IS スカイブルー・ティアーズ   作:ブレイブ(オルコッ党所属)

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第99話【アイ・ドゥ・ノット・アンダースタンド】

「楯無様、本日もご指導ありがとうございました!」

「もう菖蒲ちゃんったら固すぎ固すぎ。もっとフランクで良いのよ?」

「そういう訳には行きません。立場を抜きにしても今の楯無様は師匠なのですから! 敬うのは当然です!」

 

 練習が終わったのに未だに気合い充分菖蒲を見て楯無は上からフワリと降りながらクスリと笑った。

 タッグマッチまであと一週間。二人は訓練の総仕上げをするべくISの鍛練を重ねていたのだ。

 

「本当に素直で優しい子よねぇ。戦国の生まれとは思えないぐらい」

「そうですか? 割と覚悟決めてる時は容赦ないですよ私」

「うーん。でも可愛いからよし」

「フワワ、頬をグニグニしないでください~」

 

 腕だけを解除した楯無は菖蒲の頬をこねくり回した。

 

「そうだ、今日は一緒にご飯食べましょうよ。二年生の寮食堂に案内したげる」

「ふぁ、私一年生でふよ。場違いじゃありまふぇん?」

「大丈夫よ。菖蒲ちゃんと私はペアなんだから違和感ナッシングよ」

「そ、そうでふか。あの、そろそろ頬から離してくれませんか」

「あらごめんなさいね。あまりにもツルモチな感触でつい」

 

 ひとしきり満足した楯無は菖蒲の頬から手を離した。

 

「しかし最初とは見違えるぐらい技量アップしたわね」

「一重に櫛名田の性能というのもありますが」

「振り回されてる感じしないから良いんじゃない? 結構複雑でしょ、そのIS」

「そうですね。稲美都に比べるとやれることが多いです」

「あとは『奥の手』を万全な形に出来れば良いのだけれど」

「あれは完全に私の技量の問題です。それに、消費も激しいので練習でも何回かしか」

「まあ、ここは普通のアリーナと違って利用できる時間短いからね」

 

 今二人がいるのは人の目が触れられる普通のアリーナではなく地下の特設アリーナ。

 楯無が生徒会長としての権限を使って利用している。

 全ては櫛名田の『奥の手』を知られないため。特に、疾風に。

 

「本当にありがとうございます楯無様。私のためにこんなところを提供してくれて」

「礼は無用よ。菖蒲ちゃんの強化はそのまま学園の戦力強化に繋がるし、私もやるからには勝ちを狙ってるもの」

「楯無様でも不安はあるのですか?」

「というと?」

「楯無様は学園最強を自負しています。勝って当たり前の心構えだと思っていたので」

 

 IS学園の生徒会長とは最強の証。

 どんな勝負であれ。楯無に勝ったものは生徒会長になる権利を得る。

 楯無が生徒会長に就任してから、楯無は学園内で誰にも負けたことはない。

 それは生徒会長は最強であれという事実であり、心構えでもあったからだ。

 

「学園最強ではあるけど、その前に人間だもの。勝負に絶対はないし、最近の専用機持ち達の技量はなかなか侮れないわ」

「楯無様でも負ける可能性を考えていると?」

「ええ。実際学園祭のエキシビションマッチは危なかったし。だから日々鍛錬を重ねるの。菖蒲ちゃんも含めてね。だから負けないようにこの場所を使ったの。だからあなたが気にすることじゃないからね」

「そうですか。わかりました」

「ん。さて、もう時間ね。ご飯の前にシャワー浴びましょ」

「はい」

 

 

 

 

 

「ほわぁ………」

「どうしたのじっと見ちゃって」

「楯無様って本当に完璧なプロポーションしてますよね」

 

 惚れ惚れしますとタオルで隠された楯無の肢体に釘付けになる菖蒲。

 染み一つない玉のような美しい肌。出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる無駄のないスタイル。

 そして愛嬌と艶を兼ね備えたフェイス。

 非の打ち所はないとは彼女のことを言うのでは? そう錯覚するほど楯無の肉体は美しいのだ。

 

「なにかやってます?」

「んー、適度な運動と食生活、あとスキンケアをしっかりと」

「それだけですか? 信じられません」

「当たり前のことを継続して維持するの。毎日やり続けるのって結構大変なのよ? そういう菖蒲ちゃんだって凄く綺麗な肌してるわ。お人形さんみたいにスベスベよ?」

「わ、私も日々自分のコンディションを万全としてますから」

「疾風くんのために?」

「疾風様のためにです」

 

 普通なら照れて言葉を逃がすところを菖蒲は当たり前のように公言する。

 他者に対する愛情を彼女は隠さずに真っ直ぐ伝える。それはまだ青い少年少女にはなかなか出せない素直な感情表現だ。

 

「同じ生徒会にいる楯無様に聞きますが。疾風様って胸の大きい人の方が好きそうですかね?」

「疾風くんはそこまで外見気にしてないっぽいわよ?」

「飽くまで中身ですか」

「そうね。小学、中学時代とか酷い目に会わされてたし。女性との付き合いにうんざりしてたってのが彼の談よ。聞いた話なんだけど。彼、IS学園に入るとき少し不安だったんだって。ここの人たちがみんな女尊男卑思考の女子だったらって」

「その一部の人たちのせいで。疾風様は変わられてしまった」

「うん。安城敬華との出来事で彼の蓋が外れた。いや、元々持っていた物が大きく開かれたといった方が良いわね」

 

 覚悟を決めた。その敵対者に対する一種の報復は相手に暇を与えることなく押し流す。

 それでも決して人道に背くことなく。尚且つ上手くやってのけるのが疾風の頼りになるところであり、恐ろしくあるものだ。

 

「まあ私からしたらあの変化は良い方だと思うわ。結果的に彼の戦闘能力は入学時とは比べ物にならないぐらいに飛躍し、周りもそれに答えるように強くなっていった。それは貴女にも当てはまるわね、菖蒲ちゃん」

「はい………」

 

 今回のタッグ決めで菖蒲は疾風にコンタクトを取ることなく、真っ直ぐ楯無の方に赴いた。

 自分を鍛え直して下さい。自分はもっと強くなりたいと。

 

 疾風が変わるきっかけ。それは菖蒲が巻き込まれたフェンス落下事件。

 その時の菖蒲はISを持っていなかった。それでも彼を守ろうと身体が勝手に彼を突き飛ばしていた。

 あの時一夏がいなければ菖蒲は瀕死の重症、下手すればそのまま死んでいた。

 

 それも学園祭の時。自分の専用機に痛手を負わせてしまった自身の力量不足が原因だ。

 だからこそ菖蒲はもっと強くなろうと決意した。

 

 

 

 

 

 個々に区切られたシャワールームに入ってバルブを捻ると心地よい暖かさのシャワーが汚れを疲労と共に洗い流す。

 

「あー、気持ちいいわねぇ」

「そうですねぇ」

 

 他の利用者がない貸し切りのシャワールームで命の選択をする二人は曇りガラスのシルエットを晒しながら身体を清めた。

 

「楯無様」

「んー?」

「簪様とは、どうですか? 仲直り出来ましたか?」

 

 突然の問いかけに楯無は身体を洗う動きを一瞬止めた。シャワーを流したまま、楯無は聞き返した。

 

 菖蒲、徳川家は日本の裏事情にもある程度精通していた。

 昔取った杵柄というもので、ある程度裏に影響力を出せる程度の力がある。

 更識家とも何度も面識がある。勿論、彼女たち姉妹とも会ったことがあった。二人の仲に溝があることも、風の噂で知っていた。

 

「ううん。未だに私は簪ちゃんと一言も話せてない」

「そうですか」

「菖蒲ちゃんって兄弟いたわよね」

「はい、弟が一人」

「関係は良好?」

「最近反抗期に突入して結構生意気です。でも仲は普通に良いと思います」

「そっか、反抗期なんだ。私のところはそういうのなかったからな………」

 

 更識の屋敷は反抗期なんて我が儘などあってはならない場所だった。

 だけど簪の閉鎖的な行為はもしかしたら彼女なりの反抗期だったのかもしれない。

 

「僭越ながら、一つ宜しいでしょうか」

「ん?」

「楯無様は怖いのですね。わからないことが」

「………」

 

 沈黙は肯定と捉え、菖蒲は言葉を続けた。

 

「私もわからなくて怖いことがありました。手術で日本を離れ、疾風様とまた会えるだろうか。疾風様は私を忘れてしまうのではないか。確かめる術なんてなくて、なにも分からないというのは怖かったです」

「ええそうね………私は怖い。簪ちゃんが今、私をどう思っているのか。嫌っているのか、無関心なのか。昔みたいに変わらずに好きでいてくれているのか。簪ちゃんだけじゃない。殻に閉じ籠ってるのは、私も同じなのよね」

 

 楯無として。国家代表として。生徒会長として。

 余りにも都合のよすぎる逃げ道に逃げているのは、他ならぬ自分自身だということを。楯無は誰よりも分かっている。

 

 だけど楯無はそれに簪に触れれない。触れるのが怖い。分からないことも怖いが。それと同時に分かってしまうのも怖いのだ。

 

「でも楯無様。分からないことは確かに怖いですが。それよりももっと恐ろしいことがあるのですよ」

「え?」

「それは繋がりが断ち切られること。わかる機会を失うことです………私は成功率の低い手術で。何度も頭に浮かべました。疾風様に二度と会えなくなる未来を。それが何よりも恐ろしく、怖かった」

「っ!」

 

 もう会えなくなる。

 自分はそれを想像したことが会っただろうか。

 簪ともう二度と会えなくなる未来を。

 

 楯無は心の何処かで。ただ見守ることに満足している自分がいることに気づいた。

 でもそれはずっと続くのか? 

 いつか簪は更識の加護下から離れてしまったら? 

 

 ………想像しただろうか? 

 

 もし、愛する妹と別離してしまったら? 

 もし自分が死んだら? 

 もし簪が死んでしまったら? 

 

 何故穏やかな日々が永遠に続くと想っていたのか。

 自分の立っている場所は紛れもなく戦場だというのに。

 

「出来るかしら、私に」

「それは楯無様次第です」

「そこは出来ると言ってくれないのね?」

「言って欲しいのですか?」

「うーん。言って欲しかったかなぁ」

 

 キュっとシャワーバルブを捻ってお湯を止めて個室を出た。

 

「菖蒲ちゃんは強いね。今でも好きなんでしょ? 疾風くんのこと」

「ええ。あの二人がくっつかない限りこの恋が冷める兆しなんかありませんよ。まったくもう」

 

 菖蒲は珍しく大きなタメ息を吐き。シャワーを止めた。

 

「菖蒲ちゃん?」

「私なりに背中押したんですよ? 私なりに。それなのになんですか3日立たずに仲違いしちゃって! あの二人は!」

「うっ」

 

 その要因が自分にあることを知らない菖蒲の言葉に楯無の胸の奥がゴリッと抉られた。

 

「疾風様は疾風様でISを動かせなくなるぐらいセシリア様とのことでショック受けて。セシリア様はセシリア様で意固地になって疾風様を無視しますし………もうなんなんですかあの二人。焦れったすぎです」

「そうね、その通りだわ」

「あの二人も同じなんです。相手の気持ちが分からないから怖いんです。周りの人は俯瞰的に見てるからなんとなく分かっても。自分のことなるとお先真っ暗になるんですよ」

「つまり?」

「くっつくならさっさとくっつきなさいって奴です」

 

 身も蓋もないが。楯無もそれに関しては同意見だ。

 端から見ても二人の感情のベクトルが大きいのが見てとれ、互いの思いのでかさがよくわかる。

 だからこそ拗れたら拗れたで物凄く歪曲して収集がつかなくなる。喧騒を挟んでも直ぐに元通りになる一夏とその女の子たちとの違いとも言える。

 

「横からかっさらおうとは思わなかったの?」

「思いましたよ。でもいま私がやったら疾風様とセシリア様の溝は更に広がります」

「まあねぇ」

「他所から見たらそんなこと考えてる暇があるならさっさとぶんどれっ! って言うでしょう。でも、私は疾風様の嫌がることをしたくないんです」

 

 会話の場がシャワールームから脱衣所に移る。服を着ながら菖蒲の独白は続いた。

 

「その間に疾風くんがセシリアちゃんと付き合ったらどうするの?」

「その時はその時です。あの人の幸せこそ、私が真に望むことですから………一応祝福はします」

「凄いわね」

「そんなことないですよ。今でも自分の気持ちを抑えないと奪いに行きそうで………うーん」

「どうしたの?」

「楯無様、やっぱり奪いに行った方がいいですかね?」

 

 ズルッと足を滑らす楯無に気づくことなく菖蒲の目にはチロチロと炎が点り始めた。

 

「セシリア様に手袋でも叩きつけてもう一度宣言しましょうか。疾風様は私が奪いますと」

「あら、さっきと180度意見が変わったわね?」

「女心は秋の空って奴です。考えたらムカムカしちゃいました。だらだらしてるセシリア様が悪いのです」

「そこで疾風くんを悪く言わないのが菖蒲ちゃんね~」

 

 鳴かぬなら、鳴くまでまとう、ホトトギス。なんて言った初代徳川将軍とは違って意外とせっかちなのね。恋とは恐ろしいわ。

 楯無は髪を乾かしながら隣の少女の底知れぬ迫力に眼を見張った。

 

「まあそう言いつつも。タッグマッチが終わってからですね。ことを起こすとしたら」

「どうして?」

「疾風様と簪様がいよいよ正念場に立ちますから」

「………ああ、そうか。今日からだったわね」

 

 打鉄弐式の本格整備の日は。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「二年生整備科三銃士を連れてきたよ」

「「二年生整備科三銃士!?」」

「快活な姉御肌、実家は自動車屋。天ノ川京子先輩」

「よろしくね一年生!」

「二年生版のほほんさん。北川フィーナ先輩、愛称フィーさん」

「どうもぉ。のほほんさん二号ですぅ」

「捏造上等。パパラッチ薫子」

「ちょちょーい! 私の紹介ネタ過ぎぃ!」

 

 パシッと鋭いツッコミを入れたのはご存知、整備科二年生のエースにして新聞部の黛薫子パイセン。

 

 そして最初の台詞に合いの手を入れてくれたのは一夏と、一夏のタッグ相手である箒である。

 本来この場にいるはずのない箒がいるのは。

 

「一夏が手伝うならペアの私も手伝うのが筋だ」

「そういうもんか?」

「そういうものだ。それに、白式関連で迷惑をかけたなら私も無関係を通せないだろう」

 

 厳密に言えば束さんは打鉄弐式の人員を動員したのにも関わらず停滞していたプロジェクトを(勝手に)完成させたからある意味救世主では? 

 いや。白式を近接一辺倒にカスタマイズして追加装備の開発を滞らせた原因でもあるから間違ってはいないか………

 

「でも大丈夫か? 整備系はなんもわからんだろ?」

「IS関連はわからんが力仕事でカバーしよう!! (それに一夏と一緒にいれるしな)」

 

 ということらしい。

 肉体労働要員が増えるのは素直に嬉しいからお言葉に甘えた。

 

「やっほーかんちゃん! 手伝いに来たよ~」

「ごめんね本音。突然呼んで」

「んー? なんで謝るのぉ? かんちゃんに頼られて私嬉しいんだよー。だからかんちゃんはもっと私を頼って良いんだからね。私専属メイドだし!」

「ありがとう。宜しくね」

「イエーイ」

 

 簪とのほほんさんは大丈夫そうだな。のほほんさんには前から話を通してたから助かった。

 

「そうだ。織斑くん。私たちのレンタル料は高いからそこんとこ宜しく! そうねー、独占インタビュー、は姉さんと被るから。1日デートで!」

「ええ!?」

「なんでもやるって言ったんでしょ? 疾風くんから聞いた」

「疾風! いつのまに俺を担保にしたんだ!?」

「いや、俺は無実よ」

「嘘だ!!」

 

 嘘じゃないよ。

 俺は単に先輩方に「当日は一夏と箒も手伝いに来ます。特に一夏のほうは『俺に出来ることならなんでもやります!』と言うぐらいの気合いの入りようです。存分にこき使ってやってください」って言っただけだし。報酬云々は話してないもんね(全力目そらし)

 

「そういうことなら私もデートで! モテモテだな一年男子!」

「じゃあ私もデートでぇ。校内で自慢しよぉ」

「はいはーい。私もおりむーとデート希望しまぁ~す」

「か、勘弁してくださいよぉ!」

 

 京子先輩じゃないけど。モテモテだね一夏。

 頑張れ、ここが甲斐性の見せ所だぞ。

 だが先輩方は一夏の隣に強気な一夏LOVEのレッドガーディアンがいることを忘れていた。

 

「駄目です駄目です! 複数人とデートなんて幼馴染みとして認められません!!」

「えーー。だって篠ノ之さん彼女でもないんでしょ?」

「うぐっ」

「そんなこと言うぐらいならさっさと潔く告白して物にするべきよね」

「それに一部界隈では幼馴染みステータスを武器にしてるうちに乗り遅れるのが定石ですしぃ」

「負けヒロイン一直線になるよしののん」

「な、なな何を言いますか!! てか失礼だな布仏!」

 

 おっと息をつく暇を与えずに鋭すぎる切り返しが! 

 基本的にウブい箒はもはやなす術もなく先輩+のほほんさんの手のひらで踊らされた。

 

「一夏っ! お前もなんとか言え!!」

「わかってるよ! すいません、デートだけは勘弁してください!」

「えーー、じゃあ1日密着取材で」

「デートじゃないですか! だめです!」

「チェー。じゃあやっぱ独占インタビューにするかぁ」

「まあ、それならいいです」

 

 ホッと胸を撫で下ろす一夏。

 隣にいる箒もなんとかデートは阻止できたという安心感と同時に一夏が他の女子と約束事を取り付けたということにほんの少しモヤっとしてしまった。

 

「京子とフィーはどうすんの?」

「んー、じゃあ2ショットで」

「あれ、随分下げたね?」

「落とし所は見極めないと駄目ってやつよ、ずっちん。良いカメラ用意しといてね! フィーは?」

「あふぅ。私は噂のマッサージを所望しますぅ。最近部活レンタルでもやり始めたって聞いたし」

「一夏、なんで剣道部にいるときにやり始めなかったんだ………」

「そんな残念そうな顔すんなよ箒。今度またやってやるから」

「ほんとか! なら今日の作業が終わり次第やってもらおうか! なんせ力仕事をするからな!」

 

 フッと勝ち誇った笑みを同じくマッサージ希望を出したフィー先輩に向ける。箒のやつ力仕事というワードでマウント取ってきたな。

 対するフィー先輩は気づいてすらいないのか虚空を見ている。

 

「じゃあ私はお菓子盛り合わせを所望しますぅ」

「のほほんさんはいつも通りだな。了解だ」

「一夏! 俺はカフェテリアの一番高いスイーツセットを希望する!」

「なんでお前も便乗してるんだよ疾風!」

「いやいや、この場所をセッティングしたの俺だし。簪をあの手この手で天の岩戸から引っ張りあげた功績ということで一つな?」

「疾風、私は天照じゃないよ」

「あー、わかった。腹を決めるわ」

 

 よし! 言質取ったぜ! 

 尻馬に乗った感じだが、とりあえず計画通りと悪い笑みを浮かべておこう。

 

 さて、あとは………あ、丁度来てくれた。

 

「あら、私が最後なのね」

「あれ!? 虚先輩! どうしてここに?」

「私も疾風くんに呼ばれたのよ。打鉄弐式製作のためにね」

「マジですか。その、簪さん? 大丈夫なの? 虚さん苦手だったんじゃ」

「ちょっと京子」

「あ、ごめん」

「いえ、私からも頼んだんです。打鉄弐式の完成には虚さんの協力も必要だって」

 

 黛先輩にさとされた京子先輩かばつの悪い表情で簪の顔色を伺った。

 その心配を他所に、簪は毅然とした態度で虚先輩の前に立った。

 

「お久しぶりです、虚さん」

「そうね。こうして面と向かって話せるのは何年振りでしょうか」

「すいません、虚さん。私は勝手にあなたを避けていました。あなたはお姉ちゃんの専属の使用人。あなたの手を借りることは。お姉ちゃんの手を借りるのと同義だと思って避けていた。でも、それは単なる思い込みでした」

「簪お嬢様」

「図々しいとは思います。ですがどうか。打鉄弐式を完成させるために、私に力を貸してください!」

 

 そう言って簪は頭を下げた。今回手伝ってくれることは確約してるが。それとこれとは別。簪なりにけじめをつけたい気持ちが大きかった。

 割りきっていても、まだ簪の中に不安が残っていたから。

 

 虚先輩はそんな簪の肩にそっと手を置き、力強く言って見せた。

 

「ええ、任せて。打鉄弐式は完璧に仕上げるわ。一緒に頑張りましょう」

「は、はい! お願いします!」

 

 お互い手を出しあって固く握手を交わす。

 その瞬間、簪の中の一抹の不安が確かに消えていった。

 

 なにも隔絶なんてなかった。

 虚先輩も会長やのほほんさんと同じように、簪のことを心配していた。こうやって頼ってくれることも、ずっと待っていたのだろう。

 

「皆さんも、今日は宜しくお願いします」

「オッケーよ簪ちゃん!」

「久々にIS1機まるごと整備出来る! 燃えるわ!!」

「ふゆぅ。今年度最大のやる気の見せ所だぁ。頑張ろうねぇ本音さん」

「りょーかいですフィー先輩。よーしやるぞぉ~」

「「おーー!!」」

 

 そんなこんなで始まった打鉄弐式製作。

 俺もISを作り上げるなんてことは初めてだから改めて気合いを入れ直した。

 

 製作開始。と同時に一夏と箒はISの整備作業という厳しさを思い知ることとなった。

 

「織斑くん、そっちのケーブル全部持ってきて! あと大型サーディングアイロンも!」

「はいー!!」

「篠ノ之さん! 三番の特大レンチと高周波カッター。あとフェイスガードも!」

「了解です!」

「にゃふぅ。空中投影ディスプレイが足りないからプロジェクター。あと液晶ディスプレイも一つお願いしまぁす」

「あ、ついでにデータスキャナーも宜しく!」

「「イエッサー!!」」

 

 次々と出される遠慮もへったくれもないオーダーに肉体労働担当は常に走ったり持ち上げたりを繰り返していた。一時の休みもなく。

 とにかく手が足りないと言わんばかりに二人は整備室をかけまわる。

 箒がいてよかったな。これを一夏一人でやるとなると相当負荷がかかっていた。

 

 しかし二人がそう走り回るのも、ISの側を担当する整備科三銃士の手際の良さの賜物だろう。

 

 整備科三銃士の役割はボディ担当。

 全体のスラスターや四肢の整備。組み上げられたパーツをつなぎ合わせ、逐一接続チェックをしていく。

 そして布仏姉妹はというと。

 

「よし、本音」

「はいなー。シュババババババ!」

「うわっ! あっという間にバラバラだった部品が装甲に」

「虚先輩も一瞬で装甲だったものをバラバラに」

「流石整備科のトップエースと次期エース。これくらい序の口ってやつね」

 

 ISの武器をも即座にバラす虚さんの分解の腕は整備の腕でも遺憾なく発揮された。打鉄弐式を構成するパーツを外し、それを分解してオールチェック。

 その分解されたパーツを即座に組み上げて新品同様に戻すのほほんさんは普段のスローペースが幻だったのではないかと言うぐらい俊敏だ。

 ………あの萌え袖でどうやってパーツを組み上げてるんだ。横目で見てるが観察しようとしたらもう組み上がっている始末だ。

 

 今回の整備開発に布仏姉妹を組み込んだことで。打鉄弐式を構成するいくつかの重要パーツをバラしてからの総点検と見直しを実地することとなった。

 普通ならデータチェックと点検で終わるが。今回は初ロールアウトの新型ということもあって念には念をということを虚先輩から提案されたのだ。

 会長のミステリアス・レイディの前身、グストーイ・トゥマン・モスクヴェを会長好みにする時もこの手法が使われたのだという。

 しかしこの試みを実行できるのも。『分解』の虚、『組立』の本音というIS学園が誇るスーパー整備姉妹の活躍あってのことだ。

 

 それでも通常なら膨大な時間を有するのだが、虚先輩曰く『簪お嬢様の丁寧な仕事のおかげで直すところが少なくて助かります。楯無お嬢様はもっと雑でした』と作業の短縮化に成功していた。

 

 整備科のトップエースにそう言われた簪は頬が赤くなり。画面に視線を戻した。

 

「………疾風、送った」

「ほいきた。チェックする」

 

 いま俺の頭にはお馴染みの鷲帽子型ハイパーセンサーのイーグル・アイを被り。打鉄弐式とコードケーブルで繋がっていた。

 簪は装着したパーツごとにプログラムを走らせる必要があるのでISを装着したままだ。

 

 俺と簪はISを動かすプログラムとソフトウェアの調整だが。ここが一番の山場だった。

 

 機体全体のエネルギーパイパス経路の確立。シールドバリアーとPIC展開領域。火器管制、姿勢制御プログラム。ハイパーセンサーの適正調整。ISコアの調律からの安定化。これでもまだほんの一部ということだから恐ろしい。

 

 最難関なのは。マルチロックオンシステムの構築と、山嵐へのフィードバック。

 そしていくつかのISから持ち出した稼働データサンプルを打鉄弐式のOSと照らし合わせ、馴染ませること。

 こうすることでISを動かすための学習工程を大幅に短縮することが出来、なおかつ打鉄弐式の動きを新品でありながら、より成熟した動きを実現させることが出来る。

 

 それが終わった後は実際にアリーナを飛び回り、システムトラブルがないかを検証。

 速射型荷電粒子砲【春雷】と、マルチロックオンシステムと山嵐の稼働テストをする。

 問題があればまたシステムチェック。

 

 これら全てを、タッグマッチトーナメントの2日前、最低でも1日前に終わらせなければならない。

 

 この中で一番重要なポストを務めるのは開発者の中心であり打鉄弐式のパイロットである簪。

 ハードウェアとソフトウェアの両方。送られてくるデータを蓄積してからフィードバック。はめられたパーツの試験稼働を一手に引き受けるという。膨大なんて言葉では生ぬるい情報の洪水とも言えるデータ量の情報処理作業を行っている。

 

 しかし何より驚くのはデバイスの操作方法! 

 ボイス・コントロール、アイ・コントロール、ボディ・ジェスチャーを駆使し。

 さらに両手両足の上下に空間投影キーボードを一枚ずつ。四肢×2の合計八枚のホロキーボードを同時に操っているのだ。

 

 一見何を言ってるかわからないだろう。俺も初めて見たときは顔が固まった。

 簪は下のキーボードのテンキーを下に押す作業と同時に、指で上げる動作で上のキーボードを叩いている。

 しかもそれを足でもやっている! 手より稼働範囲が圧倒的に狭い足の指の動きで手と遜色ない動きでキーボードを打っている。

 

 文字通り身体の機能を全て使っている正に人外の所業と言える超越技術! 

 マルチタスクを越えた情報処理能力を発揮しながら簪は涼しい顔で作業しているのだ。

 

「凄い………」

「え? なんか言った?」

「いやなんでもない。続けよう」

 

 そして俺は簪が送ってくれたデータをチェックしている。

 

 イーグルは打鉄弐式を中継して簪のサポートを行っている。

 イーグルの電算ユニットは銀の福音戦と同じぐらいフル回転のフル回転。簪の動きは無駄がなくて綺麗だから、操作のサポート対象がかわっているのだ。

 

 俺はその簪から次々と来るデータをイーグルの補助を借りながら逐一チェック。

 データを見直して間違いがないかを即座に判断し。問題がなければそのまま簪に返す。

 

 ミスは許されない。後でもう一度再チェックするとはいえ。ここでのミスは更なる遅れを生む。

 そんな極限の緊張感に晒されながら。俺の口元からは笑みが溢れて仕方なかった。

 

 楽しい! 楽しすぎる! 心が踊る!! 

 ISを動かすのとはまた違う高揚感。自分のISをメンテナンスするのとは違う没頭感。

 

 みんなが組み上げたパーツ、データがそのまま打鉄弐式の肉となり、骨となり、血となり、細胞となる。

 俺はその瞬間に関わっている、立ち会っている! その事実が何よりも俺のIS魂に火を灯し、燃料を注ぎ、燃やしまくっている。

 

 この時間がいつまでも続けばいい。そう思えるほど俺は歓喜の渦に身を晒していた。

 だけどこれは終わらせなければならないこと。そして、終わった後もまだ作業が残っている。

 

「簪、3番から7番までのチェックが終わった」

「わかった、確認する………疾風」

「ん?」

「ありがとう」

「お礼はまだ早いでしょ」

「ううん、そんなことない」

「え?」

「………新しいの送るね」

「わかった」

 

 見間違いだろうか? 

 いや見間違いではない。

 一瞬ではあったが。簪は確かにこちらに笑みを浮かべていた。

 そのわずかとしか言えない笑みは。確かな輝きを持つと同時に。簪本来の姿だった、そう思った。

 

 完成したらどんな表情を浮かべるだろう? そう思ったら更にやる気が出てきた。

 打鉄弐式を完成させるための理由が一つ増えた。

 頭の片隅に浮かべながら俺は新たに送られてきたデータのチェックに入った。

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