オーバーロード〜新たなる神々〜   作:HONEEEE

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テストに追われて遅れました。


其の参 死の支配者

 

 

Dive Massivery Multiplayer Online Role Playing Game

 

  通称 D-M-M-O-R-P-G

 

  仮想世界で現実に居るかの如く遊べる、体感型ゲームの事である。

  数多開発されたその中に、燦然と輝く一つのタイトルがあった。

YUGGDRASIL

 

  西暦2126年、日本のメーカーが満を持して発売したゲームだ。

 

  YUGGDRASILは、その広大な世界(マップ)、並びに、膨大な職業(クラス)、異様な程広いプレイヤーの自由度から、日本国内において、爆発的な人気を誇ってた。

 

  しかし、それも過去の話。

 

  全盛期から経つこと12年。

  YUGGDRASILは、最後の時を迎えようとしていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 そこは円卓の間(ラウンドテーブル)と名付けられた部屋の中央、黒曜石で出来た円卓を囲むように配置された四一席の内の二席。

 

 そこに座っているのは、明らかに人間ではない、異形の者達。

 

 片や、その眼窩に強い赤を灯した骸骨。金と紫の縁を纏った豪奢な漆黒のアカデミックガウンを羽織っている。

 そしてもう一体。コールタールを思わせるそれは、黒いゼリー状の物体で構成され、常にその表面から何かが流れ出している。

 

 前者は死の支配者(オーバーロード)、後者は古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)、どちらも最高位難易度ダンジョンの配置モンスターとして知られ、死の支配者(オーバーロード)各種は最高位の凶悪な魔法の行使、古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)は武具の劣化能力で嫌われている。

 

 とはいっても、彼らはモンスターではない。

 プレイヤーだ。

 

 ユグドラシルでは自身のアバターをほぼ際限なく改造(カスタマイズ)出来る。選択できる種族は、上位種族まで含めると700にも及び、外装(ビジュアル)だって専用のアイテムさえあれば思いのままだ。

 その内の一体、死の支配者(オーバーロード)が口を動かすことなく言葉を発する。当時の技術では会話に合わせた表情変化までは再現できなかったのだ。

 

「本当に久しぶりです、ヘロヘロさん。ユグドラシルのサービス最終日とはいえ、正直本当に来てもらえるなんて思ってもいませんでしたよ。」

 

「いやー、本当におひさーです、モモンガさん。」

 

 ヘロヘロと呼ばれたプレイヤーが答えるが、死の支配者(オーバーロード)――モモンガに比べ、どことなく生気が薄れている。

 

「リアルで転職をされて以来ですから、どれくらいになりますかね?……二年ぐらい前ですかね?」

 

「あー、それぐらいですねー。うわー、そんなに時間が経ってるんだ。……やばいなぁ。残業ばかりでこのごろ時間の感覚が変なんですよね。」

 

「それかなり危ないんじゃないですか?大丈夫なんですか?」

 

「体ですか?超ボロボロですよ。流石に医者にかかるまではいかないですけど、それに近いレベルでやばいっす。むちゃくちゃ逃げたいですよ。とは言っても食べていくには稼がなくてはならないわけで、奴隷のごとく鞭で打たれながら必死に働いていますよ。」

 

「うわー。」

 

 余りに実感のこもった声に、モモンガはドン引き、とリアクションを取る。

 

「まじ、大変です。」

 

 そこからはヘロヘロの愚痴が次々と流れ出し、モモンガは一方的に聞く側へとシフトしていく。

 

 仮想現実において、現実世界(リアル)の話は忌避される傾向が強い。それはゲームにまで現実世界(苦痛)を持ち込まないで欲しいと、言わば避暑地的な意味だろう。

 しかし、モモンガ達の所属するギルド、アインズ・ウール・ゴウンでは違った。それはギルド加入条件に、アバターが異業種である事、そして社会人である事、というものがあるからだ。その為、自分達の仕事の話になることが多く、ギルドメンバーもそれを鷹揚に受け入れていた。

 

「………すいません。愚痴ばっかりこぼしちゃって。あんまり言えないんですよね、向こうじゃ。」

 

 最終日なのに、と頭らしき部分を下げたヘロヘロに、死の支配者(オーバーロード)は優しく返す。

 

「気にしないでください、ヘロヘロさん。そんなに疲れているのに無理を言って来てもらったんですから。愚痴くらいだったらどんだけでも飲み干せますって。」

 

「いや、ほんとにありがとうございます、モモンガさん。こっちもログインして久しぶりに仲間に会えて嬉しかったですよ。」

 

「そうおっしゃってくれるとこちらとしても嬉しいですね。」

 

「………ですけど、そろそろ。」

 

 ヘロヘロの触腕が何かを突くように動く。コンソールを操作しているのだ。

 

「ああ、確かにもう時間ですね……。」

 

「すいません、モモンガさん。」

 

 心の内に浮かんだ感情を押し殺し、モモンガは笑顔を顔に貼り付ける。

 

「そうですか。それは残念ですね。……本当に楽しい時間はあっという間ですね。」

 

「本当は最後までご一緒したいんですけど、流石にちょっと眠すぎて。」

 

「あー、お疲れですしね。すぐにアウトして、ゆっくり休んでください。」

 

「本当にすいません。……モモンガさん。いや、ギルド長はどうされるんですか?」

 

「私はサービス終了の強制ログアウトまで残っていようかと考えています。時間はまだありますし、もしかするとどなたか戻ってくるかもしれませんから。」

 

 そう言いながらもモモンガはその確率が非常に低い事を知っている。何しろ全ギルドメンバー四一人中、三七人は引退し、このギルドから名前を消したのだ。先程ヘロヘロ以外の残りのメンバーが来てくれたが、別の用事が入っていたらしく、早々に去ってしまった。

 

「そうですか。……でも正直ここがまだ残っているなんて思ってもいませんでしたよ。」

 

 瞬間、形容し難い感情が走り、モモンガは顔を歪めた。

 いつ戻るかも分からないギルドメンバーの為に、必死になってアインズ・ウール・ゴウン()を守り続けていた。それなのにその仲間からこんな言葉を投げられたら、ショックで固まりもするだろう。

 

 しかし、そんな感情も次の言葉で霧散する。

 

「モモンガさんがギルド長として、俺たちがいつ帰ってきても良いように維持してくれていたんですね。感謝します。」

 

「……皆で作り上げたものですからね。誰が戻ってきても良いように維持管理していくのはギルド長としての仕事ですから!」

 

「そんなモモンガさんがギルド長だからこそ、俺たちはこのゲームをあれほど楽しめたんでしょうね。……次にお会いするときは、ユグドラシルⅡとかだと良いですね。」

 

「Ⅱの噂は聞いたためしがないですが……でもおっしゃるとおり、そうだと良いですね。」

 

「そのときはまたぜひ!じゃ、そろそろ睡魔がやばいので……アウトします。最後にお会いできて嬉しかったです。お疲れ様です。」

 

「――っ」

 

 一瞬だけ、モモンガは口ごもる。しかしすぐに最後の言葉を贈った。

 

「こちらもお会いできて嬉しかったです。お疲れ様でした。」

 

 ヘロヘロの頭上にピコン、と笑顔のマークが表示される。ユグドラシルでは表情の変化がないため、こういった感情(エモーション)マークで代用するのだ。 

 

「またどこかでお会いしましょう。」

 

 そう残し、ヘロヘロの姿が掻き消え――静寂が訪れる。

 しかし、未だに響くモモンガの声。

 

「今日がサービス終了の日ですし、お疲れなのは理解できますが、せっかくですから最後まで残っていかれませんか―――」

 

 言えずじまいの言葉を吐き出すが、後に残るのは寂寥感のみだ。

 

「はぁ。」

 

「どこかでお会いしましょう……か。」

 

 そんな言葉は何度も聞いた。

 

 ―また会いましょう。

 ―またね。

 その誰もが、再び帰ってくることはなかった。また会うことはなかった。

 

 それでも、モモンガはひたすら待ち続けた。しかし、最後の一人がこうして去って行った今、ダムは決壊寸前だった。

 

「どこで、何時会うのだろうね――」

 

 モモンガの肩がわななく。

 様々な感情を乗せて振り上げられた腕は―――振り下ろされることはなかった。

 

  ピコンッ

 

【武人建御雷さんより、伝言(メッセージ)が届きました。】

 

 画面隅にポップアップされた通知を見て、モモンガは唖然とし、慌てて応答のアイコンをクリックする。

 

『お、つながった!よぉ~モモンガさん、久しぶり!今外に居んだけどさ、悪いんだが、ちょっと拾ってくんね?ツヴェーグ達(カエルども)が邪魔で中々そっちに行けないんだよ。』

 

 懐かしい友の声に、先程の荒んでいた心が癒えていくようだった。まさかギルドを抜けた人までが来てくれるとは…。歓喜の感情を隠しもせずに、モモンガは答える。 

 

『ええ!今行きます!』

 

 結論から言えば、救出は困難を極めた。

 

 アインズ・ウール・ゴウンの本拠地、ナザリック地下大墳墓を囲むゲレンデラ沼地には、多数のモンスターが棲息している。

 ツヴェークはその代表で、強いものでは80レベル後半に及ぶ蛙型のモンスターだ。ただこれらはある非常に厄介な性質を持っていた。それは、戦闘行為に入ると周囲の仲間を次々と呼び寄せ、鼠算式に敵数が増えていく、という悪質なものだった。

 武人建御雷は、パーティーを組む時には専ら物理火力役(アタッカー)として参戦するなど、攻撃系の戦士職ではある。しかし、最強装備を引退時に預けたままでは、ツヴェークを倒す決定打に欠けていた。

 結果、仲間の呼び掛けに応えたツヴェークが集合し、沼地の一角が蛙だらけになるという惨状を引き起こしていた。

 

 

 

 

「全く、あそこに単身で飛び込むとか、無茶にも程がありますよ。」

 

 リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンによる転移で円卓の間に戻っては来たものの、巻き添えを食らって半分程度HPを削られたモモンガは苦言を呈す。

 

「悪い悪い、どうにかしてモモンガさんに気付いて欲しくてさ。んで、カエル共がナザリックの警報になってたなーって事思い出して。」

 

「そんな七面倒な事しなくても、初めから〈伝言(メッセージ)〉送ってくれれば答えましたよ?」

 

巻物(スクロール)がある事思い出したらもういっぱいいた。」

 

 そう言って豪快に笑う武人建御雷。半巨人(ネフィリム)の図体と声が見事に合っている。

 記憶のままの性格と、全盛期()と変わらず仲間と会話していることに、モモンガは破顔する。

 

「おっと、もうこんな時間か。」

 

「あ、そうだ。最後はここではなく、玉座の間に行こうと思っていたんですけど、どうですかね?」

 

「ああ、確かに最後を迎えるならあそこしかないな。」

 

 そう言い、二人はおもむろに立ち上がる。

 

「なぁ、モモンガさん。」

 

 玉座の間へと、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンによる転移を行おうとしたモモンガに、武人建御雷は声をかけた。

 

「どうかしましたか?」

 

「あのさ…。」

 

 何時に無く改まった、また歯切れの悪い友人の声にモモンガは疑念を抱く。対する武人建御雷は、モモンガに向き直るとまっすぐ見つめる。

 

「モモンガさん、あんたには本当に迷惑をかけた。」

 

「え、ちょっ、いきなりどうしたんですか?」

 

 突然の謝罪に目を白黒させるモモンガ。

 

「話しててわかったよ。あんた、ずっと一人でアインズ・ウール・ゴウン(ここ)を守ってくれてたんだな。」

 

「え…まぁ…そうなりますかね…。」

 

「正直言うと、本当はインするの、ちょっと迷ってたんだよ。一回ギルドを抜けた身でここに戻った時、モモンガさんにどんな顔していいかわかんないしさ。」

 

「そんな事、気にしなくても――」

 

 それでも――と、武人建御雷は続ける。

 

「最後に挨拶できて良かったよ。思い出を守っていてくれて、感謝する。」

 

 気にしないで下さいと言おうとした矢先、仲間から頭を下げられ、モモンガは慌てる。

 

「そ、そうだ!建御雷さん、もう一度ギルドに入りませんか?」

 

 混乱のあまり、まるで関係のない話題を提示してしまったが、まぁ本心なので良しとする事にする。

 

「ん、ああ、最後にもう一度、思い出に浸るのも悪くないな。でも、ツール持ってたか?」

 

「あぁ。いや、今は持ってないです。」

 

 ギルド加入を初めとする、いくつかの行動―NPCのフレーバーテキストの書き換え等―は、専用のツールを必要とするものがある。

 しかし、モモンガはそのツールを持ち合わせていなかった。では何故、と首を傾げた武人建御雷に、モモンガは悪戯っぽく笑う――と言っても、顔は動かないが。

 

「でも、大丈夫です。()()()()()。」

 

 そう言い、モモンガは壁に歩み寄る。その先にあったのは、壁の穴に浮かぶ一杖の(スタッフ)だ。

 

 スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。

 

 ギリシャ神話における神々の使者、ヘルメスの杖である使者の杖(ケーリュケイオン)をモチーフにしたそれは、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの象徴、言わばギルドを具現化したものだ。

 

 ギルド武器は、その同盟創立からメンバー全員一致団結して欲しいとの意味を込めて、運営が作り出したシステムだ。というのも、ギルド武器は一般の武器と比べて総合データ量が破格であり、当然それに伴い攻撃力も上がる。ただそれだけではなく、様々な追加効果(バフ)や特殊な能力まで込めることができる。

 

 アインズ・ウール・ゴウンはいい意味でも悪い意味でも凝り性な人間が多かった。そんな者達が、ギルド武器などという作り甲斐のあり過ぎるものを、黙って見ているだろうか。

 当然否である。

 ギルド武器の素材とすべく、超レアドロップ品を求めて何日も狩りを続ける者がいた。

 もっと色んな能力を付けようと、高額な課金をしてまで満足なデータ量を確保した者がいた。

 悪のギルドならそれらしい武器にしようぜ、と言って無意味なエフェクトを注ぎ込んだ者がいた。

 そんな涙ぐましい努力の末、完成したのはゲームYUGGDRASILにおいて最上級の効果を持つとした世界級(ワールド)アイテムに匹敵するレベルにまでなっている。

 しかし、ギルド武器が破壊されれば、即ちそのギルドの崩壊を意味する。それが、ここまでの破壊力を持っているにも関わらず、地下深くに封印されている理由だった。

 

 そんな輝かしい黄金の日々を脳裏に振り返りながら、モモンガはその杖を手に取る。

 すると現れる、どす黒いオーラ。それは次々と人の苦悶の表情へと形を変え、消えていく。

 

「うわぁー。こりゃすごい。」

 

 モモンガの後ろから、覗き込むようにして見ていた武人建御雷が苦笑しながら言う。

 

「ホントに、皆の努力の結晶ですよ、これは。」

 

 そんな風に返しながら、モモンガは杖に込められた一つの効果を使った。

 すると武人建御雷にはギルドの招待状が届く。

 

「お!来たな。ギルド武器ってかなり便利な使い方もあるもんだな。」

 

「えぇ、まぁ。建御雷さんはどちらかというと武器の側面に力入れてましたもんね。」

 

 言外に、それ以外は協力してましたっけー?、などと思うと、言わんとしている事が通じたのか、何処か笑いを浮かべた顔で、俺はそっち担当だったからな、と開き直る。

 

「じゃ、加入っと。」

 

 武人建御雷が加入のアイコンをクリックすると、モモンガの画面に”武人建御雷さんがギルドに加入しました。”と表示された。

 

「では改めて。お帰りなさい、武人建御雷さん。」

 

「おう。ただいま、モモンガさん。」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 武人建御雷がギルド復帰を果たした後、二人は先の話通り玉座の間の前、ソロモンの指輪(レメゲトン)へと転移した。

 

  無骨なヒヒイロカネ製の扉だ。 

 だがそれ故に、醸し出す雰囲気は濃厚であり、進もうとする者への威圧を感じられた。

  そんな扉を、モモンガは軽く手で押し開ける。

 

  中はかなり広い造りになっていた。

  部屋中に開けられた壁の穴に置かれているのは、計67体の石像達。天井には、四色に輝くクリスタルが備え付けられている。各々が自ら光を発しており、大理石の床に、様々な色影を落としている。

 

 しかし、それとは別に、部屋に待機していた人型の七つの影があった。先頭の一人は老人だが、他は全員、メイドという奇妙な編成だ。

  しかも、メイド達は皆、感嘆を超え不自然さを覚えるほどの美女である。髪型も、シニョン、夜会巻き、ロールヘアと様々。だが彼女らは単なるメイドでは無い。

 ナザリック地下大墳墓の最終防衛線たる戦闘メイド(プレアデス)NPC(Non Player Character)だ。

 

「本当は時間を掛けて、歩いて行こうかと思ってたんですけどね。」

 

 部屋に入ると同時に頭を下げた美女達を眺めながら、モモンガが言う。

 

「おいおい、どんだけの距離あると思ってんだよ。」

 

 モモンガの発言に、武人建御雷から思わず突っ込みが入る。

 ナザリック地下大墳墓、円卓の間(ラウンドテーブル)から玉座の間までは、指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使わないとすれば最短距離でも10分はかかる。ここまで広大なダンジョンを維持できているのも、仲間達の課金のおかげだ。

 それに対し、――だって色々と見ていきたいじゃないですか?――と愚痴るモモンガ。

 

「まぁ、気持ちは分かるけどな。」

 

 ここに来るまでの間の通路にも、恐らく仲間達は数多のギミックやその面影を残しているだろう。しかし、色々と話し込んでしまった以上、最後の見物をしている時間は残されていなかった。

 流石に、廊下を歩いていたら強制ログアウト、は悲しすぎる。

 

「代わりにセバス達連れてこうや。」

 

 そう言い武人建御雷は、先頭の老人―セバス・チャンの肩に、ポン、と手を置く。

 

 

「確かに、最後くらい彼らを働かせてあげましょうかね。」

 

「言われてみれば、ここまで来た奴らは一人もいなかったんだな。」

 

 実際言葉にすると、感慨深いような誇らしいような、複雑な気分を抱く。

 

「ええ。最終日だから、捨て身で誰か来ないかとも思ってたんですけどね。」

 

 もう終わりだ、という感情が後を引いているのか、口調がどうしても下がりがちになる。そんな雰囲気を察してくれたのか、武人建御雷は努めて明るい声を出した。

 

「ま、最後なんだから辛気臭い顔すんなよ、モモンガさん。」

 

「…そうですね。締めは玉座の間でしましょう。付き従え。」

 

 NPCを動かすコマンドを発すると、モモンガは先だって歩き始める。

 

 やがて一行は恐ろしく巨大な門の前に立つ。

 

「ホントに凄いよな、これは。」

 

「ええ、デザイン担当の人が泣いていましたよね。」

 

 5mを超える巨大な門――玉座の間の入り口は両開きで、左右それぞれ異様にリアルな彫刻が彫られている。

  右には黒い地に、全身に漆黒の炎を宿した悪魔。

 左には白の地に、慈愛に溢れた聖女を象る女神。

 どちらも、人以外の者が彫ったのではではないかと思える程、精巧に造られている。このまま襲い掛かってきても可笑しくはない。――というか創った人間はそういう事を仕出かす輩だった。

 

「じゃ、開けますよ。」

 

「あぁ。」

 

 武人建御雷はおろか、ギルドマスターたるモモンガでさえ、玉座の間には数えられる程しか入ったことが無い。謎の感動と共に、モモンガはその扉に触れる―と、扉は重々しく開く。

 

「「おお...。」」

 

 そこに広がっていたのは正に圧巻だった。

 今迄とは比べ物にならない程、広大且つ優美な広間。床から天井に至るまで、細部に施された精妙巧緻な装飾。金銀をふんだんに使ったその部屋は、その重厚さを以て、全身に伸し掛るような雰囲気を与えてくる。

 そう、此処こそがかつて、ギルド アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが凝りに凝った聖域。ナザリック地下大墳墓最奥にして最重要箇所。YUGGDRASILでも屈指に入るクオリティ―とモモンガは思っている―玉座の間である。

  血の色に染まった床敷の両側、垂れ下がった紅蓮の布地には、41の不思議な紋様が描かれている。

  そして何よりも目を引くのは、その玉座だ。 

  黒曜石の黒を基調とし、サファイアやルビーなど、様々な宝石を使ったその玉座。あたかも天を突くように高く突き出している背。そして後光のように光り輝く、アインズ・ウール・ゴウンのギルドサイン。

 そしてその隣にはある人影があった。

 

「アルベドか。」

 

 守護者統括、アルベド。

 ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの最奥を守護する最硬のNPCだ。

 

 しかし、モモンガの目は若干の険を持って向けられていた。

 

「え、世界級(ワールド)アイテム。」

 

「…誰が持たせたのやら…。」

 

 アルベドが手にしていたのは宝物庫にあるはずの世界級(ワールド)アイテムの一つ、真なる無(ギンヌンガガプ)だった。

 世界級(ワールド)アイテムはその破格過ぎる性能から、個人が持てばそのプレイヤーの知名度はYUGGDRASILにおいて、最上級にまで昇り詰める。そんなアイテムを、アインズ・ウール・ゴウンは十一個も保有している。これは圧倒的な数だ――続くギルドで保有数三つなのだから。

 

 それ程までのアイテムをNPCが所持している理由、それは創造者が持たせたからに他ならない。

 

「…タブラ・スマラグディナだな…。」

 

「…間違いないですね…。」

 

 一瞬で同じ結論に達したモモンガと武人建御雷は、同時に溜息をつく。ここ玉座の間へ来ることは、ギルドメンバーだとしても滅多にない。そのため誰も気づかなかったのだろう。彼のことだから悪戯、と言うよりはサプライズ気分でやったのだろうが、世界級(ワールド)アイテムまで持ち出すのは些かやりすぎな気もする。

 

「……取り上げるか?」

 

 アインズ・ウール・ゴウンは多数決を重んじるギルドだ。メンバーが協力して集めた貴重なアイテムを、個人的な理由で動かして良いはずが無い。

 しばしの間思案した後、モモンガは判決を下す。

 

「…いえ、今日に限り、許してあげましょう。最終日の情けで彼の思いを尊重したいので。」

 

「そういう事なら了解です、ギルドマスター。」

 

 仲間の了承に感情(エモーション)マークで返すと、先程から好奇心が刺激されている物を開く。

 

「お、おい…こりゃ凄いな…。」

 

 地雷を踏んだ気がした。彼女を創造したタブラ・スマラグディナはいわば設定厨だ。彼女のフレーバーテキストに書かれた膨大な文字の量に、モモンガと武人建御雷は瞠目する。

 それは一大叙事詩の如く。最早呆れ返り、読む気も失せたモモンガは、頭文字読み――思いっ切り下にスクロールする。

 

 そして最後尾で停止する文字の濁流。その最後を飾る一文が目に入った時、二人は目を点にする。

 

『ちなみにビッチである。』

 

 沈黙。

 

「「…はあぁーーーー。」」

 

 同時に吐き出される深い溜息。

 

「ギャップ萌えってあの人でしたっけ…。」

 

「いくら何でもこれは…無ぇだろ…。」

 

 ギャップ萌えという理解の範囲外に位置する性癖、というか美女に付けるにはあまりにも相応しく無い設定に、健全な男二人は頭を抱える。

 

「……書き換えます。」

 

世界級(ワールド)アイテムは許してもこっちはダメなのか。」

 

 静かに、しかしはっきりと断言したモモンガに、武人建御雷は盛大に吹き出す。

 無言のまま、アルベドにギルド武器を突き付けるモモンガ。するとコンソールの隣にキーボードが表示される。

 

「何か入れましょうか?」

 

「ん?…そうだ!」

 

 ニヤリ、という擬音が相応しい雰囲気を纏い、武人建御雷がズイ、と身を乗り出す。何かを打ち込んだ後、元の位置に引いた武人建御雷は、どうぞどうぞと言わんばかりに己が書き直した部分を指し示す。その挙動に何か怪しいものを感じながら、素直に従う。

 

『モモンガを愛している。』

 

「ちょっと!建御雷さん何してくれんですか!というか勝手にツールまで閉じて!」

 

「ついでに写真も撮っときますか?」

 

 良い彼女がいて羨ましいな、と嗤う武人建御雷に、モモンガは自分の現状を見返し思わず後ずさる。

 

「…あなたは悪魔ですか。」

 

「いや、俺は半巨人(ネフィリム)だな。悪魔はウルベルトだ。」

 

「種族変えるべきです!」

 

 ド正論をかました返答に、思わずつっこむ声量も上がる。それを受けて武人建御雷は、含み笑いをしてから言った。

 

「少しは気が晴れたか?」

 

「え?」

 

「モモンガさん、目に見えて落ち込んでるからさ。」

 

 仲間との会話は嘗ての場面と重なり、それを心から楽しんでいる自分がいる。しかしその大きさに比例し、虚しさもまた膨れ上がっていく。そんな心中を抱えているのは事実ではある。

 だがそれが他人から見ても明らかな程であるとは思ってもいなかった。自分の女々しさに呆れる。

 気を使わせてしまったという思いから、咄嗟に謝罪の言葉が口をつきそうになる。だが先の彼の言う通り、形だけでも最後は前向きで居たい。

 

「ありがとうございます。武人建御雷さん。」

 

「おうよ。」

 

「…では、ここで最後にしましょう。平伏せ。」

 

 コマンドを使い、NPCを平伏させて締めくくろうとするモモンガに、突如待ったがかかる。

 

「おいおい、立ったままはないだろう。モモンガさん、あんたはギルドマスターなんだから玉座に座ろうぜ。」

 

「でも……いや、分かりました。」

 

 一瞬戸惑うが、しっかりと腰掛けるモモンガ。それを見届けると、武人建御雷はどこか遠くを見るように話す。

 

「…ユグドラシルが終わっても、別に皆いなくなるわけじゃない。リアルに戻ったら、また皆で飲みにでも行こうぜ、モモンガさん。」

 

「ぜひとも。ギルドメンバー全員誘いましょう。」

 

「んじゃ、アインズ・ウール・ゴウンに乾杯、だな。」

 

 茶化したような口調で言う友達に、笑って答える。

 

「はは、そうですね。」

 

 

 

アインズ・ウール・ゴウン()に乾杯、か。」

 

 古き栄光への感傷を込めた呟きは誰の耳に入る事もなく――――

 

 

 

 

 ――――世界は終わる。

 

 

 

 




字数の割に進まねぇ。

男の友情とか武人的気質っていいね。
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