IS スカイブルー・ティアーズ 作:ブレイブ(オルコッ党所属)
「申し訳ございません。お客様はお入りできません」
「へ?」
ホテル『テレジア』の最上階にして最上級のレストランの入り口で一夏はダンディーな初老のウェイターに門前払いをされていた。
「え、なんでですか。招待状はちゃんと………」
「当店ではドレスコードが必須で御座います。お客様の場合スーツかタキシードなどの正装でなければ」
「う、うそぉ………」
勿論そんなことは聞いてない一夏は愕然と口を開けて固まった。
一夏の服は蘭の学園祭から直行で来たほんの少しお洒落な服。
だがこの正式なる場所では場違いと言われても仕方がなかった。
(ていうかそういうことは前もって言ってくださいよ黛姉妹! いやこれは俺の落ち度か? ていうか、箒は知ってるのだろうか)
直ぐに箒に連絡をいれようとウェイターに一言断りを入れてアドレスをタップしようとした。
「すいません予約していた者ですが。ドレスの貸し出しも」
「はい承けたまりました。こちらへどうぞ」
「やった! ドレスなんて私初めて!」
「君がドレスを買うお金がないと言っていたからね。そういうサービスがあるところを探したのさ」
「んー! もうマー君大好き!」
スタッフに連れられた女性をまたも呆気に取られたように一夏はサッと初老のウェイターを見た。
「当店では女性のドレスの無料貸し出しを行っております」
後から聞いた話、ここはドレスメーカーとの契約で貸し出されているとか。
そして
「男性は」
「3回のショップに呉服店が御座います」
「レンタルは?」
「ありません」
「一番安いのは」
「10万円ほどかと」
「うぎゃっ」
とても学生が払える値段ではない。
一夏も今月代表候補生としての給料を貰えたが。ここでスルほど金銭感覚はずれていない。
女性には無料で貸し出し。男性には買ってこいと突っぱねる。
流石は女性優遇社会。女性に対するアフターケアは完璧である。
男性? 知らんわそんなもん。
(ま、まあ。箒が恥をかかずにすむってことだから良しとしよう。男は堪え忍ぶ生き物だ、うん)
一夏は持ち前のポジティブさと開き直りを持って内に宿る感情に封をした。
「あの、このあたりで他にスーツが売ってるところは。庶民価格で」
「一番近くですと、2駅離れた場所になります」
間に合わない………せっかく早く来れたのはいいが。往復+スーツを見繕うとなると明らかに時間オーバー。
箒は今日の日を楽しみにしていた。
こうなれば、カードを切ってでも買うしかないか………
「あら、どうかしたのかしら?」
鈴のなるような、それでいて深みのある女性の声が。
振り替えると、そこには豊かな金髪とこれまた豊満なスタイルに高身長というモデル逆立ち者の美女が立っていた。
紫のドレスが生み出す魔性のボディラインは見るものを魅了し、先ほどマー君と呼ばれた男もドレスを着て戻ってきた女性に目もくれずに釘付けになってしまった。
「これはミス・ミューゼル。お待ちしておりました」
「トラブルかしら?」
「いえ、こちらのお客様がドレスコードを持っていないということで。入店をお断りしていたところです」
「ふぅん。入れてあげたら良いじゃない。彼は知らなかったのでしょう? 無体を働いた訳でもあるまいし」
「ですが規則ですので」
「招待状を持ってるのに? 酷いわね」
「その言い方は困ります、ミス・ミューゼル。残念ながらこれは不変の決まりごと。例えミス・ミューゼルの申し出でもこればかりは」
「ふぅ。真面目も考えものね」
困ったわ、とミューゼルと呼ばれた女性は顎に手を置いて思案に暮れた。
「あの、もういいです。規則を知らなかった自分に非があるので。なんとかします」
「なんとかって、どうするの?」
「呉服店でスーツを買ってきます。一応、お金はあるので」
「でも学生にしては高いわよ?」
「それでも、待ってる人がいるので。自分の都合で遅れるわけにはいきません」
「ふーん。中々潔いのね………気に入ったわ」
可愛らしい笑みを浮かべたと思ったら、ミューゼルは一夏の腕と自分の腕をサッと絡ませた。
「え、あのなにを?」
「お店に行くわよ。服、買ってあげる」
「え、悪いですよ! 赤の他人にそんな」
「良いのよ。私はあなたの心意気に共感を覚えた。このご時世にこれほど芯の通った男は中々いないわ。だから充分投資する価値はあると見込んだ。それだけよ」
「いや、だけどそれは」
「ふふっ。では行きましょう」
「えっ、ちょっ」
一夏の言を飲み込むように強引に連れ出すミューゼル。
まるでそれは突然降り始めた土砂降りの雨のような苛烈さだった。
ーーー◇ーーー
「うん、良いわね。やはりタキシードは男を引き立てるわ」
「は、はぁ」
素人目でも高い! と思わせるラインナップの中でミューゼルが選んだのはそれこそ目玉が飛び照るような値段のタキシードだった。
それこそセシリアや菖蒲レベルの値段の物を。
流石に罪悪感が沸き上がった一夏は少しでも安いのに変えて貰おうと緊張の中ミューゼルに断りを入れた
「あの、やっぱり払います。あと一番安いのを」
「もう。良い男は小さいことは一々気にしないものよ?」
「いや、これは本当に小さくないですよ? なんで此処まで助けてくれるのですか?」
「あら? あなたは誰かを助けるのに理由をつける人?」
「そんなことは」
誰かを助けるのに見返りを求めてはいけない。
困ってる人がいるなら助ける。
助けを必要としなくても、助けれるなら手を伸ばす。
それが一夏の性根であり。一夏にとっての精神の核だった。
「そうね。あえて理由をつけるなら。私の満足のため」
「満足?」
「そう、満足。良い男に貢ぎたい。お金に困ってる子に救済の手を伸ばす。そうすることで感謝され、敬われ。私はそれによって優越感を得て虚栄心を守られる。それは煌びやかな宝石よりもよっぽど有意義な財産の使い方なの。私にとってはね」
いたずらっぽくウィンクを向けるミューゼルに一夏はもはや呆気に取られることすら忘れた。
根本的に考え方が違う。いや近いようで遠いというべきだろうか。
他者に対して無償の愛を捧げる。
優越感と虚栄心を口にしたが。彼女はそんなことなどこれっぽっちも考えていないように見えた。
単に困っている男の子に手を差しのべた。ただそれだけの為に彼女は行動したのだ。
(これが俗にいう『良い女』というものなのだろうか。なんだろう。スゲーという感想しかでない)
気付けば一夏からミューゼルに遠慮しすぎるのはかえって失礼ではと感じ始めた。
快く受けとることが彼女に対する礼儀だということに気付いたからだ。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
「フフッ。喜んで貰えて嬉しいわ。あとは………」
「ミス・ミューゼル。お待たせ致しました」
「あら、タイミングばっちりね」
店に入ってきたのは薔薇の花束を持ったエプロンの女性だった。
さっきミューゼルが電話をしていたのを一夏は思い出した。
「良い薔薇ね。今日入荷したのかしら?」
「ズバリその通りなのですよ。彼はミューゼルさんのお相手ですか?」
「ううん、既に先約ありなの。請求書は何時ものところで」
「かしこまりました。またのご注文、お待ちしております」
人の良い笑顔のままお辞儀をし、花屋の店員は店を後にした。
「はい」
「え、俺にですか?」
「そうよ。女性を待たせてるんだもの。花束ぐらいは持たないと失礼よ」
「あの、せめてこれだけは」
「んー?」
「………ありがとうございます」
「良くできました」
この場ではどうあがいても一夏に勝ち目なし。
大人しく好意に甘えることにした。
「さあさ。早く行きなさいな。女というのは男なんかより遥かに早い時間を生きてるのだから」
「すいません! 縁があれば必ずお礼をします! あなたのお名前は」
「スコール。スコール・ミューゼルよ。じゃあね、織斑一夏くん」
「はい! ありがとうございます、スコールさん!」
服装が乱れないように細心の注意を払いながら一夏は最速でエレベーターの中に転がり込んだ。
「………あれ。俺名前なんか教えたっけ?」
どうだったかと思い出そうとしたが。自分は結構名前を知られてるから別に不思議ではないか、と一夏はエレベーターが到着する音を聞いた。
ーーー◇ーーー
「ま、またも大胆なドレスを選んだな。我ながら………」
レストランの一番奥。輝く夜景を一望できる最高のセットポジションで箒は明らかに緊張していた。
箒が身に纏うのはレストランでレンタルしたドレス。
一番落ち着いた色をと白基調のものを選んだ。
華やかさより貞淑さを選んだつもりだったが。箒のこれまた豊満なバストによって一気に艶が入ったドレスに早変わりした。
肩も思いっきり出ており、箒のきめ細やかな素肌がこれでもかとアピールしてしまう結果となった。
「変に思われないだろうか。いやこれぐらいが良いのだ。むしろあいつのことだ。そんなドキドキすることは………」
と思ったが。臨海学校の夜の密会のことを思い出して再び箒は身悶えした。
「箒! ごめん遅れた」
「遅いぞ一夏! いや、そうでもないか…」
実際ギリギリセーフだったのだが。
箒はテンパるあまり反射的に答えてしまったことに気付き、即座に訂正しようとしたが。
一夏のタキシード姿に箒の時は止まった。
そして3秒後。
(かっっっっっっっこいっ!!)
限界化した。
こう見えて、しっかり千冬と同じ遺伝子が流れているのか一夏はこういう正装が似合うのだ。
疾風の予想外の人気もあったが、箒は学園祭の燕尾服にトキメキ警報鳴りっぱなしだった。
そんな彼に見惚れる箒に一夏は薔薇の花束を渡した。
「これ、受け取ってくれないか?」
「ば、薔薇の花束。しかも赤一色………」
放心する箒に追い討ちをかけるような全女性の憧れである赤い薔薇の花束。
ここはまことの現実なのか?
豪華な夜景に最上級のホテルレストラン。
目の前にはタキシード姿の意中の男がいて、しかも薔薇の花束を貰ってしまった。
怒涛の展開に箒は言葉を発することが出来ずにウェイターに導かれるまま席を座った。
席に案内されてからウェイターがコース料理について説明するが、いまいち理解してるかわからないまま相づちを打ってその場をしのぐ。
「それでは。どうぞ至福の時をお楽しみ下さい」
「「は、はい」」
綺麗なお辞儀をするウェイターが去るのを見て、思わず深いため息を吐いた。
「なんというか………此処にいていいのか、私たち」
「だよなぁ………」
周りを見渡してもいるのは大人、しかも明らかにセシリアレベルの人、つまり上流階級の人たちばかりだった。
「そういえば箒」
「なんだ?」
「ドレス、似合ってるな。綺麗すぎて思わず見惚れちまった」
「お、お前本当に一夏か?」
「どういう意味だよそれ」
「だって、こんな。薔薇の花束など。お前が持ってくるとは思わなくて………欲しい言葉もくれて」
「あーーー」
流石の一夏も素直に見知らぬ美人のアドバイスとプレゼントだ、というのは憚られた。
乙女心と空気ブレイカーの名を欲しいままにしてる一夏と言えど。ここで種明かしをするほど愚か者ではなかった。
「ネットで、そういうの調べて。参考にしたって感じだ。薔薇の花束とか」
「そ、そうか」
「でも。箒が綺麗というのは本当だし、最初から用意した訳では………」
「わかった。わかったからそれ以上言うな。う、嬉しすぎて爆発してしまう………」
「爆発? 嬉しすぎて?」
「なんでこういう時だけ聞こえるんだバカモン」
「えぇ、なんで怒られたんだ俺?」
女性というのは難しい。
それから運ばれてきた料理の数々。
見た目だけでなく今まで食べたことのない味わいに舌鼓を打つ一夏。
それに対し箒は喉が通るのが不思議なぐらい。というよりずっと一夏から目を離せずにいた。
食事中ずっと目を離さずにいられたのは、一夏が料理に夢中になっていたからだろう。
一口食べるごとに目を光らせ。時折考え込むのような顔になる。どうやらどうやって作られているのか分析しているらしい。
もし一夏がこちらを一目見ていたら箒は直ぐ様顔をそらしてしまうだろう。
カッコいい一夏をずっと見ていられるのは役得ではある。だが………
「少しはこっちを見てくれないと寂しいぞ」
スラリとこんな言葉を出せる自分に驚いた。
場の雰囲気に飲まれたのだろうか。
「スマン。何もかも目新しくて、盛り付けとか味付けとかも」
「そこまで言うなら今度振る舞ってくれるのだろうな?」
「勘弁してくれ。これは1日そこらで出せる物じゃないぜ………」
「冗談だ、真に受けるな馬鹿め」
フッと笑みを浮かべる箒にドキッとさせられる一夏。
(なんだ、箒の奴、何時もと雰囲気違うぞ。レストランとドレスのせいかな)
料理に夢中になっているように見える一夏だが。実は箒の姿を見るのに何処か恥ずかしさを覚えて思考を料理に集中している、とは口が裂けても言えないという現状にいた。
だが箒は頬を少し赤らめる一夏を見て、火照り続ける身体とは逆に思考がクリアになっていた。
(もしかしたらこれは、これはいけるのでは?)
夜景の見えるレストランでの告白。
正にドラマや映画で良く見るシチュエーションだ。
(今は私と一夏の二人だけ。邪魔する者も。突発的なハプニングなど皆無! そして何より、一夏は私を意識している筈! 落ち着け、落ち着け。慎重に言葉を選べ。あの朴念仁にも通じるぐらいの、愛の言葉を)
そうこうしてるうちにラストのデザートにたどり着いてしまった。
(よし! やはりここは直線ど真ん中だ! 不器用な言葉など並べればボロが出るのは必然! いざっ!!)
グイッと心を落ち着かせる為に水を飲み干した。
「一夏!」
「おう、なんだ」
「わた、わた、私、は」
勇気を振り絞って言おうとしたら、とてつもない高揚感と緊迫感が箒を支配する。
心臓はニトロを放り投げられたかのように目まぐるしく稼働し、もはや止まることを知らずにいた。
頭がボーッとし。舌がまわらない。
だが今言わなければいつ言うのか!
それだけを想いに箒は一夏の目を真っ直ぐ見つめ、息を吸って吐き出した。
「私はお前のこ、と………!」
ギュルン、と世界が周り。とてつもない虚脱感が箒から力を奪った。
「ほえ?」
視界が不安定になり、目の前の一夏が五人に見えた。
いったい何が? と考えたが最後。箒はブレーカーを落とされたのように力を失い。
「あぶねっ!」
テーブルにもたれこんだ。間一髪で顔面ダイブしそうになったデザートの皿を取り上げる一夏。
それからピクリと動くことがなくなった一夏は思わず席をたって箒の側によりそった。
「箒? 大丈夫か? おーい」
「………………」
「箒、おい箒っ」
「………ふにゅー?」
「へ?」
のほほんさんが乗り移った? と思えるような箒が絶対に出さない覇気のない鳴き声に一夏は頭が真っ白になった。
というか………
「箒、なんだか凄い酒臭いぞ?」
「へぇー?」
料理に酔うほどアルコールは入ってない。ちゃんと飛ばしてある筈なのに。
「いちかぁ、いちかぁ」
「なんだ」
「おまえはかっこいいなぁ。いけめんっていうんだろうなぁ」
「はい?」
「りょうりもうまいし、かじもできる。ははは、おまえとけっこんできるやつはしあわせだなぁ」
「んんっ?」
「それにつよいこころももっている。うではまだまだだけど。おまえはつよいなぁ」
「んんっ!?」
ふにゃんふにゃんになった箒は一夏を褒め殺しにかかった。
それは一夏がいつもラバーズ相手に無自覚にしてることだが。いつも素直に褒めない箒からのドストレートな褒め言葉は確実に一夏に照れを発生させた。
「にゃはは、もっときたえろーいちかぁー」
「ちょっ、いて! 痛いって叩くなって」
「せーばいせーばい! ニャハハハハ! ギュー!」
「ほ、箒さん!?」
箒が一夏に抱きついた。包容を逃れようとするがびくともしない。
何か起きてる。流石に不振に思ったのかウェイターが様子を見に来てくれた。
「お客様、どうかなさいましたか?」
「その、なんか酔っ払ったみたいで」
「酔っ払った?」
「はい。水を一気飲みしたと思ったら」
「水、ですか………失礼します」
ウェイターが空になった箒のグラスを手に取り、手で匂いを集めた。
と思ったら血相を変えてバックヤードに向かったウェイター。
しばらくすると若いウェイターを連れて戻ってきた。
「お客様、大変失礼致しました! この者が間違って運ぶテーブルを間違えてしまったらしく」
「あぁ、それで未成年の俺たちのテーブルに酒があって箒が飲んでしまった訳ですね」
「申し訳ございません!」
「誠に申し訳ございません。この者にはキツイ処罰を………」
カンカンになってるウェイターと蒼白になってる若いウェイター。
「ニュフフフぅ。いちかいちかぁ」
そしてベロンベロンに酔っぱらって抱きついてくる箒と。
その女性特有の香りと柔らかさにどうしようもなくため息を吐く一夏だった。
ーーー◇ーーー
「ほら、ほーら」
「んんー」
「ほら、起きなさい」
「んん?」
箒はペシペシと叩かれてムクリと上体を起こした。
目の前には着物を来た女性の姿が、
「いやこっちに起きてどうする!」
「アイタァっ!」
ベシンとデコピンされた箒はゴロンと砂利の上を転がった。
「お、起きろっていったのに………」
「現実で起きろと言ったのよ! あーまったくこの娘はフラッとシンクロして。お母様が優秀なのも考えものね」
はーやれやれと縁側に座った女性。
ボヤける頭を振って必死に覚醒するもやはり頭に靄がかかっている。
箒が寝転んでいる場所は玉砂利が敷き詰められたお庭だった。
目の前には道場か屋敷なのか和風建築の家があり。庭の至るところに赤い椿の木が生えていた。
「どう? 元々はあきれる程の殺風景だったんだけど私が作り替えたのよ。綺麗でしょ?」
「えーと」
「あーレムレム状態? なのかしらね? まあそんなもんよね」
縁側に座る女性は深紅の布地に何処かで見たような金の刺繍があしらわれた美しい着物を纏い、腰には2本の刀が差されていた。
そして何より目を引くのは目元を覆う狐の仮面だった。
「あーこれ? いやー私の顔を見たら君が腰を抜かすなって思って隠してるのよ。でも仮面の美女って素敵よね」
「は、はぁ」
「前から思ってたけどあなたって面白味のない女よね。古風なのは良いけど愛想とユーモアがないと嫌われるぞ? 一夏くんに」
「余計なお世話だっ!」
ガッと立ち上がる箒。だが次の瞬間箒の身体が光りに包まれ、足から先が粒子となって消えていく。
「な、なんだこれは!」
「あーもう覚めたのね。やっぱり今回は偶然か」
「お前は何を。というか何者だ!?」
「あら寂しい。結構特徴捉えてると思ったんだけど気付かないんだ。寂しいなー、薄情だなー」
クルンと回って見せた狐面の女。
その見たことがある外見に、箒は覚醒した頭でハッとなった。
「まさかお前は。うおっ身体がもう半分もない!」
「じゃあね主。もっと私を使って強くなってね。じゃないとこの先、生き残れないぞ」
「ま、待ってくれ!」
「白式の主によろしくー。まあ忘れるだろうけど」
「あかつ──」
彼女の名前を言い終わる前に箒の身体は粒子となって消えた。
「しかしあの娘ほんとタイミング悪いわね。あそこでお酒飲む普通? 神に愛されてないのかしら、いや愛されるが故?」
まいっか、と狐面の女は再び縁側に座って庭の椿を見やった。
ーーー◇ーーー
「んーー」
「あ、起きたか箒」
「一、夏?」
「ん。頭痛くねえか?」
「痛くないが、少しフラフラする。というかあれ、レストランは?」
「お前、酒飲んじまったんだよ。そしてぶっ倒れた」
「酒? ………ってちょっと待てなんだこの状況は!」
ゆらゆらと心地よい揺れ具合、と思ったら箒は一夏におぶさっていた。
至近距離に一夏の頭があって箒はパニック状態に陥った。
「うわっと、危ない危ない! 暴れるなって」
「お、降りる。こんな格好でおぶされるなんて」
「良いから良いから」
「し、しかし。重いだろう?」
「全然。だから大人しくおぶされてろって」
「う、うむ」
こうまで言われたら従うしかない。実際今も頭がフラついていてまともに歩けそうにない。
何より一夏とこれほど密着出来てるのだから甘んじて彼に身体を預けた。
「んん」
「どうした?」
「いやなんでもない(胸が………)」
押し当てられた果実の柔軟さが一夏の精神に揺さぶりをかけた。
そんな一夏の心境を知ってか知らずか箒はより彼に身体を預けていった。
「そういえば。今日はあの娘の学園祭の日じゃなかったか? 行かなかったのか?」
「行った。けど取り調べが長すぎて一時間しか行けなかった。蘭には悪いことした」
「とんだハードスケジュールだな」
「まったくだ。昨日無人機が襲ってこなかったら、ここまで切羽詰まらなかっただろうけどなぁ」
「…………なあ一夏」
「どうした?」
「今回の無人機、姉さんが仕向けたのだろうか」
ピタッ、と一夏の足止まった。
何気なく言った一夏の言葉に箒の表情が僅かに曇った。
箒は話すまいと決めていた。だがお酒のせいでまだ酔ってるのだと理由をつけて話し始めた。
「今回、現れたISは18機。大国でもそれほど割くのは自殺行為だ。だが姉さんはISコアを作れる唯一の人。これだけの数を揃えるのは造作もないだろう」
「だけど、束さんだと決まった訳じゃ」
「じゃああのシールドを無効化するジャミングはどう説明する? あんなの、ISというものを熟知してなければ作り出せない。そしてIS学園ほどのセキュリティを思いのままに出来る人物。姉さんなら可能だ」
ポツポツと話し始める箒。ギュッと首元に回していた力が強くなる。
「今日だけじゃない。一回目や二回目の無人機。銀の福音だってもしかしたら姉さんの仕業なんじゃないかって………そして今回は、明確に私たちを殺しに来た」
「………」
「姉さんは何を考えている? ISを作るとき、あれほど楽しそうで、ISが好きな姉さんがISを否定した。あれは偽物の笑顔だったのか? ISが好きなのは嘘なのか? 私たちに対する態度は偽りだったのか? あの人にとって、所詮その程度の物だったのか? 一夏………私は、姉さんがわからない」
あれはもはや既存のISの戦闘ではない。
本当の意味での殺しあい、いや相手に命がないのなら、それはもはや一方的な虐殺、ジェノサイドだ。
ISを提唱した彼女が、ISの存在を壊すほどの目的とはなんなのか。
平静を装っていた箒の支えが崩れた。
一筋の涙が一夏の肩を濡らしていく。
ただただ弱った箒に一夏は開きかけた言葉を一度飲み込んだ。
「俺にもわからない。だけど」
「だけど?」
「もし、束さんが俺たちを、箒を本当に傷つけようとするなら。俺は戦う。そして、守る」
「姉さんに勝てるのか」
「勝てるか勝てないかじゃねえ。俺はみんなを守る。昔も、今も、これからも」
「一夏………」
根拠も実力も、確証もない。
だけど覚悟だけは一丁前に構える。それだけしか出来ないならそうする。
その為の力が白式であり。その力を振るうのが織斑一夏だ。
「だから箒は信じてやってくれ。もし本当に束さんが犯人なら。そこには何かしら理由があるんじゃないかって」
「なんだそれは」
「わかんない。わかんないことだらけだ。だけど束さんは箒の家族なんだ。信じてみても良いんじゃないか? 箒だって信じたい気持ちがあったから俺に話したんだろ?」
「………わからない」
「ゆっくり考えようぜ。少なくとも今は。そして今度あった時に正面から聞いてやろうぜ」
「そうだな、うん」
十中八九はぐらかされそうだが。
まだ自分のなかで姉を信じたい気持ちは確かにある。
それを再確認出来たことに、何処か安心を覚えたのだった。
「スゥー」
「寝ちまったか?」
酔いが回ったのか、箒はまた睡魔に落ちた。
箒をもう一度背負い直し、IS学園への帰路についた。
「んにゅ、いちかぁ」
「ん?」
「………しゅき」
──ここで一つ余談ではあるが。
一夏は最近疾風に少女漫画(楓やクラスメイトから借りた物)を押し付けられている。
絶対に読んで反芻しなさい。と凄みの聞いた目で睨む疾風の迫力に渋々読んでみたが、これが意外と面白かった。
そしてその中で、寝てるヒロインをおぶさって帰る主人公のシーンがあり。
ヒロインが寝ぼけながら主人公に「
いつもの一夏ならそれに対して「手記? 箒まめだから書いてるのかな?」といつもの一夏ムーブを噛ますだろう。
だが今回は漫画で予習し、記憶に新しいせいもあってか。
「んんっ」
思いの外クリーンヒットした。あの一夏に。
思わず歩み始めた足をまた止め、その場で踏みとどまった。
耳元でのささやきボイスは思いの外一夏には強すぎた。
「………いや手記、そう手記だな。箒はまめだからな、うん。今度日記帳でも買ってやろうかな、うん………うん」
持ち前の思考回路で無理やり路線変更を果たした一夏はしっかりした足取りでIS学園に歩を進めたのだった。
このあと一夏は出来るだけ人に見つからないように箒を送り届けた後。自室に戻って例の恋愛コミックをチラッと目にしてから眠りについた。
翌日、タキシード&ドレス姿の一夏と箒を目撃した女子が女子ネットワークに画像付きで拡散したせいでラバーズ勢にジト目を向けられたことは自明の理であったことは間違いない。