メディカルルームで話を続けるには若干手狭だったこともあり、俺達は一度ミーティングルームに移動することにした。
「思ったんだけど、あたし達っているだけお邪魔だったりする? 」
「何の役にも立てそうにないよね…話が話なだけに」
アリサとすずかが移動しながらそんなことを話しているのが聞こえてきた。
「ううん、実は2人にも別件でちょっと頼みたいことがあるんだよね~クロノ君、例のプロジェクトの件なんだけど、この子達にお願いしてもいいかな? 」
「あぁ、例の『味見』役か。最初はミントに頼もうと思っていたんだが、確かにこれから忙しくなるし、現地人の方が信頼できるか。構わないが本人達にはちゃんと了承を取ってくれよ。それとテロリストから攻撃を受けた場合を想定して、護衛も確りとな」
「判ってる。じゃぁ、アリサちゃんとすずかちゃんだったね。君達はこっちね~」
エイミィさんに連れられて離脱していくアリサとすずか。元々俺に頼むつもりだった仕事らしいので変なものではないと思いたいが、特に聞いていなかったことなので疑問に思う。
「えーっと、クロノくん? アリサちゃん達、どうしたの? 」
なのはも状況が掴めていないようで、クロノに確認していた。
「文字通り、味見をして貰うんだ。最近エイミィが第97管理外世界…君達の世界の料理にハマってしまって、艦内でスタッフに振舞った結果、食堂でメニュー化しようという動きが出たんだよ。元々ミントが提供してくれたレシピが殆どだからミントに味見もして貰おうと思ったんだが」
そう言えば大分前にプレシアさん経由でエイミィさんにレシピを提供した覚えがあった。平時ならはやても嬉々として参加しただろうし、俺としても興味は尽きないが、残念ながら今はロストロギア対策が最優先だ。
「ジュエルシードも闇の書もさっさと片付けて、わたくしもそっちのプロジェクトに参加したいものですわ」
「せやな。私もそっちのがずっと気楽なんやけど」
思わず漏れた呟きにはやてが答える。だがその顔を見ると、一生懸命笑顔を取り繕おうとしているようにも見えた。不安に思う気持ちも判る。いきなり複数の人間が死亡した事件の原因と関係があるなどと言われて、平静でいられる方がおかしいのだ。
そのはやての車椅子を押すヴァニラはさっきから一言も話していない。ギャラクシーエンジェル初期のヴァニラを彷彿とさせる無表情さで、何を考えているのかは見当もつかなかった。と、不意に顔を上げたヴァニラと目が合った。
<ミントさん、そう言えばユーノさんの姿が見えないけど>
<あ、夜て…さんの闇の書について、詳しく調べて貰うことになったのですわ。スクライアはそうした調べ物に便利な魔法を持っていますので。リニスさんとアルフさんもサポートで同行していますわよ>
突然のことだったので、うっかり「夜天の魔導書」と言いそうになってしまったのを、慌てて誤魔化した。然程意識していなければ「はやてさんの闇の書」と聞こえたことだろう。少し不自然になってしまったかもしれないが、ヴァニラがそれを気に留めた様子はなかったのでホッと胸をなで下ろす。
実は高町家に現れた不審者が「守護騎士」、「主」と言う言葉を使用したことや、幼女1名を含む女性3人と男性1人の構成であったことなどから、連絡直後からクロノが闇の書の可能性に思い至っていたのだ。はやてへの確認は念のため行ったに過ぎない。
俺はメディカルルームに到着する前のやり取りを思い返していた。
「どう考えたって、これは闇の書だろう! 第一級捜索指定のロストロギアだぞ! 本来なら発見次第即封印するようなものだ! 」
「怒鳴らないで下さいませ。わたくしが言いたいのは、その闇の書の主が何も知らない、たった9歳の女の子だということなのですわ。その為人はクロノさんだってお分かりでしょう? 」
恭也さんが士郎さんからの連絡を受け、状況を説明した途端、クロノは動こうとした。端的に行ってしまえば、1人で封印に向かおうとしたのだ。一番苦労したのは、闇の書がどういう物なのかを知らない振りをしつつ、情報を引き出すことだったのだが、幸いリンディさんが簡潔且つ的確に説明してくれたおかげでその部分の齟齬は無くなった。
「いつもクロノさんに言われていたことを、全てお返しさせて頂きますわ。1人で封印に向かうなんて、それこそ無謀の極みです! 」
「そうね、そこはミントさんの言う通りだわ。まずは確りと準備をすること。人員の確保も勿論だけど、闇の書に関する情報も収集しておいた方が良いでしょうね。エスティア事件の時ですら、ろくな情報が集められなかったのだから」
そこまで言われて、クロノは漸く止まったのだ。明らかに不本意であるという表情はしていたが。
「それにしても、そんな事件があったなんて知りませんでした…学院では11年前にL級艦船の事故があったっていうことだけは教えて貰ったけれど、まさかロストロギアが絡んでいたなんて」
「11年前の事件はちょっと特殊だったのよ。被害が出たのは直接相対した管理局員だけ。遺族も管理局の関係者が殆どだったわ。これは前の闇の書の主が管理局員だったことも関係しているの」
ある管理局員が闇の書の存在に憑かれてしまったのが全ての始まり。封印すべきロストロギアであることを認識していながら、自らの命が危機に瀕した時、現実から逃げ出して書に自分自身を取り込ませてしまったらしい。この直後の暴走で百人以上の管理局員が犠牲になった。
何とか仮封印することに成功し、永久凍結が可能な無人世界に移送していたのだが、書に組み込まれていた防衛機構が封印を解除して活性化し、艦を取り込んで暴走を始めたのだそうだ。この時犠牲になったのがH(アッシュ)提督率いるL級2番艦、エスティア。ここは俺の原作知識に近い結果となり、アルカンシェルを撃ち込まれて轟沈したらしい。
発端が管理局員であったことから情報が操作されて、11年前に起きた闇の書事件は一般市民には隠蔽された。こうして闇の書は一部の関係者を除いて、数ある都市伝説の一つ程度に捉えられることになった。
「そうですわ、クロノさん、リンディさん、『ギル・グレアム』さんと言う方に心当たりはありませんか? ヴァニラさんに聞いたところ、以前はH(アッシュ)提督の上司だったとか」
「知っているも何も、11年前のエスティア事件でアルカンシェルを発射した本人だよ。そのことをずっと気にしておられた。あの時はそれ以外に方法が無かったことを、みんな判っているのに」
クロノの言葉で、エスティア事件に関する俺の原作知識がそれ程大きく乖離していないことが確認出来た。
「階級としては同じ提督だけど、実質的には顧問のような立場の方よ。それがどうかしたの? 」
「はやてさんの後見人の方…お名前が『ギル・グレアム』さんとおっしゃるそうですわ」
「! そんな…まさか」
ギルという名も、グレアムという姓も、英語圏ならば普通に存在する。偶然の一致という可能性も無いとは言い切れないのだが、偶然と切り捨てるには符号する情報が多すぎた。クロノも同じように考えたのか、暫くの間額に手を当てて考えるような素振りを見せた。
「…確かに事前の情報収集は必須だな。ミント、さっきは怒鳴ってしまってすまない。因縁のあるロストロギアなだけに冷静さを失っていたようだ」
「いえ…こちらこそ少し気が立っていたようですわ」
そもそも今回の件は、俺も全く想定していなかったことだった。ヴォルケンリッターが顕現するのははやての誕生日である6月4日だと思い込んでいたのだ。しかもはやてがいない状態で闇の書が起動出来るなど、考えたことすら無かった。ここでも無意識のうちに原作知識をあてにしてしまっていたことに苛立ちを覚える。
これもその原作知識によるものではあるが、闇の書は長期間蒐集行為が行われない場合に主のリンカーコアを侵食し、魔力を吸収するものだった筈だ。俺が魔力を譲渡したことによってヴォルケンリッターを顕現させるだけの魔力が早めに集まり、顕現時期が早まった可能性も十分に考えられる。俺は掌に爪が食い込む程、拳を握りしめた。
「まずは闇の書に関する情報を出来るだけ集めよう。はやてには事情を全て話して、守護騎士が蒐集を開始しないようにブレーキ役を務めて貰う。それと並行して、ジュエルシードの回収とテロリストの対応も必要か…人手がいくらあっても足りないな。局に応援要請を入れたいところだが、グレアム提督の件がはっきりするまでは下手に情報を漏らさない方が良いだろうし」
「クロノさん、わたくしも協力しますわ。ヴァニラさんへの説明には気を遣う必要があるでしょうけれど、なのはさんにも協力をお願いしましょう」
「僕も手伝うよ。ミントばかりに負担をかけられないし」
「すまない。そうして貰えると助かる」
クロノは意外なほど素直にお礼を言ってきた。そしてまずは本局の無限書庫で情報を収集することになり、これにユーノが立候補した。探索や資料の確認に便利な魔法を持っているユーノは情報収集に適任ということで、問題なく許可が下りた。実は噂に聞く無限書庫に行ってみたいという欲求が半分くらいはあったということを、暫く後になって本人から聞いた。
「本局までの長距離転送はアースラのポートから可能ね。後は到着後の案内とサポートだけど…リニスさん、お願いできるかしら」
「了解です。アルフも一緒に連れて行きますね。あの子、あれで結構こういうことに鼻が利く方ですし」
情報収集は早い方が良いということで、ユーノ、リニス、アルフは早速本局に飛ぶことになった。
「ユーノさん、頑張って下さいませ。成果を期待していますわ。リニスさんもアルフさんもお気を付けて」
「うん、任せておいて。ミントもあまり無茶はしないようにね」
「都合がつき次第、追加のサポート要員を送る。頼んだぞ」
ユーノ達が移動した後、俺達はエイミィと連絡を取り、情報共有と協力要請のためメディカルルームに向かったのだ。
「…という訳だ。我々としては闇の書を暴走させるわけにはいかないが、だからと言って放置しておくことも出来ない。対策をしたくても情報が殆どない状況では迂闊に手も出せない。不本意だが、何らかの打開策が見つかるまでは出来るだけ現状を維持したいんだ」
ミーティングルームに到着した後、クロノが現時点で判っている闇の書の説明を行い、はやてに協力を依頼した。主として認められたはやてであれば、守護騎士を抑えておくことも出来るかもしれないというのがクロノやリンディさんの見解だったし、プレシアさんもその意見には肯定的だった。
「私で役に立てるんやったら、是非。なのはちゃんの家にも迷惑かけとるようやし」
はやても闇の書の概要を聞いた所為か、現状ではヴォルケンリッターに対して警戒心を持っているように見える。本来ならはやてが彼等を無条件に受け入れ、お互いの信頼関係を築いていく筈だったのだが、これが悪い方向に行かないことを祈るばかりだった。その時、それまで黙っていたヴァニラが口を開いた。
「すみません、私も一緒に行って構いませんか? 」
恐らくエスティア事件のことが気になっているのだろう。もしかしたらヴォルケンリッターに問い質すつもりなのかもしれない。クロノもそれを察したのか、頷いて答えた。
「判った。はやてとヴァニラの2名は、一応念のため武装隊に護衛させよう」
「ちょっと待って下さいませ」
思わず口をついて出た言葉に、その場にいた全員の視線が集中した。
「どうした? ミント」
「闇の書の守護騎士はベルカの騎士だそうですわね? 以前魔法学院でベルカ語の授業の時に教わったのですが、有名なお話で『和平の使者なら槍は持たない』という言葉があるそうですわ」
「それは確か、小話のオチだった筈だが」
クロノはすぐに俺の意図を察したらしくそう反論したが、プレシアさんとリンディさんは逆にこちらに味方してくれた。
「確かに武器で脅して会話をしようとしても、相手は意固地になってしまう可能性が高いわ。ヴァニラちゃんが守護騎士と話したいなら、彼らの目の前で主であるはやてちゃんにハーベスターを預けるのも効果的だと思うわよ」
「そうね、魔導師が自分のデバイスを預けるというのは信頼に値するわ。それにあまり管理局が表立って動いている印象を与えて刺激したくないわね」
「プレシア女史も艦長も甘すぎです! 例えはやてを主と仰いでいても、相手は第一級捜索指定遺失物ですよ? どんな行動を取るか判らない以上、万全を期すべきです」
クロノの言い分も判らないではないが、このままでは進展がない。そう思っていると、フェイトが意見を述べた。
「クロノ、私も一緒に行く。バルディッシュをセットアップしていなくても2人を護るくらいは出来るから」
「俺も一緒に行こう。というか、自分の家に帰るだけなんだが」
「あ、それならわたしも! えっと、レイジングハートをユーノくんに無断ではやてちゃんに預けるのはどうかと思うから、今のうちにミントちゃんに渡しておくね。はい」
恭也さんとなのはも参加を表明した。そしてなのははクロノの許可を待つよりも早く、俺にレイジングハートを押し付けてくる。苦笑しながらも受け取ると、クロノも溜息を吐きながら言った。
「判った。許可しよう。だが本当に、重々注意してくれよ。それからミントは悪いがジュエルシード探索の件で少し打ち合わせをさせてくれ」
「了解ですわ」
こうして恭也さん、なのは、フェイト、はやて、ヴァニラの5人が一時海鳴に帰還することになった。
=====
高町家に戻ると、そこは何故か予想していたよりもずっと和やかな雰囲気だった。
「え…っと、ただいま…? 」
戦闘をしているような気配が全く感じられなかったので、なのはさんが恐る恐る声をかけて居間のドアを開けたところ、驚いたことに見慣れない4人の男女は居間でお茶を飲んで、シュークリームを食べていた。
「あ、なのは! おかえりなさい。恭ちゃん、ヴァニラちゃん、アリシアちゃん、はやてちゃんも」
美由希さんが唖然としている私達に声をかけてきた。どうやらフェイトさんをアリシアちゃんと見間違えている様子だったが、訂正するよりも早くその4人の男女が立ち上がり、はやてさんの目の前に並ぶと跪いた。
「闇の書の起動を確認したものの、主様の反応が近くに無かったため心配しておりました。本来であればいついかなる時でもお傍に控えるべきであったのですが、果たすことが出来ず申し訳ございません」
「改めまして、我ら闇の書の蒐集を行い、主様を守る守護騎士にございます」
2人の女性が詫びるようにそう告げる。金髪の女性の言葉を聞いた時、はやてさんが少しだけ顔を顰めたような気がした。更に唯一の男性と、私達と然程歳の違わないような少女が続ける。
「夜天の主の下に集いし雲」
「ヴォルケンリッター、何なりとご命令を」
「えっと、みんなまず顔を上げてくれる? あぁ、念話は使わんでええよ。あと出来たら立ち上がってくれると嬉しいんやけど」
一通り口上を終えた様子の彼らに対してはやてさんがそう言うと、4人はその場で立ち上がった。クロノさんは彼らのことを闇の書が作り出したプログラムであり、とても危険だと評していたが、こうしてみる限りでは若干感情に乏しいくらいで、それ以外は全く普通の人間に見える。
「あ、と。すまないな。大丈夫な様子だから、俺は一度部屋を出ているよ」
恭也さんが少し顔を赤らめながら居間を出る。どうやら女性陣が身に着けていた服がインナーのようなものであったために気を遣ったようだ。
「あっ、じ、じゃぁ、あたしは一度翠屋に戻るね。何かあったら連絡して」
美由希さんもそう言うと、何故か逃げるように部屋を出た。残された私達は改めて守護騎士達と向かい合った。いきなり攻撃を仕掛けられるような雰囲気ではないものの、多少警戒されているのが見て取れる。
「ところで主様、この者達は…? 」
「せやな、まず自己紹介しよか。私は八神はやて。ここにおるんはみんな私のお友達や。右側におる栗色の髪の子がなのはちゃん、車椅子を押してくれとる翠髪の子がヴァニラちゃん、左側の金髪の子がフェイトちゃんや。で、ここは私が今お世話になっとるなのはちゃんの家やな。みんなの名前も教えて貰える? 」
はやてさんがそう言うと、守護騎士が一人ずつ名乗った。桃色の髪の女性が烈火の騎士シグナム、金髪の女性が湖の騎士シャマル、赤い髪の少女が鉄槌の騎士ヴィータ、そして唯一の男性が盾の守護獣ザフィーラと言うのだそうだ。それに続いて、私達も改めて自己紹介をした。
「ところでみんなは何でシュークリーム食べとったん? 最初は一触即発状態やって聞いとったんやけど…? 」
一通り自己紹介を終え、はやてさんが思い出したようにそう尋ねた瞬間、守護騎士たちは慌てたようにまた跪いてしまった。
「申し訳ございませんっ! 主様を差し置いて頂くべきではないと思慮はしたのですが…」
「あ…いや、そこを咎めとる訳やのうて…状況を教えて欲しかったんやけど」
騎士にあるまじき失態! と騒ぐシグナムさんを落ち着かせて話を聞いてみると、どうやら闇の書が起動し守護騎士が顕現した際に、近くに主の気配を感じなかったため部屋を出たところで美由希さんと鉢合わせ。いきなり攻撃を受けたために応戦したらしい。
「…美由希さんがいきなり攻撃を仕掛けるなんて、ちょっと信じられないんだけど」
美由希さんが自分から手を出すことは殆ど無い。半年間一緒に生活をしてきて、彼女がとても優しい人物であることは身に染みていたので、思わずそう呟いてしまった。
「あぁ、その誤解は既に解けた。どうやら我らが着ているこの服は、この世界ではあまり一般的ではないようでな。当初は変質者と疑われていたようだ」
漸く落ち着いた雰囲気のシグナムさんがそう説明してくれた。改めて見れば、確かにインナーとしか言いようがない黒い服に身を包んだ彼等は、私の目から見ても少し…痛々しかった。
「でもそれならお姉ちゃんもお父さんも、状況が変わった時に連絡をくれればよかったのに」
「すまないな。恐らくそれは我らの所為だ」
何でも士郎さんが恭也さんに連絡を入れた後も暫く睨み合いが続いていたらしいのだが、均衡が崩れたのは桃子さんが紅茶とシュークリームを持って来たことが切欠だったのだとか。毒気を抜かれて武器を下ろしたことで緊張感が一気に失われた。士郎さん達にリンカーコアが無かったことも守護騎士達の戦意を削ぐ理由の一つだったらしい。
「で、あまりのギャップに連絡するのを忘れてたってこと…? 」
確かにさっきの美由希さんは若干挙動不審だった。連絡を失念していたことに対して居た堪れなく思っていたのに違いない。だが正直なところ、私自身もアースラで聞いていた話とは随分と印象が異なる守護騎士に戸惑っていた。最初の内はみんな感情に乏しいように思っていたのだが、私達と話し始めてからほんの少しの時間しか経っていないにも関わらず、焦りや苦笑といった感情表現が少しずつだが出来てきているようだった。
だからこそ、私達は彼女達が第一級捜索指定ロストロギアのプログラムであるということを実感できずにいた。頭では理解しているつもりなのだが、実際に話をしてみると普通の人間と会話するのと全く差異が無いのだ。だからシャマルさんが発した言葉に私は虚を突かれ、すぐに反応出来なかった。
「ではそろそろ蒐集を始めたいと思いますが…お友達は蒐集対象外でしょうか? 」
「あ…ああっ、あかん! ダメや! 蒐集はせんといて! 」
はやてさんが即座に対応出来たのは賞賛すべきところだろう。
「…判りました。ではお友達は蒐集対象外ということで」
「そうやのうて。蒐集行為自体、せんで欲しいんよ。蒐集するいうことは、他人様にご迷惑をおかけするっちゅうことや。そんなことは、しとうない」
はやてさんの言葉に、今度こそ守護騎士達は明らかに驚きの表情を浮かべた。
「何故です? 我らは蒐集を行い、主様を護るための存在です。それに闇の書を完成させることが出来れば、主様は大いなる力を得ることが出来ます。見たところ足を悪くされている様子ですが、それすら治すことが出来るかもしれないのですよ」
「それでもや。何度も言うようやけど、他人様を私の身勝手な願いの犠牲にするのはあかん」
はやてさんはそう言うと、守護騎士達をじっと見つめた。
「蒐集いうんは、対象の身体に極端な負荷をかけると聞いとるよ? やり過ぎたら、それこそ命に関わることもあるそうやな。私はみんなにそんなことをして欲しくない」
「…判りました。それが主様の願いであるなら」
シグナムさんが深く頭を下げ、他の3人の守護騎士達もそれに倣う。これで口約束とはいえ、守護騎士達は蒐集をしないことを約束させることが出来た。ホッとしていると、はやてさんが私の方を振り返り、そっと声をかけてきた。
「ヴァニラちゃん…」
私は最初、守護騎士にエスティアが沈んだ時の話や、蒐集行為を行った時の話を聞こうと思っていた。ただそれを聞いてどうしたいのかと問われると、自分でも良く判らなかった。もしかしたらお父さんが死んでしまったことの原因を彼らに求め、非難したい気持ちがあったのかもしれない。でも、はやてさんの不安そうな瞳を見た瞬間、そんな気持ちは失せていた。
今までのはやてさんとの会話を聞く限り、私は守護騎士達を危険なプログラムとは思えなくなっていた。彼らには明らかに感情が芽生え始めているようだったし、主であるはやてさんのことを案じて行動している様子だったからだ。だから私が彼らに聞いたことは、過去の事件とは全く関係ないことだった。
「守護騎士のみなさんに聞きたいことがあります。ご覧の通り、はやてさんは今両下肢麻痺を患っています。私は治癒術師を目指しているのですが、残念なことに彼女の麻痺の原因は特定出来ませんでした」
一度言葉を切って守護騎士達を見ると、彼らも真剣にこちらの話を聞いてくれている様子だった。私はそのまま続けた。
「ですが、彼女のリンカーコアから決して少なくない魔力が漏れ出していることが判りました。そしてそれが身体に影響を及ぼしているのではないかと思っています。状況から考えて闇の書が影響しているのではないかと思うのですが、何かご存知ありませんか? 」
何故かはやてさんが驚いたような表情で私を見ていた。
「シャマル、判るか? 」
「ちょっと待って…クラールヴィント」
シャマルさんがそう言うと、指輪が青磁色の淡い光を発する。どうやら彼女のデバイスのようだ。暫くの間、その光がはやてさんの両足をスキャンしている様子だったが、やがてシャマルさんがふっと息を吐いた。
「確かにかなりの量の魔力が闇の書に供給されているみたい。ただ原因についてはちょっと…」
「そうか」
シグナムさんはそれに頷いて返すと、私の方を見た。
「H(アッシュ)と言ったな。すまないが、我々は闇の書のシステムについては関知することが出来ない。確かにお前が言うように魔力は闇の書に流れているようなのだが、それが何故なのかは知らされていない」
「そうですか…」
シグナムさんの話を引き継ぐように、ザフィーラさんが話始めた。
「そもそも我らは主様を護る存在、そして闇の書を完成させるために魔力を蒐集する存在として闇の書に登録されている。それ以外の情報は不要ということなのだろう」
その時、ふと違和感を覚えた。シグナムさんは「知らされていない」と言った。ザフィーラさんは「不要と言うことなのだろう」と言った。これは明らかに守護騎士達の上の立場の存在がいることを示唆している。だが彼等は主であるはやてさんに付き従う騎士だ。そしてはやてさんがその辺りの事情を知っているとは考え難い。
「もしかして…貴方達を統括するような立場の方がいらっしゃるのですか? 可能ならその方とお話ししたいのですが」
「闇の書の管制人格が存在するが…我々も現状ではコンタクトを取ることは出来ないな」
「そうですか。ありがとうございます」
どうやら現時点ではこれ以上の情報は望めそうにないが、はやてさんの治療には矢張り闇の書の情報が不可欠であることが再認識出来ただけでも収穫があった。
「ヴァニラちゃん…ゴメンな。ホンマやったら責められて当然やのに」
はやてさんが申し訳なさそうにそう言ってきたので、首を振って答える。
「誰かを責めても死んだ人は帰ってこないよ…それよりも私ははやてさんの身体を治したい。今ユーノさん達も無限書庫で調査をしてくれているから、きっと何か判るよ」
だがそう言った途端、その場の空気がこれ以上ない程に張り詰めた。
「無限書庫…てめぇら、管理局だったのか!? 」
叫んだのは今まで殆ど言葉を発していなかった赤毛の少女、ヴィータさんだったが、それ以外の守護騎士達も明らかに警戒の色を強めていた。ぶつけられる敵意に思わずたじろいだが、私達を庇うような形でフェイトさんが一歩前に進み出た。手にした金色のプレートをはやてさんに手渡すのを見て、私も慌ててハーベスターをはやてさんに預ける。
「時空管理局嘱託、フェイト・テスタロッサです。闇の書が第一級捜索指定ロストロギアであることはご存知のようですが、今日は戦闘をするつもりはありません。『和平の使者なら槍は持たない』の言葉通り、デバイスも貴女達の主に預けました」
クロノさんは所詮小話のオチと言ってはいたが、明らかにぶつけられる敵意は緩んだ。相変わらずヴィータさんだけはこちらを睨んでいるが。
「そ、そうや。みんな落ち着いて。フェイトちゃん、ゴメンな。私がちゃんと止めなあかんかったのに」
気が付くと、いつの間にか恭也さんも部屋に戻っていた。雰囲気を察してカバーに入ってくれていたようだ。
「はっ、管理局があたし達を拘束しないで何するってんだよ」
「私は一嘱託で、管理局の総意を述べることは出来ません。ですが私達が所属している次元航行艦の意見としては、当面の間不戦協定を結びたいと考えています」
守護騎士は蒐集のために動かない。アースラチームは守護騎士が蒐集行為を行わない限り、拘束などはしない。勿論フェイトさんが言うように、これは管理局の総意ではないから情報統制は必要だ。
「聞く限り、こちらに不利な条件はなさそうだ。私は受けても良いと思う」
「そうね。蒐集行為はしないのだから、管理局と事を荒立てる必要がなくなるのは歓迎すべきことだわ」
ザフィーラさんもシャマルさんも、こちらの提案を好意的に受け止めてくれているようだ。ヴィータさんは相変わらずこちらを睨んでいるようだけれど、口出ししてこないところを見ると異論はないのだろう。
「判った。その条件を飲もう。だが良いのか? そちらにはあまりメリットが無いように思うが」
シグナムさんの問いに、フェイトさんはゆっくりと首を振った。
「闇の書を封印するとなると、恐らく主ごとということになります。私は…私達は友達を封印したいとは思いません」
その為にも、出来るだけ早いタイミングで闇の書の調査結果が出ることを祈るばかりだった。
=====
おまけ。
フェイトさんとシグナムさんが協定に合意して握手した時、私の隣で大人しくしていたなのはさんが恐る恐ると言った感じで口を開いた。
「えっと…折角だからみんなともお友達になれないかな…? 」
「……」
「あうぅぅ…」
ヴィータさんに睨まれて、委縮してしまっているようだ。と、ヴィータさんがふっと息を吐いた。
「言っとくが、あたしはまだお前達を完全に信用した訳じゃないからな。でも主様の友達ということだから、偶に付き合うくらいはしてやるよ、高町にゃのは」
それを聞いたなのはさんの顔がぱっと明るくなった。
「なのは、だよ。高町な・の・は。よろしくね、ヴィータちゃん」
「ちゃん付けはやめろ、高町にゃはは」
「酷くなってる!? 」
なのはさんとヴィータさんが若干空気になってしまったので、強引におまけを入れました。。
「睨んでねーです」も良いかと思ったのですが、さすがに今の状況にはそぐわないですね。。
いつも通りの有耶無耶感で守護騎士との戦闘も避けてしまいましたが、はやてさん本人はなのはさんとは違い、まだ完全には守護騎士を受け入れていない感じです。。