他愛もない日常のメロディー   作:こと・まうりーの

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第11話 「歓迎」

エルセアから戻り、1週間が過ぎると漸く松葉杖なしでの歩行許可が下りた。

 

「やっと普通に歩けるわね。大変だったでしょう」

 

「そうですわね。でもおかげで雑学の知識が1つ増えましたわ」

 

松葉杖1本だけで歩行するときは、悪い足とは反対側の手で松葉杖を持つというのは知らなかった。感覚的には足の代用なのだから、悪い足と同じ方の手で持つものだと思っていたのだが、それだとバランスが悪く転倒する危険があるのだとか。

 

「まぁ、将来的にはあまり役に立てたくはない知識ではありますが」

 

「そうだね、もう怪我しないといいね」

 

苦笑するサリカさんの前で、軽く2、3回右足で足踏みをしてみる。杖に慣れていた所為か若干不思議な気分ではあったが、特に痛みもなく問題はなさそうだ。

 

「色々あったけれど、これでお母さんも安心してブラマンシュに帰れるわ」

 

「ミントちゃんはまだ暫くこっちにいるのよね? 」

 

「はい。フェイトさんからの連絡を待って魔導師登録をして、学校の下見と入学申込みもありますから、次に帰郷するのは越年祭の頃でしょうか」

 

ブラマンシュに限らず、どこの次元世界でも年末年始には何らかの祭事があるらしい。ちなみにクラナガンでは深夜0時にあちこちで花火が上がるのだとか。ブラマンシュでは花火は無いが、年末になると集落中央の広場に大きな篝火が焚かれ、年が明けるまでに集落裏手の湖に入って禊を行うのだ。年が明けるとその篝火の周りで酒宴のようなものが催される。

 

「わたくしは最後まで参加したことはありませんが」

 

「それはそうよ。子供は寝る時間ですもの」

 

「でもなんだか楽しそう。私も行ってみたいなぁ」

 

「お仕事が休めて、実家にも帰る予定が無いのであれば歓迎しますわよ? 」

 

「うーん、ちょっと考えさせて」

 

クラナガン総合病院では看護師さんが年2、3回、1週間程度の長期休暇を取得するのは珍しくないらしい。但しそれが年末年始となると、他の人達との兼ね合いもあることから調整が必要なのだそうだ。

 

「別に無理に今年でなくても構いませんわよ。今年はもしかしたらフェイトさん達もこちらにいるかもしれませんし」

 

「フェイトちゃん達も一緒に連れてきちゃえば? 族長にはお母さんから話しておくわよ」

 

先方の意向を確認せずに話を進めようとするのは母さまもサリカさんも同じだった。

 

 

 

母さまは結局それから3日後にブラマンシュに帰ることになった。何時の間に出かけたのかは知らないが、お土産と称して大量の醤油と味噌が買いこまれていたので、恐らくブラマンシュのみんなにも料理を振舞うつもりなのだろう。

 

一応ブラマンシュは特殊生態系保護区域であり、食品類の検疫はかなり厳しいのだが、醤油と味噌については事前に申告して許可までとっておいたらしい。退院してからは結構一緒にいる時間が長いように思っていたが、本当に何時の間に手配していたのやら。

 

「じゃぁ、ミント。本当にもう無茶とかはしないでね」

 

「判っていますわ。こんなことはそう何度もあることじゃありませんわよ」

 

時空管理局本局行きのシャトル搭乗ゲートで母さまに別れを告げる。1か月ちょっと前にブラマンシュの衛星軌道上にあるベースでやったのと同じようなやり取りが繰り返された。

 

「サリカさん、ミントのこと、よろしくお願いしますね」

 

「はい、任せて下さい」

 

≪Do not worry, madam. I will take care of my master too.≫【奥様、ご心配なく。私もついておりますから】

 

「トリックマスターも、ありがとう。じゃぁそろそろ行くわ。ミント、元気でね」

 

「ごきげんよう、お母さま」

 

母さまはこちらに向かって大きく手を振りながら、ゲートの向こうに消えていった。

 

「行っちゃったね。少し寂しくなるなぁ」

 

「フェイトさんが来ることになったら、きっとまた賑やかになりますわよ」

 

≪Gosh! I am very happy to hear that a little girl will join us.≫【いいですね。幼女が増えるのは喜ばしいことです】

 

「サリカさん、やはりフェイトさんの件は無かったことに」

 

≪I was just kidding!≫【冗談ですから】

 

改めて言っておくが、トリックマスターの待機モードはアンティーク・ドールである。容姿は愛らしい少女のもので、音声だって女性、それもレイジングハートとはまた違う、もっと幼い感じの声がサンプリングされている。

 

「何か、AIが本当に間違った方向に成長していますわね」

 

秋にエルセアのアルフレッドさんを訪ねる時は、AIの育成方法に再考の余地ありと伝えることを、割と本気で考えた。

 

「でもトリックマスターがいてくれるのは賑やかで楽しいかも」

 

「まぁ、そういう見方もありますが」

 

微笑みながら言うサリカさんにそう答えると、俺は溜息を吐いた。これでいて魔法を行使する時の情報分析や魔力配分などのサポート能力は相当に高く、信頼に足るのは確かなのだ。

 

「とりあえずは個性ということで認識しておきますわ」

 

≪Thanks for your understanding. I appreciate.≫【ご理解頂けて嬉しいです】

 

「判りましたから、少し抑え目でお願いします」

 

トリックマスターを抱えなおすと、俺はサリカさんと一緒に空港を後にした。

 

 

 

=====

 

8月も半ばを過ぎ、気候が温暖で極端に暑くなることが少ないクラナガンでも、多少汗ばむ日が続いていた。

 

「暑いわね~この夏一番の暑さだって」

 

サリカさんがテレビの気象情報を見ながらそう言ってくるが、正直なところブラマンシュの夏と比較すると大したことはない。ブラマンシュでは夏と言えばセミの声が煩いくらいなのだが、ミッドチルダに来てからはセミの声は聞いていなかった。

 

「この程度でしたら、ブラマンシュならまだ初夏の陽気ですわ。クラナガンは本当に過ごしやすのですわね」

 

「そうなの? これ以上暑かったらエアコンとか使わないと厳しいんじゃない? 」

 

「エアコンは使いません。自然保護意識の高いところですので、Co2排出についても規制が厳しいのですわ。排熱のない、魔力を使ったものであれば族長の家にはありましたが、他の家庭では見たことがありませんわね」

 

同じ理由でごみの分別もかなり厳しい。分別をしっかりしない人間はブラマンシュでは生きていけないのだ。俺自身もかつてユーノと一緒に、母さまから随分と分別の指導を受けた。

 

「そういえばイザベルさんも確りと分別してたもんね。あ、ところで話戻すけど、そんなに暑いのにエアコン無くて大丈夫なの? 」

 

「ブラマンシュも極端に暑いとも思えないのですが。集落のすぐ裏手に大きな湖がありますので、基本的に日中は水面が大気中の熱を取り込んで、夜になると放出してくれるのですわ。寒暖差は少なくて過ごしやすいですわよ」

 

「それでもクラナガンより暑いってことだよね? 」

 

「太陽からの距離が違うのでしょうね」

 

はっきり言ってしまえば、ブラマンシュの気候は日本と大差ない。むしろ夏は若干涼しいくらいである。その代り冬は随分と寒いのだが。

 

一方ミッドチルダの気候は地球で言うなら恐らくイギリスに近いだろう。夏はどんなに暑くても35度を超える日が数日ある程度で全体的に涼しく、逆に冬は暖かい。イギリスほど湿気が多いわけでもなく、一年を通して過ごしやすいのだ。

 

「ミントちゃん、アイス食べる? 」

 

「頂きますわ」

 

即答した。極端に暑いわけではなくても、アイスは美味しいのだ。

 

≪Master, I have received a device communication call from ASM0080**4XX, individual name "Bardiche".≫【マスター、ASM0080**4XXからのデバイス通信を受信しています。発信個体名は『バルディッシュ』】

 

「ありがとうございます。繋いで下さいな。あ、サリカさん、わたくしの分のアイスは後にして下さいませ」

 

サリカさんが「誰? 」と聞いてきたが、答えるよりも先に相手の声が聞こえてきた。

 

『もしもし、ミント? 』

 

「フェイトさん、ご無沙汰しています。連絡お待ちしていましたわ」

 

サリカさんに向かって親指を立てると、サリカさんもにっこり笑って俺が座っているソファに一緒に座った。

 

『エルセア以来だね。元気だった? 』

 

「ええ、おかげさまで。フェイトさんもデバイスが出来上がったんですのね」

 

『うん。バルディッシュって言うんだ』

 

音声通信のみでも、フェイトの声が弾んでいるのが良く判った。自前のデバイスが嬉しかったのだろう。

 

『それで、そろそろ魔導師登録をしようと思っているんだけど、ミントの都合はどうかなって』

 

「わたくしの方はいつでも問題ありませんわよ。足も完治しましたし、毎日が日曜日状態ですから」

 

『あ、足治ったんだね。よかった。もう杖はいいの? 』

 

「ええ、おかげさまで。ありがとうございます」

 

『それで魔導師登録のことなんだけど、ミントの都合が合うなら母さんの嘱託魔導師試験があるから、一緒にそっちに行こうと思うんだ』

 

「了解ですわ。いつになりますの? 」

 

『丁度1週間後。母さんは試験に合格したらそのまま次元航行艦に行くみたいだから、見送りたいし』

 

ここでサリカさんの表情を伺うと、にっこり笑ってこちらもサムズアップしてきた。改めてフェイトに確認を入れる。

 

「フェイトさん、折角ですし、よかったらうちに泊まっていきませんか? 実は家主さまから是非にと言われているのですが」

 

『え、いいの? 』

 

「ええ。何しろ家主さまのご意向ですので」

 

『それはすごく助かるんだけど、ちょっと母さんにも聞いてみるね』

 

正直なところ、フェイトが泊りに来てくれるのはすごく嬉しい気がした。母さまが帰国してしまったことで、少し寂しく思っていたのかもしれない。どうやら思った以上に母さまに甘えていたようだ。そんな事を考えていると、プレシアさん本人が会話に参加してきた。

 

『ミントちゃん、お久しぶりね。そちらの家主の方はいらっしゃるのかしら? いらっしゃるならお話させて欲しいのだけれど』

 

「初めましてテスタロッサさん。イザベルさんからミントちゃんを預かっている、サリカ・ブラマンシュと言います」

 

隣に座ったサリカさんがプレシアさんと話し始める。どうやらプレシアさんの方も母さまからサリカさんのことは聞いていたようだった。

 

暫くプレシアさんとサリカさんで話をした結果、フェイトが入寮するまではサリカさんの家でリニスも一緒に生活することになった。サリカさん的には別に入寮せずにずっと一緒に暮らしてもいい様子だったが、さすがにそこまで迷惑をかけられない、とプレシアさんが固辞した形だ。

 

とりあえず1週間後に迫ったプレシアさんの嘱託魔導師試験の前日にテスタロッサ家がクラナガンを訪れ、サリカさんの家で1泊することになった。プレシアさんはその試験で合格したらそのまま次元航行艦に行くことになり、フェイトは来年の春まではリニスと一緒にサリカさんの家で生活する。

 

『じゃぁ来週そっちに行くから』

 

「はい。楽しみにしていますわね。駅までは迎えに参りますから、到着時刻が判ったら教えて下さいませ」

 

『うん。判った。またね、ミント』

 

「ごきげんよう、フェイトさん、プレシアさん。リニスさんにもよろしくお伝え下さいませ」

 

通信を終えると、すぐにサリカさんが先程食べそびれたアイスを取りに行くと言って席を立った。その間にトリックマスターに指示してバルディッシュの識別コードを使用者フェイト・テスタロッサで登録しておく。

 

「ミントちゃん、バニラとチョコバナナ、どっちがいい? 」

 

「バニラでお願いします」

 

これは先日サリカさんが買ってきてくれたもので、クラナガンでも割と有名なお店のアイスらしい。暫くの間、2人で一緒においしいアイスを頂いた。

 

 

 

=====

 

それはフェイト達がクラナガンに到着する日の午前中のことだった。偶々病院のシフトがなく、お休みになっていたサリカさんに声を掛けられた。

 

「プレシアさん達って、今日の夕方に到着予定だったわよね? 」

 

「ええ、18:00着の快速レールだと伺っていますわ。中央口の広場で待ち合わせです」

 

「今日の晩御飯なんだけど、折角だから歓迎の意も込めて、珍しい料理でも作ってみようかと思って」

 

「いいですわね。それで珍しい料理と言いますと、例えばどんな? 」

 

「うん、それでミントちゃんが何か知らないかな~って思って」

 

「そこでわたくしに振るのはどうかと思いますが」

 

とは言え料理が趣味であることを公言している以上、メニューで頼られたら断る訳にもいかないだろう。

 

「では近くのスーパーで面白そうな食材がないか、見て参りますわ」

 

「あ、私も一緒に行くよ。ちょっと待ってて」

 

サリカさんが軽くお化粧をして着替えるのを15分程待って、その後2人で出掛けた。近所のスーパーに到着すると、鶏のもも肉とビーンカードがタイムセールになっていた。ビーンカードは豆乳ににがりを加えて固めたもので、日本で言うところの『豆腐』である。取り敢えずビーンカードを2パックと、鶏肉を2パックかごに入れる。

 

「あれ? もうメニュー決まったの? 」

 

「タイムセールですから、ひとまず商品をかごに入れただけですわ」

 

少し呆れたような表情のサリカさんをよそに、メニューを考える。もし良い感じのメニューに結びつかなければカートに戻せばいい。

 

「豆腐と鶏肉ですか。鶏はもも肉だからソテーにも出来ますわね。先日作った揚げ鶏香味ソースでも良いですが。豆腐はサラダにしても良いのですが、そうするともう一品くらいは欲しいですわね」

 

「あ、忘れてたけど、冷蔵庫に豚挽肉が残ってるよ。賞味期限が確か今日、明日くらいで切れる筈だから、使えるなら使っちゃわないと」

 

「豚挽肉ですか。あぁ、そういえば長ネギも少し残っていましたわね。あれも放っておくと臭いが出ますから、そろそろ使ってしまいませんと」

 

その時、ふと閃いた。先日買い込んでおいた醤油と味噌がまだ大量に残っていた筈だ。即座に頭の中でシミュレートする。

 

みじん切りにしたニンニクとおろし生姜を小口切りにしたネギと一緒に炒め、そこに豚挽肉を加える。味付けは醤油、砂糖、味噌、塩とそれから胡椒。そこにサイコロ状に切った豆腐を入れて、片栗粉…はないからコーンスターチでとろみをつけてあげれば麻婆豆腐のようなものになる筈だ。

 

お米は炊いて白米として一緒に出せばいいし、鶏もも肉は麻婆豆腐に合わせるなら料理酒と醤油を混ぜたものにニンニクとおろし生姜を入れ、肉を付け込んだ後、コーンスターチで衣を作って唐揚げにすればいい。お麩と乾燥わかめも残っているから、それを使った味噌汁も出来る。

 

「決まりですわね」

 

「おーっ、さすがミントちゃん。頼りになるね。で、何を作るの? 」

 

興味津々のサリカさんにレシピの構想を伝え、唐揚げに添えるサニーレタスを購入した俺たちは上機嫌で帰宅した。

 

 

 

料理というのは下拵えさえ済んでいれば、調理自体にはそれほど時間はかからないものだ。問題は複数種類のメニューを一度に食卓に並べる場合、如何に適温で配膳するかである。今回のようなメニューの場合、ご飯を炊いている間に多少冷めてしまっても美味しく頂ける唐揚げを作って盛り付けておき、最後に麻婆豆腐を作るのが一般的だろう。だが、それはあくまでも魔法抜きで考えた場合だ。

 

「こういう時に便利な魔法がありますのよ」

 

その名も「プリザベーション」。「プリザーブ」ということもある。ミッド式の術式ではあるのだが、正直なところブラマンシュ以外で使われているのを見たことは無い。

 

「どういう魔法なの? 」

 

「食品の消費期限を先延ばしに出来る魔法ですわ。例えばこの豚挽肉ですが」

 

そう言って手に取ったのは、今夜の麻婆豆腐に使う予定の挽肉パック。サリカさんの記憶通り、賞味期限が今日になっていた。

 

「これにプリザベーションの魔法をかけると、1週間程度は現在の状態を維持出来ますのよ」

 

「へー、冷蔵庫要らないね」

 

「重ね掛けができませんので、忘れないように管理する必要はありますわね。ですがこの魔法の真価は、かけた時の温度を保存できるところにあるのですわ」

 

「あ、それはいいね。ちょっと早めに料理が出来ちゃっても、冷めたりすることがないんだ」

 

「ただ1週間ずっと温度が変わらないので、カバンなどに入れて持ち運ぶ時には注意が必要なこと、それからこうしたこと以外に使い道がないというのが、この魔法の難点ですわね」

 

地味で使用用途が限られているからこそマイナーな魔法なのだろう。やはり次元世界一般で言えば、戦闘に直結した魔法の方が遥かに人気が高い。

 

「ですが、今日は存分に役に立ってもらいましょう」

 

フェイト達には晩御飯の用意があることを伝えてある。時間的にも到着後に一息入れたら晩御飯というのが望ましいだろう。サリカさんと一緒に料理を仕上げると、全ての料理に「プリザベーション」をかけて準備を終えた。

 

「トリックマスター、参りますわよ」

 

≪Yes, my master.≫【了解です】

 

ふよふよと飛んできた人形状態のトリックマスターを両手で抱える。

 

「ではサリカさん、みなさんを迎えに行ってきますわね」

 

「行ってらっしゃい。気を付けてね」

 

 

 

サリカさんの家から快速レールの駅までは徒歩約15分程だ。だいぶ日が傾いてきているが、まだ日没までには時間がありそうだった。待ち合わせ場所の広場に到着して時計を見ると、丁度18時になるところだった。

 

「丁度良いタイミングでしたわね」

 

やがて駅から出てくる人の中にフェイト達の姿を見つけて大きく手を振った。

 

「ミント。態々ありがとう」

 

「いいえ。ようこそクラナガンへ。歓迎しますわ」

 

プレシアさんにも挨拶をする。隣にいたアッシュグレイの髪の女性は、知識として持っていたリニスの容姿とぴったり一致した。

 

「初めまして。プレシアの使い魔、リニスです」

 

「初めまして、ミント・ブラマンシュですわ。よろしくお願い致します」

 

簡単な挨拶を済ませると徒歩でサリカさんの家に向かった。ふと見ると、プレシアさんは小洒落たトランクを持っているものの、フェイトとリニスは荷物らしい荷物を持っていなかった。

 

「そう言えばみなさん随分荷物が少ないですのね。暫く滞在すると聞いていたからもう少し多いかと思っていたのですが」

 

「そうでもないわよ。私は一度次元航行艦に乗ってしまうと買い物にもなかなか行けないから、少し多めに持ってきているわ」

 

「私の場合は使い魔ですからね。服もバリアジャケットの応用で用意できますし、そんなに荷物は必要ありませんよ。それに庭園の方のメンテナンスもありますから偶にアルトセイムに帰りますし、必要なものがあればその時にでも持ってきます」

 

「フェイトさんは大丈夫ですの? 」

 

「うん。私も母さんと一緒。着替えはバルディッシュに格納しているから」

 

どうやらプレシアさんとフェイトはデバイスの格納領域に荷物を入れているらしい。

 

「なるほど、そういう手もあるのですわね。わたくしも参考にさせて頂きますわ」

 

≪You can store anything at any time, master.≫【いつでも、ご自由に】

 

「ありがとうございます、トリックマスター」

 

≪Especially...≫【特に…】

 

「はい? 何か言いましたか? 」

 

≪Nothing. Please disregard.≫【何でもありません】

 

何やらトリックマスターが呟いたように思ったのだが、気のせいだったのかもしれない。そうこうしているうちに、サリカさんの家に到着した。

 

「こちらですわ」

 

呼び鈴を鳴らすと、すぐにサリカさんが出てきた。

 

「ようこそ、お待ちしていましたよ。どうぞ上がって下さい」

 

とりあえず全員を居間に通して自己紹介をした。リニスは原作通り、山猫を素体とした使い魔らしい。そこでふと気になったことを聞いてみた。

 

「リニスさん、葱は大丈夫ですか? 今日の夕食に使ってしまっているのですが」

 

「あぁ、気にしないで下さい。10年以上も使い魔をしていると、味覚も人間に近くなるんですよ。今では葱でもチョコレートでも香辛料でも全く問題ありませんから」

 

どうやら使い魔になってすぐの頃は素体の性質を強く引き継いでいるものの、永らく使い魔をやっていると体質なども変わってくるのだそうだ。一安心したところで食事にすることにした。洗面所で順番に手を洗い、食卓に着く。

 

「あら? 珍しい。プリザベーションね」

 

さすがにプレシアさんには判ったようだった。

 

「折角ですので、出来立ての美味しさを味わって欲しかったのですわ」

 

「もしかして、これミントが作ったの? 」

 

「はい。料理が趣味ですので」

 

「フェイトも少し教えてもらった方がいいかもしれませんね」

 

「じゃぁ、頂きましょう。『今日の糧に感謝を』」

 

フェイトは恐る恐る、リニスは興味深々といった感じで麻婆豆腐をよそっている。

 

「美味しいわ。ライスにも合うわね」

 

プレシアさんのお褒めの言葉を頂いた。

 

「先日、管理外世界の調味料が手に入ったので、色々と試しているのですわ。今日のメニューは第97管理外世界で『中華』と呼ばれるものですわ」

 

尤も味付けは和風調味料を使って、本場のものより随分マイルドに仕上げてはいるが。だがテスタロッサ家の口には合ったようで、フェイトもリニスもお代わりを貰っていた。

 

「とても美味しい。ミントはすごいね。こんな美味しいものが作れて」

 

「そうですね。もし良かったらレシピを教えて頂けませんか? 」

 

「ええ、構いませんわよ。後でメモを差し上げますわ」

 

そんな感じで和やかに食事を続けていると、トリックマスターがふよふよと飛んできた。

 

≪How I envy you!≫【なんて羨ましい】

 

「トリックマスター、ハウス」

 

≪Arf!≫【わん】

 

情けなそうに犬の鳴きまねをすると、トリックマスターは居間のソファにぽてっと落ちた。

 

「何だか可哀想。バルディッシュ、少しの間話相手になってあげて」

 

≪Yes, Sir.≫【了解】

 

フェイトが持っていた金色のプレートが、トリックマスターの方にふよふよと飛んで行った。

 

「申し訳ありません。気を遣わせてしまって」

 

「いいよ。バルディッシュにも友達ができると嬉しいし」

 

「フェイトちゃんは優しいね~」

 

サリカさんにそういわれると、フェイトの顔が少し赤くなった。そしてプレシアさんはそんなフェイトを微笑みながら見つめていた。

 

 

 

夕食を終え、洗い上げを済ませた後、俺たちは居間で翌日のスケジュールについて話をした。

 

「まずプレシアが嘱託魔導師試験ですね。使い魔である私がいますから、儀式魔法の展開については免除だそうです。午前中は筆記で、午後に実技ですね。ミントとフェイトは魔導師登録ですが、こちらは簡単な検査だけですから、午前中の筆記試験の間に終わらせてしまいましょう」

 

リニスが優秀な秘書のような雰囲気でスケジュールを伝えてくれる。ちなみにサリカさんは明日、普通に日勤のシフトが入っているそうなので、別行動だ。

 

「一応、ハラオウン提督経由で2人の魔導師登録についても連絡を入れておきました。プレシアが筆記試験を受けている間、私は不正防止の為ハラオウン提督と一緒にいないといけないらしいので、2人の検査にも立ち会うことになります」

 

「リニスさん、ハラオウン提督ってリンディさんのことですわよね? 不正防止で一緒にいるのは判るのですが、何故わたくし達の検査にも立ち会うことになるんですの? 」

 

「2人共優秀な魔導師の卵だし、どうしても検査を直に見たいと彼女自身が駄々を捏ねていましたから」

 

なんとなく、その情景が目に浮かぶような気がした。

 

「では明日の朝が早いプレシアとフェイト、それにミントはもう休んで下さい。寝不足で本調子が出せないなんてことになったら目も当てられませんよ」

 

「そうね、ありがとうリニス。じゃぁサリカさん、今日は本当にありがとう。申し訳ないけれど、先に休ませて頂くわ」

 

「お気になさらず、明日は頑張って下さいね」

 

時計を見ると21時を回ったところだった。寝るには丁度良い時間だろう。トリックマスターを抱え上げると、俺も立ち上がる。

 

「プレシアさん、フェイトさん、お部屋に案内しますわ。サリカさん、わたくしもそのまま寝ますわね。お休みなさいませ」

 

「うん。お休み、ミントちゃん」

 

プレシアさんとフェイトを部屋に案内する。母さまがブラマンシュに帰る前から一緒に確り掃除して2人用に仕立て直しておいた部屋だ。明日の試験が終われば、フェイトは暫くプレシアさんに会えなくなるわけだから、今夜はゆっくりして貰おう。

 

「ミントちゃんありがとう。じゃぁ、また明日」

 

「お休みなさい、ミント」

 

「ごゆっくりお休み下さいませ」

 

テスタロッサ親子が部屋に入るのを見届けた後、俺も自分の部屋に戻ってベッドに倒れこむ。

 

≪Please change into pajamas at least.≫【せめてパジャマに】

 

「判っておりますわ」

 

もぞもぞと服を脱ぐと、枕元に置いてあったパジャマに着替えて布団に潜り込んだ。

 

「トリックマスター、お休みなさいませ。電気消しておいて下さいな」

 

≪Sure. Good night and sleep well.≫【了解。お休みなさいませ】

 

目を閉じると直ぐに電気が消えるのが瞼越しに判った。そのまま数分もしないうちに、俺は夢の世界にいざなわれた。

 




ミント「トリックマスター、フェイトさん達を迎えに行ったとき、何と言っていたんですの? 」

トリックマスター「Nothing. Please disregard.」

ミント「バルディッシュさんは、何て言っていたか、聞こえていました? 」

バルディッシュ「Sir. She said "Especially, used underwear for a little girl."」

ミント「……」

※もはや性格的に、6番目のあの娘の面影はどこにもありません。。

=====

本当は魔導師登録の話まで書こうと思っていたのですが、いざ書いてみたらグダグダ部分が長くなりすぎました。。
毎回、ある程度見直してから投稿しているはずなのですが、反映完了後に複数の間違いが見つかって修正、というパターンが非常に多いです。。
もし見逃している誤字や間違いがあったらご一報頂けると嬉しいです。。
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