった。簡単なことだ、ラリホーをかけただけ。

 あの時の僕もこんなふうにぐっすり眠っちゃったのかな。戦いでもないのだから、眠りの魔法は面白いくらいによく効く。もしかしたら君が使ったのは夢見の花かもしれないけど、同じこと。これは小さなお返しなんだ。君たちへの。これは感謝だ。

 ラリホーマはみんなの意識を次々と刈り取っていく。無念そうな顔を、僕は微笑んで見守る。救世主の微笑みで、僕は見送る。すべてを忘れて、穏やかに過ごすといい。

 箱庭にみんなを運ぼう。僕は何も無かったようなふりをして、世界の危機がついに去ったと言って、箱庭の扉を開くんだ。

 そして帰るところがある人たちを帰そう。ない人たちが穏やかに過ごせるようになるまで、暫くの間は救世主でいよう。

 

「あなたの記憶も消してあげましょうか?」

「……いいえ」

「そう……でも、あなただって、幸せになるべきです」

 

 セニカさまは意味ありげに微笑んだ。途端に、僕の意識まで混濁する。あぁ、間違えた。僕はまた、選択を間違えた。

 相手は賢者だ。魔法においても、何においても勝てるわけがない。出し抜けるわけがない。相手を誰だと思っているんだ。僕は未熟で何度も何度も失敗した勇者なんだ。

 彼女がここにとどまっていたのは、彼女が勇者でなかった、ただそれだけのことだ。僕は賢者の慈悲によって、長い旅の記憶から解放されることを悟った。

 

「どうか、良い夢を……あなたはたしかに救世主だったのよ、愛しい人の生まれ変わり。幸せになって」

 

 声が、優しく溶けた。僕の頬を優しい手が撫でた。

 僕は、何もわからなくなって、意識を失う。なんだか次目を覚ました時には素晴らしいことが起きるような予感を持って。

 

 

 

 

 

 

 

「イレブン、おい、イレブン!」

「うぅ、あとちょっと……」

「おいおい、ここがどこか分かって言えよな!」

「うぅん……」

 

 薄目を開ける。キラキラと輝く破片が転がっているのが視界に飛び込んできた。あれは、なぁに?

 

「だめだ、ねぼすけは起きそうにないぜ。さっさと降りるか」

「そうね。イレブンちゃんが一番疲れているのだから仕方ないわ」

 

 僕は抱き上げられたような気がして、さすがに目が覚めた。急いでもがく。目を見開くと、キラキラ光っていたのは割れた時のオーブだとわかった。セニカさまはどうやら無事に戻れたらしい。よかった。

 ところでなんで僕寝ていたの?

 

「お、おろして!」

 

 運ぶ適任として選ばれたのだろうグレイグの手からするりと抜け出すとカミュが大笑いした。

 

「おう、おはようイレブン。それじゃあ帰るか。どこへ行く? デルカダールか? イシか? それともラムダか?」

「えっ?」

「寝ぼけてるなこりゃ。さっき邪神を倒して、時の番人になっちまったセニカさまに勇者の力を渡して、見送ったとこだろ。その時の衝撃で俺たちみんな眠っちまったらしい。だがまぁいつまでもいる訳にはいかないだろ。ここは人がいていいところじゃない」

 

 カミュは少し背伸びして、素手で僕の頭を撫でた。いつだって手袋越しだったのに。僕はやっと欲しかったものが手に入ったような気がして、目を細める。

 僕、褒められたかったんだ。君に。よくやったなって、なんのしがらみもなく。いつだって甘い君にさ。僕はまだ子どもみたいだね。

 

「よく頑張ったな」

「ううん、みんながいてくれたから……」

「素直に受け取れよ」

「うん……」

 

 目から幾筋か涙がこぼれ落ちる。キラキラと涙が落ちていく。僕の服を濡らして、手に当たって、地面にもこぼれ落ちていく。ぱたぱたと、時の止まった塔の中に涙がこぼれる。

 俯くと、滲んだ視界に黒いものが映った。カミュの手袋だ。僕はおかしな違和感と、変にしっくりくる感覚の両方を覚えた。

 

「あれ……僕、なんでカミュの手袋しているんだろ」

「ん?ほんとだな」

「はい、返すよ」

「おう」

 

 妙に馴染んだ手袋を外して、返す。カミュが受け取って、いつものようにはめる。

 素手の僕の左手には勇者の証のあざはすっかりなくなっていた。

 僕たちは、ゆっくりと塔をくだる。何故か、大きな喪失をしたような気持ちになる。だけどそれ以上に長い長い旅が終わったような安堵があって、僕は何度もみんなに労いがてら揉みくちゃにされた。

 塔から最後に足を踏み出す時、僕は振り返った。どうしてだろう、そう何回も来たわけじゃないのに、何回も来たような気がするんだ。だから後ろ髪を引かれるのかもしれない。

 

「これで救世主さまの旅路は終わりだな。なぁ、落ち着いたらまた旅をしないか?」

「うん、約束だったものね」

「あぁ、約束だった」

 

 僕は過ぎ去りし時を求めてここに来た。ベロニカの死はもう、真実じゃない。セーニャとベロニカは仲良く寄り添っている。命の大樹が落ちたということもない。ウルノーガはすぐに討ったから、悲劇は起きていない。

 これから、すべてが良くなる。ウルノーガ亡き今、デルカダールのモーゼフ王は失われたマルティナとの時間を取り戻していくんだ。

 シルビアは世界中の人を笑顔にするために本格的に活動を始めることだろう。

 ロウじいちゃんは、どうするのかな。僕ができることなら手伝いたいな。

 カミュとは、また旅をしようって約束していたね。

 

 村の復興が終わったら、きっとしよう。

 ……いつこの約束をしたんだっけ? なんだか、随分前の約束な気がするのに、カミュはよく覚えていてくれたなぁ。とっても嬉しい。

 

「これからきっと、イレブンさまは語り継がれることになりますわね」

「えぇ……そんなの照れくさいから嫌だよ」

「受け入れなさいよ。あなたが負けずに、諦めずに成し遂げてくれたこと、それはすごいことなのよ!」

「そうだ、イレブンさまはなんという名前で語り継がれるのでしょうか?」

 

 気が早くない?普通に勇者、とか?あぁ、でも、もっとふさわしい言葉があるよ。

 僕の旅路は、エゴだった。なんとなく、そう言いきれる。

 

「僕はきっと、エゴの勇者って言われるよ」

「そりゃすごい、人間のエゴ一つで世界を救っちまうなら大したもんだ」

「もう、褒めてないのはわかっているよ。でもしっくりくるんだ。そうでしょう?僕はエゴの救世主なんだ、ずっと、ずっとね」

 

 そういえば僕、救世主の方が、勇者と呼ばれるよりもしっくりしちゃうな。何故だろう。

 

「……俺は来ないけどな。普通に救世主さまじゃだめなのか?」

「あ、なんだかカミュにだけは呼ばれたくないなぁ、その呼び方」

「そうか。俺もなんとなく呼びたくなかったところだぜ」

 

 カミュは苦々しく笑った。確かに、カミュはそんな呼び方よりもさ、いつもみたいに相棒って呼んでほしいよ。他人みたいだもの、救世主さまだなんて。

 その名前は、今の僕には、もう、相応しくない。

 

「さぁ、帰ろう。一緒に」

 

 僕はみんなと輪になって手を繋ぐ。僕が唱えたルーラで、みんなと一緒に空を飛ぶ。

 僕は心の底から、笑った。

 

 僕は過ぎ去りし時を求めた。そして取り戻したかったものをすべて取り戻せた。そして、今、明るい未来を思い描いて、笑っている。




2021/2/1 改稿
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