他愛もない日常のメロディー   作:こと・まうりーの

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第2話 「ダイエット」

結果としてユーノは調査に没頭した挙句、また徹夜したらしい。伝聞形なのは、俺がユーノを放置して宣言通りアースラに戻ってしまったからだ。帰り際に一応声をかけたのだが、結局今朝方リニスから聞いた限りでは夕食もろくに摂っていないらしい。尤もそのことに関してはきっちりお説教をしておいてくれたとのこと。

 

「あはは、そらユーノくんが悪いわ。でも男の子は好きなことに集中しだすと周りが見えなくなるもんやからなぁ」

 

「あら、はやてさんは経験がおありですの?」

 

「うん、私がまだ学校に行っとった頃やけどね。よう男子が同じような理由で怒られとったわ」

 

恒例の魔力譲渡を行いながら雑談をしていたのだが、学校の話が出たときに少しだけはやての表情が曇ったような気がした。日頃から明るく振舞っているはやてだが、本当ならなのは達と一緒に学校に行きたいのだろう。

 

「…はやてさんは足が治ったら、なのはさんやアリシアさん達と同じ学校に行かれますの?」

 

「…治るやろか?」

 

「治りますわよ。そのために今ユーノさんが夕食を抜いてまで調査してくれているわけですし」

 

「あはは、そういえばそうやったね。うん、元々は違う学校に通っとったんやけど、折角仲良うなったお友達や。すずかちゃんやアリサちゃん、ヴァニラちゃんもおるし、編入するのもええなー」

 

少し不安そうに見えたはやてだったが、冗談を交えると楽しそうに笑って前向きな答えをくれた。

 

 

 

「そういえば、もうすぐミントちゃんはジュエルシードを故郷の星に持って帰るんやろ? そしたらこうしてもらうのも後ちょっとなんやろか?」

 

魔力譲渡を終えてジュエルシードをトリックマスターにしまっていると、はやてがそんなことを聞いてきた。言われてみれば、今後の俺の身の振り方ははやてに伝えていなかった気がする。

 

「言葉足らずで申し訳ありません。確かにジュエルシードはブラマンシュに持ち帰りますが、その後もアースラにはお邪魔する予定ですし、魔力譲渡自体は引き続き行いますわ。たまにヴァニラさんがしてくださっているのと同じ術式がありますのよ」

 

「そっかー。ちょっと寂しい思うとったんよ。まだ会えるんやったらよかったわ」

 

母さまとは定期的に族長のデバイスを介した通信で話をしており、ある程度落ち着くまではアースラに滞在することを伝えている。その後のことはまだ確りとは決めていないが、以前考えていた通り、嘱託として管理局に入ることも検討中だ。

 

「…いずれにしても、今日、明日に帰る、というようなことはありませんわよ」

 

「なら6月4日も一緒におれるかなー?」

 

「そういえばお誕生日でしたわね。大丈夫ですわよ」

 

そう言った途端、はやてが驚いたような顔をした。何かおかしなことを言っただろうかと思った瞬間、その誕生日の記憶が前世知識だったことに思い至った。

 

「あれ、ミントちゃんに教えとったっけ?」

 

「え、ええ、聞いておりましたわよ?」

 

慌てて取り繕うが、実際知っているということは以前に聞いていたためだということで、はやても納得してくれたようだった。

 

「毎週末パーティーですわね。楽しみですわ」

 

「私としては、アリシアちゃんやフェイトちゃんと一緒にお祝いしてもらってもええんやけど」

 

「ダメですわよ、あのお二人はお誕生日が同じだったから一緒にお祝いするのですわ。はやてさんのお誕生日は翌週なのですから、ついでのように扱うのはよろしくありませんわよ」

 

俺がそう言うと、はやては嬉しそうな笑顔を返してくれた。

 

 

 

はやてへの魔力譲渡を終え、昨日同様に無限書庫へユーノの手伝いに赴くと、開口一番で謝られた。

 

「ミント! 昨日は本当にごめん!」

 

「はぁ、もういいですわよ」

 

好きなことに集中してしまうのは、正直判らないこともない。というより、はやてに言われるまで忘れていたが前世では俺も同様だった。それを自覚した瞬間、怒るに怒れなくなってしまったというのが実情だ。それでも少しばかり拗ねたような口調になってしまった。横で微笑ましくこちらを見ているリニスの視線に耐えられなくなって、俺は少しだけ大きな声を出した。

 

「さぁ、今日も一日、頑張りますわよ!」

 

「そうだねぇ。今日も昨日みたいな大当たりを一発、頼むよミント」

 

昨日の迷宮型書庫発見は既に司書長に報告済みで、近々第一次調査隊が編成されるらしい。司書の人達も数十年に一度の大発見だと随分興奮していたが、訪問初日でいきなり引き当ててしまった身としては、そこまですごい発見なのかどうかもあまり実感が湧かなかった。

 

「ビギナーズラックみたいなものですわね。司書さん達が何年もかけて出来ないことを、素人がそう簡単に何度も出来るものではありませんわよ」

 

アルフの冗談には苦笑交じりにそう答えた。

 

幸い一次調査が行われるまで書庫が閉鎖などということにはならず、俺達は自由にこの迷宮内を探索しても良いことになった。尤もこれは俺達がある程度自衛可能であることが前提となっており、何かあった場合は即報告も義務付けられている。あくまでも一次調査をさらに円滑に行うため、体よく斥候役を割り当てられたようなものだった。

 

「…まぁ僕達も古代ベルカの調査はしたいし、時間もない。斥候役でも何でも、チャンスを貰えたのだからそれで良しとしよう」

 

ユーノはそう言いながら、既に手近な書架から数冊の本を抜き出している。

 

「まだ未調査の迷宮ですから、何が起こるか判りません。アルフもミントも、あまりこのエリアから離れてはいけませんよ」

 

リニスの忠告に頷いて返すと、俺は高機動飛翔で隣の書架の上段に向かった。1冊1冊手に取って確認すると、確かに古いベルカ語で記述されている。学園時代にベルカ語の発音が判らず、泣きながら勉強したことを思い出してしまった。

 

「まぁ、あの時必死に勉強しておいたおかげでこうして調査が出来るのですから、苦労した甲斐があったというものですわね」

 

確認し終えたハードカバーの皮表紙にエンボス加工されたベルカ文字を指でなぞりながら、独り言をつぶやいた。そのまま本を書架に戻すと、次の本に手を伸ばす。そうして俺達は永遠とも思われるような作業を少しずつこなしていった。

 

 

 

今俺達が調べているのは「夜天の魔導書」、或いはそれに準ずるようなユニゾンデバイスに関わる管制システムについて明記された資料だ。プレシアさんから依頼されていた管制人格プログラム保存に必要な容量については、既にリニスが算出を終えて仕様書を提出済みだ。今頃はプレシアさんやアリシア、すずか達がバックアップ用デバイスの設計を始めている頃だろう。

 

あと必要なのは、具体的にどの程度まで蒐集を行うことで管制人格を起動できるのかという情報と、はやてにかかる負担の度合いに関する情報だ。ただこれは今までにユーノ達が集めた情報からだと、状況によって異なるようなのだ。今回のような状況は特殊事例だが、過去にも書の主が最後まで蒐集を拒んだケースもあったらしい。そうした事例を可能な限り集めて、そこから推測値を算出する作業が必要になる。

 

「…人手がない中で時間制限まであるのですから、本当にたちが悪いですわね」

 

≪Unfortunately, there will be nothing we can do for it. We have to do our best.≫【残念ですが仕方ありません。頑張りましょう】

 

「守護騎士達にも手伝ってもらえればよかったのですが」

 

≪It would be very difficult to invite Wolkenritter into TSAB Mid-Childan main office currently.≫【現時点で守護騎士を本局内に来訪させるのは困難でしょう】

 

トリックマスターが言っているのは正論だ。いくら当事者とはいえ、リンディさんやグレアム提督が情報を秘匿してまで「闇の書」事件を解決しようとしてくれているのに、それを無駄にするわけにもいかない。

 

「まぁ、情報の摺り合わせには協力して頂きますわ。とりあえず、この書架の確認を終わらせてしまいましょう」

 

トリックマスターと雑談しながらも確認を続けていた本を書架に戻し、俺は次の本を手に取った。

 

 

 

時に捜索に飽きてしまったアルフが身体を動かしたいと駄々をこね、棒術の練習に付き合わされたり、放っておいたらいつまでも調査を続けそうなユーノに強制的に休憩を取らせたりしながらも俺達は調査を続け、漸くそれらしい情報を手に入れたのは3日目のことだった。

 

「書庫の規模からしたら、奇跡的と言っていいくらい早かったですね。まだ5区画目に入る直前で見つかったのは幸運でした」

 

「…だけど、それを見つけたのがアルフだって言うのが、僕としてはちょっと納得できないんだけど」

 

「まぁ、運も実力のうちってやつかねぇ」

 

これまでの調査で一番情報を読み進めていたのは明らかにユーノだ。比率で言えば全員で進めた作業の半分以上はユーノの力によるもので、ついでリニス、俺、アルフの順で貢献している。アルフはドヤ顔だが、正直ユーノが納得できないという気持ちは判らなくもない。

 

「それこそビギナーズラックだったのかも知れませんわよ」

 

「ふーん、ミントはハードモードでの模擬戦を所望してるみたいだね。いつでも受けて立つよ」

 

『いや…君達の仲が良いのは十分判ったから、今は報告に集中してくれないか?』

 

通信モニターの向こうでクロノが呆れたような表情を見せ、ため息を吐いた。

 

 

 

今回の調査で判ったのは、まず「夜天の魔導書」の主として選ばれた人間が即座に蒐集を開始しなかった場合の状況の推移だった。「闇の書」と化してしまった「夜天の魔導書」は蒐集が行われない限り主の魔力を過剰に吸い上げ続け、それに伴い身体機能の低下を招く。症状は人によりまちまちなのだが、恒常的な魔力の欠乏はリンカーコアにもダメージを与えるとともに身体活動を阻害する。その結果として筋萎縮が発生し、最終的には呼吸機能障害や心筋障害などにより死に至るのだ。

 

『ヴァニラが言っていたが、筋萎縮は廃用性なんだそうだ。もっとも病気ではないから筋原性や神経原性にはなる筈もないんだが』

 

「…つまり、体を動かさないことによる筋体積の減少ですわね」

 

『そうだ。筋力が衰えることによって運動が出来なくなるのではなく、運動が出来なくなることによって筋力が衰えていくわけだ。まったく、呪いとはいえ厄介だな』

 

筋ジストロフィーなどは筋肉自体に問題があり、萎縮することで運動能力が失われていくものだが、闇の書の場合はまず身体が動かせなくなる。筋萎縮は長期間身体を動かせないことによる二次的なもの、ということだ。

 

『それで、肝心な期限については、何か判ったのか?』

 

「うん、実例をいくつか確認出来た。蒐集を行わない場合、守護騎士が顕現するまでは概ね5、6年で、顕現した後も蒐集を行わなければ、3ヶ月程で急激に症状が悪化するんだ。放置すると、そのまま4ヶ月と持たない筈だよ」

 

「今回のケースではヴァニラとミントが魔力譲渡をしていたのが幸いしていますね。他の事例の同じ時期と比較しても、明らかに症状の進行具合が遅いです。ただ…」

 

リニスが言いよどんだのは、過去の事例ではある程度症状が進行してしまっている場合に途中から蒐集を開始しても、進行が遅くなることはあっても改善したケースがなかったためだ。もちろん闇の書とのパスが切断されれば理論上は快方に向かうはずなのだが、そのパスを切断するためにはやはりどうしても管制人格の協力を取り付ける必要がある。

 

『防衛プログラム…確かナハト・ヴァールだったな。それをどうにかしないといけない訳か。やはりある程度の蒐集を実施した上で管制人格を起動させる他ないだろうな』

 

クロノがまたため息を吐く。

 

「あと、以前にも言ったと思うけど、管制人格の起動に必要な蒐集量は結局特定は出来なかったよ。とにかく記録にある事例だけでも規則性が全くなくて、早ければ蒐集量がおよそ50%。一番遅かったのは、蒐集が完了して暴走が始まる直前っていうケースもあった」

 

『先日の報告を裏付ける結果しか出てこなかったというわけか。確かに危険な賭けになるな』

 

全員の視線が俺に集まる。闇の書の蒐集には、俺を媒介にしてジュエルシードから無尽蔵の魔力を流し込むことになっているからだ。管制人格の起動が遅ければ遅いほど、俺にかかる負担が大きくなるし、暴走に巻き込まれる危険も高くなる。だがそれは全て判っていたことだし、覚悟の上だ。

 

「ところで、決行のスケジュールは決まったんですの?」

 

『以前話していたマリエル・アテンザの招聘は上手く行きそうだ。月村忍女史とのコンタクトも問題はない。このままの調子で行けば、管制人格バックアップ用のデバイスは、早ければ半年ほどで完成するそうだ』

 

「半年か…冬になっちゃうね」

 

ユーノが苦笑しながら言うが、元々ある程度時間がかかることは判っていたことだし、俺としては一度ジュエルシードをブラマンシュに届けておきたい。後で使うときに改めて数個のみ借りればいいのだし、族長にも許可を貰っている。

 

(…まぁあれは許可を貰ったというよりは、丸投げされたようなものでしたけれど)

 

先日通信で相談をした時に、鍵を持っているのはもう俺達なのだから管理も任せると言われたのだ。夜天の魔導書対応に関してのみ言えば都合がいいのだが、世界を滅ぼしかねない力を秘めたロストロギアだ。管理を任されるとは言っても実際に管理するのはジュエルシードではなく鍵の方なのだが、いずれにしても身が引き締まる思いだった。

 

『そうだ、それともうひとつ、君達に伝えておいた方がいい案件があるんだ。例のレスター・クールダラスについてのことだ』

 

クロノの言葉に、考え事から引き戻される。何でも査察官志望で士官学校時代の親友から、捜査結果の報告が上がってきたらしい。

 

『報告によると、どうやら統合失調症に近い障害のようだ。複数の思考が入り乱れているらしく本心の特定が困難らしいが…』

 

どうやらレスターは過去には転生に絶望し、転生者が手を下せば転生ループを止められるとの誤情報を信じ込み、他の転生者に頼んで殺してもらったこともあるらしい。それが失敗に終わったことで完全に壊れてしまったようだった。どこかで聞いたことのあるような話に、俺は顔を顰めた。

 

『本来なら転生のループを止めたことで感謝されてもいいような状況だった筈だが、彼はもうそういう考え方が出来なくなっていたようだ。兎に角転生した先々でその世界を滅ぼして、自分は更に転生してそのまた先の世界を滅ぼす…それがいつの間にか生きがいになっていたんだ』

 

「自分自身の、本来の望みすら忘れて逆恨みだなんて…はた迷惑な話ですわね」

 

『だがそういうことであれば、まだ矯正の望みもある。本局では障害治療を行った後で、更正プログラムを適用する方向で決定したらしい。尤も、結構な時間がかかりそうだがな』

 

ルルの方は思いのほかおとなしく更正プログラムを受けているらしいが、レスターは未だに反抗的な態度をとっているそうで、治療も含めて年単位での更正スケジュールが組まれているのだそうだ。

 

更正したところで罪状としては管理外世界も含めた全世界規模のテロリズムだ。判決は無期懲役以上になるだろう。ただこれでこの事件はとりあえずの解決をみた事になる。ヴァニラも余計な心配はしなくて済む筈だ。俺はほっと胸を撫で下ろした。

 

 

 

=====

5月28日、土曜日。今日はテスタロッサ家が新居に引っ越す日だ。連休の頃に契約だけしていたのだが、ジュエルシードの件も一段落して、漸く入居の準備が整ったのだ。

 

最近アリシアちゃんはすずかさんと一緒に、プレシアさんの手伝いでずっと忙しくしている。いつもはデバイスの調整とかストレージの最適化とかをやっていて、私やなのはさんは全く手伝うことが出来ずにいたのだが、今日はみんなでお手伝いが出来る。

 

「あ、その箪笥はこっちの部屋にお願い」

 

「うん、判った。あとは小さめのものだけだから、強化はなくても大丈夫かな」

 

10歳にも満たない幼女が自分の身体の3倍以上あるサイズの箪笥を軽々と持ち上げているのは、傍目に見て随分とシュールなことだろう。もちろん身体強化だけじゃなくて認識阻害もかけているから、一般人にはばれていない筈だけれど、なのはさんやはやてさんは随分と引きつった表情をしていた。言っておくけれど、なのはさんだって強化すればこれくらい出来るんだからね。

 

身体強化魔法というのは本当に便利なもので、ミントさんやフェイトさん、私のような幼女でも立派に荷物運びの戦力として数えられる。アースラからも男性スタッフが数名お手伝いに来てくれたし、恭也さんや美由希さんも手伝ってくれたこともあって、荷物運び自体は1時間もかからずに終わってしまった。

 

「みんな、ありがとう。あとは荷解きだけだから、私達だけでも大丈夫よ」

 

プレシアさんがそう言うと、アースラのスタッフさん達がそれぞれ挨拶をして帰っていく。

 

「じゃぁ、俺達もこれで。忍のこと、よろしくお願いします。美由希、行くぞ」

 

「改めてありがとう。助かったわ。向こう三軒両隣、というのでしょう? 後でご挨拶に伺うわね」

 

恭也さんに挨拶しているプレシアさんとフェイトさんの後ろで、アリシアちゃんがこちらを手招きした。

 

「どうしたの? アリシアちゃん」

 

「こっちこっち。見せたいものがあるんだ。あ、なのはちゃんとミントちゃん、はやてちゃんも一緒に来て。あ、階段があるからはやてちゃんのこと、支えてあげて」

 

アリシアちゃんが示したのは、地下に降りる階段だった。何でも大家さんが以前ワインセラーとして使っていた結構広いスペースがあるのだとか。なのはさんと一緒にはやてさんを支えながら地下に降りると、かなり広いスペースに見たことも無いような色々な機械が設置されていた。リニスとすずかさん、あと忍さんがそうした機器の調整をしている。

 

「みなさん、プレシアの研究室へようこそ」

 

私達が入室するとリニスが手を止め、挨拶してきた。すずかさんも笑顔でこちらに手を振ってくる。

 

「えっと、ここってワインセラーだったって聞いてるんだけど」

 

「元はそうだったようですが、今は棚も撤去されていてただの地下スペースですね。サイズ的にもちょうど良かったので、流用させて頂くことにしました」

 

もの珍しく辺りを見回していると、ミントさんがそばにあった大きめのポッドのようなものを撫でた。

 

「懐かしいですわね。これ、アルトセイムの庭園から持ってこられたのですか?」

 

「寝かせておくのは勿体無いですしね。その通りです。リンディ提督に無理をいって取りに行かせて貰いました」

 

どうやらプレシアさんがアルトセイムにいた頃、リニスと一緒に使っていたラボの設備をそのまま持ってきてしまったらしい。確か長距離転送ポートを使うにはかなり厳しいチェックと申請が必要だった筈だけれど、問題なかったのだろうか。そんなことを考えていると、すずかさんが声をかけてきた。

 

「ここで夜天の魔導書の管制人格をバックアップするためのストレージを作るんだよ」

 

「そうなんやね。私には何もお手伝い出来ひんけど、みんなよろしゅうお願いします」

 

はやてさんがそう言って頭を下げる。ここは、つまりはやてさんを助けるためにプレシアさん達技術部隊が用意した秘密基地なのだ。

 

 

 

テスタロッサ家の引越し自体は滞りなく終わったのだけれど、事件はその日の夜に起きた。それは桃子さんの夕食を頂いている高町家の食卓でのこと。

 

「ねぇ、なのは。あなたちょっと、その…太ったんじゃない?」

 

美由希さんの言葉に、なのはさんがぴしりと固まった。そして同時に、私も固まった。

 

「おおお姉ちゃん!? いやだなぁ、そんなことないって」

 

「そうかなぁ? 以前と比べてちょっとふっくらしてる気がするけど」

 

なのはさんは慌てたように否定しているけれど、よく考えてみれば多少心当たりがあった。今まで桃子さんが作ってくれるバランスの取れた食生活を送っていたなのはさんが急にアースラに入り浸るようになって、食堂の料理を思うさま食べていたのだ。なのはさん自身がカロリー計算していたとは考えにくく、更に思い返してみればアースラに来るようになってからというもの、学校の体育の授業以外で運動らしい運動はしていなかった。

 

「なのはさん…」

 

「な…何かな? ヴァニラちゃん、声が怖いよ?」

 

「今、体重何kg?」

 

「えーと…まだ32kgにはなってないよ! 31kgと…ちょっと…くらい」

 

なのはさんの年代で女の子だと、平均体重は26kgほどだったはずだ。無言でハーベスターを取り出し、なのはさんの前にかざすと、私の相棒はそれだけで私の意図を汲んでくれる。

 

≪Scan has been completed. Nanoha's height is 129cm≫【スキャン完了。なのはさんの身長は129cmです】

 

身長は年相応だった。この場合、ローレル指数は147程度であり、ぎりぎり肥満気味の範疇に入る。ジュエルシード事件でばたばたしていたため食生活方面まで気が回っていなかったが、桃子さんの目が届かないアースラでは、私がなのはさんの健康管理をするべきだったのだ。私は食卓に突っ伏した。

 

「ヴァニラちゃん? ヴァニラちゃん、大丈夫?」

 

「なのはさん」

 

怯えたような、引きつった笑顔を浮かべるなのはさんに、こちらも笑顔を向ける。

 

「ダイエット、しよっか」

 

「ふえええぇぇぇっ!?」

 

 

 

翌朝、恒例になっている魔法の朝練を終えると、私はアリシアちゃんも誘ってなのはさんを散歩に連れ出した。子供の頃に脂肪細胞が増えてしまうと、大人になってからも太りやすい体質になってしまうと言われている。なのはさんのダイエットは急務だった。

 

「ねぇヴァニラちゃん。ダイエットって、食べるほうも制限しないとダメ?」

 

散歩しながら、なのはさんが聞いてきた。

 

「そうだね…糖質は控えるべきだと思うよ。炭水化物もだけど、特にお菓子とかジュースの類は減らした方がいいかな」

 

なのはさんが絶望したような表情を見せるが、そもそもダイエットの本質は食事療法なのだ。

 

「ね、ねぇ、それって明日からじゃぁダメ? だってほら、今日の午後はアースラで、アリシアちゃんとフェイトちゃんのお誕生会やるんだよね?」

 

「そうだね。全面禁止はしないから安心して」

 

来週にははやてさんのお誕生会も控えている。なのはさんにはお菓子などの誘惑が多いこの時期をなんとしてでも乗り切ってもらう必要があった。

 

「あ、あのね、ヴァニラちゃん。昨夜少し調べてみたんだけど、BMI値っていうのがあって、それで検索したら、わたしの体重は平均値だって」

 

「なのはさん、BMI値っていうのは成人に対して使用する値なんだよ。小学生の場合はローレル指数っていう値を使うの」

 

「アリシアちゃーん、ヴァニラちゃんがいじめるよー」

 

なのはさんが大げさに泣くふりをして、アリシアちゃんに抱きついた。もちろん冗談でやっていることはわかっているので、こちらも苦笑する程度だけれど。

 

「そういえばリニスに聞いたんだけど、昔アルフもちょっと太っちゃったことがあるんだって。フェイトとミントちゃんが、やっぱり散歩に連れ出してたみたいよ」

 

ふとアリシアちゃんがそんなことを言った。結構スポーティに見えるアルフさんにも太っていた過去があるというのは、ちょっと意外だった。なんでもミントさんが試しに買ったドッグフードをえらく気に入ってしまい、間食代わりにみんなの目を盗んで食べていたのだとか。

 

「ドッグフードとかは嗜好性が高いからね。食べ過ぎちゃったんだろうね」

 

「でもアルフさんって結構犬扱いされるのを嫌がるけれど、ドッグフードは好きだったんだね」

 

そんな話題で笑いあっているうちに、気がつけば桜台公園を一周してしまっていた。

 

「後、折角アースラに行くんだから、少し早めに出てトレーニングルーム借りて模擬戦しようか。そうすれば消費カロリーもだいぶ増えるはずだし」

 

「あ、そうしたら今日の食事制限は無くても…」

 

「それは話が別だよ、なのはさん。こういうのは継続が大事なの。暫くは毎日同じようにするよ」

 

毎朝学校に行く前に朝練と散歩、放課後にはアースラで模擬戦。もちろん塾に行く日は模擬戦は出来ないけれど、その場合は夜に道場で美由希さんが簡単な型を教えてくれることになった。それに加えて糖分の過剰摂取は厳禁。

 

「うぅっ、ハードだよぅ…」

 

「大丈夫だよ、なのはさん。私も付き合うから」

 

 

 

その日の午後はアリシアちゃんとフェイトさんの誕生会。今日ばかりは研究も一旦中断とのことで、みんなアースラにやってきている。リンディ提督の計らいで、次元展望公園に臨時のパーティー会場を設営してもらったのだ。私もなのはさんとトレーニングルームで模擬戦をした後、軽くシャワーを浴びてから会場にやってきた。

 

「かんぱーい!」

 

「アリシアちゃん、フェイトちゃん、お誕生日おめでとう!」

 

グラスに注がれた麦茶を飲む。なのはさんに付き合ってジュースを控えているのだけれど、麦茶は麦茶でとても美味しい。うっすらと甘みがあるしノンカフェインだし、抗酸化作用があるし、クールダウン効果もあるし、おまけに虫歯予防にもいい。

 

「なんだか、途中から美味しいのとは関係なくなっているよね!?」

 

なのはさんがツッコミを入れてくるが、麦茶が健康にいいのは判ってもらえたようだ。そのなのはさんも手には麦茶のグラスを持っている。

 

「お兄ちゃんやお姉ちゃんも来れたらよかったのに」

 

「仕方ないよ。日曜日の翠屋だよ? さすがに人手が足りなくなっちゃう」

 

それもそっか、と苦笑するなのはさんに私も笑みを返す。

 

「ところでヴァニラちゃん、準備の方は大丈夫?」

 

「うん、ばっちり。賛同者も増えたから、今のところ9色かな。とは言っても、同じような色味も結構あるんだけどね」

 

これは以前からなのはさんが企画していた、砲撃による花火のプレゼントのことだ。ミントさんだけでなく、守護騎士のみんなやリニスも協力してくれることになったため、花火の色は桜色、緑色、翠色、空色、赤色、青磁色、紫色、藍白色、黄色と随分バリエーションに富んでいる。

 

クロノさんがミントさんやザフィーラさんと色が被るという理由で辞退してしまったのは残念だけど、どうせミントさんとザフィーラさんや、ユーノさんとシャマルさん、それに私のように似たような色もあるのだから、あまり気にしなくてもいいのに、と思う。

 

「アルフさんもいてくれたら橙色も映えるのに」

 

「アルフさんには、シャマルさんが旅の鏡を展開する時に主賓2人の気を引いてもらうっていう大事な役割があるから、そっちに専念してもらわないと」

 

なのはさんとくすくす笑いあっていると、クロノさんがやってきたので挨拶を交わす。

 

「楽しめているようで何よりだ。ところで、依頼されていた天井のモニターは、もう切り替え可能な状態になっているからな。必要な時に念話でいいから声をかけてくれ」

 

「ありがとうございます、クロノさん」

 

クロノさんに依頼したのは、次元展望公園の天井モニターを一時的に外部投影モードに切り替えることだった。シャマルさんが生成した旅の鏡を介してみんなが魔力の花火を打ち上げ、それをモニター越しに鑑賞するのが今回の目的。

 

「みんなが楽しめる、魔法の平和利用だよ。上手くいくといいなぁ」

 

なのはさんはそう言うと、にゃははと笑った。

 

 

 

用意していたプレゼントを渡して、みんながそれぞれ余興を進めていく。そしていよいよ私達の花火の順番がやってきた。

 

「シャマルさん、お願いします」

 

「はい。クラールヴィント」

 

私達の真上に青磁色の鏡面が生成される。空間を歪曲させる魔法なので別に真上でなくてもいいのだけれど、やっぱり上にあった方が打ち上げ感がある。

 

「クロノさん、切り替えを」

 

「ああ、判った」

 

次元展望公園の天井モニターが、次元空間のリアルタイム映像を映し出した。

 

「じゃぁ、わたしから行くね。スターライト・ブレイカー打ち上げ花火バージョン、ブレイク・シュートっ!」

 

桜色の軌跡が、旅の鏡を抜けて次元空間に大きく弾けた。ミントさんの『フライヤー・バージョンF』を参考にして構築した、牡丹タイプの花火だ。アリシアちゃんが、それをきらきらした笑顔で見上げている。フェイトさんも随分と驚いた様子で、サプライズとしては上々だろう。

 

「わたくしも参りますわよ。本家ですわ。フライヤー・バージョンF!」

 

今度は空色の花が咲く。私も負けじと翠色の軌跡を打ち上げた。その後も守護騎士のみんなやリニスも加わって、華やかな花火が次元空間を彩る。

 

「すっごーい!」

 

「光のアートね。本当に綺麗」

 

エイミィさんやリンディ提督からも、感嘆の声が漏れた。

 

「なぁなぁ、これ私の誕生会でもやってもらえんやろか? 錦冠とかもみてみたいんやけど」

 

はやてさんからもリクエストが上がる。錦冠というのは金色の花が咲いてからすぐに消えず、枝垂れるタイプだ。構築式も練りこむ必要がある。

 

「私も協力するよ。一緒に綺麗な花火を作らせて」

 

「面白そうですわね。フェイトさんなら錦冠、わたくしも銀冠を完成させて見せますわ」

 

フェイトさんやミントさんも笑顔だった。なのはさんも言っていたけれど、これは砲撃魔法の平和利用。武力としてではなく、みんなが笑顔になれる魔法なのだ。

 

「次は連射、行っくよー」

 

なのはさんが連続でスターライト・ブレイカーを放つ。魔力残滓を利用して小さな魔力で大きな効果を得られる集束砲とはいえ、制御には体力を使うものだ。

 

(うん、魔法の練習を少しハードにすれば、甘味制限くらいは解除してあげてもいいかな)

 

笑顔で手を振っているなのはさんを見ながら、私は新しいダイエットメニューを考え始めた。




また随分と時間がかかってしまい、申し訳ありません。。
9月くらいから一気にお仕事が忙しくなってしまい、なかなか続きがかけていなかったのですが、お正月休みを利用して何とか1話アップできました。

また徐々にではありますが、書き溜めていければと思いますので、よろしくお願いいたします。。

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