他愛もない日常のメロディー   作:こと・まうりーの

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第15話 「クリスマス」

翌日、翠屋で例によってお昼の洗い物をお手伝いしているうちに、アリシアちゃんは店内でかかっていた歌を完全にマスターしてしまったようだ。普通、歌詞を見ずに歌を耳から聴いて覚えるのは難しい筈なのだが、彼女にはどうやらその方面の才能があるらしかった。

 

「なるほど、確かに上手いな。フィアッセがいたら聴かせてみたかったところだが」

 

厨房で洗い物をしながら歌っていたアリシアちゃんの声を聞いた休憩中の士郎さんが、一度ちゃんと歌ってみて欲しいと頼んだのだ。アリシアちゃんが一曲歌い終えたところで、士郎さんの口からどこかで聞いたことのある人の名前が出てきた。

 

「フィアッセさん、ですか? 」

 

「あぁ、以前ウチでチーフウエイトレスをやってくれていたイギリス人の女性でね。今はもう帰国してしまったんだが、実は世界的なプロ歌手でもあったんだ」

 

思い出した。以前伊藤さんが話してくれた人だ。それにしても世界的なプロ歌手がウエイトレスで、味もサービスも超一級品の翠屋。なんと贅沢なお店だろう。

 

「もしアリシアちゃんが歌の方面に進むつもりがあるなら、彼女の母親が校長を務める声楽学校で本格的にトレーニングを受けられるか、聞いてみるけれど」

 

「うーん、歌うのは好きだけど、プロは考えてないかなぁ。今はヴァニラちゃんやなのはちゃん達と一緒にいるのが一番楽しいから。あ、でもみんなと一緒にユニットデビューとかなら考えてもいいよ」

 

「…ごめん、アリシアちゃん。私、歌はちょっと…」

 

正直なところ、アリシアちゃんの歌と比べたら私の歌など幼稚園児のお遊戯に等しい。別に音痴という訳では無いと思うのだが、どうにも抑揚をつけて歌うことが出来ず、単調になってしまうのだ。これは「琴の頃」からずっと同じなので、きっとこれからも改善することは無いだろう。

 

「まぁ、別に無理強いするつもりもないし、忘れてくれて構わない。もし気が向いたら、声をかけてくれればいいよ」

 

「ありがとう、士郎パパ」

 

取り敢えずこの話はこれでおしまいになった。休憩を終えた士郎さんは店内に戻り、私達は残っていた洗い物を片付けた。

 

 

 

その日の夕食の時に、桃子さんからもアリシアちゃんの歌が上手いことについて話しが出た。

 

「厨房で歌ってくれるんだけど、すごく上手いのよね。仕込みで疲れていても、頑張ろうっていう気になるわよ」

 

「かーさんがそこまで言うなら、あたしも是非聴いてみたいかな」

 

「あぁ、私も今日聴かせて貰ったが、なかなかのものだったぞ」

 

「お父さんも聴いたの!? いいなぁ。わたしも聴きたい~ねぇ、アリシアちゃん聴かせて~」

 

「なのは、聴きたいのは判るが、まずはご飯を食べてからな。ほら、アリシアちゃんも」

 

恭也さんが窘めてその場は収まったが、結局アリシアちゃんは食後、士郎さん達が翠屋に戻る前に1曲だけ披露することになった。そして歌ったのは例のクリスマスソング。

 

「すごーい、本当に上手だね!」

 

歌い終わったアリシアちゃんに、なのはさんが拍手を送りながら言う。

 

「えへへー、ありがとう。明後日、すずかちゃんのところに行ったらみんなにも聴かせてあげようと思ってるんだ」

 

「へぇ~いいじゃない。余興にはちょうど良いよね。あ、アリシアちゃんありがとうね。すごく良かったよ」

 

「そうだな。大したものだよ。ありがとう、アリシアちゃん」

 

美由希さんと恭也さんも絶賛していた。

 

「そう言えば、以前月村家にお邪魔した時、すずかちゃんが今の曲をバイオリンで弾いていたな」

 

「お兄ちゃん、それホント? だったらたぶんアリサちゃんも一緒に弾けると思うし、2人に伴奏頼んでみようか」

 

何だかどんどん話が広がっていく。

 

「あ、ヴァニラちゃんも一緒に歌う? 」

 

「ごめんなさい、勘弁して下さい…っていうか、なのはさんも歌うつもりだったの? 」

 

「うん、アリシアちゃんほど上手じゃないけど、歌うのは嫌いじゃないし」

 

「いいじゃない、みんなで歌おう!ね、ヴァニラちゃん!!」

 

助けを求めようと士郎さん達をみると、私の気持ちを知ってか知らずか、みんな既に翠屋に戻るため玄関に向かっていた。アリシアちゃんもなのはさんもキラキラとした目で私を見つめている。

 

「…私、下手だけど。それでもいいなら」

 

結局雰囲気に押されて私が折れた。アリサさんとすずかさんには、その場でなのはさんからメールが送信されて、曲の演奏が可能であることの確認が取れた。

 

(そう言えばイギリスとかだと、クリスマスの夜に小さな子供があちこちの家を回ってクリスマスキャロルを歌って、小銭を貰ったりすることもあるんだっけ)

 

私は完全に現実から逃避していた。

 

 

 

=====

 

12月24日はクリスマスイブではあるものの金曜日と言うこともあって、日中は祝日の23日の方が忙しいくらいだった。桃子さん曰く、24日は夜が勝負なのだそうだ。夜もお手伝いしましょうか、と言った時、結局は断られたのだが、桃子さんですら一瞬迷ったような素振りを見せたことから本当に猫の手でも借りたいくらい忙しいのだろう。尤もバイトの人達も増やしているそうなので、私達が出しゃばったところで気を使わせる分、邪魔にしかならないのだろうが。

 

桃子さんには『リラクゼーション・ヒール』をかけてあげたいところだったが、一緒に働いている松尾さんにかけずに自分にだけかけるのはダメだからと、こちらもお断りされてしまった。確かに松尾さんには魔法のことは話すわけにいかないのだから、魔法の対象は桃子さんだけになってしまう。桃子さんにとってはそれが逆に心苦しいのだそうだ。

 

「大丈夫よ。毎年のことだし、忙しいとはいっても好きでやっていることだから楽しいし」

 

桃子さんはそう言って微笑んだ。結局私もアリシアちゃんもお昼時の手伝いを終えるといつも通り放免され、帰宅したなのはさんと一緒にお店の邪魔にならないよう、中心街の方に遊びに行くことにした。ちなみにアリサさんとすずかさんはクリスマスイブにも関わらずバイオリンのお稽古なのだそうだ。

 

「クリスマス時期の街って、なんかいいよね」

 

駅前の大通りを歩きながらなのはさんが言う。街中がイルミネーションで飾り付けられ、海鳴駅のロータリーにも大きなツリーが設置されていた。商店街やデパートではクリスマスソングがひっきりなしにかけられていて、道を歩く人たちの表情も明るい。

 

「何か、これこそお祭りって感じだよ」

 

アリシアちゃんも嬉しそうだ。確かにクリスマスや年末年始などイベントが目白押しのこの時期はわくわくするものがあるような気がする。久しく忘れていた感覚だった。「琴の頃」は勉強ばかりしていて、いつからかイベントなど意識しなくなっていたが、今は純粋に楽しいと思う。

 

(精神が肉体に影響されているのかも)

 

何となく『癩王のテラス』の最後の下りを思い出した。あまり好きな話では無かったけれど。

 

そのまま歩いていると、急になのはさんがポツリと呟いた。

 

「来年は雪降るかな? 」

 

「あぁ、ホワイトクリスマス? 」

 

耳を澄ますと、何処からともなく「ホワイトクリスマス」の歌も聞こえてくる。先日から随分とホワイトクリスマスに拘るな、と思っていたが、どうやらなのはさんはこの曲、特にエルビス・プレスリーバージョンがお気に入りなのだそうだ。

 

「この辺りだと、クリスマスに雪が降ることって滅多にないから、憧れるんだよね…そういえばヴァニラちゃん達の世界も雪って降るの? 」

 

「ミッドチルダは気候が温暖だから、割と少ないかな。でも降ることもあるよ」

 

「あ、南部の方は良く降るってママが言ってたよ!」

 

「南なのに雪が降るの? 」

 

「地球とは違うからね。ちょっと考え方は違うけれど、地球でも南半球は南極に近づいた方が寒くなるでしょ? 」

 

地理学習は小学校3年生からだった筈だが、TVなどで知識を得ていたらしいなのはさんは納得したように頷いた。

 

「でもクリスマスは無いんだよね? 」

 

「さすがにミッドチルダにはキリスト教は無いからね」

 

「宗教とかは全くない? 」

 

「聖王教会っていうのはあったよ。聖王っていう人を崇拝してるみたい…私はあまりよく知らないんだけど」

 

「聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトだよ、ヴァニラちゃん」

 

アリシアちゃんが補足してくれる。古代ベルカの王様で、他にも覇王や冥王がいるのだとか。子供向けの絵本に登場することも多いらしいのだが、元々その手の本をあまり読んでいなかった私はベルカの王様についての知識は殆どなかった。

 

「ヴァニラちゃんの読む本って、偏り過ぎなんだよ。医学書とか魔導書とか。同じ昔話でも、ブライトナイトはあんなに興味深々だったくせに」

 

「ブライトナイトって? 」

 

苦笑交じりのアリシアちゃんの発言になのはさんが興味を示す。

 

「ミッドの昔話でね。私が地球に興味を持つようになった切欠なんだ。地球でのお話がベースになっているの」

 

「へぇ~どんなお話なの? 」

 

「なのはさんもきっと知ってるお話。『かぐや姫』だよ」

 

一瞬きょとんとするなのはさん。

 

「『かぐや姫』って…あのかぐや姫? 竹取物語の? 」

 

「そう、そのかぐや姫」

 

「ミッドチルダにも似たようなお話があるの? 」

 

「似たような、じゃなくて全く同じ話。視点が地球じゃなくてミッドになっているの」

 

こちらに来たばかりの頃に『かぐや姫』の絵本を使って日本語を覚えたアリシアちゃんも加わって、なのはさんにブライトナイトの説明をする。

 

「かぐや姫ってヴァニラちゃんやアリシアちゃんの世界の人だったんだ…じゃぁ、2人は現代版のかぐや姫だね!」

 

「私は何らかの事情で日本からミッドに行った人が、現地の人にも判りやすく書き直したお話なんじゃないかって思ってるけど」

 

「ヴァニラちゃん、夢なさすぎー。私はなのはちゃんの意見を支持するよ~」

 

「でもどっちにしても、ミッドチルダに行く方法はあるってことでしょ? 早く見つかると良いね」

 

なのはさんはそう言って笑ってくれた。話しをしているうちにどんどんクリスマスから離れてしまったが、改めて「必ず戻れる。きっと大丈夫」という気持ちになる。

 

「ありがとう、なのはさん。でも今はあまり焦らないで、クリスマスを楽しむことにするよ」

 

「そうだねー折角街もこんなにキレイなんだから、もっと楽しもう~」

 

アリシアちゃんも同意して、私達はその後も暫くクリスマス気分を味わいながら笑いあい、お喋りをしながら散歩を続け、晩御飯前に帰宅した。

 

尚、クリスマスイブの高町家の食卓にはローストターキーが並んだことをここに記しておく。

 

 

 

=====

 

翌朝の朝練で、私は初めてなのはさんに防御魔法を教えることにした。なのはさんの目の前に桜色の魔力盾が浮かび上がる。

 

「それがアクティブ・プロテクション。初級の防御魔法だよ」

 

最初にプレシアさんに教えて貰ったように、なのはさんにプロテクションを教えた。

 

「すごーい!これ、触っても大丈夫? 」

 

私が頷くと、なのはさんはそっと手を伸ばしてプロテクションに触れた。触れたところから水のように波紋が広がる。

 

「なんだか不思議な感触だね。やわらかいようで、それでいて硬いようで…」

 

「強度で言うなら十分硬いよ。ちょっと見てて。ハーベスター、フォトンランサー」

 

≪All right. “Photon Lancer” shoot.≫【了解。フォトンランサー、発射】

 

フォトンスフィアから発射された魔力の槍は、なのはさんのプロテクションにぶつかると弾けて消えた。

 

「今くらいの威力の槍なら、たぶん5、6発は防げると思うよ」

 

「ふえぇぇ、すごいんだねぇ」

 

「なのはさん、近いうちに簡単な攻撃魔法も教えるね。それで私と撃ち合いするから、プロテクションは確りマスターしておいて」

 

「え? どうしたの、急に? 」

 

「ちょっと、最近私自身が練習サボり気味だったから。少し魔法制御の練習もやっておかないと。だからね、ちょっと付き合って欲しいなって思って」

 

「うん!そういうことなら、任せて」

 

なのはさんは嬉しそうに笑った。

 

「ヴァニラちゃん、なのはちゃん、そろそろ時間~」

 

見学がてらタイムキーパーをしてくれていたアリシアちゃんが声をかけてくる。

 

「ありがとうアリシアちゃん。今日はお泊りだから、明日の朝練はお休みだね」

 

「うん。準備は終わってるから、学校から帰ってきたら着替えてお出かけだね」

 

私達はこちらを凝視していた恭也さん達に挨拶をすると、道場を後にした。去り際に背後から「凄かったね~、恭ちゃん」「あぁ…」と言った会話が聞こえた。そう言えばこの2人にも本格的な攻撃魔法や防御魔法を見せるのは初めてだったかもしれない。

 

 

 

朝食を頂いた後、なのはさんは「じゃぁ終業式の後にね~」と言って学校に向かった。恭也さんと美由希さんは高校、士郎さんと桃子さんは翠屋だ。私はアリシアちゃんと一緒に食器を片付けた後、お泊り会に持っていくものをチェックすることにした。

 

「プレゼントは用意したよね。あとはパジャマと着替えくらいかな? 」

 

「アリシアちゃん、洗面用具忘れないでね。歯ブラシとフェイスタオルと…」

 

流石に一泊だけなのでそれほどたいそうな荷物にはならないが、この辺りの小物を忘れてしまうと他の人に借りることが出来ない分、地味に痛いのだ。

 

「替えの下着に靴下、洗面用具とハンカチもちゃんと用意したよ。あとは着ていくものかな」

 

そう言ってアリシアちゃんがクローゼットから淡い水色のワンピースを引っ張り出す。以前美由希さんに買って貰った服の中でも、特にフリルが沢山付いている可愛らしいものだった。腰の部分と襟袖に濃い青でアクセントの刺繍がされていて、スカート部分はティアードになっている。アリシアちゃんの長い金髪とも相性がよくて、まるで人形のように可愛らしくなる服だ。

 

アリシアちゃんが普段着とは違うお洒落な服を取り出したのをみて、私も少しお洒落をしてみようと思い、白のジャンパースカートと深緑の長袖ブラウスを取り出して組み合わせてみた。ジャンパースカートは腰の部分に飾り紐がついていて、これを回して縛ることで腰部分を絞ることが出来るようになっている。裾はフレアでアリシアちゃんのワンピースよりも若干丈が長く、腰で縛るとバランスよく纏まるのだ。

 

「うん、こんなところかな。準備完了だね」

 

私達は用意した着替えや小物を鞄に入れ、プレゼントと一緒にしておいた。服はハンガーにかけてアウターと一緒に部屋につるしておくことにする。準備を終えると時刻はお昼前。そろそろ翠屋に洗い物のお手伝いに行く時間だった。

 

「じゃぁ、そろそろ行くよ」

 

「は~い」

 

家を出ると乾燥した空気が冬の匂いを運んでくる。寒さに身震いするが、空は雲一つない晴天だった。ホワイトクリスマスに憧れるなのはさんには悪いが、当分雪は降らないだろう。そんなことを考えながら、私はアリシアちゃんと一緒に翠屋に向かった。

 

 

 

=====

 

洗い物のお手伝いを終え、厨房で休憩していると、急に店内で拍手が起こった。

 

「あぁ、たぶんプロポーズじゃないかな」

 

何事かと思って驚く私達に、桃子さんが微笑みながら教えてくれる。どうやら毎年クリスマスを狙って店内でプロポーズをするお客さんは何組かいるらしく、成功すると周りのお客さんも拍手でお祝いしてくれることが多いのだそうだ。

 

「へぇ~結婚するんだね」

 

アリシアちゃんがそっと店内の様子を伺う。と、そこに士郎さんが入ってきた。心なしか少し困ったような表情をしている。

 

「お疲れさまです、士郎さん。どうかされたんですか? 」

 

「あぁ、実は今店内でプロポーズに成功したお客さんがいてね。それ自体は喜ばしいことなんだけれど」

 

そう言いながら士郎さんは厨房の隣にある更衣室のロッカーの上からギターケースらしきものを取り出した。それを見た桃子さんが苦笑する。

 

「あら、リクエスト? 暫くやっていなかったけれど、大丈夫? 」

 

どうやらプロポーズ成功に気をよくしたお客さんが、士郎さんにクリスマスっぽい曲を1曲リクエストしたらしい。以前フィアッセさんがいた頃は一緒に歌って貰ったこともあったのだそうだが、残念ながら今は帰国してしまっているため、士郎さんのギター演奏のみがリクエストされたようだ。

 

「ブランクも長いが、コードで弾き語りするくらいなら何とかなると思うよ」

 

「ねぇ、士郎パパ。何の曲を演奏するの? あの曲だったら私歌いたいな」

 

「ふむ…手伝ってくれると嬉しいが、ちょっと目立つことになるな…」

 

アリシアちゃんの提案に、士郎さんは少し思案する素振りを見せた。

 

「まぁ、これが元でメジャーデビューなんてことはないでしょう。店内のお客さん相手だけなわけですから大丈夫じゃないでしょうか? 」

 

私がそう口添えすると、士郎さんは苦笑しながらこう言った。

 

「いや、口コミでアリシアちゃんのことが広まると、アリシアちゃん目当てのお客さんが来店する可能性もあるからね。そうなると判らないよ? 」

 

一瞬言葉に詰まるが、すぐにそれが士郎さん流の冗談であることが判って私も笑顔で返す。

 

「ミッドに帰るまでなら翠屋限定の歌姫でいいかもしれませんよ。本人も歌いたいって言っているわけだし」

 

「OK、じゃぁそう言うことで。アリシアちゃん、お願いできるかな? 」

 

「うん!」

 

2人が店内に出ていくと、桃子さんと松尾さんも手を休めて厨房の入り口のところで様子を伺う。入口に丁度学校から帰ったと思われるなのはさんの姿が見えたので、念話で事情を説明し、士郎さんがギターのチューニングをしている間に厨房の方に来てもらうことにした。

 

「ただいま、お母さん、ヴァニラちゃん。松尾さん、こんにちは」

 

「おかえりなさい、なのはさん。丁度良かった。今からアリシアちゃんが歌うよ」

 

松尾さんに気取られないように改めて口頭でなのはさんに状況説明をしたところで、士郎さんがあの曲を弾き始める。それに合わせてアリシアちゃんも歌い始めた。

 

一曲歌い終えた時の拍手はさっきのものよりもずっと大きかった。アリシアちゃんは士郎さんと一緒に周りの席にも軽く挨拶しながら厨房の方に戻ってきた。

 

「やっぱり上手だね~アリシアちゃん、よかったよ」

 

「ありがとう、なのはちゃん。あとお帰りなさい~」

 

桃子さんや松尾さんからも絶賛され、少し照れた様子を見せるアリシアちゃんだった。士郎さんはギターを片付けると改めてアリシアちゃんにお礼を言い、また店内に戻っていく。

 

「そういえば、なのはちゃん着替えるんだっけ。すぐに出かけるの? 」

 

「まだ少し時間あるから、慌てなくてもいいけれど、取り敢えず着替えに戻ろっか」

 

「うん!」

 

「あ、なのは。出掛ける前にもう一度寄って行ってね。お土産持って行って貰うから」

 

桃子さんの言葉に「はーい」と元気に返事をしながら裏口から出ていくなのはさん。私達も挨拶を済ませると翠屋を後にした。

 

 

 

「わぁ~2人共かわいい!」

 

アリシアちゃんと私の服を見て、なのはさんが感嘆の声を上げる。

 

「折角のお泊りだから、ちょっとお洒落してみたんだ」

 

「うん、すっごくいい!…んだけど、わたしだけ普通の服だと浮いちゃうかな? 」

 

なのはさんはお気に入りらしいオレンジ色のパーカーとスカートに、黒い膝上丈のソックス姿だった。

 

「うーん、それはそれでかわいいと思うんだけど。なのはさんらしい、快活なイメージだし」

 

「でもなのはちゃんがこの服着てるの、よく見るよ!折角だからイメージチェンジしてみない? 」

 

アリシアちゃんの一言で、なのはさんも普段はあまり身に付けることがない茶色のロングスカートにピンクのブラウスと赤いキャミソールを組み合わせた格好で出掛けることになった。それぞれコートを身に纏い、バッグとプレゼントを持ったら準備完了。

 

「じゃぁ、翠屋に寄ってからすずかちゃんの家にレッツゴー!」

 

「おー!」

 

一度翠屋に寄って箱詰めのシュークリームを受け取ると、士郎さんや桃子さんに「行ってきます」と告げて、バス停に向かった。月村家はここからバスで十数分のところにあるらしい。

 

「月村邸前っていうバス停があるんだよ」

 

目的のバスに乗って暫くすると、なのはさんが下車する停留所を教えてくれた。

 

「え…すずかさんの家ってそんなに大きいの? 」

 

普通バス停に個人邸の名前がつくのは、よっぽど大きいか、或いは過疎地域の村などで住人全員が個人宅を知っているかのどちらかだろう。海鳴市で後者は考えにくいので、必然的に回答は前者になる。

 

「そうだね。アリサちゃんの家も相当大きいけど、すずかちゃんの家はもっと大きいよ。元々はこの辺り一帯の地主さんなんだって」

 

「なのはちゃんの家よりも大きいの? 」

 

「敷地面積だけなら余裕で10倍以上あるよ。家の大きさもけた違いだね」

 

アリシアちゃんの問いに答えながら、窓の外を見るなのはさん。

 

「ほら、ここの通り沿いの壁。これ、もうすずかちゃんの家の周りの塀なんだよ」

 

見ると、結構な高さの塀が延々と続いている。下手なお城よりもずっと大きいのではないかと思った。その内バスは「月村邸前」に到着し、私達はバスを降りた。

 

「すごい…大きいね」

 

アリシアちゃんが独り言のように呟く。私達の目の前にあったのは、正にマナーハウスだった。正門から建物までは然程距離は無いように見えるが、それでも100mはあるだろう。そしてなのはさんが言うには、建物の裏手にある庭がとてつもなく広くて、森まであるのだとか。

 

「判るけどね。わたしも最初に来たときはそうだったから」

 

なのはさんは苦笑しながら言い、門の所にあったインターホンで来訪を告げて門を開けて貰った。

 

「でも、いつまでも呆然としてられないから。そろそろ行こう? 」

 

私達はなのはさんに促されて月村邸の正面玄関に向かった。

 




また中途半端に切ることになりました。。
難しいです。。
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