IS スカイブルー・ティアーズ   作:ブレイブ(オルコッ党所属)

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第100話【ガールズ・オブ・ハート】

 

 

 

 打鉄弐式制作開始からはや5日。

 

 布仏姉妹を含めた整備科の精鋭5人+肉体労働担当の剣道コンビ。俺と簪を含めた少数精鋭である9人。間に合うかは正直不安なところがあったのだが。そこはなんとかなりそうであった。

 

 全工程同時進行によるハイペースでの作業が功を奏したというべきか。

 一度目処がついたら即テスト。反省点を纏めて再調整したらテスト。調整、テスト、調整、テストのサイクルを目まぐるしく回しまくった結果。

 打鉄弐式の完成率は既に95%まで迫っていた。

 

 基本のシールドとPIC、バススロットのコールとリコールの調整は完璧。

 通常飛行もなんなくクリアし、瞬時加速も既に実戦段階に到達した。

 

 武装面もほぼ完成している。

 弐式の荷電粒子砲は一夏の荷電粒子砲というお手本の教科書があったお陰で既に実戦段階に落ち着き。

 最大の問題であった自立稼働型マイクロミサイルの山嵐もほぼほぼ構築は完了している。

 

 ただ山嵐と打鉄弐式に学習させる戦略データだけは一番最後に回してるので本来のスペックには到底及ばないというのがある。

 しかしそれでも既存の火器管制下のミサイルとは段違いの性能となっており、以前のほほんさんが使った颪と比べて50%の性能向上を果たしていた。

 

 あとは、稼働データとの照らし合わせ。なのだが。

 

「んーー」

「………足りないねぇ」

「ねー」

 

 打鉄弐式に他のISから取ってきた実稼働データサンプルを差し込んで見たものの。なんともマッチしないというか。

 100%をMAXにするならば今の値はたったの42%という始末だ。

 

 一番相性が良かったのは同じ製造元(?)の白式。しかしここから俺のイーグルや学園にある打鉄のデータサンプリングをつぎ込んでみたが。微量な伸びで終わるということに。

 

「前から打鉄弐式は、コアの適正値調整で難を示していたの」

「コアが合わないっていうのは既視感感じるなぁ。俺のISもコアの適正値上がらなくて一週間ぐらい遅れたし。しかし今回は実稼働データとの照らし合わせだから最悪このまま出しても問題ない、けど」

「ここまで来るとなんかもどかしいよね。出来るなら完璧に仕上げたい」

「だけどもう使えるデータサンプルはないのよね? どうする? 他の専用機持ちに頼む?」

「それは現実的じゃないわよ京子。実稼働データなんて普通は機密データなんだからさ」

「すいません、私の紅椿からもデータが取れれば」

「いやいや! 紅椿はもう実質アンタッチャブルなISなんだから下手に刺激しない方が良いってことだしさ! 気にしないで篠ノ之さん」

 

 箒の言う通り。駄目元で紅椿から実稼働データを取ろうと試みたが。

 紅椿に外部端末からアクセスした瞬間『これ以上手を加えるなら繋がってる端末爆発させちゃうからね♪』というやたらリアルなマーチラビットが警告を発してきたのでやむなく断念した。

 脅しでもブラフでもないことは絶対に理解できたからである。

 

「でもこれ以上どうすれば良いんだ?」

「倉持技研に頼んでみますぅ?」

「………一つだけ。まだ使っていないデータがある。虚先輩、あれは貰ってこれました?」

「はい、ちゃんと貰ってきました」

「え、なにを?」

「ミステリアス・レイディの稼働データを」

「っ!」

 

 虚先輩の懐から取り出された代物を見て簪は目を見開いた。

 取り出されたのはUSBメモリ。その中には虚先輩経由で会長に頼んでいた会長の専用機のデータ。

 

「え、えぇ。それってロシア国家代表のデータってことでしょ? よく政府が認可したね?」

「してませんよ」

「へぇ?」

「これは生徒会長、楯無様の独断です」

「うえぇ!? い、いいの!? そんなもの持ってきて!! てかそれ私たちが知っても良いデータ?」

「法的にはアウトですが。楯無様は心配いらないと自信満々に言ってくれました。大丈夫です。外に漏れなければ言ったことにはなりません」

「ふにゃ。それじゃあ、いいのかなぁ?」

 

 良いんでしょう。何しろ日本の裏のドンが言ってるんだから。

 まあ福音と同じく口外したら即処罰&監視でございますが。

 

「………………」

「如何しますか。簪お嬢様」

「え、えっ?」

「これが必ず打鉄弐式のコアに合うかはわかりません。ですが試してみる価値は十二分にあります」

「う、うん………」

 

 頷きつつも簪の目は泳ぎに泳いでいる。

 最初は一人でやりきることを大前提としていた簪だがこうして大人数で協力することを良しとし。今まで避けていた会長の側近である虚先輩の協力も取り付けた。

 

 だが虚さんの手にあるデータは間違いなく会長の手が加えられたもの。

 姉である会長を越えるというレゾンデートルを原動力にしていた簪にとって、そのデータが打鉄弐式に入る。

 例えそれで上手く行っても、会長(のデータ)の協力があってこそ打鉄弐式は完成した。という現実が目の前に迫っているのだ。

 

(これはデータ。ただのデータ。お姉ちゃんの手を借りるわけじゃない。これはデータ。使える素材というだけ。だけどこれは紛れもなくお姉ちゃんのこれまでの軌跡。お姉ちゃんそのものと言っても良い。本当に良いのかな。でも、それで上手く行けば、みんなとの努力は報われる、疾風にも、迷惑がかからない。でも………)

「大丈夫か簪」

「っ! だ、大丈夫………」

 

 大丈夫じゃないな。それは火を見るより明らかで、この場にいる全員が認識した。

 さて、どうするか………このままデータ無しでやるか。

 

 ピピピピ。ピピピピ。

 18時を知らせるアラームが鳴った。

 すなわち、今日の作業時間は終了。

 

「あ、もう今日は終わりだね。続きは明日だ」

「たっちゃんのデータ云々は明日にしましょ。ないならないなりにやりようはあるし」

「そういうことだねぇ、かんちゃん。1日考えてから決めてみよぉ」

「うん、そうする」

 

 簪が内心ホッとしているのを横目に見ながら俺は端末を閉じた。

 

 

 

 

 

「これからご飯食べに行くけど。二人はどうする?」

「ちょっと整理したりなんなりしたりするから先行ってて」

「オッケー」

 

 整備チームと別れてデータの最終確認をする。

 明日の整備室の予約も取れたから、あとは………

 

「ごめんなさい」

「ん?」

「場の空気壊しちゃって」

「んー? いやそんなことはないから大丈夫だよ? 予想はしてたからさ。それより、事前に話してなかった俺も悪い。ごめんね、簪」

「ううん! 疾風の気持ちは嬉しいから………私の為を思ってやってくれたし」

 

 物は言いよう。だがそこに嘘はない。

 簪の為にと思い。俺から会長に頼んだこと。

 あそこでアラームが鳴ったのは、本当に助かった。いずれにしろ、あの場で決断は出来なかっただろう。

 

「はぁ………情けない」

「そんな気にすることじゃないよ」

「ううん、それだけじゃないの。使えるものを使わないなんて時間と浪費の無駄なのは分かってる……今更お姉ちゃんの力を使っても問題はないと思える自分もいる」

 

 簪もちゃんと前を、上を向いて来ている。

 これは良い傾向だ。これから会長と和解する上で、この反応は俺にとっても嬉しかった。

 

「でも。………周りからまた言われるんじゃって思うと、思考が止まって………」

 

 誹謗中傷。

 簪は家にいるときに絶えず聞いていた心のない言葉の針の数々。

 俺は一つ思い出した。初めて簪にタッグを申し込もうとした時。クラスの女子たちは口々に簪に対し言っていた言葉を。

 

 悪意があったかどうかは、正直わからない。

 だけどそんなことは聞かされる簪にとって知ったことではない。

 耳から入る言葉が全て。そんな後ろ指から簪は殻を作ることで自分の心を守っていた。

 

 心の傷など、一朝一夕で治るものではない。むしろここまで前向きになれたのは、元々簪が内に持っていた本来の心の強さだろう。

 だけどあと一押しが足りないのも事実。

 故に簪は今も迷って立ち止まりかけている。

 

 なら背中を押すのはパートナーの俺の約目だ。

 

「もし簪をバカにする奴がいたら。俺がもの申してやる」

「え?」

「簪が誰よりも頑張っているのは俺が知ってる。いや、他の奴らだって知ってる。なのに何も知らない奴らが簪を馬鹿にするなんて、俺が許さない」

「疾風が、そこまですることは」

「いや、怒るね。友達を貶されて黙ってられるか」

「友達………私と疾風は、友達でいいの?」

「俺はそう思ってたけど。簪は違った?」

「う、ううん! そんなこと、ない」

「なら良かった」

 

 笑いかけてやると簪は頬を少し染めて俯いた。

 対する俺も少しキザだったかなと顔を熱くしてしまった。

 

「まあ、なんだ。最終的に決めるのは簪なんだからさ。明日まで時間あるし。使わなくても俺は迷惑なんて思わないからな」

「な、なんでわかったの?」

「あ、やっぱりそうだった」

「カマかけなんて、ズルい!」

「ごめんね。俺ズルい男なんだ」

 

 小ズルさで右に出るものはないと自負しております。

 

「まあそんな感じだ。難しいだろうけど。簪は比較的気楽に考えてくれたらいいよ。明日も頑張ろうな」

「うん、頑張る」

「よし、まずは飯だ飯」

「うん。お腹空いちゃった」

「簪って結構食べる方だよね」

「そ、そんなことない!」

 

 えー、本当でござるかぁ? 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 仲良く談笑しながら食堂に向かう二人を、影から監視している生徒がいた。

 その髪は輝く金色。その瞳は蒼き宝玉。高貴さを兼ね備えたそのルックスは、間違いなく上位に入るほどの美少女に値する。その生徒の名は

 

「ん、んんんんんんん………!」

 

 セシリア・オルコットその人であった。

 

 いつも優雅であることを心情とする彼女だが今はそんな気配は微塵もなく。

 

 彼女は壁を握り壊さんばかりの力で掴み。額に青筋を浮かべ、唇を文字通り噛み締めて笑い合う両人を見ていた。

 今にもハンカチを噛み千切らんばかりに唇を噛む友人の姿に鈴は呆気に取られていた。

 

「あのさぁセシリア。あんな素っ気ない態度取り続けてる癖にその態度は駄目じゃない?」

「それは疾風を一夏さんに置き換えて同じ気持ちにならないと誓ってから言ってくださいな」

「うぐっ」

 

 痛烈な切り返しに鈴は後ずさる。

 もし自分がセシリアの立場なら今頃アリーナの至るところにクレーターが出来ていたことだろう。

 

 だがそこは座右の銘であるそれはそれ、これはこれの出番である。

 

「でもさぁ、いい加減許したらどうかなって思うよ? 仮に一夏はさ、自分がなんで怒らせたかわからないでポカンとするからタチ悪いけど。疾風は悪気があって言ったわけじゃないし。それでも疾風は自分が悪いって思ってるわけじゃん………それともさ。もう疾風のことは怒ってないけど意地張ってタイミング逃してるだけとか?」

 

 セシリアは疾風から目線を反らした。

 

「だけど今度は自分を差し置いて簪に声をかけ続けて良い雰囲気になった疾風にモヤモヤしてると」

 

 セシリアは俯いた。

 図星も図星である。

 

「気持ちはわかるわよ。わかるからあんま偉そうに言えないけど。仲直りしたら? あたしもさ。何回も一夏と喧嘩して言いあうことあるし。貧に………禁句言われてぶち殺してやる! ってなっちゃう時もあるわよ。でもさ、それでも何処かで一夏は許してくれるって。甘えちゃう自分がいるのよねぇ」

「甘えている。わたくしが?」

「あんたがそうとはいってないけどさ。でも待ってると思うわよ疾風。あんたから歩み寄ってくれるの。じゃね、お腹空いたから行くわ」

 

 なんだかんだ付き合ってくれた鈴の足音が遠くなっていくのを感じながらセシリアは壁にもたれ掛かって息をついた。

 

 疾風と喧嘩(というより自分が一方的に突き放した)をしてからもう二週間と少し。

 あれからまともに話していない。

 

 正直に言うと。もうセシリアは怒っていない。と言えば嘘ではあるが、以前程ではない。

 あれは確かに疾風の本心ではあったのだろうが。更識楯無に唆されたということは唆した本人から聞いたから間違いはない。

 だからといって直ぐ許すのはセシリアの根っこが許さない。この際だからたっっっぷり反省させてやろうと怒り半分、いや怒り70%の気持ちで疾風に接していた。

 

 そしてそろそろ許してやろうか? いやまだ足りない。

 許してやろうか、いやまだ。そんな先延ばし先延ばしにしていたら、いつの間にか疾風が自分のもとに来なくなった。

 

 セシリアは何処かで期待していた。

 疾風は諦めることなく毎日話しかけてくれるだろうと。自分との繋がりを絶ち切られたくないという思いから通い続けてくれるだろうと。

 でも現実は違っていて。いつの間にか疾風は更識簪という女の子にご執心で。いつしか自分とはすれ違う時に目線をくれたりするぐらいになった。

 それどころか、挨拶もろくに交わしてないのでは。

 

 過度な期待、セシリアは自惚れていた。驕っていた。

 疾風は私を手放すことなどしない。わたくしをずっと見てくれている。あの時、サイレント・ゼフィルスから救ってくれた時のように。

 

 だけどそんな疾風が自分に視線を送らなくなった。

 もしや愛想をつかされたのでは? そう考えたことは何度もあった。

 だがどうすればいい? どう声をかければいいのかわからない。

 切っ掛けがまるで浮かばない、すれ違う時も半ば立ち去るようにその場を後にする。

 最初は怒りの感情からだった、だけど今は恐れが強かった。

 

 ああ、なんたる身勝手さか。

 先に愛想をつかしたのは自分だというのに。

 

 怖い。

 時々悪夢を見る。

 

 自分を見限って更識簪と歩いていく彼を。

 自分が言いすぎたと言った時『今さらどの口が言ってるんだ?』と冷酷な目を向けられるような。そんな夢を見る。

 

 飛び起きる度に思うのだ。

 自分はこんなにも彼に想いを抱いていたということを。

 鈴が疾風は今でも待ってると言っていたけど。本当にそうなのだろうかと。セシリアは渦潮のようにぐるぐると瞑想していく。

 

 いや、違うそうではない。

 ただどうしたいかなどとっくに決まっている。

 ただただ勇気がないだけなのだ。セシリア・オルコットという乙女は。

 

(………帰ろう。もういないでしょうし。ここにいる意味もない)

 

 家路に戻ろうと曲がり角から顔を出した瞬間。ポスッとセシリアの顔は厚い胸板に鼻をぶつけていた

 

「わぷっ」

「わっ。え、セシリア?」

「は、疾風!?」

 

 曲がり角を曲がろうとしたら疾風とバッタリ鉢合わせたセシリアは慌てて距離を取った。

 目線を上げるとそこにはいつもの眼鏡をかけた幼なじみの姿があった。

 

「な、なんでここに!?」

「えっと。整備室に忘れ物しちゃって」

「何故忘れ物しましたの!」

「え!? えっと、なんかすいません」

 

 なんで謝ってるのか良くわかってない疾風はいきなりセシリアと対面したことによる驚きで思考が停滞していた。

 そんな彼に対し高鳴る胸の鼓動を必死に抑え込みながらセシリアは思考を回転させていた。

 

(ほ、本当になんでこんな。えっと。えっと。ごきげんよう! いえいえ流石に明るすぎますわ。えーっと………あれ? あれれ?)

 

 IS学園で彼と再会して、ここまで喋らないのは初めてで。時々自分と疾風はどんな話をしていたかを忘れる時がある。

 いまがまさにそれでセシリアの頭は挨拶さえ満足に出来ないほどパニックを起こしていた。

 

(いえ、これはむしろチャンス。神からの天恵ですわ! ここで関係をある程度修復しなければ。まだ取り返しがつくかもしれない! 怯えてる場合ではないのよセシリア・オルコット!!)

 

 キッと目に力を込め、軽く深呼吸したのち言葉を絞り出した。

 

「ず、随分彼女と仲良くなったご様子ですわね。楽しんでるようで何よりですわ」

 

 出てきた言葉とは裏腹に、その声色はこれまた背筋が凍るように低く、高圧的な声だった

 

 ちっがぁぁぁぁう!! 

 セシリアはおのが心のなかでシャウトした。

 

(なんで! なんでこんな上から目線なんですの!? こんな時に入学初期のわたくしを出さなくても良いでしょうに! これでは疾風にまだ怒ってるのではないかと誤解させられてしまう!)

(や、ヤバい。やっぱりまだ怒ってる。くそっ! 心の準備なんか全然出来てないし、でもここでチャンスを逃すのは正に愚者の所業! とにかくなんか喋れ! 無言で良いことなんて今まで一つもなかっただろ!)

 

 似た者同士ここに極まれりである。

 二人とも心の矢印は向かい合っているのに見事にすれ違っている。

 あまずっぺぇである。

 

「ま、まあ。根気よく話しかけたり、切っ掛け作ったり、事件あったりと山あり谷ありだったんだけど。なんとかISは完成に持ち込めそうだよ」

「良かったですわね、念願のIS製作に携われて」

「………そうだな。お前と組めていたらもっと良かったんだけど」

「っ! そんな、いまさら。もうわたくしなどどうでもいいと思っていましたわ」

「そんなことはない!」

「現に更識さんにご執心だったではありませんか。わたくしに声をかけなくなってしばらくでしたが。もうてっきり諦めたとばかり」

 

 言い終わってからセシリアは奥歯が砕けるぐらい噛みしめた。

 ああなんて女々しい。まるで腐った果実のようにドロドロの物言い。こんなことを言いたいわけでは断じてないのに。

 話すたびに自分の醜い部分が浮き上がっていく。

 

 そんな自分を疾風に見せている。

 こんなの見せたくない。いや、いっそ見せた方が幻滅してくれるだろうか。

 そしたらこれ以上自分の醜いところを見せなくて済むだろうか………………

 

「確かに一時期お前より簪。更識さんのことを気にかけていたことは認める。あの子にシンパシーを感じてから、放っておけないって思って彼女に掛かりきりだったことは事実だし、中途半端ではなく、ちゃんと正面から向き合わないと駄目だって思った。これから協力を仰ぐのに、どっちつかずに中途半端なことをするのは失礼だと思った。セシリアのことを後回しにしたと言われても。いや、所詮言い訳だな。俺はそれを否定する言葉がない───だけどお前のことを思わなかった日は一度だってなかった」

「へ? ………なぁっ!?」

 

 数秒の空白のうちにセシリアの顔が赤くなった。

 燻り出した簪への嫉妬心が疾風の爆弾発言により一瞬で吹き飛ばされた。

 惚れた弱みと言えばそれまでだが自分のあまりにも単純な精神に嫌気さえ感じてくる。

 

「ななななっ、あなた何恥ずかしいことをそんな真顔で!」

「そんなこと言われても。いつ絶交を言い渡されるかって怖かったし。お前と他愛のない話が出来ないことがこんなにも辛いことだって思わなかった。ISになんてとてもじゃないけど手を出せなくて。失って初めて自分の中でどんだけセシリアが大きい存在かが」

「ストップ!! ストップストップ! ストップですわ!」

「セシリア?」

「な、なんなんですか! なんなんですかあなたは! そんな甘い睦言を言えばわたくしの機嫌が直ると思ってますの!?」

「む、睦言!?」

「自覚なしですの!? 自分が言ったことを反芻してみなさいな!」

「………………………!!」

 

 反芻した結果、疾風の顔も真っ赤になった。

 自分がどれだけ糖度の高い惚気を噛ましていたのかと。追い込まれた男の必死さがこれほど恐ろしいとは、と疾風は自分自身の理性のなさに戦慄を覚えた。

 

「その、えっと。いまのなし。いやなしじゃないけども! 全部真実だけど!」

「真実ですの!?」

「嘘言わないよこんな時に! てか完全に無自覚だったし!」

「そんなっ! ………………フー、一旦落ち着きましょう」

「そ、そうだな」

 

 とんだ番狂わせにこれまでのイザコザを忘れかけたセシリアはとりあえず疾風に対する不満を思い出して自分自身を保った。

 だがセシリアは先程よりイライラが落ち着いていることは明白であり、かつそんな自分に戸惑っていた。

 チョロすぎるのでは? これでは学園で密かに言われているセシリア・チョロコットという不名誉なあだ名が現実味を帯びてしまう。

 

 とにかく今は正常な判断が出来ないのは自明の理、このまま話続けるのはセシリアにとって好ましくないとセシリアのアラートが告げていた………。

 

「もうなにがなんだかわかりませんわ」

「え?」

「急用を思い出しました!」

「えっ?」

「ということでここで失礼致します。精々更識さんと励むことです! タッグマッチトーナメントで無様な姿を晒すのは許しません、ですが急拵えの付け焼き刃でわたくし達に勝てると思わないことです! 相対した時にはわたくしと組まなかったことを骨の髄まで叩き込んであげます!」

「え、えっと」

「ではごきげんよう!」

「ご、ごきげんよう」

 

 セシリアは(今の自分が出来る最大の)優雅さを纏いながら颯爽とその場を後にした。

 綺麗な撤退だったと思いながら、思わず胸を抑える。

 先程より胸の鼓動がうるさい。わかっていたつもりでわかっていなかった疾風の本心を前にして身体から飛び出してしまうのではというレベルで心臓が鼓動を叩いていた。

 

(もしかして………もしかして………)

 

 セシリアが疾風に三行半を叩きつけた翌日の彼の言動。これまでの疾風との日々。そしてたった今疾風が言った無意識下での口説き文句。

 

(もしかして………疾風はわたくしに、こ、こここここ好意を、持っている、のでは!?)

 

 何度目かのもしかしてを経て、セシリアは自分の推論を前に足を早めた。

 身体を動かさなければ熱暴走を起こしてしまうレベルでセシリアの身体は熱を発していた。

 

「ありえませんわ、ありえませんわ! そんな、そんな都合の良いこと、そんな。ふわぁぁ………」

 

 早く頭から冷水を被りたい。なんなら氷風呂に入りたい。

 セシリアは早歩きから全力疾走で自分の部屋に急いだ! 

 

「オルコット、廊下を走るな!」

「申し訳ございません!!」

 

 途中で織斑先生に注意されて一瞬熱が引くも直ぐに再燃してまた走り出した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「マジで恥ずかしいこと言ってたな俺。こぅわ………」

 

 盆水盆に帰らず。ハンプティダンプティは落っこちた。

 吐いた言葉はもう戻らずに俺は軽く悶絶した。

 

 謝りたいのであって口説きたい訳じゃないんだよ俺は! 

 口説きたくないわけじゃないけど今はその時じゃないでしょうが!! 

 

「疾風?」

「あれ、簪!? え、どうした?」

「その。遅かったから何かあったのかなって。忘れ物見つからない?」

「あー、えっと。まだ入ってないというか。セシリアとエンカウントしちまって」

「オルコットさんと? なんか進展あった?」

「あった、のかな?」

「なんで疑問系? あと、顔も赤い」

「すまん、そっとしておいてくれ。火が出そう」

「わかった。とりあえず忘れ物取りに、行こ?」

「そうだな、うん」

 

 そうだ忘れ物取りに来たんだった。

 

 とりあえずセシリアとの会話は聞かれてないっぽい。

 良かった、聞かれたら凄い気まずかった。

 これが浮気現場を目撃された男の気持ちか? いや絶対違うな。駄目だ! 思考回路が知恵の輪してる! 

 

「疾風」

「うわっはい! なんだ簪!」

「私と疾風は友達、だよね?」

「お、おう。やっぱり嫌だった?」

「………ううん。嬉しい」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 友達と言われたとき、簪は確かに嬉しかった。

 身近な友達なんて今まで本音だけだった。ましてや異性との友人なんて初めてで。

 

 彼との出来事はいつも色がついていた。

 色彩豊かで鮮やかで。思い出す度に笑顔になっていた。

 

 胸も高鳴った。自分のために行動を起こしてくれるのが嬉しかった。

 彼に窮地を助けてくれた時は本当に夢見たヒーローとの邂逅を感じた。

 自分の世界を広げてくれた彼とずっと一緒にいたい。特定の誰かにここまで心を開いたのは簪にとって初めての経験で。

 

 自分は彼の特別であると認識していた。

 

 だけどそれは間違っていた。

 彼が整備室の前で『彼女』と話していた時の彼の声が自分と話すときとは少しだけ違っていた。

 

 ショックだった。だけどそれは見当違いも甚だしくて。勝手に傷ついているだけ。

 

(ごめんなさい疾風。私は一つだけ嘘をついた)

 

 疾風と自分は友達。

 疾風は友達として自分を助け。友達として助言をくれて。友達として笑顔を向けてくれた。

 

 高鳴る鼓動と一緒にズキズキと胸が痛む。

 

「あったあった。じゃあごはん食べに行こうか」

「うん………」

「あっ! そういや今日かき揚げうどんの日じゃん。今日は俺も頼もうかな」

「サクサクで?」

「うーーん、いや今日はたっぷり全身浴派に挑戦しようかな。楽しみだ」

 

 簪に笑顔を向ける疾風に自然と笑みを返した。

 

(彼が好き………なのかもしれない。ううん、私は彼が好きだ。好きなんだ………)

 

 友達と言われたとき。簪は嬉しくないと思った。

 そして心の底から理解した。

 自分では疾風の特別になれないことを。

 

 それでも絶望はしなかった。

 再び殻に籠ることなど出来ない。

 殻に籠るには世界は広すぎる。

 

 そんな世界を見せてくれたのは他ならぬ彼なのだから。

 






 ついに100話いきました!
 更新遅れて申し訳ない。

 北海道はやばいですよー雪!電車なんてまるで動きやしない!
 みんなも気を付けましょうね。気を付けようがないですが。

 なにはともあれ。これからも頑張るので応援よろしくです!!
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