IS スカイブルー・ティアーズ 作:ブレイブ(オルコッ党所属)
「あー、会長。無事ですか」
「今にもぶっ倒れそうよ」
「思ったより元気っすね」
「ぶっ倒れそうだってば」
「お、お姉ちゃん無理しないでね」
戦闘終了後すぐに俺たちは会長の元に駆け寄った。
みんな見事にボロボロである。
俺はプラズマ・フィールドがあったから比較的大丈夫だが、エネルギーはほぼからっけつだった
「一夏! みんな!」
「箒! 無事だったか!」
「こっちの台詞だ馬鹿! うわっ、楯無さん大丈夫ですか!?」
「うわっ、は傷つくわよ箒ちゃん」
「だってこんなボロボロで。いま絢爛舞踏を出しますから」
箒は俺たちと比べてダメージは少なそうだった。
俺と同じくシールドエネルギー以外のバリアを持ってるのが大きなアドバンテージになったんだろう。
「箒、セシリアは無事だったか?」
「わからない。ラウラとシャルロットの救援のあと直ぐに戻ってきたから」
「そうか………!」
遠くから爆発音。
まだ戦闘が………あの方向は。
「箒、すまないが先にエネルギーくれ。絢爛舞踏じゃなくて有線接続で」
「駄目だ! 私もエネルギーを大分使った、送っても大した補給にならん。直ぐに発動するから待て!」
「でも発動まで時間がかかるだろ! なら少なくても有線接続の方が」
「駄目よ………疾風くん」
ひんやりと、俺の左腕に触れた会長の冷えた感触がスッと頭を通った。
「会長」
「ボロボロの状態で行って、もし死んだらどうするの? セシリアちゃんだけじゃない。送り出した私たちも責任を感じてしまうわ」
「それは………」
「らしくないわよ。こういう時こそ冷静に。うちの副会長はそれが出来る、人だと思ったんだけどゲホッゲホッ」
「お姉ちゃん!」
「楯無様、もう喋らないで下さい」
「だいじょーぶよ。気持ちはわかるけど。落ち着いて、ね?」
「………はい、すいません」
「よしっ」
ニコッと笑う会長を前にして、俺の頭は完全に冷まされてしまった。
ほんとらしくない。いくらあいつが心配だからって………
「疾風」
「ん?」
「オルコットさんが心配?」
「うん、まだちゃんと仲直りしてないし。このまま死に別れでもしたら死んでも死にきれない。それに、俺ってセシリアに助けられてばっかだから。今度は俺の番っていうか」
「オルコットさんのヒーローになりたいの?」
「ううん。そんな大層なもんじゃないよ。ただ」
「ただ?」
「あいつに頼られる存在になりたい、とは思ってる」
「そっか………」
ヒーローなんて大それた物じゃなくてもセシリアの助けになりたい。
昔からそれを胸に頑張ってたんだ。だから。
「………よし。発動!」
紅椿の装甲が開き紅が黄金に変わり、金色の粒子が吹き出した。
「絢爛舞踏発動完了! 疾風」
「ありがとう。会長も頼む!」
「ああ」
エネルギーパイパス接続。
いつ見ても紅椿の無限供給能力はすさまじいな
エネルギーが満タンになり、プラズマの調子も戻ってきた。
「気をつけて」
「ありがとう簪。行ってくる!」
ーーー◇ーーー
襲撃時にゴーレムⅢを倒したのも束の間、セシリアと鈴は増援である二体目のゴーレムⅢと相対していた。
最初こそ善戦していたものの。シールド無しという緊迫した状況と強敵との連戦に精神と体力が磨耗した二人の限界が到達するのは火を見るより明らかだった。
「ぐあっ!」
「鈴さん!」
ゴーレムⅢの豪腕に吹き飛ばされた甲龍が壁にめり込む。
そのまま動かなくなった鈴の姿にセシリアは思わず顔を引きつらせ、それを誤魔化すかのように残り2基となったビットとスターライトMK-Ⅳからレーザーを発射した。
ゴーレムⅢは1本をシールド、2本目をブレードで払い。3本目を身体に受けながら突貫。
セシリアの上方に躍り出たゴーレムⅢはブレードを振り下ろし、セシリアは瞬時にインターセプターをコールして受け止めた。
「きゃあっ!」
数拍の拮抗の末崩れたのはセシリア。押しきられたセシリアはアリーナの地面に落着した。
豪快に上がった土煙のなか、セシリアはなんとか上体を起こそうとする。
「あっ」
気づけば土煙の向こうに降り立つゴーレムⅢ。
急いでビットを向かわせようとするが、ゴーレムⅢのブレードの方が一歩早く。
「ズゥエアっ!!」
ゴーレムⅢがセシリアにブレードの切っ先を向けた瞬間。
「疾風!?」
「ぬぅぅぅぅ、ああっ!」
インパルスの穂先を強引に展開し、ゴーレムⅢの固い装甲を割り開いた。
「セシリア! ここに撃ち込め!」
「はいっ!」
スターライトMK-Ⅳをコール。空中のビットに射撃命令。
インパルスを一度だけ撃ち込んだ疾風は後方宙返り。その割り開かれた穴にセシリアのフレキシブルレーザーが吸い込まれた。
ゴーレムⅢが苦しそうに身をよじる。
中で更に歪曲したレーザーが内部機器を焼き付くし、ゴーレムⅢは熱膨張のちに爆散した。
「今度は間に合った。うはっ」
「大丈夫ですか疾風」
「うん、生きてる。あー、生きてるって素晴らしいなぁ!」
「何があったか詳細はわかりませんが。お疲れ様です」
セシリアの無事を確認し、疾風はそのままへたりこんだ。
見たところ損傷はあるものの、外見的なダメージは低そうだ。
「セシリアは?」
「わたくしは大丈夫ですわ。それより鈴さんが」
「私なら大丈夫よお二人ともぉ。というわけでごゆっくり」
鈴は両手で耳を塞ぎ、私はなにも聞いてませんアピールをした。
しかし何がごゆっくりなのか。
と胸中で漏らす疾風とセシリアは自然と目線が合わさった。
ーーー◇ーーー
「………」
「………」
「「あのっ、あっ」」
またか。デジャヴデジャヴ。
古きよき精神ゆずりあいが発生することは目に見えたので少し強引に俺から話題を切り出した。
「心配した。ほんと心配した。喧嘩別れになっちまうんじゃないかって。焦りそうになって、いや実際焦っちゃってさ」
「わ、わたくしもですわ。あのまますれ違ったまま疾風が死んでしまったらどうしようって。だからまず自分が生き残らねばと」
「ハハッ、俺も同じ」
戦ってる最中、セシリアのことを考えたのは10では足りなかったかもしれない。
無意識に考えたのも含めればどうだろう。
それでも生き抜くと決めた。色々理由はあるけど、そのなかにセシリアの存在があったことは確かだった。
「ほんと、今回は間に合って良かった。サイレント・ゼフィルスの時は間に合わなかったし」
「いえ! 疾風はまたわたくしの命を救ってくれましたわ。返しきれない借りを作ってしまいましたわね」
「それは俺の台詞だ。俺が初めてIS学園に来た時お前が居なかったら、今の俺はいないんだから」
「それならなおのことですわね」
「いやだけど………まあいいか」
今はお互い生きている。
それだけでいい。それだけで充分だ。
『ジジ………ジーー………ピピッ。こちら織斑、みんな無事か!』
「織斑先生! こちらレーデルハイトです!」
『レーデルハイトか。たったいま学園敷地内の無人機の全機破壊を確認した。通信も復旧したようだ』
「先生! 会長、更識楯無が重傷を負いました。場所は第3アリーナです、至急救護班を!」
『今すぐ手配する。お前は何処にいる、他に誰かいるか』
「第2アリーナです。セシリアと鈴が一緒です。二人とも命に別状はありません」
「わかった。いま状況を整理し、全員の安否を確認する、少しの間その場で待機だ」
「了解しました」
「終わったのですね」
「うん」
今までの事件と比べても大規模の事件だ。
福音の時も死を覚悟したが、今回のはそれの比ではない。
俺たちがいかにISのシールドというものに守られてきたのかがよく分かった。
肉体的にも、精神的にも。
とにもかくにも、事件は終息した。
なら、今やらなければならないことがある。
俺は重い身体に鞭を打って立ち上がって、セシリアの正面に立って。
「………セシリア」
「はい」
「ごめんなさい」
頭を下げた。
「俺はIS製作という魅力に負けてお前との約束を反故にしてしまった。どんな理由や要因があったにせよ。セシリアのことを忘れて承諾してしまったのは事実だ。本当にごめんなさい」
何度も何度も謝ったが。真剣に謝るということは何度だって不安で怖いもの。
窮地を救ったから許してくれる、なんて馬鹿げたことなど一片たりともない。
それでも謝りたかった。セシリアが許してくれるまで何度でも、何度でも。
いま生きてるからこそ。俺はセシリアに謝りたかった。
「わたくしもごめんなさい。疾風の性格はわかってるつもりだったのに。それに、疾風が全部悪くないのに、反省してるとわかっていて、わたくしは意地を張り続けてしまいましたわ。あんな子供じみたことまでして疾風を傷つけて。本当にごめんなさい」
「ちょ、ちょっと、そんな深々と頭下げないでくれ!」
今度はセシリアが頭を下げてしまって俺はマジで慌てた。
なんとお互いに謝る結果になってしまった。
別にセシリアが意地になったことに関しては憤りなど感じてなかったから、うーん。
「セシリア、俺は微塵も怒ってないから謝らなくていいからな」
「で、ですが」
「いいの! 俺は怒ってないから。な?」
意気消沈して四六時中セシリアのこと考えて胃を痛めて自業自得の苦しみに苛まれただけだから。
「それなら疾風もではありませんか。更識さんの教唆術? というものをかけられたのでしょう? あの後布仏先輩に聞いたのですが。
とてつもないものだったそうではありませんか。だから疾風は誘導されただけで非はないということに」
「いやいや俺のなかで簪のIS製作やりたいって気持ちは確かにあったから充分有罪だと思うんだ。現にIS製作自体は楽しかった訳だから」
「ですが!」
「いやだけど!」
「あああぁぁぁもう! じれったいわねアンタら!」
「「うわぁっ!!?」」
さっきまで壁にめり込んでたはずの鈴がいつの間にか真横でシャウトしてきた。
びっくりするわほんま!
「どっちも謝ってばっかでうざったい! さっさと許して仲直りしなさいよ! もう怒ってないでしょあんたら! 過ぎたことをぐちぐちぐちぐちネバネバネバネバと! アメーバかあんたらは!」
「な、なんでアメーバ」
「だまらっしゃい! よし! 今から私がせーのって言ったら『許します!』と言いなさい、それで話は終わりよ」
「え、いやそんなアバウトな」
「もう少し話してからでも」
「はい! せぇぇぇのっ!!」
「「許します!」」
なんか流れのまま言っちまった。
え、こんな仲直り方ありなの?
「これで仲直りよ。良いわね? 良 い わ ね?」
「「は、はい」」
「よし!」
スッキリしたと鈴は満足げに笑いながら、わざわざ離れたところにドカッと座った。
「………えっと」
「………はい」
「これからも、よろしく、です」
「は、はい。こちらこそ」
なんとも言えない空気がただよう。
確かに出口を見いだせないところに助け船が来たものだが。川から地上に出た後に立ち尽くす結果になってしまった。
………とりあえず腕の装甲を解除して差し出した。
仲直りの握手。セシリアも察してくれたのか同じく装甲を解除してその手を握ってくれた。
「「………あっ」」
気づけば結構長めに握手してることに気付いた。
目があうと同時にサッと握手を解いた。
「ア、ハハ」
「ふ、フフ」
俺とセシリアは乾いた笑いを出しながら同時に目線を反らした。
なんというか、すごく恥ずかしくなったからである。
こうして俺とセシリアの初めてかつ盛大な仲違いは幕を下ろしたのだった。
「………ハァ、リア充爆発しろ」
その傍らで鈴は頬杖をついてこれ見よがしにタメ息を吐いた。
そんなボソッと呟いた鈴の言葉は幸か不幸か俺たちには届かなかった。
ーーー◇ーーー
戦闘終了後、俺たちは揃って医務室にぶちこまれた。
みんな包帯やら絆創膏やらで大変なことになっていた。即効性医療用ナノマシンをぶちこまれて先程とは別種の痛みに苛まれたが、痛みは生きている証だと思ってあまんじて受け止めた。
治療を終えた会長と簪以外の専用機持ちは管制室に集められた。
簪は会長のところだ。今は精神衛生上、会長の側にいた方が良いし。簪の意見でもあるから尊重してあげたかった。
「全員無事、とはいかなかったが。生徒と戦闘員の死者をゼロに納められたのは、これ以上ない結果だったと思う。学園警備責任者として、君たちに礼を言う………本当に、良くやってくれた。ありがとう」
「ち、千冬姉が頭を下げた!? いでぇ!」
「空気を読め一夏!」
頭を下げた織斑先生に変わり箒が一夏に制裁の拳骨を炸裂させた。
気持ちは分かるけどそれは心の中だけにしとけよ一夏。
「あの、タッグマッチ・トーナメントはどうなるのでしょう。延期ですか?」
わずかな希望を持って問いかけてみたが。織斑先生の顔色を見て直ぐにそれは叶わぬものだと察した。
「これまで以上に大規模の襲撃だ。事後処理に追われることになる。お前たちのISもまともに戦える状態にはない。よって、中止になるだろう」
「また中止かぁ………呪われてるなIS学園」
「というより、俺と一夏が疫病神ですよね」
「今回は織斑とレーデルハイト個人を狙ったものではない。いたずらに悲観的になるな」
まあそうですけどね。
「だが、当初の目標であった多人数戦闘の強化は無事に終えたと行ってもいいだろう。悪いことばかりではないということだ」
「ものは言い様、ですね」
「ああ。では、この後お前たちにはもう一度精密検査を受けてもらう。終わり次第解散とする。帰ってゆっくりと、身体を休ませろ」
締めの言葉を言った織斑先生の声色は、とても優しかった。
そして申し訳なさそうだった。
まるで今回の事件の原因が、自分にあるかのように。
ーーー◇ーーー
「ん………んー」
朝の襲撃から時間がたち。外はオレンジ色に染まり。
白系統の部屋も例外なくオレンジ色に染まっていた。
そのベッドの一室。
意識を取り戻した楯無が見たのは、オレンジ色になった白い天井だった。
「お姉ちゃん?」
「簪、ちゃん?」
か細い声の方を向くと、自分の手を握っていた妹の姿があった。
その温もりの心地よさを感じながら。微睡みの中で言葉を発した。
「ここ、保健室?」
「ううん、医務室」
「あー、そう。怪我人として入ったのは初めてかな。イタタタ」
「まだ動いちゃ駄目! お姉ちゃんの傷、もう凄いんだから、大人しく寝てて?」
「はいはい」
簪の制止の言葉を素直に受け入れてベッドに身体の全てを預けた。
「フフっ」
「どうしたの?」
「いや。こんなどもらないで力強く喋る簪ちゃんは初めて見たなって。疾風くんのおかげかしら?」
「そ、そうかも………」
ポッと頬を火照らせる妹を見て楯無はアララと内心目を疑った。
昔から自己主張のない彼女。
そんな彼女が他人に恋をしてしまうまでの成長を遂げたことに、楯無はある種の寂しさを感じていた。
「こうして落ち着いて喋るの、久しぶりね」
「うん」
楯無が窓の夕焼けに目を向けるのに釣られて簪も窓の外を見た。
シンとした医務室の窓にはオレンジ色の空に雲がたなびいていた。
楯無は窓の外を見ながら気持ちを整理していた。
だがいつも纏まるはずの頭が纏まらず。胃を決して思ったままを話すことを決めた。
「………ごめんね簪ちゃん」
「え?」
「貴女のこと、本当の意味で、見てなかった。ずっと目を反らしていた」
簪とは対照的にたどたどしくなる自分がいた。
未だに妹がどう思ってるのか。恨んでるんじゃないかというシコリがあった。
だけどここで引いたらもう二度と簪と仲直り出来ない。
もう離れ離れになりたくない。その一心で楯無は必死に言の葉を紡いでいった。
「楯無の責務って都合の良い言い訳を掲げて、私は一歩を踏み出す勇気を持てなかった。私はあなたの為と言いながら、あなたを遠ざけていた。身勝手よね、最初に拒絶したのは、紛れもなく私なのに」
簪が手に入れてしまったブラフ情報で引き起こされた事件。
『あなたはもう、なにもしないで。貴方は普通の女の子でいて』
その言葉で、簪がどれほどショックを受けるか分かってなかった。
簪が楯無にどういう感情を持っていたかを理解していながら。
「でも、それでも簪ちゃんには更識の闇を背負って欲しくなかった。簪ちゃんに笑ってほしかった、幸せになってほしかった………でもそれで簪ちゃんを傷つけてしまったわ………」
「お、お姉ちゃん?」
ボロボロと涙を流れる自分に楯無自身が困惑した。
「ご、ごめん。泣くつもりはなかったんだけど。あれ、おかしいな」
簪と話している喜びと、簪に嫌われるのではないかという恐怖。それがごちゃ混ぜになり、涙となって溢れかえった。
「ごめんね簪ちゃん。こんな駄目なお姉ちゃんでごめんね。私、また簪ちゃんと話がしたい。もっと、家族として過ごしていきたい。ごめんなさい。本当にごめんなさい」
涙と共に溢れた楯無の本心。
ぬぐってもぬぐっても溢れる涙を必死にこする楯無。
その瞳を、簪がソッとハンカチでぬぐってあげた。
「か、簪ちゃん?」
「お姉ちゃんは。全然駄目なお姉ちゃんじゃない。いつだって、誰よりも私のことを想ってくれた」
「だ、だけど私は」
「確かに、あの時の言葉は今でも胸に残ってる。でも、あれは私が余計なことをして。更識の存在を揺るがしたから。だから、あれは仕方のないことだったの」
そう、ずっと納得していた筈だったのに。それに見ない振りをして閉じ籠った。
姉の本心を見ようともせず。見えていても遠ざけていたのは紛れもなく自分自身の責任だ。
「怖かったのは、私も同じ。お姉ちゃんに認められたいが為に一人で頑張っていた。でもそれは間違いだった。それを疾風や、お姉ちゃんが教えてくれた」
「でも………」
「お姉ちゃん言ってたよね、自分はヒーローなんかじゃないって。でも私にとってお姉ちゃんは。頼りになってカッコいい。小さい頃から大好きな、私のヒーローなんだよ………」
楯無がいたから幸せだった。
姉という存在があったからここまでこれた。
隔絶された関係はつらく、決して短いものではなかったけれど。
それはきっと、自分たちにとって必要な道筋だった。
今の簪は、それを全て受け入れて生きている。
「私も、お姉ちゃんといっぱい話がしたい。好きなアニメのことも、ISのことも、何気ないことも全部」
「簪ちゃん………」
「一人で意地をはってごめんなさい。あの時、お姉ちゃんに相談出来ないでごめんなさい。ごめんなさい、刀奈お姉ちゃん。私も、お姉ちゃんと仲直りしたいっ」
「うん、うん!」
簪の眼からも涙がこぼれ落ちる。
楯無も依然変わらず涙を流し続ける。
だけどそれは決して悲しみから来るものではない。
幾数年続いたわだかまりがなくなった姉妹は自然と抱き締めあった。
二人っきりの医務室で更識刀奈と更識簪は声をあげて泣いた。
泣きながら抱き締めあい、その温もりを共有しあった。
そんな二人を夕焼けの暖かな光が照らし続けるのであった。
ーーー◇ーーー
「あーーー」
鎮痛剤で身体の痛みはないものの。気だるさMAXの状態でベッドに倒れ込んでいる。
このままだと寝ちまうなと思っているが睡魔はなくギンギンと目が冴えていた。
疲労と睡眠って直結しないんだなぁ。
「あ、そういや」
バススロットにしまっていたホテルディナーのチケットを取り出した。
日付は明後日。一夏と箒は明日らしい。
そういえば、セシリアと仲直りしたら誘おうと思ってまだ相手決めてなかったんだった。
いやでも流石に今日は駄目だな。明日聞きに行くとしようか。
仲直りにディナーなんて豪勢だな。でも丁度良いかも。
そんなことを考えながら手の中でチケットを弄くっているとインターホンが鳴った。
「はーい。あれ簪?」
ドアを開けると、紙袋を持った簪がいた。
「疾風。いま大丈夫?」
「大丈夫よ。どうかした?」
「えっと、お礼を言いに来たの。打鉄弐式のことや、お姉ちゃんのこととか。はい」
差し出された紙袋を受け取り。開けて良いか許可を取ってから中身を取り出した。
「こ、これはぁ!?」
中に入っていたのは俺が一番好きなアイアンガイ・ダイヤのDVDBOXだった。
だがただのDVDBOXではない。
「こ、これ。抽選1万名様限定のディレクターズカット版の豪華仕様じゃないか! 未公開映像からキャストスタッフインタビュー。しかもサントラ付きの珠玉のアイテム!」
「あ、あげる」
「あげるぅ!? いいのか! これほんとヤッバイ代物だぞ!? ごめんごめん、こんな貴重なの貰えないよ」
「大丈夫。私と本音名義で奇跡の2個ゲットしたうちの一つだから」
な、なんて豪運。
俺も応募したけど落選したんだよなぁ。
いやでも、えーー?
「疾風。一番好きなシーンでダイヤのシーン上げてたから。好きかなって」
「一番好きでございます。ほんとにいいの?」
「うん。貰ってくれたら嬉しい」
「う、うぉぉぉ。ありがとう簪!!」
やったー! 超嬉しい!
イヤッホォォイ!!
報酬なんかいらないと思っていたが。
これは本当に凄い。頑張って身体張った甲斐があったものだ。
「あ、そうだ。会長の様子は?」
「さっき意識を取り戻した。今ナノマシン治療してるけど。ちゃんと治るって」
「現代医療に感謝だな」
「あと………無事に仲直りしました」
「そっか! あー、良かった。そっかそっか」
これは尚更頑張った甲斐があったもんだな。
これで止まっていた会長と簪の時間も動き出した。
シスコンな会長+隔てた時間。これまた溺愛するに違いない。
「そうだ。一緒に見ないか? この興奮を一人で受け止めるにはヤバいから」
「ありがとう。でも今日はやめとく」
「あー、そっか。今日ほんと大変だったもんね」
ではこれは一人でなんとか受け止めるとしよう。
「諸々ありがとうね簪。じゃあまた明日」
グッ。
扉を閉めようとしたら服を掴まれた。
振り向くと下を向いた簪が。
「どうした?」
「………………………」
「簪? なんか顔赤いが………」
「好き」
「え?」
「私、疾風が………好き。大好き!」
「………………」
………告白された?
簪に? えっ!?
「えっと。それはLIKE」
「ら、LOVEのほう!」
「そ、そっか」
聞き間違いでも朴念仁ルートでもなかった。
え、本当に簪が俺を?
「疾風は、いつだって、私を助けてくれた。私のこと思って………本気で怒ってくれたし。アイアンガイの話も、楽しかった。私にとって、疾風は間違いなくヒーローなの」
「簪………」
「私と、お付き合いして下さい」
顔を上げた簪の顔は真っ赤っかだった。
相当勇気を振り絞ってくれたのだろう。
ここまで想ってくれて。嬉しくないわけがない。
だけど。
「簪」
「は、はい」
「俺は簪と付き合えない。他に好きな人がいるから」
「………そっ、か」
簪は服から手を離し、一歩下がった。
赤くなった顔は別の意味で赤くなり、震えていた。
「そんな、気はしてたんだ。私は疾風にとっての特別になれない。オルコットさんみたいにはなれないって」
「俺、そんなわかりやすい?」
「もしかしたら本人も気づいてるかも」
マジか。いやあわよくば気づいてくれるような言動はしたけども。
「言う前から振られるかなって思った。でも、伝えないで殻に籠りたくなかったんだ。疾風は私に一歩踏み出す勇気をくれたから。あわよくばお付き合いできたらな、とは思ってたけど」
こういう時、どういう言葉が正解なのだろうか。
ハッキリと断る。これだけなら良い。
だけどその先は? 何を言っても慰めにもならないではないか。
菖蒲の時もそうだ。
なんとも思わない相手の告白は幾らでも受け流せるのに。
こうして深く関わった相手に対しての言葉が思い付かない。
「疾風、お願いがあるの」
「なんだ」
「断ったからと言って、ギスギスするのは、なしにしたい。もっと話したいこともあるし、遊びたいことも、ISも動かしていきたいし」
「勿論。俺は………」
簪と友達でいたい。
決して口にだしてはいけない言葉を心のなかだけで呟く。
願わくば簪に察してくれれば、なんて卑怯なことを思いながら。
「じゃあ、また明日。いろいろありがとう。今度一緒に見ようね」
「ああ、約束する」
「うん………」
簪が去っていくと同時にソッと扉を閉めて寄りかかった。
「凄いなぁ、あいつらは」
菖蒲も、簪も。俺に断られるとわかった上で想いを伝えてくれた。
自分に置き換えてみると、今にも胸がぐちゃぐちゃに壊れそうに傷んだ。
「………俺も覚悟を決めないとな」
手の中のディナーチケットを握り、俺は決意を新たにした。
ーーー◇ーーー
扉が閉まるのを確認してから、簪は全力で自分の部屋に走り。入るなりベッドの中で毛布にくるまった。
(言った、言ってしまった)
自分を変えてくれた疾風に。
自分を助けてくれた疾風に。
一緒に強くなってくれた疾風に。
好きだ、と言ったのだ。
どうしようもない程焦がれてしまった。
自分にとってのヒーローに。大切な男の子に。
断られるとわかっていながら。
言ったことに後悔などしていない。
この想いを秘めたまま殻に籠るには。この想いが熱くなりすぎた。
「壊れなくて、良かった」
自分と疾風の関係に亀裂が入らなくて良かった。
こんな自分でもいいと疾風は受け入れてくれた。
でも………
「付き合いたかったな………」
だけど、こんな痛みも何処か心地よかった。
当分諦めることなんて出来ないけど。
この痛みが自分にとって必要な痛みだと思えたから。
枯れたと思った涙がまた流れてきた。
簪はそれを拭うことなく枕に顔をうずめた。
また明日。心からおはようと言えるように。