他愛もない日常のメロディー   作:こと・まうりーの

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第23話 「発動」

その振動がアースラを襲った時、私はシャマルさんと一緒に、丁度届けられた人工リンカーコアの資料を読んでいる最中だった。興味深そうに私達の手元を覗き込んでいたはやてさんがバランスを崩さないよう、シャマルさんが咄嗟に車椅子を支えた。

 

「えっ? 爆発!? 人が!? 」

 

直後に入ったクロノさんからの連絡に、思わず聞き返してしまった。

 

『ああ。はっきり言って相当スプラッタな状態だ。本当なら君のような外部協力者の子供に見せられるような状態じゃないんだが…看守の怪我も酷くて、うちの医療スタッフだけだと手の施しようがないんだ』

 

申し訳なさそうに告げられたクロノさんの言葉に一瞬喉が鳴る。一緒にいたはやてさんやシャマルさんと顔を見合わせた。

 

「何やよう判らんけど、取り敢えずシャマルは行った方がええんとちゃう? 」

 

「え、ええ、そうですね。ヴァニラちゃんは残っても…」

 

「…いえ、大丈夫です。私も行きます。ハーベスター」

 

≪...All right.≫【…了解】

 

シャマルさんが気を遣ってくれるが、人命救助と聞いて黙っている訳にもいかない。はやてさんのことはヴィータさんとザフィーラさんに任せて、私もハーベスターを呼び寄せた。

 

「気いつけてな、2人とも」

 

はやてさん達に見送られながら、私はシャマルさんと一緒に大急ぎで指定されたブロックに向かった。走りながらクロノさんに状況の確認を行う。

 

『本当にすまない。こちらも油断していた。まさかいきなり人間が爆発するなんて思っていなかった』

 

「それよりもまず、状況を教えて貰えるかしら。爆発したのは1人だけなのよね? 」

 

『そうだ。あの質量兵器を使っていた、リーダー格の男だよ』

 

クロノさんの言葉を聞いて、走りながら一瞬だけ目を閉じる。あの銃の男の顔を思い浮かべると、そっと冥福を祈った。幸い収監場所を別々にしておいたおかげで死亡したのは銃の男だけだったらしいのだが、もし他の男達も一緒にいた場合、全員死亡していた可能性もあったらしい。

 

『アースラの内壁も、随分とダメージを受けてしまった。出来ればそちらの修復も手伝って貰いたいところだが…』

 

「了解です。でも今は怪我人が最優先ですね」

 

『そう言うことだ。すまないが、よろしく頼む。何があるか判らないから、念のためバリアジャケットは展開しておいてくれ』

 

DMAT(災害派遣医療チーム)の認識は広まりつつあったし、医学生が災害現場に協力に行くこともあった。私自身はまだ参加したことはなかったけれど、テレビなどで災害が発生した場合に医師が現場に派遣されることがあることは知っていたし、今回のことも似たようなものだと思っていた。

 

そう、現場に着くまでは。知識で知っているのと、実際にその場に立つのは全く異なっていた。アースラの医療スタッフがマスクを貸してくれたけれど、それが何の役にも立たないほどの血と内臓の臭い。思わずこみ上げてくるものを、なんとか飲み込んで抑える。

 

「ヴァニラちゃん、無理はしないでね」

 

「…大丈夫、です」

 

武装隊の人が片付けている、人だったものの欠片を出来るだけ目に入れないように、シャマルさんと一緒に怪我をしたという人の前で跪いた。

 

「これは…酷いわね。傷が深すぎる…」

 

シャマルさんが呟くように言った。艦内でバリアジャケットを解除していたことも、被害が大きくなってしまった原因の一つだろう。「静かなる癒し」ですら、カバーできるレベルを超えているらしい。

 

「…私の術式は応急処置には向いているけれど、ここまで酷いと確かにヴァニラちゃんの『リジェネレーション』レベルじゃないと間に合わないわ」

 

そんなシャマルさんの声が、どこか遠くから聞こえているように思った。私の目の前で苦悶の表情を浮かべている人は、左腕と左足がなかった。更に顔の左側に酷い裂傷が出来ており、粉々に砕けた机の破片や鉄格子の欠片までが身体中に突き刺さっている。恐らく骨折も複数個所、下手をしたら内臓にもダメージが入っている可能性があった。もう1人は両腕こそ残っているものの両下肢が欠損しており、状況は似たようなものだ。

 

考えてみれば、私はここまで酷い怪我をした人を現実に見たことがなかった。前世では本や模型などで机上の勉強はしていたけれど、実際に災害現場に出たわけではないし、実習プログラムは未受講。転生した後は尚更のこと医療関係の本を読んでいただけで、実技など猫だった頃のリニス以外では未経験。魔法戦闘だって基本は非殺傷設定で、こんな状況は想定していなかった。

 

「ヴァニラちゃん!? 」

 

一瞬真っ白になってしまった私の頭に、シャマルさんの声が響いた。はっと我に返った瞬間、目の前で怪我をした男性が血を吐いた。私のバリアジャケットもその血で赤く染まる。肋骨が折れて肺に刺さっている可能性があった。この状態で、しかも患者は複数。通常のリジェネレーションでも追いつかないかもしれない。

 

(集中…しなくちゃっ! )

 

パンっと両手で頬を叩くと、目を閉じて意識を集中させる。

 

「リコルテっ…ハーベスト、デッセ、スーリエ、グエリス、ブレス、レクセプト…っ」

 

呪文を詠唱しながら、通常のリジェネレーションよりも高い効果、広い範囲をイメージすると、私の両手に通常よりも大きな魔法陣が複数展開された。ここに、効果を高めるための新しい術式を書き込んでいくのだ。

 

(シャマルさんの、『静かなる癒し』のような広範囲、高効果の術式を…)

 

私はシャマルさんからもらった「静かなる癒し」を、ベルカ式の術式のまま同時展開した。三角形の魔法陣を徐々に分解し、その場でミッド式魔法にコンバートしながらリジェネレーションの術式に取り込ませていく。それに応じてリジェネレーションの術式が今までのものとは違う、大きく複雑なものに変わっていった。

 

「ハーベスター! 増幅、お願いっ!! 」

 

≪All right. “Repair Wave”invoked.≫【了解。『リペア・ウェーブ』発動】

 

ハーベスターが魔法名を唱えた瞬間、複数の魔法陣が弾けるように広がり、周囲が私の翠に包まれた。それと同時に膨大な魔力が流れ出ていく感覚があった。あまりにも急激な魔力の大量消費に、一瞬コントロールを失いそうになる。

 

(SSSを超える魔力だって、制御できる…筈なんだからっ!)

 

一生懸命意識をつなぎとめていると、不意に身体が楽になったような気がした。気がつくと私の周りに青磁色をした三角形の魔法陣が展開されていて、それが私のサポートをしてくれていた。

 

「シャマルさん…ありがとうございます」

 

「いいのよ。それより制御に集中して」

 

シャマルさんに頷いて返すと、改めて意識を集中させる。

 

(身体に残った異物を除去…骨折箇所をスキャン、修復した上で…骨髄から血管内皮前駆細胞、間葉系幹細胞、造血幹細胞を生成して欠損器官を再生)

 

身体から溢れてくる魔力がより強く、それでいて安定したものになっていく。そして不思議なことに、大量の魔力を注ぎ込んでいるにも関わらず、いつまで経っても魔力が切れる様子はない。

 

「…すごい」

 

誰かの呟きが耳に入ったような気がした。暫くその状態を維持していると、いつの間にか怪我をしていた2人の呼吸も安定していた。欠損していた四肢も問題なく再生している。さすがに衣服はちぎれたままだが、これは仕方ないだろう。

 

「ハーベスター、バイタルチェックお願い」

 

≪The vital sign for both of them are currently normal. They are no more facing a life crisis.≫【両名とも現在のバイタルは正常。重篤な状況は脱しました】

 

ふっと息を吐くと、私は術式を解いた。

 

「ヴァニラちゃん、お疲れさま。この状況なら私一人でも十分対応できるから、少し休んできて。顔が真っ青よ」

 

「…ありがとうございます、シャマルさん。少し、お願いします」

 

私はそう言うとその場を後にし、最寄りのトイレに駆け込んだ。一度集中が途切れてしまうと、最初の部屋の惨状が頭にこびり付いて離れなくなった。

 

「…っ! 」

 

今度は込み上げてくるものを抑えきれず、私は吐いた。2度、3度と吐いているうちに、だんだん頭の中がクリアになってきた。

 

(外科医を目指した時に、こういうことも覚悟していたつもりだったのに…やっぱり実際に体験するのはキツいなぁ…)

 

でも私が医者や治癒術師を目指すのなら、これから先、必ずと言っていいほど出くわす可能性が高いシチュエーションでもある。こうした状況に「慣れる」というとあまり良い表現ではないかもしれないが、状況に飲まれて一杯一杯になってしまい、結果として処置が遅れたりするようなことになったら本末転倒だ。

 

今回は何とか間に合ったけれど、シャマルさんに声をかけて貰えなければもしかしたら取り返しのつかないことになっていた可能性だってあるのだ。

 

「慣れるんじゃない…慣れなくてもいい…でも表には出さずに、治療に影響しないようにしておかないと」

 

呪文を唱える時のようにはっきりと、そして自分に言い聞かせるように確りと呟くと、私は目尻一杯に溜まった涙を拭いて立ち上がった。

 

 

 

トイレから出てくると、そこにはリンディ提督がいた。

 

「ヴァニラさん…さっきは本当にごめんなさい。つらい思いをさせてしまって」

 

「…いえ、そんなことは…」

 

「本来なら私達、時空管理局は貴女達を守ってあげないといけない立場なのに…ままならないものね」

 

リンディ提督は小さく溜息を吐いた後で姿勢を正すと、私に対して頭を下げた。

 

「改めて、ありがとう、ヴァニラさん。貴女のおかげで2名の職員が一命を取り留めたどころか、体力さえ回復すればすぐにでも職場復帰できる状態にまで持ち直したわ。さっきシャマルさんから連絡があったけれど、意識もはっきりしたそうよ」

 

「そう、ですか…よかったです」

 

それを聞いて、私も安堵した。漸く笑みが零れる。それを見てか、リンディ提督も微笑んだ。

 

「朦朧としていながらも、腕や足を失ったことは判っていたみたい。意識がはっきりして、自分たちが五体満足なことを知って随分と混乱したらしいわ」

 

そう言うと、リンディ提督は表情を引き締めた。

 

「ヴァニラさん、さっき行使した治癒魔法…あれは何なの? 」

 

「…『リジェネレーション』に、ベルカ式の回復魔法である『静かなる癒し』を組み込んで増幅させました。範囲内の複数対象に強化した『リジェネレーション』をかけるようなものです」

 

私の説明に合わせて、ハーベスターが新たに登録された魔法をリストから抽出して表示した。

 

「SSSランク魔法、『リペア・ウェーブ』…あらゆる意味で規格外な魔法だわ。ヴァニラさん、助けて貰った手前こんなことを言うのもなんだけど、高レベルの治癒魔法は極力秘匿するようにしてね。これは貴女自身のためでもあるのよ」

 

「…はい」

 

歩き出そうとして、少しふらつく。魔力はともかく、体力は相当に消耗していたようだ。シャマルさんの癒しが術式の間中ずっとカバーしてくれていたことを考えると、本来の消耗度合はこんなものではないのだろう。リンディ提督がそっと肩を抱いて支えてくれた。

 

「大丈夫? 無理はしないでね」

 

「すみません、大丈夫です。ありがとうございます」

 

どうやら私は「SSSを超える魔力を制御できる」のは確かなようだが、まだそれに見合う体力が足りていないようだった。それだけではなく、私はまだ色々と足りていない。メンタルもフィジカルも、もっと鍛える必要があるだろう。そんなことを考えていると、リンディ提督宛の通信回線が開いた。

 

「…なのはさんとアリシアさんが到着して、今は食堂の方にいるそうよ。貴女も少し休んだら? 」

 

「いえ、アースラの内壁を修復しないといけませんし、それに…爆発時の状況も詳しく聞いておかないと」

 

人体がいきなり爆発するなんて、通常では考えられない。彼らは爆発物を所持していた形跡は無かったし、仮に持っていたとしてもアースラスタッフがそれを見逃す筈もない。そうなると爆弾が体内に埋め込まれていたことになるが、それこそ私とシャマルさんの2人でスキャンをしたにも関わらず爆弾らしきものは存在しなかったのだ。だが彼らの身体の中には、明らかに人の手によって埋め込まれたものがある。

 

「…人工リンカーコア、ね」

 

「はい。他に爆発するようなものの心当たりがありません」

 

「確かにそう考えるのが妥当よね…でもそうすると他の男達も危険だわ。早急に摘出手術の安全性を確立しないと」

 

リンディ提督はそう言って、少しの間考えるようにしていた。

 

「ヴァニラさん、内壁の修復はミントさんとフェイトさんが武装隊と一緒に対応してくれるそうです。それよりも今は人工リンカーコアの処理を優先させるべきだわ。本当ならこんなことを言えた義理じゃないのだけれど、お手伝い、お願いできるかしら? 」

 

「はい。勿論です」

 

私は二つ返事で頷いた。

 

 

 

=====

 

クロノからの緊急連絡を受けてブリッジに到着すると、呼び出した張本人は難しそうな表情でモニターを睨んでいた。

 

「あ、ミントちゃん。お疲れさま」

 

エイミィさんがコンソールを叩く手を休めることなく、こちらに挨拶してきた。状況が状況なだけに、いつものような笑顔ではないが、それでも労ってくれる馴染みの声に少し心が落ち着く。こちらも軽く手を振って応えた。

 

「あぁ、ミントか。すまないな、休んでいるところを」

 

「構いませんわ。それよりも、詳しい状況を教えて下さいませ」

 

「丁度シャマルやヴァニラにも通信で説明していたところだ。まずは一緒に聞いていてくれ」

 

聞いてみると、爆発したというのは例の銃の男だったらしい。俺に対して散々悪態をついてくれたものだが、こうなってしまうとむしろ哀れに思えた。問題なのは、実際に爆発が起きた時の詳しい状況を知っている筈の看守が2人、瀕死の重傷を負っていることだった。これでは証言どころではない。

 

だがその時、モニターを翠色の光が覆い尽くした。どうやらヴァニラが何らかの治癒魔法を行使したらしい。やがてその光が収まった時、瀕死の重傷を負っていた筈の局員は傷一つない状態にまで回復していた。

 

「すごい…」

 

「…何て魔法だ…すごいなんてもんじゃない。明らかにミッドチルダの医療事情をひっくり返すようなものだよ、これは…」

 

エイミィさんの呟きにクロノが答える。と、ヴァニラがその場を後にし、お手洗いに向かった。顔色が真っ青で目に涙を浮かべ、口に手を当てているその姿を見た瞬間、胸が締め付けられる思いがした。映像越しに見ていた俺の気分が悪くなったくらいだ。実際にその場にいたヴァニラの心境は如何なものだっただろうか。

 

「…っ! 全く、世の中はこんな筈じゃなかったことばかりだ…あんな少女に負担を強いることになるなんて」

 

クロノが悔しそうにそう言った。

 

「…ヴァニラさんのケアは私がするわ。クロノ執務官、後はお願いね」

 

「…了解しました」

 

リンディさんが席を立つと、ブリッジを後にした。やがて現場のシャマルから、怪我をした局員達の意識が回復したことが伝えられた。報告によると、どうやらヴァニラは彼女自身が術式を持っているSS魔法「リジェネレーション」に、既に失伝扱いになっている古代ベルカの回復魔法を組み込んだ上で増幅させたらしい。

 

「全く…以前なのはさんのことを『感覚で魔法を組める天才』なんて言っていましたが、ヴァニラさんだって似たようなものですわね」

 

思わずそんな呟きが口をついて出た。

 

「え? 何何? わたしがどうかした? 」

 

不意になのはに声をかけられて、初めてなのは達がブリッジに到着していたことに気付いた。アリシアとフェイト、プレシアさんも一緒だ。

 

「みなさん、もう到着されていたのですか。先程の爆発について、もうお聞きになりましたか? 」

 

「うん。少しだけ聞いたよ。ヴァニラちゃんが怪我した人の治療をしたんだよね? 」

 

「その時に使った魔法が、とんでもないものだったのですわ。どうやらミッド式の回復魔法とベルカ式の回復魔法を即興で組み合わせたようなのですが…」

 

「ミント、それホント? っていうか、そんなこと学院の先生でもきっと無理だよ。ヴァニラって天才だったのかな」

 

俺の説明にフェイトが感嘆の言葉を漏らすが、アリシアはそれに対して異論があるようだった。

 

「私もちょっと前まではそう思ってたんだけど、今は判るよ。ヴァニラちゃんはね、天才っていうよりは努力の人かな。たぶん組み合わせた魔法っていうのも、ちゃんと術式の特性を理解した上で、論理的に組んでいると思う。本当の天才っていうのは、なのはちゃんみたいに感覚で飛行魔法や砲撃魔法を構築出来ちゃうような人だよ」

 

「にゃっ!? わたし!? そんなことないよ~」

 

「そんなことあるんだって。尤もヴァニラちゃんだって複雑な術式を即座に理解して臨機応変に組み替えるんだから、他の人から見たら天才的なんだけどね」

 

そう言うとアリシアはコロコロと笑った。

 

 

 

なのは達とも改めて情報を共有した。彼女達は丁度アースラに到着した直後に爆発の振動を感じたらしい。最初は訳が判らず、クロノに連絡しても忙しそうで「すまないが後にしてくれ」と言われ、取り敢えずブリッジで情報収集をしようと思ったらしい。

 

「わたし達が到着した後、すぐにポートが封鎖されちゃったんだよ。何だか緊急事態だって」

 

「あらあら…でしたらユーノさんやリニスさん達は、本局側で足止め状態ですわね。ご愁傷様」

 

『大丈夫だよ、通信は出来ているから。でもみんな無事そうで良かったよ』

 

いつの間にかユーノとも通信が繋がっていた。クロノが状況を説明していたようだ。

 

『取り敢えず、封鎖解除にはまだ少し時間がかかりそうだから、僕達ももう少し作業を続けるよ。残念だけど食事会はまた今度だね』

 

「了解ですわ」

 

はやてはシャマル以外の守護騎士達と一緒に食堂にいるとのことだったので、なのはとアリシアもそちらに向かうことになった。

 

「ミントはどうするの? 」

 

「ルルの聴取…と言いたいところですが、今日はちょっと追及しすぎた感がありますし。聴取は明日の午前中にして、今日はアースラの内壁修理のお手伝いでも致しますわ。いくら修復とはいえ、今のヴァニラさんにはきっとあまり余裕が無いでしょうから」

 

「そうか…そう言えばルル・ガーデンは今日、君が随分と苛めていたんだったな。精神的に」

 

フェイトの問いに答えると、クロノが茶々を入れてきたので軽く睨んでおいた。

 

「あ、じゃぁ私も内壁の修理に付き合うよ」

 

「そうして貰えると助かる。すまないな、2人共」

 

「なら私はヴァニラちゃんのサポートに回るわ。きっと人工リンカーコア摘出手術の話にもなるだろうし」

 

プレシアさんがそう言うと、一瞬怪訝な表情を浮かべたクロノだったが、すぐに納得したようでリンディさんに通信を送った。

 

「どうやらヴァニラもプレシア女史と同じ見解のようですね。言われてみれば確かに爆発するようなものは人工リンカーコア以外に存在しないか」

 

通信を終えたクロノがプレシアさんにそう言った。

 

「そう言うこと。生憎と私には医療知識は無いけれど、研究者としては協力出来る筈だしね」

 

「了解です。他のみんなも一時解散にしよう。追加情報があれば通信を入れる」

 

クロノが解散を宣言した。俺はなのはやアリシア達に別れを告げると、フェイトと一緒に現場に向かった。

 

「…ちょっと、臭うね」

 

「まだ消毒消臭処置は完了していないようですわね。仕方ありませんわ」

 

武装隊の人達が掃除してくれたらしく血の跡などは無くなっていたが、まだ辺りには異臭が漂っていた。

 

「お嬢ちゃん達、何か用か? このブロックに入るなら、マスクはつけておいた方がいいぞ」

 

武装隊の人がそう言ってマスクを手渡してくれた。

 

「ありがとうございます。内壁がダメージを受けたとのことで、修復のお手伝いに来たのですわ。どちらに行けばよろしいでしょう? 」

 

「あぁ、助かる。右奥の通路側が一番酷いんだ。そっちに回ってくれるか」

 

「了解ですわ」

 

フェイトと頷き合うと、指示された場所に向かう。そこでは既に何人かが作業を始めていた。どうやら壁の中の電気系統などにも不具合が生じていたようで、そちらの修理を優先させているらしい。手伝いに来たことを伝えると、壁面に魔力を流し込む作業を依頼された。

 

「要はトレーニングルームの修理と同じだ。2人共割とよく壊しているから、慣れているだろう? 」

 

「失礼ですわね。そんなに頻繁には壊していませんわよ」

 

軽口がその場の重い空気を少しだけ払拭してくれる。改めて見ると内壁はかなり酷く抉れていて、爆発の大きさを物語っていた。被害状況からすると、1時間程度では終わらなさそうだ。休憩を挟めば2時間はかかるかもしれない。

 

「…取り敢えず、始めよう。見ているだけじゃ、いつまで経っても終わらないよ」

 

「ええ、そうですわね」

 

俺達は並んで壁に両手をかざすと、魔力を流し込み始めた。

 

 

 

結局作業には丸々2時間を要してしまい、夕食はその後ということになった。

 

「もしかして、わたしもお手伝いすればよかったのかな? ごめんね、ミントちゃん、フェイトちゃん」

 

食堂ではやて達と一緒に待っていたなのはがそう言ってきた。夕食はみんな既に済ませていたようだ。俺は夕食が乗せられたプレートをテーブルに置くと、なのはの言葉に答えた。

 

「ですが、手伝って頂くとなのはさん達もこの時間から夕食ということになってしまいますわ。明日も学校でしょうし、今夜は海鳴に戻られるのでしょう? あまり遅くなると士郎さん達に心配をかけてしまいますわよ」

 

「うーん、それが実はまだ転送ポートが封鎖状態なんだよねぇ…」

 

アリシアが頬杖をつきながら、呟くように言った。どうやら帰るに帰れない状態だったようだ。

 

「あ、でもさっき電気系統は全部復旧したみたいだから、後は魔力駆動炉の接続だけだよね。それならそんなにしないうちに復旧するんじゃないかな」

 

フェイトも夕食のプレートを同じようにテーブルに置いて、そう言った直後に、艦内アナウンスで転送ポートの復旧が告げられた。

 

「良かったぁ。さすがにアースラに泊まって、朝家に寄ってから着替えて学校、っていうのは避けたかったし」

 

「でも、本当ならヴァニラちゃんにも挨拶しておきたかったんだけど…」

 

そう言えば、さっきからヴァニラの姿を見ていなかった。どうやら食事も取らずに人工リンカーコアの調査に当たっているらしい。

 

「っていうか、食欲が無いんだって。状況が状況だから、無理に勧めない方が良いかなって思って」

 

俺たちが見た映像はある程度処理されていたが、言われてみればヴァニラはあの惨状を直に見ているのだ。逆に食欲がないのも当然かもしれない。

 

「せやな。ヴァニラちゃん、今日はずっとシャマルと一緒におる筈や。伝言あるなら預かっとくけど? 」

 

「ありがとう。じゃぁ、お願いしようかな」

 

はやてにいくつか伝言を預けると、なのはとアリシアは海鳴に帰ることになった。ちなみに海鳴に借りることになった一軒家は契約こそ締結したものの、最終的に入居できるのは月末になるとのことだった。それまでの間、アリシアは高町家から学校に通っているのだ。

 

「アリサさんやすずかさんにもよろしくお伝え下さいませ」

 

「うん。明日また放課後に来るね」

 

なのはとアリシアを見送ると、俺とフェイトは遅めの夕食を頂いた。

 

 

 

翌日の朝、恒例になった棒術の型と武装隊との訓練をこなした後でシャワーを浴びることにした。ロッカールームで服を脱ぎ、シャワールームに入ると、何とヴァニラが裸で倒れていた。

 

「!? ヴァニラさん!? どうされたのです!? 」

 

慌てて駆け寄り抱き起こすと、僅かに膨らみかけた胸が規則正しく上下していることに気が付いた。これは明らかに睡眠状態だった。シャワーを浴びてからそんなに時間は経っていないようで、肌はまだ温かく上気している。胸元にかけられた翠色のペンジュラムがキラリと光った。

 

≪You came here on just right time. Could you kindly help me and my master, please? ≫【丁度良いところにいらっしゃいました。出来れば私とマスターを助けて頂きたいのですが】

 

「あー、つまりこれは…」

 

≪My master was up all night, and half asleep when she came here.≫【実はマスターは徹夜をした後、寝惚けたままここに来まして】

 

ホッと安堵の息を吐くと、俺は少し強めにヴァニラのことを揺らして声をかけた。

 

「ヴァニラさん、起きて下さいまし。濡れた身体のままこんなところで寝ていると風邪を引きますわよ! 」

 

すると、ヴァニラは薄く目を開けた。

 

「…ぁ、ミントさん…大丈夫、ちゃんと、報告するから、あと10分…」

 

「ダメです! ご自分の恰好を自覚して下さいませ! ハーベスターさん、彼女はどのロッカーを使っていますの? 」

 

≪She is using No.5. The key is on her right wrist.≫【5番です。鍵は右手首に】

 

このまま身体強化をかけて、ロッカールームまでヴァニラを担いでいこうかとも思ったのだが、その時改めて俺の身体が汗でべとべとであることを思い出した。この状態で既にシャワーを浴びた後のヴァニラを担ぐのは抵抗がある。かといって俺がシャワーを浴びている間、ここに放置しておくわけにもいかない。

 

「…仕方ありませんわね。あまり褒められた方法ではありませんが」

 

俺はスーッと大きく息を吸い込んだ。

 

「あーっ!! ヴァニラさんの肩に毛虫が!! 」

 

「ひゃぁぁぅっ!? 」

 

慌てて飛び起きたヴァニラに微笑みかける。

 

「おはようございます、ヴァニラさん。お疲れのようですが、寝るならちゃんとベッドにお入り下さいませ。こんなところで倒れられては…」

 

笑顔のまま、睨みつけた。

 

「心臓が止まるかと思いましたわ! あまり心配をかけさせないで下さいませ! 」

 

「あぅ…うん、ゴメン。あ、と、ありがとう…」

 

そそくさとロッカールームに向かうヴァニラを見て、溜息を吐くのと同時に少し安堵した。起き抜けだったとはいえ、今見た限りでは昨日のことを引き摺っているようには見えなかったからだ。恐らく徹夜というのも、例の人工リンカーコアの調査をしていたのだろう。

 

「プレシアさんも一緒だったのなら、注意して下されば良いですのに」

 

≪It might be difficult. The sight of a scholar is basically limited while she is concentrating.≫【難しいでしょう。研究者が集中している時の視野とは概して狭いものです】

 

その場にいたトリックマスターをジト目で見る。俺はトリックマスターを施錠したロッカーの中にしまっておいた筈なのだが。しかもご丁寧に、さっき脱いだ俺のパンツを頭にかぶっている。

 

「貴女もブレませんわね…」

 

≪Thanks for your praise for my honesty.≫【お褒めに預かり光栄です】

 

「褒めていませんわよっ! 」

 

俺はシャワールーム入り口のドアを開けると、トリックマスターを蹴り出した。

 




ヴァニラパートでちょっとシリアスっぽいお話を書いていたら、なんだか無性にヴァニラのボケも書いてみたくなり、ミントパートはギャグオチにしました。。

本当は今回ミントパートには別のお話を入れるつもりでいたのですが、病み上がりのリハビリのつもりで思いつくままに書いてみました。。

入浴シーンにトリックマスターが登場して、ミントに蹴り出されるのが、だんだんデフォになりつつあります。。
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