他愛もない日常のメロディー   作:こと・まうりーの

1 / 83
第1部 ~Vanilla's view~
第1話 「序章」


「琴ちゃ、今日の講義が終わったら、ちょっと買い物に付き合って欲しいんだけど」

 

医大で私と同じく先端生命医科学系を受講している友人が声をかけてくる。

 

「うん、いいよ。ところで何を買いにいくの? 」

 

「えーっと、実は新作のゲームなんだけど…」

 

「また? 晶、この前も何かゲーム買ってなかったっけ? 」

 

「この前買ったのはシミュレーションゲームで、今日買うのはRPGなのだ」

 

「どっちも同じゲームじゃない」

 

威張るところじゃないよ、と私は苦笑しながら答える。

 

私は中野琴(なかの・こと)、女子医大生。自分で言うのも何だけど成績はかなり優秀な方で、将来は外科医師を志望している。

 

私と話をしているのは藤村晶(ふじむら・あきら)、小児科医を志望している私の友人で、無類のゲーム好き。特に勉強している様子もないのに成績優秀な天才気質で、更に他人にもゲームをやらせたがるという困った癖がある。先日も「これは名作だから」と言って、『ギャラクシーエンジェル』というゲームをゲーム機ごと私に押しつけてきた。課題の方が忙しくてほとんどやってないけれど。とりあえず主要なキャラクターの名前と顔は一致したかな、っていうレベルだ。

まぁハタ迷惑な友人ではあるが、根はやさしくて気も合うし付き合っていて気持ちがいい。

 

「まぁ、私も新しい幹細胞関連の本が欲しかったから、ついでに付き合うのは構わないよ」

 

「サンキュ、それでこそあたしの親友。それにしても琴ちゃは真面目だね~」

 

「私は晶みたいに天才じゃないの。勉強しないと追いつけないんだから」

 

「…じゃぁないんだけどなぁ…」

 

「ん? 晶、何か言った? 」

 

「んーん、何でもないよー。じゃぁ、後でよろしくね」

 

 

 

その日の夕方、私達は大型のショッピングモールに出かけた。晶のゲーム購入に付き合って、ついでにCDとかも見て、私の目的の本も購入した。今はフードコートで休憩中のはずだったのだけれど…

 

「えー、まだクリアしてないの? 」

 

「だからやっとキャラと名前が一致したところだってば」

 

「早くクリアして、続編のMoonlit LoversとEternal Loversもやっちゃおう~」

 

何故かギャラクシーエンジェル談議に突入していた。

その後、晶は彼女のおすすめキャラである『ランファ・フランボワーズ』について30分近く熱弁をふるうことになった。

 

ちなみに私が最初に興味を持ったのは『ケーラ先生』。医者志望なので、やっぱりそういうところから興味を持つのだろうか。でも攻略対象ではなかった様子だったので、残念ながら諦めることにした。

 

次に気になったのは、ケーラ先生のお手伝いを頻繁にしている『ヴァニラ・H(アッシュ)』という少女。

 

「ふーん、琴ちゃはヴァニラ狙いなのね」

 

「まぁ、親近感っていうのかな? こういうゲームはあまりやったことがないから、興味を持ったキャラで行くのがいいかなって思って」

 

「ふふふ、無印とMoonlit Loversは楽に行けるけどね。Eternal Loversで泣きを見るがよい」

 

「だから、まだ始めたばっかりだってば」

 

「あはは。まぁ、がんばってね。そしてそんなキミには、これをあげやう」

 

晶が鞄から何やらピンク色のキャラクターが付いたキーホルダーを取り出す。鳥とも動物ともつかないフォルムに幼児が落書きで塗りつぶしたような目。そして腹部に赤いZの文字。

 

「これ、何? 」

 

「アニメ版の方のギャラクシーエンジェルに出てくるキャラクターだよ。ヴァニラ至上主義なんだ。正式名称MA347612890GT4078579132RS2400Z17924398TZRS2000自己判断型P35370077753ノーマッド」

 

「覚えてるんだ、そんな長い名前…」

 

「まぁそれはどうでもいいとして。ちょっとこのボタン押して見て」

 

晶に言われる通り、MAなんたらの背中についているボタンを押してみる。

 

『あぁ、ヴァニラさん、最高です』

 

「……」

 

「おおっ、琴ちゃの反応がまんまヴァニラだー」

 

晶も、黙っていれば私なんて比べ物にならないような美人さんなのに、喋り出すといつもこんな感じだ。もういい加減慣れてしまったが。

 

「じゃぁ、そろそろ帰ろっか。明日の法律の講義、予習しておかなくちゃ」

 

医大というのは別に医学だけ勉強していればいい訳では無い。必須科目には法律や運動科学、統計学や英語なども含まれている。ひとしきり雑談した後で私は席を立とうとした。

 

「ホントに琴ちゃは真面目だこと」

 

「何それ? 洒落のつもり? いいわよねぇ晶は医療関連の法律は殆どマスターしてるんでしょ」

 

「ま~ね~」

 

ニッと笑いながらVサインを示す晶。年がら年中ゲームをしているのに、どうしてこう優秀なんだろう。私は思わずため息を吐いた。

 

「ホント、私も晶みたいに要領よく勉強したいよ。今度コツでも教えてくれない? 」

 

「あ!あのさ、琴ちゃ、今まで誰にも言ったこと無かったんだけど…」

 

冗談半分で言った私に、晶はそれまでとは打って変わって真剣な顔つきで声を掛けてきた。

 

「実はさ…あたし、2度目なんだよね…」

 

「は? 何が? 」

 

「えっとね…人生? 」

 

余りにも突拍子の無い言葉に、私の眼は点になった。

 

(っていうか、何故疑問形? )

 

「前世でもお医者さんだったんだよ、あたし。今勉強が出来ているのは前世の記憶があるからで、所謂チートみたいなものなんだ…」

 

思わず晶の額に手を当ててみるが、熱は無いようだ。晶は苦笑いをしながら続けた。

 

「まぁ、普通は信じられないよね。でも冗談とかじゃないんだ。私も前世で患者さんだった子から実は転生者なんです、なんて話を聞いた時は、今の琴ちゃと同じような反応をしたんだよ。もっともその日のうちに事故であたしも同じ経験をすることになったんだけどね」

 

もしそれが本当なら、晶の異常なまでの優秀さは説明がつくけれど、にわかには信じられない話だった。

 

「それでね、その子が何て言ったと思う? 前世は魔法の世界のお嬢様だったんだって!笑っちゃうよね~もう20年近く前のことなのに、何故かはっきり覚えてるよ…って話が逸れちゃったね。あたしが言いたかったのは…」

 

そう言うと晶はじっと私の目を見て言った。

 

「琴ちゃはね、すっごく優秀だよ。たぶん前世のあたしの比じゃないくらい。だからチートのあたしなんかを目標にしないで、自分のペースで勉強していけばいいと思う。琴ちゃならきっと名医になれるから」

 

恐らく晶は彼女なりの冗談を交えて『あまり無理はせず、地道に努力していけば大丈夫』と励ましてくれたのだろう。そう思うと少しだけ気が楽になった。

 

「ふふっ、ありがと、晶」

 

「あー、その顔、信じてないね…まぁいいけどさ」

 

その話はそこでおしまいになり、私達は今度こそ帰路につくために席を立った。

 

「琴ちゃはバスだよね? あたしは電車だからここで」

 

「うん、また明日ね」

 

駅のロータリーで私は晶と別れてバス停に向かった。

 

 

 

その後のことは正直よく覚えていない。バス停に並んでいる私のところに大型のトラックが突っ込んできたような気もするけれど、どうにも記憶が曖昧だった。

 

(他にも人が並んでいた筈…大丈夫…な訳ない。医者の卵なんだから、被害者の応急処置だけでも…)

 

そう思って立ち上がろうとしたけれど身体は全く動かず、そのまま私の意識も暗転した。

 

 

 

=====

 

(病院の天井だ…)

 

目が覚めた私の第一印象。

でもどこか違和感がある。不思議と身体は痛まない…こともないか。頭だけはすっごく痛い。

 

(っ!痛い)

 

口に出したつもりだったけれど、それは言葉にはならなかった。その代りに泣き叫ぶ赤ちゃんみたいな声。と、看護師さんと思われるひとが私の顔を覗き込んだ。

 

「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」

 

看護師さんは傍らにいる女性に語りかける。

 

(え? えーっ? ? )

 

混乱する私を余所に、嬉しそうに微笑む女性。これって一体? ?

それにしても…頭痛いよぅ…

 

最初はベッドに寝かされているものとばかり思っていたけど、どうやら私は看護師さんに抱かれていたらしい。最初に感じた違和感の原因はこれか。

 

(って、そうじゃなく!)

 

とにかく状況が全く掴めない。私はたしか晶と買い物に行ってヘンな話を聞かされて…その後どうしたんだっけ?

そうだ、晶と別れた後、バス停でバスを待っていて…その後の記憶が曖昧だ。

 

身体が思うように動かない。かろうじて眼の端にうつった自分の手? はまるで赤ちゃんのように小さくて。その瞬間、晶が話していたことを思い出す。

 

(転生!? ううん、まさか…)

 

傍らでは何やら会話をしている夫婦と思しき男女。看護師さんはその女性に近寄ると、私を手渡す。

ああ、やっぱり。何故かは知らないけど、私の身体は赤ちゃんになっているようだ。

 

ふと見ると、父親と思われる男性が嬉しそうに私を見ている。目があった。途端に嬉しそうな顔が更にデレデレになった感じ。

 

「パパだよ、ヴァニラ~」

 

え?

 

今なんと?

 

「あらあら、結局『ヴァニラ』にしたのね、名前」

 

「あぁ、アリア。この子はヴァニラ。俺たちの娘だ」

 

私の眼は(たぶん)点になった。

 

 

 

=====

 

落ち着け、私。まずは状況を整理しよう。

 

記憶は曖昧だけれど、恐らく私は事故に巻き込まれて死んでしまったのだろう。で、晶が言っていたのと同じように、前世の記憶を持ったまま赤ちゃんとして転生した。

そして生まれ変わった私の名前がヴァニラ…もしかしてヴァニラ・H(アッシュ)?

よく見れば、父親と思われる男性の服装は、明らかに平均的日本人の服装とは異なっている。ぶっちゃけ、コスプレ? みたいな感じ。

 

(いやいや、現実的にあり得ないし。っていうか、むしろこれって夢でしょ)

 

当然のように夢オチを期待する私。何か他に情報でもないかと辺りを見回そうとしたら首がかくんと落ちた。あぁ、まだ首が座ってないのか。すぐに母親と思われる女性が抱き直してくれたけど。

そしたらちょうどいいところでカレンダーらしきものが見えた…が、明らかに日本語じゃなくて読めなかった。アルファベットっぽくも見えるけど、少なくとも英語でもドイツ語でもない。それ以外の言語はあまりよく知らないから何とも言えないけれど。話している言葉は日本語っぽいんだけどねぇ? ちゃんと理解できているし。でも夢ならそんなものかな。

 

「ヴァニラ~今日からお前もH(アッシュ)の家の一員だぞ~」

 

ほら、デレデレとにやけた顔で男性が言ってくる言葉は確かにちゃんと理解できている。

それにしても、やっぱりヴァニラ・H(アッシュ)か。っていうことは、ここはトランスバール皇国なんだろうな…そこまで考えて、やっぱりこれは夢だと結論付ける。うん、晶が見たら嬉しくて舞い上がっちゃうような夢だね、これは。彼女とギャラクシーエンジェルの話をしていたことは覚えているから、たぶんその影響で夢を見ているのだろう。

 

あれ…? でもヴァニラに親がいたっていうお話は聞いたことが無かったような…

 

「ねぇイグニス、執務官補佐の仕事の方は大丈夫なの? 」

 

「ああ、今日はもう帰っていいそうだ。執務官からもお祝いも兼ねて、許可をもらったよ。折角のヴァニラの誕生日だし、午後はゆっくりさせてもらうさ」

 

何やら知らない単語も出てきているけど、まぁいいか。夢ならすぐに醒めるだろうし。

そう思ったら急に睡魔が襲ってきた。夢の中で眠るなんていうのも変な話だ、と思いながら私は眠りについた。

 




作者の医学的な知識はあまりあてになりません。。
もし不快になるような箇所があったら申し訳ございません。。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。