他愛もない日常のメロディー   作:こと・まうりーの

63 / 83
第14話 「ストレス」

「フェイトさんから連絡があったわ。無事、守護騎士達と不戦協定を取り付けたそうよ」

 

それはジュエルシード回収の方針や、万が一テロリスト、特にルル・ガーデンと相対した時の対応などについての打ち合わせが粗方終わった時だった。リンディさんの言葉にホッと胸をなで下ろす。正直なところテロリストと戦いながら守護騎士を警戒するなど、遠慮願いたいところだった。

 

「ですが艦長、不戦協定はあくまでも一時的なものです。いざとなったら破棄しなければならない可能性もあります」

 

「出来れば、そうならないことを祈りますわ…いずれにせよ、ユーノさん達からの連絡待ちですわね」

 

「…僕だって好んで守護騎士と戦いたい訳でも、はやてを封印したい訳でもないんだ…だが最悪の事態だけは常に考慮しておいてくれ」

 

クロノの言葉に頷いて返す。

 

「さてと…僕も少し本局の方に行ってくる。君がくれた宿題を色々と片付けないといけないからな」

 

「お手数をおかけしますわね。よろしくお願い致します」

 

ブリーフィングルームを出ると、クロノはそのままポートに向かった。

 

「行ってらっしゃい。気を付けてね」

 

何処からともなく白いハンカチを取り出して振るリンディさんをみて、この人も変わらないな、と思う。クスリと笑った後、俺はリンディさんと一緒に食堂に向かうことにした。恐らくアリサやすずかがまだいる筈だし、エイミィさんにスーパー・エリア・サーチの術式を見せる約束もあったからだ。

 

「じゃぁ申し訳ないのだけれど、ルル・ガーデンが出てきた時はさっきの打ち合わせ通り、ミントさんが前衛でお願いするわね。本当なら外部協力者を危険に晒すようなことはしたくないのだけれど」

 

「いえ、むしろわたくしの方からお願いしたようなことですから問題ありませんわ」

 

矢張り死の呪いを回避できるという実績は大きい。本当ならヴァニラも同じなのだが、根拠を示すことが出来ない上に彼女の本分は治療や回復だ。ならばここは俺が矢面に立つべきだろう。ただ今まで何とかなっていたとはいえ、さすがに毎朝やっている棒術の練習だけでは心許ない。

 

「もしよろしければ、武装隊の方々と一緒に訓練させて貰えると嬉しいですわね」

 

「それは勿論よ。何の準備も無しに戦わせるわけにはいかないわ」

 

≪There will be no problem if I support you when you fight.≫【私がサポートすれば問題ありませんよ】

 

「トリックマスター…励ましは嬉しいのですが、その自信には根拠が全くありませんわよ」

 

そんな会話をしながらアースラの通路を歩いていると、不意に声をかけられた。

 

「あ、ミントちゃん! 丁度良かった」

 

そこにいたのはアリシアとプレシアさんだった。

 

「さっきなのはちゃんからレイジングハート預かってたよね? ちょっとデータをコピーさせて貰いたいんだけど、いいかな? 」

 

「あぁ、例のなのはさん専用デバイスですわね。本来ならユーノさんの許可を取るべきなのでしょうけれど…」

 

そう言うと、俺は先程なのはに渡された紅い宝石を取り出した。

 

≪No problem. You are configured as my sub master. Therefore, your order is potent if my master is absent, including emergency case.≫【大丈夫です。貴女はサブマスターとして設定されているので、緊急時を含むマスター不在時の指揮権があります】

 

「あら、そうでしたの? 聞いていませんでしたわ」

 

どうやらユーノが俺の知らないうちに設定を組み込んでいたらしい。苦笑しながら、レイジングハートをアリシアに手渡す。

 

「助かるわ。折角だからバリアジャケットや、使用魔法のデータはコピーしておきたかったのよ。デバイス使用時のクセなんかも判れば調整しやすいし」

 

「データコピーが終わったら後は最終調整だけだから、早ければ明日にでもお披露目出来ると思うよ! 」

 

2週間程前からプレシアさんがリニスと一緒に開発してきたデバイスだ。リニスが無限書庫に行っている間はアリシアも製作を手伝っているらしい。普段から仲の良いアリシアが手掛けたデバイスなら、なのはも喜ぶことだろう。

 

「わたくしも楽しみにさせて頂きますわ。少しアリサさんやすずかさんの様子を見に行きますので、終わったら声をかけて下さいませ」

 

プレシアさん達と別れると、俺はリンディさんと食堂に向かった。懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「…随分と良い匂いが漂ってきますわね」

 

「最近はずっとこんな感じよ。メニューも幅が広がって嬉しいわ」

 

リンディさんが微笑みながら言う。

 

「ちなみにリンディさんのおすすめメニューは? 」

 

「そうねぇ…かぼちゃの煮物とか、肉じゃがは大好きよ」

 

安定のリンディさんは普通の料理でも、矢張り甘いものの方が好きなようだった。苦笑しながら食堂に入ると、丁度アリサとすずかがエイミィさんと何やら話をしているところだった。

 

「あ、ミントちゃんに艦長。お疲れさまです」

 

エイミィさんがこちらに気付いて笑顔を向けてきた。それと同時にアリサとすずかも振り返る。

 

「ご苦労さまです。味見の方はどうでした? 」

 

「うん、どれもとっても美味しいよ。ちょっとずつしか食べられないのが残念なくらい」

 

「ところでミント、さっき話していた件はもう片付いたの? なのは達の姿も見えないけれど」

 

アリサがそう聞いてきたので、なのはやヴァニラ、はやてが守護騎士との話し合いに一度海鳴に戻ったことを説明した。もしかしたら自分達を置いて行った、と騒ぐかとも思ったのだが、返ってきた答えは「ふーん」という淡白なものだった。

 

「…思ったより落ち着いていますわね」

 

「そう? これでも結構舞い上がっているんだけど」

 

「なのはちゃん達も、またこっちに戻るんでしょう? ならそれまでは折角の宇宙船を堪能しないと」

 

どうやら自分達の知的好奇心が不安感を上回っている様子だった。特にすずかは色々と技術的な方面に興味を持ったらしく、エイミィさんにも色々と質問をしていた。以前聞いた話では工学系の専門職を希望しているとのことだったが、今回のことでデバイスマイスターにも興味を持った様子だった。

 

一方のアリサはと言えば、エイミィさんに食材だけでなくそれ以外の地球文化について色々と説明している。もしかしたらそのうち、対ミッドチルダの物流に手を出すことも考慮しているのかもしれない。

 

「2人共、まだ若いのに立派ねぇ」

 

リンディさんの呟きに思わず頷いた。アリサもすずかも、確りと将来を考えた行動を取っているように見えた。

 

「でも、ミントさんも十分立派よ。確かに危険なことではあったけれど、たった1人でテロリストに立ち向かった勇気を否定することは出来ないわ」

 

「1人ではありませんでしたわ。ユーノさんもいましたし。それに勇気とはいっても、わたくしはただブラマンシュを…ブラマンシュのみんなを護りたかっただけですわよ」

 

「それは間違いなくミントさんの勇気よ。そしてそれによってブラマンシュは確かに救われたの。自信を持っていいわ」

 

別に将来を見据えてとった行動という訳ではなかったのだが、リンディさんに面と向かってそう言われると、少し照れ臭い感じがした。もしこの場にクロノがいたら、きっと無茶だ無謀だと責められるようなことではあったが、それでも改めてブラマンシュが無事だったことに喜びを感じる。

 

「そ…そういえばエイミィさん、例のエリア・サーチの魔法ですが」

 

照れ隠しに、丁度アリサやすずかの話も一段落ついた様子のエイミィさんに声をかけた。

 

「あぁ、うん。聞いてるよ。随分と改良したみたいね。見せて貰うの、楽しみにしていたんだよ」

 

「探査範囲についてはワイド・エリア・サーチよりも広域をカバーできますが、さすがに元のレベルからはランクダウンさせてありますわ。宙域レベルの探査は不要でしょうし」

 

「あれは艦船を探査するものだからねぇ。多少粗があってもカバーできるレベルだろうし…っと、ありがと。ふーん、Bランクまで落としたんだね」

 

トリックマスターが表示した術式をエイミィさんが確認していく。

 

「最初のうちは呪文詠唱が必要になってしまいましたが」

 

「いやいや、このレベルなら上等だよ。ミントちゃん、この術式コピーさせて貰ってもいい? 」

 

「ええ。問題ありませんわ」

 

エイミィさんは素早く手元のコンソールを叩くと、アースラのデータベースにスーパー・エリア・サーチを登録した。

 

「これ、複数の魔導師が同時展開したらかなり精密な探査が出来そうだよ」

 

「…そうね。お互いのサーチ結果をリンクさせるのが厄介だけど…アースラのコンピューターで全ての結果をモニターしておけば大丈夫そうだわ」

 

エイミィさんの言葉にリンディさんが頷いて俺の方に向き直った。

 

「ミントさん、これからジュエルシードの捜索はアースラで責任を持って行います。ルル・ガーデンのこともあるから回収には協力して貰うことになってしまうけれど、貴女の負荷は大分減らせる筈よ」

 

「ありがとうございます。助かりますわ」

 

探査をアースラチームで実施して貰えるのは正直願っても無いことだった。今まで実現できていなかった複数術者によるサーチ結果のリンクも問題なさそうだし、俺が1人で探索するよりも確実に効果は高い筈だ。後は発見出来たジュエルシードの回収に向かうため、英気を養っておけばいいだろう。

 

「何だかミントちゃん、嬉しそう」

 

「最近、色々と考え込んでること多かったみたいだし、丁度いいわね。あまり考えすぎると老けるわよ」

 

アリサとすずかも、にこやかに声をかけてきた。どうやらここ暫くの間、俺は傍から見ると随分気難しそうにしていたらしい。

 

「ご安心下さいませ。わたくし達ブラマンシュは、殆ど老化しない種族ですので」

 

「何それ、羨ましすぎるわねっ」

 

冗談っぽく笑いながら、アリサが俺の頭をくしゃくしゃと撫でまわす。すずかはそれを見てくすくすと笑っていた。俺自身も久し振りに肩の荷が下りたような気持になっていて、思わず一緒になって燥いでいた。リンディさんの笑顔が若干引き攣っていたように見えたのはきっと気のせいだ。

 

 

 

「あ、ミントちゃん。アリサちゃんにすずかちゃんもここにいたんだね」

 

暫くみんなで雑談していると、アリシアとプレシアさんが食堂にやってきた。

 

「さっきはありがとう。レイジングハートは返しておくわね」

 

「お役に立てたのなら良かったですわ。レイジングハートさん、おかえりなさいませ」

 

≪I am back.≫【ただいま戻りました】

 

プレシアさんから紅宝石を受け取ると、なのはがやっていたように首に掛けた。

 

「それもデバイスなんだよね? 随分いろいろな形があるんだね」

 

すずかが興味深そうに覗き込んできた。

 

「待機モードの形状はそれこそ製作者の好みでどうにでもなるわ。さすがにミントちゃんのトリックマスターほど奇抜なのはなかなか無いけれど」

 

≪I would be very happy if you describe me as "special".≫【『特別』と言って貰えると嬉しいのですが】

 

「心配しなくても、トリックマスターは十分特別ですわよ…」

 

良い意味でも悪い意味でも。最後の言葉だけは口に出さずに、微笑むだけに留めた。

 

「さてと。みなさんもそろそろ一度お家に戻った方が良いわね。あまり遅くなると家族の方も心配されるでしょうし」

 

リンディさんの言葉に時間を確認すると、既に18時を回っていた。随分と長いことアースラにいたような気がしていたが、実際にはそんなに時間が経っていなかったことに少しだけ驚く。

 

アリシアは今夜アースラに泊まって、フェイトやプレシアさんと一緒に過ごすらしい。リニスとアルフは居ないが、久し振りに甘えることが出来るだろう。アリサとすずかは一度帰宅して、明日また遊びにくるようなことを言っていた。

 

「明日からまた連休だし、お稽古もお休みだし、また色々と教えて下さいね! 」

 

エイミィさんとは随分打ち解けた様子のアリサとすずかだった。ちなみに今日は塾の日だったらしいのだが、アースラに来ることが決まった時点で既に欠席の連絡を入れていたのだとか。行動力があるところは純粋に凄いと思った。

 

「ミントちゃんはどうするの? 」

 

「わたくしもアースラに残りますわ。武装隊の方と一緒に訓練させて頂く約束ですので」

 

はやてへの魔力譲渡は続けるつもりなので一時的に海鳴にも戻ることになるだろうが、それ以外はアースラを活動拠点とした方が色々な面で利便性が高い。

 

「それなら私達の部屋にまだ空いているベッドがあるから使うといいわ。フェイトも貴女とゆっくり話したい様子だったし」

 

親子水入らずを邪魔してしまうのは心苦しかったが、リニスやアルフが戻ってからの方が家族揃ってのんびりできそうだし、プレシアさんの申し出はありがたく受けさせて貰うことにした。

 

 

 

=====

 

アースラ側と連絡を取りつつ、今後の方針を決めていく。守護騎士達と不戦協定を結んだのは良いけれど、さすがに彼等をアースラに連れて行くのはマズいということになった。これは守護騎士達が必要以上に管理局を警戒してしまうことを避けるのが目的らしい。このため主であるはやてさん自身も海鳴に残り、詳しい話し合いは明日以降にリンディ提督とクロノさんがこちらに出向いて行われることになった。

 

ちなみに守護騎士達には一時的に高町家の人達のお古の服を着て貰っている。シグナムさんは美由希さんの、シャマルさんは桃子さんの、ザフィーラさんは士郎さんの、そしてヴィータさんはなのはさんのお古をそれぞれ着ることになった。サイズが多少合わないところもあるが致命的ではなく、表に出ても然程問題はなさそうだ。

 

「本来なら主様がイメージしてくれた騎士甲冑を纏うものなのですが」

 

「甲冑、…甲冑かぁ…」

 

はやてさんがうんうんと唸りながら考え込む。

 

「あかんわ。上手いことイメージ出来へん。なぁ、家に戻ってからでもええ? 確か書架に中世の鎧みたいな本があった筈やし、それ参考にするわ」

 

アースラに戻らないことにしたはやてさんと守護騎士達は、今夜は八神家に移動することになっていた。さすがにこの大人数を全員高町家で生活させるのは無理があったし、元々はやてさんが高町家にいるのはアースラが到着するまでとの約束でもあったからだ。

 

「うーん、本当なら是非泊まっていって、って言いたいところなんだけど…さすがにお部屋の数が足りないしね」

 

にゃははと苦笑しながらなのはさんが言う。

 

「でも折角だからご飯だけは食べて行って頂戴。なのは、ヴァニラちゃん、手伝ってくれてありがとう」

 

「いいえ」

 

配膳を終えると、丁度ミントさんとフェイトさんが通信で話をしていた。フェイトさんは当初、守護騎士達との協定を結んだ後すぐにアースラに戻ろうとしていたのだが、折角だからご飯くらい食べて行って欲しいとなのはさんに懇願され、戸惑いながらも了承していた。

 

ちなみに美由希さんも士郎さんも、フェイトさんがあまりにもアリシアちゃんと似ていることに驚いていた。本来であれば20歳以上も歳の違う姉妹の筈なのだが、一卵性双生児と言っても疑う人がいないのではないかと思うほど、2人の容姿が似通っていたからだ。

 

通信コンソールから、ミントさんの声が聞こえた。

 

『機会があるのなら、桃子さんの料理は絶対に食べておくべきですわ。わたくしの作る料理よりも断然美味しいですわよ』

 

「ミントがそこまで言うなら、折角だからご馳走になってくるね。母さんと姉さんには悪いけど…」

 

『私は半年間堪能したから大丈夫! それに私もフェイトには桃子ママの料理を食べて貰いたいし』

 

『お店があるのよね? 私も近いうちに伺うから気にしなくて大丈夫よ』

 

ミントさんとアリシアちゃんにも絶賛された料理が楽しみなのか、フェイトさんも微笑みながら通信を終えた。プレシアさんも既に別途翠屋を訪れる予定を入れている様子だった。

 

私もこの半年間、当たり前のように桃子さんの料理を食べてはいるが、考えてみればミッドチルダでここまで美味しい料理を食べた記憶は無かった。改めて自分が随分と贅沢な食生活を送ってきたのだと思う。美味しいだけでなく栄養バランスもカロリー計算も確りした料理を見て、私ももう少し自分自身の女子力を磨いた方が良いのでは、と思った。

 

(そう言えばミントさんもはやてさんも料理が趣味だって言っていたし、今回の件が落ち着いたら色々と教えて貰おうかな)

 

桃子さんにも今までに色々なことを教わっているが、翠屋のことで忙しい彼女にこれ以上負担をかけるよりはそちらの方が良いに違いない。

 

「ギガうまー! 」と叫ぶヴィータさんや、それを窘めるザフィーラさんとシグナムさん、味に感動した様子のシャマルさんやフェイトさんを眺めながら、私はそんなことを考えていた。

 

 

 

食事を終えて後片付けも済ませると士郎さんと桃子さん、美由希さんは翠屋に戻り、私はなのはさん、恭也さんと一緒にはやてさんと守護騎士達を送っていくことにした。フェイトさんも一緒に八神家まで付き合い、その後アースラに戻るらしい。

 

「そうか、テスタロッサはベルカ式棒術を学んでいるのか。いずれ手合せを願いたいものだな」

 

「まだ始めてから2年半程ですが、簡単には負けませんよ」

 

シグナムさんとフェイトさんは随分と意気投合した様子だった。ベルカ式棒術といえばミントさんもやっていたが、聞いたところによるとずっとフェイトさんと一緒に練習をしていたのだとか。

 

ふと見ると、ザフィーラさんと恭也さんが防御と攻撃の比重について話をしている。なのはさんはヴィータさんに一生懸命話しかけようとしていて煩がられてはいるものの、ヴィータさんの表情を見る限り満更でもなさそうだった。シャマルさんはさっきから私の代わりにはやてさんの車椅子を押している。私ははやてさんの車椅子に並んで歩いていた。

 

<ヴァニラちゃん、ホンマにゴメンな>

 

もうすぐバス停に到着するという頃になって、不意に隣のはやてさんから念話が入った。

 

<どうしたの? 急に…>

 

<私な、私…どうしたらええのか、よう判らんようになってもうて>

 

はやてさんは絞り出すようにそう言った。

 

<何で私なんやろ? ヴァニラちゃんや、いろんな人達に迷惑をかけて、苦しめたロストロギアの主が、何で私なんやろか? >

 

見るとはやてさんはぽろぽろと涙を零していた。膝の上に抱えた闇の書が涙で少し濡れてしまっている。

 

「主様…大丈夫ですか? どこか痛いところでも」

 

「大丈夫や。何でもあらへん」

 

シャマルさんが心配したように尋ねるが、はやてさんはそう言って俯いてしまった。明らかにストレスを抱えた状態で、適応障害などに見られる情緒的な気分障害の可能性があった。恐らく闇の書の実態を知ってしまったために、守護騎士達を素直に受け入れられないでいるのだろう。この状態のはやてさんを、一人にしておくことは出来ない。

 

<はやてさん、もし良かったら、今夜泊まっていってもいいかな? 今日はいろんなことがあって不安になるのも判るし、お話しすれば気分も紛れるよ。あまり一人で抱え込むのも良くないしね>

 

幸い明日から連休なので学校はない。はやてさんは一瞬驚いたような表情で私を見た後、ゆっくりと微笑んだ。

 

<ありがとうな、ヴァニラちゃん。そうして貰えると嬉しいわ>

 

その後、私ははやてさんが少し精神的に不安定になっていることと、今夜は八神家に泊まって様子をみるつもりであることを恭也さんとなのはさんに伝えた。なのはさんも一緒に泊まりたかったのだろうが、今回ははやてさんの気分障害の可能性も考慮したらしく自粛すると言った。

 

バス停の少し手前でみんなに待って貰うと、私は速攻で高町家に戻って替えの下着や洗面用具などのお泊りセットを用意した。

 

 

 

「じゃぁ、ゆっくり休んでね、はやてちゃん。ヴァニラちゃんはまた明日」

 

「うん。おやすみなさい、なのはさん。恭也さんもありがとうございます」

 

「ありがとうな、なのはちゃん。また近いうちにな」

 

送ってくれた恭也さんとなのはさんに挨拶をした後、アースラに戻るというフェイトさんに話しかけた。

 

「フェイトさん、今日はありがとう。また明日アースラに行くから、その時にでもお話ししたいな。プレシアさん達にもよろしくって伝えておいてくれるかな? 」

 

最初に話をした時は緊張して敬語で話をしてしまったが、慣れてくるとアリシアちゃんと同じ容姿ということもあってか、自然と普通の口調で話すことができた。フェイトさんもにっこり笑って頷いてくれた。

 

みんなと別れた後、私ははやてさんや守護騎士達と一緒に家に入り、何よりも先に全員を居間に集めた。帰り際にはやてさんが泣き出してしまった時から、守護騎士達の雰囲気も若干暗くなっていた。

 

「単刀直入に伺います。闇の書が主を決める基準などはあるのですか? 」

 

私の言葉に、守護騎士達が顔を見合わせた。

 

「すまないが、我々にはその知識がない。管制人格であれば何か知っているかもしれないが、我々では判り兼ねる」

 

シグナムさんがそう答えると、室内用の車椅子に乗り換え、隣で私の手を握っていたはやてさんがふっと息を吐いた。私は改めて守護騎士達に質問を続けた。

 

「貴女達は、過去に闇の書が起動した時の記憶がありますか? 」

 

「完全ではないが、我々が顕現している時のことであれば概ね覚えているな」

 

今度はザフィーラさんが答えてくれた。

 

「11年前…前回起動した時の主は管理局員だったそうですね」

 

「ええ。封印しようと思いながらも、大いなる力にも未練があったのね…結局中途半端に蒐集をして、その後自らを闇の書に取り込ませてしまったの」

 

「その後のことは覚えていますか? 」

 

守護騎士達は再び顔を見合わせた。

 

「いや…少なくともあたしは覚えてねーな。シグナムは? 」

 

「すまんが、私も記憶がない。恐らく主様を取り込んだ際に我々も書に戻されたのだろうな」

 

どうやら詳しい事情を聞くためには、矢張り管制人格と呼ばれる人と話が出来るようにする必要があるようだった。だが守護騎士達は管制人格とコンタクトを取ることは出来ないと言っていた。蒐集をすれば現れてくれるのかもしれないが、それははやてさんの意思に反する上、本末転倒というものだろう。

 

(根本的な対応方法はユーノさん達の調査を待った方が早いだろうけれど…今はとにかく、はやてさんの精神状態を安定させるのを優先させなくちゃ)

 

話は一旦切り上げると、取り急ぎ私ははやてさんと一緒に守護騎士達が休める部屋の準備をすることにした。このような作業をしている方が、余計なことを考えなくて済むだろう。丁度2階に空き部屋があるということだったので、まずは掃除をする。守護騎士達は敢えて居間で待って貰うことにした。

 

はやてさんと一緒に車椅子用のエレベーターで2階に上がると、まず埃対策で窓を開ける。

 

「うぁ…埃酷いなぁ。2週間前まではちゃんと掃除しとったんやけど」

 

「2週間放置していたらこんなものだよ。まだこの時間なら掃除機を使っても大丈夫かな」

 

床などに積ってしまった埃を巻き上げないようにそっと歩き、丁寧に拭き取っていく。はやてさんには棚などの手が届く範囲の掃除をお願いした。空き部屋は4つあったのだが、そのうちの1部屋は倉庫代わりに使わない荷物が置かれていて、部屋として使える状態ではなかった。

 

「1部屋足らんなぁ。4人やのに…」

 

さすがに今から荷物の整理まで始めるとかなり遅くなってしまいそうだったので、部屋割は本人達に任せることにした。やがて何とか床の掃除を終え、窓の桟などからも埃の除去が完了した。

 

「はやてさん、布団はある? そろそろ敷けそうだよ」

 

「隣の部屋の押し入れにあった筈や。取りに行こか」

 

少しだけカビ臭くなっていた布団をベランダに出て軽く叩く。夜なので、ご近所の迷惑にならない程度だ。明日、晴れたら干そうと話ながら、4組の布団を用意した。

 

はやてさんの気分も大分落ち着いてきた様子で、部屋の方も何とか使えるレベルになったため、守護騎士達を呼ぶことにした。

 

「申し訳ございません。我々のために、こんな立派な部屋を用意して頂いて」

 

「ゴメンな。ちょっと時間の都合もあって今使えるのは3部屋だけなんよ。それからお布団も暫く干してなかったから、ちょっと臭うかもしれへん…」

 

お互い申し訳なさそうに言う。まだ少しお互いの距離があるような感じだった。

 

「いえ、ゆっくり休める場所を提供して頂けるだけで十分です。感謝します。シャマルとヴィータは同じ部屋で良いか? 」

 

「あたしは構わねーよ」

 

「私も、それでいいわ」

 

「むしろ、私は居間でも構わんのだが」

 

ザフィーラさんがそう言うと、急に姿を変えた。

 

「え…? 犬!? 」

 

『…狼だ』

 

そう言えば、彼は盾の守護「獣」だと言っていた。確かに犬…狼の姿なら、居間で寝ていても不自然ではないように思う。

 

「まぁ、折角の主様の厚意なのだから、部屋を使わせて貰うといい」

 

シグナムさんにそう言われ、ザフィーラさんも頷く。部屋割を決めた後、私ははやてさんと一緒にお風呂に入って埃に塗れた身体を洗い、1階にあるはやてさんの部屋に戻った。闇の書は書架に戻されている。

 

「ヴァニラちゃん、今日はありがとうな。一緒にいてくれて…」

 

一緒のベッドに潜り込んで電気を消すと、はやてさんがそう言ってきた。

 

「…少しでも役に立てているのなら、良かったよ」

 

「うん、大分落ち着いたわ。ほんま、ありがとうな」

 

まだ守護騎士に対して不安に思っているようではあったが、精神状態はさっきよりも随分と良くなった様子だった。ただこれからの生活のことを考えると、ミントさんが暫く一緒に生活してくれた方がはやてさんも安心するかもしれない。明日ミントさんに会ったらそう伝えてみようと思いながら、私は眠りについた。

 




本当はもう少し話が進む予定だったのですが、何故か書いているうちにどんどんプロットから外れた方向に行ってしまい、修正しているうちに文字数が多くなりすぎたため、途中で切ることにしました。。

今回のヴァニラパートは前編扱いで、次話の後編に続きます。。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。