他愛もない日常のメロディー   作:こと・まうりーの

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第5話 「違法魔導師」

ミッドチルダに渡航する日、俺は初めて衛星軌道上のベースを訪れた。

 

話でしか聞いたことのない場所だったが、予想していたよりも大きな施設であることに驚いた。どうやら駐留している局員用の施設に加え、他の世界同士を結ぶ航路の中継地点にもなっている様子で、ブラマンシュには直接用がない渡航者もトランジットなどでこのベースを使用しているようだった。

 

「すごい人ですわね」

 

ミントとしては初めて見る景色だった。いろいろな店があり、多数の人々が行き交う光景に軽いカルチャーショックを受ける。前世を除けば、今まではブラマンシュこそが俺の世界だった。理屈では理解していたものの、それが全てではないことを改めて実感した。

 

族長と母さまは、衛星軌道上のベースまで見送りに来てくれた。一緒に馴染みの管理局員としてベアトリスさんが付いてきてくれている。

 

「水が変わるから、身体には気を付けてね」

 

「母さま、1週間だけでそこまで変調はきたしませんわよ」

 

それに行先は次元世界随一の都市、クラナガンなのだ。むしろ生水はブラマンシュより安全だろう。

 

「あとこれ、イヴェットさんのプリン。サリカさんへのお土産よ。一応プリザーブの魔法をかけてあるから1週間は持つと思うけど、早めに食べてね」

 

「何か火急の問題があったら、ブラマンシュの回線に連絡するのじゃぞ」

 

族長のところには商談や多世界に移住したブラマンシュと連絡を取るための通信設備が存在した。さすがに私用で使うのは気が引けたが、万が一の時には活用させて貰おうと思う。

 

「判りましたわ。では行ってまいります。母さま、クラナガンで面白い料理のレシピがあれば持ち帰りますわね」

 

「何度も言うけど、本当に気を付けてね」

 

心配そうな母さまに微笑み、手を振る。

 

「ミッドチルダの本局に到着するまでは、私が責任を持ってエスコートしますのでご安心下さい」

 

ベアトリスさんはそう言うと、俺の手を取った。もう一度母さまに手を振った後、俺はベアトリスさんと一緒に次元航行船のゲートをくぐった。

 

 

 

ベース自体は管理局の施設だが、民間の船も複数係留できるように幾つものキーが突起のようにベースから伸びている。宇宙空間でこのような景色を見ることが出来るのは感慨深い。前世では、たとえ病気になっていなかったとしても、こんな景色には死ぬまでお目にかかれなかっただろう。

 

「壮観ですわね」

 

通路の横にある窓から暫く景色を眺める。それは今までの生活からは想像もできないようなSFの世界だった。眼下には大きく、青く輝く星が見える。ブラマンシュだ。

 

(まるで地球のようですわ)

 

地球ですら写真や映像でしか見たことはなかったが、実際に自分の目で見たら今と同じように感じたのだろうか。本当に自分という存在があまりに小さく、無力に感じる。それと同時にまるでこの星が自らの意思で俺たちを護ってくれているような気がして、自然と涙が溢れそうになった。

 

「ミントちゃん、ボーディングにはまだちょっと時間があるけど、まだ他にもチェックが必要なの。そろそろ行きましょう」

 

ベアトリスさんに促され、慌てて涙を拭うと通路に戻る。

 

「申し訳ありません。何だか初めて見る景色に感動してしまって」

 

ベアトリスさんは小さく「そう」と言って微笑んだ。

 

暫く進むとボディーチェック用のゲートがあった。ここで所持品の検査を受け、出国審査のようなカウンターで手続きをした。この辺りのシステムは地球の空港と大差ない。俺たちは特に問題なく次元航行船に搭乗することができた。

 

定期航路を航行するだけである民間企業の船はそれほどいろいろな設備がついているわけではない。そもそもブラマンシュからミッドチルダまでは半日程度の航行で到着してしまうのだ。数か月にわたって次元航行をするような管理局の艦とは違い、民間の次元航行船は揚陸艇と大差ない。むしろ次元航行機能があるシャトル、というのが的確な表現だろう。

 

「ミントちゃん、窓際の席の方がいいかな? 」

 

先刻、景色に見惚れていた所為か、ベアトリスさんが席を替わってくれた。

 

「ありがとうございます」

 

「まぁ、今だけだけどね。出発して次元航行が始まったらすぐに景色なんて見えなくなっちゃうから」

 

窓から見えるブラマンシュの景色を改めて見つめながら、俺はそれすらも楽しみに思っていた。何しろ現実にクロノ・ドライブを体験できるようなものなのだから。

 

 

 

ベアトリスさんは、ジャンさんの葬儀やいろいろな手続きの関係で一度ミッドチルダの時空管理局の本局に行くのだそうだ。次元世界の管理は海の管轄であり、そこに所属する局員の手続きも本局で行う必要があるのだとか。

 

今回俺達が搭乗している次元航行船は、直接ミッドチルダの時空管理局本局のポートに到着することになる。基本的に次元航行船は民間のものといえど管理局側で管理されており、航路やスケジュールについても管理局の承認が必要になるのだ。

 

民間船が管理局のベースやポートを利用するのはこのためで、たとえ個人所有の船であっても出航時には一度管理局のベースやポートを経由する必要がある。地上の空港などにはこの後でシャトルや揚陸艇などを使って降下するのだ。これをしない艦船は海賊行為を行っているものと見做されてしまい、捕縛対象になってしまうらしい。

 

 

 

折角の長距離次元航行だったが、あまり変化の無い青や紫が入り混じった空間だけを長時間にわたって見つめていた所為か、いつの間にか寝てしまっていた。気が付いた時にはもうミッドチルダに到着しており、丁度時空管理局本局のポートにドッキングしたところだった。

 

「ん~…随分と長い時間寝てしまいましたわね」

 

「あ、おはようミントちゃん。とりあえず本局に着いたら私はお仕事があるからお別れになるけれど、大丈夫? 」

 

「ええ、ミッドチルダでわたくしの面倒を見てくれる方とはクラナガン総合病院で待ち合わせておりますの。一度地上の空港に降下してからクラナガン市街まで快速レールで1時間ほどかかるようですが、特に問題はありませんわ」

 

「そっか。看護師さんだったっけ」

 

次元航行船を降りて本局内の通路をベアトリスさんと一緒に歩く。全ての手続きを終えてゲートを抜ければ、ベアトリスさんとはお別れになる。彼女は本局でお仕事があり、俺は地上に降りることになる。

 

ゲートに向かう途中の通路にある窓から、外の景色が見えた。ポートにはいろいろな艦船が係留されている。

 

「随分と大きな船もあるのですわね」

 

「ああ、あれは時空管理局の次元航行艦ね。さすがに民間の船と比べたら用途も違うし、設備も必要だから、大型化せざるを得ないのよ」

 

長期間次元航行を行う艦は、乗員のケアが必須だ。これはメンタルとフィジカルの両面共である。艦内をある程度自由に移動できるようにし、医務室やリフレッシュルームを用意し、食事は食堂で食べ、トレーニングルームなど訓練を行う施設もある。即ち、艦は必然的に大きくなるというわけだ。

 

珍しい光景ばかりで興味は尽きないがベアトリスさんのお仕事もあるため、のんびりはしていられない。俺達は入管手続きを終えるとシャトルのゲートへと向かった。

 

「ここのゲートから出発するシャトルで地上の空港に降下できるわ。私が送れるのはここまでね」

 

「ありがとうございます。2、3日中に魔導師資格を取得するのでまた本局の方にお邪魔させて頂きますが」

 

「そうね。じゃぁ、頑張ってね。あ、そうそう。これ、持って行きなさい。何かの役に立つかもしれないから」

 

ベアトリスさんが渡してくれたのは、クラナガンの簡易観光ガイドだった。かなり詳細な市街図も記載されており、重宝しそうだ。

 

「ありがとうございます。助かりますわ」

 

「旅行者向けに無料配布されているものだから気にしないでね。じゃぁ、気をつけて」

 

「はい。それでは失礼致しますわね」

 

笑顔で手を振ってくれるベアトリスさんに別れを告げる。地上に降下するシャトルは次元航行船と比較しても小さいものではあったが、窓の代わりに壁全体が外の景色を映し出すモニターになっており、まるで空を飛ぶ椅子に座っているかのような気分になった。

 

(高所恐怖症の人は耐えられませんわね)

 

初めてミッドチルダにやってきて、最初の感想はそれだった。

 

 

 

ミッドチルダには大小合わせて20を超える空港があるが、今回シャトルが到着するのはクラナガンからほど近い、臨海第6空港だった。こちらは管理局本局のポートに到着した時ほど厳しいチェックもない。俺はあっさりゲートを抜け、空港駅でクラナガン行き快速レールのチケットを買って列車に乗り込んだ。族長からもらった幾許かのお金は既にミッドチルダの通貨に換金してあった。物価や相場は未だよく判らないが、チケット代を払ってもまだ十分に残高があるようだ。

 

快速レールの窓から景色を見ていると、とても不思議な感覚に捉われる。山や森といったなじみの風景は無く、代わりに随分と遠くの方まで人工の建造物が広がっている。緑が全く無い訳ではないのだが、明らかに整備された緑という感じで違和感があった。

 

(むしろ前世の景色に近い筈ですが…わたくしも随分ブラマンシュの生活に慣れたものですわね)

 

やがて快速レールは都心にある高層ビルの合間を縫って走るようになった。郊外のエリアでは石造りの建造物を多く見かけたが、都心部の所為だろうかコンクリートのような材質の建物が多くなっていた。車内アナウンスで、間もなくクラナガンのターミナルに到着する旨の案内がかかる。俺は荷物を纏めるとデッキに移動した。

 

駅を出ると、そこには次元世界随一の都会というクラナガンの街並みが広がっていた。建物は全体的に白いものが多く、晴れた空とのコントラストが映える。空には惑星のような星が複数浮かんでいて、それがとても奇異な物に見えた。

 

「あらら…快速レールからは良く見えませんでしたけれど。あれってロシュ限界を超えているような…? 」

 

まぁ潮汐力の限界値を表す公式なんて正確な物は覚えていないし、実際には遠近感の錯覚で重なっているように見えるだけなのかもしれない。仮に本当に重なっているのだとしても、魔法バリバリの世界なのだからきっと大丈夫なのだろう。

 

「便利な言葉ですわね、『魔法』って」

 

とりあえず深く考えることを放棄した俺は街中へと歩を進めた。

 

 

 

=====

 

「えっと、あそこに見える尖塔が管理局の地上本部ですわね」

 

高層ビルが立ち並ぶクラナガンにあって一際高く聳える槍のような塔と、それを囲むように立ち並ぶ複数の塔。クラナガンのランドマークだ。

 

「総合病院は駅から地上本部方向に歩いて10分…でしたわね」

 

時間を確認すると丁度正午だった。待ち合わせ時刻は15時なので、まだ随分と時間がある。

 

「折角ですから、美味しいお昼ご飯でも頂いておきましょう」

 

ベアトリスさんから貰った観光ガイドを開く。駅のすぐ近くに大きめのショッピングモールがあり、そこにテナントとして入っている鶏料理のお店が美味しいと評判のようだ。地図で場所を確認すると、俺はショッピングモールを目指した。

 

目的のお店はモールの3階にあった。中央が広い吹き抜けになった作りで、1階まで見下ろすことが出来る。3階にレストランなどの店舗が集中しており、丁度お昼時と言うこともあってか、かなり多くの人達が行き交っている。どのお店にも行列ができていたが、目的のお店には他の店舗よりもはるかに長い列が出来ていた。

 

「仕方ありませんわね。今回は諦めて、別のお店に…」

 

移動しようとして、ふと店頭に示された食品サンプルが目に留まる。『揚げ鶏の香味タレ』という意味の名前が記載されていた。恐らくモモ肉だろう。唐揚げのように仕上げた鶏が綺麗にカットされていて、その上に刻み葱や胡麻がかけられている。タレは黒っぽい色をしていた。

 

(これは、どう見てもチキン南蛮醤油タレ風味ですわ!)

 

こんなものを見てしまっては、タレの味を確認せずにはいられない。

 

「あの、すみません。大体どのくらいの時間でお店に入れるか、お分かりになりませんか? 」

 

「それなりに回転していますから、3、40分程度で入れると思いますよ」

 

たまたま行列の様子を見に来たと思われる店員に声をかけると、思いのほかはきはきとした答えが返ってきた。幼児に対しても丁寧な応対をしてくれる点も好印象だ。多少待つことになってしまうが、1時間未満なら我慢できるだろう。俺は店員にお礼を言うと、行列の最後尾に並んで入店を待った。

 

だが結論から言えば、今回は残念ながらこの店で食事をすることは出来なかったのだ。

 

いきなり閃光が走り、轟音と共にあたりに煙が立ち込めた。悲鳴と怒号が上がる。一瞬何が起きたのかよく判らなかったが、少し煙が晴れると辺りに瓦礫が散乱しているのが判った。空から太陽の光が差し込んでいる。

 

「天井が、落ちたんですの? 」

 

建物の吹き抜け部分に、立て続けに閃光が走る。閃光が当たったフロアが轟音と共に崩れた。

 

「魔導師がいるぞ!」

 

誰かの叫び声が聞こえた。吹き抜け部分に駆け寄り手すりから階下の様子を伺うと、黒尽くめで覆面を被った魔導師と思われる人が1階で射撃魔法を乱射しているのが見えた。何人かの人が床に倒れ伏しており、難を逃れたらしい人々が物陰などに隠れているのが見えた。倒れている人達の安否は判らないが、遠目に見ても大量の血が流れているようだった。

 

「殺傷設定…ですわね」

 

噛みしめた奥歯がギリッと音を立てる。違法魔導師だった。こういった事件を処理するのは時空管理局の仕事の筈。俺はベアトリスさんに念話を送り、情報を伝えた。だが返ってきたのは芳しくない回答だった。

 

<ごめんね、ミントちゃん…クラナガン市内での違法魔導師捕縛は地上の管轄なのよ。一応陸士部隊にも連絡を入れておくけど、すぐに対応できるかどうか>

 

<わかりましたわ。とりあえず今は陸士の方が到着するのを待っていればよろしいのですわね>

 

<ええ。絶対に犯人を挑発したりしないでね>

 

次の瞬間、違法魔導師が放った射撃魔法が飛んできた。様子を見ていた人達が悲鳴を上げる。

 

「プロテクション!」

 

このフロアにもまだ沢山の人が残っている。俺は咄嗟にその人達のところにアクティブ・プロテクションを展開した。空色の魔力盾が射撃魔法を受け止める。

 

「あ…ありがとう」

 

「お礼は結構ですわ。それよりも早く避難して下さいませ」

 

「だけどそれだと君が」

 

「いいから早く!犯人がこちらに気付きましたわよ」

 

違法魔導師は射撃を止められたことが不服だったのか、更に2、3発の魔法を撃ってきた。それらを全て魔力盾で防ぐと、今度は4つほどのスフィアを従えてこちらに向かって飛び上がった。

 

<ごめんなさいベアトリスさん。完全に標的にされましたわ>

 

<もう!どうしてそうなるのよ。挑発しないでって言ったのに>

 

<正当防衛ですわよ!>

 

半ば強制的に念話を終了させるとバリアジャケットの代わりに身体強化の魔法を自身にかけ、3基のフライヤーを生成してそのうち2基を犯人に向けて飛ばす。フライヤーに気付いたらしい魔導師が回避行動を取ろうとした。

 

「残念ですわね。本命はこちらですわ」

 

フライヤーから直射弾を発射して犯人の周りに浮いていたスフィアを次々に破壊する。犯人は新たに4つのスフィアを生成してフライヤーに直射タイプの射撃魔法を放ってきたが、それを悉く躱していく。フライヤーは通常の誘導弾と同等の機動力があるため相手が直射弾の場合、回避は然程困難では無いのだ。再度犯人のスフィアを破壊すると、今度はスフィアを介さずに直接誘導弾を放ってきた。

 

「こんなこともあろうかとっ」

 

待機させていた最後のフライヤーで誘導弾を牽制しつつ、直撃しそうなものをプロテクションで防ぐ。その時、覆面で顔が見えない筈の魔導師がにやりと笑ったように感じた。嫌な感じがして身構えていると、魔導師はそのまま上昇して太陽を背にした。どうやら俺が飛べないことに気が付いたらしい。

 

逆光になってしまったことで、相手の動きがよく判らない。左手にアクティブ・プロテクションを用意していつでも展開できるようにしておくと、太陽の光を遮るように掌をかざした。集中して魔力の高まりを察知する。

 

「プロテクション!」

 

発動させたアクティブ・プロテクションが2発、3発と魔導師が放つ魔力弾を防いでいく。この調子で俺が囮を務めていれば、地上本部の陸士が到着するまで何とか持ち堪えられそうだ。そう思った時、魔導師が急に建物の壁に対して攻撃を始めた。壁が音を立てて崩れ始める。

 

俺から少し離れて物陰に隠れていた人達の真上だった。悲鳴が上がり、隠れていた人達が我先に逃げ出す。落ちてくる瓦礫をアクティブ・プロテクションで防ぎ、逃げる人達のサポートをしていると、背中に焼けるような痛みが走った。耐え切れずに倒れてしまう。

 

立ち上がろうとすると背中が酷く痛んで力が入らない。何か液体が身体を伝って流れるような感覚があった。何とか上体だけを起こすと、着ていた服が破れ、血で赤く染まっていることに気付いた。どうやら殺傷設定の射撃が背中を掠めたらしい。

 

魔導師が俺のすぐ傍に降り立つ。何とか逃げようとしたのだが、身体が上手く動かない。痛みのせいで魔法の発動すらままならなかった。腹部に衝撃を受ける。魔導師が俺のことを蹴り飛ばしたのだ。

 

「か、はっ!」

 

瓦礫に叩き付けられ、一瞬息が止まった。もう一度蹴り飛ばされて地面を転がる。胃の中の物が逆流してくるような感触を無理やり飲み込む。魔導師が俺に向かってデバイスらしい杖を振り上げるのが見えた。慌てて両手を頭の前でクロスさせるのと同時に何かが折れるような嫌な音が聞こえた。

 

「ぁぁあああっ!」

 

激しい痛みに涙が溢れる。魔導師がもう一度杖を振りかぶるが、もう防御するだけの体力は残っていなかった。俺はぎゅっと目を閉じて衝撃に備えた。

 

「ミントちゃん!しっかり!!」

 

2度目の衝撃はやってこなかった。その代わりに聞き慣れた声が響く。

 

「ベア…トリス…さん…? 」

 

痛みを堪えてゆっくり目を開けると、魔導師はバインドで捕縛されていた。ベアトリスさんは魔導師から杖を取り上げるとバインドを更に強化して魔導師を組み伏せた。

 

「ちょっとだけ我慢しててね。すぐ終わらせるから」

 

程無くして他の管理局員が駆けつけてきた。

 

「すみません、管轄が違っていることは重々承知しているのですが、知り合いが巻き込まれまして」

 

「いや、こちらこそ現着が遅れてすまなかった。協力に感謝する」

 

お互い敬礼をしながら違法魔導師の引き渡しをしている。口調からして地上本部の人の方が階級が上なのだろうな、と場違いな感想を抱いた。地上本部の人がちらっとこちらを見た。

 

「知り合いというのはこの少女か? 下に救急車両が何台か来ている筈だ。病院に連れて行ってやるといい」

 

「ありがとうございます」

 

お礼を言いながら俺のことを抱き起そうとしたベアトリスさんの表情が硬くなった。

 

「ミントちゃん!これ…ひどい!」

 

瓦礫に押し当てられていた背中の傷から再び血が流れ出したようだった。

 

「ベアトリスさん…痛い、ですわ…」

 

「むぅ、不味いな。誰か、担架を用意しろ!急げ!!」

 

次の瞬間、急に辺りの喧騒が遠くなったように感じ、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

=====

 

気が付くと、そこは病院だった。前世で散々慣れた消毒薬の臭いが鼻を衝く。

 

「先生、意識が戻りました。ミントちゃん、判る? 病院よ」

 

声をかけてくれる看護師さんの顔には見覚えがあった。族長のところで顔写真を見せて貰っていた、俺がホームステイする家の人。

 

「あ…サリカさん、でしょうか? 」

 

挨拶をしようと起き上がろうとした瞬間、全身に痛みが走った。

 

「…ッ!!」

 

声すら出せないような痛みは久しぶりだった。

 

「まだ動いちゃダメよ。傷に障るわ」

 

ベッドに横になっていると少しずつ痛みが我慢できるようになってきた。それと同時に何が起きたのかを思い出してくる。俺は違法魔導師に一方的に嬲られ、惨敗したのだ。

 

悔しく、そして惨めだった。AAAと同等かそれ以上の魔力を持つと言われ、それで何でも出来るような気がしていたが、それは単なる思い上がりだったことを痛感した。手持ちの魔法は種類が少なく、未だ飛行魔法も扱うことが出来ない。圧倒的に経験不足だろう。

 

溢れ出た涙を拭おうとして、両腕が包帯とギプスのようなもので固定されていることに気付いた。

 

「どこか痛む? 大丈夫? 」

 

サリカさんが声をかけてくれる。今一番痛むのは背中だ。相当血が流れていた様子だったが、怪我の状況がどんなものだったのかまでは判らない。他にも両腕と右足に鈍い痛みがあった。

 

「背中が…」

 

言葉を発すると、また背中に響くような痛みがあった。我慢して続ける。

 

「少し、痛い、ですわね…それから、手足が」

 

「そう…先生、鎮痛剤の効果が薄いかもしれませんね」

 

「だが幼児の場合、これ以上の投薬は身体にも負担がかかる可能性が高い。安静にしている状態で痛みが少ないなら、このまま暫く様子を見た方がいいだろう」

 

「大、丈夫…です、わ…喋らなければ、そんなには」

 

俺の言葉に先生は頷いた。

 

「バイタルも落ち着いているし、もう面会者に会わせても大丈夫だろう。ただあまり無理はしないで、つらいようなら直ぐに声をかけなさい。じゃぁブラマンシュ君、後は頼むよ」

 

ブラマンシュと言われて一瞬自分のことかと思ったが、すぐにサリカさんの姓もブラマンシュだったことを思い出す。先生が退室した後、サリカさんに問いかけた。

 

「あの、面会、者…って? 」

 

「お母様よ。イザベル・ブラマンシュさん」

 

「はぁ!? 」

 

思わず大声を出してしまい、激痛に悶絶する。

 

「ここ、クラナ、ガン…ですわよね? 何で、母さまが? 」

 

「少し状況を説明した方がいいわね。貴女、2日間ずっと寝ていたのよ」

 

 

 

サリカさんに説明してもらって、改めて状態の深刻さが判った。まず両腕は共に前腕部が骨折。それはもう見事なくらいぽっきりと逝ってしまっていたらしい。右足は脛の部分にヒビが入っているとのこと。そして一番酷かったのは背中の裂傷で、60針縫うことになったらしい。失血も酷かったが、幸い輸血が間に合ったとのこと。

 

「出来るだけ傷跡が目立たないように細い糸で細かく縫ったんだけど、完全には消えないと思う。ごめんね」

 

サリカさんは申し訳なさそうに言うが、そもそも自分から見えない位置なので、何ともコメントし辛かった。

 

「優秀な治癒術師がいれば、傷跡も残さずに治療出来るんだけどなぁ。そこそこ大きい魔力を持ってる人は大抵戦闘系に走っちゃうから」

 

本当に優秀な治癒術師は、何年も前の古傷であってもあっさり消し去ることが出来るらしい。ちなみに俺も以前ユーノに教えてもらって治癒魔法を使ってみたことがあったのだが、あまり適正は無かったようで、本当に料理中に手を切った時の止血くらいしか出来なかった。

 

過去には何人かAランクを超える治癒術師が存在したようだが、残念ながら現在はどちらかというと保有魔力があまり多くないために戦闘系の習得を諦めた魔導師がなる職業といったイメージが強い。

 

「実際にはそんなことないし、居てくれるとすごく助かる職業なんだけどね。ミッド式魔法の使い手はみんな派手な砲撃魔法とかに憧れちゃうから」

 

俺自身はあまり喋らず、サリカさんの話に相槌だけ打っていれば、それほど痛みを感じることは無かった。

 

「さて、と。お母様には今頃先生が状況の説明をしていると思うわ。面会に来るまで少し時間もあるから、ちょっと休んでおくと良いよ」

 

何かあったら呼んでね、と言ってサリカさんはギプスの先から出ていた手にナースコールのボタンを握らせ、病室を出て行った。

 

1人残された俺は、今回の事件のことについて思い返していた。経験や体格差、あらゆる面で劣っていたにも関わらず、俺は違法魔導師に戦いを挑んだのだ。手持ちの魔法は少なく、しかもフライヤー以外はまともに練習すらしていなかった。デバイスも持っていないためバリアジャケットすら構築できなかった。

 

(今にして思えば、よく命があったものですわ)

 

唯一、相手よりも勝っていたと思われるのは総魔力量。あの魔導師の魔力量は明らかにイザベル母さまよりも格下だった。良くてA+といったところか。

 

(原作に介入するなら、今のままではダメですわね。勉強だけでなく、魔法技術も戦術も、もっともっと鍛えないと)

 

魔力量が多いだけでは戦闘に勝てないということを身を以て知ったのだ。やらなければならないことは山積みだった。

 

ちなみに、まず真っ先にやらないといけないことが怪我の回復であることに俺が気付くまでに、約1時間を要した。

 




○○針縫う、というのは傷の目安にはならないそうです。。
インパクト重視で60針としましたが、ミントの傷の大きさは20cm程とお考え下さい。。

ミッドチルダの医療技術は地球よりも進んではいますが、マニュアル作業である縫合などは逆にあまり技術が進み過ぎていてもおかしいかと思い、今回のような描写にしました。。

少しだけ、「ヴァニラって実はすごかったんだ」的なところを出そうとした意図も無いとは言い切れません。。
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