正直、俺は少し焦り始めていた。なのはやヴァニラが頑張ってくれたおかげで、何とか7個のジュエルシードを回収することに成功している。だがこれはまだ1/3に過ぎないのだ。もしかするとテロリスト達はもっとたくさんのジュエルシードを入手できているのかもしれない。そう思うと居ても立ってもいられなかった。
しかも先週の金曜日に病院とプールで1つずつとんとん拍子に回収出来たにも関わらず、その勢いで迎えた週末には結局1個も回収出来なかった。週が明けた今日も学校帰りのヴァニラと合流し、なのはが塾から帰ってくるまでの間は捜索に当たったのだが、これも空振りに終わっている。ちなみにヴァニラはまだ葉桜の下を歩くことに対して抵抗があるようで、今日は桜台公園を大きく迂回して帰ってきた。
「なぁ、ミントちゃん。あまり気にしすぎない方が良いぞ。ミントちゃんやヴァニラちゃん達がこれだけ探して見つからないんだ。テロリストだって同じように苦戦している筈さ」
恭也さんや士郎さんはそう言って励ましてくれるが、病院の1件は実は俺にとって些かショックだった。
元々海鳴大学病院の敷地は、トリックマスター達が算出した落下地点には含まれていなかった。にも拘らず、ジュエルシードは存在していたのである。ヴァニラと恭也さんが最初に見た時、カラスがジュエルシードを咥えていたらしい。カラスといえば光物が好きで集める習性がある。恐らく、別のところで拾ったジュエルシードを持って来てしまったのだろう。
この可能性にはもっと早く気付くべきだったのだ。何しろ原作でも似たような描写はあったのだから。そう、翠屋FCのキーパー少年だ。あの少年は拾ったジュエルシードを持ち歩いていた。
幸いこの世界では、翠屋FCのキーパー君はジュエルシードを拾っていないことを確認済みなので問題はないが、同じようにジュエルシードを拾って、持ち歩く人がいてもおかしくは無い。
「…折角上手く出し抜いたと思ったのですが…振り出しに戻ってしまいましたわね」
「仕方ないよ。また頑張って探そう? わたしもレイジングハートと一緒に、一生懸命お手伝いするから」
「ええ。ありがとうございます」
気遣うように励ましてくれるなのはに笑みを返しながらお礼を言うと、今後の捜索方法について検討する。
「ねぇミントちゃん。ちょっと思ったんだけど、捜索範囲自体はトリックマスター達が算出した場所で良いんじゃないかな。エリアから持ち出されたものについては、誰が持ち出したのか判らない以上、結局発動待ちするしかないんでしょ? 」
「せやな。例のエリア・サーチやったっけ? あれでジュエルシードも捜索出来るんやったらええんやけど」
「そうですわね…サーチャーの多段活用が実用化できれば、海鳴一帯を捜索してみるつもりではいますけれど、それにしても視覚情報しか頼れない以上、困難ではありますわね」
サーチャーそのものが魔力感知を実行出来れば話は早いのだが、残念ながら魔力感知はあくまでも魔導師自身の能力であり、術式が確立された魔法とは異なる。従ってエリア・サーチの術式に魔力感知をそのまま組み込むことは出来ない。何よりサーチャーの多段活用の術式自体、トリックマスターが整理してくれてはいるものの未だ完成していない状態だ。
「せめて例の隠蔽魔法看破だけでも何とかしたいところではありますが…そもそもどうやれば隠蔽魔法を看破出来るのかが判っていない訳ですから、術式も構築のしようがありませんわね」
思わず溜息を吐いた。この点は何度もユーノと話し合ったのだが、未だ結論は出ていない。隠蔽看破をするためには、術者がかけた隠蔽魔法を上回る威力で解除、或いは無効化の術式を発動させる必要がある。仮に1度その術式が完成したとしても、更にそれを上回る隠蔽魔法をかけられたら同じことの繰り返しだし、いずれこちらの改良も頭打ちになってしまうだろう。
「確かにそれだと確実性に欠けるし、使い勝手も悪いよね」
アリシアとヴァニラも考え込んでしまった。
「…ねぇミントちゃん。これって、隠蔽魔法を必ず看破しないといけないのかな? 元々、テロリストがいるかどうかを確認するためのものだよね? 」
なのはが軽く手を挙げながら聞いてきた。
「別に無効化までしなくても、誰かが隠蔽魔法を使っているっていうことが判れば…あ、でもそれを出来ないようにするのが隠蔽魔法とか認識阻害だっけ。にゃはは、何言ってるんだろう、わたし」
照れ笑いをしながら手を引っ込めるなのはをじっと見つめた。そしてなのはを見つめながらユーノに声をかける。
「…ユーノさん、クラナガン・セントラル魔法学院で使用されていた、認識阻害を認識する術式について何かご存知です? 」
「ゴメン。さすがに構築式までは…でも、そうか。確かにあれの構築式が判れば、使えるかも」
「ヴァニラさんは? 何か聞いていませんか? 」
「…ゴメン、何の話か良く判らないんだけど」
確かヴァニラも26年前とはいえ、クラナガン・セントラル魔法学院に通っていた筈だ。話で聞く限りでは1年もしないうちに魔力駆動炉の事故でこちらに転移してしまったようだが、あれだけ全校生徒に認知されていたシステムを知らないというのは考えにくい。
「校内で魔法を使うのが許可制になっていて、念話以外の魔法は使うとすぐに検知されてしまうのですが…ご存じないのですか? 」
「うん、私が在籍していた頃も校内での魔法行使は禁止されていたけれど、みんな結構隠れて使っていたみたいよ」
在学中はあまり意識していなかったのだが、ヴァニラの話を聞く限り、どうやらあのシステムは少なくともここ26年の間に構築されたもののようだ。
「トリックマスター、長距離デバイス通信! エステルさんに回線を繋いで下さいませ」
数週間振りに言葉を交わしたエステルはすぐにミナモ先生に確認してくれた。さすがに学院で正規運用しているシステムということもあり、一朝一夕に教えて貰えるとは思っていなかったのだが「絶対に悪用しないから」とお願いしたところ、意外にもあっさりと使用許可が下りた。実は過去にも興味を持った卒業生が術式を尋ねたことがあり、その時にも構築式を公開した前例があるのだそうだ。
「…まさかミナモ先生とイノリ先生が共同開発した魔法だったなんて…知らなかったよ」
「開発者はともかく、わたくしとしてはこんなにあっさり学院のシステムに関わることを教えて貰えるとは思いませんでしたわ」
術式はすぐにトリックマスターに送られてきた。デバイス間通信の添付機能で送れる程度のサイズなので、それほど複雑なものではないだろう。ミナモ先生によると在学中の生徒に教えることは殆ど無く、また部外者であれば当然教えない。一部の学生と卒業生の中でも先生が信用できると判断した場合のみ術式の公開をしているのだとか。俺は念のため、ハーベスターとレイジングハートにも術式のコピーを渡しておいた。
「何にしても、今回は本当になのはさんのファインプレーでしたわね。ありがとうございます」
「うん! 良く判らないけれど、役に立てたのなら良かったよ! 」
嬉しそうにしているなのはに微笑み、届いた術式を確認する。案の定、複数の簡単な術式の複合魔法で、複雑なのはむしろ結合式の方だった。この術式は固定エリアでの発動を前提としたものだったため、エリア・サーチに組み込むためには手直しが必要で時間こそかかりそうだったものの、それ以外の問題は特になさそうだった。
「…っていうか、この探信波は反則だよ。認識阻害や隠蔽を看破するんじゃなく存在そのものを無視することで無効化させるなんて、そもそも発想が違うって。構築した先生達って間違いなく天才か、筋金入りの怠け者だね」
アリシアが溜息を吐きながらそう言った。
「え…何で怠け者だと凄い魔法を構築できるの? 」
「複雑な術式を組むのが面倒だから、何とか楽しようとして簡単な魔法を組み合わせようとするんだよね…大抵結合式が複雑になり過ぎて諦めちゃうんだけど、怠けるために努力出来る人はそれすら乗り越えちゃうの」
なのはがアリシアの説明を聞いて頻りに感心している。
「確かにこれなら隠蔽魔法を使用している魔導師も検知できそうですが…ジュエルシードの探索にはあまり効果が上がりそうにはありませんわね」
「そか、そっちが元々の目的やったなぁ」
「まぁ出来ないことを嘆いても仕方ない。明日は夕方以降なら俺も美由希も時間は取れるし、母さんたちにも言って少し捜索時間を長めにとってみようか」
恭也さんの申し出にお礼を言う。明日はアリサやすずかはバイオリンの稽古があるため、恒例の翠屋集合もない。捜索にはゆっくり時間をかけられそうだ。そう思うと、ほんの少しだけ気持ちが楽になった。
「トリックマスター、今構築しているサーチャーの多段使用術式が完成したら、こちらの術者感知術式を併用出来るよう、調整をお願いしますわね。今日明日中に、とは言いませんが、出来るだけ早いと助かりますわ」
≪Sure. I will do my best.≫【勿論、全力を尽くします】
少なくとも魔法のことに関しては、トリックマスターに任せておけば間違いはない。普段はふざけていることも多いが、ここ一番という時に助けになってくれるのもまた事実なのだ。
「ねぇミントちゃん、新しいエリア・サーチの名前ってどうするの? 」
不意にアリシアが聞いてきた。
「『ハイパー・エリア・サーチ』を改良したんだから、更にその上の名前になるんだよね? 例えば『ウルトラ』とか『アルティメット』とか」
「そんな仰々しい名前にするつもりはありませんわよ。改良とは言っても個人で使いやすい形にするための、言ってみればデチューンに近い訳ですし」
この魔法の本来の探索エリアは宙域単位なのだ。個人で使用するエリア・サーチにそこまでの広域探査は不要と言っても良い。以前ユーノと試行錯誤しながらも対艦に設定されていた対象も対人に変更してあるし、探索範囲もサーチャーの多段使用で漸く通常の「ワイド・エリア・サーチ」の倍程にはなっているが、元々の宙域単位での探索エリアとは比べるべくもない。
「精々、『スーパー・エリア・サーチ』といったところでしょうか。いずれにしても正式名称はちゃんとした術式が組み上がってからですわね」
少し残念そうにしているアリシアにそう伝える。まだ試作段階でしかない魔法なのだ。まずはトリックマスターが仕上げた術式を試した上で使用可能かどうかを確認しなければならない。正式名称など、その後で良いだろう。
「じゃぁ『暫定スーパー・エリア・サーチ(仮)』だね」
「アリシアちゃん、『暫定』と『仮』は同じ意味だから一緒には使わないようにね」
いつか、どこかで聞いたような言葉で、ヴァニラがアリシアに日本語の説明をしていた。
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翌日の放課後、バイオリンのお稽古に向かうアリサさんとすずかさんに無理にお願いして、鮫島さんの車に一緒に乗せて貰うことになった。
「たぶんPTSD(心的外傷後ストレス障害)じゃなくて、ASD(急性ストレス障害)だと思うから、1か月もすれば大丈夫になるとは思うんだけど」
巨大な毛虫を見たのが金曜日。土曜日は碌に眠れず、日曜日もことあるごとにあの毒々しい姿がフラッシュバックして眩暈や動悸、発汗などの症状があったのだが、昨日はその頻度が随分と減った。それでも桜台公園を通り抜けることは出来ず、塾に向かうなのはさん達とは公園の入り口で別れて、アリシアちゃんと大回りして帰宅したのだ。
「ヴァニラがそこまで怖がるなんて、よっぽど酷い目にあったのね。大丈夫? 刺されなかった? 」
アリサさんが少し心配そうに聞いてきたので、大丈夫だと答える。最初は笑い話にしようかとも思ったのだが、根が真面目で優しいアリサさんもすずかさんも、笑うどころか真剣に心配してくれた。
鮫島さんが車のドアを開けてくれたので、そこから後部座席に乗り込む。余談だが、5人乗りの車でも12歳未満の子供は大人の2/3換算になるので、子供5人に運転手を務める鮫島さんを加えても大人5人分になるのだ。最初は私が助手席でもと思っていたのだが、アリサさんがお客さんを助手席に座らせる訳にはいかないと言い張り、結局助手席にはアリサさんが座った。
「治るまではいつでも言ってくれて構わないからね」
桜台公園を迂回して貰えるだけで良かったのだが、結局鮫島さんは私達を翠屋まで送ってくれた。
「ありがとう、アリサさん。すごく助かったよ。鮫島さんも、ありがとうございます」
「いいのよ。じゃぁまた明日、学校で」
「はやてちゃんとミントちゃんにもよろしくね」
バイオリンのお稽古に向かう2人と別れた後で、今度は恭也さん、美由希さん、ミントさんと合流する。
「じゃぁ、私ははやてちゃんとお留守番してるね。みんな、気を付けて」
「緊急時は私に念話で連絡してな。ユーノ君でもええけど、私もアリシアちゃんも明るいうちは翠屋におると思うし」
シュークリームを両手で持つアリシアちゃんとはやてさんに見送られながら、私達はジュエルシードの捜索に向かった。なのはさんや私達の代わりに桃子さんのお手伝いをしてくれるのだから、あれくらいは役得だろう。
「今日こそは見つけますわよ」
意気込むミントさんが今日の捜索対象エリアに選んだのは、今までにも何度か捜索した海鳴中心街だった。いつでもそこそこ人が多く、発動する確率が高いため早いタイミングで対応しておきたかった場所なのだが、生憎と今までの捜索ではまだ発見に至ってはいない。
勿論誰かが持ち去ってしまっている可能性もあるのだが、ハーベスターやトリックマスター、レイジングハートの作成した地図では最低でも2つのジュエルシードがこのエリアに落下した可能性が高く、放置しておくことも出来なかった。
「どうする? 手分けして探そうか」
「いや、裏路地の探索なども考えると人数を分けるのはあまり好ましくないな。敵はどこにいるか判らないんだろう? 」
美由希さんの提案は恭也さんによって即座に否決された。全員で行動するのは探し物には不向きかもしれないが、万が一テロリストと相対した時の対応は確かにやりやすいだろう。
≪Sorry, but the detector has not been fixed yet. I will establish it as soon as possible.≫【申し訳ございません。感知用魔法は未だ調整が完了していません。現在鋭意作業中です】
さすがに昨日の今日では準備が出来ていないようだが、ミントさんは気にする様子もなく捜索を開始した。
「ハーベスター、一応魔力察知の感度は限界まで上げておいて。発動前のジュエルシードにどれだけ有効かは疑問だけど」
≪Certainly.≫【了解】
それから暫くの間、私達は街の至る所を捜索したのだが、ジュエルシードは見つからないまま時間だけが過ぎていった。
「そろそろ19時になるよ。恭ちゃん、一度かーさんに連絡入れた方が良いんじゃない? 」
「そうだな…残念だけど、今日はこのくらいで切り上げるか」
恭也さんが時計に目をやって、そう言った時だった。
≪Master, The magic power has been detected.≫【マスター、魔力反応を検知しました】
ハーベスターが発した音声に全員が注目した。だがハーベスターはそのまま黙り込んでしまい、その代わりに私達は予想外の人物から声をかけられることになった。
「…ヴァニラ? それになのは…ミントも、どうしたの? こんなところで」
「あ…恭也さん、美由希さん、こんばんは」
そこにいたのはアリサさんとすずかさんだった。
「にゃっ!? 二人こそどうしてここに? 」
「何言ってるのよ、さっきお稽古が終わって、これから帰るところに決まってるじゃない」
「え…でも車は? 」
「もうすぐ迎えが来るわよ」
なのはさんとアリサさんのやり取りをよそに、私はじっとすずかさんを見つめていた。彼女のポーチから発する微弱な魔力反応に気付いたからだ。
「すずかさん、もしかして、青い菱形の石を拾わなかった? 」
「え? うん、さっき向こうで拾ったよ。綺麗だったから持って帰ってみんなにも見せてあげようと思ってたんだけど、もしかしてヴァニラちゃんのだった? 」
「ううん、ミントさんのだよ。いくつか落としちゃったみたいで、丁度みんなで探してたの」
そっか、と言いながらすずかさんがポーチから取り出したのは、紛うことなきジュエルシードだった。XIVという刻印が入っている。
「ありがとうございます。助かりますわ」
ミントさんがジュエルシードを受け取ろうとすずかさんに近寄った瞬間、辺りに魔力反応が溢れた。それに呼応するようにドクン、とジュエルシードが発動する時の独特の魔力反応が発せられる。
「! ゴメン、すずかさん! 」
私は思わずすずかさんの手からジュエルシードを払い除けた。封印するよりも早く発動されたらすずかさんにも被害が出てしまうだろう。咄嗟の判断だった。
「また性懲りもなく…! 今回は通行人だって多いですのに! 」
ミントさんが珍しく悪態をつくのが聞こえる。辺りに満ちた魔力は明らかにジュエルシードの強制発動を狙ったものだろう。前回は発動直後にテロリストが結界を張っていたことを思い出した。彼らに結界を張らせてしまうと、恭也さんや美由希さんが中に残れない。
「封時結界! 」
私は規模が小さいことを承知の上で結界を生成した。更にセットアップしてバリアジャケットを展開する。ジュエルシードはすずかさんの手を離れて数メートル先に転がった後、何かを求めるかのように魔力の触手を伸ばし始めた。このまま放置すれば周囲の思念を取り込んで暴走してしまう。
「…何? 何なの? あれ…」
「ちょっと、ヴァニラ! これ、どういうこと!? 」
すずかさんとアリサさんの声が聞こえ、一瞬だけ固まってしまう。咄嗟に結界を展開した時に慌てていたため、恭也さんと美由希さんだけでなく、アリサさんとすずかさんまで結界内に取り込む設定にしてしまっていたのだ。
「ゴメン! 2人共、後で説明するから、今はここでじっとしていて。なのはさん、セットアップして。ジュエルシードをお願い! 」
「え…あ、う、うん! 」
「ハーベスター、『アブソリュート・フィールド』展開! 」
≪Sure. "Absolute Field" invoked.≫【了解。『アブソリュート・フィールド』展開】
アリサさんとすずかさんを翠色の完全物理障壁が包み込んだ。恭也さんと美由希さんは既に臨戦態勢で周囲を警戒している。ミントさんも既にセットアップを完了して6基の「フライヤー」を展開していた。その時、辺りに銃声が響いた。
「きゃっ! 」
なのはさんの悲鳴が聞こえる。
「なのはさん!? 大丈夫!? 」
「うん、平気! レイジングハートが防いでくれたから」
見るとなのはさんを護るように、ラウンドシールドが展開されていた。そしてその先にあるジュエルシードを挟んで反対側に、見覚えのある男が立っていた。先日、桜台公園でなのはさんに発砲した、あの男だ。
「なのはさん、こちらは任せて下さいませ。今のうちに封印を」
ミントさんが男の前に割り込みながらそう言った。
「さて、そううまくいくかねぇ? 」
男が嫌な笑いを浮かべると同時に、明後日の方向から射撃魔法が飛んできた。射出時の魔力の高まりは感じられず、射撃そのものの魔力で漸く感知できる。これがミントさんの言っていた隠蔽魔法だろう。そして次の瞬間、私が発動させた封時結界が破壊された感触があった。
「手間ぁかけさせやがって」
私の結界が破壊されても、それを外から包み込むように別の封時結界が展開されていた。銃の男の傍らには、いつの間にか10人ほどの男達がいたが、いずれも魔力は感じない。幸いなことに、恭也さんと美由希さんも結界に弾かれることなくその場にいた。
「この程度なら問題ない。美由希、サポートを頼む」
それぞれが銃器を装備し、攻撃している筈なのだが、恭也さんはそれらを易々と掻い潜ってあっという間に半数を打ち倒してしまった。たまにエンゲージが封鎖され、突出する敵がいても美由希さんがカバーして撃ち漏らしは無い。ミントさんも銃の男を圧倒しつつある。
問題はなのはさんだった。ジュエルシードの封印にかかろうとすると、何処からともなく射撃魔法が飛んできて行動を阻害されるのだ。なのはさんは飛行魔法を駆使して何とか攻撃を躱している状態だった。私は迷うことなくなのはさんのバックアップに向かった。
「あ、ヴァニラちゃん、ありがとう」
「今のままだとジュエルシードの封印は難しいね。射撃魔法を撃ってくる魔導師の場所が判ればいいんだけど」
「レイジングハート、昨日ミントちゃんに貰った感知魔法の術式ってあるよね。あれは使えないの? 」
≪It is technically possible. But I do not recommend you.≫【技術的には可能ですが、お勧めはしません】
レイジングハートの説明によると、例の感知魔法は固定エリアのみに対応しており、効果を持続させるためには発動させたデバイス自体はその処理に特化させ、更に固定しておく必要があるとのことだった。例えばなのはさんがレイジングハートを使ってこの魔法を発動させた場合、レイジングハートはバリアジャケットを構築することも出来なくなり、なのはさんは飛行魔法もデバイスのサポートも無しに敵と戦わなくてはならなくなるのだ。
「…なら、それは私の仕事だよね、ハーベスター」
≪I cannot consent it.≫【承服できません】
「ハーベスター、お願い」
私は地上に降りると、バリアジャケットを解除した。続けてハーベスターをその場に固定し、感知魔法を展開させる。
<ヴァニラちゃん、本当に気を付けてね>
なのはさんからの念話には大丈夫、と答える。ハーベスターが展開した3Dの周辺地図に魔導師の存在を示す光点が表示された。表示されたマーカーが示す敵はなのはさんの後ろに1人、私の直上に1人。
<なのはさん、左後方に注意して! >
プラズマ・シューターを真上に放ちながら、なのはさんに念話を入れる。私のシューターは回避されてしまったようだが、その瞬間、相手の姿が視認出来た。
「『オプティック・ハイド』…幻術系だったんだ」
オプティック・ハイドは術者や接触した対象を不可視状態にする魔法だ。これだけでも単純なセンサーなどは誤魔化すことも可能だが、ミントさんほどの術者が魔力感知すら出来ないことから、更に別の隠蔽魔法を重ね掛けしているのだろう。
なのはさんも私の指示した場所に誘導弾を撃ち込み、相手を実体化させることに成功した。オプティック・ハイドは対象が激しく動いたり魔力を大量に消費したりすることで展開した光学スクリーンの消費を加速させる。今までは都度かけ直していたのだろうが、位置を特定出来ればそれを上回るスピードで攻撃出来るため、こちらが有利だ。
と、なのはさんの相手をしていた魔導師が急にこちらに向かって射撃魔法を放ってきた。
「ヴァニラちゃん! 」
「大丈夫! 」
バリアジャケットを解除していても、身体強化までは解除していない。難なく射撃魔法を躱すと、魔導師は次にジュエルシードに向かって飛んだ。
「行かせないんだからっ! 」
なのはさんがバインドを放つ。だが横から飛び込んだもう1人の魔導師の身体にぶつかり、何故かバインドは消えてしまった。気が付けばバインドで拘束された筈の魔導師の姿も無い。
「これも幻術!? 」
ハーベスターの示す地図を再確認するよりも早く、なのはさんが魔導師を追ってジュエルシードの方に飛んだ。だが、あと少しと言うところで、今までの物とは比べ物にならないような、大きな、大きな衝撃が私達を襲った。
「!?」
なのはさんが封印のために伸ばしたレイジングハートにひびが入り、砕けた。同時に、それまでとは比べ物にならない濁流のような魔力が結界内で暴発し、天にも届くような青い光の奔流となる。その勢いで、なのはさんが弾き飛ばされてしまった。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ! 」
「なのはさん! 」
慌ててなのはさんのところに駆け寄ってヒール・スフィアを生成するが、幸いバリアジャケットを抜けたダメージは少なく、問題はなさそうだった。レイジングハートもコアにまで及ぶダメージを受けながらも、まだ何とかバリアジャケットを維持し、なのはさんを護っている。
「ありがとう。大丈夫だよ」
ホッとしたのもつかの間、ジュエルシードの暴走は止まらず、辺りを大地震のような揺れが襲い始めた。
「次元震ですわ! 」
ミントさんの声が随分と遠くで聞こえたような気がした。周囲の建物が崩れ始め、割れた窓ガラスが降り注ぐ。路面のアスファルトがひび割れていく。なのはさんに支えられて空中に移動したので問題はないが、地上にいたら立っていることも出来ないだろう。
「そう言えば…! 」
慌てて周りの様子を確認すると、アブソリュート・フィールドは未だ健在で、中のアリサさんとすずかさんも外の景色を呆然と見ていた。絶対物理障壁は次元震の揺れすらも遮断しているようだった。一方、表にいた恭也さんと美由希さんはバランスを崩しながらも何とか立っていた。降り注ぐガラス片からはミントさんが防御魔法を駆使して2人を護っていた。
今は結界があるから被害はこの空間にのみ留められているが、結界が無かったことを考えると身の毛がよだつ思いだった。これは正に映像でしか見たことの無い、大地震そのものだった。ミントさんやユーノさんが言っていた、世界を滅ぼす力、その一端を垣間見たような気がした。
「結界を破棄! 撤退するぞ」
そんな声が聞こえた。
「この状況で結界を破棄!? 正気ですの!? 」
「もう知るか! かけ直したければ勝手にやるんだな! 」
あの銃の男だった。ミントさんの叫びの意味を理解した瞬間、私も叫んでいた。
「なのはさん、封時結界! お願い!! 」
「ヴァニラちゃん!? 」
そしてバリアジャケットも無いままに高機動飛翔を行使すると、なのはさんを振り切ってジュエルシードのところへ飛んだ。そのまま素手でジュエルシードを掴む。
自分でも何をしているのか良く判っていなかった。ただ、ひたすら、私は念じ続けていた。
(止まれ…止まれ、止まれ、止まれ、止まれ…止まれっ! )
掌が焼けつくように痛む。皮がはじけ飛び、血が滴る感触。それでも手を離すわけにはいかない。包み込む。抑える。収束させる。飲み込む。そんな単語が頭の中を過った。それと同時に、私の両手に魔法陣が展開される。魔法名が自然と頭の中に流れ込んできた。
「グラヴィティ・コンバージェンスっ!! 」
溢れ出した周囲の魔力を圧縮していく。いや、飲み込んでいく。ともすれば私自身も飲み込まれてしまいそうな錯覚に陥りながら、必死に魔力を制御して対象をジュエルシードの魔力に絞った。
(止まれっ! 元の状態に…戻りなさいっ!)
気がつけば、ジュエルシードの暴走は止まっていた。そっと掌を開くと、すっかり爛れてしまった手の中にジュエルシードが納まっていた。周りを見渡せば次元震も止まり、なのはさんとミントさんが文字通り飛んでくるところだった。銃の男達は見当たらない。
立ち上がろうとしたのだが、魔力も体力も使いすぎたのか全く力が入らなかった。倒れそうになった私を誰かが支えてくれた感触があった。
「誰…か、封、印を…」
ああ、アリサさんとすずかさんにも事情を説明しないと。
そんなことを考えながら、私の意識はそのまま暗転した。
最近、ミントが全然活躍できていない気がしますが、気のせいです。。
次元震は原作で見た時、あまり凄いというイメージを持てませんでした。。
むしろ物質的な被害が出た、キーパー君事件の方がインパクトがあったように思います。。
そのため、今回次元震の描写は若干変更させていただきました。。
気分を害された方がいらっしゃいましたら、この場を借りてお詫びいたします。。