他愛もない日常のメロディー   作:こと・まうりーの

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第4話 「魔力駆動炉」

お父さんが次元航行部隊に出向して、暫く経ってからのこと。

 

「引っ越し? 」

 

プレシアさんが言った言葉を思わず復唱してしまった。

 

「ええ、お仕事が忙しくなってしまって、なかなかうちに帰れなくなりそうなの。だからアリシアと一緒に、職場の寮に入ることにしようと思って」

 

「あら、別にうちでアリシアちゃんを預かってもいいのよ? 」

 

お母さんがプレシアさんに冗談めかして言う。

当のアリシアちゃんはといえば、目に涙をいっぱい浮かべてプレシアさんを見ている。

 

「さすがにそこまで面倒をかけるわけにもいかないし。それに、できるだけこの子のそばにいてあげたいのよ」

 

「ねぇママ、リニスも連れて行っていい? 」

 

「ええ、もちろんいいわよ」

 

「…じゃぁ一緒にいく」

 

アリシアちゃんが寂しそうに、そしてつぶやくように答えた。

ふと気になったので聞いてみる。

 

「あの、引っ越し先の寮ってここから遠いんですか? 」

 

「いいえ、郊外とはいっても同じクラナガンだから、かかっても快速レールで30分程度ね」

 

そのくらいなら、遊びに行くのも問題はないだろう。

 

「アリシアちゃん、遊びにいくよ」

 

「うん、絶対だよ。待ってるから」

 

途端にアリシアちゃんの顔に笑顔が広がる。

 

(うん、大丈夫。そのくらいの距離なら転移魔法で…」

 

≪Master Vanilla, I guess you are thinking of an illegal method.≫【マスターヴァニラ、違法手段を行使しようとしているように見えるのですが】

 

「デ、デバイスに心を読まれた!? 」

 

「ヴァニラちゃん、普通に口に出てたよ? 」

 

どうやらアリシアちゃんより私の方がよっぽど動転していたらしい。たしかに簡単な転移魔法ならともかく、トランスポーターのような長距離転移を緊急時以外に街中で使うのには問題があるだろう。

 

気を落ちつけてからよく見ると、プレシアさんの笑顔はいつもの包むような優しいものではなく、どことなく陰りがあるようにも見えた。

 

「あの、プレシアさんもしかして疲れてませんか? 」

 

「ええ、ちょっとね…でも大丈夫」

 

いつも笑顔でいるプレシアさんの印象が強いだけに、今のプレシアさんの表情を見ているのはつらい。日頃から暇さえあれば魔法の練習に付き合ってもらっていることも影響しているに違いない。そんな罪悪感もあった。

 

「すみません、私にはこんなことしかできないけど…ハーベスター、お願い」

 

≪Sure. “Relaxation Heal” is ready.≫【はい。『リラクゼーション・ヒール』準備】

 

最近構築した、回復魔法の一種。リジェネレーションから一部を切り取って派生させた、体内の抵抗力を高め自己治癒力を向上させる簡単な魔法だけど、疲労回復にも役立つはず。実は先日お母さんにも使って、疲れが取れたって言われたから効果は間違いない。翠色の魔力光がプレシアさんを優しく包んでしばらくの時間が経過する。

 

「ありがとう、だいぶ楽になったわ」

 

プレシアさんが言うと、アリシアちゃんも安堵したように微笑んだ。

やっぱりこの家族には笑顔が似合う。

 

その日の夜、次元航行中のお父さんから連絡があった。任務中の映像データ送受信は検閲が入るそうなので、リアルタイムでのやり取りが難しいらしく、音声のみだった。私はお父さんにテスタロッサ家の引っ越しのことを伝えた。

 

『そうか、寂しくなるな』

 

「別に遊びに行けない訳じゃないから、私は大丈夫だよ。それよりもお父さんお仕事大丈夫なの? 」

 

『ああ、最近補佐についてくれた部下がとても優秀でね。楽が出来ているよ。クライド・ハーヴェイ執務官補っていう、まだ若い男の子なんだが…将来のお婿さん候補にどうだい? 』

 

「お父さん、寝言は寝て言ってよ…冗談言うだけなら切るよ? 」

 

『ははは、悪い悪い。じゃぁ、ちょっとお母さんに代わって貰えるかい? 』

 

「うん、判った。そしてそれが、私がお父さんと交わした最後の言葉だったのです…」

 

『おいおい、それはさすがに洒落にならんぞ? 』

 

「べー、さっきの仕返しだよ。じゃぁお母さんに代わるね」

 

私はSound Only表示になっているディスプレイに向かってそう言うとお母さんを呼ぶ。いつになく自分自身の言動が子供っぽいな、と思いながら私は自分の部屋に戻った。久し振りのお父さんとの会話で、少し寂しさを紛らわせたかったのかもしれない。たぶん、お父さんもそれが判っていたから、あんな冗談を言ってくれたのだろう。

 

私は翌日の学校の支度を済ませると、ベッドに潜り込んだ。

 

 

 

=====

 

アリシアちゃんの6歳の誕生日を待たずに、テスタロッサ家はプレシアさんの職場の寮に引っ越していった。

アリシアちゃんはぽろぽろと泣いていたけど、またすぐに遊びに行くから、というとちょっとだけ微笑んだ。

 

で、私達的にはそれなりに感動的なお別れをしたはずなんだけど。

実はその後、学校が休みの日はほとんど毎週のようにアリシアちゃんのところに遊びに行っている私がいたりする。

 

お母さんに聞いた話だと、プレシアさんはどうやら使えない前任者からろくな引き継ぎも受けないまま、とあるプロジェクトの責任者にされてしまったらしい。寮には帰ってはくるものの、アリシアちゃんが起きている間に戻ることは珍しいくらいで、アリシアちゃんも相当落ち込んでいる様子だ。きっとプレシアさんにも疲れが溜まっているはず。

 

(よくない傾向だなぁ)

 

医学生の頃の知識なんか無くても、明らかに好ましくない状態だった。次に遊びに行く時は学校も春の長期休暇に入っている筈だから、お泊りしてまたプレシアさんにリラクゼーション・ヒールをかけてあげることにした。

 

 

 

私がお泊りに来た日も、プレシアさんの帰宅は遅かった。軽く挨拶を交わし、リラクゼーションヒールを発動する。

 

<ありがとう。気持ちいいわね、この魔法。マッサージを受けてるみたい>

 

眠っているアリシアちゃんを起こさないように、念話で会話を続ける。

 

<お望みでしたら物理的なマッサージもできますよ>

 

<ふふ、大丈夫よ。疲れもだいぶとれたし>

 

そう言ってはいるが、プレシアさんは明らかに疲れが残っている様子だった。私の魔法は肉体的な疲労を回復するはずだけど、それはあくまでも緩やかなもので、疲労の度合いが大きい場合は急激に回復させることは出来ない。それに精神的な要因がある場合は一朝一夕には解消困難だろう。

 

<…あまり無理しないで下さいね>

 

<そうね。ありがとう>

 

ありきたりな言葉しかかけられない自分の力不足が悔しい。

 

<今回のプロジェクトが完了したら、アルトセイムあたりにいってのんびりしようかしらね>

 

<南部の森林地帯ですね。行ったことはないけど、いいところなんですか? >

 

<ただの田舎だけど、自然が豊かで私は好きよ。機会があればあなたも遊びに来て頂戴>

 

<ぜひお邪魔させてもらいます>

 

<さあ、もう遅いわ。あなたももう休みなさい>

 

<はい。おやすみなさい、プレシアさん>

 

<おやすみなさい。いい夢を>

 

アリシアちゃんの隣にそっともぐりこむ。リニスもどこからともなくやってきて、アリシアちゃんと私の間で丸くなった。

おやすみ、二人とも。

 

 

 

翌朝、目が覚めた時にはもうプレシアさんは出かけた後だった。アリシアちゃんと一緒に用意されていた朝食を食べる。

 

「ヴァニラちゃんは魔法学校に行ってるんだよね? 」

 

「うん、でもまだ基本座学ばっかりで退屈。まぁ初級の魔法はほとんどプレシアさんに教えてもらっちゃったし、たぶん魔法の授業が始まっても退屈だとは思うけど」

 

私が通っている学校はクラナガン・セントラル魔法学院という、初等部5年、中等部3年で構成されるエスカレーター式の学校だ。正直プレシアさんに教わったのは初級どころか中級、下手したら上級に分類される魔法も含まれるので、いきなり中等部にいっても通用するかもしれないが。飛び級試験も真剣に検討しようかと思う。

 

「私も来年から学校だけど、魔法学校じゃない普通の学校だし…」

 

「大丈夫。永遠に会えなくなるわけじゃないし、きっとお友達もたくさんできるよ」

 

プレシアさんは今のプロジェクトが完了したらアルトセイムあたりに行きたいって言っていたし、必然的にアリシアちゃんもそっちの学校にいくのだろう。それにしたところで永遠に遊びに行けないくらい、致命的に遠いわけでもない。

 

「そうだよね、また遊べるよね!」

 

アリシアちゃんの無邪気な笑顔は私の清涼剤だと思う。私の方がお姉さんということもあって、守ってあげなくちゃ、っていう気になる。

 

「ねぇ、ヴァニラちゃん魔法見せて」

 

「うん、いいよ。じゃぁ…」

 

ふと周りを見ると、リニスが顔を洗っている。

 

「ハーベスター、ヒールスフィア生成」

 

≪All right, “Heal Sphere” generated.≫【了解。『ヒールスフィア』生成】

 

翠色の小さなスフィアが複数リニスの周りに形成される。待機モードのままでもこの程度の魔法は発動できる。リニスがじゃれるように手を伸ばすと、スフィアは小さな光の粒になって消えた。それにびっくりしたのか、リニスはあわててアリシアちゃんの膝の上に飛び乗る。

 

「大丈夫だよ、はじけても回復効果しかないから」

 

「びっくりしちゃったんだよねー、リニス」

 

二人でくすくすと笑う。

 

「他にも見たいー」

 

「はいはい。ハーベスター、セットアップ」

 

≪Stand by, ready. Device mode.≫【スタンバイ完了。デバイスモード】

 

着ていた水色のワンピースをバリアジャケットに変更し、ハーベスターを待機モードから錫杖の形態に変える。

これだけでも見た目は十分ハデな魔法なのだが、ついでにアリシアちゃんやリニスも中に取り込んだ形でアブソリュート・フィールドも展開してみた。この完全物理結界は半透明な翠色の障壁を持ち、まるで宝石の中にいるような気がするのだ。

 

「きれい…あ、そう言えばね、ヴァニラちゃん。私今ママに魔法のこといろいろ習ってるんだよ」

 

「え、そうなの? 」

 

「うん。ハーベスターみたいなデバイスを作ったりいじったりしたいなって」

 

「デバイスマイスターだね。じゃぁアリシアちゃんがマイスター資格を取ったら、ハーベスターのメンテナンスもお願いしようかな」

 

「うん、任せて」

 

アリシアちゃんが微笑みながら障壁に触れようとした時、あたりが眩い光に包まれた。それと同時にあまりにも膨大な魔力が部屋に満ちるのを感じる。直感的に障壁を解いてはいけない、と思った。障壁の外で何かが軽くはじけるような音が聞こえてくる。

 

「何? これ何の音? 」

 

「魔力反応っぽいけど何が起きてるのかは判らない…でも、今は結界を解除しない方がよさそう。部屋に異常なくらい、魔力があふれてる」

 

唐突にプレシアさんから念話が届いた。

 

<ヴァニラちゃん!聞こえる!? >

 

<プレシアさん!一体何があったんですか? >

 

<無事なのね? よかった。アリシアもいるの? >

 

<はい。たまたまアブソリュート・フィールドを使っていたら、急に部屋中に魔力があふれて>

 

少しの静寂のあと、プレシアさんは続けた。

 

<いい? 落ち着いてよく聞いて頂戴。実は今私が設計を担当していたヒュードラ…魔力駆動炉が暴走してエネルギーが大量に漏れているの>

 

<え…プレシアさんは大丈夫なんですか? >

 

<ええ、こちらも完全遮断結界を張ったから大丈夫。だけど結界を解いてはダメよ。今粒子状のエネルギーが大気中の酸素と反応して周囲に呼吸可能な空気がない状態になっているの>

 

<…!他の人たちは大丈夫なんでしょうか>

 

<研究スタッフの安全は確保できたわ。民間については、市街からは離れているけれど…被害状況は判らないわ>

 

<そうですか…>

 

<救助には管理局も来てくれる。20分もすればエネルギーも切れて、30分もしたら呼吸可能な濃度にまで酸素が回復するはずだから、それまで何とか持ちこたえて>

 

<ハーベスター、どう? >

 

<≪It will be very difficult. Currently, “Absolute Field” holds Oxygen for Alicia, Linith and master, but it will last only for around 15 minutes.≫>【難しいでしょう。現在『アブソリュート・フィールド』が確保している空気でアリシアさん、リニスさん、マスターが呼吸を続けられるのは15分程度です】

 

その言葉を聞いて目の前が真っ暗になったような気がした。

 

<プレシアさん…今のアブソリュート・フィールドだと内部の空気は人間一人で30分…多く見積もっても40分が限界です。今はアリシアちゃんと私の他にリニスがいて、しかも展開してから数分経過しています。持って15分程度でしょう>

 

<移動は…できないのだったわね>

 

<フィールドを維持しつつ、トランスポーターを発動することはできると思いますが>

 

<それは危険よ。暴走しているエネルギーは魔力に影響するの。念話のように使用魔力が極端に少ないものなら影響も殆どないけれど、トランスポータークラスの魔法だと影響を受けて正確な座標に飛べない可能性が高いわ。下手をすれば虚数空間に落ちてしまうこともある>

 

<フィールドを解除してアリシアちゃんを抱いたまま呼吸可能な場所まで一気に飛行するのは…>

 

<他人を抱いた状態での飛行は姿勢制御が困難よ。通常の速度と比較しても2/3も出ない筈。それに暴走エネルギーは飛行魔法にも干渉するでしょうね>

 

心配そうに私を見つめるアリシアちゃんに、プレシアさんから念話が届いていることを伝え、安心させる。もちろん今が危機的な状況であることは伏せてだが。

 

<今のままだと確実にこちらの酸素が持ちません。でもアリシアちゃんとリニスだけならギリギリ持つ可能性がある…私だけがトランスポーターで移動すれば、みんな助かるかもしれない…だよね、ハーベスター>

 

<≪Yes, your understanding is correct, master. But…≫>【はい、その認識で齟齬ありません。ですが…】

 

<ダメよ、ヴァニラちゃん!それは危険すぎる>

 

<ハーベスター、アブソリュート・フィールドを固定、30分後に解除>

 

<≪…≫>

 

<ハーベスター>

 

<≪All right. “Absolute Field” fixed.≫>【了解。『アブソリュート・フィールド』固定】

 

<ヴァニラちゃん!>

 

<すみません、プレシアさん。お母さんにもごめんなさいって伝えて下さい>

 

少しの沈黙の後で、深いため息と共にプレシアさんが答える。

 

<わかったわ。でもそれは無事に帰ってヴァニラちゃん自身の口で伝えなさい>

 

ええ、死ぬつもりはないよ。だって、私は生きるために選択したんだから。

最後に私はアリシアちゃんに声をかける。

 

「アリシアちゃん、今アブソリュート・フィールドを固定したの。30分後に自動解除される」

 

「え…それってどういう…? 」

 

「落ち着いて聞いてね。今フィールドの外は魔力の暴走で空気がなくなっているの」

 

「……」

 

「30分後には復旧するみたいだけど、それまで中の空気が持たない。でもアリシアちゃんとリニスだけなら大丈夫だから…私だけ移動魔法で外に飛ぶの」

 

「イヤだよ、ヴァニラちゃん、それなら私も一緒に」

 

「それはダメ。危険すぎるの。暴走した魔力の影響を受けて、どこに飛ばされるかわからない」

 

「……」

 

「ここにいるのがあなたとリニスだけなら大丈夫なの。でも私がいると間違いなく全員死ぬ」

 

アリシアちゃんが縋るような目で私を見つめる。

 

「これは賭けだけど。全員が生き残るためにはこれしか方法がないの。お願い、判って」

 

アリシアちゃんはどうにも納得できていないような表情だったが私は説得を続け、最終的には漸く覚悟を決めた様子で頷いてくれた。

 

「ハーベスター、トランスポーターを」

 

≪…”Transporter” activated.≫【…『トランスポーター』起動】

 

私の足元に魔方陣が展開され、翠色の魔力光があふれる。座標は…無駄かも知れないけれど、私の自宅を指定した。

 

「じゃぁ、またね、アリシアちゃん」

 

次の瞬間、アリシアちゃんが私にしがみついてきた。

 

「アリシアちゃん!? ダメだよ!もう転送が始まる!」

 

「やだ!嫌だよぅ!!」

 

私はアリシアちゃんを振りほどこうとしたが、そのままトランスポーターからあふれた魔力光が私の視界を閉ざした。

 

四肢が引きちぎられるような感覚に襲われる。台風の中、海に飛び込んだらこんな感じなのかもしれない。それは明らかに通常のトランスポーターとは違う感覚だった。

左手でハーベスターをしっかり握りしめ、右手でアリシアちゃんの身体を抱きしめて、荒波に耐えるように体を丸める。

 

せめて「壁の中にいる」なんてことにならなければいい…そう思いながら私は意識を失った。

 




ちょっと短くなってしまいました。。
序章よりは長いですが。

これからも各話の文字数はばらばらになる予定です。。
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