オーバーロード〜新たなる六大神〜   作:HONEEEE

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誠に申し訳無い


其の肆 武の二刀侍

「……ん?」

 

 初めに声を上げたのはモモンガだった。

 

「え…と…?ユグドラシル…終わってないのか?」

 

 サービス終了時刻はとうに過ぎている。ゲーム「YUGGDRASIL」は既に過去の遺物として電子の海へと帰している筈。しかし玉座の間(ここ)が未だ存在しているのは何故か。

 ようやく我に返った武人建御雷も、この異常に次いで動き始める。――が。

 

「あ、あれ…?」

 

「どうしました?建御雷さん。」

 

「コンソールが…出ないんだが…。」

 

 明らかな困惑を乗せた声でギルドマスターに訴える。しかし困惑は―当然だが―モモンガも同じだったようで、何かを突くモーションをする。

 

「……。ホントだ…。っていうかGMコールも効かない…?」

 

「サーバー落ちのタイムロスか…?」

 

「あぁ、あり得ますね。……運営も最後までやってくれるな…。」

 

 状況は未だ分からずだが、同じ境遇の他者と会話をする事で心に余裕が出来た二人。

 ギルドマスターの、多少の怒気を孕んだ台詞に、武人建御雷も同意していた。折角最後を美しく飾られたというのに、全てを台無しにしてくれた気分だ。

 

「まぁ、最後までユグドラシル運営らしいといえば、らしいですけどね。」

 

 しかし、そんな余裕も怒りも次の一瞬で完璧に吹っ飛ぶ事となった。

 

「如何なさいましたか?」

 

「……?」

 

 突然の聞き慣れぬ女性の声に、二人は思わず辺りを見渡す。

 だが当然、他プレイヤーの存在は無い。いるのは平伏すNPCのみだ。

 

「モモンガさん、なんか言ったか?」

 

「建御雷さんも聞こえました?」

 

「誰だ…?」

 

 従って思わず漏らした呟きに反応する者はいるはずが無く――。

 

「モモンガ様、武人建御雷様、如何なさいましたか?」

 

 ――そんな期待は容易く裏切られる。

 いやに謙った姿勢でこちらを伺うのは、あろう事か守護者統括アルベド、NPCだった。

 

 確かに話す、もとい音を発する事は、NPCにも可能だ。雄叫びやフレーズなど、いくつかの音声データは配布されているのだから、プレイヤーの行動を予測してある程度の自動処理化する(マクロを組む)事は出来る。しかしプレイヤーの言動に合わせた会話などは不可能だだ―と、ヘロヘロらプログラマー達が言っていた。

 

「…GMコールが効き…効かない。何故だか分かるか?」

 

 咄嗟に反応したのはやはりモモンガ。ここは流石ギルドマスターと言うべきか。

 対するアルベドは、顔を青くして引き下がる。

 

「申し訳ございません。無知なる私では"じぃえむこーる"なるものにお答えする事が出来ません。この失態を―――。」

 

 必死な謝罪をするアルベドを見ながら、武人建御雷はあることに気が付く。

 

(口が動いている…だと…。)

 

 YUGGDRASILでは表情の変化はない。それは常識だ。明確な異常事態に、言いしれぬ不安に侵されながら成り行きを見守る。

 

「よい。お前の謝罪を受け入れよう。」

 

「感謝致します。」

 

「...セバス!」

 

「はっ!」

 

「…ナザリック地下大墳墓を出て周辺地理を確認せよ。知的生物がいた場合、交戦はできる限り避け出来るなら第一層に連れてこい。但し、捜索範囲は周囲1kmに限定する。」

 

「了解致しました。」

 

「それと…そうだな。戦闘メイド(プレアデス)から一人連れて行け。お前が戦闘に移行した場合撤退させ、速やかに情報を持ち帰らせろ。」

 

 すらすらと淀みなく、まるで台本を読み上げるかの如き流暢さで命令を下すモモンガに、武人武御雷は驚愕を隠し切れない。

 

「畏まりました。それではこれにて御前、失礼致します。」

 

「よし、行け。」

 

「はっ!」

 

 絶対的支配者の命令を受け、見事に一致した歩幅で玉座の間を後にするNPC達を呆然と見送りながら、思わず声が漏れる。

 

「モモンガさん…。」

 

「武御雷さん。早急にお話ししたい事があるんですが、よろしいですか?」

 

 振り返ると恐ろしいほど冷静に、そう告げるモモンガ。仲良くゲームをやっていた先程とは人が変わった様な変化に、怖気にも似た悪寒が背中を走る。

 

「…あ、ああ。俺は構わない。」

 

「よかった。アルベド!」

 

「はっ!」

 

 次いで前に出る守護者統括。その声には先程の後悔は微塵もない。全く後腐れを見せず思考を切り替えるその態度は、まさに優秀な秘書を彷彿とさせた。

 

「全階層守護者を第六階層、円形劇場(アンフィテアトルム)に集めろ。時刻は…二時間後でいいだろう。」

 

「畏まりました。では、第四階層のガルガンチュアも起動させるという事でよろしいですか?」

 

「む…。いや、やはり第四のガルガンチュア、第八のヴィクティムは除け。ガルガンチュアは起動にコストがかかる。ヴィクティムは守りの要だ。奴らは余程の事がない限り動かしたくはない。」

 

「承知いたしました。それでは復唱致します。第四、第八を除く全階層守護者を二時間後、第六階層円形劇場(アンフィテアトルム)に召集します。」

 

「よろしい。では、行け。」

 

「はっ。」

 

 その妖艶な後ろ姿が扉の向こうに消えると、一呼吸置いてモモンガは武人武御雷に向き直る。何をされるかと一瞬身構えるが、モモンガは言葉を発することなく、見覚えのある一つの指輪を手渡した。

 

「リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンです。上手く発動するかはわかりませんが、実験も兼ねて円卓の間(ラウンドテーブル)まで飛ぼうと思います。」

 

 そう言い、自分の右手をひらひらと振るモモンガ。その薬指には、先程渡された物と同じ物が光っている。初っ端から身を呈した博打に、苦笑交じりで返す。

 

「それは危ないんじゃないか?…もし転移座標が適当で壁に埋まったりなんかしたらどうするよ。」

 

 するとモモンガから意図的に低くした声が届く。

 

「ここは言わば伏魔殿です。私達に対する監視役で非実態のモンスターがいないとも限りません。今は少なくとも上位者としての立場を剥がされたくはないので、NPC達のいない所に行きたいんです。」

 

 もし埋まったら引っこ抜いて下さい、と笑うモモンガに、引きつりながらも同類の笑顔を見せると、止める間もなくその姿が掻き消える。――と、数秒後、脳内に電話の様な物がかかってくる。

 

『なんだ…?』

 

 形容し難い感覚に詰まっていると、先の骸骨と同じ声が聴こえた。

 

『良かった!繋がったみたいですね!これ、〈伝言(メッセージ)〉です。』

 

『あ、ああ?なる…ほど。まぁ、それじゃひとまずそっちに行くわ。』

 

『了解です。』

 

 そう言い、脳内の回線が切断された感覚を覚える。一瞬の会話だったが、いつものモモンガだ。ほぅ、と一息ついた所で思案する。

 

指輪(これ)、どうやって使うんだ?)

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「割と時間かかりましたね。どうかしたんですか?」

 

 既に円卓の椅子に座り、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを玩びながらモモンガが尋ねる。

 

「コンソールも説明書も無いのに、指輪の使い方が分かるわけないだろ...」

 

 瞬時に使いこなした相手にジト目で返答すると、確かに、とモモンガは呟く。

 

「天啓ですかね。」

 

「…地味な助言をする神もいたもんだな。」

 

「…はい。まぁ、取り敢えず座って下さい。色々混乱もあると思いますので。」

 

 ここは言われたとおり、素直に自分の席に座る。と同時に、心に浮かんだ最たる疑問をぶつける。

 

「なんであんた、そんなに冷静で居られるんだ?この状況下だぞ?普通パニックだろ。」

 

 そもそも自分が混乱状態にある所為か、自然と声が荒ぶる。それを受けて尚、モモンガは平然と、穏やかに返す。

 

「精神が…何かに押し付けられている感覚です。激しい感情の起伏はありません。というか、抑制されるんです。」

 

-玉座の間で数回ほど発動しました、と付け加えるモモンガ。

 

「それって……。」

 

「恐らくは、アンデッドの特性だと思います。」

 

 ゲームでのアンデッドとしての特性が、直接身体に響く。それでは…まるで…。

 

「…それと、NPC、アルベドとセバスの口が動いていた。ユグドラシルで表情の変化はない。これって…。」

 

「建御雷さん。あなたの口も動いていますよ。」

 

 顎を触り、口を動かす。――絶望と共に漏れ出たのは、初めから疑っていた可能性だった。

 

「アバターに乗り移った…?」

 

「奇遇ですね。俺も同じ意見です。根拠はいくつかあります。」

 

 異世界転移。何処の厨二病だ。有り得ない。そう今の状況から目を背けようとする。これはアップデートなだけで――しかし鼓膜を震わせたのは、残酷なまでの現実だった。

 

「俺…いや、私。魔法が使えます。」

 

 突然の説明調に、自分が焦っていた事も忘れ、しばし呆気にとられる。

 

「え…いや、当然だろ。モモンガさん魔法詠唱者(マジック・キャスター)なんだから。」

 

「あぁ、そうではないです。…分かるんです。己の持つMP、魔法の効果や範囲、魔法発動の再詠唱時間(リキャストタイム)。そういった諸々が直感で分かります。」

 

 魔法。そんな物は現実には存在しない。所詮仮想空間(バーチャル)の中の夢物語だ。人間が切望した、あったらいいなと言う願いだ。

 ユグドラシルでだって、魔法や間合いはゲーム上で()()ものだ。決して()()()ものでは無い。

 ――だが、分かる。そう、意識を向けて分かってしまった。己の中に眠る力。自らの持つ――いや、「武人建御雷」が持つ筈の数々の技が、今や自分自身のものだという事を。

 

 納得してしまったことに気付いたのか、モモンガが再び口を開く。

 

「一段落した所で、一つ聞いてもいいですか?」

 

「…ああ。」

 

「武人建御雷さん、貴方は現実世界(向こう)に帰りたいですか?」

 

 この瞬間、モモンガの考えている事が嫌でも分かり、背筋が震える。

 ()()()。確かにモモンガはそう言った。彼は既に腹を括っているのだろう。これでも長い付き合いだ。その言い方や雰囲気で込められた感情は―たとえ表情が動かなくても―何となく分かる。

 最早彼は現実世界(リアル)に戻る気はないのだ。

 それでもモモンガは、自分が戻りたいと言えば、全力でその方法を探してくれるだろう。そして帰るその瞬間まで、笑っているに違いない。しかしその後は?一人にした事を詫びながらまた彼を見捨てるのか。

 

「………俺も、残ってみようと思う。」

 

「ホントですか⁉」

 

 その驚きように、余り期待は掛けられていなかったことを悟る。――そして、それに応する喜びも。

 

「…まだこの世界に何があるかも分からない。一応、帰る方法は探しながら、だけどな。」

 

「ええ!勿論です!」

 

 喜色満面の顔――頭骸骨で言われ、武人建御雷も釣られて笑みを浮かべる。――ただ、未だ気を抜く事は出来ない。

 

「で、だ。…これからどうする?」

 

 死の支配者(オーバーロード)のこの答え如何では、武人建御雷も覚悟を決める必要があった。何しろ生者を憎む身体に成り変わったのだ。生物を虐殺します、などと言われたら体を張って止めるしかない。

 だがその口から出てきたのは、どこまでもギルドマスターらしい答えだった。

 

「…まだ使える手足も情報も足りませんので何とも…。…ただ、取り敢えずは水面下で、静かに他のメンバーを探そうと思います。下手に敵を増やしたくはありませんので。」 

 

「…なるほどな…。」

 

 受け身で温厚な、記憶通りのモモンガの性格に、武人建御雷は密かに安堵する。

 

「…だが、あては?火力役(アタッカー)二人じゃ捜索にはむかんだろう?」

 

 モモンガは、ロールプレイの影響で多少の支援(バフ)は使えるものの、やはり本職は死霊系統の魔法火力役(アタッカー)だ。

 加えて武人建御雷も、やはりガチガチの物理火力役(アタッカー)である。

 二人共、探索や追跡に向いた職業(クラス)とは言い難い。

 

 だがモモンガは、それさえも冷静に対処してみせる。

 

「さっき、セバスに外に出る様に命じたのを覚えてますか?」

 

「あぁ、覚えてる。けど、NPCってギルド拠点から外に出られないんじゃ無かったか?」

 

 YUGGDRASILでは、NPCを拠点外に出すことはできない。これは、運営が極端な個人のドリームチーム作成を防いだ為だ。

 

「えぇ。なので、もしもセバスがナザリック地下大墳墓(ここ)を出られたら、他のNPC達の力も借りられるはずです。そうすれば―。」

 

 なるほど、と思う。

 確かに、NPC達が外に出られるとなれば、捜索可能範囲は規模が変わる。探知系魔法に特化したニグレドや、多種の魔獣を従えるアウラなどの支援が得られれば格段に効率が上がるだろう。

 しかし、ここで問題になってくる事がある。

 

「あいつら―NPC達の忠誠…。さっきの態度もどこまで信用できる?」

 

 疑問を投げられたモモンガも、こればかりはお手上げというポーズを取った。

 

「わかりません。玉座の間にいたメンバー、アルベドやセバスは先程の態度を見た限りでは安全だと思います。ただ、あれが演技でないかと言われると…。」

 

 確証は無いです、と不安げに視線を落とす。

 

「その為の全階層守護者招集って訳だな。」

 

 ようやく話に付いてきた武人建御雷も、やはり不安の色を隠し切れない。

 何しろナザリック地下大墳墓全体が敵に回った場合、相手は百レベルの隙の無い構成(ガチビルド)十数名、プラス低レベルとはいえ多数のモンスター。百レベルプレイヤー二人に抵抗の余地はない。

 

「そうです…。ただ、その前に先に六階層守護者の二人にコンタクトを取ろうかと思ってます。」

 

「六階層…。アウラとマーレか。それはまた何故?」

 

「……。えーと…あの二人ならボロを出しても何となく大丈夫そうっていうか…。」

 

 だんだんと言葉尻すぼみになるモモンガに、思わず声を上げて笑う。

 

「まぁ、気持ちは分かるぞ。モモンガさん。」

 

 支配者の態度として合格に達していなかった場合、アルベドやその他の「賢い」と設定された者達に見捨てられる可能性がある。しかしその点、アウラとマーレであれば、まだ子供なので姿勢を崩し、優しく接した、という()()()言い訳が()()()()成り立つ――はずだ。多分。

 

(見捨てられるだけならまだマシか…。)

 

 下手すれば反旗を翻されかねない。すると行き着く先は――ゲームオーバーだ。

 どんどんと悪い方向へ転がっていく思考にブレーキを掛ける意味を込めて、武人建御雷は努めて明るい声を出す。

 

「まぁ、ウジウジと悩んでいても埒が明かねぇ。早いとこ行こうぜ、円形劇場(アンフィテアトルム)

 

「…そうですね。では向こうで会いましょう。」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 二人が次に目にしたのは細く、暗い道。ジメッとした空気の蔓延る長い廊下だった。

 

「転移は成功、と。」

 

「もう指輪の転移機能は万全と言っても良いでしょうね。」

 

 第六回層、森林。その中心たる巨大樹から程近い場所にある唯一の建造物、円形劇場(アンフィテアトルム)。そこへと続く二本の道の内、出入りが簡単な片方の通路。言わば挑戦者用の出入り口から、二人は来ていた。

 特に面白味もない石造りの一本道をしばらく進むと、やがて開けた場所に出る。周りを囲むよう、円状に造られた観客席には所狭しと動く像(ゴーレム)達が並び、頭上には星空が広がっていた。そんな光景に一瞬気を取られ―とその時。

 

「とあっ!」

 

 掛け声と共に観客席上段から飛び降りる小柄な影。結構な落差があったにも関わらず、それは膝を軽く曲げるだけで、落下の衝撃を完全に無効化した。

 

「ぶぃ!」

 

 天真爛漫という言葉が相応しい笑顔と共に、少年の服装をした子供が駆けてくる。

 人間のそれよりも長く尖った耳、薄黒い肌。闇森精霊(ダークエルフ)の少女は、上下共に革鎧の上から赤黒い竜王鱗を貼り付けた軽装鎧を纏っている。その上に羽織ったベストの胸の部分には、アインズ・ウール・ゴウンのギルドサインが輝いている。

 

「モモンガ様!それに武人建御雷様も!わたしの守護階層までようこそ!」

 

 予想していたよりもフレンドリーな、明るい少女の出迎えを受け、上位者二人も相好を崩す。

 

「おう!久しぶりだな、アウラ。」

 

「今日は少しだけ邪魔するが、構わんかな?」

 

「邪魔だなんてとんでもない!至高の御方々はナザリックの絶対支配者ですよ?」

 

「そういうものか…?」

 

 戯れつく子犬の様な雰囲気のアウラをしばしの間眺めていると、モモンガがふと何かに気づいた様に顔を上げる。

 

「ところで…。」

 

 そんなモモンガの様子をいち早く察知し、含まれた意図を理解したのであろう。瞬く間に猛犬と化したアウラが勢いよく振り返った。

 

「マーレっ!早く飛び降りなさい!至高の御方々をお待たせする気⁉」

 

 すると観客席の方から、糸のようにか細い声が風に乗って聞こえてくる。この距離で聞こえるのは奇跡とでも言うべき小ささだが、不思議とはっきり聞き取れるのは、マジックアイテムのお陰だ。

 

「む、無理だぉ…お姉ちゃん…。」

 

「つべこべ言わない!」

 

「わ、分かったよぉ…。え、えぃ!」

 

 着地の際に少しだけよろけたが、そのままテッテッテ、という擬態語が相応しい走り方で駆けてくる。アウラとは天と地程の差があるものの、その者もやはり、落下の衝撃を受けた様子は見せない。走る風でスカートがヒラヒラと揺れるが、見えそうで見えない、などと支配者達が思っている事は誰も知らぬ事である。

 

「お、お待たせしました。モモンガ様、武人建御雷様。」

 

 姉と同じくオッドアイの上目遣いでオドオドと話しかけるのは、アウラの弟にして同じく第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレだ。

 アウラが少年、対するマーレが少女の格好をしているのは手違いでも何でもなく、ただこの双子を創った人物がそう設定したに過ぎない。

 

「ところで、今日はどんなご要件でいらっしゃったのですか?」

 

「ふむ、そうだな…。実験、と言った所か。」

 

「じ、実験、ですか?」

 

 不思議そうな二人に対し、モモンガは自身の手に収まる金色の杖を軽く振ることで答えとする。

 

「そう、こいつの、な。」

 

「そ、それは!」

 

「ま、まさか、モモンガ様しか触る事が許されていないという、で、伝説のアレですか?」

 

「そうだ。これが…これこそが我々全員で作り上げた、最高位のギルド武器。スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンだ。」

 

 伝説のアレ、とはどういう意味なのか考え物だが、双子の心からの敬意と称賛に気を良くしたのか、いつもは冷静なモモンガは、嬉々としてスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンについて語り始める。

 

「スタッフの七匹の蛇が咥える宝石はそれぞれが神話級(ゴッズ)アーティファクト。シリーズアイテムである為に、全てを揃えることによってより強大な力が引き出されている。これらを全て集めるには、多大な努力と多大な時間を費やさなければならない。実際、私達の間でもやめようという意見が出た事が数え切れない程あった。どれ程ドロップするモンスターを狩り続けた事か…。そして更に、このスタッフ本体に込められた力も神話級(ゴッズ)を超越し、かの世界級(ワールド)アイテムに匹敵するレベルだ。特に凄いのは組み込まれた自動迎撃システ――」

 

「はい、そこまで。」

 

 ずっと脇で静観していたが、ヒートアップしたモモンガを止められるのは自分しかいないと理解し、武人建御雷は苦笑混じりにモモンガの肩に手を置く。

 

「モモンガさん、ちょっと熱くなり過ぎ。」

 

「う、あ…。…ゴホン。ま、まぁ、そんな訳だ。」

 

「す、凄いです!」

 

「凄いです!モモンガ様!」

 

 長ったらしい自慢話に飽きる事もなく、キラキラと純粋な目を輝かせる双子に、武人建御雷はやはり子供は可愛いな〜、などと思う。

 

「よし。そんな訳でこのスタッフの実験をしたいのだ。色々準備をしてもらえるか?アウラ?」

 

「はい!ただ今!」

 

 

 そうして持ってこられたのは、なんの変哲もない計五体の藁人形達。魔法の実験と言う事も鑑みて、範囲攻撃魔法対策にある程度の間隔を開けて置いてある。

 そんな人形達に指を向け、モモンガは力ある言葉を紡いだ。そして放たれたのは第三位階の魔法。

 

「〈火球(ファイアーボール)〉」

 

 突き付けられた指から拳大の火の玉が宙を翔け――着弾。

 封じられていた熱と炎が暴走し、目標周辺を嘗め尽くす。

 

「ふっ、フフフッ…。」

 

 何が琴線に触れたのか、怪しげな含み笑いをするモモンガ。そんな様子を武人建御雷と階層守護者は不思議そうに見つめる。

 一瞬で炭化した人形を横目にブラブラと歩きながら、モモンガは再び魔法を使う。

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)焼夷(ナパーム)〉」

 

 低位階ではあるが、最強化を施された効果範囲の広い火属性魔法に、三体の藁人形が刹那の間で完全に破壊される。

 

「完璧だ。」

 

 充足感に満ち足りた声でモモンガが呟く。

 

「どうだよ、モモンガさん。魔法の力を手に入れた感想は?」

 

 武人建御雷はモモンガの側に寄ると、アウラ達に聞こえない程度の声で話しかける。

 

「最高に満足です。ユグドラシルでの魔法が全て自在に行使できると思うと思わず笑っちゃいますね。」

 

「…そうやってクツクツ笑われると、この上なく邪悪に見えるんだが…。まぁいい。で、実験の方は?」

 

「全く問題ないです。MP消費、冷却時間(リキャストタイム)、魔法強化系の特殊技術(スキル)も何らユグドラシルと変わらないですね。」

 

「そいつは良かった。にしても、こんな事になるんだったら俺もベルリバーみたいに魔法職取っとけば良かったな。」

 

 魔法を使いつつ戦士として戦う、器用貧乏と称された友人に対する、武人建御雷のそんな羨望のボヤキは、いつの間にか隣にいた野伏(レンジャー)の少女にしっかりと聞き取られていた。

 

「武人建御雷様も魔法を使ってみたいんですか?」

 

 思わぬところからの質問に、武人建御雷はしどろもどろになりながら応対する。

 

「あ、あぁ。まぁ、そんな所だな。…魔法が使えたら、もっと色んな戦い方が出来るんじゃないかと思ってな。」

 

「武人建御雷様は今でも十分お強いじゃないですか。」

 

 そんな子供の素朴な疑問に対し、武人建御雷は嗚呼、と思う。

 

「いや、俺なんてまだまだ弱っちいさ。()()()に比べたらな。」

 

 思い返してみれば、ユグドラシルを続けていたのもそれが理由だったのかも知れない。かつて自分がその強さに惚れ込み、同行する事を希望した人物。それから挑み負ける度、何度も己の刀を鍛え直し、それでも勝てなかったあの人。そして手が届く前に自分の前から居なくなってしまった、喪失感。

 

「…やるべき事、か。」

 

 武人建御雷は密かに決心する。――この世界の何処かに居るかもしれない、奴を倒せるまで強くなろう、と。

 そして暫く瞑った目を開くと、突然黙り込んだ武人建御雷を不思議そうに見つめるアウラに笑いかける。

 

 

「男の浪漫だよ。」

 




アウラ可愛い

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