夜中、誰かに呼ばれたような気がしてふと目を醒ますと、書架に置いてあった筈の闇の書がはやてさんの真上を浮遊し、淡い光を放っていた。慌てて上体を起こすと、隣で寝ていたはやてさんが「うぅ~ん」と声を出した。闇の書のせいなのか、私のせいなのか微妙なところだったが、そのまま目を覚ます気配がなかったので改めて闇の書に意識を集中させた。
(なんだろう? 明らかにはやてさんに干渉しているよね…)
そっと手を伸ばし、闇の書に触れた瞬間、まるで感電したかのような衝撃を受けて、意識が飛ぶような感覚があった。気がつくと私は見知らぬ場所で、見知らぬ景色を見ていた。
「ヴァニラちゃん? 」
不意に声をかけられ振り向くと、そこには驚いた顔のはやてさんがいた。車椅子には座らずに、ふわふわと浮いている。改めて見ると、私自身も宙に浮いているようだった。
「これって夢やろか? 」
「どうだろう…よく判らないけど…」
見えている景色は、まるで中世の戦争だった。騎士同士が戦い、やがて一方の騎士が他方を圧倒する。勝った騎士は、武骨な甲冑に身を包んだシグナムさんだった。驚いて見ている私達の前で、シグナムさんは倒した騎士のリンカーコアを蒐集する。騎士は苦しみ悶え、やがて動かなくなった。
「あ…あぁっ…! 」
声にならない悲鳴を上げるはやてさんを抱き寄せる。恐らくこれは過去に蒐集行為を行っていた時の、闇の書の記憶だろう。言葉で聞いて知ってはいても、実際に見るとなると衝撃度が違う。今のはやてさんの精神状態で見るには、あまりにも刺激が強すぎた。
仲間を倒され、救援を呼ぼうとした女性をシャマルさんが襲い、同じように蒐集した。腕を折られ、既に戦意を失っている騎士に対しても、ヴィータさんが執拗に攻撃を加えた。
「何や…何やの、これ…やめて、やめてぇっ! 」
泣き出したはやてさんをしっかり抱きしめると、口の中で「サニティ」と唱えた。パニックを鎮め、精神を安定させる効果がある魔法だ。この状況で効果を発揮するかどうかは微妙だったけれど、どうやら上手く発動した様子で、はやてさんの呼吸も徐々に穏かになってきた。
「はやてさん、落ち着いて。これはたぶん、過去の…闇の書の記憶。私達は干渉出来ないみたいだよ」
「ヴァニラちゃん…せやけど」
ある程度の落ち着きは取り戻せたようだが、はやてさんはまだ納得出来ていない様子だった。そこに守護騎士達の声が聞こえてきた。
『魔力の無駄な消耗は避けるべきだぞ、ヴィータ。十分な休息がとれるわけではないのだからな』
『うぜーんだよ、こいつら! 泣き叫ぶくらいなら最初から武器なんて持つなっての! 』
『ヴィータ…早く蒐集を終えて戻りましょう。主様のところへ』
容姿や口調などは守護騎士達で間違いないのだが、今日話をした守護騎士達とは何かが決定的に違うような気がした。どうやらはやてさんも同じように感じ取ったらしい。
「何やろ? 何かが違うような…」
すると唐突に周りの景色が切り替わった。今度はどこかの建物の中だった。
『ヴォルケンリッター、ただいま戻りました。本日の戦果は西の城を1つ』
『蒐集ページは54ページ、合計で316ページになりました』
主に報告をしているのだろう。それに対して主らしき女性は苛立ちを露わにし、『遅い、遅いわ! 』と喚いた。
『私は闇の書に選ばれた。絶対たる力を得る権利がある! 神にも等しい闇の書の力、早くこの手に齎すのだ! 』
狂っているとしか思えなかった。大いなる力に惑わされた人の姿なのだろう。傍から見ていると滑稽以外の何物でもないのだが、守護騎士達は一切逆らうような素振りを見せずに深く跪いた。ここでもさっきと同じ違和感を覚えた。更に場面が切り替わる。
『明朝には出発する。それまでに可能な限り回復しよう』
はやてさんが息を飲んだ。守護騎士達は布団も、寝藁すらもない石床の上で寄り添って身体を休めていた。さっきザフィーラさんが言っていた、十分な休息が取れないというのはこのことだったのだろう。
「…何や、これ? まるで地下牢や…こないなところが、部屋…? 」
「たぶん…この時の主は守護騎士達を蒐集のための道具としてしか見ていなかったんだろうね」
「…そっか、そんで主の命令に逆らえずに…蒐集を…」
はやてさんは少し俯くと、私の手を強く握った。
「…事の良し悪しは別にして、主のために一生懸命頑張っとる子達に…この仕打ちはないやろ」
私達が見た守護騎士達は、ちゃんとシュークリームや晩御飯を食べていた。ヴィータさんなど、桃子さんの料理に対して「ギガうまー! 」と大はしゃぎしていた。つまり彼らはプログラムと呼ばれてはいるけれども人間と同じ、味覚もあれば空腹だって覚える筈なのだ。
それがろくに食事も与えられず、冷たく湿った地下室で武骨な甲冑以外のまともな服も与えられず、正に奴隷のような生活を強いられていた。そしてそのことに異議を唱えることもなく、受け入れている。
(自我が薄い…? )
唯一ヴィータさんだけは若干反抗的な態度を取ってはいるものの、それも終始一貫したものであり、どちらかと言えば「そのようにプログラムされたAI」というような雰囲気だった。そう、プログラムというならば、今私達が見ている守護騎士こそがプログラムと呼ぶのに相応しいだろう。
「……」
はやてさんも同じように感じているのだろうか、無言で守護騎士達を見つめている。
また不意に景色が切り替わった。今度は男性の主に仕えて蒐集を行っている様子だったが、待遇は然程変わっていなかった。いや、むしろ酷くなっていた。なまじ体力があるために、守護騎士達に対して殴る、蹴るといった暴力を振るっていたのだ。
「あんまりや…相手が抵抗出来へんのをいいことに…」
ここでも守護騎士達の態度は同じだった。自我が薄く、主には絶対服従。ただ命令された通りに蒐集だけを行う存在。確かに守護騎士達が過去に行ってきた蒐集行為で苦しめられた人達は大勢いたのだろう。命を落とした人達も少なからずいた筈だった。
それでも私はもう、守護騎士達は被害者にしか見えなかった。同情と言われればそうなのかもしれない。でも何度も繰り返される悲劇に、私は彼女達に救われて欲しいと強く思うようになっていた。
どれくらいの時間、そんな酷い光景を見続けていたのだろうか。仕えるべき主自身から蔑まれ、忌み嫌われ、肉体的な暴力は日常茶飯事、時には性的な暴力すら受けるような日々。もちろんそのようなシーンをはやてさんに見せるわけにはいかないので、そのような時は決まってはやてさんの顔を私の胸に埋めるようにして抱きしめた。それでも肩が小刻みに震えているのは、恐らく状況を理解してしまっているからだろう。
やがてまた周りの景色が変わった。
「!? …これは? 」
「何や、今までとは随分雰囲気が違うなぁ」
そこは一面に広がるお花畑だった。青い空の下で、一人の若い女性が花に囲まれて笑顔で手を振っていた。白杖を所持しているところを見ると、目が見えていないのかもしれない。
『主、こちらにいらしたのですか。心配したのですよ』
シグナムさんが、優しそうに微笑みながら女性に近づいていく。今まで見てきたものとは異なり、明らかに感情が感じられた。そしてそれは、今日私が見たシグナムさんの雰囲気に近いものだった。そしてその後ろに続くシャマルさんもザフィーラさんも笑顔だ。あのヴィータさんですら、表情を綻ばせていた。身に付けているのも武骨な甲冑ではなく、それぞれによく似合った服装だ。
その女性の映像はそれだけだった。守護騎士達が蒐集をしている光景はなかったので、蒐集が行われたのかどうかも判らない。でも何となく、私は蒐集は行われなかったんじゃないかと思っていた。何故なら、その女性の笑顔が本当に幸せそうだったから。私には、この女性が他人に犠牲を強いて得た幸せを心から享受出来るようには見えなかったのだ。
「ヴァニラちゃん…もしかして、もしかしての話やけど、守護騎士って主の性格や扱いによって感情があったり無かったりするんやろか…」
「…判らないけれど…その可能性はあるよね」
どうやら過去の記憶を巡る旅はここでおしまいのようだった。これ以降風景が切り替わることはなく、私の意識はそのまま覚醒した。そこははやてさんのベッドの上だった。カーテンから朝日が差し込んでいる。時計を見ると時刻は6時を示していた。
ふと、隣で寝ていたはやてさんと目が合った。
「…夢、やないよなぁ…? 」
「…と、思うよ」
それだけで通じ合った。闇の書はちゃんと書架に戻っていたが、何か明確な意図を持って私達にあの映像を見せたのだろうか。
「ヴァニラちゃん、大いなる力って、何なんやろな? 」
不意にはやてさんがそんな事を言ってきた。
「だって、私達が見てきた風景は蒐集中のもんばっかで、実際に闇の書が完成したっちゅうシーンは無かったやんか? 」
「そう言えばそうだね。11年前の事故では完成する前に暴走したっていうお話だったみたいだけれど…その力に興味ある? 」
「んー、欲しいかって言われたら別にいらんと思うけどな。以前ヴァニラちゃんも言うとったように、強い力は排斥の対象になるだけやろし」
そう言われた時、ふと一番最初に見た、狂った女性の言葉を思い出した。
『絶対たる力、神にも等しい闇の書の力』
女性はそう言っていた筈だ。もし過去にそんな強力な力を手にした人物がいたのであれば、善悪を問わず間違いなく歴史に名前が残っているだろう。
「ユーノさんの調査が終わったら、何か判るかも知れないね」
「せやな。さてと、まずは起きて朝ごはんの支度せな」
「うん。手伝うよ」
はやてさんの着替えを手伝い、自分自身も着替えを済ませると、私ははやてさんの車椅子を押しながら部屋を出た。丁度、守護騎士のみんなも階段を下りてくるところだった。
「おはようございます、主様」
シグナムさんの言葉に、はやてさんが少し顔を顰めた。
「えっと、シグナムさん…」
「我々のことはどうぞ呼び捨てにして下さい」
「…うん、判った。ならシグナム。その『主様』いうんも、止めて欲しいんやけど。私ははやてや。私のことは名前で呼んでくれると嬉しいな」
少し驚いたような表情で顔を見合わせた後、守護騎士達は優しそうに微笑んだ。
「それなら主はやて、とお呼びしましょう。それでよろしいですか? 」
「うーん、ほんまやったら主いうんもいらんのやけど…まぁええわ。改めてよろしくな、シグナム」
守護騎士達の笑顔に、はやてさんも笑顔で答える。昨夜のようなぎこちなさは、もうなかった。
「相変わらず固ぇな、シグナムは。なぁ、あたしははやてって呼んでも良いか? 」
「勿論や。よろしくな、ヴィータ」
「じゃぁ私も。これからよろしくお願いしますね、はやてちゃん」
「うわぁ、ええなぁ。ええ感じや。うん、こちらこそよろしくな、シャマル」
それは家族の姿だった。ある意味、今のはやてさんに一番必要なものだろう。思わず「良かった」と呟くと、私の隣にザフィーラさんがやってきた。
「昨夜、何かあったのか? 随分と雰囲気が違うようだが」
「そうですね、ちょっと夢見が良かったようですよ」
ザフィーラさんも、はやてさんのことをシグナムさんと同じく「主はやて」と呼ぶことにしたようだ。思い返せばあの闇の書の記憶の中で守護騎士達は主の事を常に『主様』と呼んでいた。唯一違ったのは最後の女性だけ。彼女のことだけは『主』と呼んでいた。些細な違いなのかもしれないが、私にははやてさんがあの時の笑顔を目指しているように思えた。
朝食をみんなで頂いて後片付けも終えると、はやてさんが宣言した。
「今日はええ天気やし、みんなの布団を干します! シグナムとザフィーラは2階からお布団を下ろして。シャマルは庭にある物干し竿を、軽く雑巾で拭いてくれる? 」
「承知しました」
「はやて、あたしは何をすればいい? 」
「ヴィータはもうちょっと待っててな。お布団を取り込む前に埃を叩かなあかんのやけど、その時に手伝って貰いたいんよ。それから、午後はみんなで買い物に行くで」
そんな八神家の様子を見て、私も随分と心が軽くなった気がした。今日はミントさんの代わりに私がはやてさんへの魔力譲渡をしておこう。私はアースラへの連絡を取って貰うため、なのはさんに念話を送った。
=====
武装隊の早朝訓練にはフェイトも参加していると聞いて、リンディさんに我儘を言って同じ時間帯に訓練を入れさせて貰うことにした。通常の訓練を終えた後で、折角なので久し振りに模擬戦をしようという話になった。
「相変わらずっ、とんでもないスピードですわねっ! 」
「ミントこそ、フライヤーの威力が、また上がってるし…そこっ! バルディッシュっ! 」
≪Yes, sir. "Arc Saver".≫【『アーク・セイバー』】
「くっ、トリックマスター! 」
≪"Blitz Action"≫【『ブリッツ・アクション』】
フェイトが放った『アーク・セイバー』を何とか回避する。弾速はあまり早くないのだが、バリアを噛む性質があるので厄介な魔法だ。しかも軌道が不規則なため本来なら回避もし辛い。俺が相対する場合は超高速移動魔法を駆使してやっと、と言うところだ。
「ですが、連射性が低いのは助かりますわっ」
「甘いよ、ミント。『セイバー・ブラスト』っ」
「!! フライヤーっ! 」
フェイトが光刃を爆散させたのと、俺がフライヤー3基に一斉射撃をさせたのは、ほぼ同時だった。下手にプロテクションで爆風を防御してしまうと、一瞬の隙を突かれて死角に回り込まれる可能性があった。
「まさか連続射撃で牽制しながら爆風自体も押し返すなんて」
「『フライヤーダンス』の応用ですわ。フライヤーの連射性能はAAAですわよ」
フェイトがふっと笑みを零した。
「丁度良い仕切り直しだ。次、行くよっ! 『フォトン・ランサー・マルチショット』! 」
「! こちらも参りますわよ、フライヤーっ! 」
3基のフライヤーを追加して、合計6基のフライヤーをフェイトに向かわせる。フェイトの周りのフォトン・スフィアが放ってくるランサーを何とか躱しながら、スフィアを次々に撃ち抜く。勿論フェイト本人も狙うのだが、相変わらずの軽やかなステップで躱されてしまう。次第にお互いが段々と熱くなってきて、ついうっかり威力が高めの魔法を繰り出してしまった。
「撃ち抜け、轟雷っ、『サンダー・スマッシャー』! 」
「やらせませんわよっ、『パルセーション・バスター』! 」
トレーニングルームの一角が、盛大に爆発した。
「あはは…随分と派手にやったねぇ。取り敢えず、ちゃんと直しておいてね。自分達で直すのなら、誰にも文句は言われないからさっ」
エイミィさんに苦笑交じりにそう言われて、改めて壊れてしまった内壁をフェイトと一緒に見上げた。
「申し訳ありません、フェイトさん。ちょっと熱くなりすぎましたわ」
「ううん、私も同じだから。取り敢えず直しちゃおう」
2人で並んで破損した箇所に両手を当てて、そこから魔力を流し込む。破損率の高いトレーニングルームの内壁は、デバイスと同じように魔力を流し込むことで修復が可能になっている…なっているのだが。
「…修復なら適材適所ってことで、ヴァニラさんにお願いするというのは…」
「だーめ。ヴァニラちゃんは午後、なのはちゃんと一緒に来る予定なの。それにほら、もう次に模擬戦する人が待っているんだから、ちゃっちゃと直す」
ヴァニラがいればSSSオーバーの魔力を駆使して、あっという間に修復出来るのだろうが、生憎と治癒や修復に然程適性がある訳でもない俺やフェイトは半泣きになりながら15分程かけて内壁の修理を終えた。
「そう言えば、さっきなのはちゃんから連絡があったよ。はやてちゃんへの魔力譲渡は、今日はヴァニラちゃんがやってくれたみたい」
「…正直、助かりますわ」
さすがに模擬戦を終え、壊してしまった内壁を修理した後だ。せめてシャワーくらいは浴びたいが、そうしているとはやてのところに行くのがかなり遅くなってしまう。午後にまたアースラで集合予定だし、とんぼ返りになるのも精神的につらかった。尤も全て自業自得なのだが。
「まぁ、時間が取れたのは今は素直に嬉しいですわね」
「そうだね。シャワー、浴びに行こうか」
フェイトと一緒にシャワールームに向かおうとした時、エイミィさんの通信コンソールがコール音を発した。
「あ…ミントちゃん、とーっても心苦しいんだけど…」
エイミィさんが本当に申し訳なさそうな表情で、俺に声をかけてきた。つまりあれだ。ジュエルシードが見つかった、と。
「…喜んでいいのか、悲しんでいいのか、微妙なところですわね」
「私も出るよ。すぐに回収して戻ってこよう」
「助かりますわ。参りましょう、フェイトさん」
エイミィさんの指示でポートに向かい、地上に転送してもらった。
「これは…もう発動していますわね」
「急ごう、ミント」
フェイトと2人で現場を目指した。到着したのは山間の森。幸いテロリスト達の気配はない。目の前には巨大な鳥が1羽。フェイトが封時結界を展開し、俺がチェーン・バインドで拘束する。
≪Scythe Form.≫【サイズ・フォーム】
俺がフライヤーで怪鳥を撃ち抜くと、即座にフェイトが接近して魔力斬撃を放つ。それだけで十分だった。ジュエルシードから解放された鳥はそのまま飛び去り、後にはVIIIの刻印が施されたジュエルシードだけが残された。
「任務完了。これよりアースラに帰投します」
「帰ったら、今度こそシャワーを浴びたいですわね」
久し振りのフェイトとの共闘だったが、模擬戦以上に息の合った連係でジュエルシードをあっさり封印回収した俺達は、軽口を叩きつつアースラに戻った。
「ご苦労さま。2人共さすがね」
報告のためにブリッジに顔を出した俺達をリンディさんが労ってくれる。朝の模擬戦から連続で出動した俺達を気遣って、先にシャワーを浴びることを許可してくれたリンディさんに感謝しながら答えた。
「フェイトさんとの連係は、以前随分とリニスさんに叩きこまれましたからね」
今回あっさりとジュエルシードを回収出来たのは例のテロリストがちょっかいをかけてこなかったことが一番の理由ではあるのだが、実際フェイトの動きは慣れもあって合わせやすく、こちらも気持ちよく動くことが出来た。
「敵に回すとこの上なく厄介ですが、味方なら本当に心強いパートナーですわ」
「ミントの敵に回ることなんてないよ。精々、模擬戦くらいかな」
「まさにそのことを言っていますのよ」
くすくすと笑い合っていると、リンディさん宛にコールが入った。どうやら本局に行ったクロノからの定時連絡のようだ。
『艦長、こちらの確認もほぼ終わりました。八神はやての後見人として援助をしていたのはグレアム提督で間違いないようです。詳しい報告は別途書面でも提出しますが…実は提督がヴァニラとの面会を希望していて』
「H(アッシュ)提督の忘れ形見ですもの。当然よね。でもそれははやてさんに関する干渉行為の詳細を確認してからにして欲しいわ。私も同席しますので、日程については追って連絡します」
『判りました。それからアリアとロッテの2名をユーノ達のサポートにつけることになりました。僕も報告書を纏めたら進捗確認も兼ねて無限書庫に向かおうと思いますが、よろしいですか? 』
「許可します。何かあったら連絡を入れますね。お疲れさま」
相変わらずクロノは忙しそうだ。若いからまだ体力も持つのだろうが、明らかに働き過ぎだ。闇の書には因縁もあって意気込むのは判るし、宿題を押し付けた俺が言うのもなんだが、今度あまり無理をしないように進言しておこうと思った。
ギル・グレアム提督に面会するのはヴァニラとリンディさん、クロノの3人らしい。本当ならはやても連れて行った方が良いのかもしれないが、さすがにヴォルケンリッターだけ留守番をさせる訳にもいかないし、ヴォルケンリッターと一緒に本局に連れて行く訳にもいかないだろう。
ちなみに俺は海鳴に張り付いていることにした。万が一不在時にテロリスト、特にルル・ガーデンが出てきてしまうと困るからだ。グレアム提督との会談にも興味はあったのだが、今回はリンディさん達が戻ってきてから話を聞くことで我慢するしかない。
「ミント、そろそろお昼ご飯食べに行こう」
「そうですわね」
時計はもうそろそろ12時を指そうとしていた。
食堂でお昼ご飯を済ませ、食後のデザートを食べていると、なのは達も食堂にやってきた。軽く手を上げて挨拶してくるなのはに、こちらも笑顔を返す。
「思ったより早かったですわね」
「はやてちゃんが随分と張り切って、早いうちから守護騎士さん達の服とかを買いに出かけちゃったみたい。それでヴァニラちゃんが早めに家に来たから」
どうやら心配していたはやてと守護騎士の溝も大分なくなった様子で、そこは素直に良かったと思う。
「あら、みんなもう到着していたのね。丁度良かったわ。ヴァニラさん、ちょっとお話ししたいことがあるのよ」
リンディさんが早速スケジュールの交渉を始めた。その結果ヴァニラが本局に行くのは明日、5月4日になり、リンディさんとプレシアさんが高町家に挨拶に行くのは翠屋の混雑状況も考慮して、敢えて飛び石に当たる6日に設定された。ヴァニラはグレアム提督に一言文句を言うのだと意気込んでいた。
「翠屋を休業させずにお話をするなら、まぁ妥当なところよね」
「休日だとお客さんが一杯になるから、お話どころじゃなくなっちゃうものね」
予想していなかった訳ではないのだが、アリサとすずかも当然のような顔をして一緒に来ている。確かに昨日はまた来ると話をしていたが、本当に毎日来るその行動力は脱帽ものだった。
「だって、今日はなのはちゃんの新しいデバイスが出来上がるんでしょう? アリシアちゃんも手伝ってたみたいだし、見てみたいから」
「あたしは純粋に楽しんでるわよ。どうせ連休中はすずか達と遊ぶつもりだったんだし、折角の機会だから宇宙船も堪能させてもらうわ」
厳密に言えば宇宙船ではなく次元航行艦なのだが、どうやらアリサやすずかのイメージは宇宙船で固定されてしまっているようだ。
「…一応、時空管理局はテロリストと敵対している組織ですのよ。戦闘行為なども当然あるのですから、危険だということだけは認識しておいて下さいませ」
「今までに一番危険だったのは、あんた達の戦闘に巻き込まれた時だと思うけど」
「その節は大変申し訳ございませんでした」
改めて頭を下げると、何故かわしゃわしゃと撫でられた。
「むしろミント達の方が気を付けてよ。相手は非殺傷設定とか、使ってくれないんでしょう? 」
「ええ…お気遣いありがとうございます」
この数日でアリサもすずかもかなり色々な知識を身に着けていた。特にすずかは次にプレシアさんが何かデバイスを作る時には是非見学させて欲しいとお願いしている程だ。アリサもエイミィさんとは意気投合したらしく、特に食材の流通についてかなり突っ込んだ話をしている。
(本当にチャレンジ精神が旺盛なのですわね)
そんな2人を微笑ましく眺めていると、アリシアも食堂にやってきた。
「あ! いたいた。ヴァニラちゃん! 」
「アリシアちゃん。どうしたの? 」
「ママが、ハーベスターも調整したいんだって。そんなに時間もかからないみたいだから、ちょっと一緒に来てくれる? 」
どうやら管理者権限をヴァニラ本人に移譲するのと同時に、長距離デバイス間通信ユニットも組み込むことになったのだそうだ。今まで長距離通信が出来なかったハーベスターも、これで常時アースラと通信できるようになる。
「直接通信が出来るようになるのは助かるな。うん、じゃぁちょっと行ってくるね」
「あ、あと、なのはちゃんのデバイスも最終調整は殆ど終わってるから、後で持ってくるね」
「ありがとう! 楽しみにしてるね」
ヴァニラとアリシアは本当に30分もしないうちに戻ってきた。恐らくなのはの専用デバイスと思われる、桜色のペンジュラムを手にしたプレシアさんも一緒だ。
「お待たせ、なのはちゃん。これがなのはちゃんのデバイスだよ。ママ、早く早く」
プレシアさんが苦笑しながらなのはにデバイスを手渡す。
「ありがとうございます! わぁ、ヴァニラちゃんのペンジュラムと同じ形だ」
「ハーベスターの妹に当たるデバイスよ。リニスも手掛けてくれたから、バルディッシュの妹とも言えるわね」
その時、桜色のペンジュラムが音声を発した。レイジングハートと同じような、落ち着いた女性の声だ。
≪Please let me know your name, Miss.≫【貴女のお名前を教えて下さい】
「わたし? 高町なのは。なのはだよ」
≪Thank you, Nanoha. Could you please name me as well? ≫【ありがとう、なのはさん。私にも名前を付けて頂けますか?】
「にゃっ!? 名前…名前? 」
マスター登録方式ではなく、フレンドリーに名前を聞いてくるシステムはプレシアさんの好みらしい。
「えっと…名前…名前…」
リンディさんやプレシアさんを始め、エイミィさん達アースラスタッフも微笑ましく見守る中、どうやら名前を考えていなかったらしいなのはは1人でテンパっていた。
「なのはちゃんは空を飛ぶのが好きだから、何か空にちなんだ名前はどう? 」
「そっ、そうだね! えっと、空…そら…スカイ…」
色々と口にしているものの、なかなかピンとくる名前に行きつかない様子だ。と、リンディさんがなのはに声をかけた。
「なのはさん、『エルシオール』なんてどうかしら? なのはさん達の世界のフランスっていう国の言葉で、空を意味するのよ」
『Elle ciel』、英語で言うと『The Sky』と言ったところか。何処の世界の儀礼艦かと突っ込みそうになってしまったが、何とか自制することが出来た。
「エルシオール…うん、いいですね! じゃぁ、これからよろしくね、エルシオール! 」
≪Thank you again, Nanoha. "Elle ciel" has been registered.≫【改めてありがとうございます。『エルシオール』、登録しました】
なのは本人は喜んでいる様子なので、俺から何か言うことも無いだろう。
「っていうかリンディさん、フランス語なんてよくご存知ですわね」
「あら、結構流行っているのよ。例えば『アルカンシェル』だって元はフランス語。虹を意味する『Arc-en-ciel』だし」
ふとヴァニラの方を見ると、目が合った。恐らく同じことを考えていたのだろう。俺達はお互い苦笑した。
なのはさんといえばレイハさんのイメージが強いのですが、本作では過去ミントが不用意に発した一言のせいで、ユーノくんはレイジングハートを手放すつもりが全くありません。。
このため、なのはさんにはオリジナルデバイスを取得してもらいました。。
どうやらミッドチルダではフランス語が流行しているようです。。
※活動報告にも記載しましたが、私用のため来週の投稿はお休みさせて頂きます。次回の投稿は10月11日を予定しています。。
申し訳ございませんが、よろしくお願いいたします。。